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核の言説史 公開中 
私たちは、原爆と原発という二つの巨大な存在を前にして戦後がはじまり、今に至る世界を生きている。哲学、物理学、評論はもとより、文学、芸術、映画、コミック、楽曲、芝居など、さまざまな表現において「核」の歴史は刻まれている。この厚みを解き明かすことによって、これから私たちが「核」とどうかかわって生きてゆくのかを探るべく、言説史をまとめている。

 前史

1945~1949年  1950~1954年  1955~1959年  1960~1964年  1965~1969年  1970~1974年  1975~1979年  1980~1984年  1985~1989年  1990~1994年  1995~1999年  2000~2004年   
2005~2009年  2010~2011年02月    

2011年3月~7月  2011年8月~12月  2012年1月~2月

【新訂版】
1945年  1946年  


核の言説データベース~原爆と原発と


はてなブログにて、1記事1文献でデータベースを作成中。
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2014-07-22 21:10:00

「この商品は缶切りが必要です」というお詫びとお知らせ

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
買った商品
赤飯用あずき水煮
井村屋株式会社(津市)
消費期限 2014年7月13日
おそらく2011年秋か冬頃に購入


2011年の秋か冬に某スーパーで買って、そのまま使うのを忘れていた缶。

その上部に「この商品は缶切りが必要です」というお詫びとお知らせがある。

お詫びとお知らせ

東北地方太平洋沖地震の影響でイージーオープン蓋の製造工場が大きな被害を受けたため、缶切りが必要な蓋を使用しております。

この商品は缶切りが必要です

誠に申し訳ございませんが、しばらくの間ご迷惑をおかけいたします。


そうなのだ、「3.11」の被害で、蓋がつくれなくなっていたのだ。



見てのとおり、井村屋は津市にある、と書いているが、イージーオープン蓋の製造は主に、東北もしくは関東でおこなわれている。


久しぶりに缶切りを使ったせいか、見事にへたくそな開け方。

ちなみに、先日スーパーで確認してみたら、今ではすでに元のまま、缶切り不要、イージーオープン蓋に戻っていた。

おそらくこの缶は、株式会社アルトップ(いわき市)の工場で、この蓋はつくられていたと推測される。

 株式会社アルトップ
 http://www11.ocn.ne.jp/~canaltop/kaisya_altop.htm

 (アジア金属工業が営業担当)


井村屋 赤飯用あずき水煮 225g/井村屋製菓
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2014-07-21 12:20:00

美大にいた猫「さばお」くんと、今いる白い猫

テーマ:猫・犬・動物・植物
某M美大の、校門を抜け、守衛室の横に、故サバオくんの彫像がある。

構内でかわいがられていたようで、亡くなったとき、その死を悼んで、学生が像をつくったという。

このサバオくんの像は、けっこう大きく、決して、実物大ではない。


おそらく1.5倍くらいであろうかと思う。


後ろからみると、こんな感じである。




それにしても、よくできており、さすが美大、と呻らせられる。


しっぽの曲がり具合が、かなり、良い。


また、さらに、守衛さんから伺ったところ、お墓が別にある、と仰る。


構内に入ってすぐ右手の駐車場と接している芝生の途中にある、とのことだ。


ところが、一度ならず、二度、地図まで書いてもらったのに、「お墓」がどこかわからない。


そう、私は方向音痴なのだ(理由になっていない)。


三度目にしびれを切らせて、守衛さんについてきてもらい、場所を教えていただいた。


なんと、これが、お墓であったのだ。



上にコンクリートのドーナツみなたいなのが、「碑」のイメージであろうと推察される。


そしてその下が、小さな物置のようになっている。


画像ではよく見えないかもしれないが、このなかに、入口にあるのとまったく同じ「サバオ」像が入れられている。


本当に、サバオくんは、この大学で、愛されていたことをしのばせる。


さらに、今。


亡きサバオくんに代わって、白い猫が、守衛室近辺を徘徊している。


この子も、また、まったく人見知りしない。


学生たちも、撫でていったり、ご飯をあげたり、普通に、大学生活に溶け込んでいる。


この日の白猫ちゃんは、守衛室のカウンター隅でおやすみ中。


声をかけると、寝たまま、「にゃんだー?」と反応をする、かわいい奴。


しばらく会えないが、元気でな。




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2014-07-20 22:46:00

君といつまで?――Plutonium Is Forever by John Hall

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
聴いた曲
Plutoniumu Is Forever
John Hall
1979

プルトニウムこそ最強
ジョン・ホール
Plutonium Is Forever/Rhino/Elektra
¥価格不明
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ひとこと感想

「カリブ海風」のノー・ニュークス・ソング。明るい南国の海や空をイメージしながら、プルトニウム汚染のことを考えようとしている、強烈にシニカルな曲。美しくシニカルな曲「パワー」といい、ジョンのつくる曲は突出している。

*ジョン・ホールの「パワー」については、下記を参照
私たちに必要な「力」とは何か――ジョン・ホール「パワー」を聴く
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11815286925.html

***

最初に発表されたのは、以下のイベントにおいて、である。

日時 1979年9月19日~23日
場所 マジソン・スクエア・ガーデン(NY, USA)
名称 No Nukes Concert
出演 クロスビー・スティルス&ナッシュ、ジャクソン・ブラウン、ジェームス・テーラー、ブルース・スプリングスティーン、カーリー・サイモンほか

以下、あくまでも「超訳」をしてみた。すなわち、大雑把な意訳である。

***

プルトニウムこそ最強

みなさん驚いてほしい なんて呪われているのかって
駄目にされた空 そしてもっとひどいのは海
けれど 人が地上から消える日 もう解るよね
ああ ああ ああ ああ プルトニウムこそ最強

今ある海の油膜は そのうちなくなる
食用油のPCBも まもなく使われなくなる
だけど 本当にこわい汚染といえばただひとつ
ああ ああ ああ ああ プルトニウムこそ最強

「どこかへ消えてくれない?」
「いや なにやっても無駄だね」
「これまでも 今も いつまでも?」
「そう プルトニウムこそ最強」

一酸化炭素中毒なら ただ息苦しいだけ
建築現場だったら アスベストにやられるよね
ジェット機が飛べば オゾンが壊れるし
ああ ああ ああ ああ プルトニウムこそ最強

オイルカンパニー 駄目になってしまえばって思っても
電気料金のなんとか調整 払いたくないって思っても
だけど 今はそれどころじゃない プルトニウムの将来性
追いかけるならこれ だってね 
ああ ああ ああ ああ プルトニウムこそ最強

どこかへ行ってしまえ!

ああ ああ ああ ああ プルトニウムこそ最強

***

・・・書いているうちに、違う曲の方が私たちにはしっくりくるように思えてきた。

能天気な感じでシニカルな歌詞ということであれば、むしろ私としては、「あの曲」にこの歌詞の意味合いを入れてみたい。

「替え歌」をつくってみた。

君といつまで プルトニウム・イズ・フォーエバー

二人を暗闇が 包むこの崖っぷちで
明日も恐ろしい 不幸せが来るだろう
君の放射能は 星のように輝き
被曝するこの胸は 静かに燃えている
海空染めて行く セシウムが半減しても
プルトニウムの毒は 変わらないいつまでも

「不幸せだなあ
僕は君といる時が
一番不幸せなんだ
僕は死んでも
君から離れられないぞ
いいもんか!」

君はそよ風にも 毒を溶かして 
やかましく線量計を かき鳴らしている
今宵もくたびれて 時は去りゆくとも
二人のカウンターは 変わらないいつまでも


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2014-07-19 22:05:00

未来を夢見た「僕ら」と原子力――「アトムの子」(山下達郎)を聴く

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
聴いた曲
アトムの子
山下達郎
1991年6月

ひとこと感想
本曲は、原爆とも原発とも直接的な関係はないし、それらを賛美しているということも、一切ない。しかし、少なくとも「アトム」という言葉にポジティブな印象を提供していることは疑いない。、

***

山下達郎の楽曲「アトムの子」は、1991年6月に発売されたアルバム「ARTISAN」の1曲目である。また、翌年8月にシングルカットもされた。

これは、
手塚治虫に対すすオマージュ・ソングである、と言われている。

手塚は、1989年2月に亡くなっているが、その頃にこのアルバムの制作をしていた山下が、訃報に接して、急遽つくりあげたといわれている(ただしアルバムの発売は手塚の死後、2年以上あとである)。

言わば「アトムの子」とは、敬愛する手塚の作品に接して生きた山下自身のことなのであろう。

手塚から夢や希望や元気をたくさんもらったということ。

手塚を通じて友だちが増えたこと。

そうしたことを、本局は歌っているということなのであろう。

***

歌詞をみてみよう。

とてもシンプルで、未来への希望や夢が語られている。

「アトム」がいることによって、すばらしく力もあふれてくる。

言わば、「アトム」は友だちの象徴でもあるだろう。

それを伝えているのが、手塚だったということにもなるだろう。

だが、この歌詞で大事なのは、未来を生み出すには、単に仲のよい「友だち」だけがお互いに頼りあっているだけでは、不十分である。

「みんなで力を合わせて」と言っている。

この「みんな」とは、誰を指すのか。

「鉄腕アトム」の物語が、それを教えてくれる。

世の中で、対立している者どうしが、手を取り合おう、ということである。

これは、言ってみれば、原発推進派と反対派とのことでもある。

対立のあとは、いがみあい、憎しみあい、否定しあい、殺しあいにまで展開するおそれがある。

そんなプロセスに入ることを、手塚もしくはアトムは、悲しげに眺めているのである。

だから、私にとっての「アトムの子」のイメージは、少々、山下とは異なっていると思う。

そもそも鉄腕アトム自体が、原発礼賛の旗頭とみなされることもある。

手塚の原作においては常にアトムは悩める存在であり、ある選択(たとえば敵を倒さなければいけないような場合)においても苦渋に満ちながら、葛藤しながら、のことであって、あまり明快な「ヒーロー」ではない。

実際、手塚も、インタビューや本のなかで、そううけとられてほしくない、と答えている(たとえば、
「私も原発に反対です」 手塚治虫 COMIC BOX 1988年8月号 所収)。

しかし、「アトム」の一般的なイメージは、むしろテレビアニメによって生成しており、「夢」「未来」希望」のシンボルのように見える。

そして、それは、「原子力」と不可避につながっていた。

山下のまなざしも、どちらかと言えば、テレビアニメのアトムに向けられているように思われる。

だからといって、
私は、この曲が悪いと言いたいのではないし、手塚が駄目な漫画家だと言いたいのではない。

しかし、手塚にしても山下にしても、きわめてクオリティの高い作品をつくる人たちが、「アトム」という言葉に、それなりのものを託してきた、ということは、疑いようもない。

作品とは、常に、そういった宿命にあるのだ。

***

*これまで書いた手塚関連の記事

ガラスの地球を救え(手塚治虫)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11594933447.html

アトム今昔物語(手塚治虫)と手塚の「原子力」観
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11598776352.html

鉄腕アトムのルーツ(「占領期の手塚治虫」谷川健司)
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11424037912.html

小野卓司、描きかえられた「鉄腕アトム」、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10990899797.html

プルートウ、浦沢直樹×手塚治虫
http://ameblo.jp/ohjing/entry-10951018007.html

偽「鉄腕アトム」による原発PR
http://ameblo.jp/ohjing/day-20131116.html




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2014-07-18 21:50:08

政策としての原子力――原子力政策学(神田・中込編)を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
原子力政策学
神田啓治・中込良廣 編
京都大学出版会
2009年11月

ひとこと感想
本書は、一体何のための本か。誰が読むのか。そういうことばかり、考えてしまった。「官僚」のための読本という感じだろうか。「市民」の側には、あまり読むメリットはなさそうである。

***

序章 原子力政策学の射程と意義 

神田啓治 京都大名誉教授

編者の二人の教え子たちが書いた本。みな、京都大で博士号(エネルギー科学)で、山本だけが、明治大学院修士課程修了。

「他のエネルギー源と比べて、原子力は政府との関係が相対的に深い」(2ページ)という特徴について説明している。

理由の第一が、軍事転用を防がねばならないこと、第二が、安全性確保や対策のため、第三が、社会への波及効果が大きいこと、を挙げている。

それは良いとして、なぜ、原子力政策学、なのか。

その「回答」は、自分たちの大学院の修士論文、博士論文が原子力政策が多いということである。

「本書は、そうした博士論文の成果を基礎にして編纂されている」(4ページ)

つまり、本書の構成が京大の原子力政策研究のこれまでの成果と連なっているということである。


いや、もっといえば、元学生たちの書いた論文の要約集なのであろう。

さらに、目次構成は、重要度の順番に並んでいるのではなく、現状を概観し、歴史的にさかのぼって解明してゆく流れ、だという。

また、エネルギー利用面が中心であり、放射線利用面は十分に考察が及んでいないところもある。

***

1部 原子力と現代社会

行政学、国際政治学など、政治学的に論じられる。

1 原子力の政策形成
村田貴司 

原子力の政策形成にどのような特殊性があるのかが論じられる。

1950-60年代は、原子力開発の基礎が形成された時期であり、ここでの力点は、いかに原子力を多くの人に知ってもらうか、にあった。

1970-80年代は、実際に原発が地域社会にかかわるなかで、市民に一方的にh情報提供し、理解と協力を求めたが、あまりうまくゆかなかった。

1990年以降は、政策形成過程に市民参加が模索されるが、やはりうまくゆかなかった。

なお、1995年におこった「もんじゅ」の事故に対して、新たに、「原子力政策円卓会議」を設置し、各地において、モデレーターをたて、多くの市民を参加させ、対話を行い、議事録を公開するという試み行った。

結果は成功したとは言い切れないが、これまでよりは良くなった。

また、大きな課題がはっきりした。

「自らの主張、価値観に拘泥し、自己の主張にあわない主張に対して決して合意することなく、それでいて「合意形成がない状況」を指摘して自己実現を図ろうとする」(15ページ)

原子力政策の骨格は、以下の6点にまとめられている。

・心理的な安心・信頼
・技術的な安全の確保
・社会的側面
・エネルギーの安定供給、地球温暖化対策
・核不拡散政策
・核燃料サイクル政策

実際の決定の流れは、1)原子力委員会 → 総合エネルギー調査会、2)原子力安全委員会、である。


2 原子力技術の社会的受容とその獲得
倉田健児 

原子力技術がどのように社会に受け入れられるか、逆にいえば、なぜ、原発を立てようとすると地域住民運動が起こるのかが論じられる。

とりわけその際、「安全性」への懸念が最大の反対理由であると倉田はとらえている。

さらに言えば、「安全性」を維持し確保し向上しようとする事業者側の努力が重要で、そうしたことを達成してはじめて「信頼性」を獲得できると考える。

この「安全性」と「信頼性」をたかめてゆくための「環境マネジメントシステム」という枠組みを使って実現してゆくことができると、提案されている。

こうした問題は、「原子力」に限定されるものではなく、現代社会と技術一般との関係の変化にも起因していると述べるが、残念ながら、大雑把な技術史が展開されるばかりで、それほどの説得力はない。

3 原子力とエネルギー安全保障
入江一友 

原子力がエネルギー安全保障の「かなめ」としてよくとらえられるが、実は、短期的なものと中長期的なものが常にあいまいにされてきたという経緯をたどる。

「短期」は輸入エネルギーの供給削減や中断に備えるものであり、「中長期」は資源の枯渇を想定したものであり、両者は、はっきりと区別される(76ページ)。

短期的
・核燃料資源輸出国の政情安定
・核燃料備蓄の容易性
・発電原価の安定性
・使用済み核燃料からのプルトニウム等の回収・利用

中長期的

・使用済み核燃料からのプルトニウム等の回収・利用
・増殖炉によるプルトニウム等の増殖の可能性
・核融合の可能性

当然のことながら、ウラン輸入依存も、同じように、安全保障上課題がないわけではない。

また、かつてエネルギー安全保障が問われたときと違って、天然ガスや太陽光や地熱ほかのエネルギーの利用の増大メリットを過小評価しすぎている。

「今後、天然ガスや新エネルギーとの競合を論ずる上では、原子力のエネルギー安全保障上の意義をさらに精緻に検討し、急場しのぎの理由づけと疑われないようにしなければならないだろう。」(82ページ)

残念ながら、
今ひとつ、こうした安全保障を議論する人たちの性向は、なかなか変わりきっていないように思われる。

4 原子力と地球温暖化

池本一郎

原発が、地球温暖化対策の最有望だ、という前提をていねいに検討せずに、自明視したところから議論がはじまっている。

それでも課題として二点あげている・

・放射性廃棄物処分が実際にどう行いうるのか不透明
・事故防止や安全確保体制づくり、人材育成などに多大な資金が必要

***

第2部 
原子力と政府の関与

原子力は民間企業だけでは担えないために「原子力産業政策」が必要とされる。政治学、心理学、経済学などの視点から考察される。

5 原子力開発における信頼形成
――ベイズ確率論を用いた考察
山形浩史

「もんじゅ:のナトリウム漏出事故対応で噴出したのは、不信感であり、安全性をめぐるコミュニケーションのとりかたに不備があった。

そこでここでは、信頼性を獲得してゆくプロセスを、ベイズ理論に基づき理論的に説明しようとする。

ぐちゃぐちゃと本論は書かれているが、重要なのは、事故が起こらずに運転してきた実績を「信頼性」として、「安全性」の確率論に加えてゆこうとするものである。

また、事故が起こった場合でも、きちんとした報告を行った場合と、隠蔽した場合との違いも、考慮に入れている。

結論は、こうである。

・国民の信頼を得るには長期間を要するが、失うのは1回の事故
・情報操作をするとみなされれば、信頼性はまったく失われる
・できるだけ多くの情報を提供することが、より正しい判断を可能にする

まさしくそのとおり、としか言いようがない。

現在その「信頼性」はまったく失われているし、情報操作をしていないと言えるわけもなく、さらには、隠蔽体質も変っていないとすれば、私たちは、どうやって原発を評価すればよいというのだろうか。

6 原子力利用と合意形成
高橋玲子

国の方針に対して、私たちが理解をしなければならない、協力しなければならない、という構図に基づいて論じられている。

これは、誤った「コミュニケーション」もしくは「合意形成」の仕方であると言わざるを得ない。

・市民全般との意思疎通
・政策決定への市民の関与

これらに対して、原子力関連施設の地域住民のみならず、国民全体に対しても、努力する、という前提をとっている。

「専門家から一般市民への一方向的な啓蒙の視点」(127ページ)を克服することが課題であることは明確になっているが、その解消案が、「対話のためのコミュニケーター」の導入というあまりにも稚拙な内容でがっかりする。

7 原子力発電所立地と地域振興
山本恭逸 

確かに私たちはこれまで、原発が大消費地から離れて建造され、ただでさえ見えにくい原子力が、より透明であるかのように、生活や産業を支えてきた。

その一方で、ひとたび事故が起こると、全面的に恐怖や不安が高まるというのも、原子力の特性上、不可避なことである。

それでも事故がなければ、私たちは、自分たちの「責任」を自覚しにくい、というのは、はっきりと是正されてしかるべきである。

しかし同時に、そうした迷惑施設を受け入れてきた地元側にとっての「利益」については、どう考えるのか、これもまた、困難な課題として残されている。

すなわち、少なくとも全国に散在する原発立地自治体は、さまざまなかたちで経済的には、原子力関連施設によって利益がある。

結果的に、地域の自立や繁栄に結びているようには見えない以上、きわめて歪んだ関係性がつくられ、今なお維持されている。

8 放射性廃棄物の処分
――社会的受容に向けての技術開発、制度設計のあり方
坂本修一

放射性廃棄物の処分にどのような合意形成が必要なのか課題が論じられる。

ここでも問題は、施設近隣住民だけではなく、電力享受する私たち全員がその「責任」を負うべきものであるのに、その「責任」が表面化しないことである。

そして、自分たちの責任で、その対応を決めるという流れにはならず、とても離れたところで暮らしている人たちに負担を与えてしまっている。

こうした「間接責任」について、もっと問うべきであって、どうやったら立地受け入れをしてもらえるかその環境づくりを考察している場合ではないのではないか。

***

(以下、概要のみ)

第3部 原子力安全対策

安全確保にかかわる施策について、法律学、特に、法解釈学から考察される。

9 原子力法規制の体系
田邉朋行

法規制体系の現状と課題について論じられる。

10 放射性防護政策
中川晴夫

放射性防護の法と政策が論じられる。

11 原子力損害賠償制度
広瀬研吉

賠償制度の経緯と現状が論じられる。

第4部 原子平和利用・核不拡散政策

法律学、特に国際法学、また、国際政治学から考察されている。

12 原子力平和利用・核不拡散政策
坪井裕

保障措置の施策体系の課題が論じられる。

13 核不拡散輸出管理
国吉浩

輸出管理の施策体系の課題が論じられる。

14 核物質防護
板倉周一郎

核物質防護の施策体系の課題が論じられる。

終章 原子力政策学の課題と展望
中込良廣 京都大名誉教授

***

「政策学」とは、すなわち、私たち市民の側に立つのではなく、政府や関連機関の側にたって、どう合意を形成するのか、どう説得するのか、そういったことを考えるためのもののようだ。

これはこれでおもしろいのだが、論考の質にけっこうばらつきがあって、読むにはかなりの苦労を要する。

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2014-07-17 22:00:00

気象台からとらえた放射能――死の灰のゆくえ(葛城幸雄)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
死の灰のゆくえ 放射能を追って30年
葛城幸雄
新草出版
1986年12月

ひとこと感想

気象台からみた放射能。核兵器の基本的な解説からはじまり、実際の放射性降下物の分析、チェルノブイリの影響に至るまで、数値に裏付けられた記述が清々しい。本書も、もっと読まれてもよい良書である。

葛城幸雄(KATSURAGi Yukio, 1924-  )は富山生まれの気象学研究家。1944年より中央気象台研究部化学課勤務、三宅泰男指揮のもと、1957年から1985年まで核実験による人工放射性物質の研究を担当していた。

***

本書は、核兵器の「実験」による影響の一つとして、大気中における放射線の動向に焦点があてられている。

・1981年以降、放射性物質の降下量は減少している(チェルノブイリ事故は1986年なので、それ以降、再びデータ情は降下量は増加したはずである)

・長寿命核種が最大の降下量となったのは1963年

原子炉事故以外の放射能汚染として、以下のものを挙げている。

1950年代後半~1960年代中頃 米国のコロラド州にある核燃料再処理施設で施設内の放射性廃棄物が漏れ出す

1964年4月 プルトニウム238の原子力電停を積んだ米国の軍事衛星(SNA-9A)の爆発事故

1966年 スペインのパロマレス村に、水爆4個を搭載したB4長距離爆撃機が墜落事故

1978年2月 ソ連の原子炉衛星コスモス954がカナダに落下

著者の考えは3点にまとめられる。

・原子力平和利用の結果生じる汚染は全地球規模に広がることはないが、局地的には深刻な汚染もありうるし、人体への影響も短期間では済まないかもしれない

・核兵器廃絶、非使用という願いは当然大事だが、かといって平和利用における放射能の環境汚染が、今後劇的に減少するとは思えない

・これまでの核実験の汚染状況の測定は、今後の原子力の平和利用に役立つ

目次
1 核兵器
2 核兵器実験
3 地球的規模の放射能観測
4 成層圏降下物
5 対流圏降下物
6 日本における放射性核種の降下量
補 原子力発電所事故による放射能汚染

***

国内では、1954年3月に米国が行ったビキニ環礁での水爆実験以降、放射性物質の観測が
大学や官庁などによって行われるようになった。

このうち、気象研究所では、以下の項目が、観測試料、測定核種であった。

観測試料
・月間降下物(降水、落下塵)
・地表大気
・海水
・河川水

放射性降下物は、雨滴とともに落ちる場合と、乾燥した状態のまま重力降下する場合(ドライアウト)がある。前者は、さらに、雨滴の凝結核として作用する場合(レインアウト)と、雨滴に捕捉されて降下する場合(ウォッシュアウト)とがある。

測定核種
・ストロンチウム89,90
・セシウム137
・プルトニウム238,239
・アメリシウム241
・トリチウム
・クリプトン85
(途中から

観測地点
・稚内 (微、降、月)
・旭川 (モ)
・札幌 (
微、大、降、月)
・釧路 (降、月)
・秋田
 (微、降、月)
・仙台 (大、降、月)
・輪島 (モ、微、降、月)
・筑波 (放、月)
・東京
 (微、大、降、月)
・米子 (微、降、月)
・大阪 (大、降、月)
・福岡 (大、降、月)
・室戸岬 (微、降)
・八丈島 (降)
・鹿児島 (微、降)
・那覇 (月)
・石垣島 (月)

*モ→モニタリングポスト、微→微気圧計測定、大→大気中浮遊塵、降→降水定時採取、月→月間降下物採取地点

いくつか、判明したこと

原子力関連施設からの放射性物質の排出量が、放射壊変による減少量以上であれば大気中のクリプトン85の濃度が増加し続けるため、原発で1ギガワットの発電を行うと、空気1立方メートルあたり0.1ピコキュリー増加する、という計算が成り立つ。

北半球全体に1メガキュリーのストロンチウム90が降下した場合、東京では1平方キロメートルあたり6.5ミリキュリーの降下物が予想される。

水爆実験が行われると、翌年にストロンチウム90の降下量が極大となる。その後は、たとえば、1961-62年の水爆実験の翌年以降は1年から1.4年の滞留時間で減少した。また、1967-71年の中国の最初の水爆実験の影響は減少せず横ばい状態となった。これは、中国の水爆実験が、東京あたりと緯度が近いロプノール湖近辺で行われたためと考えられる。

ストロンチウム90の降下量の地理的分布では、秋田がもっとも多く、大阪がもっとも少なく、その差は約3倍である。

1968年以後は、中国の水爆実験の影響が顕著になり、
1968年で、ストロンチウム90降下全体の60%、1970年で95%、1980年代ではほぼ100%となっている。

こうした葛城の記述から、国内において、米ソの核実験よりも中国の核実験の影響が大きい、という論調があるが、それは、こうした地理的条件によるものと考えられるであろう。

プルトニウムについても、経年変化としてはストロンチウムとほぼ類似した動きを見せている。

すなわち、1960年代前半を極大とし、以降、小さなジグザグを繰り返し次第に減少していっており、1984年頃には20年前の1/1000近くまで下がる(が、この後1986年以降再び上昇することになる)。

また、トリチウムも、水爆実験の翌年に極大となる。ただし、ストロンチウムほどの上昇は示さない。

それはトリチウムのなかには宇宙線起源のものも含まれており、かつ、期待として存在し滞留時間がな灰などの理由により、減少の仕方があいまいになっている。

***

本書の刊行は1986年12月であり、かつ、著者の葛城はすでに退職している。

にもかかわらず、本書には、「補章」としてチェルノブイリ事故について言及されている。

奇しくも、そういった「事故」が起こってほしくないと願って書かれた本書であるにもかかわらず、葛城はこの事態をも本書に加えた。

「この事故から約1週間後の五月のはじめから降水、空気中の放射性物質濃度が急激に増加し、ほぼ核実験がおこなわれた時のレベルに達している。」(238ページ)

ただし、核実験と原発事故では、大きく異なることがある。

大気圏核実験の場合、核爆発の直後にすべての放射性物質が大気中に放出されるが、原発事故の場合は、炉内にあった放射性物質の一部、特に気体(キセノン133ほか)やヨウ素131、ストロンチウム89、セシウム137あたりが放出される。

また、核実験の場合、放射性物質の減衰がきわめて速く、1000時間後には0.03%にまで低下する。しかし原発事故の場合、20%くらいしか減少しない。

さらに、放出高度が違っており、核実験の場合は、きのこ雲の高度は4キロメートル以上になる。しかし原発事故の場合、多くは局地的に降下するとともに、一部は広範囲に汚染を起こす。

チェルノブイリの影響は、国内においては、1か月少したったところで、数値はこれまでと同じくらいに戻る。

原発事故の特徴として、葛城は、直ちには深刻な被害は少なかったが、長期的にはどうか、と疑念を提出している。

また、今後の課題として、国内の原発の事故を懸念している。

葛城の思いは、きわめて現実的である。

第一に、核兵器は一日も早く廃絶されるべきであること、第二に、原発は、必要悪であり、急には撤廃できないが、総体としてみれば、一度事故が起こってしまった時の深刻度から、できるだけ増やさないようにすべきだ、と慎ましやかに述べている。


死の灰のゆくえ―放射能を追って30年/新草出版
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2014-07-16 20:30:00

ヒロシマ、ナガサキを無視して原子力を語ることの罪――原子力重大事件&エピソード(飯高季雄)を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
次世代に伝えたい原子力重大事件&エピソード
飯高季雄
日刊工業新聞社
2010年3月

ひとこと感想

タイトルであるが、「重大事件」といっても「事故」のことばかりではなく、技術開発史のようなものである。読みやすく、確かに親しみやすいのは良い。だが、
もともとは何かの媒体への連載記事なのか、繰り返しが多く冗長。また、もっとも問題なのは「ヒロシマ」「ナガサキ」のことを「重大事件」としてとりあげていないこと。

ちなみに同じ著者で、下記の本は、かなり酷かった
原子力の社会学(飯高季雄)、を読む、いや、読むに堪えず途中で断念する
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11689987443.html


***

本書でとりあげられている「エピソード」は以下のとおり、とまとめようと思ったのだが、「事件」と「人物」の焦点の当て方が混在しているので、うまくゆかない。わかりにくいが、人物が明確ではない場合もあるので、大半はそのまま目次見出しを記した。

序章 原子力時代の幕開け――預言者レオ・シラード

・レオ・シラード 
・オットー・ハーン 
・アインシュタイン 

1 科学の壁を切り開いた人たち

・原子炉 (エンリコ・フェrミ) 
・原爆 (レズリー・グローブズ) 
・PWR (ハイマン・リコーバー)
・BWR (GE)
・原発建設ラッシュ (オイスター・クリーク原発)
・原子力砕氷船レーニン号

2 各国で動き出す原子力平和利用

・フランス――栄光のキュリー家に牽引されて 
・カナダ――資源国で開花した自主開発炉
・イギリス――頑ななまでの保守路線
・アメリカ――世界のリードオフマン
・ロシア――クルチャトフに行き着く原子力開発
・スウェーデン――未来の実験室の原子力開発

3 最初の日本人たち

・陸・海軍で開発がスタート――安田武雄、仁科芳雄 
・国民的な議論の広がりの中で――リードする「学者の国会」
・政財界、原子力推進へ具体策着々――大同団結と初の原子力予算
・導入炉めぐり侃々諤々――メディア王の執念 (正力松太郎)
・湯わかし型原子炉――初の原子の火 (溝端康郎)
・国か、民間か――英国炉の事業主体めぐり論争
・CANDU論争――原子力委VS通産省
・台頭する安全論争――専門家と市民の垣根を越えて
・二つの村――東海村と六ケ所村

4 原子力報道を考える

・科学報道の萌芽――未知の領域から科学の領域へ
・科学報道を定着させた原子力――全国紙など科学部設置へ動く

5 内外の原子力事故から学ぶ

・原子力船「むつ」 (1974年)
・スリーマイル島原発事 (1979年)
・チェルノブイリ事故 (1986年)
・JCO臨界事故 (199年)

6 暮らしと直結する放射線利用

・放射線と人間――レントゲンの発見から115年 
・食品照射――世界から飢餓をなくすことができるか
・放射線による害虫駆除――ニップリングが生み出した撲滅作戦

***

大まかな原子力技術開発「物語」としては、それなりにおもしろかった。

なにしろ、「アトミュケーション」という得体のしれない造語を持ち出した飯高の「
原子力の社会学」があまりにもひどすぎた。

それと比べれば本書は、十分、読むことができた。

特に、国内よりも各国における原子力開発史は、特に要点が明確で学ぶことができた。

1930年代前後に研究者がナチスから逃れたり、国土が戦場と化したりするなど、各国の事情の違いから原子力開発にもそれぞれが独自に展開していった経緯が興味深かった。

もっとも有名なのは、レオ・シラードやエンリコ・フェルミのように、米国に亡命しマンハッタン計画を支え、さらに戦後も二つの軽水炉(BWRとPWR)の開発を牽引したことであるが、もう一つ大事な事柄がある。

それは、もともとフランスに端を発する。

▼フランス

マリーとピエール、キュリー夫妻に次いで娘のイレーヌと夫のジョリオがフランスにおける原子力研究の中心人物であったことはよく知られているが、ドイツがフランスに攻め入ってくるなかで、研究を継続しようと、共同研究者であったハンス・フォン・ハルバンとレフ・コワルスキー、そして重水を英国に移すことになり、それが、その後の仏英の原子力開発に大きく永久オを及ぼしたことは、あまりよく知られていない。

更にその後英国も安全ではなくなり、ハルバンとコワルスキーはカナダへと移り、やはりカナダの原子力開発の基礎をなしてゆく。

戦後フランスは、国内でウラン鉱が発見され、また、経済的な理由で重水ではなく黒鉛が選ばれ、冷却材にガスを使い、ガス冷却炉を独自に展開してゆく。

ところがトラブルが続出し、一方で軽水炉が経済的にも運転実績でも優秀さを発揮しはじめ、方向転換して、PWR導入に踏み切り、現在に至っている。

▼カナダ

また、カナダもまた、CANDUという独自炉の炉を展開しているが、この発端は、戦術の二人、ハルバンとコワルスキーである。

カナダでもやはりウラン鉱が見つかり、減速材と冷却材に重水を選んだ原子炉を開発した。

その特徴は、運転中でも燃料が交換できるという点である。ただし、重水の取り扱いと併せて燃料交換には高い技術力が求められ、決して安全とはいえない。

▼英国

他方英国ではウランが採掘できなかったため、輸入を行うことになる。また、原爆製造にも使えるプルトニウムが生産できる、黒鉛を減速材としガスを冷却材としたコールダーホール型炉(マグノックス炉とも)を選び、この炉でできたプルトニウムを使って核実験を行う。

▼米国

なお、米国の強みは、もちろん、原爆開発を先に終えていたことである。その中でも特に、ウラン濃縮技術が確立していたことが、のちの「平和利用」に大いに役立つ。

逆にいえば、マンハッタン計画における最高機密の一つが、この、ウラン濃縮技術だったのである。

また、BWRなどで当たり前に用いられている「沸騰」であるが、これも当初は未知の領域で、危険性があるため開発に躊躇があった。

ところが、アルゴンヌ国立研究所では、過酷実験を敢行した結果、かなりの安全性が確認され、実用に一気に向かった。

その結果、米国では、GEが進めるこうしたBWRと、原潜のための原子炉としてWHが進めるPWRという、二つの軽水炉が併用されることとなった。

▼ロシア

ロシアは、こうした「西側諸国」とは異なる経緯をもつ。

イゴール・クルチャトフを中心とした開発チームは、1946年に核連鎖反応の実験を成功させ、1948年には黒鉛炉を稼働させている。

といってもこの炉はプルトニウムをとりだすためであり、1949年には中央アジアの砂漠で核実験を行っている。

発電のための原子炉は、1954年6月にオブニンスクで完成した。燃料は天然ウラン、減速材に黒鉛、冷却材に軽水で、「RBMK」炉と呼ばれる。

1986年、この型の原子炉が事故を起こす。チェルノブイリである。

▼スウェーデン

天然ウラン、重水を使った原子炉を選択したのは、他国との差異がまったくないが、スウェーデンの場合、地域暖房を兼ねたことだ。

二次系の水が沸騰しタービンを回し電気を発生させるわけだが、このあとこの蒸気を暖房用にしたのである。

これは「オーガスタ」と呼ばれ、小型炉で、しかも、都市近隣にたてられたが、1963年に稼働したものの1973年には閉鎖された。

スウェーデンは米国による濃縮ウランの提供を受け、軽水炉に切り替えるのである。

また、そのあとTMI事故後には、国民投票によって原発を閉鎖する方向をとる。

***

こうして、他国の原子炉開発史を個別にみてゆくと、どこにもそれぞれの事情があり、その文脈のなかで手法や方向性が次第に決まってゆき、失敗する場合もあれば、成功する場合もあるということが分かる。

傍観者的にいえば、日本の原子炉は、第一に、当初想定していた良質なウラン鉱が国内に見つからなかったこと、第二に、独自に開発していた「ふげん」など、ことごとく失敗したこと、がその後大きく響いていった。

そしてもちろん、ヒロシマ、ナガサキ、第五福竜丸事故をはじめとした放射線による潜在的な恐怖感は、半世紀がたっても払拭されることがないということも明らかになった。

***

しかし、本書の構成に対する、大きな疑問がある。

「原子力」の重大事件やエピソードのなかで、原爆開発についてはふれられているが、その結果としての、ヒロシマ、ナガサキ、第五福竜丸事故をはじめとした原水爆実験の影響などへの言及が一切なく、とてもバランスが悪い。

第五福竜丸事故に至っては、読売新聞のスクープ記事の話題という、とても歪んだ内容になっている。

良くも悪くも、原爆と原発がこの100年ほどの歴史に大きな影響を与えてきたわけであり、その両輪があってはじめて「原子力」について語る資格があるのではないだろうか。

また、もう一点。

本書の最大の謎は、刊行が2010年であるにもかかわらず、扱っている内容が1999年JCO臨界事故までということである。

柏崎刈羽原発を襲った地震は、幸いなことに深刻な事故とならなかったが、想定以上の地震に対してどれだけのダメージがあったのか、または、なかったのかを説明する必要があるが、これについてもふれられていない。

こうした論点を「無視」している時点で、本書は、そのタイトル「原子力重大事件&エピソード」において、失格である。

本書の巻末の著者肩書である「ジャーナリスト」が、きっと、泣いている。

次世代に伝えたい原子力重大事件&エピソード―これを知らなきゃ原子力は語れない/日刊工業新聞社
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2014-07-15 21:24:00

原発をめぐる対話はなぜ成功しないのか――「対話の場をデザインする」(八木絵香)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
対話の場をデザインする――科学技術と社会のあいだをつなぐということ
八木絵香
大阪大学出版会
2009年8月

ひとこと感想
これまで無数の原発「対話集会」のようなものが開かれてきたと思うが、本書が提起しているのは、一味違う。本当の意味での対話である。特に、専門家が聴衆から学ぶ努力、「聴く力」を磨くべきだ、という指摘は、原発以外の、どのような場においてもあてはまる。おもしろかった。

***

本書は、「原発」や「原子力」「放射能」といった「核」を中心主題としているものではない。

「対話」である。

賛成派と反対派がはっきりと分かれているなかで、両者が本当の意味で対話ができる機会をもつということは、きわめて困難である。

あれこれ「核」関連の本を読んできたが、そういう思いから逃れることはできない。

だが、本書の著者たちは、こうした固定観念を打ち払い、真の意味での対話を可能とする場を切り拓いている。

本書は、そうした「対話」の場がどのような形で成立してきたのか、そのプロセスを伝えているのだが、同時に、その「対話」の主題である「原発」に対して、どういったアプローチをしてきたのか、対話によって、どういったことが語られたのかにふれており、非常に考えさせられた。

***

八木絵香(YAGI Ekou, 1972-   )は、現在、大阪コミュニケ―ションデザイン・センター特任講師。早稲田大学大学院人間科学研究科修了(人間工学、ヒューマン・ファクター)。民間シンクタンクで災害心理学の研究、社会人入学として、東北大学大学院工学研究科博士課程後期修了(工学博士)。

大学院時より、原子力問題について市民と専門家が対話する機会を女川町と六ケ所村にて「対話フォーラム」として企画、運営し、現在に至る。つまり、八木の立場は、フォーラムにおいては、ファシリテーターである。実際に市民と対話する専門家は、北村正晴。

北村正晴(KITAMURA Masaharu, 1942-  )は、現在、東北大学名誉教授。東北大学大学院工学研究科博士課程修了(専攻は原子核、工学博士)。その後の研究テーマは、安全学、リスク評価・管理学など。

「対話フォーラム」は2か所で開催された。女川町では、2002年9月5日に第1回、その後、2008年12月まで、16回開催。六ヶ所村では、2002年11月に第1回、その後、2008年11月まで、19回開催。

また、2007年10月、2008年8月、に東北大学川内北キャンパスでオープンフォーラム。推進派として朽山修、反対派として小出裕章。

***

「対話」とは、何よりも、「哲学」である。

「哲学」とは、「対話」である。

これは、ソクラテスが「対話」こそ「哲学」だとして実践したことからはじまる。

「哲学」はいつのまにか一人の哲学者が内省するような「思索」に転じてしまったが、本質的に「対話」である。

その苦肉の策として、ヘーゲルは「対話」を「方法」化した。つまり、個人の「思索」であっても「対話」が可能であると考え、それを「弁証法」と呼んだ。

要するに、自分のなかに、推進派と反対派をたてて、それぞれの意見を吟味し、そのうえで、両者の「和解」点を探ろうとするものである。

このヘーゲルの弁証法を学んだマルクスは、この「対話」が、「観念」において行われる以前にく、「物質」の次元においてなされていなければならないと考え、唯物論的「弁証法」を展開した。

現代の哲学者でもハバーマスのように「討議」や「対話」を重視している人がいる。

そう、哲学はいつでも「対話」を大事にしてきた…のだろうか。

それは、さておき。

ここでのテーマは「原発」と「対話」である。

***

原発をめぐる対話、ここでは専門家と市民との「対話」である。

八木は、原子力専門家たちが、市民に「対話」が十分にできていない、という点を本書ではくりかえしている。

専門家たちは、市民が原発のことをきちんと理解していないから、不安や反対の感情をもつ、と考えているのだが、それが間違いで、むしろ、専門家たちは、市民の感じていることを正確に把握していないのが問題であると考えた。

一言でまとめるなら、専門家たちは、技術的要因ばかりを説明して、社会的要因、さらには、コミュニケーション要因を理解しゆおうとしていない、ということである。

***

原子力に対する市民の受け止め方、これは確かに、「核」の言説・表象史とはまた異なる重要な論点である。

すなわちこれは、原子力への心性史ともいえる試みである。

まず、1950-60年代であるが、一部で激しい対立もあったが、全国的には総じて原子力が導入されようとする現地の市民は原子力に肯定的だった。

それは1970年代の最初までは一緒で、万博をはじめ、常に「原発」は明るい未来を約束するものだった。

つまり、こうした時代においては、原発のリスクなどを理解するという機会をもつ必然性もないのである。

ところが、1970年代に入り、欧米の反原発運動、原子力船むつの放射「能」漏れ事故(1974年)、TMI事故(1979年)などの影響で批判的な声が現れはじめる。

ただし、立地地域における運動であったため、国民的な意識にまでは至らなかった。

それでも、1970年代以降、「立地計画が発表され、現在までに新規に原子力発電所が運転されたのは二箇所のみ」(23ページ)であった。

すなわち、1970年代とは、大きな転換の時期で、少なくとも、推進したい専門家が反対する地域住民を説得する、という構図が生まれた。

また、反対派にしても、言いたいことだけを言うことに主眼が置かれ、「対話」と呼べるものとはならなかった。

「国民」的な意識として、原発に対する不安が高まったのは、1986年のチェルノブイリ事故がもっとも大きいであろう。

推進側はより広範囲に原発に関する情報発信や理解を求める必要を感じはじめるが、ここでは対話」ではなく、いわゆる「原子力広報」が追求されたといえる。

1990年代は、もんじゅの事故(1995年)、JCO臨界事故(1999年)を通じて、むしろ、地域住民の不安が高まってゆく。

本書の「対話」プロジェクトは、こうした経緯をふまえて、あらためて、「対話」の可能性を探り、2002年より実施された。

その間に、2007年には大きな地震により柏崎刈羽原発にトラブルが発生している。

(なお、3.11は、本書の刊行後であり、本書では扱われていない)

***

このようなプロセスを経て、現在のように、「推進」と「反対」とがはっきりと分かれ、それぞれに言い分をもちつつも、相互の意見交換や建設的な対話などが、本書を除いて行われてきた形跡がない。

それは、両者の現状認識が根本から異なるからだ、と八木は指摘する。

反対
「十分な安全性が確認されないままに発電所が建設され続け、運転が継続している」(31ページ)

推進
「十分な議論が尽くされる前に住民投票が実施され、その結果として計画がとん挫している」(同)

ただし、この両者にとって「納得のいく解を導き出すことはほぼ不可能」(33ページ)と八木は考えている。

それでもお、「対話」は必要なのである。

前述したように、八木は、こうした「対話」を困難にさせている理由を、専門家側の努力不足と考えている。

しかも専門家は、市民側が原子力のことをよく知らないのに情緒的に反対している、という思い込みがある。

裏返せば、「話せばわかる」という思いが先行しているのである。

そうすると、いくら「対話」の場を設けても、専門家が市民を「説得」する機会にしかならない。

常にパブリック・アクセプタンス優先となってしまう。

こうした関係性を変えること、それがこの「対話フォーラム」の出発点にある。

「原子力専門家が立地地域住民に信頼されるためには、専門家側が設定した話題について議論するのではなく、地域住民が聴きたい内容に応じて議論することが必須である。」(45ページ)

当たり前といえばそれまでだが、これが「対話」の大前提である。

また、逆に、「対話」といえども、潤滑に進めるために、第三者の介在、すなわちファシリテーターをつけることで、「対話」性がかえって担保されるという手法が用いられている。

これは、「コンセンサス会議」というやり方を応用しているようだ。

そこで八木は、自らをファシリテーターとして位置づけて、「対話」の機会を設けるのだった。

また、彼女の大学院の指導教官が北村で、彼が「専門家」として「対話」にかかわる。

興味深いのは、「市民」の側の選択である。一般公募ではなく、こちらから人選しているのである。

「原子力について強い主張を発信していないが、地域の問題について積極的に関与しているグループ」(53ページ)を中心にするというのは、これまでの「対話集会」への参加者とはまったく異なる人びとであろう。

ともあれ実際に「対話」が開始されてゆくなかで、もっとも重要なのは、専門家の側の対応の仕方である。

専門家は、もちろん、一定程度以上の知識や経験を持ち合わせていなければ、「専門家」ではない。

だが、だからとって、常に「正しい」ことを一方的に伝えることが、彼らの役割ではない。

市民の側からの意見や感情をていねいにくみとり、専門家が見落としてきた可能性のあるものを再検証してゆくこと、これが問われているのである。

***

なお、最後に、本書のなかで、あえて指摘しておきたいことがある。

それは、津波の影響に関する部分である。
集会の時間ではなく、懇親会において八木を試すかのように質問が投げかけられたという。

「宮城県沖地震の際に原子力発電所への津波の影響があるかどうかという指摘を、複数の参加者が口にしていた。その際の指摘は、おもに建物の構造に関するものに偏っていた。」(94ページ)

これは女川町の人たちが、常に「津波」のことを不安視していたことを表している。

八木は次のように回答したという。

「直接的な建物被害は考えにくいと思いますが、津波に伴う引き潮で取水口から冷却水が取り入れられなくなる危険性のほうが、危険性という意味では大きいのではないですか。」(94ページ)

もしも巨大な津波に襲われたのなら、非常用ディーゼル発電機が
地下にあるため水没し故障するかもしれない、そうした「現場の専門家」も、こうした「対話」に参加してほしいものである。


対話の場をデザインする 科学技術と社会のあいだをつなぐということ (大阪大学新世紀レクチャー)/大阪大学出版会
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2014-07-14 22:04:00

劣化ウラン弾を画像検索しないこと――内部被曝の脅威(肥田舜太郎+鎌仲ひとみ)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
内部被曝の脅威――原爆から劣化ウラン弾まで
肥田舜太郎+鎌仲ひとみ
ちくま新書
2005年6月

ひとこと感想
絶妙な共著。自ら広島で被爆し長年にわたって被曝問題を訴え続けている肥田医師と、イラクなど、世界の「ヒバクシャ」を映像でとらえる鎌仲監督。確かに「啓蒙」としては、良い企画だと思うのだが、全体的にもう一歩踏み込めず、確証をもちにくい内容となっているのが残念である。

***

「劣化ウラン弾」をめぐる「言説」(もしくは「表現」「表象」)を探ろうとしてインターネットで検索する場合、不可避的に、心の準備なしには見ることのできないものを見てしまう。

もっと、はっきりと言えば、Googleなどで
「劣化ウラン弾」で画像検索すると、目を背けたくなってしまう「乳幼児」の画像が次々と現れる。

英語「Depleted uranium ammunition」での検索は、9割以上が普通に弾丸が現れ、それほど多くは「乳幼児」が現れてこない。)

当ブロクではこれまで「原子力」「核」「原爆」「原発」「放射線」「放射能」といった「語彙」をキーワードにして、20世紀から現在に至る「世界」のありようを、「言説」(言い換えれば「表現」「表象」)の次元からあらためてとらえなおそうとしてきた。

この場合、「水爆」は「原爆」と同じようにその範疇に含まれるし、「自然放射線」は「人工放射線」と同じようにその範疇に含まれる。また、「ラドン」温泉や、夜光塗料に使われた「ラジウム」なども、「ウラン」や「プルトニウム」と同様に、私たちがどのようにかかわってきたのかを、言説からとらえようとしてきた。

こうした主題群には、常にさまざまな関連した内容がある。

たとえば、「原爆」であれば「戦争」が、「原発」であれば「エネルギー安全保障」が、不可避的に、かかわってくる。

前置きが長くなってしまったが、「劣化ウラン弾」とは、一体何であろうか。

もう少し正確に言えば、なぜ「劣化ウラン弾」は、その、武器それ自体よりも、それと関連していると思われる「乳幼児」の画像と関係づけられているのであろうか。

これは、あたりまえなのか?

本書を読んだ機会に、ここで問いたい。

***

まず、「劣化ウラン弾」というものについて、簡単に、その意味合いをおさらいしたい。

「劣化ウラン弾」は、「弾」というから、「たま」であり、「爆弾」とは異なり、「弾丸」である。

「弾丸」といっても「銃」で用いられるのではないので、「砲弾」と言った方がよいのかもしれない。

つまり、戦車や船などから発砲されるもの、それが、劣化ウラン弾である。

そして「劣化ウラン」であるが、
弾丸の成分の意味として以上に、この「劣化」というのが、すでにある種の意味あいを含ませてしまっている。

なぜ「劣化」と言うのかというと、
ウラン235の含有率が「低い」からである。

決して「毒性が高い」という意味ではない。

あえて「劣化」という語を使っているのだとすれば、それは、原爆や原発には使えない、という意味合いにおいてであろう。

本当は、「
減損ウラン」と言った方が、変な誤解がなくて済むように思われる(もちろんわかりにくいが)。

しかもこの「劣化ウラン」は、原子炉による核分裂のあとの廃棄物を転用したものであることから、「劣化」という意味あいが、また、別な角度からも含みをもたせることにもなっている。

ただでさえ「核廃棄物」は嫌われ者である。

どのように後始末するのか、この国においてはまだ決まってさえいない。

原子炉をもっている国(すなわち米国やNATO軍)が武器として劣化ウラン弾を使用する、ということは、自分たちが後始末をしっかりとつけなければならないはずの「劣化ウラン」を他国への戦闘に用い、他国に「廃棄」している、ということにほかならない。

これほど卑劣な武器もない。

しかも放射線量はたとえ「わずか」であるとしても、私たちはこれを「高レベル放射性廃棄物」と呼んでいるのであるから、どう考えてみても、悪質である。

すなわち、この武器は、「乳幼児」への影響という「結果」がたとえ伴わないとしても、十分非難するに足るものである。

***

このように、まず「劣化ウラン弾」という「もの」自体が、さまざまな誤解を招きやすい。

ところで、この劣化ウラン弾は、どのように、いつ、誰が、使ったのか。

これは、かなりクリアである。

最初に使用されたと言われているのは、湾岸戦争(1991年)である。

米軍は、劣化ウラン弾を、イラク戦車に撃ちこんだ。

その後、米軍以外には、NATO(PKF多国籍軍)も、ボスニアやコソボの紛争時に使用した。

だが、ここから先、その「影響」というところで、大いに悩む。

本書をはじめとして、「劣化ウラン弾」による「被曝」被害がとりあげられていることがある。

もしも、劣化ウランを原因として、その結果が、ネット検索の結果表示されるそのものであれば、それは、あまりにもむごい。

だが、ここには、いくつかの点で、はっきりしたことを言うことが困難であるように思われる。

まず、被害が私たちの目に直接ふれる機会がきわめて少ないこと。

そして、そもそも、内部被曝の影響が、科学的に、まだはっきりとしていないこと。

さらに、すでに「劣化ウラン弾問題」は、科学的実証の次元ではなく、きわめて政治的、イデオロギー的論争となってしまっていること。

いろいろな次元があり、非常に「問い」そのものが困難になっていると言える。

そのなかで、本書は、どれだけ、その困難さを打ち破り、「真実」に接近しようとしているのか。

そうしたことが「劣化ウラン弾」をとりあげるときには、不可避的に問われてしまう。

私としては、「内部被曝」への脅威として、劣化ウラン弾を問うことは、とても課題が多いと感じる。

***

あともう一点、「兵器」としての位置づけである。

原爆はその後原水爆となり、破壊力の次元はヒロシマ、ナガサキのときよりもはるかに強大となったことが知られているが、私たちは、直接的被害としては、
ヒロシマ、ナガサキ以外に知ることはできない。

その間接的な被害としては、その後の「核実験」の影響、とりわけ、第五福竜丸事件に象徴される影響があったことを理解できる。

また、他方では「化学兵器」が戦後、しばしば用いられていると言われている(この件は私にはまったく理解できていないので、類推でしか語れない)。

「劣化ウラン弾」の影響、というとき、それはもちろん、原水爆や化学兵器の影響と、全く異なるものとして、はっきりと明示される必要があるが、私には、この両者のあいだにあって、きわめてあいまいに理解されているように見えて仕方がない。

第一に、内部被曝を起こす可能性は、原水爆の被害を強調する言説と密接に連なっており、その両者の影響は、しばしば同一視されているように思える。

しかし、原水爆が、何よりも、放射線だけではなく、強烈な破壊力(風、熱)をもち、かつ、晩発性の影響もあるとすれば、劣化ウラン弾は、後者に限定される。

だが、残念ながら私たちは、低線量被曝と晩発性による被曝の影響については、万人に有無を言わせない「結論」と「実証」を持っていない。

それゆえ、この「劣化ウラン弾」の議論は、現在私たちが抱えている「3.11」以後の「鼻血」問題と同じ次元で、暗礁に乗り上げてしまうのだ。

いかに、被害が生じているか、を訴えても、因果関係がはっきりしないという理由により、それから先に進むことが、できないのである。

また、第二に「戦場」における他の兵器を含めた影響のなかで、はたして、どの部分が「劣化ウラン弾」の影響だ、と言えるのか、という問題である。

「戦争」に批判的であること、「戦争」によって犠牲になる「命」や「生命」に抗議すること、このことに文句をつけているのではない。

だが、そのなかで、はたして「劣化ウラン弾」がはたした「役割」を特定できるのかどうか、きわめて疑わしい。

つまり、あまりにもこれは、論争困難な「主題」なのである。

この困難さに直接、それでも立ち向かうのか、それとも、別の突破口を見つけ出し、そこから、この「主題」を包含させて問いつめるのか、手法は、必ずしも、一つとは限らないように、私には思われる。

こういうとき、物の言い方が、非常に遠まわしになって、恐縮だが、やはり、物事には、「戦略」というものが必要だ。

「劣化ウラン弾」は、今、内部被曝の問題を突き詰める方向ではなく、むしろ、もっと曖昧にさせる方向で、議論されている。

ここで描かれている優先的な事柄は、以下のものである。

・戦争反対
・一般市民の犠牲反対
・何の罪もない乳幼児への被害反対

私も、上記の「反対」に同意する。しかし、この「思い」と、「劣化ウラン弾」の影響もしくは因果関係がはっきりと言えるかどうか、というのとは、別問題である。

***

確かに、本書の二人の著者の「強み」は、結局は「直接経験」ということになる。

肥田は、自らがヒロシマで被爆したこと。鎌仲は、現地イラクに行って直接乳幼児を見たこと。

だが、待ってほしい。

そうした「直接体験」は、あくまでも、「体験」である。

酷な言い方であるが、「ヒバクシャ」であるからといって「正しい」ことを言っているということはありえないし、現地に行ったからといって、そこで「真実」がつかめる、ということができない。

とりわけ、「被曝」もしくは「内部被曝」「低線量被曝」とは、「直接体験」では「把握」が困難なものである。

それゆえ、「直接経験」は「語り」として語り継がれるべきであるが、そうした次元と科学的=政治的議論とは、切り離して考えねばならない。

肥田は確かに、医師としての実績がある。

だが、彼が患者たちの症状について、どこまで医学的にアプローチしているのかは、かなりあいまいである。

これは同じく、医者であった、永井隆や秋月辰一郎もそうであるが、確かに「医者」として患者や実態をとらえようとしてはいる。

にもかかわらず、現在の被曝に対する医学的研究の水準を考えると、きわめてあいまいな「言説」を生み出しているようにみえる。

なんというのか、強調すべき点が、ずれているのではないだろうか。

いや、本書は、全体的に「内部被曝」というものを考えるうえで、そして、そこから実際にどういった問題が生じているのかを知るうえで、すぐれた入門書であることは疑いない。

ただ、その結びつけには、しっかりとした配慮がほしいのである。

それが「専門家」として、もっとも重要なところである、と私は考えるのだ。


内部被曝の脅威 ちくま新書(541)/筑摩書房
¥778
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2014-07-13 22:58:00

「影のジプシー」→「原発ジプシー」→「闇の中で」(加藤登紀子)を聴く

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
ひとこと感想
常に社会問題と対峙し、かつ、しっかりとした歌を紡ぎだし続けてきた。そのなかにある「核」関連ソングを抽出しておく。


加藤登紀子(KATO Tokiko, 1943- )は、ハルビンで生まれ、京都で育った歌手。東京大学文学部西洋史学科卒。

***


聴いた曲 その1
影のジプシー
加藤登紀子 詞・曲・歌
深町純 編曲
1982年6月
アルバム「Rising」1曲目
ポリドール

改題
原発ジプシー
アルバム「TOKIKO CRY ~美しい昔~ さよなら私の愛した20世紀たち Vol.2」 1997年11月
ソニー
(プロデューサーとの打ち合わせでタイトルを変更される。が、1ヶ月後に発売禁止となる。そこでさらに改題され「闇の中で」となる)

タイトルは堀口邦夫のルポ本から来ている(1979年発行)。

原発ジプシー 増補改訂版 ―被曝下請け労働者の記録/現代書館
¥2,160
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ネット上ではこのタイトルの「ジプシー」が差別用語だと書いている場合があるが、それは事実誤認ではないだろうか。

たとえば、中森明菜の楽曲「ジプシー・クイーン」は1986年5月に発売されている。

ジプシー・クイーン/WM Japan
¥価格不明
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ちなみに中森明菜は、1987年9月に加藤登紀子の作詞作曲の「難破船」を発売しており、あながち、加藤と中森は無縁ではない。

難破船/ダブリューイーエー・ジャパン
¥1,258
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それはさておき、この曲はメロディーがジプシー調となってお り、各地の原発をまわる下請け労働者たちのことを歌う哀切さが見事に表現されている。

ただ「原発」を「悪魔の贈り物」と訴えるのは、あまりにも直截すぎるのではなかろうか。

とはいえ、個人的には、この曲のメロディーとアレンジは、かなり味わいがあると思う。

***

聴いた曲 その2

チェルノブイリ
加藤登紀子 詞・曲・歌

(1997年11月「TOKIKO CRY ~美しい昔~ さよなら私の愛した20世紀たち Vol.2」に収録される)

「チェルノブイリ 」は静かな曲であるが、放射能汚染によって故郷に戻ることができなくなった人たちの思いを切々と歌っている。


TOKIKO CRY 美しい昔/ソニー・ミュージックレコーズ
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聴きたかった曲 
Hiroshima
加藤登紀子 詞・曲・歌
(1997年11月「TOKIKO CRY ~美しい昔~ さよなら私の愛した20世紀たち Vol.2」に収録される)

広島平和音楽祭で歌われた。

その際のタイトルは「Never Forget Hiroshima」だった。

「世界中のヒロシマ」「泣き叫ぶヒロシマ」「繰り返されるヒロシマ」すなわち、「ヒロシマ」とが、世界中で起こっていることであり、すでに繰り返されていることである。

TOKIKO CRY 美しい昔/ソニー・ミュージックレコーズ
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番外編
広島 愛の歌
中沢啓治 作詞

山本加津彦 作曲
島健 編曲
加藤登紀子 歌
2014年6月

中沢啓治の遺した詩をもとにした楽曲を加藤が歌う。

広島の風土や人への愛情がこもった言葉が並んでいるが、ヒロシマの「怒り」「悲しみ」そして「優しさ」を世界に伝えたい、という願いをこめている。

カップリングとして「広島 愛の川--語りバージョン」も収録されており、最初の原爆実験から広島への原爆投下までが語られる。


広島 愛の川/Universal Music LLC
¥価格不明
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番外編 その2

時を超えて

アルバム未収録曲。

チェルノブイリ原発事故で被曝した少女に贈った曲。
テレビ番組で歌われたという。

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