17~18年間、一行も書けなくなってしまった作家

なんと17~18年間、一行も書けなくなってしまった作家がいました。

宇野千代

宇野千代(1897~1996年)さんです。

彼女は“おはん”という作品を書いた後、ピタリと筆が止まってしまいました。

一行も書けないのです。

彼女は“私はもう書けない。

私にはもう書くことがない。

私はちょうどそういう年齢に達したのだ。

詩想が枯渇する年齢になったのだ”という一つの抜き難い考えに支配されました。

「人間は何事も自分の考えたとおりになる。自分が自分に与えた暗示のとおりになる」という、まさしくそのとおりになってしまったのです。

中村天風

そんなある夜のこと、中村天風という当時88歳の哲学者の話を聞きました。

「出来ないと思う者は出来ない!出来ると信じるならば、どんなことでも出来る!」

そう言われて、“ほんとうか、では、私は書けないと思ったから書けないのか。

書けると信じれば書けるようになるのか”と彼女は考えました。

17~18年の間、ピタリと一行も書けなかったはずなのに、ある日、ほんの二、三行が書けた、また一枚書いた。

“書ける、ひょっとしたら、私は書けるのではあるまいか!”

喜び

そう思った途端、書けるようになったのです。

“書けないのは、書けないと思ったから書けないのだ。書けると信じれば書けるのだ”

この思いがけない、天にも昇るような啓示によって、“そうだ、失恋すると思うから、失恋するのだ。

世の中のすべてが方程式のとおりになる”と、彼女は確信しました。

宇野千代1

その時から、宇野千代さんはまるで蘇生したかのように書き始めたのです。

人間は物事がうまく行かない時に、何か理由を見出そうとします。

そして、自分自身を納得させ、あきらめさせようとするのです。

しかし、主の心は異なっています!

私たちに対する主の心は「あなたがたの信仰のとおりになれ」なのです(マタイ9:29)。

「するとイエスは言われた。『できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。』」(マルコ9:23)

聖書

「そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです」(ローマ10:17)

私たちが”できる!”と信じるなら出来るのです!!

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願望が達成される基本的な方法

ベスレヘム・スチールの社長チャールズ・M・シュワブは、会社再建のために、有名な経営コンサルタントを頼みました。

コンサルタント

I・B・リーというのがその名前 です。

彼は「私のコンサルタント料は高いがそれでもいいですか?」と尋ねました。

「もちろんOK、会社のためならいくら払っても惜しくはありません。」

請求書

そこで チャールズ・シュアブの手に届いたのは、たった四行のアドバイスを書いた紙が一枚と、二万ドルの請求書でした。

怒り

彼は最初は怒りました。

しかし、高いコンサ ルタント料を払ったのだからと思い直し、その紙を破る前に目を通して、実際に実行してみることにしました。

I・Bリーの提出した紙には、

ライティング

1.前の日に、明日することを六つ紙に書きなさい。

2.する事に、優先順位をつけなさい。

チェック

3.会社に行ったら、その紙を机の上に出しなさい。

4.そして、優先番号順に実行しなさい。

と書かれていました。

チャールズ・シュアブは、騙されたと思って実行してみました。

成長

その結果、見事に会社は建て直され、売り上げがぐんぐん伸びたのです。

つまり、紙に書き、優先順位をつけ、実行する、この三段階で必ず事は実現するのです。

これが、基礎的な願望達成の方法なのです。

「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます」(マタイ7:7)

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問題は人生のスパイス(佐々木満男・国際弁護士)

私たちは、いろいろな問題にぶつかって苦しみ、傷ついてしまう。

そして、人生に悲観し、生きる活力を失いがちになる。

もうだめ

「なぜ自分だけがこんなに苦しまなければならないのか?」

こうして自己憐憫に捕らわれ、すべてを否定的に考えるようになる。

失望、怒り、嫉妬、非難などの否定的な思いは、やがて、あなたの心を破壊し、あなたの体を破壊し、あなたの人間関係を破壊し、あなたの人生を破壊し、あなたを死へと追い込んでいく。

まさに、「思い患い」は、死に至らせる「重い患い」である。

これがサタンの目的である。

sky

けれども、神の目的は、問題によってあなたを祝福することである。

問題によって、あなたをもっと強くし、もっと明るい希望を持たせ、隣人をもっと愛し、あなたをもっと生き生きと生かすことである。

心を静めてよく考えてみると、創造主から与えられている恵みは無限大である。

flower1

flower

flower2

smile of child

輝く太陽、美しい野山、整った町並み、澄んだ空気、幼子たちの笑顔、家族や友だちとの親しい会話、目が見えること、耳が聞こえること、口で物を食べたり、手が使えたり、足で歩いたり、自転車に乗ったり・・・。

それらに比べれば、いやな問題は例外中の例外にすぎない。

神から与えられている数え切れない楽しみや無数の感謝すべきことに囲まれていながら、それに気が付かないだけのことなのだ。

私たちの心はすぐに鈍くなって、すべての恵みを当たり前としてしまい感激も感謝もしない平々凡々な生活に陥ってしまう。

そんな時に、いやな問題が生じると、ふだんの平凡な生活が実はとても恵まれていて、大いに喜んで心から感謝すべきものだったことに気づく。

無数の恵みの中の幾つかのとてもいやな問題も、本当は大きな益をもたらす恵みである。

spice

それらは私たちの人生という創造主のすばらしいごちそうを感謝して味わい直し、かつなお一層おいしくするスパイスなのである。

「神は、神を愛する者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さる」―聖書にはこう約束されている(ローマ8章28節)。

とても受け入れ難いいや問題も、実は、あなたに益をもたらす大きな恵みなのである。

Cross of christ

「今ある恵みを数える」ことによって、創造主の恵みに思いを向けることができる。

無限の恵みの世界に入っていくことができる。

創造主ご自身にあなたの思いを集中していけば、「キリストの無尽蔵の富」(エペソ3章8節)を掘り当てることができる。

あなたの心が問題だけにとらわれていると、いやな問題からもっといやな問題へと、サタンの呪いの世界に引きずり込まれていく。

satan

サタンの魂胆は、盗み、殺し、滅ぼすことである。

いやな問題を通して働くサタンの呪いからあなたが解放されるためには、「問題」をきっかけにして、創造主に救いを求めることである。

父なる神の「解決」へと心の方向を転換することである。

宇宙万物を創造された全知全能の創造主に解決できないような問題は、そもそも存在しないのである。

river of life

そもそもイエスが来たのは、あなたを救い、いやし、解放し、勝利し、豊かにし、あなたに愛と喜びと平安と希望と力とを与え、あなたに無制限に永遠の命を与えるためである。

「今ある恵みを数える」のは、それを体験するための手段の一つだ。

恵みの一つ一つを思い起こすことで、それらを無制限に与えてくださっている偉大な愛の創造主の存在を確認し、その父なる神がいかにあなたを愛しておられるかを再認識するのである。

心の方向を、地から天へ転換するのである。

すると、創造主の恵みによって強められ、「問題は必ず解決する!」という確信が湧いてくる。

あなたの問題が解決すれば、もっと幸せになるという希望が見えてくる。

こうして、いやな問題をあなたの人生のスパイスとして大いに期待し、大いに楽しむことができるようになる。

最近私は、いくつかの解決不能なとんでもない大問題を抱えてしまった。

また、自分の力ではとうてい乗り越えられない困難な試練に遭遇している。

でも、「主よ、どうしてですか?」という祈りはしないことにした。

自分のせいにせよ、他の人のせいにせよ、神はすでにすべての罪を赦し、誰にでも祝福をそそいでくださるからである。

thanks

「主よ、なぜだかよくわかりませんが、とにかくこれらの問題と試練を感謝します。

あなたはこれらを通して、必ずすべての関係者を祝福してくださることを信じます!」

こう繰り返し祈っている。

日々緊張と激しい戦いの中にあるが、事実、徐々に事態は好転しつつあり、解決への希望が見えてきた。

いやな問題は、人生をよりダイナミックに、そしてより豊かに生きるためのスパイスである。


「わがたましいよ、主をほめよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ」
(詩篇103篇2節)

conqer

「あなたはキリスト・イエスにある恵みによって、強くなりなさい」
(Ⅱテモテ2章1節)

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生存可能性がほぼ0%だった青年の今

最近、韓国の一般社会で話題になっている人物がいます。

朴モーセ1

それが2013年の1月のパラリンピック、つまり障害者オリンピックの開会式で、韓国の国家を歌った25歳の朴モーセ君というクリスチャンの青年です。

なぜ、それほどまでに話題になったのでしょうか?

実は、彼は、お母さんの胎内にいる時、医者から生存可能性が0%に近いと言われていました。

その理由は、彼の後頭部には骨がなくて、脳が頭の外に流れ出ていたからでした。

医者は、彼のお母さんに赤ちゃんを堕ろす様に勧めましたが、彼女は諦めませんでした。

叫び

毎日「この子を通して神様に栄光をささげることができますように」と涙を流しつつお祈りし続けました。

そして、生存可能性0%と言われたモーセさんは、奇跡的にも、生まれてから生き続けました。

しかし、頭蓋骨が奇形の状態で生まれたモーセさんは、大脳の90%、小脳の70%を切断するなど6回にわたる大手術を受けなければなりませんでした。

医者は、モーセさんが手術を受けて生存したとしても、目も見えず、話すことも、立ち上がることもできないだろうと言いました。

栄光

しかし、再び神様の奇跡が現れました。

「ママ」ということばもまともに言えなかったモーセさんが5歳の時、急に主の祈りを暗記できるようになり、その後、少しずつことばも話せるようになったのです。

そして、7歳になると歌を歌えるようになりました。

彼のお母さんは、昼も夜も歌を聞かせてあげました。

その時から歌は、モーセさんの生活のすべてになったのです。

朴モーセ

その後、障害者合唱団で活動するようになり、それをきっかけで2013年のパラリンピックの開会式で韓国の国家を歌うようになったのです。

パク・モーセさんは、今は、TVの出演や教会の証し集会などに招かれ、歌を歌い、生きておられる神様と自分が体験した奇跡を証しています。

朴モーセ2

パク・モーセさんの人生を通して、人の目には、回復可能性0%の試練の中から、神様の100%のいやしと回復と栄光が現れたのです。

お母さんが朴・モーセ君を主の栄光のために捧げたからです。

私たちも自分のために生きるのではなく、主の栄光のために生きるとき、驚くべき奇跡が起こります!

「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。

あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」(ローマ12:1)

「それで私もまた、この子を主にお渡しいたします。この子は一生涯、主に渡されたものです」(第一サムエル1:28)

「サムエルは成長した。主は彼とともにおられ、彼のことばを一つも地に落とされなかった。こうして全イスラエルは、ダンからベエル・シェバまで、サムエルが主の預言者に任じられたことを知った。

主は再びシロで現われた。主のことばによって、主がご自身をシロでサムエルに現わされたからである」(第一サムエル3:19~21)

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律法主義の罠からの解放

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律法主義の罠からの解放

私たちはともすると、頑張って信仰生活を送ります。

また、それが悪いようには決して思えず、「自分は頑張っている!」というプライドを持つようになります!

これが律法主義の罠です!

北海道のある教会に伺った時、現在、神学生のご主人を持つ奥様からこんなお証しを聞きました。

哲学者

そのご主人は当時、1つの哲学にのめりこんでいて、家庭は滅茶苦茶になっていました。

奥様は重いうつになり、子どもたちは3人ともが登校拒否となっていました。

出口の見えない状況の中、ご主人は自分の罪の悔い改めはせず、家族が変えられることだけを目的として洗礼を受けました。

家庭不和

しかし、何も変化が見えないので、変わらない奥様や子どもたちに対し怒りをぶっつけてばかりいました。

そんな中、冬に子どもが行方不明になります。

1日中、方々探すのですが、なかなか見つかりません。

夜になり、やっと見つかりました。

子どもは雪を掘って、その穴の中にじっとしていたのです。

雪穴

その子は雪の中で、死のうとしていたのでした!

生きる希望がなかったからです!

いくら頑張って信仰生活を送っても、自分を誇るだけで、聖霊様の働きに逆行しているからです!

しかし、奥様があるクリスチャンの方に出会い、聖霊様を知り、律法的な束縛から解放されたのです。

今どう変わったでしょうか?

死にかけていた家庭が全く変えられました。

ご主人が献身し、神学生になりました。

楽しい教会

また、家族はチャペルに住み、奥様は牧師先生の働きを助けています。

また、子どもたちもまったく変えられ、生き生きしているのです。

ハレルヤ!

聖霊に導かれると、霊的砂漠のような暗闇の束縛から解放されるのです!

パウロは以下のように勧めています!

「私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。

なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。

しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。」(ガラテヤ5:16ー8)

使徒1;5

イエス様も、次のように約束されています!

「彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。『エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。

ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。』」(使徒1:4-5)

聖霊のバプテスマ(=使徒2:4 最初の聖霊の満たし)を受け、肉の人から御霊の人へと変えられることなのです!

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20世紀最大の世界的伝道者ビリー・グラハムの迷い

ビリーグラハムと妻

20世紀最大の伝道者ビリー・グラハムが30歳になった時、多くの人々を主のもとに導く世界的なリバイバリストになりました。

しかし、ある日、心の中に疑いが生じました。

「聖書は本当に神様のことばなのか?聖書を完全に信じることができるだろうか?」と。

すると彼の心はひどく動揺し、未来に対する大きな不安に襲われました。

世界的な伝道者であるにもかかわらず、聖書を疑い始めたからです。

カリフォルニア山

それで一冊の聖書を持ってカルフォルニアの山の中に入って行って、神様の御前にひざまずいて聖書を読み、黙想しました。

祈り、ビリー

そして、切に祈りました。

「神様、聖書を信じれるようにしてください!」と。

彼が聖霊の助けによって一日中祈っていると、心の中にこのような確信が生じて、自然に口から大声が出てきたのです。

ビリーグラハム2

「私はどうなっても聖書は神様のことばであることを信じます!主よ、私は聖書を、ただ信仰によって神様のことばとして受け入れます!」と。

ビリー

こうして彼は自分の中で起きた霊的な戦いに打ち勝ち、その時から確信をもって聖書の上に立って信仰生活をし、再び、世界中で説教することができるようになったのです。

敵である悪魔は私たちに疑いをもたらし、私たちを大きく揺れ動かし、信仰から落とそうとします。

その時、聖書のみことばを読み、また聞き、黙想します。

そして、そのみことばによって、しっかりと信仰により立たなければなりません。

私たちが神様のみことばの上に立ってこそ、信仰に正しく立てるのです!

ビリー・グラハムがサタンから霊的な攻撃を受けたように、日々、私たちにも霊的な妨げがあります。

黙想

しかし、みことばを黙想すると、信仰が与えられるのです!

「そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです」(ローマ10:17)。

「まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを思い巡らす。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。

時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える」(詩篇1:2~3)

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忘れられているもう一つの祈り

祈りとは何でしょうか?

それは“神様に願うこと”だと一般的には考えます。

しかし、忘れられているもう一つの祈りがあります。

それは問題の対象に対して命じる祈りです。

マルコ11:22~23にはこう記されています。

富士山

「イエスは答えて言われた。『神を信じなさい。まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向って《動いて海に入れ》と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、その通りになります』」。

ここでイエス様は、「山に向って《動いて海に入れ》」と問題に対して命じる祈りを教えてくださっています。

イチジクの木

実際、イエス様はこのみことばを教えてくださる前に、いちじくの木に向かって今後、一切、実が実らないように命じられ、いちじくの木は枯れてしまいました。

実はイエス様が様々な問題に直面した時、天のお父様への祈りよりも、圧倒的にこの命じる祈りをされていることが福音書に記されています。

ツァラトに冒された人に対しては「わたしの心だ。きよくなれ」(マルコ1:41)、中風の人に対しては「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」(マルコ2:11)、片手のなえた人に対しては「手を伸ばしなさい」(マルコ3:5)。

命じる

また「風をしかりつけ」(マルコ4:39)、「汚れた霊よ。この人から出て行け」(マルコ5:8)、「タリタ、クミ(少女よ。あなたに言う。起きなさい)」(マルコ5:41)、耳が聞こえず、口のきけない人に対して「エパタ(開け)」(マルコ7:34)、

ペテロをしかって「下がれ。サタン」(マルコ8:33)、「口をきけなくし、耳を聞こえなくする霊。わたしがおまえに命じる。この子から出て行け。二度とこの子に入るな」(マルコ9:25)等々・・・。

12弟子

さらに、イエス様が12弟子を任命されたのは、彼らを身近に置き、福音を宣べ伝えさせるだけではなく、悪霊を追い出す権威を持たせるためであったのです(マルコ3:13~15、6:7)。

使徒の働きを見ても、弟子たちは問題に対して、この命じる祈りをしています(3:6、13:9~11、14:10、16:18)。

有名な神学者であるリチャード・フォスター教授にはジョエルという息子がいましたが、彼は耳を患い、耳のひどい痛みを訴えていました。

耳痛

病院でいくら治療しても癒されず、夜通し苦しんで泣くので、かわいそうで見ていられませんでした。

それで夕方はお父さんがケアし、その後はお母さんが子どもを抱いて、一緒に泣きながら夜を過ごさなければなりませんでした。

叫び

そんなある日の夜、このフォスター先生が子どもを抱いていると、ひどく苦しそうに大声を出して泣くので、「神様、生きておられるのですか。これほどまでに祈っても答えてくださらないなら、どうすれば良いのでしょうか!」と主に叫びました。

すると心の中に「命じなさい!命令を!信仰は、ただ信じるものではなく、心で確信が生じれば命じるのだ。命じなさい」という声が聞こえるように思いました。

それで自分がこの息子の耳に「痛みをもたらすこの病は退け!痛みは止まれ!もう良くなれ!」と命じたのです。

眠る子

すると泣いていた子どもがピタッと泣き止み、お父さんの背中にもたれながらグウグウ眠ってしまいました。

それでフォスター先生が論文に、信仰とは唇で告白し、大きな声で言ってこそ、神様がその言葉を通して奇蹟をなさると記しました。

光あれ

主ご自身が「光があれ。かわいた所が現れよ」と私たちに模範を示されています!

なぜなら、天においても地においても一切の権威が“イエスの御名”にあるからです!

私たちにこの御名を用いるように主は願っておられるのです!

マタイ28

「イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。『わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。

そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」(マタイ28:18~20)。

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神様の愛のしるしとは?

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神様の愛のしるしとは?

朝鮮戦争

1950年6月25日、北朝鮮が南北の境界線である38度線を越えて韓国に侵入し、いわゆる朝鮮戦争が勃発しました。

その時、一人のアメリカ人宣教師が志願して軍牧(軍隊牧師)になりました。

その方のお証です。

その冬、彼は自ら米軍部隊を率いて、開城(ケソン:現在の北朝鮮の南の都市)付近に後退してきたのですが、非常に寒かったそうです。

冬の橋

パーカーで身体を覆い、凍て付いた橋の上を渡っていると、橋の下から赤ん坊の泣く声がひっきりなしに聞こえてきました。

「ウェーン、ウェーン」。

聞き間違いかと思ったのですが、また「ウェーン、ウェーン」と。

それでしばらく部隊を止め、橋の下に降りて行ってみると、驚きました。

母と赤ちゃん

20歳代か30歳代の女性なのに、一枚も服を着ておらず、裸で小さな何かを抱いているのです。

行って見ると、戦争の混乱を避難してきた女性のようでした。

その寒い冬に赤ん坊を産むことになりましたが、出産する場所がないので、橋の下に降りて行って出産したのです。

彼女はへその緒もまだ切れていないのに、赤ん坊を生かそうと自分の服を脱いで、赤ん坊を包んだのです。

彼女はその赤ん坊を胸に抱いたまま凍死してしまったのですが、赤ん坊はまだ生きていて泣いています。

それで、そのアメリカ軍の宣教師は赤ん坊を母親の胸から取り出して兵士に任せ、その場に母親の遺体を埋めて、ソウルに戻りました。

養子

戦後、その人はアメリカに渡って行ったのですが、その子を連れて行きました。

それでその子がいつか聞けば答えてあげようと思っていました。

その子はその宣教師の息子だと思って成長しましたが、ある時、尋ねて来ました。

「お父さん、お父さんは西洋人で、私はどうして東洋人なのですか?私はお父さんの息子ではないのですね」

それで、その人は彼に説明しました。

「お父さんが朝鮮戦争の時に、後退する軍隊と共に南下して来たのだけれども、君のお母さんが、その寒い冬に橋の下で君を産んだのだ。

君はお母さんの服に巻かれて、お母さんの懐にしっかりと抱きしめられていたんだ。だが、残念ながらお母さんは凍て付く寒さの中、すでに亡くなってしまっていた。

お父さんは君を捨てて行くことができず、君をお父さんの養子としてソウルに連れて来て、戦後、アメリカに連れて来て今日に至ったのだ」と。

するとその青年は、父親を抱きしめて、懇願しました。

「お父さん!私を育ててくれてありがとうございます。けれども、お母さんを埋めたその場所を是非教えてください!」と。

父は「その場所は今、北朝鮮の地なのに、どうやって行くことができるか!」と言います。

すると、彼は「休戦ラインの近くまででも連れて行って見せてほしい」と訴えます。

そこで、年老いた宣教師がその子を連れてその場所に行きました。

休戦ライン

そして遠くを指差し、「あの向かい側に見える、あそこに見える小さい橋の下の近くで、お母さんが君を産んで死んだんだよ」と言いいました。

すると、その寒い日に、その子がその場で服を脱ぎ始めます。

「風邪を引くよ。そんなこと止めなさい!」と言っても、彼は聞く耳を持ちません。

彼は、ワァワァ~泣きながら服を脱ぎ、地べたに自分の下着と服を置いて、真っ裸になってブルブル震えながら、泣きながら訴えました!

「お母さん、その時、どれほど寒かったでしょうか!私を産んで私の命を助けるために自分の命を捨てたお母さん!お母さんの愛を私がどうして忘れることができるでしょう!」と。

その母親が赤ん坊を愛したかどうかは言うまでもありません!

自分の命を捧げて子どもを救うために、彼女は真っ裸になって自分が凍死することをもいとわず、命がけで赤ん坊を守ったのです。

十字架

教会になぜ十字架があるのでしょうか?

その十字架は、裸にされ、鞭うたれ、手足を釘付けされたイエス・キリストの象徴です。

神が人となられ、私たちの罪の身代わりとして、すべての罰を受けられたイエス・キリストの御姿がそこにあるのです。

十字架は、神がどれほど罪人である私たちを愛しておられるかという神様の愛のしるしなのです!

cross

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりも滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(ヨハネ3:16)

「イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました」(ヘブル12:2)

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悪魔のブルブル震えるもの

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悪魔のブルブル震えるもの

日本

韓国のある女性宣教師の方が、主によって日本に召され、来日準備している時のことでした。

夢の中で、日本の各宗教の指導者たちが一人ずつ集まった集団が見えたそうです。

彼らは口々に相談して言いました。

「今から日本に来るこいつはどれくらい力があるだろうか?一つ見てみよう」。

夢の中でその女性宣教師は部屋の中にいたのですが、やがてその集団はぞろぞろと家の中まで入って来ました。

渡り廊下

彼らは渡り廊下を通り過ぎる時、次々と覗き込んで、その宣教師を観察しながら隣の部屋に入って行きました。

作戦会議

そして、隣の部屋に集団がすべて集まると、互いにそこで作戦会議を開きました。

その時、主がその女性宣教師の霊の耳を開き、悪霊どもの相談する会話をすべて聞こえるようにされました。

そこで聞いていると、中でも一番強い力を持つ代表は仲間の弱い一人に向かって命令を下しました。

「俺たちはイエスの血潮と十字架さえなければ、勝つことができるのだ。おまえはあの女のところに行って、これだけは絶対語らないように口をつぐむように頼んで来い」。

すると、命令された一人が、隣の部屋からその宣教師の部屋に入って来ました。

動物

ところが、聖霊充満であったその女性宣教師は、使徒パウロが魔術師エルマをにらみつけたように、これをにらみつけたのです。

そのため、彼は何も言えなくなってしまい、そのまま隣に帰って、「だめだ。それは無理なことだ」と報告しながら、仲間の集団とともに、逃げ去ってしまったそうです。

このように、悪魔の一番恐れ、嫌がるものがイエス様の血潮なのです!

イエス様の血潮

イエス様の十字架の血潮こそ、悪霊どもから私たちを守る勝利の力なのです。

ですから、イエス様の血潮をいつも賛美しましょう(総合聖歌427、449等)!

さて、このように女性宣教師がにらみつけ、彼らが退散して行った夢を見たすぐ後のことです。

大型クレーン

この女性宣教師が車を運転し、一時停止しているときのことです。

巨大なクレーン付きの大型車が突っ込んできたのです。

しかし、車はつぶれましたが、本人に幸いけがは全く無く、向こう側が保険ですべて保証して修理したそうです。

けれども、サタンはこうして日本宣教を妨害しようと事前に攻撃して来たのです。

しかし、大丈夫です。

以下の約束があります!

「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。

神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」(第一コリント10:13)。

また「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています」(詩篇23:5)。

この女性宣教師は日本の牧師と結婚され、その後、このご夫妻は大きく用いられています。

悪魔の弱点は何でしょうか?

クリスチャンがイエス様の血潮を意識し、それを持って、自分に立ち向かってくることです。

霊的戦い

そのとき、悪魔は恐くて仕方がないのです。

ブルブル震えて逃げてしまうのです!

ですから、そのように悪魔が私たちを攻撃して来たら、その時は祝福の前触れです!

悪魔の脅し、脅かしに決して屈してはなりません。

ヤコブ4:7は次のように約束しています。

「ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります」。

ハレルヤ!まさに、悪魔の攻撃があることこそがチャンス、祝福の前触れなのです。

これはイエス様の血潮の力なのです!

イエス様の血潮

「兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った」(黙示録12:11)

「こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです」(ヘブル10:19)

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「しなやかに」かつ「したたかに」(佐々木満男・国際弁護士)

―イエスは言われた。「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」(マタイの福音書10章16節)

<「しなやかに」対応する>

面会室

「僕は曲がったことが大嫌いなんです! 相手が悪いのに、どうして僕がブタ箱に入らなければならないんでしょうか!」

警察の留置場の面会室の窓越しに、F君は私にこう叫びました。

ある晩、新宿のバーで友達と飲んでいたら、酔っぱらった隣の客がF君にしつこくからんできたのです。

かっとなった彼は、空手有段者の腕力で相手の顔を殴りつけ、前歯を折ってしまいました。

びっくりしたお店のマスターの通報でパトカーが駆け付け、F君は傷害罪の現行犯で逮捕され、警察の留置場に入れられてしまったのです。

厳格な法律家の家庭で育ったF君は、非常に正義感の強い青年でした。

しかし正義感が強すぎて、どんな些細な問題にも事あるごとにぶつかり、人々との間にトラブルが絶えませんでした。

ほっぺた

「悪人に手向うな」と聖書には書かれています。

「右のほおを打たれたら、左のほおを向けてやりなさい」とイエスは言われるのです。

「あなたが万物の創造主から受けている絶大なる愛の恵みを思えば、あなたが受ける損害などは、小さなことではないか」というわけです。

だから、すべての人に善いことをして、できる限りすべての人と平和に過ごすべきです。

風にそよぐ葦のように「しなやかに」生きるのです。

水辺の葦

水辺の葦は、大木を倒すような強風にも、土砂崩れを起こすような大雨にも、曲がるだけ自分を曲げて、「しなやかに」やり過ごしています。

やがて強風が吹き去り、大雨が降りやめば、何事もなかったように、再び天に向かって真っすぐに伸びているのです。

あなたは、誤解や悪意による、人の批判や悪口にさらされるかもしれません。

「しなやかに」受け流していきましょう。

できる限り打たれ強くなって、相手を決して悪く思わないことです。

いちいち言い返したり、やり返したりすれば、復讐が復讐を生む悪循環に陥ってしまうからです。

復讐はすべてを見ておられる全知全能の神に任せて、あなたは悪に対して悪をもって報いず、かえって善をもって報いるようにすればよいのです。

齋藤宗次郎

宮沢賢治の『雨にも負けず』の主人公、斉藤宗次郎は、キリストを信じたがゆえにさまざまな迫害に遭いましたが、決して恨んだり、復讐することなく村人たちを愛し続けました。

「そのような人に、私もなりたい!」と宮沢賢治に言わしめたのです。

<「したたかに」抵抗する>

「えっ、あのM君が自殺したんですって! そんなばかな、とても信じられません…」。

突然の死で周囲の人たちを絶句させたM君は、教育者の息子としてすばらしい家庭環境に育ち、立派に成長した青年でした。

好青年

明朗かつ温厚、スポーツ万能、病気知らずの健康そのものでした。

その上、背が高く知的で、人々に親切でした。

だれもがあこがれる理想の青年像でした。

だれからも好かれ、尊敬されていました。

社会に出て数年間、証券会社で働き、優れた成果を上げ、将来を嘱望されていました。

しかし、もっと若い人たちと心と肌で触れ合えるような仕事をしたいと、彼は高校の先生になったのです。

生徒全員から慕われ、楽しく有意義な教員生活を満喫していました。

悩み

ところが、ある人との人間関係のもつれから、非常に苦しみ、悩むようになりました。

責任感の人一倍強い彼は、問題を引き起こしてしまったことで、自分を責め続けました。

苦悩の中で救いを求め、友人の紹介で教会に通い、聖書を学び始めました。

けれども、信仰の確信に至る前に、突然、自ら命を絶ってしまったのです。

だれでも窮地に追い込まれたら、「死んでしまいたい」と思うものです。

問題の原因の一部が自分にある場合は、特にそういう気持ちになりがちです。

しかし、極限状態に置かれても「こんな問題でこれ以上打ちのめされるのはごめんだ!」、「私には大切な使命がある。こんなことで負けてたまるか! 転んでもただでは起きないぞ!」

―「したたかに」こう抵抗する力は、神を信じる信仰から生み出されるのです。

「全能の愛の神が私の味方だ。どんな問題も私を押しつぶすことはできない!」と信じることができるからです。

「私の過去・現在・将来のすべての罪を負い、私の身代わりとしてイエスが十字架の刑罰を受けてくださった」と悟ったなら、M君は自責の念から解放され、全能の愛の神に助けを求めることができたはずです。

そうすれば、問題の重圧の中に解決の光を見いだし、死を選ぶことはなかったでしょう。

ガンジー

「非暴力・非協力・不服従」。これをスローガンに大衆運動を指導したマハトマ・ガンジーは、イギリスによる植民地支配から、インドの独立を勝ち取りました。

不当な植民地政策に対して、デモや暴動をもって対抗するのではなく、非暴力に徹して「しなやかに」対応しました。

でも、断固として、非協力・不服従を貫き、「したたかに」抵抗して、勝利したのです。

新約

「私の生涯に最も深い影響を与えたのは『新約聖書』である」とガンジーは言っています。

「しなやかに」かつ「したたかに」生きることを、彼は『聖書』から学んだのです。

「鳩のように素直に、蛇のように賢くありなさい」。

イエスはこう言われました。

葦が折れないのは、暴風雨にさらされても「しなやかに」対応するからです。

葦が押し流されないのは、土の中に深く「したたかに」根を張り巡らしているからです。

パスカルは、「人間は『考える葦』である」と言いましたが、むしろ「人間は『信じる葦』である」と言うべきだと思います。

隣人愛

さまざまな問題に対して、隣人を心から愛する愛をもって「しなやかに」対応しましょう。

しかし、あなたを押しつぶそうとするような問題に対しては、神の中に深く根差した信仰をもって「したたかに」抵抗し、かえってその問題から、神の大いなる恵みと祝福を勝ち取っていきましょう。
(引用:http://www.christiantoday.co.jp/articles/12053/20130910/news.htm)

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