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核の言説史 公開中 
私たちは、原爆と原発という二つの巨大な存在を前にして戦後がはじまり、今に至る世界を生きている。哲学、物理学、評論はもとより、文学、芸術、映画、コミック、楽曲、芝居など、さまざまな表現において「核」の歴史は刻まれている。この厚みを解き明かすことによって、これから私たちが「核」とどうかかわって生きてゆくのかを探るべく、言説史をまとめている。

 前史

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2005~2009年  2010~2011年02月    

2011年3月~7月  2011年8月~12月  2012年1月~2月

【新訂版】
1945年  1946年  


核の言説データベース~原爆と原発と


はてなブログにて、1記事1文献でデータベースを作成中。
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2014-11-25 21:40:00

久しぶりに、TVドラマ「リーガル・ハイ スペシャル」を観る

テーマ:映画・TVドラマ
観たドラマ
リーガル・ハイ スペシャル
堺雅人:主演
古沢良太:脚本
フジテレビ
2014年11月22日放映

ひとこと感想
出遅れたが、録画でやっと観た。おもしろかった。そして、考えさせられた。テレビドラマでも、ここまで本質的な問題提起ができるということを思い知らされた。ここで大事なのは、「回答」ではなく、「問い」であるということだ。それを間違えないよう。

***

まるで、白い巨搭、それが、最初の印象だ。

だが、それは、決して「パロディ」ではない。

むしろ、「白い巨搭」の「続編」であるかのような、「問いかけ」がなされた。

しかも、ここには、笑いあり、なぜか、格闘シーンあり、美味しそうな食事は登場するという、なんと、盛りだくさんなことか。

とても、貴重な番組だと、つくづく思う。

それにしても、今回の作品が扱っているテーマは、きわめて大きい。

一人ひとりの「いのち」の尊さ、そして、自分がその一員であるところの「人類」の遺産相続。

これまでも
古美門弁護士は、世間で言われている「綺麗事」を一笑に付して、かぎりなく「エゴイスト」である人間の弱さをみつめ、そのうえで、それでも、生きることは値するのだ、というメッセージを発し続けてきた。

今回は、なにせ「医療過誤」を扱っている以上、そのテーマそのものを正面からとりあげている。

しかもきわめて本作が「特異」なのは、決して、「ヒューマニズム」(≒綺麗事)に訴えないところである。

それはある意味、最初は何の冗談かと思ったが、古美門らが手塚治虫の「ブラックジャック」を読んでいるシーンにおいて象徴されていたのかもしれない。

ブラックジャックは、決して人格者ではないし、正規の医者ですらない。

天才的な外科技術をもっていることを良いことに、患者から高額な報酬を得ており、ある意味、最高に金にうるさい医者なのである。

本作に登場する医者(古谷一行)もまた、おそらく、そうした医者の側の代表として描かれていることになる。

そして、一か八か「賭け」にもなりうる難病の手術や新薬の選択にあたって、医者側と患者と関係者との「契約」を甘くみる場合がある。

正直言って、現在の医療現場では、こうした、大きな手術や薬の投与にあたっては、インフォームドコンセントが浸透しており、医者側は、決して一方的に患者たちに無理強いすることはありえない。

だが、それであっても、患者側は、「無理矢理」とか「だまされた」といったような気持ちになることもあるだろう。

それは、大半、「悪い」結果が、出た場合である。

当然、「良い」結果が出れば、何も言わないどころか、感謝することだろう。

ところが、「悪い」結果が出てしまうと、感情的には、医者側の「ミス」や「過誤」を疑いたくなるものだ。

ある意味、「我を忘れる」のだ。

だが、本作では、残念ながら、こうした「インフォームド・コンセント」は十分に果たされていないし、患者側も、そのときの勢いにまかせてしまっている点で、双方が、きわめて「甘い」対応をしている。

それゆえ、問わねばならないのは、医療側の過失があったかどうかのみならず、患者側の言動に対しても、より慎重にとらえねばならないのである。

だから、本作は、現代の医療現場で起こりうる「出来事」というよりは、少し前の時代の記憶としての出来事という感覚が募り、その意味では、いささか、古風な前提のもとで「物語」がつくられているという印象をもった。

ただ、おもしろいのは、本作は、こうした問題とはまったく別のところで、すさまじい「断言」を放っていることである。

「死者」のおかげで、今の「私たち」がある、古美門は言った。

もう少し、言葉を足すと、こうなる。

手術の失敗や、薬の不適合などで、これまで多くの人の命が奪われているかもしれないが、そうした蓄積は、けっして「無駄」ではなく、医学(作中では「科学」と言っていた)、もしくは医療技術の「進歩」のために、役に立ってきたのだ、という主張である。

古美門j自身が本当のところどう思っているかはさておき、少なくとも法廷では、こうした「論調」で訴えていた。

これだけで、話が終わってしまうのであれば、私はこれほど、「おもしろかった」とは言わなかったと思う。

だが、このあと、対する弁護士、大森南朋は、それでもなお、その言葉に、異議を唱えたところが、私には、本編のクライマックスだった。

それじゃあ、一人一人の人生は、いのちは、一体何の意味がある?

もしそうだとしても、一人ひとりの「いのち」や「人生」は、「犠牲」になんてなりたくないし、大切なものであらねばならず、それを「仕方がない」といって切り捨てることは許されない。

あたかも、実存主義と構造主義の対立のように、二人の主張は、譲れないものであり、いずれかのみが「正しい」と言い切ることは、私にはできないし、そうあってはならない、と思う。

だが、よく考えてみれば、いつも、いずれかのみが「正しい」とされてきたように思われる。

少なくとも本作においては、こうした常道を破壊し、いずれの「声」にも届くような、語り方をめざした、と言えるのではないだろうか。

こんなテーマを、いともたやすく(いや、いともたやすく、であるかのように)扱えているのは、何と言っても、堺直人=古美門弁護士と、脚本家の力量なのだと、しみじみと思った次第である。

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2014-11-24 21:48:00

原子力の言説と哲学 (まとめ)

テーマ:原子力関連言説の変遷
これまで書いたブログ記事のうち、哲学と原子力の言説との関連に着目したものを集めてみた。

***

原子力の言説と哲学 序説  
瀧本 往人


はじめに

1 ヒロシマ、ナガサキ

▼カミュ
カミュによる原爆投下批判~生誕100年にあたって
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11677484155.html

原発事故と「ペスト」(カミュ)
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11699792545.html

カミュ「ペスト」、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11716500510.html

▼サルトル/ボーヴォワール
サルトルと原子力~サルトルとの対話、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11772578988.html

サルトルと原子爆弾~「大戦の終末」(サルトル)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11799814296.html

原爆投下と黄色人種を結びつける議論、そして、サルトル――ネット風評のつくられ方
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11799849427.html

▼バタイユ
バタイユがとらえたヒロシマ――「広島のひとたちの物語」を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11484642782.html

▼ユング
私たちの「影」として「原発」をとらえる~ユングの「水爆」観より
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11489310296.html


2 平和運動

▼ラッセル
「常識」にとって「核」とは何か――常識と核戦争(ラッセル)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11870491185.html

原爆と原発の同一性と差異
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11329788287.html

▼アインシュタイン
核エネルギーとアインシュタインの苦悩


▼シュヴァイツアー
忘れ去られたシュヴァイツァーの核実験・核兵器反対運動
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11904573267.html

▼アンダース
ギュンター・アンダースと「核」の哲学
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11330427498.html

核と向かい合う思索、アンダースの「時代おくれの人間」を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11231912853.html

「原爆パイロット」と「ヒロシマの罪と罰」~「ヒロシマわが罪と罰」(アンデルス、イーザリー)を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11879999298.html

時代おくれの人間
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11231912853.html

橋の上の男 広島と長崎の日記
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11795460010.html

われらはみな、アイヒマンの息子
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11228051323.html

警告ポスター
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11794500346.html


3 原子力技術

▼ハイデガー/アレント
原発事故による「故郷喪失」とハイデガーの「放下」
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11470955307.html

原子力をめぐる思考の可能性(森一郎)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11298240806.html

思索と感情と事実のはざまで――映画「ハンナ・アーレント」を観る
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11743253876.html

▼ヨナス
未来世代と科学技術としての原発の事故――ハンス・ヨナス「責任という原理」を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11916974396.html

▼ヤスパース
原爆の脅威の前の良心(ヤスパース)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11785828591.html

原子力の平和的利用を主唱した哲学者、ヤスパース
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11251200090.html

原子力の平和的利用を主唱した哲学者、ヤスパース その2
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11253645160.html

▼ハバーマス
「核」時代の変容と市民的不服従 
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10936150861.html

▼レーニン
未作

▼トロツキー
トロツキーと原子力――文化革命論を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11898493728.html

▼ゲバラ
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11640397065.html
チェ・ゲバラの「原爆の悲劇から立ち直る日本」、を読む 


4 市民の殺戮

▼ウィトゲンシュタイン
ウィトゲンシュタインの原爆に関する「断章」
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11488766783.html

▼アンスコム
原爆投下批判――女流哲学者アンスコムによる「トルーマン氏の学位」
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11870475996.html

▼ネーゲル
原爆投下の「悪さ」の道徳的根拠を、哲学的に探る――Th・ネーゲル「戦争と大量虐殺」を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11870484398.html

▼ロールズ
なぜ市民への攻撃は戦争であっても不正なのか――原爆投下と正義論(J・ロールズ)

http://ameblo.jp/ohjing/entry-11870482164.html

▼パーフィット
未来世代への倫理的対応――理由と人格 非人格性の倫理へ(D・パーフィット)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11813771823.html


5 ジェノサイド

▼フーコー
放射能という出来事に対する思考の可能性、フーコーにおけるポスト・アウシュヴィッツの倫理
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11365979847.html

アウシュヴィッツ、ヒロシマ、ニューヨーク、フクシマ
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11351897868.html

原発事故とフーコー
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10970444609.html

▼イリイチ
エネルギーと公正の可能性(イリイチ)
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10884973812.html

▼ナンシー
フクシマの後で(J=L・ナンシー)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11507260892.html

▼デュピュイ
悪意なき殺人者と憎悪なき被害者の住む楽園、ヒロシマ、チェルノブイリ、フクシマを読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10991534490.html

チェルノブイリ ある科学哲学者の怒り(デュピュイ)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11489550604.html


結び 

▼ボードリヤール
原発事故とシミュラークル(オリジナルなき複製文化)
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11069133456.html

透明な「悪」と原発
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11060332340.html

「同一なるもの」と「他なるもの」
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11063136916.html

誘惑論 序説
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11065949867.html

なぜ、すべてがすでに消滅しなかったのか、ボードリヤール
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11083730468.html

悪の知性、ボードリヤールによる
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11083512790.html

完全犯罪、ボードリヤールによる
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11083347861.html

他者性のさまざまな姿、ボードリヤール「世紀末の他者たち」
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11077792688.html

ボードリヤールなんて知らないよ、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11072870583.html


●コラム 

▼デモクリトス アトム論
アトムとモナド
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10930569559.html

▼ルクレティウス アトム論
ルクレティウス、人間観としてアトムを語る
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11346714269.html

▼ニーチェ アトム論
ニーチェにとっての「アトム」
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10936107182.html

▼マルクス
未作

▼アルチュセール
アルチュセールの「アトム」論
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11490118095.html

原子力探究の歴史
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11258427758.html

▼ライプニッツ 
モナド論
ライプニッツのモナド
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10930620992.html

アトム論を基盤に展開した近代自然科学
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10930600027.html

▼ヴォルテール 
災害論
石原都知事の「天罰」発言とヴォルテール
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11265322898.html

▼ルソー 文明災
未作

▼カント 自然災害
カントは津波や地震をどうとらえたのか
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11323640770.html

カントの第二アンチノミーとモナド批判
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10930589071.html

リスボンとフクシマ 3.11以後の世界とテクノロジー(黒崎政男)を聴く
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11295549525.html

アトム論を基盤に展開した近代自然科学
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10930600027.html

▼ベーコン 
科学技術論
核エネルギーの解放を可能にした思想
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11247795116.html

▼デカルト
デカルトの「アトム」への懐疑
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11491534488.html

デカルトから原発事故を考える
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11257640276.html

▼バシュラール
「原子の火」の誘惑と禁止への夢想――バシュラール「火の精神分析」を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11807344042.html

▼ジェイズム 
災害ユートピア 
哲学者のみた災害ユートピア~W・ジェイムズの場合
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11299796107.html

▼サンデル 
政治哲学
サンデル教授に物申す
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10770903610.html

▼吉本隆明
吉本隆明「反原発」で猿になる! を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11156128367.html

原発に対する、人間か猿かの選択と決断
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11150292922.html

追悼 吉本隆明
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11194078544.html


***



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2014-11-23 22:36:00

原発事故と伝承文化――震災と民話(石井正己編)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
震災と民話 未来を語り継ぐために
石井正己編
三弥井書店
2013年12月

ひとこと感想
「目に見えない」事故を語り継ぐことの困難さを再確認させられた。また、避難して故郷を追われた人たちに、地元で育まれた「笑い話」をする、という、これまでの「語り」とは異なる新たな次元が現れていることを知る。しかしまだ、この事故は、「民話」というディスクールに落としこめるようには、私には思えなかった。一体どのように語られるというのだろうか。

***

本書は、石井が主宰する「震災と民話フォーラム」による二冊目の本である。一冊目は「震災と語り」(2012年)である。岩本由輝らの講演、語り部によるライブ、シンポジウム、さらにエッセイなどから構成されている。書き手、語り手の数は21人にのぼる。

このなかに、野村敬子による「原発事故と伝承文化」(95-108ページ)がある。

野村敬子(1938-  )は、山形県真室川生まれ、國學院大學栃木短期大學講師、民話研究家。

本書は基本的には「3.11」をめぐる「語り」をテーマにしているため、本稿以外は、みな、津波を中心に議論が行われている。そのなかで野村は、あえて「原発事故」と「語り」の接点を探っている。

といっても野村もまた、「3.11」以前には、原発のことも放射能のことも、ほとんど関心がなかった。

「震災が来るまで、本当に私は放射能について何も知らないでおりました。しかし、現在ではこの原発事故についての情報に対応する日本語を獲得しなければなりません。」(99ページ)

この「原発事故についての情報に対応する日本語を獲得」するために野村は、川俣町の山木屋集落の人たちに会いに行く。

ここは当時、計画的避難区域に指定されたところで、高齢者(350人)は運動公園にある仮設住宅にて、また、子どもと若い親たちは借り上げ住宅にて暮らしている。

何人かに集まってもらって話を聞いたところ、もちろん「深刻な言葉あふれた」(101ページ)が、それだけではなかった。

昔話のなかから、「笑い話」が披露されたのである。

「仮設暮らしで気持ちのふさぐ方々に少しでも笑っていただく時間に」(101-102ページ)という思いからである。

また、原発事故で避難をして故郷を追われたことを、子どもたちは、うまく理解していない。

「原発事故避難について、なぜそうなったかを子どもたちに是非、教えていただきたいと願っています。」(102ページ)

野村はまた、除染作業を行っている姿をまのあたりにして、「失ってしまったものの大きさを自覚しなければ」(103ページ)ならないと、警告する。

故郷に戻れない人たちが、これまでの自然の美しさや人びとが織りなした暮らしぶりなどを、小さな子どもたちに語り継いでゆくことの大切さを、訴える。

「子どもたちの心象風景のふるさとの育成として、今こそ昔話や伝説など、言葉の持つ力が求められている」(107ページ)

また同時に、「愚かな失敗を繰り返さないように、伝え残す新たな活動からは命を護る波動が生まれてきます」(107ページ)とも述べている。

ただ、自然災害と異なるのが、いわゆる「風評被害」や「偏見」である。

「語る」こと、語られた内容が、差別や偏見を生む恐れもあることにも注意を促している。



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2014-11-22 22:34:00

(故)虎之助のこと~義父との友情

テーマ:猫・犬・動物・植物


虎之助。通称「トラ」もしくは「トラちん」。

猫、雑種、茶トラ。元、地域猫を引っ越しにあたって連れてきて完全室内飼いに以降、約10年ちょっと一緒に暮らした。

そして、上顎に悪性腫瘍ができ、2014年10月20日、(推定)14歳で息を引き取った。


***



実は、今なお、トラのことを思い出す。

朝、起きる、トラがいない。トラがご飯ちょーだい、と起こしに来てくれない。

帰宅しても、トラがいない。やはり、ご飯がほしい、とねだりに来ない。

とにかく、心に、暮らしに、欠如感、空虚感。

そして、過去の出来事を思い出すことで、少しでもその「空隙」を埋めたくなってしまう。



***

私の妻の父、すなわち、私にとって義父となる人は、今から10年ちょっと前に脳腫瘍の手術をしたものの、そのあとわずか1年で、亡くなった。

妻は、実父とともに、残された時間をともに過ごしたいという思いを抱き、私たちは、彼女の両親の住む家に同居することとなった。

そして、それまで、別の場所で、地域猫としてあちこちをふらふらしていた虎之助を、一緒に連れてゆくことにしたのだった。



***

妻の実家にやってきた虎之助。

これまで自由にあちこちの出入りをしていたものだから、引っ越してきた当初も、とにかく、外に出たがった。

外に出ても、君の知っている世界ではない、というのに・・・。

その頃義父は、手術を終え、手術自体は成功であったものの、それでも、あと1年ほどしか生きられないだろうと医者に言われていた。

義父は、まったく、愚痴も言わずに、淡々と毎日を過ごした。

和室に介護ベッドが置かれ、ヘルパーさんが毎日訪れる。誤嚥性肺炎を発症したりすると、救急車で病院にしばらく入院、そして、しばらく経つと帰宅、ということを何度か繰り返した。

そんな義父が、和室で一人、寝ているところに、しばしば虎之助はやって来ていた。

ふだんは、私たちの足元に寝るのに、ときに、義父のそばに寝る。

(いちおう、故・義父の顔にモザイクをかけました、悪しからず)

そういう猫の「気持ち」は、一体、どういうものなのだろうか。

何を考えているのか、まったく分からないが、ずっと寝ている人のことが気になるのだろうか。

虎之助がいない、どこに行ったのか、と思いきや、何の気なしに、義父のベッドの周りに寝ているのである。

そんな虎之助のことを義父も気に入ってくれていたようだ。

介護のヘルパーさんに、あるとき、次のように語ったという。

「人間と猫は共存するものだ」



そういったような、一緒にいることがさも当然であるかのような説明をしていた、と後から聞いた。

義父は、これまで、特に猫と一緒に暮らした経験があったわけではない。

にもかかわらず、娘が連れてきた猫に対して、このように言ったのは、私にとっては、やはり、まず娘を想う気持ちからきている、と理解した。

だが、同時に、虎之助の、こうした行動には、驚いた。

一体、どういったことで、義父の枕元に行って、寝たりするのだろうか。

猫たちは、何を感じとっているのであろうか。

神秘である。

実は、まだ、話には続きがある。


義父が亡くなったあとのことである。

ぽっかりと空いた和室。

義父が寝ていた和室には、今や、何もなくなっている。

そこに、義父の遺灰がやってきたとき、虎之助は、何を想ったのか、その部屋で、一夜を明かしたのである。

猫たちは、一体、何を、感じとっているのだろうか。



そんな虎之助。


本当に、いとおしい奴だ。

彼よりも少し前(2011年夏)に先に、息を引き取ったシナモンと、一体、どんな会話をしているのか、気になるところである。

あれ、シナモン姉さん、こんなところにいたんだ、お久しぶり・・・といった会話をかってに想像する。

さらには、できれば、私たちの思いも、ふたりに伝わってほしい。

シナモン、そして、虎之助、聞こえる?

二人とも、今は一緒の世界にいないけれど、とにかく、キミタチと一緒いられたこと、私たちは、本当に感謝しているからね。


この、思い、伝わる、だろうか。

左、虎之助、右、シナモン

2014-11-21 22:06:00

過去を忘れない 語り継ぐ経験の社会学、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
過去を忘れない 語り継ぐ経験の社会学
桜井厚、山田富秋、藤井泰編
せりか書房
2008年12月

ひとこと感想
或る意味では「臨床社会学」とでも呼べそうなのが、ライフストーリーの社会学であるが、その手法を生かして「語り継ぐ」ことの意味を具体的なテーマから探りなおそうとした本である。一つひとつの「ことば」と「経験」が大切にされている。ここにははっきりとした結論があるわけではなく、「課題」を問い続けることにおいて意味がある。そして、長崎の語り部たちは今も、自問しつつ、葛藤しつつ、語り続けている。

***

本書では、いろいろな「語り継ぐ」べきテーマが挙がっている。

・第二次世界大戦中に日系米人強制収容所のあったミニドカ。
・長崎における原爆投下の体験を伝える「語り部」運動
・薬害HIVに対する医師や患者の語り
・戦場体験放映保存会
・沖縄戦と平和ガイド
・ハンセン病経験、ハンセン病資料館
・在宅癌患者
・顔に痣のある娘をもつ母親
・不登校の子どもの親の会
・アイヌの若者たち
・非差別と部落
・川崎在日コリアン生活文化資料館

今回は、このうちの一つ、「ナガサキ」についてのみ、
高山真「原爆の記憶を継承する 長崎における「語り部運動」(35-52ページ)とりあげる。

***

本論考は「なぜ、彼らは自らの被爆体験を語るのか」という視点から、語り部として活動する三人の生存者を対象に、これまで行ってきたインタビュー調査の徒らんスクリプトを史料とし、記憶の継承という問題を考察」(36ページ)している。

まず、長崎における語り部運動の概要が説明される。

長崎で公に被爆体験が語られるようになったのは、1956年の第二回原水爆禁止世界大会のあたりである。ここでは「核廃絶」を目的として「語り」が行われた。

そして、1970年代初頭に、生徒たちに教師が体験や記憶を語るよう奨励されるとともに、修学旅行で訪れた生徒たちに語ることが行われはじめた。ここでは「戦争」を憎み「平和」を大事にすることが目的とされた。

現在(2008年当時)、長崎には約60名の語り部運動の担い手がいる。

中心的な運営組織は、二つある。

・長崎証言の会(平和教育の色彩が色濃い)
・長崎平和推進協会(被爆体験の継承に重点を置く)

また、語り部活動には二つのタイプがある。

・体験講話
・碑めぐり

「体験講話」は、原爆資料館や被曝校の校舎などで話をするもの、「碑めぐり」は浦上地区に残された遺跡遺構や追悼空間をめぐるもの、である。

語り部の高齢化が進み「碑めぐり」は体への負担が大きいので減少傾向にある。

体験講話の重心については、二つに分けられ、前者が主流となっている。

・自分の被爆体験を中心に当時のことを語る
・被災後の人生において築いた平和観を中心に語る

内容は、いくつかに分かれる。

・8月9日前後の体験
・生い立ちから現在に至るまで
・自分の受けた外傷
・自分が被災した場所
・家族や友人の死

基本的には、「自分の体験」が語られるが、場合によっては「他者から伝えられた記憶」も語られる。

だが、そうした「語り」をふまえつつも、それを相対化し、聴き手に「なぜ被爆体験を聞くことが大切なのか」が語られる場合もある。

三人の「語り部」の事例が出され、彼らはなぜ語るのかが、問われる。

一人は、小学校の教師で、13歳のときに被爆しているが、そのとき友人を失ってしまったため。もともと、話したくない内容だった。

しかし、まわりから何度も勧められ、断り続けてきたものの、退職をきっかけに、人前で話はじめた。

その理由は、この「体験」を話せる人が一通り話してしまい、促されたから、だという。

この方は、最初は他の人たちと同じように、体験を語っていたのだが、途中で「芝居」の形を採り入れる。

当時そこにいた、13歳の少年が、未来の子孫に向けて語る、という形をとっている。

彼が伝えようとしているのは、命の大切さ、強く生きることの大切さ、である。

二人目の人は、小学生のときに爆心地から少し離れたところで被爆したこともあり、はっきりとした記憶を元に語るのではなく、当時の光景、イメージを語る。

言い換えれば「被爆者」と呼ばれる人たちと彼は少し立場が異なる。

ここで「被曝者」とは誰のことなのか、という点について、確認される。

被爆者健康手帳をもっていること、が一つの基準となり、そこには、被曝当時どこにいたのか(爆心地からの距離)と年齢とが大きな指標となっている。

三人目の人は、爆心地から5キロくらい離れたところにいたため、被爆者とは言えないようだが、彼は長年にわたって、被爆者の語りの聞き取りを行ったことにより、そうした経験を継承する立場に自分が立つこととなる。

彼は「他者の痛みへの共有」のために、長崎を語り継ごうとしている。

これに対して高山は次のように疑問を呈してみたという。

「被災者が被爆体験を語り、それを聞くことによって他者の痛みを共有することが、その出来事の継承に繋がるとは思えない、という問いかけを行った。」(50ページ)

するとそのあと、次のような心境の変化があったという。

「被爆体験を聞いたときに、それを聞いた人が、その被爆体験のどの部分にどういう風に感動したかという、その感動を伝えることではないかと最近は思う」(50ページ)

***

「語り継ぐ」ことの研究の方向性として、以下の三つが挙げられている。

1)ライフストーリー研究

口述の生活史 或る女の愛と呪いの日本近代
中野卓
御茶ノ水書房
1977年

2)オーラルヒストリー研究

民間伝承(民俗学)

3)映像としての語り(証言)

ショアー
クロード・ランズマン

語りは、映像にすれば、かなりストレートに伝わるが、これを文章でまとめるというのは、なかなか大変な試みである。


過去を忘れない―語り継ぐ経験の社会学/せりか書房
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2014-11-20 21:46:00

農を「生命」の産業として考える(竹中久仁雄他編)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
農を「生命」の産業として考える
竹中久仁雄、岡部守編著
学陽書房
1990年2月

ひとこと感想
もとはといえば進土五十八が書いていたので20年以上前に(古本屋で)買ったものだが、今回、あらためて、フクシマ以後の「農」を考えるうえで読みなおしてみた。「農」の基本テーマはやはり、地域と有機ということが、1980年代あたりから変わっていない
(良い意味で)ことが確認できた。

***

主に東京農大の研究者、10名で書かれた本である。

目次構成

I 「生命」の産業としての農業
II 農業の文化的意義
III 環境・資源保全としての農業
IV 地域農業の転換パラダイム
V これからの日本の農業――座談会

***

原発事故がもたらした被害は、さまざまな見地から説明されうるが、そのなかでもとりわけ深刻なのが、「農業」を巡る問題である。

これまで何冊かの本を読んできた(当記事の末尾にリンクあり)。

それらは、いずれも、とても考えさせられる内容ばかりであったが、「3.11」以前において、どのようにとらえられていたのかを知りたくなり、本書を手にとった。

***

編著者の一人である竹中は、次のように述べている。

「これまでの農業論は決まって内圧(高度成長)、外圧(国際化と貿易の自由化)の変化をもとに、それにいかにたいおうしていくかが、いつも発想の出発点にあげられてきた。」(3ページ)

「これまでの」というのは、明治期以降ということであり、竹中は、歴史的な推移を手際よくまとめている。

ここでは詳細にふれることはできないが、先日当ブログでとりあげたシュマッハーの「スモール・イズ・ビューティフル」(1973年)に書かれた農業の目的を引用ようしていることに注目しよう。

「①人間と生きた自然との結びつきを保つこと、人間は自然界のごとく脆い一部である。②人間を取り巻く生存環境に人間味を与え、これを気高いものとすること、③まっとうな生活を営むのに必要な食糧や原料を造り出すこと」(145-147ページ)

この時期になってようやく、経済至上主義ではなく、生活、環境、文化の視点から、書かれたのだった。

そして竹中は、21世紀に向けての農業を、「人間の生存にかかわる産業」(14ページ)、簡潔にすると「生命産業」という言い方で、まとめあげ、次の四つの役割(方向性)を強調する。

1)環境と資源保全としての農業
2)健康と栄養源としての農業
3)地域経済の基礎産業としての農業
 (地域複合経済化の一環としての農業)
4)景観、風景としての農業

また、国際化という力が働くなかで、より一層「地域」というものを重視する必要があるとする。

だが「地域」とは何か。

「生活・生産共同体的なムラや人びとの集まりを原単位とし、それが一つの経済単位、生活単位となって形づくられた、今風にいえば、コミュニティ」(24ページ)である。

すなわち、行政の眼からみれば、単なる自治体の区分のようなものにみえるが、そうではなく、「人びとの生活の場」(25ページ)であるということが、重要である。

それゆえ「地方」と「地域」とは異なる概念である、と竹中は述べる。

つまり「地方」とは「中央」に対するもの、統治されるもの、管理されるもの、といった支配関係が想定されるが、「地域」とは、それぞれが独自のものであり、独立したものだ、という前提のあるものである。

竹中は「地域」には4つの要素がある、としている。

1)個性
2)歴史
3)生活文化
4)経済

つまり、上記の4点において、それぞれの地域には違いがある、ということである。

***

上記のように、竹中が総論的なことを書いているが、そのあと、「農業の文化的価値」というところでは、まず、宗教との関係について焦点をあてているのが2章「地域農業と味の文化」(小泉武夫)である。

新興宗教と自然農法との関係は深いものがある。

その次に、「味の文化」というテーマで書かれているが、今一つ焦点が定まらない内容なのだが、途中からその意図は、化学的につくられた農薬の害、という問題を論じていることがわかる。

農薬の害についても、放射線障害と同様に、急性のものとそうでないものがあり、急性のものは、あらかた使用は禁止されているが、遅発性のものは、そのかぎりではない、というところを問題にしている。

どうして私たちは、ヒロシマ、ナガサキに学ばなかったのだろうか。

それほどまでに、近代工業化・産業化とは魅力的なものだったのか。

少なくともこうした問いは、農業においては、化学農業から有機農業への転換という形で、すでに開始されてきている(本書では「有機農法」という表現がとられている)。

たとえば、水俣病が発生したあと、その土地では有機農業の見直しが行われた。これはつまり、単に、直接的な加害者であるチッソの工場の排水だけを問題にするのではなく、チッソがつくりだす化学肥料を使わない農業を選択することによって「悪循環」を断ち切ろうという、強い意志が感じられる。

私たちは、こうした、「ミナマタ」における「反省」も十分に行うことなく、現在に至っているのである。

もちろんここには、明治以降の、そして、第二次世界大戦以後の、二つの出来事、すなわち「外圧」による「開国」と原爆投下による「敗戦」によって、すっかりと欧米崇拝のスパイラルのなかに入り続けてきたという事由があり、単純に問題を解消することは、きわめて困難ではある。

***

もちろん「農業」の問題は、単に農家そして農村コミュニティに限定されない。

つまり「生産者」の側のみならず、「消費者」も問題化しなければならない。

そこで第3章では「消費者と生産者との連携」が論じられる(堀口健治)。

言い換えれば、「分離された食の生産と消費をできるだけ直接的に結びつける」(100ページ)ということが目指されている。

端的に、どの世界でも「流通」と呼ばれる「卸売」「仲卸」というのは、嫌われる。

いくら「手数料ビジネス」と揶揄されても、当然のことながら存在理由がある。

ただ、あまりにも流通主導となると、生産者も消費者も望まない方向に行ってしまうので、いわゆる「産直」などの方式も併存すべきであろう。

そして、さらにもう一歩「3.11」以後に歩を進めれば、特定の「生産者」に対して、直接「消費者」が支援するとともに、「生産者」も直接「消費者」にふれることができるような関係性が、結局のところ大事なのである。

寄付なども同様である。赤十字などに委託するというのも、もちろん大事な選択肢であることには変わりない。

だが、特定の地域、特定の団体と結びつきたい、という意識が今、高まっているように思われる。

食べものの話に戻すと、「~産」が美味しい、という「感情」は、単純ではない。

味覚は、簡単には数値化できないし、比較のうえ選ばれる理由は、狭い意味での味覚だけではない。

そういう意味でも、生産者と消費者が互いに直接コミュニケーションがとれることは、非常に重要なことなのである。

「単なる購入者としての消費者ではなくて、生産過程に関与することで、安全な、生産者の"顔"がみえる生産物を手に入れるとともに、その生産物を生活のなかにとり入れる形で消費者自身の生活をも変えようとする動きである。」(116ページ)

***

4章では「有機農業運動を基盤とした農の原点」(白石正彦)が論じられる。

有機農業運動がいつからはじまったのかは定かではないが、1950年代にはその萌芽がみられたという。

だが、その後、近代化農法が支配的となり、農薬の使用量は瞬く間に増えてゆく。

しかし、1970年代にはさまざまな公害が各地で発生し、農薬の危険性が認知されはじめる。

並行して、1971年には「日本有機農業研究会」が発足、1972年には国際有機農業運動連名が設立された。

この「運動」とは、単に農業者だけでなく、消費者、協同組合(農協を含む)、行政、農学者などがかかわってきた。

そして、1985年は、米国(農業法)ならびに欧米共同体(EC)(有機農産物に関する理事会指令案)において、それぞれ有機農業への関心が高まり、1989年には国内でも有機農業対策室が農林水産省に新設されるなど、関心が高まってゆく。

こうして、有機農業運動は、以下のような、多面的な展開が進む。

・生産者と消費者との直接的な連携
・農協、生協などがかかわった取り組み
・生産者と消費者を結びつける流通専門機関が介在するもの
・生産者が卸売会社、百貨店、デパート、自然食品店なの流通業者を通して販売

もちろんこのなかでは最初の生産者と消費者との直接的な連携が、もっとも分かりやすいが、そればかりでなく、流通や協同組合などがあいだに入ることで裾野が広がることも多い。

「3.11」以降は、生協などの宅配の利用者が増えたと聞く。この場合、生協が食材を厳選するということで消費者に安心感を与えている。このなかに「有機農業」による食材がどのくらいあるのかは私には分からないが、相性が良いことは容易に想像できる。

だが、もっと注目すべきなのは、3番目、4番目なのかもしれない。特に4番目は、さまざまな展開がありうる。

本書では、スーパーまでしか書かれていないが、よく見かけるのは、むしろ、ファストフードやレストランなどのチェーン店における、産地の明記である。

きちんとした表記がなされることによって、やはり、安心を提供しているのである。






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2014-11-19 22:05:00

震災における情報発信――市民メディアの挑戦(松本恭幸)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
市民メディアの挑戦
松本恭幸
リベルタ出版
2009年2月

ひとこと感想

「3.11」直後から現在に至るまで、あらためて「地域」の「情報発信」の大切さに注目が集まり、臨時災害放送局などの「地域メディア」が活躍したが、そのルーツとも言えるのが本書でとりあげられている「市民メディア」である。「市民メディア」とは、企業や行政ではなく「市民」が主体となって「情報発信」を行うものであるが、本書では、主に「放送」に着目し、「ラジオ」「テレビ」「インターネット」を用いた事例と経緯が丹念に描かれている。

***

「放送」という見地から、市民メディアは次のように説明されている。

「一般の市民が社会の不特定多数の人たちに伝えたいメッセージを、自ら番組にして、地上波放送、衛星放送、CATV等で放送するパブリックアクセス、すなわち市民のパブリックな言論空間を放送の中で実現しようとする試みが、近年、注目されるようになっている。」(7ページ)

「市民の手による言論空間」をパブリックに実現すること、これが、「市民メディア」である。

そしてこの市民メディアは、インターネットの普及によって、さらに、「市民が単に多様性のある情報にアクセスできるだけでなく、多様性のある情報を発信できるメディアアクセス権の保障についても認知されるようになり」(同)、新たな可能性が切り拓かれてきた。

だが、こうした「可能性」はまだ十分には生かされていない。それは、制度や仕組みや技術が目の前にあってもそれを活用する「市民」が育っていなければならないからだ。

本書は、そうした状況において、「新たな市民メディアの担い手をめざす人たちに、必要な情報を提供することで、市民メディアの裾野を広げる一助」として刊行されたものである。

***

目次

1 市民メディアのあゆみ
2 コミュニティFMへの市民参加
3 テレビ放送への市民参加
4 インターネット新聞による市民の情報発信
5 市民放送局のプロデュース
6 市民映像祭と市民上映会
7 市民メディアが担う役割
8 メディア教育と市民メディア活動
9 市民メディアの展望

***

「市民メディア」のルーツは、政治運動の一環として各地で新聞が創刊された「19世紀の自由民権運動の頃にまで遡ることができる」(14ページ)。言うなれば、「社会変革を求める市民運動と一体となって生まれた」(17ページ)ものである。

また、同時に、「市民の手による少部数の自主製作の紙媒体」(同)が、戦時期を除いて、これまで発行され続けてきた。

1960年代には、こうした紙媒体が「ミニコミ」と呼ばれ注目を浴びるようになる一方で、音声・映像メディアとして、「有線放送電話」や「農村型CATV」が全国に普及してゆく。

この「有線放送電話」というのは、今からみると、かなり不思議なものであるが、採用された地域は当時の電電公社の一般加入電話が入っていない農村地帯に導入され、スピーカーから一方的に自治体からの行政情報などを流すことができ、この仕組みを使って自主番組の放送も行われたという。

さらに1970年代には、ミニFM局が誕生しはじめ、各地で開局される。そして、80年代前半には、その数が1,000以上と、ピークを迎える。この頃の放送内容は、かなり政治色の強いものが多かった。

また、自主映画の制作や上映も1960年代にはじまっているが、70年代以降には機材も入手しやすくなり、市民の手による作品の数が増えてゆく。

しかし、1980年代には転換期を迎える。

市民運動の政治色が薄まってゆき、市民メディアも変容しはじめる。

「不特定多数の人々を対象としたパブリックな情報発信ニーズは弱まり、ミニコミは地域、あるいはテーマ型コミュニティ内の当事者同士を結ぶものが増えていった」(17ページ)。

また、市民運動というものが、単に自分の住んでいる「地域」の問題だけでなく、「地球環境」といったグローバルなテーマをとりあつかうようになっていったことにより、取り結ぶ人々のネットワークに多様性と広がりが必要とされてゆく。

「かつての特定の地域に閉ざされた加害者(企業・行政)と被害者(住民)の対立関係が明確な公害や乱開発をめぐる問題だけでなく、個々の生活者が自らの日常の消費生活を問いなおすことを通して取り組まなければならない地球環境問題まで、市民運動が対象とする問題の幅が広がった」(17ページ)

さらに、1980年代後半には、「パソコン通信」や「電子会議室」が活用されはじめ、双方向性のコミュニケーションが可能になり、1990年代には、インターネットの普及によって、これまでのマスメディアとは異なる「ニューメディア」が生まれ、「市民メディア」もまた、この流れなかで、新たな可能性を見い出しつつある(本書は2009年刊行)。

***

こうした市民メディアの変遷のなかで、特に注目したいのは、震災時におけるラジオの活躍である。

1995年1月に起こった阪神淡路大震において、災害発生時から復旧・復興に至る過程において必要とされる、きわめて個別的で具体的な
「ローカル」な情報を一斉にその地域の住民に提供できる「放送」メディアとして、ラジオに再び注目が集まった。

1995年2~7月には、次の放送局が立ち上がった。

FM796フェニックス(兵庫県、臨時災害放送局)
FMヨボセヨ(神戸市長田区、ミニFM局)
FMユーメン
(神戸市長田区、ミニFM局)
FMラルース(西宮市、ミニFM局)

「臨時災害放送局」である
FM796フェニックスは、兵庫県が立ち上げた。それ以外の「ミニFM局」は市民の手によって、すなわち、「ボランティア」として、立ち上げられた。これらは、救援情報を被災者に伝える重要なメディアとして当時機能した。

その後、1995年7月には、
FMヨボセヨとFMユーメンが合併して「FMわぃわぃ」となる。長田区には人口の一割が在日外国人であり、その人たちに向けて多言語で震災関連情報を提供した。そして1996年1月には「災害」のみならず、日常生活のための「多文化・他民族共生のまちづくり」をめざした「コミュニティFM」へと位置づけを変えて行った。

また、FMラルースは、3年程放送を続け、コミュニティFM局「さくらFM」へと引き継がれていった。

ほかにも、各地でコミュニティFMが誕生してゆく。これは、災害が起こったとき、自治体側が市民に迅速に情報を伝えるには、ラジオがもっとも有用であるということが再確認されたためである。また、放送エリアが広がったことも大きく、「1995年3月に送信出力の上限が従来の1Wから10Wに引き上げられ」(32ページ)、さらに1999年月には20Wに引き上げられたのである。もう一点、1995年7月には、自治体が出資するさいの比率制限がなくなったこともその要因として数えることができる。具体的には、以下のような放送局が開局していった。

タッキー816みのおFM(箕面市、1995年10月)
エフエムみっきぃ(三木市、1996年12月)
ハッピーエフエムいたみ(伊丹市、1996年12月)

エフエムひらかた(枚方市、1997年1月)
ハミングFM宝塚(宝塚市、2000年9月)
FMゲンキ(姫路市、2001年8月)

これらはみな、市民が制作する番組枠を有しており、災害時にもそのネットワークが有効に働くように配慮されている。

そして、ここにおいて「災害時における情報発信」という
こと、「地域メディア」の存在意義の一つとして、新たに付加されたのであった。

ただ、2001年以降は各自治体が財政難に陥り、第3セクター方式での立ち上げが減り、民間の開局、または、NPOによる開局が行われたが、この場合、「災害情報」を想定するだけでなく、「平時における地域情報」を提供することにも力がそそがれる。

そして、2004年10月に起こった中越地震において、再び、ラジオが力を発揮する。
「FMわぃわぃ」が、被災地の救援情報を他言語に翻訳し、被災地にある地元局に協力したのである。

FMながおか(長岡市、コミュニティFM局)
十日町市災害臨時FM(十日町市、臨時災害放送局)

こうした、複合的な要因で、各地でNPO法人によるコミュニティFM局は次々と開局してゆくのだった。

ただし、いずれも課題としては、運営資金つまり財政面がなかなか安定しないことが挙げられる。スポンサーの大半は、自治体と、地元企業である。

***

このように本書では、「パブリック」な情報に「市民」がかかわることに重心を置いているため、「放送」という手法を中心に論じられている。

CATVにおける市民、NPO、学生らによる自主製作番組の放送や、2000年年代に注目を集めたインターネット新聞、さらにはブロガーによる記事配信、インターネットラジオ局、映像配信などが取り上げられている。

***

ちょうど本書が出た頃から、一気にインターネットは、強力な「メディア」となったと思われる。

現在、インターネットで実現されているのは、「パブリック」か「プライベート」か、すでに境界線があいまいになったままに、SNSやブログという新たな「ソーシャル」な空間を形成して、各自が「情報」を発信するとともに受信し、双方向化されている。

こうした動きは、「政治」にも深くかかわり、「3.11」以後の原発関連のデモは言うに及ばず、世界各国でも政権打倒その他の動きをつくりあげており、言わば、かつての新聞やテレビなどの「言論」空間を生成したといってよいように思われるが、「市民メディア」とこうした「ソーシャルメディア」とが、どのように連接されるのか、新たな動きが活発化しているのが、現在だと言えるだろう。



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2014-11-18 21:35:00

被爆者医療から見た原発事故(郷地秀夫)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
被爆者医療から見た原発事故 被爆者2000人を診察した医師の警鐘
郷地秀夫
かもがわ出版
2011年8月

ひとこと感想
被爆国でありながら被曝のことがよく分かっていない国、それが日本であり、そうした怠慢と逃避が、原発事故をもたらした真の原因であるとする。最近ようやくそういた見解に立っている人間としては、2011年8月の時点でこの本が出ているのは、驚嘆するほかない。


郷地秀夫(GOUCHI Hideo, 1947-  )は東広島出身の医者。神戸大学医学部卒。東神戸診療所(新神戸から北へ800メートルほどのところ)所長。

***

目次構成
1 巨大エネルギーによる破壊の恐怖
2 原爆放射線被曝と原子炉事故被曝
3 操作されてきた情報
4 虚構の中の文部科学省
5 何が真実か?放射線汚染の真実を求めて
6 これから心配なこと?
7 日本の責任、私たちの責任
8 被爆国の役割
資料 事故後の安全対策(全日本民医連原発問題学習パンフレットより)

***

本書は、「3.11」から半年もたたない、2011年8月末に刊行されたにもかかわらず、原発事故の本質的な意味の「原因」を特定している。

しかもそれは「戦後復興の中でよく吟味もせずに取り残してきた課題、「被爆国という自覚と認識」と決して無関係ではない」(7ページ)という。

ここで大事なのは、世間でしばしば言われているような「世界で唯一の被爆国」という言葉をふりかざすということではなく、この言葉の意味をよく「吟味」すべきだ、ということである。

当然、ここで言われている「唯一の被爆国」という言葉は、「被爆」というものを、原水爆による攻撃を受けた国、という意味で受け取っていることになるが、では、原水爆のよる「被曝」の被害を受けた国、と理解した場合は、世界中に広がっている、という意識をどこかで忘却していることになる。

ヒロシマ、ナガサキという二つの出来事を前にして、「私たち」は、「二度とこの悲劇を繰り返さない」と、「世界」に誓ったわけであるが、その「悲劇」とは一体何を意味していたのか、「3.11」以後に生きる「私たち」は、もう一度、反省しなければならなかったはずだ。

それは、単に「戦争」とりわけ「核戦争」を起こさないこと、ではなかったはずだ。

「核兵器」の廃絶を目指してきたことは、当然「間違い」ではないが、それだけでよかったのか、本当は、もっとそれ以上のことを考えなければならなったのではないか、そう、郷地は問うているのである。

そして、その「被害者」は、こともあろうことか、世界史上においてチェルノブイリの次に深刻な原発事故を引き起こした。

「しかし、多くの日本人は一体、どこまで、この福島原発事故の意味を自らの問題として捉えているのであろうか。」(9ページ)

被害の規模や深刻度などは、人それぞれ見解が異なっているが、それでもただ一つ、本質的に言えることは、「私たち」は、フクシマの原発事故によって、地球全体に放射性物質を拡散させた「加害者」である、ということである。

被害が小さかろうと、死人が出ていなかろうと、そんなことは、関係ない。

世界へと、放射能汚染を引き起こした加害者、それが「私たち」なのである。

「原爆の経験を自らのものとできなまま、この地球を放射線汚染の脅威に晒すようなことは避けなければならない。私たちは決して加害者になってはいけない。」(9ページ)

いや、なってしまっているのだ、すでに。

そう、だから、最初に行わなければならないことは、「ヒロシマ」「ナガサキ」のことを真剣に見つめることである。

そして、単に「平和」「核兵器廃絶」「戦争反対」といった「スローガン」に終始することなく、今の私たちの「使命」とは、以下のように言うべきなのである。

「私たちがより安全で、安心して暮らせる地球を、次の世代に引き継いでいく」(9ページ)

このように郷地は、私がこれまで当ブログで模索してきたことを、すでに2011年8月の時点で明確にしている。

***

郷地は、「3.11」と「ヒロシマ」「フクシマ」を、二つの点で対比させている。

1)巨大なエネルギーによる災害――衝撃波と津波

原爆は、言わば「空気の壁」による破壊で、その衝撃波の力は、1平方メートルあたり、35トンという圧力が加わった。

他方、東日本大震災では、津波という「水の壁」による破壊が起こり、秒速8メートル、1平方メートルあたり8トンの水圧が押し寄せた。

こうした共通性をもつ両者であるが、決定的な違いは、前者が、人為的な「災厄」であったことである。

2)放射線による汚染

原爆も原発事故も、いずれの場合においても、、放射線の被害は、軽視されている。

ここには、今なお「可視」主義という認識論的障害が横たわっている。

すなわち、見えないものは軽視されているのである。

「どうして私たち日本人が、被爆国として放射線の脅威を世界に訴える存在であり得なかったのか。」(16-17ページ)

それは、「可視」の被害にばかり目が向けられ、本当の意味での「ヒロシマ」「ナガサキ」の苦しみである、晩発性放射線障害の恐怖に対して無頓着だったからである。

しかも郷地は、怖いことを言っている。

「私たち医師もそうした原爆放射線の健康障害についての教育は全くと言っていいほど、行わない状態で医師になった。」(17ページ)

もちろん、放射線については一定程度の基礎知識は医学部生は教え込まれる。

だが逆に、医療現場では、放射線療法において、凄まじい線量を患部に照射することもあり、線量に対する意識が、私たちとは、まったく異なる。

この場合、シーベルト単位であるので、ミリやマイクロで語られる汚染の数値には、医師たちは、鈍感になっているおそれがある。


「医者」の名のもとであっても、この「被曝」に関する見解は、大きく分かれるのである。



被爆者医療から見た原発事故―被爆者2000人を診療した医師の警鐘/かもがわ出版
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***

上記とはまったく関係ないが、ふだん手軽に履くスニーカーとして、以下をお勧めしたい。なにせ、10年くらいは使っていたと思う。

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2014-11-17 22:30:00

1973年の時点で「対策なき放射能汚染」と指摘したシュマッハ―「人間復興の経済」を読み返す

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
新訂 人間復興の経済 Small is Beautifu
E.F.シュマッハー
斎藤志郎訳
佑学社
1976年4月(1977年9月新訂)

SMALL IS BEAUTIFUL
A Study of Economics as if People Mattered

E.F. Schumacher
1973

ひとこと感想
学生のとき以来、久しぶりに本書を手にとった。1970年代は「国家」ではなく「環境」への関心が深まった時期だった。そして今、ふたたび「環境」を問うべきときであるが、このシュマッハ―の指摘は、今もなお、的確なものとして変わらずある。

***

本当は、講談社学術文庫版もあるのだが、あえて、学生時代に買ったこの佑学社版で読んでみた。

当時、佑学社は、イバン・イリイチやレスター・ブラウンなどのラディカルな「環境」論者の本を刊行していた。

佑学社の良いところは、こうした「目利き」である。

そのなかに、この、「スモール・イズ・ビューティフル」も含まれている。

これが「人間復興の経済」という題名になるのは、とても違和感があるし、1980年代には山本哲士がこの佑学社のイリイチの邦訳「自由の奪回」の訳の悪さを貶したことも懐かしい。

佑学社の悪いところは、タイトルの選び方と、翻訳の質である。

***

目次

1 近代世界
2 資源
3 第三世界
4 組織と所有権

ここでみるのは、このうち「3」の第4節「核エネルギー」である。

なお、以下の内容は、あくまでも「1973年」に書かれたものである、ということを忘れないでほしい。

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エネルギー危機とは、言い換えれば、「石油危機」であった。

まさしく本書が刊行された1973年が「第一次オイルショック」である。

そうしたさなか、この「危機」は、一つの抜け道があると、信じられていた。

それが「原子力」である。

「人はちょうどいいときに核エネルギーが現われたと感じたのであった。」(101ページ)

言い換えれば、「エネルギー危機」と「原子力の活用」はほぼ同時期の出来事なのである。

これは、いわゆる、ライフスタイルの「オルタナティブ」のような根本からの「転換」ではなく、単に、「石油」を「ウラン」に代替すればそれで済む、というきわめて楽観的なものであった。

つまりは、誰も真剣に「原子力」とは一体何をもたらすのか、真剣に考えなかったのである。

新しさ、や、科学の進歩、そして、低価格などが喧伝された。

シュマッハ―は、ここで、なんと1957年に刊行された本をとりあげる(ちなみに佑学社、Buchsbaumの綴りを間違ってBochsbaumとしている)。

Basic Ecology

Ralph Buchsbaum and Mildred Buchsbaum
1957
Basic Ecology/Boxwood Pr
¥1,768
Amazon.co.jp

経済学が、現代の課題を前にして、うまく対応することができず、新たに生まれつつある生態学的アプローチをとるべきだと主張している。

簡単に言えば、経済学は、短期的な損得勘定はできても、人類史的視点から現在の問題点を明確にし、将来の方向性を模索することが、できない、ということになる。

近年では、むしろ当然と言われている、絶滅の危機に瀕している生物を「多様性」という見地から配慮することなどが、ここでは指摘されている。

なぜなら生態学は「数百万年にわたって発展してきた」(101ページ)これまでの歴史をふまえているからであえる。

「150万種以上の植物と動物が住み、それらすべてが土地と空気の同じ分子を継続的に使用し、再使用して、多かれ少なかれ均衡状態の中で共棲する」(101-102ページ)

こうした生態学にとって、人間の営みのなかでもっとも危険なことは、「核分裂」の利用である。

「自然の秩序の中に人間が導入したすべての変化のうち、大規模な核分裂こそ、疑いもなくもっとも危険で、深刻なものである。」(102ページ)

「電離した放射能は環境汚染のもっとも深刻な作用物となり、地球上の人間の生存にとって最大の脅威となっている。」(同)

このようにシュマッハ―は、「核エネルギー」の問題を、その「破壊力」(=熱量の生成)の見地からではなく、放射能による環境汚染という見地からとらえているのである。

「素人の関心が原子爆弾のとりこになったとしても不思議ではない。それが再び使用されることはないとしても、いわゆる原子力の平和利用によって生ずる人間の危険はいっそう大きいかもしれない。」(同)

しかも、ていねいに「原子力の平和利用」に対する懸念まで表明している。

「平和」の利用という言葉は、私たちに不安を与えるものではないが、実際は、放射能汚染という「恐怖」や「不安」そして、実際に汚染が起こってしまえば、人体への影響はきわめて真剣に対応しなければならない問題であるということを、シュマッハ―ははっきりと述べている。

ところが「経済学」は、石炭を石油に移行させ、今度は石油がなくなりそうになると原子力が補完してくれると、肯定面だけをとりあげ、否定的な側面をまったく見ない。

保険会社でさえ原発事故に対しては保険がかけられないと言うのに、経済学者をはじめとした原発推進派は、原子力が私たちの暮らしを守る「保険」であるととらえるのである。

もしも経済学が、真の意味で「エコノミー」を数値などを利用して原子力をとらえるならば、明らかに、こうした保険会社と同じ対応をとるに違いない。

だが、経済学者は、どこかで、道を踏み外している。

真の科学者としてではなく、何らかの政策や特定の企業(団体)の利害などの網の目のなかにからめとられたうえで、あたかも「科学的」であるかのような分析をおこなっているにすぎない。

「かくも複雑な惑星であってみれば、目的のない不統一の考え方で改善できるはずはない。」(102ページ)

これはまさに、経済学者、否、「経済」屋さんたちに言っているようなものだ。

「情報が不完全なときには、変化は自然の作用に近いところでとどめるべきであり、その利点は非常に長い期間にわたって生命を支えてきたという確実な証拠をもっていることである。」(同)

それでは生物学者はどうであろうか。シュマッハ―は、1927年にX線障害によって生ずる遺伝変異に関する研究を行ったH.J.ミュラーをとりあげている。

例の、ショウジョウバエにX線を照射する実験によって人為的に突然変異が生まれることを明らかにした人物である。

シュマッハ―はこのミュラーの説のみを論拠としているので、少し荒い議論かもしれないが、とはいえ、こうした影響に関する研究成果をふまえて、放射線の影響が、世代をこえて引く継がれるおそれがある以上、これは「危険」とみなすべきだとするのである。

にもかかわらず、私たちは、放射性物質をこの世に増やしている。

「人間はいまや放射能物質(ママ)を創り出すことができ、実際に生産している一方、一度創り出してしまえば、放射のうを減らす方法はなにもないという事実によっても、新しい被害の分野が広がっている。」(103ページ)

このとき、まだ、TMI原発の事故も起こっていない。むしろ次々と原発が稼働しはじめている頃(福島第一の1号機は1971年、2号機は1974年に稼働している)である。

放射性廃棄物についても言及されている。

どこにも投棄できる場所はないし、国際協定さえもない。

しかももっとも大きな「放射性廃棄物」は、原子炉であるが、これとて、どのように処するのか、この頃においては、ほとんど確定されていない。

「確定されていない」というのは、要するに、後送りにし、「とりあえず」動かしているのである。

さまざまなリスクなども、考慮に入れない。

「もちろん、地震も戦争も起こるとは考えられておらず、内乱や暴動も米国の年のようなところでは起こるまいと考えられている。」(104ページ)

にもかかわらず、放射線防護学の研究者たちは、「最大許容量」の研究ばかりを行い、本当の意味で、人類をはじめとした生物にとって、どのような影響が及ぼされているのか、はっきりとしたことは何も言えないままなのである。

その結果、この許容量の数値は、科学的根拠のあるものとしてではなく、行政的な「裁量」すなわち、「がまん量」として設定されることになってきた。

ここで私の敬愛する哲学者の一人、シュヴァイツアーが登場する。

彼はこうした「裁量」を行政にゆだねることを拒否した。

「いったい、これを行う権利を彼らに与えるのは誰なのか」(Friede oder Atomkrieg, Albert Schweizer, Verlag C. H. Beck, 1958.)


問題は、「原子力の平和利用」と言いながら、「危機」を生みだしていることである。

平和か原子戦か (1980年)/キリスト教図書出版社
¥216
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「「原子力の平和利用」によって、すでにきわめて深刻な危険が生まれ、いま生きている人々だけでなく、将来のすべての世代にも影響を及ぼしているということである。」(105ページ)

こうして、シュマッハ―は、「スモール・イズ・ビューティフル」を訴えるのであった。



スモール イズ ビューティフル (講談社学術文庫)/講談社
¥1,328
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これを読むと、併せてカール・ポランニーを読みたいところ。

[新訳]大転換/東洋経済新報社
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そして、マイケルの方も読みたくなる。

暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
¥972
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2014-11-16 21:50:00

β線をチェックする「リングバッジ」のエピソード――「いちえふ 第13話」を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ漫画
いちえふ 福島第一原子力発電所労働記 第13話 1F指輪物語
竜田一人
週刊モーニング 2014 No.50 11月27日号
講談社
2014年11月13日

ひとこと感想
今回は5ページ。しかも絵がかなり荒い。ただ、内容は現場に戻って、「リングバッジ」についてのエピソード。本当に、福満しげゆきの「僕の小規模な生活」と近い形態になってきた。

***

今回は、指にはめるタイプの線量計の「紹介」ということになる。

ゴム手袋の上からはめて、高線量の現場、汚染水に手をふれる作業などにおいて、使われる。

ガラスバッジのほうは、ガンマ線をチェックするのに対して、リングバッジはベータ線(ストロンチウム90など)のチェックを行う。

このリングバッジ、手袋を脱ぐときに、そのままゴミ袋に手袋と一緒に捨ててしまうことがある、というお話。

本当に、小ネタである。

ただ、2回連続で「番外編」だったのと比べれば、まだましではあるが、こういう「お話」を私は求めているわけではない。

もっと、現場のことを伝えてほしい。

「ふつう」に、「日常」的に、その職場での出来事を、描いてほしいのだ。

***

今回、気になったのは、ページ数の減少のみならず、絵が全体的に荒くなっていることである。

太い線が持ち味の竜田氏であるが、全体的に線が細い。

人の顔や背景にいたっては、かなりラフに描かれている。



壁に貼ってあるものが、ほとんどペン入れされていないような状態である。


比較のために、少し前の号の一こまの一部を見てみよう。


こんな感じである(↓)。

壁の線は、それほど変わらないように見えるが、他の線はもっとはっきりと描かれている。

人の顔も、線が太い。


対比させれば、明らかに、時間切れで、描ききれなかった、という雰囲気がありありである。

もちろん、これには理由がある。


現場に入っているため、なかなか時間がとれず、また、アパートを3人で借りて暮らしているので、絵を描くための空間も十分にとれない、とのことだ。

まあ、仕方がないといえば、仕方ない。


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これまでの「いちえふ」記事

いちえふ 福島第一原子力発電所案内記

いちえふ 福島第一原子力発電所労働記
第1話
 収束していません
第2話 「鼻が痒い」
第3話 2011年のハローワーク
第4話 福島サマータイムブルース前編
第5話 福島サマータイムブルース 後編
第6話 はじめての1F
第7話
第8話 劇団いちえふ
第9話 高線量区域である廃棄物処理建屋に入る~いちえふ 第9話(竜田一人)、を読む
第10話 N-1 経由 1F行き
第11話 ギターを持った作業員

第12話 ヒーローインタビュー


週刊 モーニング 2014年 11/27号 [雑誌]/講談社
¥340
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