十字架の無限の力

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十字架の無限の力

 1929年秋にアメリカで起きた世界大恐慌の影響を受け、日本では1930~1931年に昭和恐慌が起こりました。

満州事変

 このような経済的な苦境もあり、1931年(昭和6年)、日本は満州事変を皮切りに、本格的に中国への侵略を開始します。

 しかし、日本軍は1940年に中国共産軍により大きな損害(特に物的損害)を受けます。

 そこで、共産軍に徹底的なダメージを与えるために、いわゆる「三光作戦」(焼き尽くし、奪いつくし、殺しつくせ)を展開しました。

 つまり、共産軍に協力していると思われる村々を襲い、婦女を強姦し、家財を略奪し、住民を殺害し、家屋を焼き払ったのです。

 また、ウサギ狩りと称した、日本への男たちの強制連行も行いました。

 殺害された中国の将兵と民間人は1000万人以上(日中戦争での日本の犠牲者45万人)と言われます。

怒り

 その結果、中国人の日本人に対する恨みと憎しみは燃え上がり、頂点に達していました。

 このような状況の中、上海の日本人教会では、日本から賀川豊彦師を講師に招きました。

賀川師

 賀川師が上海に行くと、それを聞いた上海の中国人教会から、「賀川師が来たなら、是非中国人の教会でもお話を伺いたい」と申し込んで来ました。

 当時、賀川師は、インドのマハトマ・ガンジーとアメリカのヘレン・ケラーと共に、20世紀の三大偉人と称されていたからです。

 日本人は危険を感じて賀川師を止めました。

 しかし、賀川師は「殺されてもよい」と言って出かけたのです。

チャペル

 中国人教会は会堂一杯に人が溢れ、「日本人の牧師が何を語る?場合によってはただでは帰さんぞ!」との緊張感に満ちていました。

 そして、憎悪の眼差しで賀川師を見つめたのです。

 ところが、講壇に立った賀川師は何も言いません。

 いいえ。声を忍んですすり泣いていたのです。

 ようやく口を開くと、次のように語りました。

「皆さん、日本は皆さんの国に対して、残虐の限りを尽くしています。私は皆様に講演するために来たのではありません。お詫びするために来たのです。

 もちろん、お詫びして赦されるものではありません。しかし、赦せない罪ではありますが、せめてクリスチャンである皆様には、十字架上で流されたキリストの血潮のゆえに、お赦しいただきたいのです・・・・」。

cry

 そういうや否や、「ワァ~」と大声を上げて、皆号泣したのです。

「私たちはみな罪を犯した御怒りを受けるべき子だ。当然、地獄の火で焼かれるべき身分が、一方的なキリストの犠牲のゆえに罪が赦され、神の子の身分が与えられているのだ。

 それなのに、主が『あなたの敵を愛せよ』と命じた命令を踏みにじって、日本を憎み続けた私たちこそ赦してもらわなければいけません!」。

 彼らは講壇の賀川師を取り囲み、泣いて詫びたのです。

蒋介石

 それを重慶で聞いた蒋介石総統はこう言いました。

「こんなにまでわが国を蹂躙する日本は憎い。しかし、日本にひとりの賀川豊彦がいる限り、日本は憎めない」。

 そして、日本の敗戦後、蒋介石総統は中国国民に命じました。

「戦争は終わった。ひとりの日本人にも危害を加えるな。もし危害を加える者があれば、その者を軍法に照らして厳罰に処する」。

 こうして、200万に上る日本人が無事に戻れたのです!
(参考:森山諭「エペソ書講解」、その他)

 キリストの十字架以外に救いはありません!

 この十字架に無限の力があるのです!

十字架

「そのとき、イエスはこう言われた。『父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。』彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた」(ルカ23:34)

「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。

 このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました」(エペソ2:14~16)

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賛美の驚くべき影響力

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賛美の驚くべき影響力

 美しい容姿と声とに恵まれた有名な女優がいました。

 その名はマリアン・フレミンガー。

 彼女はハンガリーの貴族の娘として生まれ、何一つ不自由なく育てられました。

 その上、すべての楽器演奏に素晴らしい能力を持っていました。

シュバイッアー

 しかし、彼女はある日、シュバイツァー博士の賛美の演奏を聞いて非常に感動し、人生の一大決心をします。

 彼女は言います。

「私の今までの人生は虚像に過ぎなかった。他人のために生きることこそ真の人生の意味がある!」

 彼女はその場で、アフリカ行きを決心しました。

病院
病院1

 シュバイツァーが運営するガボン(アフリカの赤道直下)にあるランバレネ病院に行くためでした。

病棟

 それから20年というもの、シュバイツァー博士の病院で黒人の病人たちに仕え、愛を実践し、そこで天に召されました。

 彼女の最後の言葉は「他人のために生きる人生が、このように幸福であったことを神に感謝します。」でした。

 賛美は真心から神に捧げられるべきものです。

 真心からの賛美は人の心を揺れ動かし、人々の人生に大きな影響を与え、真の幸せへと道案内するのです!

「けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます」(詩篇22:3)

賛美

「神にほめ歌を歌え。ほめ歌を歌え。われらの王にほめ歌を歌え。ほめ歌を歌え。まことに神は全地の王。巧みな歌でほめ歌を歌え。

 神は国々を統べ治めておられる。神はその聖なる王座に着いておられる」(詩篇47:6~8)

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致命的な失敗をどう考えるか?(万代恒雄牧師)

多くの人々は失敗を悪いことと思い、それを避けようとします。

けれども、人を愛さずに終わるより、失恋することの方がよいのではないでしょうか?

なぜなら、そのことを通して、多くのことを学べるからです。

実は失敗こそ最高の教師なのです。

万代師

すでに天に召された万代恒雄先生には痛恨の出来事がありました。

それは離婚です。

牧師という職業にとって、これは致命的な失敗と思われました。

シングル

結婚10年後、2人の子どもたちを残したまま奥様が去ってしまわれたのです。

他の様々な牧師先生たちの目には、それは悪であり、牧師としては致命的な失敗だと映ったことでしょう。

実際、万代先生も失敗だと認めておられます。

しかし、万代先生はそこから多くの教訓を得たのです。それは以下のことでした。

1、 牧師という人格的に価値観の高い職業を選んでいても、現実の自分は、偉くもなんともない失敗する人間だということ。

説教

2、 教会での自分の説教は、信者に対してではなくて、自分にすべきものだということ。

3、 仕事そのものの中では、成功も手ごたえがあるほどやっているのだという実感、それに加えて、努力し続けている限り、敗北もないのだし、これで、何もかもだめになったと考えない限り、これは決定的なものではないこと。

4、 失敗で恐怖にとらわれて、挑戦も冒険もしないほうが恥ずかしいことだし、自分の人生の目標はまだ終了していないのだということ。

5、 今、失敗したからといって、これが続くと考えるのがおかしいのだということ。

 その後の万代先生はどうだったでしょうか?

まことの救い

1986年にから、放送伝道を開始して、後に朝日放送系14局ネットで“まことの救い”でメッセージを続けられ、それは万代栄嗣牧師に受け継がれ、今日まで継続しています。

海外宣教

また、ケニア、タンザニア、インドネシアなど世界26ヶ国を巡回して伝道されました。

1981年にノイローゼ治療のために松山ヒューマンクリニックを、また1983年には可能性開発研修センターを開設されました。

さらに1985年アメリカのインターナショナル・ユニバーシティーより哲学博士の学位を得られました。

 万代先生は言われます。

「私はどん底からやり始めてみました。ですから、私は逃げませんでした。私の人生の成功、失敗は、私のテーマであることに気づいたのです」(参考:万代恒雄「輝き人生のデザイン」)

「主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。・・・主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、霊の砕かれた者を救われる」(詩篇34:7、18)

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「神様のオリジナル」

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「神様のオリジナル」

 以下は「なりたい自分になる教科書」(石井希尚師)からです。

 あるミッション系の有名私立男子高校で講演したときのことです。

 受験を目の前にしている3年生が対象でした。

 生徒たちは明らかに反抗的で、「お前は誰だ。お前の話なんか聞きたくもない」という表情を浮かべていました。

 担当の教師が声を荒げ「静かにしなさい!」と叫びました。

 しかし、生徒たちは一向に聞こうとしません。

男子高校講演会

 集中力のない生徒たちの前で、私は紹介されると講壇に立ち、開口一番こう言いました。

「僕には高校3年という体験がなかった。高校2年の時、くだらないからやめたんだ」

 生徒たちの口が一瞬止まりました。

 私はこのタイミングを逃すまいとこう続けました。

「日本の学校教育では、一番大事なことを教えない。一番大切なこととは、君たちは誰とも比べる必要のない“作品”なのだということだ」

最高傑作

 生徒たちは私をにらんでいました。

 数ヵ月後には、点数という一元的な価値基準で人生の進路が決定されてしまう。

 そんな不安と直面している彼らに、私は一人ひとりが“作品”であることを短く語りました。

 終了後、校長が私に頭を下げて言いました。

「こんなに静かに生徒が聞いたのは初めてです」

 すると、校長室をノックする音がしました。

 そこには、私に礼を言いたいという生徒たちが集まっていました。

「今日の話には共鳴します。ありがとうございました」

男子学生

 その様子を見た校長が付け加えました。

「こんなこともはじめてです」

 生徒たちは、お説教など求めていません。

 彼らには、自分たちの存在価値が高められる体験こそが必要なのです。

 石井希尚先生の話に対し、聞く耳を持たなかった高校3年生を最初に惹きつけたのは何だったでしょうか?

 それは「僕には高校3年という体験がなかった。高校2年の時、くだらないからやめたんだ」という衝撃的な一言にありました。

 しかし、その後に続いた、「君たちは誰とも比べる必要のない“作品”なのだ」というメッセージこそが反抗的な若者の心を溶かしていったのです。

 この“作品”ということばは聖書にあります。

聖書

 「私たちは神の作品であって・・・」(エペソ2:10)

 この作品(ギリシャ語でポイエーマ)ということばは「最高傑作」という意味です。

 それも神の作品です。

 英語ではGod’s masterpieceです。

 この意味は神様のハンドメード、つまり、この世に唯一で、オリジナルだということです。

 鍵にもコピーキーは沢山ありますが、マスターキーはただ1つです。

 この世では同じ規格の製品が大量に生産され、売られていますが、そのようなものではなく、一人ひとりは神様の最高傑作だと言うことなのです!

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。」(イザヤ43:4)

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按手の祈りによる難病治療

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按手の祈りによる難病治療

 イエス様を信じて8ヶ月になった、ある有名な医学博士がいます。

 この医学博士はイエス様を信じる前は人間の手段と方法で患者を癒し、癒すことの出来ない患者は大きな病院に送っていました。

グッドバイ

 しかし、イエス様を信じて聖霊様の恵みを体験してからは、自分が癒すことの出来ない患者が来ても、診察台に寝かせて按手の祈りをするようになりました。

 そして、人間的には癒すことの出来なかった人を、父なる神様が癒してくださった3人の人の例を話したのです。

 最初の人は舌が抜けてしまった状態が癒されたのでした。

動物の舌

 彼はこの患者が運ばれてきた時、大変焦ったそうです。

 なぜならば彼の20年間の外科医としての生活の中で、舌が抜けたという症例は初めて見たからです。

 ですから、彼はその患者をどのように治療したらいいか分からなかったのです。

 仕方がないので、まず診療室の彼の前の椅子に座らせて、こう祈ったそうです。

「父なる神様、私は舌の抜けた人を初めて見ました。私にはどのように治療したらいいか全く見当もつきません。どうか父なる神様、癒してください。」

 そして他の患者の治療が終わるまで別の部屋で待たせました。

 30分ほどして彼がその患者の様子を見に行ってみると、舌は元の位置に戻っていたそうです。

苦しみ

 2番目の人は、1週間以上、下血をしている患者でした。

 一般的にはそのような場合はすぐに設備の整った大きな総合病院に送って検査し、おそらく長期間の治療が必要だと思われるケースでした。

 ところが、この患者はクリスチャンでした。そこでこの医者はこう言いました。

 「あなたはすでに大量の出血をしているので危険な状態です。もし私がイエス様を信じていなかったなら、すぐにでもよその病院に行くように言って、帰ってもらうところです。

 けれども、私はイエス様を信じていますから、その前に最善の努力をしてみます。あなたは父なる神に反逆して、罪を犯してこのようになったのではありませんか。思い当たることがあれば悔い改めなさい。」

悔い改め

 そういった後、按手の祈りをして治療していると、突然口から「あなたは3日経ったら完全に癒される。」という言葉が飛び出しました。

 彼自身、それを聞いてびっくりして、心の中で「これは大変なことになったぞ、もし3日後に癒されなかったらどうしようか。私の信仰も揺れ動くし、あの人の信仰も大丈夫かな」と思いました。

 そして、そう言ってしまったことを後悔して心配したそうです。

 ところが3日経つと、その患者は完全に癒されていたそうです。

 3番目の人は、膝に関節炎のような病気を患っている患者でしたが、大きな病院で調べてみても関節炎でもなく、皮膚病でもないということで、何か原因さえはっきりしないのです。

 医者は「おそらく医学ではこの病気は癒すことが出来ないだろう」と考えたので、患者を座らせて祈ったそうです。

Prayer

 「父なる神様、この病気は私が癒すことが出来ません。なぜなら、何の病気かも分からないからです。ですから、父なる神よ。私はあなたに祈ります。どうしたらいいか教えてください。」

 そして5日間治療を受けるように言いました。

 5日の間、彼は患者が来るたびに祈って治療しました。

 すると、5日目に完全に癒されたそうです。

 そしてこの医師はこう言いました。

「最近はどうなっているのか全く分かりません。本業が副業になり、副業が本業になりました。患者さんが来たら、まずイエス様を伝えて祈ってあげます。

 治療は付け加えてします。私は今や、真実に人を癒すためには医師の技術や薬だけでは出来ないということを知りました。

 霊魂が救われて聖霊様の助けを受けながら、手術もし、投薬もするときに癒されることを悟りました。」(参照:チョー・ヨンギ師「人生の道」)

 「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる」(詩篇37:5)

創世記2:7

 「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう」(エレミヤ33:3)

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膨大な知識を得る秘訣(アインシュタイン)

アインシュタイン

 相対性理論で有名なアインシュタインは20世紀最大の物理学者と言われています。

 しかし、こうして世界的に成功した後も、彼は、“自分自身は微弱な存在に過ぎない”ことを絶えず強調していました。

 ある日、弟子がアインシュタインに自分の聞きたかった疑問を尋ねました。

「先生!先生のその膨大な知識はどこから来るのですか?」

 彼はしばらく考えた後、そばにあった水で指を濡らし、一滴の水滴を落として答えました。

大海

「私の学問は大海原の一滴に過ぎません」。

 アインシュタインはノーベル賞を受賞しました。

 また、多くの人々から天才と言われます。

 しかし、彼は全くそのようには思っていませんでした。

 彼はこう言っています。

「私は天才ではない。ただ人よりも長く一つのことと付き合っていただけだ」。

 賢い人はどんなに知識が多くても、それを誇りません。

 かえって、言葉を慎み、必要なときだけその知識を発揮します。

へりくだる

 主はアインシュタインのような謙遜な人に、豊かな恵みを注がれるのです。

「あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられました。それは、あなたに敵対する者のため、敵と復讐する者とをしずめるためでした」(詩篇8:2)

「主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます」(ヤコブ4:10)

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お金に代えられない報酬(チャック・タイラーさん)

 お金があれば、何でも買うことができます。

豪邸

 好きなものを食べ、最新のファンションをまとい、豪邸を建てることも出来ます。

 けれども、お金に代えられない、それ以上の報酬があります。

 チャック・タイラーさんのことを一昨日のブログに掲載いたしました。

 タイラーさんが今、最も力を入れているのは、耳の聞こえない人々のための人口耳を作る事です。

髪の毛

 それを作るためには、髪の毛の4分の一ほどの太さの線を溶接しなければなりません。

 タイラーさんの会社は、その難しい技術の特許を持っているのですが、人口耳が広く作られるように、この特許を無償で提供しているのです。

 彼は言います。

「私はお金に代えられない報酬を受けている。私が開発した技術で、今まで耳の聞こえなかった子どもたちが初めて自分の耳で音を聞いたり、

 美しい音楽を聞く時に、どういう反応をするか、あなたがたは想像できるでしょうか?」

 彼は人口耳の開発者として子どもの耳に初めてそれを入れます。

 そして音を聞かせ、子どもたちの反応を見ます。

 すると、子どもたちは最初ビックリします。

人口耳

 次に、あまりに感激して泣き出すのだそうです。

 それを彼は何度も何度も見てきました。

 タイラーさんは言います。

「これはお金に返られない報酬なのです!」

 困っている人、弱さの中にいる人々のために奉仕する生き方・・・・。

 そこに最高の幸せ、報いが待っているのです!

jesus helps me

「このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを思い出すべきことを、

 私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」(使徒20:35)

「すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。

 あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』」(マタイ25:40)

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労働よりももっと心身を消耗させるもの

ベンジャミン・フランクリン

 ベンジャミン・フランクリンの記した「フランクリン自伝」はアメリカのロングベストセラーの一つです。

 彼の多くの名言の中に、次のようなことばがあります。

「怠惰は錆のようなものだ。それは労働よりももっと心身の消耗を促進させる」

錆びたナイフ

 つまり、“ナイフや包丁は絶えず使用し、手入れをしなければ錆びてしまい、全く使い物にならなくなってしまいます。

 ですから、いつも自分自身を磨き続け、勤勉であれ!”と語っているのです。

 この自伝によると、彼は自らの信念を十三の徳目にまとめ、それを実践し続けました。

 その徳目とは節制、節約、勤勉、純潔等でした。

 私たちの肉(クリスチャンになる前の性質)は自己中心で、なるべく安易な生き方をするように私たちを誘惑します。

目標

 これに打ち勝つには自分自身がさらに向上するための目標が必要です。

 そして、いつも、どのようにしたら、神様の栄光を現すことができるかを考え、実践していくことなのです。

 自分自身を律し、さらに向上させていったベンジャミン・フランクリンは、その後どうなったでしょうか?

 彼はアメリカ合衆国の独立に多大な貢献をし、建国の父の一人となったのです。

「こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。

天へ

 あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。

 私たちのいのちであるキリストが現われると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現われます」(コロサイ3:1~4)

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癒しのみことばの力

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癒しのみことばの力

 教会のある姉妹は病院で医者からこう言われました。

医者

「末期癌です。余命3ヶ月ですね!」

 しかし、その姉妹は、教会での説教を覚えて、家のすべての壁に「キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされた」(第一ペテロ2:24)と書いて、貼りました。

 トイレにも貼り、台所にも貼りました。

 それだけではなく、起きたらすぐに「キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされた!」と告白しました。

夢

 この御言葉を心に刻み、癒された自分を夢見ました。

 信じて、口で告白しました。

 このようにして3ヶ月が過ぎました。

 彼女は死にませんでした!

驚き

 それで病院に行って、検査してもらうと、医者が気絶するほど驚いています。

 なぜでしょうか?

 癌が跡形もなく消えてしまったからです。

 イエス様は「あなたの言った通りになる」と言われました(マルコ11:22~24)。

 それは「あなたの夢見た通りになる!」「あなたの信仰の通りになる」と言うことです。

 すなわち、神様のみことばを通して、まず考え方を変えることです!

 夢を変えることです!

 信仰を変え、言葉を変えることです!

 そうれば人生が変わるのです!

山と海

「イエスは答えて言われた。『神を信じなさい。まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、《動いて、海に入れ》と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。

 だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります』」(マルコ11:22~24)

「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません」(マタイ24:35)

 もし、身体の中に悪いところがあったら、癒されているイメージを思い描き、手を置いて「キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされた」と宣言し続けませんか?

 目に見えるところに、「キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされた」と貼り、そのように信じて、告白し続けませんか?

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永遠のいのちを持つ者の生き方(羽鳥明牧師)

羽鳥明

 太平洋放送協会名誉会長であられる羽鳥明先生のお母様は晩年、腎臓ガンを患っておられました。

 しかも、いつ召されてもおかしくないような末期ガンでした。

 ですから、羽鳥先生の奥様が付きっ切りで看病されていました。

 しかし、ベルリンでの世界伝道会議が近づいてきます。

 この会議で、羽鳥先生は大切な役割をすることになっていました。

mother

 けれども、羽鳥先生は「母親がこのような危ない状態ではベルリンには行くまい」と決心しておられたのです。

 しかし、お母様が言うのです。

「いや、おまえ、行かなきゃいけませんよ、おまえ、行かなきゃいけませんよ」。

 そのように口を酸っぱくするほど言われたので、羽鳥先生は後ろ髪を引かれる思いで、「お母さん、じゃあ行って来ます」と言いました。

 すると、お母様は病院のベッドで「ばんざい」と仰いました。

 こうして羽鳥先生を送り出してくださったのです。

世界伝道会議

 そして、ベルリンで伝道会議が行われた真ん中頃のときに、夜中に奥様から電話がかかって来ました。

「あなた、お母さんが召されました。昇天しました」。

 それを聞いて羽鳥先生も奥様も言葉が詰まってしばらく沈黙されていました。

 その時、奥様がこう仰いました。

jesus

「でもねえあなた、お母さん、召されるときに、『ああ、イエス様が見える、ハレルヤ!』と言って本当に平和のうちにイエス様のところに帰って行きました」。

 羽鳥先生はそのことばを聞いて、ポロポロポロポロと涙を流しながらも、心の中からいい知れない喜びを感じたのです。

 羽鳥先生のお母様は、イエス様から永遠のいのちをいただいていました。

 もちろん、羽鳥先生ご夫妻もそうです。

 ですから、末期ガン、危篤に近い状態であっても、お母様は「ばんざい」と言って、息子である羽鳥先生を海外に送り出すことが出来たのです。

reunion in heaven

 また、羽鳥先生も後ろ髪を引かれる心はあったものの、たとい召されても、天国で再会できるとの希望と確信をもってベルリンに出発することが出来ました。

 このように永遠のいのちを持つ者は世にとらわれず、天を仰ぐ、大胆な生き方が出来るのです!(参照:羽鳥明「本当の愛」)

「また私は、天からこう言っている声を聞いた。『書きしるせ。《今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである。》』御霊も言われる。

reunion in heaven1

『しかり。彼らはその労苦から解き放されて休むことができる。彼らの行ないは彼らについて行くからである。』」(黙示14:13)

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハネ3:16)

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