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核の言説史 公開中 
私たちは、原爆と原発という二つの巨大な存在を前にして戦後がはじまり、今に至る世界を生きている。哲学、物理学、評論はもとより、文学、芸術、映画、コミック、楽曲、芝居など、さまざまな表現において「核」の歴史は刻まれている。この厚みを解き明かすことによって、これから私たちが「核」とどうかかわって生きてゆくのかを探るべく、言説史をまとめている。

 前史

1945~1949年  1950~1954年  1955~1959年  1960~1964年  1965~1969年  1970~1974年  1975~1979年  1980~1984年  1985~1989年  1990~1994年  1995~1999年  2000~2004年   
2005~2009年  2010~2011年02月    

2011年3月~7月  2011年8月~12月  2012年1月~2月

【新訂版】
1945年  1946年  


核の言説データベース~原爆と原発と


はてなブログにて、1記事1文献でデータベースを作成中。
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2015-03-01 22:00:00

ナガサキ、というジャズの名曲

テーマ:音楽
聞いた曲
Nagasaki
in The Poll Winners
by Barney Kessel,  Shelly Manne, & Ray Brown
1957

オリジナル
Harry Warren 詞
Mort Dixon  曲
1928

カバー:
Nagasaki (Take 3)/Zephyr Records
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Nagasaki (Bonus Track)/Solar Records
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Nagasaki/Ideal Music
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Nagasaki/American Songbook Classics
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Nagasaki/K-Tel
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名曲サテンドールも収録されたこのアルバムに、そういえば「ナガサキ」という明るい曲があるのを思いだした。

ネットで調べてみると、元々は歌だった。

ただし、確かに歌詞には「ナガサキ」が登場するものの、所謂「ヒロシマ、ナガサキ」の「ナガサキ」ではなく、「蝶々夫人」の「ナガサキ」であった。

よって、これ以上ここに書くことはない。

しかし、少しだけ覚えていたほうがよいと思うのは、この曲が1920年代に登場してから特に1920年代後半、そして1940年代に多くのビッグバンドのジャズグループによって演奏されたという事実である。

すなわち、米国においては、「ナガサキ」という言葉は、敵国の軍事工場があるところというよりも、エキゾチックな不思議なアジアの都市というイメージで知られていたのではないか、ということである。

かなり楽し気な曲調なのが、かえって、考えさせられるのだった。





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2015-03-01 22:00:00

2月によく読まれた「核」関連ブログ記事

テーマ:よく読まれた記事(核関連)
2月によく読まれた「核」関連ブログ記事

2015年2月に読まれた記事のなかで、アクセス数が多かったものは、以下のとおりです。


1 
忌野清志郎は本当に「脱原発ソング」を歌ったのか?
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11590714399.html

なんと、2013年8月に書いた記事が1位となりました。脱原発とか推進派とかそういう言葉もそうですが、「脱原発ソング」というカテゴリーも疑わしいものとしてとらえるのが当ブログの基本方針です。「核関連ソング」として歌詞を読みなおしてみました。



科学者の社会的責任についての覚え書(唐木順三)、を読み返す
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11246733127.html

こちらも2012年5月に書きました。この記事はかなり力を入れて書いた記憶があるので、今なお読まれるのはとてもうれしいものです。



被爆は日本人だけではない――「暗やみの夕顔」(金在南)、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11990590265.html

ようやく2月に書いた記事が登場。ただ、最近、自分が常識と思っていることが意外とそうではないことに気づかされます。この「被曝は日本人だけではない」も、それを意識してつけてみましたが、気に入っているわけではありません。しかも本当のことを言うと、この作品は、文章が美しいところが本当の魅力であり、あまり分析のようなことをするのも野暮かなとも思いました。



いちえふ(竜田一人)、第15話「アイル・ビー・バック」、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11989814148.html

週刊モーニング連載の漫画。ここのところ今一つの内容が続いたのは、どうやら「本業」のほうが忙しいからであり、竜田氏は最新号で、一度にいろいろなことができない、と述べています。



核分裂の発見は誰がしたのか~原爆が生み出されるまで~プルトニウム(バーンシュタイン)を読む2
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11277934273.html

これは2012年6月に書いたもの。核分裂の発見において二人の女性科学者が不当な扱いを受けたという内容ですが、どうしてこれが2月に注目されたのでしょうか。理由はよく分かりません。


次点
爆心地から1.5キロで被爆した作家、中山士朗の「死の影」を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11989373879.html

小説としての完成度はそれほど高くないように思いますが、
原爆投下から20年以上もたってから発表されたにもかかわらず、描写はとても生々しいものです。



今月は2,3,4位が2012~13年に書いた記事。新たに書いたものももちろん読んでほしいですが、それ以上に、末永く読まれることは、とてもうれしいものです。

ほか、核関連以外では、仔猫の暮らしぶり報告や叔父の死への思いを綴ったものが読まれました。



***

当ブログの記事をお読みいただいているみなさま、いつもありがとうございます。とても励みになっています。これからも、静かに、しかししっかりと、考察を続けてまいる所存ですので、なにとぞ温かくお見守りくださればと存じます。


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2015-02-28 22:23:00

福島原発で働く漫画家の葛藤――いちえふ 第16話 レット・イット・ゴー(前編)、竜田一人、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ作品
いちえふ 第16話 レット・イット・ゴー(前編)
竜田一人
週刊モーニング No.13 2015年3月12日号
講談社
2015年2月26日

ひとこと感想
表紙と巻頭カラーを飾る。表紙には「100年後の日本のために」と書いてある。被曝限度量をこえて休業中に最初の作品を描き出版社に持ち込みを行った経緯を中心とした内容。彼の言う「福島の現実」とは一体何を意味するのか、私にはまだまだよく見えてこないが、とにかくもくもくと作業が続けられていることに大きな意味があることだけは、よく伝わってくる。

***

作品の扉は、2014年末の
竜田駅の風景。

Google Mapのストリートビューでは2013年7月の竜田駅を見ることができる。また、開通後の駅の様子は、いろいろな人のブログ記事などで見ることができる。

ストリートビューと竜田の絵で共通しているのは、ポストがシートで覆われていること、である。

異なる点は、以下。

・ポストのシートは青色でなく白色
・自動販売機は電源が落ちている
・竜田駅の看板に英語で「TATSUTA STATION」と併記されている
・「警察官パトロール重点駅」の看板がある
・入口や窓が閉鎖されている
・屋根が赤系統の色
・アジサイが咲いているほか、雑草が茂っている

ブログ記事などにある開通後の竜田駅と竜田の絵と異なる点は、以下。

・屋根の色は緑だが、竜田は青に変えている
・竜田駅の看板には英文があるが、竜田は省いている
・玄関口まわりの柱木は鼠色だが、竜田は黄土色に変えている
・自動販売機の隣に飲んだ後の空缶入れがある

もしかしたら時期が異なるので、空き缶入れの有無はおいておいて、いくつかの色が変えられていることが分かる。

***

2012年12月に竜田が、半年間にわたる仕事を「ひとまず」終えて帰路についているところから、本編は、はじまる。

年間被曝量が限度に達してしまい2013年4月まで現場で働くことができないのである。

現場で働いてきたことを描くかどうか、思案している。

少なくとも、次のように強く感じたという。

「福島で見てきた事と東京をはじめ福島県外で語られるイメージの違いに、少なくとも現場の記録ぐらいは残しておきたいと思うようになっていた」(7ページ)

これは、至極まっとうなことである。

「現場」とその「現場のイメージ」とは、大きく異なる、それは、どこの世界においても同じである。

だいたい、この作品を読んでいる私たちは、本作を「ドキュメンタリー」や「ルポ」の類として読んでいる。

つまり、作者と主人公とは同一であり、その主人公の「まなざし」を通じて、私たちは「現場」と「現場のイメージ」とのギャップに驚くことになる。

このとき難しいのは、主人公とそれを読んでいる「私」がうまく重ならないと、そこで表現されているものを素直に受け取ることができず、むしろ「脚色」や考え方の違いに気をとられてしまうことである。

本作においては、それが顕著で、なかなか「素直」に読むことができずにいたのだが、今回の作品を読んでいてそれがなぜかが少し分かりかけてきた。

私たちは本作を読み続けるなかで、竜田に感じたのは、不透明さである。

たとえばこれが、もし吾妻ひでおであったり、花輪和一であったりすれば、彼らの描くもの、彼らの「視点」を、読み手が事前に了解しているので、「私の視点」でなく、「吾妻の視点」や「花輪の視点」で「現場」を見ることが容易い。

また逆に、竜田の「視点」が、もっと純粋な、好奇心のようなものを出発点としていれば、ニュートラルに共有できるのかもしれないが、彼の「視点」には、それなりの「バイアス」が常に感じられるため、読み手側が素直にその「視点」に乗ることが難しくなるのである。

それでも今回は、彼の立ち位置と本作シリーズが描かれるにいたる経緯が述べられているので、作者である竜田については、少し像が明確になった。

「俺は(売れないながらも)元々は漫画家だったので、自分なりの記録を残すならやはり漫画という手段になる」(7ページ)と書いてあり、「実録モノ・スポーツ・ドキュメンタリー等々、コンビニ廉価本の請け負い仕事中心」という注が付いている。

最初から漫画にすることを前提に現場に入ったわけではない、が、まったく描くつもりがなかったわけでもない、と竜田は言う。

つまり、取材や見学で現場に入っているのではなく、「働き」に行っている以上、竜田の「視点」は、ふつうの「仕事」をしている人、「生活」をしている人、にあるということになり、そういう場合、描き手は相当苦労するであろう。

実際、竜田は、描き方をいくつか、検討している。

ばかばかしいが、派手なアクションを入れたフィクション「沈黙の発電所」、主役は「STV勢刈」(スティーヴン・セガールもどき)、というアイデアを披歴している。

「結局見てきた以上の事は描けないのだ」(9ページ)から、淡々と動いている現場をそのまま描くことをめざす。

最初の作品が「案内記」であったのは、「「一緒に見に行きましょう」という気持ち」(9ページ)からだったようだ。

そのあと、ネームの段階で一度単行本化の話もあったが、途中で立ち消える。

4月になって雑誌編集者に持ち込むも次のように言われたようである。

・これは漫画でやるべき事なんでしょうかね
・字も多いし漫画として盛り上がりに欠ける

そのあとモーニングに持ち込む。

当初編集者は、「原発作業員が漫画を描いた」ものとして興味を持ったようだが、作品をみると、プロではないかと尋ねるが、竜田は「同人誌程度で」とごまかしている。

その理由をこう書いている。

「漫画家としては素人の作業員が描いたといった方がインパクトがあるだろうという変な戦略が半分、もう半分は過去の経歴による先入観なしで作品そのものを評価して欲しいという願いだった」(12ページ)

このあたりの微妙さが、読み手にとっては、中途半端さにつながる。

さらに編集者は、本作を掲載させるにあたって、「新人賞」に入れ込んで、「いろんな人の評価を受けたらイケるかも」(13ページ)と思案し、原稿を受け取るも、この結果は半年後の10月であり、竜田としては、金にならずに少しがっかりしている。

4月が過ぎても現場から声がかからず、資金もないため、バイトで食いつなぐ。

作品内では、喫茶店のウェーターをしている。

秋になり、大賞が決まり、バイトをやめて続編の用意をはじめる。

反響はまずまず(大好評、と書いてあったが、私の目からみると、そうでもない)。

連載がきまり、少し経ってからタイミング悪く現場の仕事の依頼が入ってしまうも、なくなく断ってしまう。

このあたり、確かに、「二足のわらじ」の大変さである。

また、竜田という人は、一度に二つのことをやるのは苦手」(14ページ)とあり、働きながら描くということができないようだ。

また、すぐに依頼の連絡があると期待していたが、残念ながらそのあとしばらく途絶えてしまうのだった。

「漫画家としても作業員としても中途半端な不安を抱えたまま」(15ページ)



***

これまでの「いちえふ」記事

いちえふ 福島第一原子力発電所案内記

いちえふ 福島第一原子力発電所労働記
第1話
 収束していません
第2話 「鼻が痒い」
第3話 2011年のハローワーク
第4話 福島サマータイムブルース前編
第5話 福島サマータイムブルース 後編
第6話 はじめての1F
第7話
第8話 劇団いちえふ
第9話  線量役者
第10話 N-1 経由 1F行き
第11話 ギターを持った作業員

第12話 ヒーローインタビュー
第13話 1F指輪物語

第14話 (Get Your Kicks On!) Route 6!
第15話 「アイル・ビー・バック」
第16話 レット・イット・ゴー(前編)


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2015-02-27 22:31:00

原発をやめ、新たな方向性をつくる道筋――エネルギー技術の社会意思決定(鈴木達治郎他編著)を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
エネルギー技術の社会意思決定
鈴木達治郎、城山英明、松本三和夫 編著
日本評論社
2007年8月

ひとこと感想

エネルギー技術が導入される際の社会意思決定に焦点を当てた本で、原発については新潟県巻町における市民運動による原発設置の撤回と、北海道の泊村原発増設に対する市民参加の議論の結果生みだされた将来の原発に依存しないエネルギービジョンの策定が事例として挙げられており、とても重要な論点を含んでいる。

編者の一人、松本三和夫については、下記の記事も参照

 原発災害の見直しの手掛かり――構造災(松本三和夫)、を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11805890336.html

***

本書は、そもそもややこしいエネルギー技術とその政策の是非を問うのではなく、導入段階における「社会意思決定のあり方」について検討が行われている。

対象とされているのは、以下である。

・原子力発電の立地
・太陽光発電技術
・木質バイオマスを用いたエネルギー
・風力発電技術
・カーシェアリング
・路面電車
・ウィンドファームの立地

後半の対象をみて分かる通り、本書では「エネルギー技術」の定義が通常よりも広くとられている。

「エネルギー生産、輸送、利用面において、社会のエネルギー需給に影響を与える、ソフト技術やノウハウも含めた多様な技術」(8ページ)

こうしたエネルギー技術の際立った特徴を以下の三点にまとめている。

・公共目的に深くかかわる
・社会基盤インフラ投資が必要
・社会シンボル性が高い場合がある

なお、「公共目的」や「社会」と言った場合、特に重要なのは、「地方自治体」「国家」「国際社会」といった、大きく分けて三つの「社会」がかかわっていることである。

「「社会」は、導入されようとしているエネルギー技術が関与する公共目的が対象とする範囲で規定される」(10ページ)

当然、導入段階においては、国家や地方自治体の関与が必要となる。

ただし一方で、導入段階においては、不確実性がきわめて高いにもかかわらず、導入されると、そうした意思決定自体が将来にわたり影響を与え続けることになる。

とりわけ原発の導入はその最たるものである。

また、こうした技術は一度導入されると「国策」という名のもとに導入プロセスを問うこともなく自明化されてきたが、もう一度見直す必要がある。

導入にあたっては、公的には、政府や議会、県知事などによる制度化された意思決定機関によって形成されるものが、まず考えられる。これを「公式プロセス」と呼ぶ。

これに対して、民間企業とその組織や団体が、従来は、利害関係者(圧力団体)とされてきたが、現在では、さらに、NPO(NGO)が重要なステークホルダーとみなされている。

また、インターネットの普及により、世論や世評などがそうした団体や組織に限定できなくなってきていることも指摘されている。

こうした流れのなかで、「非公式プロセス」が増加している。当然、非公式プロセスは法的拘束力などはないものの、一定程度以上の意味をもたされる傾向にある。

まとめると、以下のような社会意思決定が重層化していると言える。

・企業の経営判断
・首長決定
・投票
・法案決定
・政策決定
・裁判
・審議会
・地域振興組合
・NGO研究会
・市民パネル
・社会実験

***

7つのケースが本書で検証されているが、以下の三つのパターンに分類されている。

1)偶然が左右する意思決定: 意図せざる結果と学習効果

・風力発電技術
・太陽光発電技術
・カーシェアリング

2)技術を社会に埋め込む意思決定: 技術システムをめぐる課題設定

・木質バイオマスを用いたエネルギー
・路面電車

3)地域社会における立地の意思決定: 調整のために非公式な場と手法

・ウィンドファームの立地
・原子力発電の立地

***

本書の第8章が「原子力の普及における社会意思決定プロセス 巻町と北海道の発電所立地事例研究」(寿楽浩太、鈴木達治郎)である。

ここでは、二つの事例が取り上げられている。

1)新潟県巻町における住民投票を経た発電所立地中止
2)北海道における有識者委員会での検討による既存発電所への原子炉増設

課題設定 → 中間段階 → 決定

この中間段階において、公式な委員会や審議会などだけでなく、反対運動その他の非公式な動きをもフォローして、その意思決定にいたるプロセスを理解しようというものである。

まず、これまでの原発の開発と立地に至る経緯をまとめている。

原子力発電技術の導入契機
1953年 
アイゼンハワー米大統領による「平和のための原子力」演説
1954年 原子力関連予算の成立
1955年 原子力三法の成立、原子力委員会の設置
1956年 原子力開発利用長期計画の発表(
原子力委員会

以降、以下の二本立てで進められる

1)主に米国から導入された軽水炉(BWR,WBR)を用いた商用発電利用
2)高速増殖炉を含む核燃料サイクル技術の開発

1973年 石油危機
1974年 電源三法 

各種交付金を長期にわたって得られる原発導入は、過疎に悩む地方自治体には大変魅力的なものだった。

ただし、一度稼働してしまうと、交付金は減額されてゆくため、これまでの状態を維持しようとするならば、結局は、原発の増設を行うほかない、という悪循環を生みやすい。

電源立地の手続きについては、省略。

ただ、冷静に考えて、電力会社が是が非でも原発を事業化したいという話ではなく、国があくまでもお膳立てしているという構造である。

***

新潟県巻町の事例は、1960年代後半に建設計画が暗に動きはじめ、1970年代には公に計画のためのステップを歩み、1980年代前半には、順調に手続きが行われ、原子炉の安全審査を待つばかりまで進んだところで、問題が生じる。

1983年に原子炉設置許可申請の時点で東電は審査の中断を要請、理由は、用地取得が十全ではなかったためである。

しかしその後、紆余曲折があり、土地問題がくりあになったところで1990年代に入り、ふたたび計画再開の動きがみられる。

ここで、地元の人たちが行動を起こす。簡単に言えば、「自主管理住民投票」を行ったのである。

当初は町長に住民投票の実施を訴えたのだが、聞き入れられなかった。また、議会を介する直接請求も原発推進派が多く、実現困難であると判断した。その結果、「巻原発・住民投票を実行する会」を発足させる。

この会の基本原則は、以下のとおりであった。

・民意を確認する投票の実施が主眼
 (反原発の立場をとらない)
・打ち合わせはすべて公表
 (住民および報道関係者に対して)
・プライバシー保護の徹底
 (報道関係者に対して)
・投票方法の工夫
 (期間、時間、場所などを多様化)
・投票結果の中立性の確保
 (投票箱の第三者管理)
・投票所への立会人の用意
 (第三者ならびに推進派を選任)

この結果、町内有権者の45.4%が投票、95%が反対票を投じ、その結果を町長に提示する。

ただしこの結果がそのまま意思決定に反映されることはなかった。

さまざまな事態が起こりつつ、「実行する会」は町長のリコール運動を行い、名簿を集めて現職町長を辞職に追い込み、選挙の結果、「実行する会」の代表が当選を果たし、晴れて住民投票が実施される。

投票率は88.3%、反対票は60.9%、有権者総数に対しても53.7%を占める絶対過半数となり、原発建設は中止となった。

それでも推進派は、最終的には、2003年に最高裁の判決が出るまで抵抗を続ける。

***

北海道泊村原発の計画は、1969年にはじまる。

当初は泊のみならず共和町もあわせた内陸部に予定していた立地計画を途中で変更し、1978年に泊村における海岸沿いへの立地とした。

泊は、用地取得も、地元の同意も、漁業の補償の妥結も滞りなく進んだ。

その後も、チェルノブイリ事故があったにもかかわらず、1989年には1号機、1991年には2号機が運転を開始した。

その後、少しあいだがあいて、1990年代後半には3号機の増設を計画し、2000年代後半の運転開始をめざしていた。

この間に、動いていたのは連合北海道(日本労働組合総連合会北海道連合会)であった。

連合北海道は、委員会方式の活用をはかり、「北海道電源開発問題検討委員会」(通称、エネルギー大学)を設置し、賛否以前に、議論を深めることを目的とする。

さらに連合は、知事に対しても同様のプロセスを要求し、その結果、知事の私的な諮問機関ではあるが「北海道エネルギー問題委員会」が設置される。

ただしこの委員会は、形式的には、泊3号機問題を主眼としたものではなかった。

この委員会は2年半にわたって続けられ、23回の会合をもち、1999年に報告書が出されている。

この内容については、充分な議論がなされたようであるが、実際には知事は増設を容認し、そのあとの知事も継承し、結果的には、委員会の議論は、意思決定に反映されずに終わる。

ただし、この委員会が検討したのは、泊3号機の増設ではなかったこともあり、その後、「原子力は過渡的」であり、自然エネルギーや省エネルギーに力をいれるべきだとする「新エネルギー・省エネルギー条例」が制定されるという副産物を生んだ。

***

この二つの事例を並べてみると、目の前の問題を解決することと、長期的な構想をつくりあげること、この二つの点において、異なっているとみなすことができる。

確かに巻町は原発の建設を阻止したと言えるが、それでは、長期的にどういう町としてこれから生きてゆくのかは、これからの課題となる。

他方で北海道の場合は、目の前の増設は進められたが、他方で、今後は明らかに原発に依存しない方向性に歩むことが可能であり、それは、短期的な判断では覆らないことになる。

いずれの結果が良い悪いとは言えないのである。

また、これらの事例から読みとれるのは、「手続き」については、「公正」であることがきわめて重要であることである。

以上、本書は、あくまでも中立的な立場から住民投票を行いそれによって原発計画を停止させる可能性、そして、これからの地域社会にとってどのようなエネルギー選択が本当によいのかを公的に議論し構想化するで、将来的には原発依存度を確実に下げてゆくこと、この二点を、ある意味では推奨、提言しているとも言える。

もちろん、この事例が他の地域でも同じようにうまくゆくとはかぎらないが、
デモとはまた別の「市民」の活動として、注目すべきであることは、疑いないであろう。


エネルギー技術の社会意思決定/日本評論社
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2015-02-26 21:52:00

ヒロシマの歴史の襞と現在とをつなぐ、似島めぐり(田口ランディ)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ作品
似島めぐり
田口ランディ

所収
コレクション 戦争と文学 19 閃 ヒロシマ・ナガサキ
浅田次郎他編
集英社
2011年6月

初出
野性時代
2006年10月号

田口ランディの他の核関連の本についての記事は、以下を参照。

 被爆のマリア(田口ランディ)、を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11712645146.html

 ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ(田口ランディ)、を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11666420066.html

ひとこと感想
おそらくこの田口の作品は、阿川の「魔の遺産」や大江の「ヒロシマ・ノート」に連なる、「ルポ小説」として位置づけられる。ただ阿川や大江よりも田口の方が「うまい」と感じるのは私だけだろうか。阿川や大江は「全体像」にこだわりすぎて「物語」の焦点をあいまいにしてしまっているように私には思える。

***

本作は、女子高生が現地の人に案内をしてもらいながら、当時のことをに思いを馳せる小説である。

空手をしていて腹筋を鍛えている春田という人の声に主人公が惚れ惚れするところから本作ははじまる。

主人公は、小林真由子という高二女子高生で東京で生まれ育ったが、祖母が子どもの頃に似島の養護施設にいたという。

春田には、知人に誘われてライブコンサートに行ったとき、そのバンドの友人としてゲスト出演で1曲歌ったのを聞く。

演奏後、挨拶を交わし、名刺をもらう。

春田は、広島の人であることを思いだし、一人旅の道案内をお願いする。

小林は母が大好きで、一所に祖母の見舞いに何度かこの島を訪ねたことがあるが、祖母はすでに認知症となっており、自分の娘さえも分からず、ましてや孫の小林のことなど、誰であるのかまったく理解していなかったことに、二人は傷ついてその場を去るという記憶が残されている。

春田は、小林を養護施設に連れてゆく前に、別の場所を案内する。

防空壕なのだが、そこは。

「原爆が落ちたとき、たくさんの被爆者がこの島に運び込まれたんです。暁部隊という部隊が唯一ここに残っていましてね、彼らが被爆者を救護してこの死まで手当てしたんですが、もう、その数はすさまじくてとても手に負えなかった。それでも被爆者たちは助けを求めて島に渡って来て、防空壕の穴のなかでたくさん亡くなったんです。いまでも、その壕を掘ると人骨が出るそうです。」(754ページ)

そして、実は、叔母のいた養護施設は、もともとは捕虜収容所だったことを春田から知らされる。

だが、なぜ、真由子は、このあおぎり学園に来ようと思ったのか。

それは、祖母が亡くなったあと、残されたアルバムに、しっかりと自分の乳幼児期の写真がたくさん貼ってあったことに、端を発する。

あれほど、自分に関心がなく、母のことさえも忘れてしまったかのようにみえたが、実はそうではなかったのではないか、おそらく真由子は、そういう思いを抱いたに違いない。

「もしそうだとしたら、なにか取り返しがつかないことが起こった気がした。」(761
ページ)

祖母は、子どものとき広島で被災し、ほかの家族はみな、原爆で消息が分からなくなった。

孤児となった祖母は、この、似島の養護施設に預けられる。

その後、17歳になって大阪へ出て、小さな飲み屋をはじめる。

そのあと、娘が生まれ、その娘が大きくなって、男と出会って、真由子が生まれる。

ここで、アオギリについてのエピソードが挿まれる。

原爆が落とされた跡地に、生き残った一本の木があった。それがアオギリだった。

そしてその木の株を分けた木がここに「アオギリ二世」として生育している。

それを知って、真由子は、自分が、アオギリ三世、であることに気づく。

か細い、命の、連鎖。

これに対して、アンソロジー本の解説を書いている成田龍一は、次のように書いている。

「ここでは、証言ではなく記憶の領域に入りゆく原爆体験をどのように語るかということが主題とされている。」(781ページ)

これは「主題」ではないと思うが、成田の言うとおり、「当事者」の「経験」が直接語られなくなりつつあるなかで、その関係者がどういった形で、そうした「記憶」とかかわるのかを問うていることは、間違いない。

つまり、本作においては、作者とヒロシマとの距離がもともと、かなりあるにもかかわらず、その距離を大事にしているのである。

まったく異なる文脈であるが、先日、知人がフェイスブックに書きこんだ言葉がとても印象に残ったので、ここに再録したい。

「曖昧にしておくこと=悪
白黒つけること=善
というわけでもない。
なぜなら、白黒の境を決める主体たる人間が、実は揺れ動いているから。
「ブレない」ことを、声高にアピールする人を、僕は信じない。ブレの幅や、その軸が描く軌跡こそ、人の個性。」

これを述べたのは、私が10歳くらいのときに一緒に野球をやって遊んだ仲間(1年年下)で、その後、ミュージシャンになった松崎真人である。

かなり含蓄のある言葉だと思う。

松崎の言う、「
ブレの幅や、その軸が描く軌跡」こそ、私がブログで書いてきた「右往左往」をもっと良く表現したものであると思う。





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2015-02-25 21:52:00

「三千軍兵」の墓(小田実)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ作品
「三千軍兵」の墓
小田実

所収
コレクション 戦争と文学 19 閃 ヒロシマ・ナガサキ
浅田次郎他編
集英社
2011年6月

初出
群像
1997年10月号

赤いマークのところに、クワジャレイン(クェゼリン)環礁がある

***

「三千軍兵」とは「「軍兵」の死をふくめて夭折、横死、客死などの不運死をとげた死者たちの総称」(736ページ)とのことである。

三つの多くの人が眠る「墓」をめぐる思い出を語った随想である。

1)草の墓(無縁仏)
 ビュッヒェンヴァルト収容所にいたことのある知人Zが眠る
 ベルリン市内

2)家の墓
 アジア各地から連れられてきた6,000人の帝国海軍「ロームシャ」とクワジャレイン島(本書では「クエジェリン」と表記)民が眠る
 クワジャレイン島

3)庭石の墓
 阪神淡路大震災で亡くなった家族が眠る
 小田が住む近所

このうち、「核」と関連するのは、2)のみであるので、以下では、2)の内容だけを中心とする。

クワジャレイン島は、マーシャル諸島にある環礁で、大雑把にいえば、日本列島とハワイの中間地点の、やや南にあり、ビキニ環礁よりもやや南東にある。

「戦後、米軍はクエジェリン島全体を巨大な核ミサイルの基地に仕立て上げた」(738ページ)

軍事施設もあるようだが、メインの島のあたりはだいたいどんな様子なのか、グーグル・マップでみることができる。


とても美しい環礁である。ここに核ミサイルがあるというのは、何とも言えないものがある。


続いて、表示が薄く見えにくいかもしれないが、Googleマップによれば、左上(西端)にあるのが、エニウェトク環礁、中央よりやや東よりにビキニ環礁、その東側にロンゲラップ環礁があり、ロンゲラップ環礁の南に、クエジェリン島がある。

原水爆実験は、ビキニ環礁やエニウェトク環礁で主に行われた。

ビキニ環礁では、1946~1958年のあいだに23発の核兵器が試された。

エニウェトク環礁では、1948~1962年のあいだに6回の核実験が行われ、43発の核兵器が試された。

1954年に行われたキャッスル作戦のうち、3月1日にビキニ環礁で行われたブラボー実験によって、第五福竜丸が被爆(米国側は「被曝」が原因ではないと主張を続けている)をしたことが知られている。

「ロンゲラップ島をはじめとして島々で多くの住民が死んだ」(739ページ)

本作は、単に「核実験」の場所として、この地を描くだけでなく、同時に、それ以前の話題にもふれている。

日本統治下にあったときこのエニウェトク環礁はブラウン島と呼ばれていた。

ここでは太平洋戦争中に、各島で「玉砕」が行われ、死者の数は3,000人ほどにのぼったという。

ここから本作の「三千軍兵」というタイトルにつながるのだった。

そういう意味では、本作には、水爆実験と南太平洋マーシャル諸島とのつながりだけに焦点をあてるのではなく、それ以前の日本軍による玉砕命令が下され、現地の人やアジア各地から集められた人たちが命を落とした場所でもあるということを「記憶」として呼び覚ます意図があったと思われる。

「核」の言説からみれば、本作は、第五福竜丸事故がしばしば、ヒロシマ、ナガサキに続く「第三の核兵器被害」としてとりあげられるが、その場合、すでに「日本は唯一の被爆国」ではなくなり、かつ、「日本人」だけが「唯一の被害者」でもないということを強調している、という意味で重要な意味をもつ、と言えるだろう。



ヒロシマ・ナガサキ (コレクション 戦争×文学)/集英社
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2015-02-24 21:30:00

原発作業員の実情を静かに描く、金槌の話(水上勉)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ作品
金槌の話
水上勉

初出
海燕 
1982年1月号

掲載
コレクション 戦争と文学 19 閃 ヒロシマ・ナガサキ
浅田次郎他編
集英社
2011年6月

ひとこと感想
味わいのある小説だが、「核関連」小説としてはとらえにくいところがある。一般的な小説のスパイスとして使用されている、と言ったほうがよいだろう。そしてそのふりかけ方が、まったくあざとくないところが、水上の力量だと思う。

***

なかなか水上作品を読む機会に恵まれなかった。

これが最初に読む作品となる。

***

若狭本郷の岡田という集落が舞台。

主人公(ツトム)はこの村の出身ではあるが、9歳で家を出ているので幼少期の記憶しかない。

ただこの村の資産家の息子である良作とは子どもの頃少し一所に遊んでおり、主人公の母の葬式や法事などで帰郷していたおり、旧交をあたためる。

この良作は原発(作中では「ゲンパツ」とカタカナで書かれている)で働いている。

関西電力のもので、10年前に誘致され、出力は115万7千キロワット、1,2号炉とある。

こうした作業員は「日雇」で、農閑期にそれぞれの集落から数名ずつマイクロバスに運ばれて働いている。

ガラスバッジのことは「作業衣の胸ポケットに、寒暖計とも万年筆ともつかぬ測定器」(709ページ)と表現されている。

つまり、現場で働いている人たちにとっては、原発はゲンパツであって、「危険きわまるところでもない」のであって、むしろ、「長閑か」な雰囲気がただよう。

良作が具体的に何をしているかというと、掃除や運搬が主である。

また、原発の地域への「貢献」として、有線電話とケーブルテレビが集落に導入された。

ここまでが、話の前振りで、この電話がつながったことによって、良作とツトムとの深夜の長電話というのが習慣化する。

良作が原発の仕事がひと段落するたびに、晩酌をしながら良作はツトムの書斎に電話をかける。

そのなかで、特にツトムが気になったのが、「金槌」の話なのである。

・・・と最後まで読むが、確かに良作は原発で働いているものの、本作の「主題」はあくまでも、故郷の旧友から伝え聞いた話を実際に確認しに行くものであり、原発が大きく作品のなかで意味をもつものではない。

これを選んだ理由は何だろうか。ページ数か。単に、著名な作家が書いたものだからか。

例によって、本作が収められたアンソロジー本の解説で成田龍一は、次のように説明する。

「その話題のひとつに「ゲンパツ」の日雇い労働があった。旧友も「ゲンパツ」で働いており、その仕事内容が断片的に記されるとともに、地域社会が原発によりいかに変わるか、また立ちいかない農業経営のため、地域の少なからぬ住民たちが、高額の日当が与えられるげんぱつに働くことが記される。原発が小説の対象とされにくいなか、得難い一編である。」(783ページ)

要するに、原発小説というものが少ないなか、おそらく他のアンソロジー本とかぶらずに、ほどよい短編で知名度のある作家のものを探したところ、この作品につきあたった、ということのように思われる。

いま一つ納得のゆく選択ではないが、いちおうの筋は通っている。

が、ちなみに、水上の作品で「原発」に言及しているものは、意外と多くはない。

もちろん「故郷」は有名であるが、それ以外は、エッセイその他でふれられている程度である。


「原発の若狭」のこと 「原発切抜帖」能勢剛編 青林舎 1983年 所収

無常の風 「波」200号に寄せて 波 1986年8月号

若狭憂愁 わが旅Ⅱ 実業之日本社 1986年
 「若狭憂愁」で原発についてふれられているほか、
水上による「若狭の山々と原子力発電所」という挿絵あり。

若狭日記 主婦の友社 1987年
 
「日記の終り」において原発がふれられているほか、原発の写真も掲載されている。

原発の村の人間愛情 「芝居ごよみ」 いかだ社 1987年 所収

若狭海辺だより 文化出版局 1989年
 「チェルノブイリの恐怖と悲しみ」「再びチェルノブイリを憶う」といった章題が見受けられる。

再び亀と原発とそれから 「いのちの小さな声を聴け」新潮社 1990年 所収

一滴の力水  光文社 不破哲三との対談集 2000年
 「若狭と原発と東海村」の章がある。

原子力の青い炎 「植木鉢の土」小学館 2003年 所収

本作は、あくまでも、エピソード的に「原発作業員」の日常が描かれていたが、他の作品ではどうであろうか、またエッセーではどういった考えを述べているのであろうか、今後少しずつ読んでいこうと思う。



ヒロシマ・ナガサキ (コレクション 戦争×文学)/集英社
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2015-02-23 21:55:00

ナガサキで喪った実の母、そして、自分を育てた亡き養母への思いを鳥に託す――鳥(青来有一)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ作品

青来有一

所収
コレクション 戦争と文学 19 閃 ヒロシマ・ナガサキ
浅田次郎他編
集英社
2011年6月

初出
文学界
2006年7月号

青来有一(Seirai Yuichi, 1958-   )は、作家。本名は、
中村明俊。長崎大学教育学部を卒業後、長崎市役所に勤めながら執筆活動。2010年、長崎原爆資料館長。

ひとこと感想
この作品は、構成の巧みさに目を惹かれる。同じ内容でありながら、客観性のある文章と、主観性の高い文章とを交互に展開する手法が用いられている。


***

本作は、一見、「私小説」のような「小説」である。

しかも構成は二重構造になっており、「作品」の部分と「随想」の部分に分かれつつも、両者がリンクしており、あたかも作者の日常から「作品」の部分が書かれたかのよううに読める。

すなわちこの二重構造は、作品の完成度を高めるとともに、その「虚構」性を払拭させることに成功しているのである。

しかも、所謂「原爆小説」といったジャンルに含まれうる内容でありながら、登場人物は、1945年8月の時点で長崎の浦上あたりで生まれたばかり、しかも、まったく自分の親のことが分からず戸籍は真っ白、他人の親に育てられたという設定になっており、「当時の体験」を描くというのとは、少し異なる表現性へと「原爆小説」を拡幅させてもいる。

すなわち、あの、空前絶後の光景を語ることなく、むしろ、その部分が「空白」(ブランク)になっているのである。

実際の作者は、1958年生まれであり、被曝時に生まれたわけではないものの、長崎出身であり、親は被曝していることもあり、この「物語」は、作者にとって、まったく無縁のものではない。

「それでも、なんか書くことはあるとじゃなかね?」
「いや、なんにも。ほとんどそのことも考えんで、淡々と生きてきただけです。」(590ページ)

過剰にそのことに思い入れるのでも、まったく無視するのでも、斜に構えるのでもなく、作者は、1945年8月9日のナガサキという出来事に対して、あとから生まれた者として、真摯に向き合っているのである。

読み返してみて、本作が「小説」らしいのは、というよりは「非現実的」なのは、以下のような点であろう。

・生まれて間もない赤子だけが焼け場に残されていた
・両親の戸籍記録が一切ない
・母乳がでないはずの養母から乳が出る
・白い鳥(鷺)の出現により赤子が鳴きやんだ

考えてみれば人というものは、ありえないようなことを挿しはさむことによって、あくまでもそれが「お話」であることを読み手に伝えつつ、そのなかで、「何か」を訴えようとするものである。

本作においては、とりわけ、題名どおり「鳥」が、重要な鍵を握っていることは疑いないが、逆に言えば、「鳥」を消し去ったときにはじめて、そこに真意が現れてくるようにも思える。

まず、第一に、作者の問いは、原爆が落とされた直後に生まれた身寄りのない子どもは、その後、どうやって生きたのか、という点にあるのではないか。

「私はほんとうの名前も生年月日も知らない。私がだれでありどこからきたのか、60年以上の時が流れて私にはもう調べるすべもない。わかっているのは私は昭和20年8月9日11時2分の白い光の中から現れたことだけである。」(579ページ)

実の両親を失い、戸籍上にも記載されていない「孤児」が、被災地で養母に拾われて、その後、養母、養父をはじめとした家族と暮らすなかで、当然のようにさまざまな軋轢があることは想像に難くない。

だが、そればかりでなく、赤子がどれほどの放射線被曝をしているのか、そして、その影響がいつどのように出るのか、まったく分からないなかで生きてゆくのである。

その60年以上にわたった人生を、ふりかえる。

つまり、時は、2000年代後半あたり、ということになる。

二人の子どもも成長して、親元を離れて暮らしており、孫も生まれ、今は、妻と二人暮らし。

暮らしている家というのは、養母たちの持ち家である。

養母と養母をずっと看とったこともあり、他の実の子どもたちをさしおいて、そのままこの家に住んでいる。

妻は介護に気疲れしたのか、猜疑心が強くなってしまっている。

主人公は、退職まじかになって二度ほど、意識を失う。

「白い光に包まれ、苦しみや痛みはまったくなく、ふわふわと宙をどこまでもただよっていく感じで、どこか恍惚感さえともなっていたのです。」(592ページ)

とはいえ、「死」が接近することの恐怖は、主人公を襲う。

「これまで生きてきたことがなんとはなしに気になりはじめて、やがては痛切な後悔に似た感情が押し寄せてきたのです。」(593ページ)

すなわち、ここでは、当時の悲惨な光景のみならず、その後の、いつ発症するかもしれない恐怖も抱かずに生きてきた、「幸運な」ヒバクシャの姿が、描かれている、と言える。

この主人公の葛藤は、「ヒバク」にはなく、むしろ、「私は誰なのか」ということに行き着く。

復員してきた養父からみれば、出生について自分の妻を疑うのは自然であろうし、主人公に対してもどこかよそよそしくならざるをえない。

また、実の娘もまた、実の母をとられたような気持ちになり、主人公に対して、少なからぬ嫉妬心を抱いていた。

にもかかわらず、その主人公が、血の繋がっていない親たちが生きた家で今でも暮らしていることに、かなり「居心地」悪い思いをしている。

が、それは主人公の妻のほうがもっとそう感じているはずである。

義姉の夫は、次のように主人公と妻に毒を吐く。

「あんたも、よそからこの家に入りこんできた人間でっしゃろ。半額割引でそれだけの土地と家を手に入れたと思うたらもうけもんとちがいまっか?」(603ページ)

このように、確かに本作は、「原爆」にかかわる「小説」ではあるのだが、それでは、一体「原爆」に特化される何かがここにあるのか、と問われれば、私は、ない、と思う。

前述したように、こうした類型分けに意味があるわけではないが、「原爆文学」とは、狭義には、以下のいずれかの要素を含むもの、ということにならざるをえない。

1)被爆の体験に基づいている
2)被曝の不安とともに生きている

そして、とりわけ2)こそが、「原爆文学」が「核文学」と連接するところということになる。

そして、本作は、最後の最後に、この、1)の部分に一気に接近する。

主人公は、傷ついた白鷺を見つけ、その不幸な姿を目の当たりにして、そこに、自分がまったく想像しようとしなかった、自分を生んでくれた実の母や父の「運命」に思いを馳せる。

「私のほんとうの母も父も、あるいは最後にはこのように傷ついて苦しみながら死んでいったのかもしれません。60年以上もの間、そのことを深く思い煩うことさえなかった自分の薄情さになによりも涙があふれてきて、どうにもしようがなかったのです。」(621ページ)


ヒロシマ・ナガサキ (コレクション 戦争×文学)/集英社
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2015-02-22 21:20:00

「コレクション 戦争と文学 19 閃 ヒロシマ・ナガサキ」に収められた詩歌や絵画

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
下記の本には、散文のみならず詩歌や絵画なども併載されている。

コレクション 戦争と文学 19 閃 ヒロシマ・ナガサキ
浅田次郎他編
集英社
2011年6月

以下、ここでは特に内容面へのコメントはあまりせずに、データを残しておく。

ひとこと感想
本当は詩歌なども、一つ一つ「解釈」や「読解」「分析」「評論」などを行うべきなのですが、今回は列挙するにとどめた。どうも詩歌は苦手で、せいぜい楽曲の歌詞を読み解くのが精いっぱい。特に短歌や俳句、川柳にはなじみが薄いので、どこをどう読みこんでよいのやら、分かっていないのである。


***



生ましめんかな――原子爆弾秘話――
栗原貞子

1945年9月

中国文化 創刊号 1946年3月

***

8月6日
峠三吉


原爆詩集 青木書店 1952年6月

以下を参照

峠三吉、原爆詩集、を読む
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11007233462.html

***

浦上へ
山田かん

1954年6月

ナガサキ 腐蝕する暦日の底で 山田かん 詩集 ナガサキの証言刊行委員会 1971年7月 

***

短歌

正田篠枝
さんげ
私家版(非売品) 1947年12月

竹山広
とこしへの川 竹山広歌集 雁書館 1981年8月
一脚の椅子 不識書院 1995年4月
千日千夜 ながらみ書房 1999年5月

***

俳句

三橋敏雄
句集 まぼろしの鱶 俳句評論社 1966年4月

松尾あつゆき
句集 原爆句抄 文化評論出版 1975年6月

***

川柳

鈴木基之 広島
伊木鶯生 広島
石井政男 広島 2編
稲吉佳晶 岡崎
北本 照子 広島
郷田茂生 広島

句集 きのこ雲 森脇幽香里ほか 広島川柳会 1956年8月

***

和田たかみ 和歌山

川柳 番傘 1981年8月号 番傘川柳本社 1981年8月
川柳 番傘 1981年10月号 
番傘川柳本社 1981年10月

***

政俊

よみうり川柳 瓦版 1963年9月号 大阪読売新聞
 岸本水府による選

***

小栗和歌子


川柳 瓦版 1975年9月号

 岸本水府が創始者

***

写真


ひろしま
石内都
集英社
写真 カラー
2008年4月


広島平和記念資料館にある女性の衣類、その色彩を写真に収める。その遺品はいずれも、悲惨な出来事と結びつくものであるが、同時に、当時の生活や美といったものをも想起させる。

***

絵画

(本書では全体のうちの左半分のみを掲載)
原爆の図 第八部 救出
丸木位里・俊
絵画 屏風四曲一双 縦1.8m×横7.2m
1954年

原爆の図については、こちらを参照。

***

写真


原爆ドーム 
江成常夫
写真 モノクロ
1986年

ヒロシマ万象 江成常夫 新潮社 2002年7月

***

写真
(被爆直後の浦上天主堂)
ジョー・オダネル
写真 モノクロ
1945年

トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録 ジョー・オダネル 小学館 1995年5月

以下を参照

解かれた封印~米軍カメラマンが見たNAGASAKI~、を観る
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11580743975.html


***

絵画


ヒロシマ(人体測定79)
イヴ・クライン
1961年

カンバスの前に何人かの人を立たせて彼独自(特許取得済)の青色塗料を吹き付けた作品。Yves Klein(1928-1962)は、フランスの画家。

「閃光と影の一瞬のイメージを求めて、肉体は消えても影だけが焼き付いている映像を造形化しようとした」(口絵解説 木下長宏、806ページ)

***

絵画

原子爆弾
アンディ・ウォーホル
シルクスクリーン
1965年

以下を参照

アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン作品「原子爆弾」
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11987288304.html





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死の灰は天を覆う ビキニ被曝漁夫の手記(橋爪健)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ作品
死の灰は天を覆う ビキニ被曝漁夫の手記
橋爪健

所収
コレクション 戦争と文学 19 閃 ヒロシマ・ナガサキ
浅田次郎他編
集英社
2011年6月

初出
小説新潮
1956年9月号

橋爪健(HASHIDUME Ken, 1900-1964)は、長野生まれの作家。東大法学部に入学、文学部中退、戦後は実験的な小説を手がける。

***

第五福竜丸の船員を主人公にし、彼が友人(そして友人の妹で許嫁の女性)に宛てた手紙文という形をとった作品である。

1956年に米原子力委員会が水爆実験を再開したことに憤り、手紙が書かれた。

洋上で「被曝」(本作では「被爆」と書いている)するに至る経緯と、その後の煩悶が描かれているが、特に、放射線障害によって精子の数が減ってしまい、子どもを産ませることができないか、生まれても健常ではないおそれがあり、結婚に躊躇する、という内容。

船のなかでの毎日など、海の男たちの暮らしを描いている、という意味では、貴重な書き方なのかもしれない。

こういう言い方は作者に申し訳ないが、第五福竜丸を扱った作品が少ないこともあり、選ばれたように思われる。

表記として気になるのは、上述の「被爆」だけではない。

「無警告の水爆実験」(633ページ)というのは正確ではないのは、本作の後半でも、立ち入り禁止区域が設定されていると記されていることからも分かる話で、「無警告」と書いてはならない。

もう一点、やや混乱しているところがある。

火の玉を見たときの声

「原爆じゃないか!?」(648ページ)

このあと16行後には、こう書かれている。

「じゃあ、やっぱし水爆か」(649ページ)

この648ページは「原爆」ではなく、「水爆じゃないか!?」でよかったのではないだろうか。

また、何よりも気になるのは、「宿命」「神秘的な力」「天の啓示」といった言葉で、この被害を語ることにも、違和感を覚える。

もちろん作者は悪気があってこういう表現を選んだわけではないかもしれないが、私はこうした出来事に対して、「神」や「天」を持ち出すのは、よくないと考える。

なぜならば、映画「大魔神」の第一弾と同じく、「自然」災害に対する「人間」の無力さを訴えるときの「心性」であって、人間の「作為」によって起こった「事件」に適応すべきものではないからである。

なお、この作品は、以下のことを訴えているような書き方をしている。

「一被爆者として、何もかも洗いざらいぶちまけて、世人に、世界中に、訴えねばならぬ。まだ一度もくわしくは公表されないおれたちの「真相」を、はっきり知ってもらわねばならぬ。」(636ページ)

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