ついに4日連続になってしまったが、「放射線の人体への影響」を読む。これが最終回。

 低レベル放射線の危険性をめぐる論争
 ――「放射線の人体への影響」を読む(1)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11890411770.html

 癌リスクと低線量被曝
 ――「放射線の人体への影響」を読む(2)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11891353351.html

 低線量の被曝の実態と個々人
 ――「放射線の人体への影響」を読む(3)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11891534166.html

 上野陽里(京都大学名誉教授)に、強く関心を持つ
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11891757105.html

今日は「第五部 チェルノブイリ」の2つの論考をまとめてみる。

***

西欧におけるチェルノブイリ事故後の線量分布
ロジャー・H・クラーク
(英国放射線防護会議書記長)

セラフィールド、TMI、チェルノブイリ、これらの原子炉事故を見直し、事前に、そういった種類の放射性物質が拡散するのか、どういった経路に運ばれるのかを予測するのは難しいということを説明する。

また、チェルノブイリ事故による放射性物質が、西欧にどのように拡散したのかのか、その差異にふれ、防護対応の困難さを述べる。

セラフィールド(1957)
放出量 7×10の14乗ベクレル
主な核種 ヨウ素131
敷地外最大線量 0.16シーベルト(甲状腺線量)、0.009シーベルト(実効線量)
集団実効線量 2,000人シーベルト

*非常に燃焼率の低い燃料サイクルであったため、セシウムなどの長寿命の核種がほとんど素材していなかった

*被爆は主に、ヨウ素133を含んだ牛乳によって起こった。

TMI(1979)
放出量 3×10の17乗ベクレル
主な核種 キセノン133
敷地外最大線量 0.001シーベルト(実効線量)
集団実効線量 33人シーベルト

*高燃焼燃料であったが大半は封じ込められる。炉心から壊れた弁を通って水とともにキセノン133が逃げ出した。

*被爆経路は、放射能雲からのガンマ線が主だった。

*放出量はセラフィールドの400倍以上だが、最大被爆者に対する実効線量は1/10だった。

チェルノブイリ(1986)
放出量 2×10の18乗
主な核種 ヨウ素131、セシウム137ほか
敷地外最大線量 ヨ→2.5シーベルト(実効線量)
           セ→0.25シーベルト(実効線量)
集団実効線量 
ヨ→2×10の5乗から6乗人シーベルト(ソ連)
          セ→3,000人シーベルト(英国)

*放出量はTMIの10倍だが、線量は数100倍。

余談だが、ここでは「収束」という言葉を使わずに、「緩和活動によって、炉の状態をもはや大量放出しそうにないという状態にすることができた」(315ページ)とある。日本政府(当時の野田首相)も、こうした、ていねいな説明をすればよかったのである。

そういえば、ドイツの小説(映画)で「見えない雲」という作品があった。

 原発事故を描いたドイツ映画、みえない雲(DIE WOLKE)、を観る
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11481254221.html

確かに、「見えない」放射性物質が、わずかに「見える」イメージとなるのは「雲」であり、実際に、チェルノブイリ事故のときに、ヨーロッパ各地に恐怖を与えたわけだから、彼らが心理的に圧迫されるのは理解できる。

実際、ヨウ素の堆積量は、スカンジナビア半島やドイツ南部、オーストリア、スイスという、かなりチェルノブイリから離れた場所がもっとも多く、次いで、イタリア北部、ギリシアとなる。

ただし、この「放射能雲」からのガンマ線による体外被曝やガスの吸入による体内被曝は、それほど大きな影響は与えなかった。

知ってのとおり、降下した物質(堆積物)からの体外被曝と、付着したものを体内摂取したことによる被爆が深刻な被害をもたらした。

とりわけ最大の被害を受けたのは、汚染された牧草を食べていた牛や山羊の生乳を飲んでいた小さな子どもたちである(野菜や果物、菌類なども)。

当初は、ヨウ素の影響だけを問題視していたわけだが、そのうち、肉や乳製品を通じたセシウムの摂取が重要な対策懸案となった。

セシウムは、スウェーデン中部がもっとも多く堆積し、次いで、ノルウェー、スウェーデン南部、フィンランド南部、ドイツ南部、スイス、オーストリア、イタリア北部、ギリシア東部、となっている。

確かにドイツは、他国と比べると線量が多く、たとえばEC全体における集団実効線量は、8万人シーベルトと推定されている。このうち、当時の西ドイツで3万人シーベルトを占めている。

こうしたデータからみれば、なぜ、ドイツがあれほどフクシマに、強い反応を示したのか、分かろうというものである。

ところがクラークは、それでもECに大きな被害を与えない、と述べている。

たとえば甲状腺ガンの場合、今後30年間にEC諸国で見込まれる発症数は、10-20万件であるのに対して、チェルノブイリ事故の影響によって2,000件ほど増加すると推定されている。

また、今後30年間にEC諸国で約200万人が癌死の可能性があるのに対して、チェルノブイリ事故の影響によって、数千人増加すると推定されている。

さて、確率で言えば、1%増、ということだが、
これまで100人が癌で死んでいたのが、101人になるということである。

これが、はたして「いかなる影響を見ることがない」(335ページ)と言えるのだろうか。楽観的すぎる見解にとまどう。

(ちなみに
英国放射線防護会議は、National Radiological Protection Board)

***

チェルノブイリ事故の影響
バリー・E・ラムバート
(聖バーソロミュー病院医科大学放射線生物学科)

「影響」は健康被害にとどまらず、経済政策やエネルギー政策、さらには社会組織の混乱にまで至る。

また、こうした「影響」について、前もって対策が講じられていなかったこと、さらには、フランスのように、チェルノブイリのような事故による放射性降下物など「ない」かのようにふるまう国があるなど、「原子力」に対する不信感が増大することともなった。

「欧州のどこで原子炉事故が起こっても対処できる、効果的な非常時計画が確立されているべきであった。」(329ページ)

ラムバートによれば、世界中すべての原子炉の運転年数の積算である炉年で言えば、この時点で約5,000炉年となっているなか、リスク研究においては、10,000炉年に1度は炉心溶融が起こる、と見積もっているため、チェルノブイリ事故が「想定外」とは言わせないし、それは「フクシマ」においても同様であろう。

またラムバートは、身も蓋もなく、事故後の汚染に対して、食物の販売制限やヨウ素剤の提供は、「科学的というより政治的な問題」(331ページ)と断言する。

つまり、以下の三つの要因を考慮した結果と考えるべきである。

・放射線による健康へのリスクを制限
・人びとの憂慮を静めパニックを防止
・政治的・経済的損害の最小化

それゆえ、実際の規制値などは、各国によってかなりのばらつきが見られることになった。

よく、「日本人は原爆による被害を受けた国だがら、放射能アレルギーがある」と訳知り顔で言う「専門家」が決して少なくない。

しかし、少なくともドイツをはじめ、ヨーロッパ諸国においても、放射線リスクを極度に恐れる傾向がある。

クラークは、不確かさが多いなかで「公衆の信頼」を得るには、最も安全と考えられる数値を「目安」と考えるべきだとする。

具体的には、年間1ミリシーベルトという線量限度が妥当だと考えている。

最後に、フランスでの事故は、確率論的にみて、ありうるとクラークは指摘してる。

***

最後に主催のリチャード・サウスウッドが述べているが、各地へのモニタリングポストの設置とそのデータの開示は、見えない放射線に対する、私たちの「防護」に必需である。

それこそ、「情報」はさまざまなかたちで検閲されたり、誤魔化されたり、ゆがめられることがあるが、この「数値」はその意味では「純粋」である。

フクシマにおいては、これでさえ、計り方その他に偽装や工作があったと指摘する者もいるが、少なくともすべてのモニタリングポストの数値を意図的に改竄することは、きわめて困難である。

それゆえ、私たちに可能なのは、全体の傾向をよみとることである。

また、今後、たとえばであるが、道路や建物にそれぞれモニタリングポストが置かれ、数値によって色が変わったり、警告音がなるなどの設備の設置が期待される。

原子力施設や病院などはさらに、細かく配備されるべきだろう。

イメージとしては、照明灯などに併用されるとよい。

火災報知機やガスセンサーがあるように、照明灯がセンサーとなっている。

「見える化」がもっとも必要なのが、放射線だからである。



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