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核の言説史 公開中 
私たちは、原爆と原発という二つの巨大な存在を前にして戦後がはじまり、今に至る世界を生きている。哲学、物理学、評論はもとより、文学、芸術、映画、コミック、楽曲、芝居など、さまざまな表現において「核」の歴史は刻まれている。この厚みを解き明かすことによって、これから私たちが「核」とどうかかわって生きてゆくのかを探るべく、言説史をまとめている。

 前史

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2005~2009年  2010~2011年02月    

2011年3月~7月  2011年8月~12月  2012年1月~2月

【新訂版】
1945年  1946年  


核の言説データベース~原爆と原発と


はてなブログにて、1記事1文献でデータベースを作成中。
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2014-09-17 22:24:00

田辺元による核戦争・原発認識――小泉義之「「どれだけ」に縛られる人生」を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ論考
「どれだけ」に縛られる人生
小泉義之

所収
脱原発「異論」
ミネルヴァ書房
2011年11月

上記の論考を読んで、田辺元の核戦争・原発認識について知ったので、記しておく。

生の存在学か死の弁証法か 
田辺元
1958年
(藤田正勝編「田辺元哲学選IV」岩波文庫より)

小泉が引用するのは、まず、以下の箇所である。

「翻って考えると、人間の技術が不断に振動する建物を構築することは、その設計に用いられる分析論の制限上とうていできないであろうし、また我々がその内に安じて居住することもできまい。もし動力炉の如き設備に依って電気振動エネルギーを起発せしめることができるとしても、その理論的思考はもはや分析論を超える弁証法を要求し、実践的にそれに参与する人間は生命を賭して死を覚悟しなければならぬであろう。」(286ページ)

なんだかハイデガーとヘーゲルをくっつけたような文章である。

ここに小泉は注釈として、「分析論」というのが、有理数に基づいた計算のようなやり方を意味しており、要するに、「悟性」的解決ということになる、と記している。

当然、ここで言う「悟性」は科学技術が依拠している考え方である。

それに対立するのが、無理数を含めて対応する「理性」であり、この「理性」からみれば、悟性的解決では不十分であり、常に命がけにならざるをえない。

そこで次の引用が来る。

原子力時代はいわば「死の時代」である。近世の生本位、科学技術万能の時代は、現在その終末に臨んで居るといわなければならぬ。死を避けるために科学技術を統制することは、本来科学技術の母胎である生の目的論には、それが観念論の立場に止まる限りできる筈がない。ただその帰結たる矛盾を無底の底まで徹底し、それがために没落絶滅の極、死にゆくことが生の運命なることを素直に忍受し自由に肯うと同時に、永遠の刹那に転換復活せしめられる微分的歓喜を味わい感謝して、更に自ら愛する他社の同時協同において積分的にこれを実現確証することが、生の目的論を超える絶対的安心の福祉に外ならないであろう。この人類協同の立場が成立するように協力することこそ、遊戯三昧でなく歴史的厳粛の責務である。その実行がたといいかに困難を極るも、すでに現存在の不安を底の底まで味わった筈の今日の実存にとって、残された唯一の安心歓喜の途として不可能ではないと思われる。」(250ページ)

よくもこんなに長い文章を引用するものだ、と別の意味で感心してしまうが、ただちにまた、ほぼ同じくらいの分量の引用を、小泉は行っている。

原子力戦争の結果、種の集団死が起こっても、なお死を免れて幾人かの個人が生残るという可能性は掃滅しないであろう。その際一人ないし数人の人の菩薩的行為が、右に述べた人類協同の愛を実現すること不可能なりとはいい得ないのである。これはもちろん原子力戦争に因る人間の集団殺戮を是認しようとする意味ではない。我々はあくまでもこれに反対し、戦争の絶滅に努力せねばならぬ。しかしこの努力が必ず実を結ぶという保証はないし約束は無いのである。目的論的理想主義が維持せられるには、人間の矛盾に直面して観念論が抛棄せられねばならぬとすれば、それでもなお残る人間解放の希望は、実存協同の愛以外にはない。それに依って種としての人間集団を新しくすることも可能でないとはいわれぬ。これらの希望の実現は、菩薩道の死復活的弁証法を措いて外に求めることはできぬ、というのが私の確信である。」(251ページ)

これだけの奇妙な文章を引用しておいて、結局、小泉は、田辺の言っていることがごくあたりまえのことであり、しかも田辺の思考がある種の偏狭さをもっていると指摘している。

一体何が言いたいのであろうか。

田辺の文章は、また日をあらためて読んでみたい。

***

実は、この小泉の前の文章が王寺のものなのだが、その題名は、こうである。

「震災、原発、右往左往」

そして、この小泉の文章の末尾は、こうである。

「現在のところ、われわれは、悟性系段階で右往左往しているにすぎないということだけは自覚しておいた方がよいだろう。」(185ページ)

さらにそのあと、絓秀実の「「太陽の塔」を廃炉せよ」もまた、岡本太郎とバタイユとを結びつけ、そのうえで、コジェーブがソ連(=左)のスパイまたは米国(=右)のスパイいずれかであったと述べているのもまた、「右往左往」である。

さらに長原豊に至っては、「ノマドでいるために――原則的な、あまりに原則的な」という題名で文章を書いている。

ノマドもまた、移動を続ける者である。

要するに、みな、ただ「右往左往」しているだけなのである。

奇しくも本書が出る少し前に、私もまた、次のようなタイトルでブログを書いていた。

 右往左往する人、それが私だ
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11135463644.html

あの頃、みんな、右往左往していたのだ。


***

最後に、長原が、戸坂潤をとりあげているので、これもメモしておきたい。

技術へ行く問題
戸坂潤
都新聞
1941年7月4日

「人類のために解放した筈のラジウム製造」の特許権をキュリー夫人がとらなかったばかりでなく、わざわざ米国の資本に製造法を教えたということを戸坂が揶揄している。



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脱原発「異論」(市田良彦ほか)、を読む・・・それは、脱喫煙「異論」でもあるのか?

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
脱原発「異論」
市田良彦、王寺賢太、小泉義之、
絓秀実、長原豊
作品社
2011年11月
(2011年7月上旬の2日間、約10時間の討論が行われた)

ひとこと感想
タイトルは吉本隆明の「反核」異論と関連づけており、いずれも「運動」という文字を消すことによって、読み手に論旨を混乱させるとともに曖昧にさせている。とはいえ、吉本の本がそうであったように、本書もまた、「脱原発運動」の問題点と可能性との両面を浮き彫りにしているという意味で重要な仕事だ。ただ、本書の「著者」については、市田のみがそれに該当し、あとは「聞き手」という位置づけのほうが、読んでいてストレスがない(あ、それで、その他の人の「論考」がわざわざ巻末にあるのだ、と今気づいた)。

***

本書に登場する5人の人物の共通点は、容易に指摘できる。

全員、喫煙者(チェーンスモーカー)である。

しかも、わざわざ煙草を持っていたり吸っていたりする写真を本書に掲載しているところをみると、完全に確信犯である。

おそらく本書の「裏」のモチーフは、脱喫煙「異論」なのでは、なかろうか。

残念なことに、彼らの討論の場には、非喫煙者は、入ることができないか、入ったとしてもあまり心地よいものではないはずだ。

本書における「討論」とは、そういった「場所」であることをふまえて読むべきであろう。

出版とは、すなわち、その場所に居合わせていなくても、その空間を共有できる可能性を拓くものだとすれば、まさしく本書は、非喫煙者のためにあるのかもしれない。

***

本書は、以下のような構成になっている。

(冒頭に、長原豊が座談会開催にあたって配布したと思われる文書がある)

第I部 座談会
 基調報告 市田良彦
 座談会

第II部 論考
 王寺、小泉、
、長原各氏の文章

あとがき 
絓秀実

***

冒頭の「吶喊(とっかん)と屈託――座談会を呼びかけるために」(長原豊)では、3.11が「吶喊」と「屈託」の時代の「始まりなのか?」(4ページ)という、問いかけからはじまっている。

さて、何のことだろう。私にはすっと入ってこない。それはなぜか? ここで言う「3.11」がどうやら、私の思う「3.11」と大きく異なるからである。

私にとって「3.11」は、「終わり」と「始まり」を意味し、原子力の「神話」が完全に終焉した(もしくは、させるべき)一方で、本当の意味でこれから、真剣に原子力がもたらしてきた(そして、これからももたらしてゆく)「現実」にしっかりと向き合うことをはじめなければならないものだった。

だが豊原ならびに本書(特に市田)では、なによりも「叛乱」のはじまり、「運動」のはじまり、としてとらえられていることが、際立った特徴となっている。

もっと具体的に言えば、原発をめぐる「運動」、すなわち、デモを行っている人たちに向けて、何か「知識人」としてこれは言っておきたい、ということがここで述べられている。

大雑把な構図としては、「知識人」が「一般住民」に対して、「闘い」のために、「言葉」という武器を提供しようとしている、そんな感じだろうか。

***

座談会は、まず、市田の「基調報告」からはじまる。

この「基調」とは、「3.11」に関する状況全体ではなく「運動」に関する意味づけ、ということに注意したい。

「運動」すなわち、いわゆる「反(脱、卒)原発デモ」を「総括」するのである。

最近はすっかりと話題に上らなくなっているが、3.11以後、一時期は、各地で「デモ」が起こった。

そのなかでも、2011年4月10日に行われた高円寺デモはSNSで呼びかけたところ15,000人が集まったために、さまざまな反応があった。

おもしろいのは、これに対する市田の感想である。

「それなりの歴史をもった市民運動が「素人」に負けた」(9ページ)

原発(事故)に対する反感を持った人たちが集まり、まったく互いが誰かも分からない状態でともにストリートを練り歩くということは、「叛乱の質をもっていた」(同)と一応は考えられる。

つまり、市田は、原発関連のデモに「叛乱」の萌芽をみてとり、そこに興奮しているのである。いや、ほんと、興奮冷めやらぬ、というところが、とてもよい。

「僕はこの能動的混沌にずっと魅惑されてきました。・・・世の中も自分たちもどこへ向かうのか分からん、という叛乱に特有の混沌状態に、ついわくわくしてしまう。」(10ページ)

このように、市田は、「原発事故」そのものや、その背景などよりも、「運動」に関心が向いていることが、分かる。

世の中、いろいろな人がおり、学者のなかにも、「お祭り」が好きな人は、このように、いるのである。

市田は、この「運動」の中身をいろいろと分析した結果、「議論」の抑制、欠如があったのではないか、と指摘する。

要するに、残念なのである。

「原発が是か非かというデモの「外」と「内」の緊張関係、対立をまさに「内」に呼び込むような論争の萌芽と、それを成長のエネルギーに変えて「外」と対決しようという工夫や姿勢をもっていてほしいんです。」(10ページ)

さらに興味深いことに、こうした「叛乱」と「災害」も同じ「自然力」であり、いずれに対しても「政治力」がものを言う、という。

「運動の前進と惨事の収束のどちらか一方だけがうまくいくとは到底思えなかった。」(11ページ)

そして、そのあと、6月11日には、全国的に、各地でデモが行われるが、この「分散」性は、市田からみると、失敗だったとみなされる。

実際に市田は神戸のデモに参加して、イラついている。

被災地とそれ以外の場所とは、まったく平等ではないのに、そのことに気づかないこと、そして、反原発がいつのまにか脱原発になったこと、に対してである。

市田の理解では、「反」は原発の即刻停止を求めるもの、「脱」は段階的に原発をなくす方向をつくってゆくというものという違いがあるが、こうした対立も「運動」には不可避だとするが、どうも「反」の方に肩入れをしていて、「運動」が「脱」に主導権がとられたのが、気に入らないようだ。


続いて市川は、第二に、原発事故を収束させようとする過程を「戦争」である、と断定している。

戦争は、すでに、「他国家」とのあいだだけで行われるのではない。

「敵」は、ここでは放射能であり、それを「制圧」しなければ、私たちの暮らしが根源から壊されてしまうがゆえに、「戦争」と呼ぶ。

「原子力災害は軍事的範疇の問題として処理されるべきもの」(14ページ)なのである。

これに対して参加者は、どちらかというと、ピンとこない感じであるが、私も、「戦争」というとらえ方に賛成する。

というよりも、あのような事態を「戦争」レベルで考えなければ、何もかもがおかしくなってしまうだろう。

誰かに責任を押しつけて、だからひどい対応だった、といったような議論は、まったく意味をなさない。

切迫した事態を前にして、少しでも「よい」方向に持って行くのに、通常の観念を持ち込んでも仕方がないのである。


さらにこの「戦争」状態に陥ったなかでみえたのが、「組織」というものの弱さだ、と指摘する。これが、第三点目となる。

情報公開を徹底すれば、誰もが平等になり、誰もが自主的に最適な選択肢を選ぶことができる、という考えが誤りだ、と市田は述べる。

私はこの前半は正しいが、後半は正しくないと思う。しかし、市田にとっては、どうも、世間が「情報」にこだわることが気に入らないようである。

そして、「組織」こそが、そうした選択肢を左右する重要な「器官」であると考えている。

「組織の力というのは、まさにその選択肢を広げるところにある」(17ページ)

私にはこれほどまでに「組織」に思い入れる術がないが、この「組織」というものを、ある種の「交通」もしくは「コミュニケーションの場」と考えれば、あながちおかしいようには思えない。

しかしそれをわざわざ手垢のついた「組織」という言葉を使う必要もないように思われる。


四点目としては、フーコーの「生権力」そして「牧人権力」という概念を応用した状況分析が行われる。

「惨事を目の前にして、安全という観念そのものを権力装置の地位に押し上げてしまったかのようです。」(19ページ)

これは核抑止力論がそうであったように、原発もまた、「全員の死の危険により全員の安全を確保しよういう論理」(同)であるということを露呈させるという意味で、至極まっとうな解釈である。

しかも、それのみならず、実際には、「避難民」を生みだしたことによって、そこに「牧人権力」が行使される局面を私たちはみることとなった。

村長や町長が住民をひきつれて、さまよう姿。

もう、「故郷」には戻れないかもしれない、という不安のなかで、離散する人びと。

かろうじて自治体の長がその「共同体」のシンボルとして機能し、対外的には、まだその「村」や「町」はあるように言説は生みだされているが、元の場所にはもう、その「村」や「町」はなくなりつつあるということを、誰もがみないようにしている。

「故郷」を理不尽に追われた人たちは、もっと叫んでもよいはずだ。

「故郷」の戻れなくなってしまった人たちは、もっと不満を訴えてもよいはずだ。

共同体の「長」すなわち「司牧」にも、この事態は、如何ともしがたい。

この葛藤は、もっとつぶさに、実情に即して論じるべきだと思うのだが、市田は、これに対して、「反牧人革命」が起こるかどうかが問題であり、世界各国で起こっている「叛乱」は、あとさきを考えずに、ともかく、「牧人権力」を無効にすることに集中している、とみなし、あまり「現場」には関心をもたない。

もう「脱原発デモ」にも期待していないなか、「避難民」のほうには、わずかに「叛乱」の可能性を市田はみている。

***

これまで住んでいた場所を奪われ、元に戻れなくなったとき、そこでは、単に家や土地を失うだけではなく、その土地に培われてきた過去や祖先からの継承してきたもの、そして、それを次の世代に引き渡すことすべてを失う、ということが起こっている。

このことを市田は、わざわざユダヤ人に寄せて説明しているが、はたして遊牧民的な次元だけでよいのだろうか。

農耕定住民と放牧移民との違いは、言わば、「アジア的」と「西欧的」の差異でもある、と私は考えている。

「牧人」の記述は、やはり、「土地」との関係性が希薄である。

農耕定住民的な要素の強い「福島」における避難区域からの「避難民」は、正直言って、「叛乱」といったような事態をもたらすことを期待するような解釈をほどこされるよりも、まずは、喪失したもの、喪失しつつあるものに対する「苦しみ」や「悲しみ」を、しっかりととらえなければならないのではないか。

もちろん、「犠牲者」を悼むこと、悲しむこと、または、そうした「犠牲」を憎むこと、怒ることを、求めているのではない。

ここまで「他人事」のように語るのも、ある種、潔いとも言えるし、所詮「インテリ」と開き直った市田の言い方には、そうしたことをふまえていることを暗に示してはいる。

とはいえ、ここまであけすけに語られることには、とても違和感を覚える。

***

中盤では、吉本隆明の「反核」異論を話題にしている。

市田は、まず、すべては平衡状態に向かっているというエントロピー論の時代に「原子力の解放」という言葉遣いに違和感を覚えたという。

ただ一方で、反核運動に単純に与せず、少し距離を置くこととなった原型という側面はあったという両面性はあると述べている。

市田は、反核運動とは直接関係ないが、吉本が社会主義を理想化し、その考えを変えないという態度には非常に共感するが、自立の根拠は大衆の欲望ではなく、「共産主義の欲望」だったのではないか、と持論を展開する。

吉本がそれなりの数が集まった当時の反核運動に疑義をはさんだのは「自然に出てくる不安を軽蔑している」(83ページ)からではないか、と市田は考え、自分は、それで良いんだ、つまり、不安を動機に動きだすべきだ、というスタンスだと述べている。

***

本書は、討論が中心なので、各人がああだこうだと言っている。

それが「討論」の醍醐味なのだが、最近、この手の本を読んでいても、今ひとつ、覇気が感じられない。

なんとも、無駄口を叩いて「書籍」をつくるという資本主義的システムを悪用しているようにしか見えないのである。

いや、書籍だけではない。「討論会」というものも、かなり怪しげになってきた。

少なくとも、一方的に「読者」や「聴衆」がいて、複数の話者がやりとりをする、ということに、あまり意義を見い出さない。

それこそ市田が言うように、やみくもにデモに集まる混沌のほうが魅惑される。

***

全体的には、いろいろなことが語られていると思うが、ここでは、結果的に、市田の発言を中心にまとめることとなった。

ここでは詳しくふれないが、あとは、小泉による、福祉や健康を目指す社会のありようへの問い質しについても、興味深い議論が行われている。

しかし、他の人たちの発言は、あまりにも断片化しすぎて、「論」というべきものにまで固まりきれないまま過ぎ去ってしまったきらいがある。

癖のある人物が集まっているために、読む側が過剰に期待してしまったのが悪いのかもしれないが、少々、肩すかしをくらってしまったようだ。

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2014-09-15 22:41:00

牛の世話と原発事故(前・後)――はじまりのはる(1)を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ漫画
はじまりのはる 1
端野洋子
講談社 アフタヌーンコミックス
2013年7月

所収
ミルクボーイ
月刊アフタヌーン 2010年5月号
2010年3月25日発売

はじまりのはる
月刊アフタヌーン 2011年12月号
2011年10月25日発売

故郷
月刊アフタヌーン 2012年9月号
2012年7月25日発売

ひとこと感想
良い作品だと思う。「現地」の高校生が原発事故とどう向き合うことになるのか、その一端を描いていると思う。
具体的には、乳牛を育てている家、駅伝を目指す陸上部が、第1巻の舞台である。作者は、絶望的になりそうな状況において、生きるための「力」を投げかけているのではないだろうか。

***

本作は、三つの異なる「主人公」による三つの物語が収められているが、これらは人物が少しずつ交錯している。

「ミルクボーイ」と「はじまりのはる」は、とりわけ、同じモチーフ、同じ登場人物でありながら、わずか1年のうちに起こった出来事、すなわち原発事故によって、まったく異なる意味合いがもたらされている。

「ミルクボーイ」においては、登場人物である高校生たちは、福島寄りの栃木県にある工業高校整備科の在校生である。

純君は無免許だが、「仲間」に誘われたために、知人からバイクを借りて、とある場所に夜遅い時間に赴く。

だが、あまり「仲間」とのコミュニケーションはうまくいっていない。

そこに、「とある場所」に住む「ある男」が登場する。

牛を飼っており、牛の安眠を妨げる高校生たちを追い払うためだ。

「仲間」はみな逃げてしまったなか、一人取り残された純君。

その「男」は「玄太」と言い、実は純君と同じ高校の同級生、ただし1年浪人している。でかい。

バイクの免許をとりたい、という気持ちもあり、玄太から乳牛の世話のバイトをしないかという提案を受け入れる。

――こうして、純君は、乳搾りなど、これまでしたことのないことをはじめる。

そして、玄太と親しくなるとともに、さまざまなことを学び、強くなってゆく。

***

こうした、朴訥としたのどかな田園的友情物語「ミルクボーイ」が、「3.11」を経て、「はじまりのはる」に書き換えられる。

「はじまりのはる」では、玄太と純は、福島県にある結城実業高校農業科の生徒である。

牛の出産に立ち会う
冒頭は、ほぼ「ミルクボーイ」の延長線上で物語は進む。

ところがそこに、大きな地震がやってくる。

激しい「揺れ」は、もちろん人びとの心を動揺させたが、ここは内陸であり、津波の影響はない。

しかし、「ゲンパツ」の影響は、ここにもやってくる。

牛の世話を毎日やってきた人たち。玄太、玄太の母、玄太の父。

それが、出荷の自粛。

ここで、純は、玄太の家の牛の世話の手伝いをしはじめる。

「何か、役に立ちたい」という気持ちで、である。

ところが、玄太はすでに悲しみにうちひしがれていた。

いくら線量が下がっても、市場は受け入れてくれない。

「・・・俺がここで牛飼うのって、もうダメな事なんだよ」(110ページ)

それを聞いた純も、絶望的な気持ちになる。

落ち込む姿をみた高校の先生は、「本当に役に立ちたい」のであれば、することが、あるはずだ、と問う。

「私達は10年単位でこの状況とやっていかないといけない。君達の人生は年寄りよりもキツくなる。解らないっていうのは戦えないって事だし、簡単に恐怖に飲まれるよ」(115ページ)

・・・そして純は、物理学や畜産や放射線のことを学ぶ。

・・・また、英語も習わされる。また、先生は吠える。

「報道みてりゃわかるでしょ。うすっぺらい学歴だの肩書だのなんの役にも立たないし。いざっていう時に使える能力付けとけっつうの!」(123ページ)

これにこたえて勉学に励む純。

玄太は、かなり弱音を吐き始める。マスコミが知りもしない現場を怯えた頭であれこれと書き始めたからだ。

諦めそうになる玄太への、純の言葉。

「玄ちゃんが悪いんじゃない!! ここに居れなくなったって30年だよ! そしたら俺ら46じゃん。働き盛りじゃん!!」(137ページ)

この作品には、コメントをしない。

ただ言えるのは「現地」の視点で、「現地」の苦しみを描いている、ということだけだ。

私たちは、この作品から学ばなければならない。

自分たちが考えていること、表現したことが、「現地」にとってどういった意味をもつのか、どういった影響があるのか。

そして、自分に何ができるのか、何をしなければならないのか。

***

三作目の「故郷」は陸上部の物語。

野外を走る駅伝。

2011年3月16日からの。

ああ、これも、なにかコメントするという感じではない。


***

なお、本作は、真船村という、架空の自治体を舞台にしているが、1巻の後ろに作者が地図で場所を示しており、それによれば、西郷村がそこにある。



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2014-09-14 22:00:00

今日もいい天気 原発事故編(山本おさむ)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ漫画
今日もいい天気 原発事故編
山本おさむ
双葉社 ACTION COMICS
2013年2月

初出
しんぶん 赤旗 日曜版
2012年1月1日・8日合併号~2012年12月23日号

*この「原発事故編」は「パートII」であり、「パートI]はこの連載の3年前に掲載された。当初は「へんてこな田舎暮らしを面白おかしく読んでいただこうという趣旨」(12ページ)だったようであるが、「3.11」を経た「パートII」は、「それだけでは済まなくなりました」(同)と書いている。

ひとこと感想
締め切りに追われる漫画家が原発事故の影響で天栄村の自宅から自主避難をするなかで繰り広げられる悲喜交々の物語。タイトルの「今日もいい天気」は半分は皮肉で、目に見えない恐怖が消えないなか、それでもそこで生きてゆこうという気概もこめられているのではないか。表紙には、のどかな田園風景のかなたに爆煙が見える。

***

注意 
本作には、特に「フィクション」かどうかという但し書きがない。一部仮称を含むが、基本的には事実に即した漫画エッセーと考えて、以下の感想を書く。

登場人物
山本さん
奥さん
お義母さん
お義父さん
コタ(山本さんたちの飼い犬)
天栄米栽培研究所の人々
ほか

時と場所については、冒頭では、

2011年のおおみそか
福島県福里村

という設定で、はじまる。

また、この時点で「福里村で田舎暮らしを始めて6年」(8ページ)と記載されている。

もちろん、「福里村」というのは「仮称」である。

これが、第25話に至って、なぜか、「実は福島県野中通りにある「天栄村」であります。」(150ページ)と明らかにしている。

大雑把に言って2004年頃に「ここ」に住みついたということになる。

埼玉の仕事場で年末進行の修羅場をくぐりぬけ、新幹線に乗った山本さんは、「奥さん」が迎えにきている新白河駅に向かっている。

「第2話」では、一気に、2011年3月11日、「あの日」の体験を語る。

山本さんは、埼玉の仕事場の近くを散歩していたところで、大きな揺れに出会う。

「奥さん」は天栄村に一人。

連絡がなかなつかないが、内陸地であるので津波のおそれはなかった。

揺れの方も、彼らの自宅は壁紙が裂けはしたが、それほどの被害ではなかった。

しかし、原発については、爆発音を発しはじめてから、不安が高まってゆく。

避難区域は少しずつ広がっていたが、天栄村の彼らの自宅は70キロ離れている。

それでも不安な「山本さん」。

結局、「奥さん」をまず仕事場の埼玉にまで来させる(ワンちゃんも連れて)。

2011年3月12日19時半のことだった。

その後放射能があちこちにまき散らされたことを、山本は、埃が舞っているような風に描写する。

テレビやネットの情報に、やはり右往左往する。

「そのころから僕という人間はふたつに分裂した。ひとりは一日も早くわが家へ帰りたくて安全洗脳作戦に傾いていく自分。もうひとつはそれに疑いを持ち埼玉にとどまろうとする自分。」(59ページ)

彼らは4月に一度天江村に戻る。

県の発表によれば、天栄村では3月20日で5.5マイクロシーベルト/.h、4月2日には1.79マイクロシーベルト/hだった。

「ただ原発が再び爆発するかもしれないということに関心を集中させていた」(74ページ)

「奥さん」は天栄村に残るが、二人はワンちゃんとともに暮らせる場所をさいたま市で探す。

5月1日よりそこで家族とともに暮らす。

第14話で、急に、放射能の影響をおそれるシーンが描かれる。

症状としては、以下である。

・口内炎
・ワンちゃんの声が出なくなる
・鼻血

きわめて正論であり、かつ、誰もがあまり言わないことを、山本は次のように述べる。

「だいたいなんで福島市や郡山市には避難していがまtったくないんだ!! 年間5.2ミリシーベルトを超えれば放射線管理区域だよ。・・・なぜ避難させないか!! 人口が多いからだ!! 避難させたらお金がいっぱいかかる!!」(98ページ)

また、自分たちの立ち位置もきわめて冷静に描いている。

「僕には福島の人たちの声を代弁することはできない。そこにはあまりにも多様な被害者が存在するからだ。しかし、一番小さな被害者として怒りだけは表明しておきたかった。」(101ページ)

6月に入って線量計を入手する。

数値を知ることは、安心につながる。

その後、天栄村の自宅に行って計測を試みる。

玄関前の地上1メートル地点で1.34マイクロシーベルト/h、地表はその倍の2.84マイクロシーベルト/h。さらに、雨どいのところは、その10倍の27.57マイクロシーベルト/hだった。


それでも山本は除染を敢行する。

ワンちゃんのためだ。

まずは削り取った表土を埋め込むための穴を掘らなければならない。

この土もまた、汚染が強い表土と、さらに下の層にあった土とを分けなければならない。

簡単に土を掘ると言っても、堅い地面では、そう簡単ではない。一人の力でできることはかぎられている。

わずか数平方メートルしかできない。そこで、山本は、業者にたのむことにする。

国が補償すると言っても、すぐに来るわけではないので、しびれを切らしたのだった。

***

さて、なぜ山本は、仮称ではじめておきながら途中で「天栄村」の名前を出したのか。

それはおそらく、天栄村の「米」のことをしっかりと伝えたいがゆえに、元来であれば仮称のままで進めるところを、「種明かし」してしまったのではないだろうか。

2009年の米・食味分析鑑定コンクールでは、28人の金賞受賞者のうちに3名もの天村の人が入った。また、2010年、2011年にも金賞を受賞している。

彼らは「天栄村栽培研究会」という集まりに参加しており、おいしさと安全性とを高める努力を行ってきた。

すなわち、「2011年」というのは、その努力が次第に「かたち」になって還ってきはじめた頃なのである。

なんという無常で無情であろうか。

1キログラムあたりの土壌に5000ベクレル以下では作付ができるという条件に対して、幸い、土壌調査を行った結果、それ以下だった。

そして、彼らは土壌から米への放射性物質の移行割合は、平均わずか1%であることが確かめられているのことを知り、それなら、かぎりなくゼロに近づけられるのではないかと考える。

1)ゼオライト
2)カリウム
3)プリシアンブルー

これらを活用して、放射性物質が米に入り込むのを阻止しようとする。

大変な努力をされたことだろう。

ていねいに、思いをこめて、育て上げ、そして、収穫日のがやってくる。

検査のために必要な1キロのコメをもって検査場に向かう。

その結果は、「不検出」であった。

ところが、他の地区の玄米から国の規制値をこえるセシウム147が検出されてしまう。

「天栄村」の米が、「不検出」であっても、「市場」では「福島」の米は汚染されていると考えてしまう。

なんとも後味の悪いものである。

***

本作は、こうした、山本自身の暮らしからみた原発事故、という視点をメインとしながらも、おそらく山本と交友があったと思われる天栄村栽培研究会についてふられ、そして最後のほうで、アカハタの読者から大熊町のことをとりあげてほしという投稿への対応が行われ、全50話で、幕を閉じる。

***

本作ではとにかく、イデオロギー的に「~でなければならない」といったことは、主張していない。

ただ、目に見えない脅威が目の前にあり、たまたま、作者が比較的避難しやすい立場にあったことによって、率先し行動に移したことが「負い目」となってしまったこと。

避難しても、しなくても、さまざまな「苦悩」や「葛藤」「後悔」が積み重ねられたこと。

その「切なさ」がひしひしと伝わってきた作品だった。


今日もいい天気 原発事故編 (アクションコミックス)/双葉社
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2014-09-13 22:08:00

べたな名前の喫茶店横にいたネコ

テーマ:猫・犬・動物・植物


たまにみかけるネコを車の上で発見。

このネコは、喫茶店の近くにいつもいる。

その喫茶店の名前は、ブラジル、とか、コロンビア、とか、ジブラルタル、といったような、非常にべたな名前。

けれども、お店の方もお客さんもゆるくフレンドリー。


このネコも、外をうろうろしていながら、時には、お店のなかにはいって、お客さんのひざのうえでねていることもある。

ああ、のどかだ。

そして、この日は、こうして、店の前に止まっている車のボンネットのうえで、のんびりと眠っていたのであった。



2014-09-11 22:09:00

核融合施設とバットマン――ジジェク「2011年 危うく夢見た一年、日本語版序文を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ序文
2011年 危うく夢見た一年
スラヴォイ・ジジェク
長原豊訳
2013年5月

The Year of Dreaming Dangerously
Slavoj Žižek
2012

ひとこと感想
バットマンの最終作
「ダークナイト ライジング」では、あくまでも核融合施設は脇役にすぎず、ジジェクも重視していないが、実は、ウォール街占拠などの抗議運動の広がりと拮抗しうる「バイオパワー」として重要な役割をはたしているのではないか、というのが、私の解釈である(映画は見ていないが)。

***

本書は、タイトルにあるとおり、2011年初頭来、世界各地で起こった「抗議運動」の「軌跡」に関する記述がなされている。この「ムーブメント」を追いかけるコンテクストにとって「2011.3.11」の「原発事故」とはどういう位置づけになるのか、気になって読んでみたが、残念ながら、直接的には、「原発事故」には言及されていなかった。

唯一、冒頭に置かれた「日本語版序文」において、「核」が「バットマン」のストーリーとの関連でふれられている。

これが、もしかすると、ジジェク流の「原発事故」へのコメントなのかもしれない。

***

まず、バットマンについて私は、映画のみならず、その他、一般的知識としても、ほとんど知っていることがないので、そのまま、ジジェクが述べていること(と訳者の長原が注解していること)をベースに話を進めてゆこうと思う。

バットマン自体は、それなりに歴史があったと思うが、ここでふれられているのは、「ダークナイト3部作」というもので、監督はクリストファー・ノーランである。

その3部作のなかでも、完結編の「ダークナイト ライジング」(2012年公開)の筋書きをジジェクは追いかけている。

バットマンとは、どうやら、ブルース・ウェインという人物が「変身」したもののようである。

この作品において彼は、「バットマンとしては活動を停止」(8ページ)しており、ウェイン産業という会社を経営している。

この会社では、核融合発電の開発に投資を行っているようだが、なかなかうまく進んでいない。

核融合技術が核兵器製造に転用できるということが判明したため計画が中断さtれ、そのために彼の会社の経営状態も思わしくない。

それでも、経営陣の一人にミランダ・テイトという女性がおり、彼女は、この事業を「社会奉仕」と考えており、ブルースに継続するよう説得する。

しかしベインという名の悪役が登場し、ブルースの会社を「金融的手段」(9ページ)によって潰そうとする。

窮地に追い込まれたブルースは、会社の経営権をミランダに渡す。

一方、核融合施設は、ベインの手に渡っている(なぜ?)。

ベインがこの施設を手に入れたのは、核兵器をつくるためのようである。

そのことを知ったブルースは、こうしたベインの悪だくみを阻止するために、再びバットマンとしての活動を再開する。

途中、なんやかんやあるようだが省略、バットマンは闘いに敗れ、堅牢な建物に監禁される。

その間ベインは、核融合施設を悪用し、
ゴッサム・シティという一都市をわがものにしようとする。

すなわち、このまちから逃げ出そうとすれば、必ずこの施設が爆破されることになる、と市民を脅迫するのである。

・・・ちょっとまて、「核融合施設の爆破」(9ページ)とあるが、どういうことが起こるのか。三重水素が拡散するということか。核爆発は起こらないと思うが、ちょっと私には正確なことが分からない。しかしそのあとにバットマンは「爆発前に核爆弾を停止させる」〈10ページ)とある。核爆弾をつくるには核融合施設だけではどうにもならず、ウランかプルトニウムを使った核分裂反応が必要であるが、どういうことだろうか。このあたりの「設定」が今ひとつよく飲み込めない。

科学的リアリティはさておき、物語としては、核融合施設や核爆弾は、あくまでも「脇役」であって、問題は、この都市を牛耳ろうとするためにベインが何を行ったのかである。

ベインの目論見は、こうである。

「99%の結集と社会的エリートの打破」(10ページ)



ベインとは、「大衆のリーダー」なのか???

ところで、ブルースは、核融合施設に投資できるほどの大きな会社を経営しており、郊外の大邸宅に住んでいる。

はたからみると、ブルースは「社会的エリート」、確かにベインの「敵」であることが明らかである。

しかもなんと、ブルースの会社は、「武器製造」(14ページ)も行っている。

確かにブルースは博愛的で、孤児院への寄付などもする篤志家でもあるが、だからといって、彼の社会的地位のもつ意味が急に崇高になることはない。

いくら小さなことを積み重ねたとしても、99%の人びとが1%のエリートに搾取されている、という構図そのものを問わないかぎり、真の意味での「篤志家」にはならない。

ジジェクによるバットマンの物語の概説を読むかぎりにおいては、ブルースに勝ち目はない。

むしろ、どんな手段を使ってでも人びとのために闘いぬこうとしたベインのほうに、気持ちが向いていってしまうのは避けられない(が、実際に映画をみたらどう思えるのか分からない)。

もっとも、必ずしも事が単純ではないのは、ベインの思考や行動において、常に「暴力」に依拠していることや、専制君主的にふるまっていることなど、いずれも非難されるべきことをも含んでいるからである。

しかし、
ベインはただ、人びとに「自分が欲していることを行うことができる」(34ページ)と語っているだけで、「彼は自分の秩序を人びとに圧しつけているわけではない」(同)。

さて、ジジェクはこのバットマンの物語になぜこれほどまでに執着しているのかと言えば、当時、2011年9月より数ヶ月間、オキュパイ・ウォールストリートという実際の抗議運動を目の前にしているからである。

彼らはベインと同じく、「ウィ―・アー・ザ・99%」を叫ぶ・・・いや、逆である。この抗議運動へのある種の「リプライ」が、この映画作品なのであろう。

「≪ダークナイト・ライジング≫では、人民の権力は、一箇の〈出来事〉として上演され、バットマンの典型的な敵対者から重要な一歩を前に踏み出すことにおいて、まさに此処にある。」(34ページ)

ジジェクは、個々で単純に、バットマン映画が、金持ちやエリート擁護のプロパガンダ映画だ、と主張しているのではない。

むしろ逆だ。

なぜこうまでして、ハリウッドは、「ウォール街占拠」という名の運動にこだわっているのか。

彼らがもしかすると本当にウォール街を占拠してしまうのではないかという「妄想を掻き立てる理由とは何か」(34ページ)、とジジェクは問う。

***

作品は、このように、
「バットマン」という英雄譚の定型に対して、明らかに世界的に広がる「抗議運動」の波を「素材」として組み込み、かつ、おまけ程度であるが、「核」という「暴力」まで関連づけた。

これに対してジジェクは、主に「抗議運動」の現実性とバットマン物語の虚構性とが、無理な形で接合されているところに「綻び」を見い出し、その点を強調することによって、観る側に対して、ある種の「印象操作」を行っている、と言える。

私はむしろ、ほんの脇役だった核融合施設が、たとえ熟慮を重ねた結果選択されたものでなかったとしても、きわめて重要な意味をもっていると考える。

バットマンは、結局のところ、核融合施設による脅威から、人びと(
エリートも人民も関係なく100%全員)を守ったことによって、はじめて「英雄」であり続けることができた。

ここに、二つの「生権力」すなわちバイオ・パワーを垣間見る。

つまり、「抗議運動」という新たな「バイオパワー」に対抗しうる、もう一つの「バイオパワー」として「核融合施設」が機能している、と言えるのである。

***

ほぼ同じような時期に、宇野常寛もまた、「バットマン」のことを論じている。興味のある方は、下記も参照していただきたい。

 宇野常寛「原子爆弾とジョーカーなき世界」を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11848600288.html

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2014-09-10 22:00:00

核兵器、拷問、そして、生権力――マルチチュード(ネグリ、ハート)の一部を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
マルチチュード(上) 〈帝国〉時代の戦争と民主主義
アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート
幾島幸子訳
水嶋一憲、市田良彦監修
NHKブックス
2005年10月

Multitude

Michael Hardt & Antonio Negri
2004

ひとこと感想

マルチチュードを論ずるにあたって、その初源には、ヒロシマがあり、こういう言い方は語弊があるかもしれないが、彼らは、ヒロシマで起こった悲劇自体を問うのではなく、私たちがヒロシマのことを思い出すことによってたえず生権力が行使されているということを説明している。

***

「危機」は何も、安倍政権になったから生じたのではない。

「世界」の「危機」は、まず、「9.11」(2001年)によって、はっきりと表舞台に現れた。

同時多発テロ事件である。

国内においてはむしろ、1995年における、阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件が、一つの「基点」となっている、と言えるかもしれない。

いずれにせよ、私たちはこうした「危機」の後の時代を生きている。

私たちはいつも「危機」を前にすると、まず、恐怖、不安、憎悪、その他、ネガティブな感情を高める。

けれども、「危機」とは、同時に、常に「変革」への可能性を拓くものだ、とハートとネグリは強調する。

その際のキーワードが、「マルチチュード」である。

マルチチュード。

これは、「国家」の枠内においてではなく、「地球」規模において「民主主義」が実現される「投企」の名称、とされている。

単一化、一元化、一方向、そういったものとは異なる、多様性、多数性、多元性である。

すでにインターネットが日用化された今、まさしく分散型のネットワークからなるインターネットこそ、マルチチュードの代表例であり、実現例である。

ここで、大事な指摘がある。

前述した、「危機」とは、言い換えれば、「地球」規模で起こっていることであり、それを〈帝国〉というグローバライゼーションの力が作用している、しとらえられている。

だが、ここで混乱する。

帝国〉というのは、正直言って訳語としては、まったく適切ではない。

なぜならば、ここで言う〈帝国〉の特徴とは、〈国家〉を超えているからだ。

〈帝国〉は、別に、米国という一国家を指し示す言葉ではない。

個々の「ネーション」に対して、「エンパイアなるもの」(ジ・エンパイア)が対置されているのである。

このエンパイアは、ネーションと異なり、上からの(一方向の)権力ではなく、ネットワークすなわち網の目の(多方向の)権力が張り巡らされている。

そう、その意味では、〈帝国〉もまた、マルチチュードと同様に、言わば、脱-国家的な概念なのである。

このことを、まず、混乱しないようにしておこう。

そして、次なるキーワードは、〈共〉(ザ・コモン)である。

「コモンズ」という言葉を使わないのは、過去への回帰的思考に陥りたくないからだとのこと。

私はぜんぜんコモンズで良いと思う。そんなにノスタルジーが嫌いなら、ハイパーコモンズとかでもかまわない。

それはさておき、本書は、マルチチュード、コモンといった概念を提示して、何をしようとしているのか。

「現在の世界が向き合うべき課題や可能性に照らしながら、権力や抵抗、マルチチュードや民主主義といったもっとも基本的な政治概念を再考する」(24ページ)

構成は、以下のとおり。

1 戦争
2 マルチチュード
3 民主主義

以下では、このうちの「第1部 戦争」の前半の一節「生権力とセキュリティ」において、ヒロシマがどのように語られているのかを中心にまとめておきたい。

***

「世界はふたたび戦争状態にある。」(29ページ)

21世紀の現在(本書が書かれたのは2004年)、またもや戦争状態に入っているというが、「ふたたび」とはどういうことであろう。

前後を読んでもはっきりと指示されてはいないが、おそらく第二次世界大戦、と対比させていると思われる。

つまり、第二次世界大戦のような大掛かりな戦争が、今再び、起こっている、ということになる。

ただし、今起こっている戦争は、前回のものとは大きく異なり、国家間の武力衝突ではない。

国民国家という主権が弱まり、新たに、超国家的な主権、すなわち、グローバルな〈帝国〉が現出しつつあるなかで、「衝突」の形態も、不可避的に変わっており、戦争というよりもむしろ、「内戦」と言われるようなものが至るところで発生している。

言い換えれば、現在、〈帝国〉内で、内戦が激しく生じている、のである。

場合によっては、平和を維持するために武力衝突が起こっている。

このことは、戦争が常態化しているということを意味する。

ドイツ法では戦争に入る際に「例外状態」となるという言い方をするが、米国の場合この「例外状態」がさらに拡張されている。

まず、米国の存在が、他の国家とはまったく別物で、例外だ、というとらえ方がある。

米国には、自分たちが、世界を守るリーダーである、という認識がある。

さらに、米国には、国際法を調節した存在だという認識もある。

京都議定書のみならず、人権や刑事法廷その他、数多くの国際協定にかかわることを拒む。

米軍もまた、先制攻撃や軍備の管理などにおいて、まったく独自のルールで動いている。

世界のリーダー、指揮者は、ルールに従わないものなのだ。

***

こうして、戦争は、これまでのような「明確な空間的・時間的境界をもたない」(42ページ)になってきた。

たとえば、国内政治と国際関係が似たようなものとなり、渾然としてきたし、軍事活動と警察活動もはっきりとした違いがなくなってきた。

言ってみれば戦争とは、「流血を伴うか否かとはかかわりなく、あらゆる力関係と支配のテクニックに共通する一般的なマトリックスとなった」(45ページ)のである。

これを彼らはフーコーの用語を使って「生権力の体制」と呼ぶ。

生権力の体制とは、「住民を管理するだけでなく、社会生活の全側面を生産・再生産することをもその目的とする支配形態」(45ページ)なのである。

このような戦争は、死のみならず生を生み出す。

「生」を生み出す、というと、何やら戦争から血なまぐさが消えるかのようであるが、むしろ、日々の暮らし、日常に、「戦争のもつ脅威や暴力性が浸透しているということ」(45ページ)なのである。

これまでの戦争をふりかえってみると、必ずしもネガティブな意味合いだけではなく、ポジティブにもとらえられてきた。

「戦争は、近代の哲学や政治において、しばしば肯定的な要素とみなされた」(53ページ)

戦争が、本当に「戦争」となったのは、「原爆」の誕生と使用によってである、と彼らはとらえる。

「戦争が実際に絶対的なものとなったのは、技術の発達によって人類史上初めて大量破壊、もっといえば全人類の破滅を可能にする兵器が現れたことによる。」(53ページ)

この象徴が、大量殺戮が行われた「アウシュヴィッツ」であり、核兵器による破壊が行われた「ヒロシマ」である。

これらは「まさに生命の構造そのものに直接働きかけ、それを損ない、歪めてしまう」(53ページ)のだ。

ここにおいて「生権力」概念はその多義性を喪い、もっとも過酷な意味、すなわち、一人ひとりの死やその集団的な死ではなく、人類の死滅、さらには〈いのち〉全般の死を呼び起こすことができてしまう力のこととなる。

ここにおいて、哲学としての存在論が求められるが、ハートとネグリはその代表として、ギュンター・アンダースの名前を出し、ハイデガーと対置させている(332ページ)。

フーコーの「生権力」概念が、「全体的かつ個別的に」という両面性があることを彼らは思い出し、ここで、「個別に行使される力」としての側面を、「拷問」という形で明確にする。

言わば、生権力は、原水爆と拷問を「最終兵器」として懐に収めつつ、それを滅多に行使することなく、むしろ生産的であろうとする。

「生産的」――それは、言い換えれば「先制攻撃」である。

「受動的で保守的な姿勢から積極的で生産的な姿勢へ」(56ページシフトチェンジさせるということは、要するに、「「防衛」から「セキュリティ」への政策転換」(同)なのである。

***

ここでは「セキュリティ」という語が、「先制攻撃」と同義で使われているが、こんな用法があるとは、私は知らなかった。

やや強引であるようにも思えるが、これは、彼らが厳密性を追求したり原典崇拝をしたいのではなく、まさしくフーコーが望んでいたように、「思考の道具箱」として「生権力」概念をたくみに利用していると理解される。


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2014-09-09 21:47:00

まやかしの議論にひきずられないために――戦争倫理学(加藤尚武)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
戦争倫理学
加藤尚武
ちくま新書
2003年1月

ひとこと感想
各論的には、とてもおもしろく、特に小林よしのりへの批判は痛快であるが、意外と肝心なところで加藤の論点が見えにくい。特にここでとりあげる「原爆投下」の是非に対しても、どことなく歯切れが悪い。だが加藤は本当は、かなり厳しいことを指摘していると思われる。彼の発言をしっかりと受け止めたい。

***

「戦争倫理学」とは何か。

ある日突然、戦争が起こり、その一員となってしまえば、私たちは誰もが正気ではいられなくなる。

戦争とは、狂気である。

それゆえ、戦争をしないことを常に主張できるよう、常に思考を鍛えておくこと、それが加藤の考える、「戦争倫理学」というものであるようだ。

だが、なぜ、鍛える必要があるのか。

それは、戦争を単に絶対悪とみなし、自分はしない、というようなことを主張したとしても、それでは十分ではないからだ。

自分は、戦争をしない、拒否する、という行動規範は、それはそれでよいし、私もそう思っている。

だが、そうだとしても、では、攻められてきたとき、宣戦布告を受けた場合、私たちはどうするのか、ということが問題となる。

自分自身の意識の問題ではない。

自分の家族が何者かに脅かされたとき、自分はどうするのか、という問いである。

一般的な言い方をすれば、あなたは「愛する人(たち)」を守らないのですか、ということになる。

この、どうするかについては、先日の記事で書いたので省略したい。

 先日の記事
 国連軍に空爆は許されるか――現代を読み解く倫理学(加藤尚武)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11917580238.html

ここでは、以下、本書の第5章の、「アメリカの良心は「ヒロシマ」に「ノー」と言った」――ロールズの原爆投下批判」だけをとりあげておきたい。

「9.11」が目前に迫っている今、あらためてこの問いを再提起する。

***

章題にあるように、加藤は、ジョン・ロールズによる原爆投下批判に対して、非常に肯定的にとらえており、「無条件で尊敬をはらっていいと思っている」(60ページ)と書いている。

 *ロールズの原爆投下批判については、以下のブログを参照
  なぜ市民への攻撃は戦争であっても不正なのか
  ――原爆投下と正義論(J・ロールズ)
  http://ameblo.jp/ohjing/entry-11870482164.html

加藤による理解ではロールズの考えは、まず、非戦闘員の殺傷を認めるところからはじまっている。

もちろん無条件にではない。

が、これは、かなり驚きである。

「極限的な危機の場合」(61ページ)にかぎり、戦闘員以外を巻き込んだ攻撃を認めるのであるから、一般的な「絶対的平和主義者」とロールズはまったく異なる考えをもっていると言える。

しかもロールズは、二度の原爆投下、すなわちヒロシマ、ナガサキが、この「例外」には含まれない、と主張するのだ。

また、その前の東京大空襲も同じように、「例外」には含まれない。

ロールズは、第二次世界大戦中に英国がハンブルク、ベルリンを空爆したことをもって「例外」とみなす。

なぜならこのとき英国は「孤立と絶望の淵に立たされた」(65ページ)からだ、というのである。

しかも、
勝利を追求しているときには、こうした空爆は正当化される。とロールズは考えている。

すなわち、「正義の戦争に敗北しないためには空爆も許される」(66ページ)という前提が、ロールズの考えのなかには含まれていることになる。

しかし、こうした条件が、米国が日本に攻撃したきたどの段階においても、なかった、とロールズはみている。

なるほど、こうしてみると、ロールズの主張は、「原爆」の特殊性を一切考慮に入れず、純粋に、多くの非戦闘員を殺傷する武器の使用として論じていることが分かる。

確かに、戦争によって相対する二つの国家に対して、切迫した状況があってはじめて、やむなく空爆が行われたり原爆が使用されたりする、というロールズの考えにおいては、ヒロシマ、ナガサキだけでなく、ベトナムをはじめ多くの米国による戦後の攻撃の仕方が、認められないことになる。

それはそれで、米国に対する「歯止め」をかけうるという意味では有効な議論だとは思う。

だが、如何せん、当の原爆を投下された側にとって、この原爆投下がはたして倫理として許されるかどうかという問いに対する「回答」としては、かなり不満が残る内容である。

また加藤はもう一点、ロールズのこの議論への不満を述べている。

それは、こうした結論は、戦後しばらくしてならば出せるかもしれないが、戦時中などに、戦争の勝敗が決まっていると言えるのかどうか、ということである。

こうした是非をめぐる問いは、ただなかにあってなお、冷静に突きつけるべきものであり、そういう意味では、ロールズの原爆投下不正当論は、いくつかの課題を残していると言えるかもしれない。

だが、たとえそうであったとしても、とりわけヒロシマ、ナガサキに対する「レスポンシビリティ」が決して多くはない米国の知識人のなかで、ここまで堂々と原爆投下は不正だったと公言すること自体、きわめて真摯かつ誠実であるだろう。



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2014-09-08 23:30:00

ふくしまノート①(井上きみどり)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ漫画
ふくしまノート①
井上きみどり
竹書房
2013年3月

ひとこと感想
原発事故による避難に巻き込まれた人たち。そのなかでも子どもいる家庭がどういった経験をしてきたのか、インタビューに基づき漫画化。小さなエピソードが多いが、その一つひとつが、生々しく、かつ、苦しみや悲しみにあふれている。

***

「福島の子ども達や福島の人々がどんな思いを抱いて生活しているのか」(4ページ)を伝えるべく、福島の家庭をまわり取材し、漫画にしている。

以下の人たちが登場する。

1) 紺野さん
自宅 = 
南相馬市 (原発から35キロ)
避難先 = 福島市→郡山市→南相馬市
家族構成 = 夫、妻、3歳、0歳8ケ月、夫の母

避難中に二人めの子どもが生まれ、南相馬で育てることを決意。家は除染を行い、さまざまなことに気を遣いつつ暮らしている。

2) 堀部さん
自宅 = 浪江町 (原発から9.5キロ)
避難先 = 浪江町→川俣町→福島市→札幌→いわき市
家族構成 = 夫、妻、小4、2歳

詳しいことは分からず避難命令が出たが、半日くらいで帰れると思いほとんど何も持たずにでたまま避難区域となり戻れなくなる。子どもは4月よりいわきの小学校に通うが、最初はマスクをしていたが夏には普通の格好をするようになる。

*水素爆発によってのみ放射性物質が環境中に拡散したわけではないので「被曝」というべきところを間違って「被爆」と書いている(25ページに2か所、26ページに4か所)。

また、5ヶ月後に一時帰宅したとき、泥棒に鍵穴が壊されていた(ただし物は幸い盗まれていない)。多くの人たちが空き巣に入られている。特に3キロ圏内の農機具が持っていかれている(トラクターやコンバインなど)。また、ケーズ電気が開店する前だったが、置かれていた商品はほとんど盗まれていた。

誰が盗んだのかは、分からないが、一つ、可能性のあるのは、建設業関係の人が関与しているという可能性だ。修理や工事のために建設業者は警戒区域にも入れるのだ。

なお、7月以降になって自宅にあった車をもちだしたところ、スクリーニング会場では線量をクリアしたのだが、自分で測ってみると「30マイクロシーベルト」もあったという。

3) 織田さん
自宅 = 郡山市 (震災当時は全員、夫の出張先の神奈川に)(原発から60キロ)
家族構成 = 夫、妻、小1、1歳

1カ月後に郡山に戻り、屋内生活(一部屋のアパート)。子どもの夏休みには、母子避難の無料プロジェクトを利用して新潟の旅館へ。しかし、中には母親に風俗を紹介するような団体もあったという。

線量計はTSUTAYAで無料レンタルが行われた。


4) 平井さん
自宅 = 南相馬市原町区 (原発から25キロ)
避難先 = 川俣町→福島市→猪苗代町→酒田市
家族構成 = 夫、妻、小4、夫の母(途中で南相馬に戻る)

3月14日深夜に避難を開始し、猪苗代の国立の宿泊研修施設に4カ月いたが、ここは設備がとてもよく、家族で1部屋が提供され、何から何まで充足。ただ、精神的には疲弊していた。

夫の職場は南相馬で、しばらくは酒田で働いていたが、2012年末に閉鎖。職場を離れ、南相馬に戻ることに。


5) Kさん
自宅 = 南相馬市(原発から25キロ)
避難先 = 市の体育館→いくつかの内陸部の避難所→山形
家族構成 夫、妻、2歳

同じ病院の看護師の夫妻。主に浪江町の介護施設の患者が100人以上を受け入れるが、食料その他の流通がストップし。自衛隊も数日間は来なかった。さらに3月15日には施設に業務停止命令が出される。職員は6~7名が残る。

きわめて厳しい環境のなか、スタッフも3名になってしまったところで、自衛隊と南相馬市で搬送を開始。夫は停止命令が出てから3日後に帰宅。さらに2日後には避難命令が出る。

残った2名の職員が残るなか、何人もの死亡者も出るが、開始から10日後には搬送終了した。

半年間の避難生活のあと、山形で借り上げ住宅に引っ越す。11月に職場が業務再開するが、二人とも辞職。別の病院で再就職。

***

一方、福島県の内陸部の総合病院に勤務するMさんは、3月14日に3時間がかりで病院に行く。すると避難中の病人の受け入れ希望の電話が入る。

3月15日夜9時に観光バスが来院する。医療従事者は乗っておらず運転手はただ、降ろす人数を聞いているだけ。2人がけ座席に1人ずつ、病人が寝かされているなかで、全員寝たきりの21人を受け入れる。誰も口もきけず、パジャマにガムテープが貼ってありそこに名前が書かれているだけでカルでもない。そのうち一人はあまりの衰弱にその夜のうちに亡くなる。

その後、問い合わせ電話が次々と入ってくるが、どこのだれがここにいるのか把握もできない。

***

ただ、Kさんの側から言えば、当時は、
電子カルテも使えず、ぎりぎりの状態にあり、辛うじて避難をさせることができた。医療従事者も、家族と患者といずれかを選ぶことしかできないときがある。


7)未来(ミク)ちゃん
自宅 = 相馬市
避難先 = 山形→静岡→相馬市
家族 = 娘、母、祖母、祖父 

母は、そうまかえる新聞を発行する一人。


8) 坂上さん
自宅 = 川内村 (原発から24キロ)
避難先 = 宮城県丸森町→山形→唐桑→全国各地→仙台(現在)
家族 = 夫、妻、4歳、6歳

川内村に住んでいる坂上さん(夫)は、自然エネルギーアドバイザーで「ソーラーのらや」という屋号で仕事をしている。

坂上さん(妻)は、どんぐり食の研究家。

森の中、1300坪の土地に住み、家も自作し、田畑を耕し、13年間暮らしていた。

ガスや石油を使わず風車と太陽光で電気をまかない、水は森に流れている沢の水を使っていた(川内村には水道がなく、みな井戸水か沢の水を使っていた)

地震のあと、坂上さんがまず心配したのは福島第二の状態だった。が、福島第一の電源喪失、水が入れられないというニュースを聞き、燃料がすでに溶けはじめている可能性を考え、
もう二度と戻れない覚悟で、ただちに避難に入る。

まず、宮城県丸森町にある山小屋へと向かう。

防護服を着込み、小屋に目張りをし、風向きを確認し、知人から気象庁のデータを携帯に送ってもらった結果、総合的に判断すると、そこの線量は高くないことが分かる。

3月15日には、3号機が爆発したのを知り、さらに別の場所に移ることにする。

3月16日には福島市で知人と合流し山形の知人宅へ。この日の13時で、郡山は3.8マイクロシーベルト、白河は3.8マイクロシーベルト、会津は0.06マイクロシーベルトだったという。このあと川内村の自宅に戻ると、高いとお炉では8マイクロシーベルトあったという。

4月には妻子を置いて陸前高田へ電源支援に向かう。だが、被災地にいる人たちの大半は、あまり自然エネルギーには関心をもたなかった。

4月中旬には、津波で何もなくなった土地に、電柱がずらりと立ちはじめる。

5月からは坂上さんたちは、テント生活を開始、最初は唐桑半島の国定公園に泊まり、3ヶ月半過ごす。

そのあと知人からバスを借り、全国を行脚しながら自然エネルギーの講演を行う。

バスをキャンピングカーのように改造し、北海道に向かい、唐桑半島に戻り、家族を置いて坂上さん一人で沖縄に行き、そのあとは再びバスで、九州、青森、北海道、長野、京都、高知に行く。

その後、1年8カ月ぶりに川内村に戻ってみると、森の線量がほとんど下がっていないことが判明。

その後も彼等は放浪の旅を続け、新たな生活の地を探している。

*ちなみに、坂上さんたちは、今、こんな様子である。  

 ↓
 ソーラーのらやのホームページ


9) 会津の人びと(寺子屋方丈舎江川代表ほか)

会津は同じ福島でも「支援」する側として3.11以降生きた。3月15日には大熊町からの避難者がやってくる。当時はお互い助け合う気持ちでいたが、次第にさまざまなトラブルやストレスが発生してゆく。



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2014-09-07 22:49:00

〈いのち〉とは、何か――芝居・命を弄ぶ男ふたり、を観る

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
観た芝居
命を弄ぶ男ふたり
吉橋航也、中嶋晴輝
岸田國士
新宿ゴールデン街劇場

ひとこと感想
「いのち」というものをどうとらえるのか、そして、「思考」というものをどうとらえるのか、考えさせられた。その意味では映画「ハンナ・アーレント」と対比させて考えることのできる芝居だったと言える。



***


我が家では、勝手に、役者「吉橋航也」ブームが来ている。

 東京乾電池、かもめ(チェーホフ)、を観る
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11748981371.html

 アトリエ乾電池寄席、楽しむ
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11763448637.html

今回は、彼の二人芝居である。

わずか40分くらいの小品であるが、帰りの電車のなかで、妻とワイワイと語って、以下のようなことを考えた。

***

まず、「眼鏡」と「包帯」という二人の男が登場人物であるが、この二人に共通しているのは、これから死のうとしている、ということと、センチメンタルが嫌だ、ということである。

これから死ぬ、つまり、自らの意志で死に向かう、という場合、大別すると三つの類型に分けられる。

1)自死
2)心中
3)戦死

つまり、一人で死ぬのか、二人で死ぬのか、「お国」のために死ぬのか、である。

ここでは、1)自死、であるが、その動機は、愛する人を喪ったから(眼鏡)、もしくは、愛する人を苦しめたくないから、ということになる。

死に場所を探し求めてさまよっているうちに、偶然出会った二人。

自死を目指す人間が、同じような動機をもった他者と遭遇した場合、どうなるのか、それが、この作品の出発点となっている。

細かい話は省略するが、結果的に登場人物の二人は、自分が今ここで死ぬべきであると堅く決意していたにもかかわらず、相手とのやりとりのなかで、自分の死の必然性を見失ってゆく。

二人は何度も「よく物事を考えている人間」として自己評価している。

つまり、二人とも、直情的であること否定的にとらえ、知性的であることが大事だと思い込んで生きてきて、かつ、ここでは死のうとしているのである。

登場人物がこうした「思想」を語っているとして、では、原作者の岸田は、何を考えてこの作品をつくったのであろうか。

なにも登場人物と同じように、単に、直情的はよくないので、もっと知性的に生きるべきだ、と主張したかったとはかぎらない。

むしろ逆に、「物事をよく考える」ことをも、岸田は、嘲笑っている可能性がある。

なぜならば、この二人は、最終的には自死を選択しないからだ。

こうした、知性への重視が最終結論なのか、それとも、そうした考えも相対化されるのか、といったテーマは、アレントの映画においても展開されていた。

 思索と感情と事実のはざまで――映画「ハンナ・アーレント」を観る
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11743253876.html

岸田が最終的に何を訴えているのかについては、私ごときには知る由もないが、少なくとも本作品を観たあと、私たちが考えたことは、反知性主義でも知性主義でもない、別の道を選ぶべきではないか、ということであった。



***

ところでなぜ、この作品と「3.11」とがむすびつけられうるのか、これから少し説明ておきたい。

タイトルにあるとおり、本作は、「命を弄ぶ男ふたり」の「命」について、もう少し、真剣に考えてみたい。

本作内で葛藤が起こっているのは、個人の命である。

自分自身の「いのち」に対して、自らが値踏みして、「価値なし」と判定する。

しかし、「いのち」とは、一体何であろうか。

単なる「個体の死」なのであろうか。

思うに、ハイデガーの現存在論は、実は、自らの「いのち」への自覚を出発点として、そこから「本来的な生」を取り戻すのであった。

(ちなみに作の岸田は1890年生まれ、ハイデガーは1889年生まれである。)

しかしそのあと、ハイデガーは、この「本来性」の問題を、微妙な形で拡張させる。

すなわち、「血」と「地」である。

これは、言い換えれば、「本来性」のよりどころが、祖先から引き継がれ子孫に継承することと、自らが生きる、暮らす「大地」にある、ということを意味している。

さらにここに、きわめてナイーブな問題が現れるのであるが、こうした「血」と「地」は、「お国のために死ぬ」ということと容易に結びつく。

しかし実は、
「血」と「地」とは、「お国」に結びつけるよりも、「大地」と「血の系譜」と結びつけるほうが、ごく自然である。

むしろ、「お国」に結びつけるほうが、中途半端なものに見える。

ハイデガーが葛藤したのも、ここである。

一見すると、「お国のための死ぬ」ことと、「大地や血の系譜のために死ぬ」こととは同じもののように思われる可能性があるが、本当は、そうではない。

「地」と「血」それは、言い換えれば、〈いのち〉ではなかろうか。

〈いのち〉とは、個人の命ではない。

まさしく「地」と「血」である。

もっと言えば、この「地」と「血」とは、具体的には、「農地」である。

〈いのち〉とは、「お国」とは直接かかわりのない、「農地」なのである。

そう考えると、私たちが「3.11」(原発事故)に、なぜこんなにも、悲しみや憎しみ、そして絶望を抱いているのかが、はっきりとしてくる。

原発事故は、個人の命を直接奪うという意味ではなく、〈いのち〉を奪ったのだ。

そう考えると、この作品に登場する二人は、所詮、「自分の命」を自分がどうするかに思い悩んでいたにすぎない。

しかも「知性」を評価していたにもかかわらず、実はそれは「情緒的」であったのだ。

本当の「知性」とは、こうした〈いのち〉のことを思うことなのである。

岸田がどのような考えでこの作品をつくったのか、私には全く知る由もない。

ただ、本作が書かれたのが、1925年、すなわち、関東大震災から2年後だったということから考えると、何か「個人の命」と「お国のために死ぬこと」、そして、さらに「生活」が根源から破壊されることに対して岸田は、何らかの批判的意識を抱いていたと言えるかもしれない。

いずれにせよ、「命を弄ぶ」というのは、何らかの皮肉であり、本当の命とは、「個体」にあるものではない、という思いが、ここに表出されているのかもしれない。




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