どうしたらキリストの香りを放つか?

世界で最も上質の香水はどこで取れるかご存知でしょうか?

バルカンローズ

ブルガリヤを東西に貫くバルカン山脈です。

その山脈のバラの花によって作られます。

香水を作る製造業者は必ず真夜中にバルカン山脈のバラの花の採集をします。

夜12時から早朝の2時の間です。

バラ

なぜなら、バラの花は夜12時から早朝の2時の間に最も香ばしい香りを発散するからです。

   実際、昼の12時に採集すると、バラの薫りは40%も減ってしまうそうです。

同様に、私たちも夜12時から早朝の2時という暗闇の苦難を経験すると、その人の信仰は強くなり、信仰の香りが漂う人になるのです。

苦難を経過しなかった人には香りがありません。

いくら最高の教育を受けたとしても、能力があっても、苦難を体験していない人には香りがないのです。

力強い

しかし、人生の夜を通過した人は人格的な香りが漂います。

そして力強い信仰者となるのです。

ですから、苦しいところを通過しているとき、キリストの香りに満ちた人になるのだという夢を描きましょう。

結婚式

教会がキリストの花嫁として輝き、天国の愛で満たされている夢を見ましょう。

「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです」(第二コリント2:15)

「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます」(ローマ8:18)

栄光

「しかし、神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。私は金のように出てくる。」(ヨブ23:10)

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イエス・キリストはどのようなお方なのか?

朝鮮戦争

1950年6月25日、北朝鮮軍が南侵し、いわゆる朝鮮戦争が勃発しました。

そのような混乱の中、釜山(プサン)で起こった出来事です。

石炭降ろし

石炭を積んだ何台もの貨車が来ると、避難民たちが石炭の貨車の上に乗って、石炭を盗んでいました。

それで軍人たちは発砲し、彼らを捕らえました。

その当時は、貧しくて、石炭なしでは生きていけなかったからです。

父と息子

すると、避難して来た40代位の父親が10歳ぐらいの息子を連れていました。

来る時、銃弾に当たって家族が死んでしまったのか知れません。

その息子が貨車の上に乗って、石炭を取り出し、父親が拾っていました。

そこに何と憲兵が走って来たのです。

それで、石炭を盗んでいた者たちは皆大急ぎで貨車から降りました。

けれども、その息子は走って降りる時、大きな石炭の塊の一つを貨車の下に落としてしまいました。

石炭貨車

それで、子どもがそれを取ろうと貨車の下にもぐり込んでいきます。

するとすぐに、貨車がゴトンと動いたのです。

そこにいた者たちは目を大きく開けて「ああ、子どもが!子どもが・・・だれか助けて~」と叫びました。

けれども、叫んでも誰も動こうとはしなかったのです!

しかし、その時、突然、素早く貨車の下に飛び込んでいく人がいました。

40代の父親でした。

父親は貨車の下に飛び込んでいき、息子を押し出したのです。

そして、貨車の車輪が父親の上を過ぎ去って行きました。

父の涙

その父親の目から涙がとめどもなく流れました。

彼はもう間もなく死のうとしていたにもかかわらず、子どもに「早く逃げなさい!」と、手を動かし、最後まで息子のために愛を尽くしたのです。

イエス様はどんなお方でしょうか?

私たちにとってこの父親のようなお方なのです。

私たちを生かすため、ご自身のいのちを投げ捨てるお方なのです!

「イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、『完了した』と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった」(ヨハネ19:30)。

十字架の愛

この「完了したーテテレスタイ」ということばはイエス様が私たちの一切の罪の負債を身代わりに「完済した」「完全に支払った」との意味なのです。

イエス様を心に受け入れ、信じた人はその罪の代価がすでに支払われたとみなされ、無罪宣告を受けるのです!

恐れることなく、主の御もとに行くことができるのです!

「さて、過越の祭りの前に、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知られたので、世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された」(ヨハネ13:1)

「だれでもキリストのうちにある(接ぎ木される)なら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(第二コリント5:17)

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主を礼拝する時に主のみわざが起こる!

今から15年余り前になりますが、つくばチャペルに一本の電話がかかってきました。

お父さんが末期がんを患い、病院で意識を失ってもう10日になると言う事でした。

病床

早速、病院にいくと、連絡してくれた若いクリスチャンの姉妹一人を含めて、家族と親族が集まっておられました。

その姉妹の願いは、お父さんを救いに導いて、洗礼を授けてほしいと言うことでした。

しかし、お父さんはもう10日間も眠り続けているような状態です。

私が行ったからといって、何ができるでしょうか?

みな私に注目しています。そこで私は言いました。

「皆さん、礼拝しましょう。この『いつくしみ深き』と言う歌はご存知でしょう!これを一緒に歌いましょう」と。

祈り

そして、「主よ導いてください」と祈りました。

祈りを終えて、ふとお父さんのベッドの横を見ると、血圧計と脈拍計が目に入りました。

そこで、そこにおられる方々に、「今、この位の数字なんですね」と数字を確認しました。

そして、言いました。

「お父さんは眠っているような状態ですけれど、耳は聞こえているはずです。ですから、今から主の救いのみことばを語ります」

病床1

「お父さん聞こえますか。今日、大切なメッセージを伝えるために来ました。

神様はお父さんを愛しておられ、お父さんの罪一切を取り除くために、天より御自身のひとり子イエス・キリストを遣わされ、十字架につけてくださったのです。

だからお父さんが、もしこの救い主キリストを信じるならば、決して裁かれる事なく、永遠の命をいただき、天国に行く事ができます。

お父さん!今イエス様を信じてください」と訴えました。

そして、イエス様を受け入れる祈りを私が代わりにし、「私に続いて心の中で祈ってください」と言いました。

血圧計

しかし、こうして祈り終え、目を上げて血圧計と脈拍計を見ると、驚くことに50くらい数字が跳ね上がったのです!

この出来事を通して、お父さんが福音を理解した事、そしてこの福音に感動して、イエス様を受け入れた事を私たちも信じ、その場で病床洗礼式を行なう事ができたのです。

さらに、お父様のことですが、お見舞いの10日ほど経った日に「お父さんが召されました」との連絡をいただきました。

駆けつけると、お父さんの顔が全く変わっていました。

天使

ふだんの厳しい顔ではなく、なんとも麗しい御使いのような顔なのです!

その時、お母さんはこう仰いました。「本当に主人の顔が違います!主人は確実に天国に行きました!」。

このようにご主人のまったく変えられた顔を見たお母様も、心から主を信じ、洗礼を自宅でお受けになりました。

また、この若い姉妹のご主人もその数ヶ月後、つくばチャペルで洗礼を受けられたのです。

ハレルヤ!このように主を礼拝する時、主のみわざが起こるのです!

「ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を 響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。

そして、ラッパとシンバルとさまざまの楽器をかなでて声をあげ、『主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで』と主に向かって賛美した。

主の臨在

そのとき、その宮、すなわち主の宮は雲で満ちた。祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。主の栄光が神の宮に満ちたからである」(第二歴代誌5:13-14)

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ローマ8:28)

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なぜ犯罪率No1であったワシントン州が変わったのか?

ホワイトハウス

アメリカでは犯罪が多発しています。

その中で一番犯罪が多い州があのホワイトハウスがあるワシントン州でした。

1993年まで、その犯罪率は世界のナンバー1でした。

しかし、1999年に犯罪率が60%も落ちました。

1993年は454名が殺害されましたが、1999年には232名に減りました。

他の州ではどこも増えていたのです。

ですから、これは画期的なことでした。

その理由は何でしょうか?

へりくだり

それはクリスチャン達が自らへりくだり、御顔を仰ぎ、一致して、とりなしの祈りをしたからです。

クリスチャン6000名がネットワークを作りました。

そこには国会議員やワシントン州の議員もいます。

実業家もいます。

そしてワシントン州のために祈ったからです。

実は私達が救われた理由はそこにあります。

私達が住んでいるところが守られ、祝福されるよう誰かが祈ってくださったためです。

脱出の道

神様がエジプトに災いを下すときに、イスラエルの住んでいた場所、ゴシェンの地域だけは守ってくださいました。

区別してくださいました。

そこに主がおられたから何の災いも起こらなかったのです。

「神によって、私たちは力ある働きをします。神が私たちの敵を踏みつけられます」(詩篇108:13)

使徒12

「こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた」(使徒12:5)

祈りが弱い私たちに、主が、今日、切なる祈りの霊を注いでくださり、普段祈らなかったことを祈れるように、主に求めませんか?

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大富豪になる秘訣

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大富豪になる秘訣

スティーブン・スコットは若い頃、職場から解雇され、9回も職場を失い、挫折しました。

能力が無いとみなされたのです。

将来の見えない暗澹とした現実の中で、さまよっていたある日、彼は一人の百万長者に会い、百万長者になる秘訣を聞きました。

金持ち

すると、その百万長者が言うのです。

「あなたは毎日聖書の箴言を1章ずつ読んでください。そうすれば、2年以内に社長よりもさらに賢くなり、5年以内にとてつもない金持ちになることができるでしょう」

これはそれほど難しいことではないと思い、スティーブン・スコットはその日から毎日、箴言を1章ずつ読みながら知恵を求めました。

ソロモンの金持ち学

数年後に、彼は会社を設立しました。

彼は百万長者の言葉のとおり、数十億ドルの収益を持つ金持ちになったのです。

そして、自らが聖書を通して得た知恵を「ー成功、富、幸せのためのソロモン王の秘宝ーThe Richest Man Who Ever Lived: King Solomon's Secrets to Success, Wealth, and Happiness」という本にして出版したのです。

リンカーン

正規の学校教育を受けず、苦しい生活をしたとしても、聖書のみことばを大切なものとして抱いていくならば、この21世紀においてもアブラハム・リンカーンのような人が生まれるのです。

神様のみことばが私たちに素晴らしい知恵を与えてくださるのです。

聖書

「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです」(第二テモテ3:16-17)

「朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を離してはならない。あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか、知らないからだ。二つとも同じようにうまくいくかもわからない」(伝道11:6)

箴言のみことばを私たちの心の畑に蒔き続けると、驚くべき収穫を得られるのです^^

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絶望の中を支えたみことばとは?(ニック・ブーイッチ)

ニック・ブーイッチ

1982年生まれ、現在34歳のニック・ブーイッチ(Nick Vujicic)さんというオーストラリアのクリスチャンがいます。

彼の両手、両足は生まれつきありません。

しかし、2本の指からなる17センチ余りの「足」を自由自在に操りながら、歯磨き、朝食の準備もできます。

Nick Vujicic2

さらにプールで泳ぐことや、パソコンのタイピングでさえ一人でできてしまうそうです。

このような大きなハンディキャップを持ちながら、彼はなぜ生き生きと生きているのでしょか?

Nick Vujicic5

ニック・ブーイッチさんは、世界24カ国を巡り、300万人以上の人々に自らの体験を語り、人々に生きる希望と力を与え続けています。

Nick Vujicic6

彼は学校で児童たちを前に、またあるときは企業で講演しています。

そんな彼の力の源はどこにあるのでしょうか。

また、これほどの逆境をどうやって乗り越えることができたのでしょうか?

ニック・ブーイッチ1

ブーイッチさんはクリスチャンの家庭で育ちましたが、小さいときに周囲の子どもたちからいじめを受け、自殺しようとすることもありました。

しかし彼は聖書のみことばを信じたのです!

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを 働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ローマ8:28)。

たとえ、それがどんなに自分にとっては都合の悪いことと思えても、“神が自分の人生に与えるすべての出来事は必ずよい目的を持っている”と知ったのです!

そのとき、心に初めて平安が与えられました!

ニック・ブーイッチ2

さらに生まれながらの盲人に対してイエス様が仰ったみことばです!

それは「神のわざがこの人に現われるためです」(ヨハネ9:3)でした。

この聖句を読んだとき、ニック・ブーイッチさんは、自分の人生のすべてをキリストにささげようと決意したのです。

すると夢が与えられました。

彼の夢は「神の愛と希望を伝える、世界で一番の神の証し人になること。人々に生きる力と勇気を与え続ける国際的な講演者になること」でした。

できないことばかりで、試練の数々を通ってきたことでしょう。

ニックさん

しかし、みことばを握り、夢を抱いたのです。

これこそ試練に打ち勝つ原動力です。

そして現在、世界中で用いられているのです。

彼は訴えています。

「神様はあなたを愛しています!」と。

手足の無い彼が「神様はあなたを愛しています」と。

Nick Vujicic4

だから、人々が神の愛を真実だと確信するのです。

手足が無く、もっとも不幸に見える弱い人が言う一言、一言が心の深いところに入ってくるのです。

まさに、神様は最も弱い者を通して偉大なるみわざを今も行っているのです。

Nick Vujicic

彼は言います。

「人生の希望は、自分の苦しみを神様の無限の愛の量りにかけることの中にある」

「希望はすべて神とイエス・キリストの中にある」

「Don,t Give Up!諦めるな!」

「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである」(第二コリント12:9)

「神のわざがこの人に現われるためです」(ヨハネ9:3)

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「クリスチャンは○○であるべき?」佐々木満男・国際弁護士

あなたは人の目を意識しすぎていませんか。

人の評価を気にしすぎていませんか。

人との競争心を動機として生きていませんか。

そうすると、「こうしなければならない」とか「こうあらねばならない」という外側の律法に縛られてしまいます。

虚像と実像

いつの間にか本来の「あるがままの自分という実像」ではない、自分で勝手にこしらえた「あるべき自分という虚像」を頑張って演じ続けなければならなくなってしまいます。

いつかは行き詰まり、燃え尽きてしまうことになりかねません。

「クリスチャンだからこうしなければならない」とか、「リーダーはこうあるべきだ」という議論はすべて、外から人を縛り付ける律法になりかねません。

確かに、「ねばならぬ」という律法は正しいのですが、律法そのものは、あなたにそれを実行する力(いのち)を与えてくれません。

作り笑い

ですから、「ねばならぬ」を頑張って実行しようとすればするほど、仮面の自分を演じることになり、内面の愛と喜びと平安を失っていきます。

最後は、「ねばならぬ」という律法によって人を裁き、同じ律法によって自分も裁かれてしまうのです。

聖書は、「あるがままのあなたが一番いいんだよ!」と語っています。

なぜなら、神は、最高の傑作として個性ある「あるがままのあなた」を造ってくださったからです。

神の目には、神を信じている「あるがままのあなた」が最も高価で尊いのです。「あるがままのあなた」が、世の光として輝き、地の塩として役に立つことが神の目的です。

高価で尊い

ですから、いつも神の愛の御手の中でゆったりとリラックスして、本来の「あるがままのあなた」に戻りましょう。

イエスは十字架の上で、一切の「ねばならぬ」から、あなたを解放してくださったからです。

肩の力を抜いて、自然体でもっと自由に、喜んで生き生きと生きるようにしましょう。

それは決して、欲望の赴くままに生きるとか、怠けて状況に流されていくということではありません。

なぜなら、聖書によれば、「あなたの心には神の律法が刻み込まれている」からです。

あなたの中に生きて働いておられる愛の律法であるイエスが、「こうしたい」、「こうありたい」という積極的な願望をあなたに与え、それを実現してくださるからです。

明け渡す

「あるがままのあなた」をイエスにゆだねて明け渡していくならば、あなたを通してイエスの栄光が輝き、イエスのみこころ(愛の律法)が行われていくのです。

整形しなくても、神の愛に満たされていけば、あなたの素顔の個性は、喜んで、限りなく魅力的に輝いていきます。

ですから、「あるがままのあなたが一番いい!」のです。

解放

「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい」(ガラテヤ5:1)

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)

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治療不可能ながん患者はなぜ3週間で癒されたのか?

アメリカのある神学者によると、人間は一日の中で「5万から6万のことを考える」のだそうです。

出来ない

このように多くのことを考えるのですが、そのうちの75%は、否定的な考えを持ち、25%だけ肯定的な考えをするというのです。

ですから、私たちの心を放置しておくと、だれでも否定的な考えを持ち、否定的なことばを発するようになります。

ですから聖書はこう言っています。

箴言18:21「死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる」。

つまり、否定的なことを言っているうちに、それが習慣化し、死の実がどんどん膨らんでいくと言うことです。

林檎

しかし、逆に、肯定的なことばかりを言うならば、いのちの実がどんどん成長し、大きくなるのです。

これこそがいのちの道、天国への道です。

ですから、言語治療法と言うものがあります。

患者に「病気が治った」と言う肯定的な言葉を語れば、患者がその言葉を聞いて、その体が言葉の方向に動くからです。

死の恐怖に怯えている不治の病の中にいる人にこう言います。

「あなたはあなた自身がこう言うことです。『私の病気は治った。治った。治った』とひっきりなしに言い続けなさい」と。

なぜでしょうか?「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるからです」(ローマ10:10)。

実際、ウィスコンシン州のある病院では、治療不可能ながん患者に対して一日3回「私はすっかり癒された。すべて治った」と言わせる言語治療法を行ないました。

宣言の力

すると、その患者は驚くことに3週間たち、癒され、退院したのです。

ハレルヤ!

数年前の夏のある日、私たちの教会の冷蔵庫の冷凍室が壊れてしました。

カキ氷
しかし、「今日、冷蔵庫が与えられます!与えられました!」と朝、宣言しました。

すると、その日の内に冷蔵庫が与えられ、皆がかき氷を食べられたのです^^

「私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です」(ヤコブ3:2)

出来る

「イエスは言われた。『あなたがたの信仰が薄いからです。まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、《ここからあそこに移れ》と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません』」(マタイ17:20)

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「レ・ミゼラブル」はどのようにして生まれたのか?

フランス最高の作家と呼ばれる人にビクトル・ユーゴという人がいます。

彼は若くして有能な作家でしたが、自由奔放な私生活を送っていました。

ユーゴ

作品を書く時間以外には、いつも酒と女に囲まれた放蕩三昧の生活だったので、家族さえも彼と顔を合わせようとはしませんでした。

娘

しかし、愛する一人娘が、いつも父親のところに来ては言いました。

「お父さん!もう、そんな生活はやめて!お父さん!真面目に生きて!ねえ。お父さん!」

しかし、彼は娘の忠告に対して真剣に耳を傾けようとはしませんでした。

そして、1841年夏。

ビクトル・ユーゴが最も愛した娘レオ・ホールディンがセーヌ川に身投げして自殺してしまったのです!

悔い改め

彼は冷たくなった娘の顔を白い布で覆いながら、泣き崩れました。

「主よ。こんな私を赦してください。これは私の罪に対する神様の審判です!死んだのは私の娘レオ・ホールディンではなく、天下の罪人である私、ビクトル・ユーゴです!」

その日以来、彼は放蕩生活を清算し、神様の前にひれ伏して悔い改め、人生を立て直しました。

ユーゴ1

そして、いつも祈りとみことばを黙想し、神様の御心を求めて生きる人へと変えられたのでした。

その後、ビクトル・ユーゴが自分の苦しかった過去を回想しながら書いた作品が、あの有名なジャン・バルジャンを主人公とした「レ・ミゼラブル」だったのです。

一人の死刑囚が聖人にまで変えられることを通して、「神様には不可能なことはない!神様の愛はどのようなひどい人間をも変えることができる!」という神の永遠の愛をその作品で世界に訴えたのです。

レミゼラブル

この「レ・ミゼラブル」は、罪人の中の罪人であると認めるビクトル・ユーゴの神様への感謝と賛美の歌なのです。

自分に絶望した最悪の状況の中、イエス・キリストの測り知れない恵みが迫って来るのです!

使徒パウロは次のように叫びました。

「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します」(ローマ7:24-25)。

「暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った」(マタイ4:16)

神の光

「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです」(マルコ9:23)

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キリストの十字架の愛とは?

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キリストの十字架の愛とは?

アメリカのある病院で起きたことです。

16歳になった少女が、腎盂炎で、腎臓を移植しなければならなくなりました。

父と娘

様々な腎臓を調査した結果、父親の腎臓がその体に合いました。

それで父親は喜んでその16歳になった娘に腎臓を提供しました。

ところが不幸にも、数年過ぎると、その少女の腎臓がまた機能不全に陥りました。

それでまた腎臓を取り出し、移植しなければならなくなったのです。

ところが移植してもらえる腎臓を探すことができませんでした。

捧げる

その時、父親が病院で「私の残りの腎臓を娘に移植してください。」と申し出たのです。

病院の倫理委員会では以下のように説明しました。

「倫理的に、道徳的にそれはできません。あなたは腎臓一つを提供されましたが、残りの腎臓を提供するということは、死を意味することですから受け入れることはできません。これは倫理綱領に触れます。」と。

すると、その父親が倫理委員会に出席して次のように言うのです。

説得

「皆さん、倫理や道徳より大切なものが愛です。愛は倫理や道徳を規制することができません。倫理と道徳は正しいことです。正しいことです。

腎臓が二つあるのに、一つを切り取り、もう一つまで切り取ろうとすることは、もちろん正しくないということを知っています。

しかし愛は死よりも強いのです。私は死んでも、私の残りの腎臓を提供して娘に移植したいのです。切に願う私のこの心を受け入れてください!」

考える人

その倫理委員会は厳粛な雰囲気に包まれました。

その後、決定したことは、父親の最後の腎臓を切り取り、父親は一生血液をろ過する透析に頼って生きるようにしたということです。

それで父親は最後の腎臓を娘に移植しました。

卒業式

一方、その少女は健康になって、学校を卒業しました。

手を取る

そして、幸せな結婚をして、素晴らしい家庭を作って、子どもの手をとり、いつも父親の病院を訪ねたのです。

父親は残りの一生を透析によって生活し、少しも後悔することなく亡くなったのです。

私たちの父なる神様は腎臓だけでなく、ご自身の大切なひとり子を私たちにお与えになったのです!

御子を十字架につけてくださり、私たちの罪の呪い一切を負わせて下さったのです!

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハネ3:16)

「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主(父なる神様)は、私たちのすべての咎を彼(イエス・キリスト)に負わせた」(イザヤ53:6)

Cross of christ

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