読んだ本
放射線の人体への影響
――低レベル放射線の危険性をめぐる論争
R・R・ジョーンズ。R・サウスウッド 編
市川定夫他訳
中央洋書出版部
1989年10月

Radiation and Health
The Biological Effects of Low-Level Exposure to Ionizing Radiation

Robin Russell Jones & Richard Southwood (eds)
John Wiley & Sons Ltd
1987

ひとこと感想
低線量被曝に対する問題提起の書。といっても結論がここで出ているわけではない。今なお論争の続くこの問題について、さまざまなな議論が行われていることを前提として、それぞれの見解が提出されている。

今回は、そのうち、英国の再処理工場付近で発生した小児白血病と低線量被曝との相関関係についての論考4編をとりあげる。

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サウスウッドは英国放射線防護会議議長・王立学士院会員、ジョーンズは地球の友の公害諮問委員会委員長で王立医師会会員。なお、本書は地球の友とグリーンピース・インターナショナルの資金提供によって実現した国際会議の記録である。

電離放射線の生物効果に関する国際会議
ハマースミス病院
1985年11月24日、25日

タイトルにあるとおり、低線量の放射線がどこまで人体に影響を及ぼすのか、が本書では問われている。

発端は、ウィンズケールやドーンレイの核燃料再処理工場周辺で小児白血病が「多発」したのに対して、放射線が原因かどうか、論争が起こったことにある。

本書の特徴は、二点。

1)推進側と反対側m両側の意見が述べられている
2)専門家以外も会議に出席している

なお、本書では、「争点」のあるイシューを提示することが目的なので、
「統一見解」や結論が示されているわけではない。

冒頭で、編者の一人、サウスウッドが興味深い表現を行っている。

「だれかが両刃の剣を持っているとすると、必ずしもそれを棄てなければならないのではなく、危険性を認めたうえで、危害を避けうる方法で使えるかどうかを決めなければならない。」(3ページ)

そう、結局私たちが対象としているのは、あくまでも「
両刃の剣」であって、「毒」であるか「薬」であるかといった2択ではないのである。

それゆえ、「決める」ために、1)リスク評価を行い、そのなかで、2)何が容認できるリスクかを定める、といった手続きを必要とする。

本来、ここで問題になっているのは、「閾値」があるかないか、ということである。

言い換えれば、結果に対して、原因がはっきりと特定できるのか、である。

実際に用いられている手法は、二つある。

1)生態系を段階的に調査する方法
相互関係を識別し、それを過程の連鎖として並べ、それぞれの数値を測定し、計算値と対比させてみることで、原因と結果の連鎖を確認する

2)広域的相関性調査
推定される原因と影響の関係をいくつかのパターンの束によって比較する。

2)は、ときおり、見かけ上の相関関係にだまされることがあるので、要注意であるが、とはいえ、この方法も使わざるをえない。

この、いずれかの方法によって、各論者は何らかの結論を提示している、ということは、忘れてはならないだろう。

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以下、
英国の再処理工場付近で発生した小児白血病と低線量被曝との相関関係について、4人の見解をまとめておく。

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環境放射能からの線量
フランシス・A・フライ
(英国放射線防護会議)

自然放射線と人工放射線といった環境中の放射線の種類などについて概説している。

ここでは、計算に必要な基本事項が述べられているだけなので、省略する。

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モニタリング結果の解釈
ピーター・J・テイラー
(政治的生態学研究グループ会長)

リスク評価については、リスクを推定する際に数式が用いられるが、だからといってこれが純粋な科学であるとは言い切れない。

不確定要素が多く、そのために「判断」というものが必ず加味されているからである。

リスクの客観的な大きさについて合意が得られたとして、次は、どう評価するかである。

三点の基本原則がある。

1)必ず類似したリスクと比較をすること
2)個人に責任が由来するものと、個人に還元できない影響を区別すること
3)小児の白血病と、高齢者の白血病は、同じようには受け止められていない

実際にはICRPは、二つの原則をもっている。

1)容認出来ないレベルの線量がある
2)わからない部分についてはALARA

あらためて書くまでもないかもしれないが、1)については、毎年1ミリシーベルトの被曝で10万人(から1万人)に1人ががんにかかる可能性がある、というものである。

ここまではよく知られている話であるが、テイラーは、問題なのは、ここではなく、自然放射線のほうで、たとえば英国では年間2ミリシーベルトであるが、これが「危険」ではなく、「安全」な数値とみなされていることにある、とする。

「「安全」という言葉が、科学上の論議よりも、事態を鎮静化するために政治的に用いられる場合のほうがはるかに多い」(28ページ)

さらに興味深いのは、ICRPのパブりケーションのなかには、低線量の影響に対して、数量化できないもの(=美的および他の人間的要素)も考慮にいれるべきだという考えが盛り込まれている。

これは現在ほとんど議論されていない。科学者がもっとも嫌い、苦手とするからだ。

だが、この「要素」を加味する、ということは、すなわち、以下のように考えるということを意味する。

科学者や技術者、政治家、または、原子力に従事している人たち、と、そこで暮らしている人、または、その電力の供給を受けている人は、必ずしも同じように、この「影響」をとらえない、ということを前提としなければならないのである。

そしてこの両者の隔たりが埋まることはほとんどありえない。

しかし、だからと言って、それではいずれかに軍配があがるのかというとそうではない。

当然、こうした議論は、何も放射性物質にかぎるものではない。

いわゆる「公害」に関する議論全般と相通ずるものにならなければならない。

このあと、詳細な英国周囲の海洋や海産物の影響のデータや分析があるが、省略する。

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予測モデルの役割――放射線リスク評価をめぐる社会的・科学的問題
デイビット・クロー
(サセックス大学科学政策研究施設)

ここでも重要な論点は、一方に科学的、客観的であることを根拠にした主張があったとしても、そうした予測モデルが必ずしもすべての人が受け入れているわけではないということに留意すべきだ、ということである。

「モデル化することが科学的には有意義なものであるとは思うが、その一方で、環境からのリスクを正確に評価するには、(中略)化学だけを論拠とするのでは不十分であるとの見解を共有する」(60ページ)

ただここでは打開策(和解策)が示されており、第一に、技術一辺倒ではないリスク評価、第二に、原子力規制に対して一般人や労働者の参加、としている。

確かに、再処理工場の近くの村の子どもたちが、他の地域と比べて「10倍」の白血病による死亡率が見いだされた場合、誰もが、その工場を疑うであろう。

ただ、ここにリスク評価を持ちこんだ場合、必ずしも、その因果関係が証明されないことも、十分に可能性としてありうるであろう。

ここで第一に問題になっているのは、「科学的」と言いながら、わずかな誤差があったとしても、「掛け算」によって計算されるため、大きな誤差に至る、ということである。

具体的には、以下のような項目が算定に用いられる。

1)被曝
 ・経路
 ・集団の行動
 ・報告されなかった放出

2)代謝
 ・摂取
 ・吸入

3)感受性組織に対する線量
 ・赤色骨髄
 ・リンパ組織

4)線量反応関係

5)鋭敏性の解析

たとえば、「経路」については、モニタリングデータが不十分であることが指摘される。

また、「集団の行動」については、どのような食べ物をどのくらい食べるのか、また海浜でどのくらいの時間をすごすのか、などのデータを必要とするが、この評価では、大雑把な仮定に基づいてモデル化している。

さらには、「
報告されなかった放出」として、1950年代など、相当量の放射線が放出された際の情報がまったく加味されていない。

次の「摂取」や「吸入」にしても、動物実験で得られたデータが人間に適応できるかどうか明らかではない、とする。

また、「線量測定」にしても、ラジウム224影響に基づいてプルトニウムの場合を仮定しているが、なかなか単純ではない。

ただ、もっと根源的な問題として、線量測定については、基本的に成人モデルに基づいているのであって、子どもや胎児ではない、ということである。

最後に線量反応関係についても、特にアルファ線の場合、かなり不確かで、これは、ヒロシマ、ナガサキのデータにさえ疑義をさしはさまざるをえなくなるような状態である。

・・・こうしてまとめてゆくと、不確かさというものが、3桁から4桁の幅になるというこおtになる。

だが、こうした「不確か」な領域、すなわち低線量被曝の評価を、疑わしいとせずに、分からないことを理由に考慮に入れないという姿勢は、結局、「公害」に対する加害者と被害者という立場の違いということなってしまう。

「被害者」の立場から言えば、不確かさを過小評価してはならないわけだが、その主張が、必ずしも正当化されるとはかぎらないところに難しさがある。

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シースケールおける小児白血病のリスク評価
ジョン・W・ステイサー、J・ディオニアン、J・ブラウン、T・P・フェル、C・R・ミュアヘッド
(英国放射線防護会議)

実際のデータがある。

シースケール村は、セラフィールドから約3キロ離れており、人口は約3,000人。1950年から80年のあいだに未成年の子どもの白血病死が「4例」あった。

先に、「多発」と書いたが、英国の統計によれば、「0.5例」が妥当なところ、「4例」もあった、ということで、放射線の影響が疑われたのである。

ステイサーは、この事態に対して、自然放射線が2/3の割合で影響し、セラフィールドの影響を16%、核実験降下物と医療被曝の影響をそれぞれ9%、と結論づけている。

すなわち、自然放射線の方が与える影響が大きいと考えている。

これをリスクでとらえると、平均値で7万5千人に1人、最大で1950年代半ばに生まれた人で3万人に1人が、セラフィールドによる影響で白血病になったとする。

「討論」のなかで、ステイサーは、こうした計算が、単に「平均的」事態を説明しようとしているものではなく、実際に白血病にかかった子どもが受けた被曝量を想定したり、内部被曝の可能性を20-30倍くらい高く見積もったとしても、リスク計算に大きな影響を与えない、と述べている。

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こうして読んでいても、いずれの見解が正しいとか、いずれかがおかしい、という印象は受けない。

科学の世界であっても、こうしたことが常に起こりうる、そういうことしか言えないのはとても残念であるが、これはこれで、仕方がない。



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