エコ・ブログトップへ エコ・ブログ

The Orchestrion Project [ digital booklet]

新品価格
¥2,100から
(2013/3/19 16:56時点)

ユニティ・バンド

新品価格
¥2,125から
(2013/3/19 16:58時点)

核の言説史 公開中 
私たちは、原爆と原発という二つの巨大な存在を前にして戦後がはじまり、今に至る世界を生きている。哲学、物理学、評論はもとより、文学、芸術、映画、コミック、楽曲、芝居など、さまざまな表現において「核」の歴史は刻まれている。この厚みを解き明かすことによって、これから私たちが「核」とどうかかわって生きてゆくのかを探るべく、言説史をまとめている。

 前史

1945~1949年  1950~1954年  1955~1959年  1960~1964年  1965~1969年  1970~1974年  1975~1979年  1980~1984年  1985~1989年  1990~1994年  1995~1999年  2000~2004年   
2005~2009年  2010~2011年02月    

2011年3月~7月  2011年8月~12月  2012年1月~2月

【新訂版】
1945年  1946年  


核の言説データベース~原爆と原発と


はてなブログにて、1記事1文献でデータベースを作成中。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2014-10-30 22:48:00

原発事故と農の復興(小出裕章、菅野正寿他)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
原発事故と農の復興 避難すれば、それですむのか?!
小出裕章、明峯哲夫、中島紀一、菅野正寿
有機農業技術会議 編
コモンズ
2013年3月

(本書は、2013年1月に立教大学で行われた公開討論会「原発事故・放射能汚染と農業・農村の復興の道」をベースにしたものである)

ひとこと感想
北海道で生まれ育ち、親が自営業とサラリーマン、土地やコミュニティと切り離されたところから生きてきた私にとって、農業を生業にして生きている人は、尊敬の対象である。それゆえ、簡単に共感を抱けるほど「近しい」ものではない。「生活」の根本が違うのだ。こうした人たちからみれば、原発事故のあと、避難するかしないか、という二者択一の「思考」は根本から間違っていることになる。多少の危険、多少の不安があっても、その土地で暮らし続け、農業を営み続ける、そういう人たちのことを、私たちは、しっかりとは理解できていなかった。

***

はじめに(中島紀一:有機農業技術会議事務局長)

「原発被災地に地域再興」に関する大枠をしっかりとつくりあげたい、という思いからこの討論会は企画された。

農業や農村の問題を内部にみならず、反原発・脱原発の立場をふまえて議論したい、という趣旨である。

4人の意見は、多くの点では一致点をみたが、大きな対立点も出された。

小出は、汚染状況をふまえれば、もっと広範囲での避難や退去が必要であるため、避難の現実を考えれば農業などの第一次産業の復興と避難との両立は極めて困難である、と主張している。

それに対して農業・農村側は、「その地にとどまること」が農業・農家の大前提であり、実際に3.11以後2年間にその可能性は見えてきている、と主張している。

・・・こうした文脈で真剣に考えたいのは、「土地とともに生きる」ということ、である。

***

放射線管理区域を超える汚染地域で農業をどう守るか(小出裕章)

広島、長崎に落とされた原爆との対比で、フクシマの放射能の多さを考えると、フクシマは、「猛烈な汚染地帯が広範囲に広がってしまった」(9ページ)。

その根拠は、「放射線管理区域」である。

ここでは、1平方メートルあたり4万ベクレルを超えると、「汚染」とみなされる。

他方、フクシマは「広い範囲が」「6万ベクレルを超えて汚れてしまっている」(10ページ)。

それゆえに、本来であれば、そうした場所から人を引き離さなければならない。

でも国家は、そうしなかった。なぜか?

理由が説明されるかと思いきや小出はそうせず、、ただ「もう人びとを追い出す力はない」ために「人びとにそこに住み続けさせるしかないという判断をした」(10ページ)と述べたままである。

小出はこうした場所に人が住んでほしくないと考えているのである。

そして、国家が責任をもってコミュニティごと違うところに移動させるのが、望ましい、という「願い」をもっている。

***

福島の現状と農民の思い(菅野正寿)

菅野は二本松市(1Fから48キロ離れている)で農業を行っている。

いくつかの問題点を挙げている。

1)原発事故被災者支援法が制定・施行されているにもかかわらず、いまなお「支援」が実行できていない

2)大手ゼネコンが進める除染はほとんど意味がなく、住民や農民と研究者が協力して進めるべき

3)福島県内の米の作付は大きく減ったものの、作付禁止地域で試験栽培を行ったところ、予想以上に米にはセシウムが移行しなかったことに希望を見出せる

(にもかかわらず、いまなお「風評被害」があることに、憤りをもっている。そもそも福島はずっと首都圏のために尽くしてきたというのに。)

***

ここからは討論となる。

第一のテーマは、「放射能の危険性と農産物の汚染状況をどう認識するか」である。

共通認識として、放射能を「安全」とは一切考えない、ということが確認される。

これはもちろん、だから放射能ゼロでなければならない、ということではない(小出を除いて)。

一方で、農産物の汚染状況については、報道では常に、規制値以上の数値が出ると大騒ぎをしていたが、むしろ大半は規制値以下であったことこそ、当時、報道されるべきであったであろうことが、本書を読むと分かる。

もちろん彼らも事故からしばらくのあいだは、はっきりとしたことが言えなかった。

2011年4月、春の種まきの季節には、強制退去した場所以外の福島県内でも、大半の田畑はまずいつも通りのことをした。

「6月あたりから野菜の収穫が始まり、測ってみると、放射能はあまり検出されないんですね。」(25ページ)

もちろん、検出されるものもあるが、それは、果物や山野草、山菜、タケノコ、きのこ類などである。

こうした作物を除けば、その他の多くは、当初懸念されていたのと較べれば、はるかに低い値しか出ない。

もちろん現時点においては、たとえ低かろうと、少しでも検出されれば「汚染」というレッテルを貼られ、「確率」的な危険性が述べられることは、致し方がない。

だが、ここで小出に言いたいことは、「放射能」という限定された問題のみを論ずるときには、また、国や東電を非難する際には、彼の原理論に意味があるとしても、「暮らし」のなかでの「放射能」を考えるときには、「暮らし」総体の「リスク」を理解し、そのなかでの放射能の危険性をとらえなくてはならないのではないだろうか。

喫煙や飲酒、
塩分過剰摂取、不摂生な暮らし、とりわけ喫煙と対比すると、避難区域を除く福島県内の線量は、かなり優先順位の下がる危険性である、と了解することは、きわめて重要である。

だからとって「ゼロ」リスクではないことくらい、専門家でない人間だってわかっている、ということにはやく気づいてほしい。

***

検証されつつある「福島の奇跡」(中島紀一)

「土が放射性セシウムを強く吸着固定して、作物への移行を強く阻害している」(34ページ)

「放射性セシウムを土とていねいに混和した」(同)

こうした事態をもとに「福島の奇跡」を訴えたい、その気持ちは非難したくはないが、実際のところ、どういった理由によってそれほど作物に放射能が移行しなかったのか、きちんとした説明がほしい。

中島は、「土の力」そして「それを引き出した「農人たちによる農耕の結果」(33ページ)というが、そうした情緒以外での言葉で綴れないものなのだろうか。。

また、ここで、桃の例が述べられる。

1年目は果実にもかなり移行がみられたが、剪定を強め、樹皮を削ぎ、高圧水で洗浄したことによって「飛び切りおいしいモモ」(35ページ)ができたという。

作っている人たちの気持ちは、痛いほどよく分かるが、この説明では、この桃がどのくらいのベクレル値なのか分からず、私にはそれを「おいしい」と言っていいのかどうか、ためらわれる。

***

討論の部分。

チェルノブイリとフクシマとの線量の差は、何が原因なのだろうか。

小出によれば、土壌の違いだという。

チェルノブイリの近隣は「ポレーシエ」と呼ばれる、カリウムが欠乏している土地だったので、セシウムを強く吸着してしまったのではないか、と考えられている。

また、小出の目からすると、有機農業は、堆肥なども汚染されているために深刻な状態のようにみえる。

これに対して中島は、有機農業であれ近代農業であれ、検出された値に顕著な違いは出なかったと反論する。つまり、「土」の機能によってセシウムの吸着が起こっているととらえる。

ただ菅野は、「有機質、腐植の多い土壌と砂地での違い」(40ページ)があると主張する。

このあたり、十分に検証されていることなのだろうか。

今ひとつ、納得がゆかない(もちろん否定しているわけではない)。

また、田畑と放射能の問題は、必ず、農家と研究者が一緒に調査すべきで、国や自治体だけに任せられない、ということを強調している。

こういう言い方で、国や自治体に深く絶望していることは分かる。

一方、明峯は、そうした結果の裏側には、作業をしている人たちの被爆という犠牲があることも、思い出してほしいと訴える。

それでも、彼らに対して、被曝量が増えるから農作業をするな、と言うことはできないのではないか、と(主に小出に)疑問を投げかける。

農作業をすること、それが、生きることと密着化しており、やめたくない、そうした気持ちを、もう少し引き受けられるような「対話」や「対策」や「復興」が望まれているのである。

なお、私は知らなかったのであるが、現在の日本古代史においては、稲作は今から3,500年ほど前には、すでにはじまっていた可能性があるとされている。

私は2,000年ほどの歴史かと思っていたが、それなりに長い歴史のなかで育まれてきたようである。

だがここで菅野は、日本と欧米との違いとして、「私たち日本人は先祖代々それぞれの土地で暮らし、その田んぼで米を作ってきた」(43ページ)と言うのだが、そうした言われ方をすると、私は違和感を覚える。

もちろん、一定数の人たちにとって、そうした「思い」が共通にあるかもしれない、とある程度の了解はできる。

ただ、「日本人=米」というアイデンティティを強く前面に出されると、マイノリティにとっては、少し愉快ではないのである。

常にこうした「国民性」などの議論に共通するが、こうしたことを大声で言うことも聴くことも、私は好まない。

菅野には、「日本人」という主語ではなく、「自分」や「自分の祖先」と言ってほしいのである。

あまりそれを普遍化しないでほしい。

「主語」の問題をのぞけば、菅野や明峯の言う、「危険」と「避難」という二者択一ではなく、何よりも、その場所で暮らす、という選択肢を強調することは、深く共感する。

ただ、こうしたことが言えるのも、何はともあれ、線量が予想よりも低い値で収まったからにほかならない。

これが、放射性物質の放出量がチェルノブイリと同じ桁になっていれば、話は変わっていたはずだ。

その点も、常に伝えなければならない。

「福島で暮らす方々の多くが逃げるわけにはいかない」(43ページ)という言葉は、「逃げた」人たちへの非難となり、また、「逃げない」ということを、「理念化」してしまうことになり、そうすると「逃げる」という選択肢を失ってしまうおそれが出てくるのだ。

このあたりの主張の強さは、気持ちとしては、分かるのだが、言説としては、少し行きすぎている。

「逃げない」というよりも、どこに行ってもそれなりの数値がある以上、「逃げられない」のであり、それは、首都圏に住んでいる私も同じで、「逃げられない」のである。

また中島は国のやり方に怒りの矛先を向けるのだが、ここでよく考えねばならないのは、「原子力」を享受してきた「私たち」(フクシマの人たちだけではないし、首都圏に住んでいる人たちだけでもない)誰もが、この怒りの意味を考えねばならないということである。

過去形で言わなくともよい。

ちょうど先日、2014年10月26日、まさしく原子力の日に、福島県知事選は、無風のまま投票が終わった。

そうした「民意」は、一体何を言っているのか。

何も言っていないのだ。

「怒り」も「主張」も、何もない。

こうした事態をどう考えるのか。

これは「国」ではない。たとえば、福島「県民」である。

ここで述べられていることが「社会化」していないのである。

こうしたギャップをどうとらえるのか。

より、本質的に言えば、こうした主張を支える大地に、原発を誘致してはならなかった、ということである。もしくは、原発を押し付けられても受け入れるべきではなかった、ということである。

このことを、不問に付すことは、できないのではあるまいか。

***

いきることそのものとしての有機農業――放射能汚染と向かい合いながら(明峯哲夫)

この機会に「有機農業」を見つめなおす。

まず、自給とは、手段ではなく、それ自体が目的である、ということ。これが大前提で、そのうえで、誰かに買ってもらうことを、次に考える。

「自立を実践しようとした有機農業者と意識の高い消費者が出会ったのが、1970年代初めでした」(58ページ)

一般的には「産直」という言葉で語られてきた手法である。

こうした「提携」「ネットワーク」が、実は、きわめて脆弱なものであったことが、「3.11」によって明らかになってしまった、と明峯はとらえる。

「3.11以降、有機農家と連携する消費者の多くがその提携を断ってしまった」(同)

もっとも支えてほしいときに、彼らは「逃げた」のである。ここに、難しさがある。

いわゆる「意識の高い消費者」とは、すなわち、「産直」がより新鮮で安全でおいしいものが得られるという考えからかかわっていたわけであるが、「消費者」の大半は、当然のことながら「放射能汚染」にも神経質であるゆえ、こうした「逃げた」やり方は、致し方がないのではないだろうか。

明峯は、結局、究極的には、農家はいずれ作物を売らなくなり、都市生活者はいずれ作物を買わなくなる。つまり、いずれもその土地で「自給」することが目指されるべきであり、そこに至ってはじめて両者が自立した存在として「連携」できる、と考える。

また、その前提として、「自然」を「安心」「安全」と同じ意味にとってはならない、と明峯は強調する。

「自然」もまた、「危険」に充ちている、という理解が必要なのである。

そこで明峯は「有機農業」の意味を、「自然と折り合いをつける技術」(63ページ)とみなす。

こうした姿勢が、究極的には、人間のみならず、他の生き物、すなわち、動物も植物も、すべての「いのち」を大切にする、ということにつながることは言うまでもない。

明峯は、植物の栽培においても、「不当な育て方をしてはいけない」(65ページ)ので、法律などもあってよいと考えているほどである。

「有機農業は、米や麦、野菜などの植物の生きる権利を大切にするということ」(同)と述べるが、ここに、一つ課題が残る。

人間の倫理は、人間がつくったものであり、それ自体が恣意的なものである。

そういう前提のもとで言えば、明峯が言うような動物や植物との対し方は、決して、それだけにとどまらない。

ピーター・シンガーのようなラディカルな生命倫理をもちだせば、いずれ人類は「生きもの」を食べることができなるかもしれない。

少なくとも、こうした両極の考えはいずれ明確に対立が露見するはずである。


***

さらに討論では、「子ども」が焦点となる。

子どもとともに暮らし、一緒にリスクも背負うのであれば、住まいを分けることなく、食事を分けることなく、同じものを食べる、という選択肢もある、それもまた、子どもを「守る」ということになる、と明峯は言う。

もちろん、「健康」だけが最優先される、と考えない、という態度もあるには、ある。

どちらが正しいという次元の話ではなく、どういった可能性があるのかであり、何を選択するか、であるが、確かにいくら冷静に考えてみても、子どもたちに対して、できうるかぎり「リスク」を負わせないようにする以外の道を選ぶのは、「親」としては、なかなか難しいことだ、と溜息が出てしまうのであった。


原発事故と農の復興/コモンズ
¥1,188
Amazon.co.jp
AD
2014-10-29 21:36:00

医療側からみた「フクシマ」原発事故における被曝・汚染の実情――放射線災害と向き合って(4)

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
今回は、下記の本の第4章、第5章について。

読んだ本
放射線災害と向き合って 福島に生きる医療者からのメッセージ
福島県立医科大学附属病院被ばく医療班 編
(現 放射線災害医療センター)
ライフサイエンス出版
2013年5月

第4章「低線量放射線の健康リスクについて」
宮崎真、大津留晶

第5章「県民健康管理調査とサポート体制」
安村誠司

上記の章から、福島第一原発事故の原子力災害の線量の現況について、ピックアップしてみたい。

空間線量率

福島県のそれまでの通常の線量は、0.1マイクロシーベルト/時であるが、2011年3月12日は、南相馬市で、20マイクロシーベルト/時、となる。これは、1号機の爆発によって放射性物質が飛散したためである。数時間で低下するも、通常の20-30倍ほどとなる。

3月15日の朝は、いわき市で20マイクロシーベルト/時を超え、2,3時間後には10-20 倍となる。また、中通りもまた20マイクロシーベルト/時を超えるところがあった。

場所によってピーク時間が異なるのは、ベントや爆発と風向きのタイミングによって生じている。

放射性ヨウ素に関しては、チェルノブイリの約1/10程度と推測されている。

避難状況

半径3キロ圏内の人たち(6,000人)は、3月11日の21時に避難指示があり、それから3時間以内に避難を完了させている。

半径10キロ圏内の人たち(5万人)は、12日5時に、半径20キロ圏内の人たち(13万人)は、16時に避難指示が出され、それぞれ24時間以内に避難を完了させている。ただし、何か所かの避難所に移動せざるを得ない人もいた。

また、そのなかには、1,240人の入院患者、980人の長期療養型施設入院患者が含まれ、3月13日の段階では840人は病院にまだ残っていた。避難をした患者のうち、12人が搬送中に、50人が搬送直後に死亡している。

震災後3カ月後には、福島県における震災関連死は、512名(2014年3月末では1,794人)で、岩手と宮城を合わせた死者数よりも多かった。

確かに急性放射線障害による死者は出なかったものの、こうして、「震災関連死」の数の多さは、避難リスクというものを今後考える必要が出てきた。

土壌汚染

フクシマは放射性物質が海にも流れたこともあり、地上に限定すれば、チェルノブイリの1/250の汚染面積と考えられている。

内部被曝量

水や食料はかなり早い時期からモニタリングされ、線量が多い場合には規制されたため、流通している食材を使った食事においては、およそ健康被害の出る可能性はないと思われるほどの量の放射性セシウムしか検出されなかった。

いくつかのホールボディカウンタによる検査の結果をみるかぎり、顕著な被曝は見られず、よく抑え込まれていると言える。

放射性ヨウ素についても、チェルノブイリよりもかなり低く、甲状腺癌が増える可能性はきわめて低いと推測している(がもちろん、スクリーニングは続き、細心の注意を払うことは言わずもがなである)。

心の健康

ここはあまり詳しくは論じられてはいないが、ケアや支援の必要性を強調している。

***

確かに、問題は「放射線量」だと思うのが、事故後の私たちの「心情」というものである。

だが、忘れてはならないのは、「健康リスク」は、放射線量だけでなく、放射線だけに気をとられて、喫煙量が増えたり、食事に偏りが見られたりすると、結果的に、健康を害することになるということである。

「放射線も環境・生活要因の一つであるので、健康課題や生活習慣の問題とともに包括的に取り組むことが、最も大事と思われる。」(162ページ)

ここでは、独自に作成した「日常生活でできる被ばく低減対策」と、国立がん研究センターが掲げる癌予防を挙げている。


日常生活でできる被ばく低減対策

内部被曝
・高濃度汚染地域での野生・自生食品、川魚・近海魚、放射性セシウムが移行しやすい食品や部位、に注意する
・上記の食材を料理する場合は、事前に放射能検査をする
・検出量が少し高いだけの食材を一過性に食べることは問題ないが、それらを毎日多量に食べないようにする
・ホールボディカウンター検査を受ける
・流通品を食べているかぎりは産地によらず問題ない
・調理するときは、よく洗う、皮や外葉をむく、煮る、などで低減できる

外部被曝
・線量計で測定し、トータルの線量が下がるように工夫する

なお、健康に影響する因子は放射線だけではないので、総合的に考え、放射線対策だけに頑張りすぎないことも重要

国立がん研究センターが掲げる癌予防
・煙草を吸わない
 ・他人の煙をできるだけ避ける
・飲酒する場合、節度をもって

・食事は偏らず、バランス良くとる
 ・塩蔵食品、食塩の摂取は最小限に
 ・野菜や果物不足にならない
 ・飲食物を熱い状態でとらない
・日常生活を活動的にすごす
・成人期での体重を適正な範囲に維持する
・肝炎ウイルス感染の有無を知り、感染している場合は治療処置を行う

***

福島県民健康管理調査の結果(中間報告)

福島県では、全県民に対して健康管理調査を行っている。福島県立医科大が実施している。

・基本調査 事故当時の行動記録等
・詳細調査
 ・健康診査
 ・甲状腺検査(18歳以下)
 ・こころの健康度。生活習慣に関する調査(避難区域等の住民)
 ・妊産婦に関する調査(母子手帳申請者)

対象者数は約206万人で、本書では2012年10月末までの約47万人分の回答を得、そのうち23万人の推計作業が終了、そのデータをもとに、以下のことを述べている。

被曝線量は、1ミリシーベルト未満が約2/3、10ミリシーベルト未満は99.9%であった。

最高値は25ミリシーベルトで、10ミリシーベルトを超えていたのは、118人だった。


甲状腺検査

一部では、結節やのう胞がたとえ小さくてもみつかると、原発事故が原因で「甲状腺癌発生」とみなすような意見もネットでは聞こえてきたが、実際には、大事がなかったと言える。

ただ、気をつけなければならないのは、だからといって、「影響」がまったくなかった、というわけではないことである。

少しでも変化があると、それみたことかと言わんばかりに騒ぎ立てるのは、決して良いことではない。

しかし、だからといって、まったく影響がない、と無根拠に言いたてるのも、同程度によくない。

どうしてこんなに私たちは、愚かになってしまったのか。


心身の変調

今のところ、低線量被曝の影響については、不確定なことがあまりにも多い。

さまざまな症状が出ているにもかかわらず、それが、放射線に由来しているのかどうか、判別がつけがたい。

鼻血が出る、というのもそうである。

医者や専門家でさえ、真っ向から対立する。

私は、暫定的に、そうした症状は「擬心因性」でもよいから、原発事故の影響として、カテゴライズしてもよいと思う。

もちろん、それは、心因性のものか、何らかの症状なのか、いつか判別がつくかもしれず、そのときには、あらためて、訂正するとして、現時点で、まったく影響がない、と言い切ることは、やめにすべきである、

また、それとは別に、いわゆるPTSDやストレスを原因とする心の変調もある。


子どもをもつ親

小児科の細矢は、次のように述べる。

「誰もどこまでが安全か言えない状況ですので、我々も圏外への引越しの相談を受けるのですが、「圏外に行かなくとも大丈夫ですよ」となかなか言えない状況が続き、非常に困ったのは確かですね。「我々も心配しないでここで生活していますよ」とお伝えしますが、県外に脱出したい気持ちがある人には、それを止めることはできないという状況は、今でも続いていると思います。」(191-192ページ)

一般的な治療の場合、現在は、リスクとメリットを説明することで、インフォームド・コンセントをとることが容易であるが、原発事故の場合、明確に説明ができなかた、と述べている。

その原因として、精神医学を専門とする丹羽は、原発事故が突然やってきて、自分の問題として受けとめにくく、かつ、その状況が数値でしか示されず、しかも、それが専門家も政府もマスメディアも混乱していたために、一般的な病いとは異なり能動的になれなかったのも大きな原因だと考えている。

さらには、部分的な解決ではなく、生活全体を変えねばならない、ということも要因として挙げられている。

また、神経過敏になって、たとえば、子どもが何人かいて、窓にテープを張らなければ心配で仕方がないという母親に対しては、いきなりそんなことをしてもしょうがない、と言うのではなく、気長に話を聴き、信頼関係を築いたところから少しずつ心の引っかかっている部分をほぐしてゆくやり方しかない、と小西と丹羽は考えている。

心の問題は、ともかく、「孤立」がよくない。誰かとつながっていることだという。

また、母親は、自分が一番良い母親でありたい、と望んでいるのに、原発事故の対応は、困難になっているところから、心のバランスが崩れている。

問題点や課題があまりにも多いと、心も押しつぶされそうになる。

そういうとき、ポジティブな面にも目を向けるべきだとする。

「最悪の事態に陥らないようにすごく頑張った無名の人たちがとてもたくさんいて、本当はそういう人たちをもっとほめないといけないと思うし、地域で頑張っている人たちも認められたほうがモチベーションが上がるかなと思うのですが。」(大津留)

***

一通り読んで、あらためて、医者とは、聖職であると痛感する。いや、聖職であってほしいと願う次第である。


放射線災害と向き合って - 福島に生きる医療者からのメッセージ (ライフサイエンス選書)/ライフ・サイエンス出版
¥2,376
Amazon.co.jp
AD
2014-10-28 21:30:00

放射線はなぜわかりにくいのか(名取春彦)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
放射線はなぜわかりにくいのか 放射線の健康への影響、わかっていること、わからないこと
名取春彦
あっぷる出版
2013年12月

ひとこと感想
低線量被曝は本当のところ、健康被害を起こすのか、起こさないのか、一般市民のみならず、専門家においても結論が出ていないということを忘れてはならない。いずれかのみを「支持」するのは、それは「科学」ではなく「政治」である。本書は、その意味では、かなり「科学」で説明されていることを「政治」抜きで語ろうとした本である。もちろん、単にどっちも正しいと言っているわけではなく、自分がどう考えるべきかをも提示している。

***

放射線防護とはサイエンスを超えた政策の領域である」(279ページ)

これが、著者からの、隠されたメッセージである。以下、気になるところをピックアップしつつコメントを入れておきたい。

***

1 フクシマにおける放射線の誤解と混乱

フクシマにおける種々の混乱のなかから、放射線に対する無理解が原因とみられる典型的な事例をいくつか選んでいる。

・避難住民の被曝線量が測定されなかった
・安定ヨウ素剤が配られなかった
・「ただちに健康へ影響はない」
・暫定基準値
・「少しの放射線も危険」
・除染

***

2 放射線とはなにか

放射線の物理学的な一般知識、用語を解説している。ここは省略。

***

3 放射線は人類の幸せにいかに貢献してきたか

放射線には有害性ばかりでなく、有用性もある。医療を中心に今では欠かすことができない。場合によっては深刻な副作用があっても、もはや手放せないのである。つまり、原発事故による放射線を全否定したとしても、私たちは、放射線のさまざまな利用を捨て去ることはできないということも、忘れてはならない。

・放射線診断
・癌治療
・核医学
・その他の分野

***

4 放射線が人体へ与える影響 その1

以下、放射線が人体に与える影響について述べられている。ここでは、急性障害や臓器障害などの確定的影響について述べられる。

その際、前提的な議論として、放射線生物学が、その指標を「細胞死」とその前提であるDNA損傷に置いてきたというこを忘れるべきではない。

また、放射線治療を開始した際に起こる吐き気や倦怠感、食欲不振、気力減退など(=生活機能に対する影響)が起こることが知られているが、原因がはっきりしていない。これらは、DNAとは関係ないので、なかなか議論にのぼってこない

しかも、精神的ストレスを原因とする見方もあるのだが、放射線の影響を疑わないというのもおかしい。ただ放射線医学が着目してこなかっただけなのである。

***

5 放射線が人体へ与える影響 その2

発癌、被曝後に生まれてくる子ども、遺伝に対する影響を扱い、確率的影響について述べられる。

「過去の事件や事故における被曝者の疫学調査につちえも、国際機関や公的機関の調査は放射線の影響を過小評価しがちであり、それに反論する小グループや個人研究者の調査は対象が限定されるため一般化することがなかなかできない。」(130ページ)

また、「発癌」については、なかなかすべての原因が明らかになっているわけではなく、そのなかで、放射線だけが例外的に詳しく研究されている。

そもそも発癌は、一つの原因によって引き起こされるものではなく、複合的な要因が絡み合い、条件がそろったときに起こるものであり、放射線は、そのなかの「小さな」一つえある、ということを忘れてはならない。

ところで、分子生物学は、発癌のメカニズムを、細胞レベルで説明している。

それ自体に、おかしなところはないが、実は、落とし穴がある。

こうした、細胞レベルでの知見を単純にそのまま個体全体に応用できないのである。

名取はこの問題を簡潔に、次のように説明する。

発癌要因子: 加齢、物理的刺激、ウイルス、放射線、化学物質、フリーラジカル、ストレス、その他

発癌抑制要因: 抗酸化物質、免疫、笑い、満足感、その他

これらの「発癌要因子」と「発癌抑制要因」が「細胞」に影響を与えることによって、次のような結果が生まれる。

・正常細胞
・細胞死
・増殖抑制
・癌発症

しかしこうしたプロセスの大半は「ブラックボックス」化しているのである。

それゆえ、「被曝すると癌になる」という言説は、一見筋が通っているように見えても、「風が吹けばおけ屋が儲かる」に近いものだ、と名取はみなしている。

正確な言い方は、こうである。

「被曝するとガンになるリスクを若干高める」

「被曝した人は、被曝していない人に比べ、因果関係は不明だが、ガンになる確率がわずかに高い」(150ページ)

また、妊娠中の被曝による胎児への影響について、ヒロシマ、ナガサキなどでは小頭症の発生する率が高いということはよく言われているが、その他、口蓋裂や多指症が被曝地では増えるとする人もいる。

さらに言えば、ふだんのX戦検査にしても、妊娠している女性は避けるべきである。

ただし、名取は、一方で、実際に生まれてくる子に対して、先天性障害を持っている場合、それをどうとらえるのかは、社会の問題であるとみなす。

つまり、そうした子たちも一つの個性として受け入れられるかどうかが、大事なのであって、差別や偏見は、社会がつくりだすものだからだ。

そして、遺伝的影響であるが、非常に悩ましい。

現在のところ、通説においては、低線量被曝の遺伝的影響はないと言われている。

そのため、ヒロシマ、ナガサキの被爆者(正確には被曝者)やその二世、三世は、「救われている」ところがある。

なかなかこの領域は、ナイーブであり、名取も言葉遣いに気を遣いつつ、こう言う。

「ヒロシマ・ナガサキの被爆二世に被曝による遺伝病は、ないのではなく、あまりにも頻度が少ないので示すことができないということなのだろうか。」(179ページ)

この問題こそ、はっきりとさせなければならないはずだが、確かな疫学データは今のところない。

***

6 内部被曝とは

外部被曝の影響とくらべると、内部被曝の影響は、実のところ、簡単ではない。

核種によって異なる放射線を出し、その化学携帯により、さまざまな特徴をもつからである。

たとえば、セシウムについては、特定の臓器に集中しないことが、タリウムのシンチグラフィーの前身画像を参考にすれば言うことができ、低線量で、かつ、よほど長期間にわたって継続的に摂取しないかぎり、健康への影響は起こりにくい。

それは、カリウム40を体内に取り込んで生きてきた人類が、証明する。

ただし、まだまだ確証があるわけでないので、「原発事故との関係はわからない」としか、最終的には言いようがない。

たとえば、パンダジェフスキーの研究は、一考の余地があるとする。

さらに、ストロンチウムやプルトニウム、トリチウムについては、報道をはじめ、全般的に議論される機会が少ないか、危険性が高く、もっと検討されるべきだ。

***

7 確定的影響と確率的影響

以上のような議論をふまえたうえで、あらためて「影響」をどう考えるか、一般的に用いられている「確定的」と「確率的」では、わかりにくく、名取は別の言い回しをしている。

「必ず出る影響」と「一部だけに出る影響」である。

そのうえで、この両者を「別物」ととらえずに、関連づけて考えるべきだとする。

「放射線が複合要因の一部であるときは、"一部だけに出る影響”と言い、複合要因の中で大きな位置を占める場合、あるいは単独要因だと言える場合を”必ず出る影響”と言っているだけなのだ」(228ページ)

ここで言う「複合要因」ということが、とても重要である。

現在のやり方、言い方は、「複合要因」によって誤魔化されているが、むしろ、この複合要因を前提に、影響をとらえなおすべきだと名取は考えている。

ここで、統計上の「ごまかし」について、説明がある。

・都合のよいデータだけを示す
・都合の悪いデータは隠す
・特殊な事例を一般化する
・意図的に過大評価する
・意図的に過度に否定する
・相関関係を因果関係とする
・足し算できないものを足し算する
・データを改竄する

***

8 放射線から身を守るには

以下では、フクシマの現実をふまえた、具体的な課題に迫る。ここでは放射線から身を守るための考え方についてふれられる。

放射線から身を守る原則について、あらためて、書かれている。

・発生源から離れる (距離)
・発生源を遮蔽する (遮蔽)
・被曝時間を短くする(時間)

放射性物質が飛散する場合の原則

・知る
・被う(閉じ込める)
・逃げる
・吸わない、飲まない、触れない

なお、安定ヨウ素剤は日本のやり方では役に立たないので、自衛すべきだと名取は言う。

昆布飴一日一個、で代替することを推奨している。

また、味噌の効果については、それなりにありうる、としている。

***

9 放射線防護の社会的枠組み

現実の放射線防護の枠組みについて、具体的にはICRPの考え方を解説している。なぜなら国の防護政策はICRPに一貫して依拠しているからである。

また、UNSCEARとIAEAも、基本的に同じ方向性を向いている。

これに対して名取はICRP勧告にしたがっていても、放射線を正しく理解できないし、事故にも適切に対応できないとしている。

私たちが知っておくべきことは、まず、国連における、IAEAとWHOとの関係である。

原子力分野に関する「健康」の問題は、WHIOではなく、IAEAが受け持っている。

つまり、WHOよりもIAEAの方が優位にあり、それは言いかえれば、医療産業(医者)よりも、原子力産業(物理学者)のほうが力をもっているということを意味する。

「フクシマ以降の日本においても、放射線の健康への影響についての論議の場でさえ、医者は黙り物理学者が意見を述べるという状況は、そのような背景から来ている」(278ページ)

また、もう一つ、UCRRは、ICRPを批判的にみる立場であり、その意味で有用であるが、数値の批判に終始し、根本から自分たちで基準をつくりあげようとする方向にはない。

では、このICRPの策定の仕方のどこに問題があるのか、名取は、特に二つの例を示す。

コスト(リスク)とベネフィットの考え方をICRPは採用しており、経済的価値や損失を健康や生命と同次元で比較を行っている。

しかも受益者と被害者とが別であるということも、隠されている。

「地域住民の被害があっても、経済的損失を抑えることが優先される」(280ページ)

これを「行為の正当化」とする。もう一つは、「防護の最適化」である。

これは、例のALARA(as low as reasonably)である。

***

10 放射線の単位変更の謎

ラドからグレイはまだ単純だが、キュリーからベクレルのh原稿は、換算が非常に厄介である。

こういった単位の変更は、誰が何の目的で行ったのか、実は明確ではない。

少なくとも現場の衣裳従事者などにはかなり混乱が起こった。

ただし、レントゲンとシーベルトとの関係は、そうはゆかない。

レントゲンは、照射線量の単位である一方、シーベルトは、空間線量である。

空間線量とは、空間線量率の積算値、ということになる。

私も誤解していた。ついついこの空間線量率のことを放射線量と言い換えていた。

気をつけよう。シーベルトは物理量ではなく便宜上の数値なのだ。

***

11 少しの放射線は、危険なのか心配なのか

少線量の被曝をどう考えればよいのか。

「放射線を扱う医者たちは、ほとんどが総量の被曝が危険であるはずがないと信じて疑わない。だからこそ、医者が職場放棄することなく医療が維持されている。医者がそれを言えないのは、医者が市民の敵だとみなされれば医療活動ができなくなるからである。」(399ページ)

閾値なしモデル(LNT仮説)については、こう述べている。

「LNT仮説に絶対的に依拠するなら、基準値などは生まれない。目標値はあくまでもゼロである。」(344ページ)

逆にまた、こうも言える。

「LNT仮説を否定すると、放射線防護の基本としてきた考え方を変えねばならず、これまで築き上げてきた防護体制が根本からひっくり返ってしまう」(354ページ)

だからおそらく変わることがないが、私たちは、では、ICRPなどの数値とどう向き合えばよいのか。

「ICRPの置かれた役割は、軍事、産業、経済からの要求に応えることであり、そのために放射線の影響に強引に線引きが行われた。そうして生まれた基準値に、被災者が人生を翻弄されることがあってはならない。」(355ページ)

だが、実際には、わからないことだらけである。

フクシマに怯える人たち(もちろん私も含む)には、確かに、わかる「回答」が何よりもほしいが、わからないものを「回答」として出せ、と言っているわけではない。

それはすでにごまかしである。

必要なのは、「わからない」という回答とともに、判断するためのヒント、である。

WHOの報告書(2013年)は、「わからない」とし、長期的に追跡しなければならないとしている。


もう一つ、国連人権理事会のアナンド・グローバーの報告(2013年)を例として挙げている。

もっとしっかりと健康管理調査を行うべきであり、基準値も1ミリシーベルト以下に抑えるべきとするなど、公平で被災地への気遣いもある、と高く評価している。

***

以上のなかで、特に9章、10章がもっとも名取が訴えたいところ、とのことである。

全体に、フェアな説明だと思う。

こういう本に対して、あえて批判的にとりあげる論者がいてはじめて、しっかりとした議論ができるのではないだろうか。




放射線はなぜわかりにくいのか―放射線の健康への影響、わかっていること、わからないこと/あっぷる出版社
¥2,160
Amazon.co.jp
AD
2014-10-27 22:00:00

無関心?無関係? 原子力の日(10月26日)ポスター(河北秀也) 1977年

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
原子力の日(10月26日)

1964年に閣議決定され、その年から、10月26日を「原子力の日」に制定した。その名の通り、「原発」の推進をアピールする日であるが、この日には、二つの意味がこめられている。

1956年10月26日 国際原子力機関への日本の最初の参加
1963年10月26日 日本で最初の原子力発電に成功(東海村)

今年、2014年10月26日は、
山口県の上関など、毎年恒例の反原発集会が各地で行われているものの、そのほか大きな出来事がなかったようだ。

・・・と思ったが、なんと、福島県知事選があった。

今年の「原子力の日」は「福島県知事選の日」であったのだ。


***

とりあげたポスター

無関心?無関係?
河北秀也:アートディレクター
科学技術庁:
1977年10月26日
ポスター

(Hideya Kawakita, On Design, 1995.より)


エネルギー・アレルギー
河北秀也:アートディレクター
科学技術庁 
1978年10月26日
ポスター

ひとこと感想

いずれも原子力の日(10月26日)のために作成されたポスター。特に、この「無関心?無関係?」という言葉は、今でも胸を刺す。いや、「エネルギー・アレルギー」というのも、今なお、私たちの情感を支配している、と言えるだろう。

***

河北秀也(KAWAKITA Hideya, 1947- )は、久留米生まれのデザイナー。日本ベリエールアートセンター主宰、東京藝術大学教授。

***

抱擁を交わす男女の後ろにネオンが光り、「無関心?無関係?」と問い掛けている。

科学技術庁は「原子力の日」を周知させたいという気持ちで依頼したようだ。

当時の科学技術庁長官、
宇野宗佑と河北は、彼が科学技術お茶の間懇談会のメンバーになったことから知り合った。

この懇談会には、
小松左京、岡部冬彦、樫木八重子らが参加しており、数か月に一度、宇野とともに会合をもった。

その頃すでに河北は地下鉄のマナーポスターで知られており、宇野は、懇談会上で、原子力のポスターを河北に依頼する。

河北は悩む。

この、ほとんど知られていない「原子力の日」をどうアピールするか。

ましてや、「原発」は、誰もが受け入れているわけでなく、批判的な人だって当時いる。

地下鉄のマナーは、「公衆マナー」として誰にでも共通したメッセージが発信できるが、原子力の日を告げるポスターは、そうはいかないのである。

しかも、原子力の日、どころか、原発がすでに福島などで稼働していることを、多くの人が知らないのである、この1977年の頃においては。

そこで河北は、この、「多くの人が原発が動いていることさえ知らない」という事実を、問題の中心に置く。

本当に必要なのか、不要なのか、将来にわたってどういった関係をとればよいのか、危険であればどれくらい危険なのか、そうしたことを、知るきっかけが「原子力の日」であり、ポスターの目的だ、と考えるに至る。

逆に言えば、こう考えた時点で河北は、原発に対して、「賛成」「反対」という立場を想定して、そのうえで、ポスター作製側は「賛成」であることを自明とすることを、やめたのである。

このポスターは、当初、全国の県庁所在地の駅や役所などに貼られる予定だった。

ただでさえ媒体としてポスターは力が弱い。

「原子力の日」のPRポスターなど、下手をすれば、まったく注目されずにただどこかに貼られて、期間がすぎればはがされる、ただそれだけの運命である。

が、河北は良しとしなかった。

のちに、河北は「デザイン原論」のなかで、こう述べている。

「私は、このポスターがきっかけとなって、賛成派は、なぜ日本に原子力発電が必要かを議論し、反対派は、原子力発電がなぜ悪いのかをもっとアピールできる、そして、もっと多くの国民が、原子力発電のことを正確に知って是非を判断する、そんなきっかけになるポスターを作ろうと思った。」

言い方は悪いが、物議を醸しだすことを狙ったのである。

貼った人がポスターを見る、と普通は思うが、そこではなく、そのポスターを他のメディアが話題としてとりあげればよいという考えである。

クライアントである官庁からに依頼でありながらこうした「乱暴」な手法がとれたのも、宇野自らが発注したからである。

実際、お堅い科学技術庁から出された、男女のキス抱擁ポスターは、話題を呼ぶことになる。

さらに翌年は、女性のヌードを使用した。

***

さて、この話題はもう30年以上前のものであるので、今ではすっかり忘れ去られているだろう、と思っていた。

ところが、おもしろいことに、なんと「安斎育郎: 原発事故をどう受けとめるか?―次世代への謝罪と期待をこめて― 」というウェブページに、とりあげられていたのである。

 
安斎育郎: 原発事故をどう受けとめるか?
 http://peacephilosophy.blogspot.jp/2011/10/blog-post_1846.html
 (この記事のなかにポスター画像もあり)

「反対派」の人たちにとってこの「原子力」のポスターは、どう受け止められたのだろうか。

安斎は、河北のつくった2つめのポスター「エネルギー・アレルギー」に対して、「原子力を恐れるものは過敏なアレルギー症だと主張」しているととらえ、宇野の前任者である森山欣司が原子力船「むつ」問題について、「原子力を恐れるものは火を恐れる野獣と同じ」と述べたのと同じような文脈だ、と理解したようである。





稀少本



風景の中の思想―いいちこポスター物語/河北秀也/ビジネス社
¥2,097
Amazon.co.jp
2014-10-26 20:38:00

もっと知りたい! 食べ物と放射性物質のこと 神奈川県 2013年3月

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
*本日、10月26日は「原子力の日」であるが、まったく話題にもならずに1日が終わろうとしている。


読んだ小冊子

もっと知りたい! 食べ物と放射性物質のこと 
神奈川県保健福祉局生活衛生部食品衛生課
2013年3月
(16ページ)

ひとこと感想
大雑把に言えば、無難にまとまっていると言えるが、結局は規制値などの根拠や放射能がなぜ人体に影響を及ぼすのかなど、重要な問いに応えるものではなかった。この小冊子がどういう風に使われているのか分からないが、神奈川県としては、お茶のセシウム低減化に力を入れている、というアピールだけはよく分かった。

目次

1 放射性物質の基礎知識
2 放射線による人体への影響
3 食品中の放射性物質
4 放射性物質汚染から食品の安全性を確保するために
5 Q&A

***

1 放射性物質の基礎知識

物質は大きく二つに分けられる。
1)安定した原子核をもつもの
2)不安定な原子核をもつもの

不安定な原子核をもつ原子から、放射線が放出され、放出によって安定した原子に変わる。

「ホタル」を「放射性物質」にたとえるなら、その光が「放射線」で、光を放つ能力が「放射能」である。

放射性物質の種類として、ヨウ素131、セシウム134,137、ストロンチウム90、などがある。

*プルトニウムの説明はない。

原発事故によって放射性物質が環境中に放出された。

放射線には3種類ある。
1)α線
2)β線
3)γ線

α線はヘリウム原子核の粒子線でエネルギーは大きいが紙などの遮蔽物を貫くことはできない。

γ線は電子線で紙は貫くが薄い金属板は貫かない。

γ線は電磁波で光子であり、エネルギーは小さいが鉛でなければ遮蔽物は貫かれる。

なお、放射性物質によって放出される放射線は異なり、たとえばセシウムであればα線は出さない。

放射線の放出期間について、能力が半分になるときを、厳密には「物理学的半減期」という。これは「ベクレル」で数値化される。

体内に入った場合、その量が半分になる期間を「生物学的半減期」という。これは物質量(グラム)で数値化される。

続いて、人工放射線と自然放射線の線量イメージと人体への影響の図が示される。

自然放射線として、カリウム40(食品)、ラドン222(大気)などを挙げている。

他方、人工放射線には、X線、CTスキャンなどを挙げている。

相変わらずこの「図」は年間総量と一度に浴びる量が一緒に書かれていて、混乱する。

100ミリシーベルト以下のところにはこう書かれている。

「がん死亡が増えるという明確な証拠がない」(3ページ)

いちおう、フェアに言えば、「証拠がない」のは、「がん死亡が増えない」ということに対しても同様ではないのだろうか。

このあと、いつも通りのベクレルとシーベルトの説明(4ページ)。

「1秒間に1回の原子核の崩壊(壊変)があったとき1ベクレル」というのは、分かるのだが、「放射線によつ人体の影響」というのは、かなり分かりにくい。

***

2 放射線による人体への影響

被曝は「被ばく」と表記されるが、ここでは「被曝」と書く。

外部被曝と内部被曝の説明は、対外か体内かで2つに分類される、というだけで、その両者の受ける影響の違いについては説明がないまま、続いて、身体的影響と遺伝的影響の説明に入る。

そして、身体的影響については、確定的影響と確率的影響があると説明される。

確率的影響において、この説明でよく分からないのは、「被曝をしていない集団」と「被曝をしている集団」とに分けているだが、この「被曝をしている」「していない」というのが、「原発事故前」か「後」かという説明になっていることである。

地球上では、1940年代以降、ヒロシマ、ナガサキのあと、無数の核実験が行われ、また、チェルノブイリ原発事故が起こり、たとえ小さいとはいえ、「被曝」はし続けてきたのではないだろうか。

いや、少なくともこの小冊子には、自然放射線の説明もしているわけだから、「被曝」は、生命であれば、絶え間なく起こっていることなのではないだろうか。

よってこの
「被曝をしていない集団」と「被曝をしている集団」という表現は不適切であるように思われる。

ともあれ、確率的影響において重要なのは、癌や白血病が十数年後に「必ず現れるものではない」ことであるが、むしろ、100ミリシーベルト以下の場合には線量と発症との相関関係が不確定であるということである。

「遺伝的影響」については、これもまた、確たる証拠が研究結果としては、はっきりと出ていないと書かれているだけである。

本当に心配なのは、この両者ではなlく、生まれてくる子どもへの影響であり、そのことにふれないのは、少し配慮が足りない。

胎児への影響は、一定程度、広島、長崎での研究調査の結果で、「ある」ということがはっきりと言われている。

もちろん誤解されると困るが、このあたりの話はていねいに説明するべきであって、何も書かないというのは、よくない。

ここで被曝と他の要因との癌リスクの比較表が登場する。

逆に言えば、癌発症は、ある特定の要因に限定されるのではなく、複合的な要因が絡み合っているということをまず理解しなければならない。

この表では、「1-2シーベルトの全身被曝」(全身)を中心に置き、それよりもリスクが高いものとして、以下のものを挙げている。

・大量の飲酒(1週間にアルコール量300g以上) 食道癌の発症
・喫煙 肺癌の発症
・高塩分食品を毎日摂取 胃癌の発症

これより下には以下の項目が挙げられている。

・運動不足 結腸癌の発症
・喫煙、大量の飲酒(1週間にアルコール量450g以上) 全身
・肥満(BMI>30) 大腸癌の発症
・受動喫煙 肺癌の発症

その下に、「200-500ミリシーベルトの被曝」(全身)があり、さらにその下に「100ミリシーベルト以下の被曝」があるが、こちらは、「検出不能」とされている。

分かりにくいのは、まず、酒量である。週に300グラム以上のアルコール量というのは、毎日、アルコール度数5パーセントのビールを1リットル飲み続ける場合、ということで良いのだろうか。

実際には私の場合、この半分くらい摂取しているので、その場合どうなるのかが気になるところである。

「喫煙」については、1日どのくらいの本数を吸っていることなのか書かれていない。

「高塩分食品」にも説明がないが、調べて見ると、
「漬物、みそ汁、干魚、タラコ・イクラなどの塩蔵魚卵、塩辛、練りウニなどの塩蔵魚介類」あたりが該当しそうであるが、これらは、ほぼ毎日食べているものであって、食べていないほうがおかしいのではないかと思われる。

もう一点、分からないのは、各部位への癌発症リスクと「全身」とを並列してよいのかということである。

「全身」というのは、言ってみれば、それだけでリスクが高いことを表わしているように思えてならない。

***

3 食品中の放射性物質

ここでは、「基準値」の設定の仕方などについて書かれている。

もちろんこの「基準値」とは、当初は「暫定規制値」としてあわてて設定され、その後、2012年4月に「食品衛生法」で以下のように定められた(単位は1キログラムあたりのベクレル数)。

一般食品 100
乳幼児食品 50
牛乳 50
飲料水 10

根拠は、「年間1ミリシーベルト」を超えないようにするというものであった。

ここから、1年間に飲む飲料水の線量約0.1ミリシーベルトを引き、一般食品の線量を決めるのだが、この説明、はっきり言って意味がよく分からない。

「年齢や性別などにより10の区分に分け、区分ごとに、食品を食べる量、体格、代謝量などを考慮し限度値を算出し、その中で最も厳しい値を下回るように設定されました。」(9ページ)

その値が、120ベクレル/kgで、そこから、100ベクレル/kg、を導き出したということであろう。

ただ、この区分は主に未成年と妊婦が中心となっており、成人は「19歳以上~」でひとまとめにされている。

それは良いのだが、この10の区分のなかで、もっとも限度値が低いのは、妊婦でも1歳未満でもなく、「13-18歳の男性」なのである。

これは、どういうことなのだろう。

食品の摂取量が多く、新陳代謝が激しいために、影響も大きいということなのだろうか。

そして逆に、1歳未満の男女はもっとも限度値が高いということは、食品摂取における乳児の影響は、それほど大きくないということなのだろうか。

ここではそういう説明がないので、かえって不安をもたらしそうな気がする。

さらに混乱を呼ぶのは、次の、自然放射性物質の含有量の説明である。

カリウム40の含有量として、以下の食品が例示されている。

生わかめ 200
ほうれんそう 200
キャベツ 70
干ししいたけ 700
魚 100
肉 90-100
米 30
食パン 30
ポテトチップス 400
牛乳 50
ビール 10

また、体内に存在する自然放射性物質について、次のような数値を示している。

日本人男性(体重約65kg)の場合(単位はベクレル/人)
・カリウム40 4,000
・炭素14 3,600
・その他 300
   計 7,900

つまりこの人間を上記の「食料」と同じような計算にのせると、

7,900 ÷ 65 = 約120ベクレル/kg 

ということになる。

実際の摂取量を、厚労省は調査しており、その結果を、
セシウム134,137とカリウム40のとの対比で示している(2011年9月、11月に、東京都、宮城県、福島県で購入した食品を測定、平均的な生活を続けた場合の1年あたりの線量)。

東京 0.0026ミリシーベルト
宮城 0.0178ミリシーベルト
福島 0.0193ミリシーベルト

上記はセシウムで、これに対して、自然放射性物質であるカリウム40は約0.2ミリシーベルトであるから、摂取量は、きわめて少ないことが分かる。

すなわち、よほどの変な食べ方をしても、体内被曝の不安は、ほとんどないと考えることができる。

この結果をみても、まだ不安をもつとすれば、私から言えば、はっきり言って何を言っても理解できる状態ではないので、自分が安心できる場所(あればの話だが)に引っ越すほかないであろう。

少なくとも首都圏で暮らしている人間が、食べ物に不安を抱くのは、すでに心因的なものであって、事実に基づいた判断ではない。

***

4 放射性物質汚染から食品の安全性を確保するために

流通する食品に対する対策や検査体制について述べられている。

まず、今回の事故への対応として検査を行っている場所は、東北・関東の17都県である。

つまり、北海道、富山、岐阜、愛知あたりは含まれていない。

食品検査法による検査において基準値を超えると、まず、生産者への出荷「自粛」ということになるが、これが地域的な広がりがあると確認されると、「原子力災害対策特別措置法」によち「出荷制限」がなされ、とりわけ高い線量が出ると「摂取制限」となる。

また、生産現場においては、生産資材や飼料などについても許容値を設定するなどの取り組みが行われている。

神奈川県の場合、生産段階での野菜の検査については、県を東部と西部に分けているようだ。

また、流通段階においては、「抜き取り」検査だけを行っている。

こうした検査の結果は、神奈川県のページにて公開されている。
 
 → 食品中の放射性物質について(神奈川県)
    http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f6576/p163715.html

このあと、「お茶」に関するセシウム低減化の研究について1ページ割かれている。

神奈川県として研究に取り組んでいるという(農業技術センター)。

その結果、セシウムは幹や根にはあまり多くないということが分かり、さらに、低減対策として「刈り込み」を行っているという説明がなされている。

数値でいうと、およそ半分くらいに下がっているようである。

5のQ&A
は省略する。





「安全な食べもの」ってなんだろう? 放射線と食品のリスクを考える/日本評論社
¥1,728
Amazon.co.jp
2014-10-25 21:00:00

「諸事情」でいつもより短い――いちえふ(竜田一人) 第12話 ヒーローインタビュー

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ作品
いちえふ 福島第一原子力発電所労働記 第12話 ヒーローインタビュー
竜田一人
週刊モーニング No.47 2014年11月日号
講談社
2014年10月23日発売

ひとこと感想
今回は本当に書くことがないくらい、あまりにもお粗末な内容。無理に月イチ連載にしないで、休めばよいのでは。普通に淡々とした内容の「いちえふ」が読みたい。

***

1ページめの欄外に次のように書かれている。

「諸事情により(お察しください)今回は小ネタを一席」(91ページ)

「諸事情」が何であるのかは、分からない。

だが、「お察しください」とは、どういうことであろうか。

私は「察する」ことが苦手な人間なので、察することができない。

原発で働いていて書く暇がない、ということなのか、原発で働いている内容でなかなか今回書ける内容がまとまらなかった、ということなのか、何なのだろう。

しかも、今回の内容は、また(というのは、第6話でも取材の話があったからである)、作者への取材こぼれ話、である。

しつこく書くが、私は本作には、ぜひ、地道に原発作業の「日常」を淡々と描き続けてほしい、と強く願っているのであって、「おもしろい」話を期待しているのではない。

ところがこのところ、現場の話題から離れていて、やや苛立っているのである。

また、もう一点、少々文句を言わせてもらえば、本作においても、竜田への取材をとりあげるのは良いとしても、結局、「おもしろい」話題を出そうとしているのが、よくない。

当の竜田も「大抵の記者さんはこちらの話をちゃんと聞いてくれる」と書いているのだから、そうした、ふつうの取材模様を描いてほしい。

わざわざ「まれに結構変わった方もいた」という部分をここに書くのであれば、それは、他のメディアがやっていることと同じで、事故現場で働いている人の「日常」ではなく、「非日常」になってしまうのではないか。

それに、「体調はいかがですか」と心配顔で聞かれると「内心カチンとくる事もある」というのも、なぜそこに感情的になるのか、なかなか理解できない。

実際に「顔色がお悪くて頬もゲッソリとされてるように見えます」と言われて、「締切キツくて寝ていないせい」(92ページ)と言い訳するなら、それはそれで、「顔色が悪い」ということなのかもしれないのに、「さすがにこの時はちょっとキレそうになりました」(93ページ)という竜田の気持ちが私にはよく分からない。

ただ、そうした質問の合間に、「オリンピックやるなら国道6号線で聖火リレーやって欲しい」(92ページ)というのは、良いアイデアだと思う。

また、「労働問題が得意な新聞」からの取材もあったようなのだが、考えて見れば本作の副題に「労働記」と入っている。

だが記者たちはあまり竜田の話を聞かずに自分たちの「物語」に強引に引き込もうとし、「ちょっとは俺の話聞いてくれよ」(94ページ)とぼやきたい気持ちは分かるものの、そうした「作為」は何も今にはじまったことではない。

もちろん、記者が「APD」のことを知らなかったからと言って、それをいちいち「これまでの中で俺が一番驚いたのが次の質問だった」(95ページ)と言うほどのものではない。こうしたことは、日常茶飯事である。

最期のページ(96ページ)には、海外メディアの取材の話が書かれており、「世界のヒーロー」「国連総会でスピーチすべき」と言われた、ということで作品が終わっている(全6ページ)。

ああ、そうか。要するに、本当に「小ネタ」集だったんだ。

「小ネタ」と書いているから、テーマとして「取材」を扱ったこと自体が「小ネタ」かと思ったのだが、そうではなく、「取材」のなかでも、ちょっと変わったやりとりを、全部で、5つの小ネタを集めた、という意味だったのである。

納得した。

週刊 モーニング 2014年 11/6号 [雑誌]/講談社
¥340
Amazon.co.jp
2014-10-24 22:10:00

放射能とリスク認知――「放射線災害と向き合って」を読む(3)

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
今回は、下記の本の第4章以降について。

読んだ本
放射線災害と向き合って 福島に生きる医療者からのメッセージ
福島県立医科大学附属病院被ばく医療班 編
(現 放射線災害医療センター)
ライフサイエンス出版
2013年5月

***

リスク認知においては、二つの相反する要素を含んでいる。

・情緒的・情動的なリスク認知
・科学的・論理的なリスク認知

情緒的リスク認知
判断: 安全か否か
思考過程: 二者択一(定性的)
因子: 恐ろしさ(重大性)、未知性
認知方法: 直観的(100%の安心を求める)

科学的・論理的リスク認知
判断: リスクに対していかに介入するか
思考過程: 順位づけ、重みづけ(定量的)
因子: 知識、経験、社会性
認知方法: 論理的(ゼロリスクはない)

ここでは、ポール・スロビックの、日米による、リスク認知地図の違い、についてふれている。

これによれば、日本の場合、原発や核兵器に関しては、「恐ろしさ因子」は強いのだが、「未知性因子」は低いと認識していることになる。

これに対して米国は、「恐ろしさ因子」は日本と同様強いのだが、「未知性因子」は高い。

もちろんこの「未知性」というのは、よく分かっているという意味ではなく、どういうイメージを抱いているかということである。

具体的に言うと、原発事故がもたらした「恐ろしさ」とは、以下のようにまとめられる。

・事故の制御困難さ
・恐ろしさ(爆発や火災)
・高線量被曝がもたらす致死性
・世界的な惨事の可能性
・事故の収束困難性
・将来世代への影響
・非自発的なアクシデント
・福島なのに東京電力という不平等さ

他方で、「未知性」については、以下のようなまとめかたができる。

・低線量被曝のリスク
・観察不可能性
・理解困難
・晩発的影響
・未経験

***

問題は、こうした因子が明確になったとしても、要するに、被害者、当事者、何らかの不安を抱いている人、何らかの病を発症した人に、リスクコミュニケ―ションがうまくできるかどうか、である。

この点については、二つ、課題を挙げている。

第一に、これまでのような、無知な大衆を啓蒙する専門家のような図式で、一方的にリスクを説明するようなやり方をやめて、双方向、対話型に切り替えるべき、だということ。

第二に、講演や説明会などのやり方としては、説明者は、聴衆一人ひとりの回答をするのではなく、聴き手、受け手となり、その声を実際の担当者(政府、自治体、責任者)に渡すような、調整役になるべきだということである。

また、逆に一般市民の側への「要望」としては、できるだけ自分と正反対の意見と向かい合ってみる、ということが、大切なことではないか、と指摘している。

本書はそこで終わっているが、私なら、もう一歩進めて、そのうえで、両極端の意見を相対化することが必要だと思う。

極端な場合、最初「左」と思っていたのが、「右」に意見を聴いているうちに「右」になる、ということはしばしば起こることである。

この場合、「左」も「右」も「立場」であって、科学的に解明されていることや、物事の道理は、それらの「極」にあると思ってはならないように思われるのである。

***

また、クライシスマネジメントについても、問題提起を行っている。

「役割分担には責任分担と機能分担の方法があることを理解」(243ページ)し、機能のみならず責任のことを忘れてはならない。

このことをしっかりと認識しないと、制度や組織、体制を変えても駄目だという。

また、上意下達方式は、双方向性をもたせるべきだ、とする。

そして、実際に現場で対応するために必要な、6つの能力を整理している。

・情報収集能力
・専門能力
・想像力
・分析力
・緊急調整力
・実行力

実際に「災害」への対応を行うのは公務員が圧倒的に多い以上、彼らの危機対応能力をジェネラリストとして高めてもらいつつ、うまくスペシャリストとの連携を撮ることが望まれる。

また、スペシャリストたち(たとえば科学者)は、常に、自身の「正しさ」をそのスペシャリストが拠って立つ「専門領域」に基づいているが、これは、一般市民である私達にとっては、正直、どうでもよいことである。

原発事故の際に、私たち一般市民が、放射性物質による健康被害を受けないために何を知っておくべきなのか、と考えた場合、以下のような関係図を描くことができる。

放射性物質の放出から影響を受けるまでの関係

1)環境への放出
・放出量
・地域汚染状況
2)避難、除染
3)食品となるものへの影響
4)市場への供給制限
5)生体防御能力
・食習慣
6)感受性(各個人)

科学者が語っていることが、どこにあてはまるのかを確認すると同時に、その科学者が語ることが、はたして、通説なのか、少数説なのか、さらには、最新の知見をふまえたものなのか、経験的なものなのかなども、しっかりと見なければなるまい。

多数説と少数説については、いずれの立場についても理解するべきである。

いずれかをとることは、必ず、混乱や争いを引き起こすことになるだろう。





放射線災害と向き合って - 福島に生きる医療者からのメッセージ (ライフサイエンス選書)/ライフ・サイエンス出版
¥2,376
Amazon.co.jp
2014-10-23 22:06:00

低線量被曝の影響をどうとらえるか――「放射線災害と向き合って」を読む(2)

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
今回は、下記の本の第3章について。

読んだ本

放射線災害と向き合って 福島に生きる医療者からのメッセージ
福島県立医科大学附属病院被ばく医療班 編
(現 放射線災害医療センター)
ライフサイエンス出版
2013年5月

原発事故に対する論議のなかでも、もっとも見解が分かれるのが、(急性ではない)放射線の健康リスクについて、である。

先に結論を書いてしまうが、これまで、1,000冊ほど関連書を読んできた経験から言えば、はっきりしたことは、言えないのである。

「はっきりしていない」というのは、「ない」ということでも「ある」ということでもない。

実際に被害が出ている人もいる、が、出ていない人もいる。

まったく健康への影響がない、というもの誤りであり、かつ、常に有意な影響がある、というのも正しくないのである。

こうした、言い方をすると、「中途半端」「分かりにくい」「誤魔化している」「情報を隠している」「陰謀だ」といったような見方をする人もいる。

その気持ちも分からないわけではないが、放射線に関する研究は、何もかも、「原子力ムラ」によってコントロールされていると考えるのは、ちょっと行きすぎである。

世の中で起こっているさまざまな事象を一元化、単純化させてしまう「
ユダヤ陰謀説」と同じようなものになってしまう。

確かに、「放射線防護学」の専門家、と名乗っている人のなかには、かなり風変りな人もいるので、そういう人の見解をテレビやYouTube、本などで知ると、「?」がつくことはある。

それぞれの専門家は、あくまでも、その領域における立場を表明している場合が多く、専門家だから「正しい」とか、その領域の見解を代弁している、と思ってはならないのである。

だが、たとえば本書のように、医学系の専門家が放射線にたいして下している判断は、そのまま私たちの「健康」にかかわるものであり、もっとも参考にすべきものであるように、私には思われる。

もちろんそれは、医者だから信用できる、と言おうとしているのではない。

もっとも自分の健康と近いところにいる専門家である医者の言うことを、まずは聴いてみるべきではないか、と言いたいのである。

***

本書の第3章では、上記のような、放射線の健康リスクを考えるにあたって、これまでの研究の蓄積から学ぼうと、特に、ヒロシマ、ナガサキ、そして、チェルノブイリを例として出している。

急性ではない場合、放射線がどのように健康に影響を及ぼすのかをとらえようとすれば、当然、長期間にわたる調査が必要となる。

それも数名の追跡ではなく、万単位の「サンプル」が望ましい。一般的に「疫学」的研究といわれているものだ。

と、考えれば、おのずと、ヒロシマ、ナガサキ、チェルノブイリの「人たち」に焦点があてられることになる。

ヒロシマ、ナガサキに関しては、放医研が長期的に追跡調査を行っている。

もちろん、放医研がその前身であるABCC以来、米国との共同機関であることから、情報が捻じ曲げられていると考える人も少なくないし、非常に残念なことに調査の開始が1950年からであり、肝心な初期5年の情報がないことも、織り込んでおかねばならない。

とはいえ、その後半世紀以上、今もなお続けられているこの調査は、世界で唯一のものであることに変わりはなく、このデータを無視することは、許されるものではない。

この結果においては、特に、癌の発症と被曝した線量とのあいだには、少なくとも100ミリシーベルト以上の場合には、はっきりとした影響があることが知られている。

だが、ここで問題とされるのは、100ミリシーベルト以下の場合である。

この場合、前述したように、発症する人もいるが、しない人もおり、相関関係が難しい。

フクシマにおいて、事故現場で働いている人たちのなかには、もちろん高線量による障害が発生している場合があるが、一般住民への放射線の影響、と言った場合、明らかに低線量における影響という、なかなか説明がつけられない部分にかかわってくる。

年齢別でみると、高線量(1シーベルト以上)の場合、20歳未満の若年層の方が、がん発症の可能性が高まっていることは明らかだが、1シーベルト以下になると、年齢によるはっきりとした差がなくなってしまう。

癌以外の疾患についても、高線量の場合は、はっきりとした影響がある、と言える。

ただし、遺伝的な影響があるかと言えば、今のところ、はっきりとした影響がある、とは言えない。

また、「精神的影響」についても、1990年代以降調べられるようになってきた。

この場合、爆心地に近いほどダメージがある、という結果が得られている。

以上が、非常に大雑把だが、本書で主に述べられている原爆による放射線被害に関する知見である。

他方、チェルノブイリの場合、ヒロシマ、ナガサキと大きく異なるのは、食べものによる内部被曝の影響である。

特にチェルノブイリのときは、事故当初、食料に対する機制がまったくなく、特に汚染された牛乳を飲んだことにより、低年齢層(特に5歳未満)において、おそらく放射性ヨウ素の影響で甲状腺癌の発症が多くみられた(事故後10年頃がピーク)。

また、ベラルーシをはじめウクライナ地方など、内陸部のこの地域は、ヨウ素摂取量がふだんから少なく、より甲状腺癌を引き起こす前提があったとされる。

言い換えれば、フクシマにおいては、線量の高さの違いもあるが、ふだんから海産物からヨウ素を多く(過剰に)摂取しているので、甲状腺癌の発症は、チェルノブイリよりも少ないであろうことが、予想される(くどいようだが、影響がない、と言い切れるものではない)。

話は戻るが、チェルノブイリ(における一般住民の健康リスク)においては、甲状腺癌のほかの病気については、今のところはっきりとした影響がある、と言えるものは現れていない。

ただし、精神的な影響については、むしろはっきりとしており、言い方を変えれば、避難生活が長引いたり、いつ病気になるか分からないといった際に生じるストレスを解消することも、大切なフォローとなってくる。


放射線災害と向き合って - 福島に生きる医療者からのメッセージ (ライフサイエンス選書)/ライフ・サイエンス出版
¥2,376
Amazon.co.jp
2014-10-22 21:45:00

原発事故=放射線災害の現場――放射線災害と向き合って(福島県立医科大)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
放射線災害と向き合って 福島に生きる医療者からのメッセージ
福島県立医科大学附属病院被ばく医療班 編
(現 放射線災害医療センター)
ライフサイエンス出版
2013年5月

ひとこと感想

本書は、福島県立医大のスタッフが書いた、当時の「模様」である。「3.11」にかかわる本はなぜ、みな自己の当時の感覚を必ず書くのだろうか。または、書かざるをえないのだろうか。そしてまた、どうしてこういった良書が、それほど読まれていないのだろうか。心が苦しい。

***

本書は、福島県立医科大学のスタッフによって共同執筆されたもので、以下のような構成となっている(大学名が記載されていないところはすべて福島県立医科大学医学部)。

序章 大戸斉 (医学部長)

1章 あのとき、何が起こったのか 長谷川有史(緊急医療学講座助教)

2章 放射性物質を知る 佐藤久志(放射線医学講座助教)

3章 原爆とチェルノブイリ原発事故からわかっていること 熊谷敦史(災害医療総合学習センター講師)

4章 低線量放射線の健康リスクについて 宮崎真(放射線健康管理学講座助手)/大津留晶(放射線健康管理学講座教授)

5章 県民健康管理調査とサポート体制 安村誠司(公衆衛生学講座教授)

6章 座談会 震災と原発事故、こころの健康にどう向き合っていくか 小西聖子(武蔵野大学人間科学部教授)、丹羽真一(神経性ん医学講座前教授)、細矢光亮(小児科講座教授) 司会:大津留晶

7章 座談会 放射線問題とリスクコミュニケーション 郡山一明(緊急救命九州研究所教授)、中谷内一也(同志社大学心理学部教授) 司会:大津留晶

8章 「想定外」から未来へ――危機管理のあり方、リスクとの共存 郡山一明

あとがき 大津留晶

***

序章

当時の心境が日記風に語られ、総論的な記述。

「事実」として、原発事故は起こり、私たちがこうした「技術」を十分に使いこなしていないということが明らかになった。

それを、一部の専門家や政治家、企業などが駄目だったから、という形で議論すると、問題がすり替えられる。そうではなく、

「事故の客観的事実を突き止め全体の本質と背景までを探究し、日本全体として次に備えるのが最も賢明な英知である。」(4ページ)

「懲罰を前提とした責任追及」はむしろ、「失敗」からきちんと学ぶことを困難にさせてしまうのである。

まず、「フクシマ」が何であったのか、冷静に事態を受けとめよう。

・放射性物質の放出量は、チェルノブイリの約10%、地上に落下したのは1%以下、陸地部分では0.1%程度である

・高線量放射線被曝の犠牲者は、いなかった

・10万人以上の人が避難を余儀なくされた

・避難者の中で1年半後までに2000人近くの人が亡くなった

・避難者のなかで認知症に陥る高齢者が2-3倍増加した

これは、あくまでも「結果論」であるが、チェルノブイリと異なり、フクシマの場合は、「避難」については、その地にとどまったほうが、被害が少なかった可能性がある。

とりわけ、長期にわたる避難の必要があったのかどうか、今後も検証されるべきであろう。

以前、当ブログでも書いたが、フクシマにおいて、医療支援という意味では、DMAT(災害派遣医療チーム)の活躍が目を見張る。

 福島第一原子力発電所事故の医療対応記録 医師たちの証言、を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11759813488.html

また、これは本書ではじめて知ったのだが、REMAT(緊急被曝医療チーム)が、2009年に放医研に設立されている。

少しだけ批判めいたことを書いてしまうが、このREMATはもともと、「海外」において放射線被曝、放射性物質による汚染事故が起こった時に派遣することを強調している。

もちろん、国内も「想定」していなくはないのであろうけれども。少なくとも、放医研からのメッセージとしては、その点を強調している。

 アジア初、緊急被ばく医療支援チームREMATを結成
 http://www.nirs.go.jp/information/press/2009/index.php?01_19.shtml

***

1章 あのとき、何が起こったのか

ここでは、正直に、原発事故が起こる前までは、まったく現実的な対応を想定していなかった、と述べられている。

医療従事者が、原発事故発生時に求められるのは、被曝・汚染傷病者の診療はもとより、現場で対応を行う人たち(消防、警察、自衛隊など)の心身の健康支援、住民の不安に対するケア、次世代医療従事者へのスキルの継承など、多岐にわたることが、ふりかえってみて明らかになった。

制度的には、1999年の東海村JCO臨界事故を契機に、原子力緊急事態対応体制、そして医療体制が整えられている。

このなかで、医療体制は、大きく三つに分かれていた。

1)初期被曝医療機関
 福島県立大野病院、双葉厚生病院、今村病院、南相馬市立総合病院、磐城共立病院

2)2次被曝医療機関
 
福島県立医科大学附属病

3)3次被曝医療機関
 放医研、広島大学

「初期」は現地で、救急・初動活動を行い、「2次」はより専門的な診療を行い、「3次」はさらに高度専門的な診療を行う。

今回の事故においては、1)の初期被曝医療機関が6施設指定されていたが、4施設は避難区域指定であり、残る2施設も災害や避難のなかで機能しかなった。

本書の中心である
福島県立医科大学附属病院は、このうち、唯一の2)2時被曝医療機関であり、3)ならびに長崎大学、そして、REMATの助力を得て、医療活動を行った。

ところが、実際の意識としては、

「当時の我々は原子力災害医療体制整備の認識に欠けていたし、複合災害医療対応に追われ、被曝医療に意識を向ける余裕もなかった。」(20ページ)

というのである。

2001年には「除染棟」が建設され、20002年には「院内緊急被曝医療活動対応マニュアル」が作成されていたが、多くのスタッフは、本当に自分たちがこうした「活動」にかかわるとは思ってもいなかった。

だが、原発事故の対応で負傷した人たちは、この病院に搬送される。

その後、REMATが到着して、むしろ、彼らがあとはやってくれるものとばかり思って安堵したという。

「原子力災害を「我々自身が積極的主体的に関与すべき問題と認識できていなかった」(33ページ)と反省をしている。

この後もこうした非常事態のなか、次のような変化があったという。

1)初期反応期 現実を否認したがる
2)苦悩・不安期 心身が不安定になる
3)適応期 現実に立ち向かえるようになる

これで言うと、今なお、多くのメディアやSNSの言説は、1)から2)のあたりをさまよっているようにみえる。

かく言う私も同様であるが、かろうじて、少し、3)への足がかりがつかめてきたと思っている。

たとえば、ここでは、かの「悪名高い」山下俊一が登場するが、彼は、現場の医慮スタッフからみれば、「偉人」に等しい。

3月18日には現場入りし、院内職員への講演を行う。題名は「今回の震災における子どもと母親の安心・安全のために」である。

翌日には、山下と、同じく長崎大教授の高村昇が、福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーとなる。

そのあとも山下は、福島に移住することで、身をもって、低線量被曝への対し方を伝えているが、外部の目からは「ミスター100ミリシーベルト」などと揶揄され、「御用学者」とけなされる。

そうしたバイアスは、一体どこからやってきたのだろう。私たちは、彼のメッセージを冷静に聴いていなかった、ということの表れではないのか。それほど、自分たちが被曝に怯えていた、ということなのか・・・

ただし、その後、すみやかな線量の高い食物の出荷規制・自粛は、被曝の低減につながったとしている。

「この時期の出荷自粛や出荷制限が果たした役割は大きい。のちに行われる検診で多くの県民の内部被曝が、医学的介入を要さないレベルであったのは、他ならぬこの施策によるところが大であったと考えられるからである。」(53ページ)

2012年6月には、彼らは、正式に、「放射線災害医療センター」として組織化される。

だが、このあと、非常に気になる書き方がある。

「原発内では今でも一定の頻度で重大事故や重傷傷病者が発生している。」(57ページ)

最後にまとめとして、私たちに欠けていたものを2つ挙げる。

「原子力災害対応について我々に決定的に駆けていたのは原子力災害や放射線事故対応にひつようとされる「コミュニケーション」と「エデュケーション」だったのではないか」(57ページ)

そしてこの「我々」とは、「彼ら」のことではなく、まさしく自分自身の問題である。

また、現在における問題点としては、「ゼロリスク幻想」だとする。

「あらゆる事象に一定のリスクが存在する。現在、フクシマ居住地域の放射線による発がんリスクは他の生活習慣に由来するものより低い。だが、放射線のリスクはどんなに低くてもゼロにはならない。」(60ページ)

「ゼロ幻想」は、危険である。

***

2章 放射性物質を知る

さまざまな実用的な見地からの基礎知識が述べられている。

大変有用であるが、当ブログでは、何度も書いてきたことが多いので、ここでは省略する。

ちなみに、一つだけ例を挙げると、ホットスポットの除染についての注意書きがある。

まず、「点線源からの距離の2乗に反比例して線量が下がる」という原則があるが、これは「広域」に拡散した場合にはあてはまらないとし、高線量箇所から離れる、という対処ではなく、100メートル四方の除染がもっとも効果的である、としている。
 
もし、これを読まれている方が、基礎から放射性物質のことを学びたいのであれば、本書も格好の入門書だと思う。


*3章以下は、申し訳ないが、明日に続く。




放射線災害と向き合って - 福島に生きる医療者からのメッセージ (ライフサイエンス選書)/ライフサイエンス出版
¥2,376
Amazon.co.jp
2014-10-21 22:31:00

リスクとリターンから原発事故の意味をとらえる――戦後史のなかの福島原発(中島久人)を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
戦後史の中の福島原発 開発政策と地域社会
中嶋久人
大月書店
2014年7月

ひとこと感想
なぜ、福島に原発が建設されたのか。すでに開沼博が中央と地方という構図において従属と依存の力学において生みだされたという見解を地元周辺の聞き取り調査から提示しているのに対して、本書は、「史料」すなわち書き残された文書資料をもとにして、「地域社会の要」として意識されてゆく過程を検討している点が興味深かった。

***

本書の主張は、以下の4点である。

1)私たちは原発を大都市圏に設置することを拒んだ

2)福島第一原発はあくまでも地域開発の一環として選ばれた

3)1960~70年代に起こった福島での原発建設反対運動は、原発への不安が現れはじめたことを意味しているが、それ以上の実質的な力とはならなかった

4)その後、3.11によって、原発のリスク(不利益)とリターン(利益)のバランスが実は大きく歪んでいることが露見した


***

第1章 原子力開発の開始と原子力関連施設の大都市からの排除

この章で特に本書が際立って明確にしているのは、題名にあるとおり、原発が大都市からいかにして排除されたか、である。

すなわち、ここで問題となっているのは、「立地」選定のあり方である。

東海村が最初のターゲットとなったが、もっとも運動や議論が起こったのは、関西研究用原子炉設置のときだった。

ここで歴史的に明かされるのは、大都市圏の住民は、原子力関連施設に対して、基本的に拒否反応を示し、実際に「反対運動」等によって、建造を阻止した、ということになる、

結局は、綺麗事ではなく、ベネフィットとリスクのバランスであり、大都市圏においては、リスクの方が高くなってしまうということが、この問題の根幹にあるということである。

また、このときの「ベネフィット」は、単に「原発」という施設の誘致ではなく、それに随行するであろう、商工関連施設や人の流入を見込んだものであったことを、中嶋は強調している。

言い方を変えれば、放射線がひとたび漏出すればさまざまな問題が生じるということにはあまり目を向けられず、単純に、お金や人や建物などを呼び込むことができるということが大事だった、ということである。

「東海村に実験炉・商用炉が設置されたが、それは被曝のリスクを少しでも回避することを目的にして過疎地の沿岸部に立地するためであった。しかし、逆に、茨城県や東海村は、この立地により、人口増を含む地域開発を望んでいた。」(80ページ)

だが、実際は、原発立地地域は、できるだけ人口が少なくあることが望まれたのである。

「これは、原子炉立地審査指針など、国家の意思である。しかし、大規模原子力施設建設によるリスクを回避しようとして運動を展開していた、大都市住民の声にも基づいていたのである。」(82ページ)

***

第2章 地域開発としての福島第一原発の建設(1960-196)

こういう言い方をすると、抵抗感のある人もいるかもしれないが、「自治体」単位でとらえたとき、「福島県が主体的な受け皿となって地域開発を名目に福島県浜通りに建設されるに至った」(87ページ)というとらえかたができる。

よく言われているように、福島は戦前から首都圏への電力を供給していた。

それは、1911年にまで、さかのぼる。猪苗代に水力発電の会社が設立されるが、これは東京に送電することを目的としていた。

ただし、この頃は、福島県においては「発電」も一つの産業として成立しており、県内にも安価な電力を供給することができ、工業の振興に一役買っていた。

だが、無数にあった電力会社も次第に淘汰され、この会社も、東京電灯という会社と合併した。

決定的だったのは、1938年の国家総動員法制定時の電力管理法、日本発送電会社法などの制定である。

1941年には配電統制令が出され、現在の9電力会社体制がつくられる。

「電 力の国家統制によって、安価で豊富な電力供給により地域工業化を進めてきた電力生産県としての福島県のメリットが失われた。それぞれのブロックごとで統一 された電力料金となり、さらに全国的にはりめぐらされた送電線網によって、福島で生産された電力は、今まで以上に首都圏などの域外で消費されるようになっ たのである。」(89-90ページ)

「電力生産県としての福島県」は、その生産した電力をもとに、工場を誘致し、雇用の機会を生み、地域開発を進めようとしていた。

原発の誘致もまた、そうした流れに沿ったものだった。

にもかかわらず、電力だけを生産し、その電力を首都圏へと送りだす役割を担うことになる。

言ってみれば福島県は、首都圏によって、さらには、国家によって、電力を収奪されたのである。

そしてまた、当初の福島県における「計画」にあっては、原発の誘致というのは、あくまでも工場や企業を誘致する「手段」であり、目指されたのは、工業化による地域の自立化だったということを忘れてはならない。

決して電力会社、原発だけに全面的に依存する自治体を生みだすことが目的だったのではないのである。

***

第3章 福島県における原発建設反対運動の展開

福島で、原発の建設反対運動が起こったのは、福島第二の建設にあたってである。

富岡町毛萱は福島第二の建造に反対していた。また、浪江、小高でも反対運動が起こった。さらに、楢葉でも起こった。

このなかで、次第に、原発そのものに対する不安だけでなく、「原発建設が、真に地域社会のために役だっているのか、いいかえれば、リターンたりえているのか」(166ページ)が問われた。

ただし、これらの反対運動は、それぞれが横のつながりをもたず、それぞれ個別のものだったがために、大きな広がりをもつことはなかった。しかも、ここに、共産党支持系の人と、社会党支持系の人とで対立が起こってしまう。

まことに不毛なことになってしまうのだった。

***

第4章 電源交付金制度と原発建設システムの確立(1974~)

1970年代中盤以降は、もう、泥沼のような話である。

一度「原発」にかかわったところは、その数をとにかく増やすことになり、福島第一で6基にまで増えた。

反対運動のリーダーだった岩本忠夫が双葉町の町長になり、以降、原発推進にまわる。

佐藤栄佐久(元福島県知事)からみた、原発誘致の泥沼。

***

中嶋は、本書の最後のほうで、次のように指摘している。

「福島県の場合は、自立的な生存に寄与するとみなされたリターンを目当てにして原発建設のリスクを引き受けるという地域社会側の主体的な営為も介在して、現在のような中央への従属的関係が形成された」(213ページ)

「しかし、福島第一原発事故は、そのようなリスクとリターンの交換は著しく不平等なものであったことを明示した。」(214ページ)

さらに中嶋は、もう一歩踏み込んで、次のようにも述べている。

「近 代社会は、人間の作為によって自然の拘束から解放されていくものとして認識されており、原子力はその象徴であった。そして、歴史学も、このような近代の世 界観のもとにあった。しかし、福島第一原発事故は、人間の作為による自然の拘束からの解放という世界観そのものへの懐疑をつきつけた。」(215ページ)

この「懐疑」はとても重要なのだが、つきつけられても、なぜか、ともかく「再稼働ありき」であったり、原発前面否定で現場の葛藤をあまりみなかったり、いずれにおいても、今ひとつ納得のゆかないレスポンスしか見えてこないのが、とても残念である。

戦後史のなかの福島原発: 開発政策と地域社会/大月書店
¥2,700
Amazon.co.jp

[PR]気になるキーワード

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

あなたもエコ・ブログでブログをつくりませんか?