神様はどんな時も最善をなされるか?(アキバ・ベン・ヨセフ)

アキバ・ベン・ヨセフは、1世紀後半から2世紀にかけて生きたユダヤ人である。

アキバ

ラビアキバが老年になったとき、ユダヤ人に対するローマ帝国の迫害は、強まるばかりだった。

アキバも祖国にいられなくなり、不毛の野や、荒れた砂漠を、さまよわなければならなかった。

彼はさまよいながら、わずかな持ち物を持っているだけだった。

持っている物といえば、ランプが一個、雄鶏(おんどり)が一羽、ロバが一匹。

これらが全財産であった。

雄鶏

アキバは、ランプを夜、聖書を勉強するのに用いていた。

雄鶏は、夜明けを彼に告げる時計の役目を果たしてくれた。

ロバは、昼彼が移動する際の足となった。

ある日のこと、太陽が静かに地平線のかなたに沈み、夜が迫ってきた。

哀れにもアキバは、自分の疲れた体を横たえ、夜露を防ぐ隠れ家を見つけることができなかった。

疲れきった彼は、すっかり精気を失っていた。

しばらくして、ようやく彼の心に喜びが戻った。

はるか向こうに、部落の明かりを見たのである。

暗闇の光

"どこでも人の住む所には同じく親切も住む"と彼は期待した。

しかし、期待は裏切られた。

部落の人々は、不親切な人ばかりであった。

一夜の宿を乞うても、だれ一人として泊めてくれる者はいなかった。

人々は無情にも、アキバを"よそ者"として部落から追い出した。

仕方なく彼は、近くの森に入り、そこで一夜を明かすことにした。

「ああ、なぜこんなつらい生活をしなければいけないんだ」

彼はつぶやいた。

「こんなひどい天気の日に、体を保護してくれる屋根もないとは」

「・・・しかし、神様は正しい。神様は善をなされる」

アキバは森の中で、木の根もとに座った。

ランプ

ランプに火を点じ、聖書の勉強を始めたが、突然激しい風が吹いてきた。

そして、まだ1章も読んでいないのに、ランプの火を消されてしまった。

「なぜだ」

彼は不満顔で叫んだ。

「好きな勉強もできないのか。しかし神様は正しい。神様は善をなされる」

アキバは、自分の体をじかに地面に横たえ、眠りに入った。

2~3時間たって、けたたましい物音が彼の目を覚ました。狼が現われ、彼の雄鶏(おんどり)を殺したのである。

狼

「ああ、何ということだ。かわいそうに。私の不寝番の者は死んでしまったのか。これからは誰が私に時刻を告げ、聖書の勉強をさせてくれるのか。

しかし神様は正しい。神様は、私たち哀れな人間にとって何が最善なのかを、よく知っておられる」

彼がこんなことを言っていると、その間にライオンが出てきて、ロバにかみついた。
ロバも死んでしまった。

ロバ

「何ということだ!」

一人ぼっちになったアキバは、つぶやいた。

「私のランプは吹き消され、かわいそうに雄鶏は死んでしまった。私の友であるロバも、やられてしまった。

しかし神様は、ほめ讃えられるべきである。神様はいつも、最善をなさるのだ」

その夜、彼はついに眠らずに過ごした。

ランプの灯は消され、雄鶏は殺され、ロバもやられてしまった。

翌朝早く、彼は部落へおりていった。

旅を続けるために、馬か、あるいは何かの動物を得たい、と思ったからである。

誰もいない村

ところがそこに見た部落の姿は、きのう見た部落とは、うって変わった姿であった。

家々はつぶされ、あちこちから煙がたち上っていた。

地面には、多くの死体が散らばっていた。村人はだれ一人、生きていなかった。

前夜、一隊の盗賊が部落を襲い、住民を殺し、家財を略奪したのである。
(参考:http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/023akiba.htm)

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ローマ8:28)

ですから、すべてをご存知であられる主の御前で、私たちはいつも喜び、絶えず祈り、すべてのことについて感謝しなさいという主の御心を行い続けましょう!

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光の天使はいるか?

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光の天使はいるか?

ある宣教師夫妻が、福音を伝えるために未開の部族のもとへと遣わされ、そこで熱心に働いていました。

ところが、ある夜中、この未開部族がたいまつを掲げ、手に手にこん棒や槍や剣を持って、この宣教師の家を焼き払い、このご夫妻を殺害しようとしました。

そのように群集が集まってくるのを見た宣教師ご夫妻はひざまづいて、切に神様に叫び求めました。

夫婦の祈り

「神様、私たちは2人きりですが、あのように多くの群集がこん棒や剣や槍を持ってわたしたちのもとに近づいてきます。主よ、私たちにはなすすべがありません。どうか。私たちを守ってください」。

外では大声で叫び、どらを叩き、大きな足音をたて、大騒ぎをしています。

しかし、間もなく、一斉に背を向けて、「助けてくれ」と言いながら、逃げて行きました。

朝になっても静かで、だれも訪ねてくることはありませんでした。

それから1年かと言うもの、宣教師たちを攻撃したり、ののしったりすることなく、すべての人々が親切にしてくれました。

洗礼

そして1年がたち、まずその酋長が悔い改め、イエス様を信じ、バプテスマを受けました。

それからしばしば宣教師の家に来てはひっきりなしにキョロキョロキョロキョロしながら、あたりを見渡してばかりいます。

宣教師が「一体何をしているんですか?」と聞くと、酋長が言います。

光の天使

「あの~、1年前に私たちがここに来た時、この家を取り巻いていたあの軍人たちはどこに行きましたか?

私たちはあの日、光り輝く服を着た数多くの軍人が家の周りを取り囲んでいるのを見て、非常に驚き、怖くなり逃げましたが、あの軍人たちは誰ですか?

私たちはあの日以降、あの軍人たちがどこに泊まっているのか探してみようと調べたのですが、いくら探しても見つからないのです」。

そういうと、宣教師が言いました。

psalm34;7

「それは身体のある軍隊ではなく、神様の天使たち、御使いたちが私たちを守ってくれたのです」。

ハレルヤ!

私たちには天使の軍勢の守りがあるのです^^

「主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される」(詩篇34:7)

「御使いはみな、仕える霊であって、救いの相続者となる人々に仕えるため遣わされたのではありませんか」(へブル1:14)

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絶体絶命の危機を回避する方法

フランス占領

第二次世界大戦が始まり、フランスは2週間でドイツに占領されてしまいました。

あまりに急であったので、イギリス軍35万人はドイツ軍に追い詰められ、全滅することは目に見えていました。

ロンメル

なんと敵は砂漠のキツネと言われるドイツの名将エルヴィン・ロンメルの戦車部隊です。

ジョージ5世

そのとき、イギリス政府は、国王ジョージ5世が全国に祈りの日を布告し、大臣も、官僚も、労働者も農民もそれぞれの場所で働きながら、断食し、徹夜で祈ったのです。

大暴風雨

すると、夜、不思議な現象が起こったのです。

イギリス軍側には晴天なのに、追いかけて来るロンメル側には雷、稲妻を伴う大暴風雨の悪天候が続くのです。

もちろん飛行機は1機も飛べません。

そればかりかロンメルの戦車部隊は大雨の中、ぬかるみにはまり、1台も道を進むことが出来なかったのです。

その間にイギリス軍の35万は無事に本国に帰還出来ました。

ドーバー海峡

こうしてイギリス軍は穏やかな天候の中、待っていた軍艦に乗り込み、みな無事にドーバー海峡を渡り、イギリスへと戻ることが出来たのです。

「するとイエスは言われた。『できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。』」(マルコ9:23)

「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。

ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」(マタイ18:19~20)

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どうしたら過去の傷は癒されるのか?

何度も死のうとした女性がいます。

彼女は結婚していて、そのご主人は、本当に穏やかで優しい人です。

それなのに、彼女は「自分なんか生きる価値はない。死んだ方がいい」と思っていたのです。

だから、何度も死のうとしました。そこで夫は必死になって、この彼女の罪責感を取り除こうとしました。

しかし、なかなかできませんでした。

罪責感

彼女が「私のような罪深い者は生きる価値がない。死ななければならない」と、いつも言っていたからです。

そこで、ご主人は彼女を教会に連れて行き、牧師先生に相談しました。

牧師と一緒に祈る中で、何が原因か過去の記憶をさかのぼって行きました。

すると、この女性にショックを与えたものがあったのです。

シングルマザー

彼女は母親ひとりの手で育てられ、母親にとり唯一の希望でした。

この母親は再婚もせず、ただ一人娘のためにすべてを捧げてきたのです。

しかし、娘が結婚年齢になり、娘を嫁がせました。

しかし、娘を離れては何の希望もないので、娘夫婦と同居しました。

それでお母さんが娘夫婦の生活を見ると、夫は営業マンで全国を回り、2-3週間家に戻ってきません。

それで娘に言いました。

「あなたも夫について行きなさい。あなたが子供を産んだら、ついて行くにも行けないでしょう」

そのようにお母さんから強く言われたので、夫について行きました。

玄関

一ヶ月後、帰ってきて、家の入り口でチャイムを鳴らすのですが、お母さんが出てきません。

チェーンがかかっていて、入れなかったので、窓を割って入ると、お母さんはすでに亡くなっていたのです。

自分のために全人生を捧げて自分を育ててくれたのに、お母さんに何の恩返しもできなかったばかりか、最後も看取ることができなかったのです。

悲しみ

もう彼女はお母さんの胸にすがりつき、泣いて、泣いて、お母さんから離れようとしませんでした。

そして「私のせいです。私のせいです。すべてが私のせいです」と床を叩きました。

葬儀が終わり、時間がたちました。

外面は何もなかったように毎日が過ぎていきました。

sad

しかし、彼女の心には罪責感の傷がいつも苦い水として残りました。

これが苦い水として湧き上がるのです。

それで自殺しようとする思いがいつも心をよぎります。

その牧師先生がその奥さんに言いました。

昔、お母さんと一緒だったときのことを思い出してください。

すると、この姉妹が様々なお母さんとの思い出やお母さんが亡くなってしまったときのことを思い出し、泣きました。

牧師先生が言いました。

「泣いてください。しかし、その昔の場所でイエス様をお迎えしましょう。イエス様がその場所で癒してくださいますから」。

イエス様

それで、祈りました。

「どうですか?イエス様を探してきてください。イエス様が見えますか?」

「あっ。イエス様がおられます」。

ではお祈りしましょう。

「愛するイエス様。今あなたの娘が苦しんでいます。今、娘のいるその場所に御出で下さって感謝いたします。

イエス様の血潮で、この娘を赦して下さい。癒してください。イエス様が流した血潮で洗ってください」

そのように祈りました。

そう祈ったあとで、心の傷が少しずつ、少しずつ癒されていきました。

罪責感という苦い水が甘い水に替えられました。

スマイル

こうして、この姉妹は笑顔を絶やすことのない明るい女性となったのです!

このように私たちの苦い罪責感の部分が癒されたら、人が変わるのです。

「モーセは主に叫んだ。すると、主は彼に一本の木(=十字架を意味する)を示されたので、モーセはそれを水(=心を意味する)に投げ入れた。すると、水は甘くなった。・・・『・・わたしは主、あなたをいやす者である。』」(出エジプト15:26-27)

「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」(マタイ18:20)

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永遠に日本を愛し続けた宣教師ヘボン&クララ

日本に初めて数名のプロテスタント宣教師が来日したのが、1859年、つまり明治維新の9年前でした。

当時日本は江戸の幕末でした。

その宣教師の中で今日よく知られているのがヘボン式ローマ字を作ったヘボンです。

宣教師ヘボン

ヘボンはある時、長老派の教団で日本への宣教が開始されるのを知りました。

そして、宣教師は医者が望ましいと聞くと、当時ニューヨークで1,2の大病院を経営していたヘボンの心は燃やされました。

ヘボンは日本への宣教師を志願し、早速認められ、日本に派遣されることとなりました。

ヘボンはすぐに病院や別荘等を全部売り払い、それによって得た私財を日本伝道のために捧げることにしました。

けれども2つの問題が起こりました。

1つは父親の反対です。なぜなら、息子が名誉も地位も捨てて、宣教を禁じている地、命の危機のある日本に行くことは身の危険の伴うことだったからです。

息子との別れ

2つ目は息子サムエルを彼の教育のためにアメリカに残さざるを得ず、わが子と別れる悲しみがありました。

実はヘボンとクララ夫妻には3人の子がいましたが、上の2人は病ですでに亡くなり、サムエルはたった一人の息子だったからです。

特に「一人息子と別れることは胸が張り裂けるばかりです」とヘボンは手紙の中に記しています。

しかし、ヘボンは神が最善をなされると信じ、福音を聞いたことの無い日本に向かいます。

日本の神奈川に到着したヘボンは幕府から要注意人物と警戒され、一軒の古いお寺で医療活動を開始しました。

しかし、公然と福音を伝えることはできません。

また、日本語が分からないし、日本人は恐れてやって来ませんでした。

ところが、当時の日本にコレラが大流行し、多くの人々が命を失う中、患者数人を見事に癒したことから、ヘボンのもとへ次々と患者が訪れ、休む暇も無いくらいになりました。

コレラ

しかし、日本人伝道のためには是非とも日本語の聖書が必要であり、そのためにはまず辞書を作ることが先決とヘボンは考えました。

毎日、患者たちに「これは何ですか?」と質問し、それを考え、整理し、気の遠くなる作業をし、ついに辞書を作り上げました。

その際、外人が発音できるように作ったのが今でも用いられているヘボン式ローマ字でした。

こうして、新約聖書が1879年に、旧約聖書が1887年に完成したのです。

明治元訳聖書

また明治3年、明治政府がカトリックの隠れキリシタン2000数百人を捕え、ひどい迫害を加えていることに心痛め、涙を持ってアメリカ長老教会にこの事実を訴えました。

その結果、アメリカとの条約を結ぶ際に、信教の自由という項目を入れることなり、日本政府の迫害は法的には無くなったのです。

ヘボン塾からは後の外務大臣林薫、日銀総裁、総理大臣となった高橋是清、三井物産の創設者、益井孝など多くの人材が輩出されました。

明治学院大学

そして、このヘボン塾が母体となって、明治学院大学ができました。

また77歳の時、家に人々が入りきらなくなったので、横浜指路教会を建て、礼拝は多くの人々で一杯でした。

日本宣教33年を終えるに当たり、ヘボンはこのようなことばを残しています。

「私は誠に、この33年間、日本に留まって、日本の人を助けることに力を尽くすことができたことを神に感謝します。

ああ、私は本国に帰ります。私の仕事は終わりました。本国で私たちが生きる年月はわずかであっても、私と妻クララは永遠に日本を忘れることはないでしょう」。

宣教師ヘボンとクララは、イエス様と福音のために自分たちの人生すべてをこの日本に捧げてくださいました。

ヘボン&クララ

晩年、クララ夫人が暴徒に襲われ、それによって受けた傷から、それ以来、頭痛、不眠症、神経痛に苦しみ、ついには脳神経にまで異常をきたしてしまいました。

しかし、それにもかかわらず、なぜ日本を去るときも、永遠に日本を忘れず、日本を愛し続けるということができたのでしょうか?

それはヘボン宣教師ご夫妻がイエス様の深い愛と真理を悟り、主と一つになっていたからです。

イエス様はヘボン宣教師ご夫妻を通して、日本への愛を示されたのです!
(参考:http://www.cty-net.ne.jp/~y-christ/reihai/reihai2012/reihai12.7.8.html)

「こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。

私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい」(第二コリント5:20)

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「ひよこ」は空を飛べるか?

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「ひよこ」は空を飛べるか?

皆さん!鷲と鶏の話はご存知でしょうか?

鷲の卵

ある日、冒険好きな少年が山の中で鷲の卵を見つけます。

そしてそれを大切に懐に入れて、持ち帰ります。

ひよこ

その卵が孵化します。

ところがこの鷲は、自分がひよこだと思い、ひよこのように生きます。

鷲

しかし、ある日、空に舞い上がる鷲の姿を見つけます。

その鷲は普段、自分はなぜひよこなのかと悩んでいたのですが、空を飛ぶ鷲の姿と自分の姿とが似ているのを見て、ようやく自分がどういうものかを見つけます。

自画像を見つけたのです。そしてつぶやきます。

鷲の子

「自分はひよこではなく、あのような鷲なのだ。この鶏の小屋は自分には合わない。空高く飛び上がる鷲なのだ!」

今まではひよこと思い生きてきましたが、その瞬間から羽を伸ばし、力強く舞い上がります。

そのときから鷲としての人生を歩むのです。

自分はひよこだと間違ったイメージを持っていた鷲は、自分のアイデンティティを悟ると大空高く舞い上がり、鳥の王者としての生き方をするのです!

「だれでもキリストのうちにあるなら(接木されるなら)、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(第二コリント5:17)

賛美

「若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない」(イザヤ40:30~31)

Hork

私たちのセルフ・イメージを変えませんか?

私たちが賛美と感謝で主を待ち望むと、キリストと1つになります!

その時、大空の王者である鷲として羽ばたくのです!

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死に直面しても生き続ける秘訣(安利淑女史)

神社参拝強制

戦前、日本で教育を受けた安利淑女史は日本が軍国主義の道を突き進み、韓国朝鮮の人たちに神社参拝を強制し、残酷な迫害を繰り返していることにひどく心を痛めていました。

その時、安利淑は若い女性であったにもかかわらず、一つのことを決意しました。

彼女は「日本がこのままでは滅びる。日本を救いたい」との思いで、国会の傍聴席から、日本への警告文を撒いたのです。

その結果、ついに北朝鮮の平壌(ピョンヤン)の刑務所に送られます。

平壌刑務所は真冬には氷点下20度にもなり、生きた心地がしないところです。

懲罰房

投獄された人々が病に倒れたり、亡くなることもしばしばです。

しかし、か弱い彼女がどうしてそんな場所で、5,6年も過ごすことができたのでしょうか?

その極寒の地で髪も抜け、爪も取れる中、どうして生き抜くことができたのでしょうか?

死の恐れ、苦しみが襲ってきます。

しかし、彼女は言います。

「お腹がすいて泣いたことはありません。寒くてぶるぶる震えて、朝まで眠れなくても、泣いたことはありません。イエス様の愛を考えるたびに、私は泣き続けた。」

キリストの十字架

彼女をそんなに感動させたのは何だったのでしょうか?

それはあのイエス様の十字架だったのです。

いくら世の中がつらくても十字架は私たちを立ち上がらせる力なのです。

冬になり、彼女は極寒の刑務所の中で、このイエス様の十字架を目の前に見続けていました。

涙を流すと、顔に熱いものが流れました。

それは形を変え、氷のようになって、頬に筋が残りました。

安利淑

このイエス様の十字架の愛のありがたさに感動するとき、極寒の刑務所の中にあっても聖霊様がからだを温めてくださり、5-6年も生きることができたのです!

「すると、主はモーセに仰せられた。『あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。』

モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。」(民数記21:8~9)

numbers21:8

「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです」(ヨハネ3:14~15)

荒野の蛇は呪われたものの象徴でした。

イエス様は十字架にかけられ、私たちの身代わりとして、私たちのすべての罪の呪いとなられたのです。

このことに感謝し、感動し、主を賛美し続けると、死に直面しても生き続ける奇跡を体験するのです!

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最高の祝福の前触れ

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最高の祝福の前触れ

第二次世界大戦後の不況の時代のことです。

借金して小さな店を買い、ドライクリーニング店を始めたファミリーがいました。

頭を抱える

ところが、あっという間に一銭のお金も無くなってしまい、ご主人が頭を抱えていました。

また、その夫人は自分には何の才能も無く、職業訓練も、大学教育も受けたことが無いので何かできるとは思えませんでした。

でも、この夫人はずっと昔、高校時代に学校新聞の広告担当マネージャー兼、特集記事の編集者をやった経験がありました。

「そうだ。あの時の経験を生かして、週に1回出ているこの町の新聞にショッピングに関する記事でも載せられたら、家のローンの足しになるかもしれない」。

早速、新聞社に行ったものの、不景気だったので新聞社にもよい仕事はありませんでした。

しかし、あきらめずにいると、よいアイディアを思いつきました。

おすすめショッピング

新聞社から広告紙面を買い取り、<おすすめショッピング>という記事にしてあちこちの店に切り売りしてもよいか、と持ちかけてみたのです。

こうして、仕事は始まりました。

担当者は、古くて重い乳母車を押しながら田舎道を1週間も歩き回れば、そのうちあきらめるだろうと思っていたそうです。

でもそうはなりませんでした。

新聞広告欄を切り売りする仕事はうまく行き、家のローンを払った上、中古車を買うだけのお金を稼ぐことが出来ました。

高校性にベビーシッターを頼み、毎日3時から5時まで子どもたちをみてもらえたので、3時になると新聞のサンプルをつかんで、約束の場所に車を飛ばしていけるようになりました。

首を振る

ところが、ある雨降りの薄暗い日、前から売り込んでいた顧客4人から立て続けに広告契約を断られたのです。

理由は、商工会議所の会頭であるアールマン氏と契約していないというものでした。

このアールマン氏の経営するドラッグストアは町一番の大きな店で、彼は大きな影響力を持っていた人物だったからです。

契約を断ってきた人々は「アールマンさんがあなたと取引していないのは、その広告記事に何か問題があるからじゃないか」と言うのです。

そこで、町のみんなに慕われ、尊敬されているアールマン氏にもう一度会いに行こうとしました。

これまでは確かに、何度、アールマン氏に会いに行っても、いつも「外出中」とか「手がはなせない」と断られて来ました。

しかし、その店に訪ねてみると、折りよく、アールマン氏に会えました。

ベストスマイル

そこで、精一杯の笑顔を作り、記事を見せながら言いました。

「ほんのちょっとで結構ですから、この広告欄を見ていただけませんか?・・・」。

ところが、彼は口をへの字に曲げ、ものも言わずに首を大きく横に振ったのです。

彼女の心臓は縮み上がり、ドスンと床に落ちるように感じました。

一瞬にして、あれほど意気込んでいた気持ちがしぼんでしまいました。

彼女は、飲み物カウンターまでたどり着くのがやっとでした。

とても家まで運転して帰れそうにありません。

何も買わずにカウンターに座っているわけにもいかないので、最後に残った10セントでチェーリーコークを注文しました。

落ち込む

絶望のあまり、どうしたらいいのか見当もつきませんでした。

「子どもたちの住む所も無くなってしまうのかしら・・・。私には才能なんて無かったんだわ」。

そう考えると、涙がこぼれそうになりました。

その時です。「どうなさったの?」という優しい声が聞こえて来ました。

振り向くと、白髪交じりの素敵な女性が心配そうにこちらを見ていました。

彼女はその女性に、一気にこれまでのいきさつを話しました。

そして最後に「でも、皆さんからこれほど信頼されているアールマンさんは、私の記事を見て下さろうともしないのです」と言って、話を終えました。

old lady
すると、その女性は「その<おすすめショッピング>という記事を見せていただけない?」と言って、注意深く広告欄の隅々まで目を通しました。

見終わると、大きな命令調の声ではっきりこう言いました。

「ルーベン・アールマン、こっちに来て」。

何と、その女性はアールマンさんの奥さんだったのです^^

奥さんは、アールマン氏に、この広告欄を購入するように言ってくれ、広告を断った4人の店主の名前を聞き、全員に電話をかけてくださったのです。

old mother and daughter

そして、肩を抱いてくれてこう言いました。

「4人が待っているから早く広告をとってらっしゃい!」。

こうして、アールマン夫妻は大切なお得意様であると同時によき友人になったのです。

これをきっかけに、この広告事業は軌道に乗り、今では4箇所にオフィスを持ち、285人の従業員を抱え、常連の顧客が4000名に上っているのです。(参考:「こころのチキンスープ①」)

私たちは上手くいかないと「もう無理だ!道はない!あきらめるしかない!」と思います。

しかし、主は一度も私たちに「あきらめなさい」と仰ったことはありません。

knocking

逆に、「求め続け、探し続け、叩き続けなさい」(マタイ7:7)、「あきらめてはならない」(ルカ18:1)と仰います。

いいえ。

それどころか、「もう絶望!もう無理!」とがっくりしているとき、困難、不可能という敵の前において、すでに主は私たちを祝福するための準備を着々と進めておられるのです!

「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています」(詩篇23:5)

「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。

むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」(第一コリント10:13)

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主のみわざを体験する方法(コーリー・テンブーム)

ナチス・ドイツに捕らえられ、強制収容所に入れられた伝道者、コーリー・テンブームのことをご存知の方も多いと思います。

彼女は戦後、世界中至るところで福音を宣べ伝えていました。

コーリー・テンブーム

彼女はオーストラリアで福音を宣べ伝えた後、シドニー空港から飛行機に乗りました。

そして離陸し、2時間たった時のことです。

飛行機の中で「ハッ」としました。

自分が持って行かなければならない鞄を空港ロビーに置き忘れてしまったからです。

何と言うことでしょうか!

その中には非常に大切な重要書類が入っていたのです。

彼女はもうあわててスチュワーデスさんを呼びました。

スチュワーデス

「私はとっても重要な書類の入った鞄を空港ロビーに忘れてしまいました!何とかならないでしょうか!」。

「あのー、お客様!もう飛行機が飛び立って2時間です。申し訳ありませんが、戻ることは不可能です」。

もうどうしようもありません。

彼女は神様にすがりました。

そのとき、神様のみことばが与えられました。

「すべてのことについて感謝しなさい」。

感謝

だから彼女はこのように、感謝を捧げました。

「神様、私が本来、持って行かなければならない鞄を空港ロビーに置き忘れたことを感謝します」。

「今2時間飛びました。感謝します。戻るのは不可能ですと言われたことを感謝します」。

彼女は自分のミスによって自分を責めたり、不平不満を言う事もしませんでした。

なぜなら、「すべてのことについて感謝しなさい」と言うことばは神様の命令だからです。

彼女はすべてを感謝したのです!

すると、しばらくして機内放送がありました。

飛行機内

「乗客の皆さん。まことに申し訳ございません。今飛行機の機体に異常が生じました。そのため急遽シドニー空港に引き返します」。

それを聞いた乗客はもう真っ青になって、飛行機が墜落するのではないかと居ても立ってもいられなくなりました。

しかし、コーリンテンブームだけは顔を輝やかせ、喜びに満たされて祈りました。

「神様、感謝いたします」。

スマイル

難しい状況に直面すると、私たちは「感謝なんてとんでもない!」と苛立ち、否定的な言葉を口から出します。

しかし、その時、自分の感情に従うのを止めませんか?

そして「すべての事について、感謝しなさい」という神様のみことばに従ってみませんか?

すると、驚くべき主のみわざを体験するのです!

「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」(第一テサロニケ5:18)

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「見る対象を変えると問題は解決する!」(佐々木満男・国際弁護士)

ある事件の解決に非常に手間取ったことがあります。

初めのうちは解決に向かって順調に進んでいたのですが、途中から一転して難航していきました。

何をしても、裏目に出てしまうのです。

激しい攻撃

ささいな誤解が誤解を生んで、私自身が極悪人にされてしまい、相手側から誹謗と中傷による激しい個人攻撃を受けるようになりました。

その事件のことがちょっとでも思い浮かぶと、とたんに気持ちが真っ暗になります。

事件の解決のために何度も徹夜で祈りましたが、なかなか気が晴れません。

このような状態がかなり長い間続きましたが、ついに乗るかそるかの土壇場の事態が訪れました。

ホテルに泊まり込んで事件のために祈り、解決策を検討しました。

それでも決定的な解決案と平安が得られません。

失望

「これほど祈ってもだめか!」 失望のうちにホテルをチェックアウトしました。

でも、「このままでは帰宅できない、なんとかこの陰鬱状態から解放されたい!」と強く願いました。

その時です。

「問題の泥沼に陥ったときは、意を決して 突き抜けよ!」というヒルティのことばを想い出したのです。

そこでホテルの近くにある超高層ビルの最上階に昇ってみました。

「どうしても解決の突破口を見つけ、問題を突き抜けたい」と思いました。

地平線

最上階のコーヒーショップに入り、睡眠不足の疲れた頭と重い心で、濃いコーヒーを飲みながら窓越しに外を眺めました。

かなたに地平線が見える広々とした景色です。

「天の父は、こんなにもすばらしい大自然を創られたのだ、わぁ、すごいなあ!」

子どものように、創造主の創造の偉大さに心から感動しました。

しばらく呆然としていると、次第に、「天地万物を造られた全知全能の神に、解決できない問題などは一つもないはずだ!」という確信がよみがえってきました。

気持ちがどんどん大きくなってきて、事件にこだわって小さく凝り固まっていた心がほぐれてきました。

何気なく聖書を開くと、イザヤ書41章11節のことばが目に飛び込んできました。

イザヤ41:11

「見よ、あなたにむかって怒る者はみな、恥じて、あわてふためき、あなたと争う者は滅びて無に帰する」

これは強烈なことばです。

聖書のことばによって、天の父は私に語りかけて励ましてくださったのです。

この聖書のことばによって、ついに私は問題の黒雲の中から突き抜けました。

確信

具体的な解決策は思いつきませんでしたが、「全能の父なる神が、必ず解決してくださる!」という揺るがない平安を持つことができました。

その時から、情勢が逆転し始めました。

今度は私を攻撃してきた人たちのやることなすことが、ことごとく裏目、裏目に出るのです。

「私はもうこの問題を突き抜けたのだ!」 という確信がありましたので、自己弁護もせず、いっさい手を出しませんでした。

そのうち相手側に仲間同士の争いが生じて、攻撃の矛先が私から自分たちに向いて行きました。

謝罪

最後には、事件そのものが奇跡的に解決してしまいました。

私に対する誤解も解け、相手方の関係者一同が私に謝ってきたのです。
(抜粋引用:http://www.christiantoday.co.jp/articles/11150/20121001/news.htm)

「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(第一ペテロ5:7)

「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる」(詩篇19:1)

「地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない」(イザヤ45:22)

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