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核の言説史 公開中 
私たちは、原爆と原発という二つの巨大な存在を前にして戦後がはじまり、今に至る世界を生きている。哲学、物理学、評論はもとより、文学、芸術、映画、コミック、楽曲、芝居など、さまざまな表現において「核」の歴史は刻まれている。この厚みを解き明かすことによって、これから私たちが「核」とどうかかわって生きてゆくのかを探るべく、言説史をまとめている。

 前史

1945~1949年  1950~1954年  1955~1959年  1960~1964年  1965~1969年  1970~1974年  1975~1979年  1980~1984年  1985~1989年  1990~1994年  1995~1999年  2000~2004年   
2005~2009年  2010~2011年02月    

2011年3月~7月  2011年8月~12月  2012年1月~2月

【新訂版】
1945年  1946年  


核の言説データベース~原爆と原発と


はてなブログにて、1記事1文献でデータベースを作成中。
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2015-01-26 22:15:00

映画 空の大怪獣 ラドン(1956年12月)のちらし

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11


ゴジラシリーズの第3弾は、「ラドン」である。

1作目で、ゴジラ、2作目で、アンギラス、そして3作目で、ラドン。

一貫性のないネーミングであるが、3作目にして、ついに放射性元素名が登場した。

原子番号86番でRnと書かれる。

しかしここに登場するラドンは、約2億年前に活動していた怪獣であり、やはり、水爆実験による地殻変動と、地熱が上昇したことによって、卵が孵化したという設定である。


すなわち、水爆実験の影響は、放射線ではなく、その破壊力と熱なのである。

ゴジラは、水爆のエネルギーを全身に貯めていたが、ラドンはそうではない。

ラドンが人類に脅威なのは、羽ばたくことによる「突風」であり、この「突風」がもたらす「衝撃波」が激しく、「ソニック・ブーム」と呼ばれている。

すなわち、ラドンは、原子爆の、放射線の点からではなく、「衝撃波」の点において「象徴」されているのである。

ところで、ラドンはどういった経緯で物語に登場したのであろうか。

最初の出現は、九州の炭鉱である。

そう、シリーズは、東京 → 大阪 → 九州、と、地方巡業に入ったのである。

突然、出水事故が起こる。技師が原因追及のために坑内に入ると、すでにそこには炭坑夫や捜査に入った警官が死んでいた。

この炭鉱の奥でラドンが卵から孵り、たまたま(?)その周囲にあった別の怪獣である
メガヌロン(古代トンボ)の卵をラドンはくちばしで割って幼虫を食べ、成長しているところだったのである。

この「成長」がすごい。最初は坑内にいたわけだが、瞬く間に大きくなり、結果、全身270フィート、体重100トンを超してしまう。

炭鉱にいられなくなったラドンは、阿蘇山のあたりを徘徊している。

ここで、1、2作目との大きな違いに気づく。これまでは、「ゴジラ」が「主役」であったが、ここにはゴジラは現れない。

闘うのは「自衛隊」である。

航空自衛隊のジェット機もラドンの翼でたたき落とされるが、それでもロケット弾を撃ち込み続けられたことでラドンはバランスを崩し、海中に一度沈む。

そこから再び舞い上がると、ラドンは今度は福岡に姿を現わす(なぜ?)。


身体が弱っており高く飛ぶことができず、かえって陸地に被害が出る。

ビルの倒壊
ガスタンクの爆発
大混乱の市内

ここで、もう1羽(2羽いたのだ!)が助けにやってくる。

2羽のラドンは阿蘇山のすみかに戻ろうとするが、火口にロケット弾を撃ち込まれ、阿蘇山から溶岩が流れ出し、2羽は絶命するのだった。


***

ここには、山根博士も登場しないので、内容的には、いわゆる「ゴジラ」シリーズなのかどうかも、はっきりしない。


しかし、監督は本多猪四郎であり、特撮監督も円谷英二、音楽も伊福部昭、脚本も村田武雄(と木村武)、製作、田中友幸という、ゴジラ・スタッフである。

ただ、大きな変化といえば、まず、この作品より「総天然色」(イーストマンカラ―、と記載されている)となったことが挙げられる。

特撮映画で、カラーとなった、記念すべき作品であることは確かである。

だが、この「空の大怪獣」は、ただ、風を起こして、福岡などを破壊するだけであり、ここには、全面的な「原水爆」や「米国」や「戦争」や「自然災害」などのメタファーであろうとする意欲がまったくない。

にもかかわらずラドンは「空飛ぶ戦艦か!火口より生まれ地球を蹂躙する紅蓮の怪鳥ラドン!」とみなされている。

謎である。


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2015-01-25 21:10:00

誤謬と妄信のかたまり――渡辺昇一「国家とエネルギーと戦争」

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
しつこくて、誠に申し訳ないが、もう一度、本書に登場願いたい。

国家とエネルギーと戦争

渡辺昇一

いちおう、フェアな目で、渡辺昇一の本を読んだ。

しかし一方で、目に余る「与太話」が散見していた。

ここでは、そうしたところをお見せしておこう。

***

たとえば、シェル石油の創始者マーカス・サミュエルの生い立ちの記述のところで、こういうのがある。

「彼はユダヤ人の符号の例にしたがって、学校には行きませんでした。当時はユダヤ人を入れてくれるような大学はありませんので、・・・」(28ページ)

マーカスは1853年英国生まれである。たとえばフロイトは1856年オーストリア生まれで17歳(1873年)にウィーン大学に入学している。

本当に、「当時はユダヤ人を入れてくれるような大学」は、なかったのだろうか。

***

歴史に「もしも」を持ち出せば、きりがないのだが、渡辺の過去の振り返り方は、「もしも」だらけである。

「もし太平洋戦争の前に高橋是清がいれば、石油問題だって何とか話をつけられたと思うのです。」(67ページ)

こういう記述を行うことに、一体何の意味があるのだろうか。

懐古趣味? 歴史オタク? 

***

原爆は、実験で使用されたものとヒロシマ、ナガサキ、の合計3つが当時あっただけで、「第三の原爆」なるものは、存在しないと言われている。

 第三の原爆(伴野朗)、を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11763787895.html

だが、根強く、存在を示唆する立場がある、たとえばこれ。

渡辺は、最初から「ある」という前提をとっている。

(潜水艦で)「三番目の原子爆弾を持った軍艦も沈めています」(78ページ)

これは、映画「ローレライ」の影響ではないかと思われるが、この内容は、ファンタジーであって歴史ではない。

このことから考えると、渡辺はおそらく、読んだ本や映画などが「史実」なのか「ファンタジー」なのか、区別がつかないときがあるようである。

***

原爆投下による被害に対して、渡辺は、次のように述べる。

「あ のとき多数の人が放射線で死んだと思っているのです。しかし、実は、死んだ人のほとんどは熱線によるもので、いわば焼け死にです。その他の死者は、建物の 倒壊で潰れた人です。放射線で白血病になった人もたしかにいらっしゃいますけれど、全体の人口からいえば統計にも載らないくらいの数なのです。」 (110-111ページ)

これは一体何を根拠に言っているのか、わからないが、ポピュラーなデータでは、一般的に、以下のように説明される。

「半径1.2km以内での死因の内訳は、爆風による外傷が20%、放射線障害が20%、熱線と二次的な火災による熱傷が60%であった。」

「放射線障害」は20%ほど、と考えられているのである。これに対して、渡辺は、あえて「白血病」と制限している。

ご存知のとおり、白血病自体が、稀に起こる病気であり、患者数はきわめて少ない。

その白血病の罹患が顕著に上るので、放射線障害の影響のひとつとして白血病に着目することがあるのであって、その総数や比率が多いからではない。

すなわちここでの渡辺の指摘は、前半は誤りであり、後半は誤謬である。

***

体内被曝についても、およそ「非科学的」なことを述べている。

「人間の体には何もしなくてもカリウムがありますので、カリウムはベクレルを出すのです。太った人は8000ベクレルとか、小さい人は4000ベクレルとか、常にカリウムからベクレルが産出されるのです。ある意味で数値を測ること自体がナンセンスなのかもしれません。だから広島でも長崎でも測らなかったそうです。」(121-122ページ)

上記の文章の前半の「産出」というのが意味がわからない。ベクレルは、カリウムから、産出される、という文章は、よくわからない。

カリウムには放射性カリウム(カリウム40)が微量含まれており、人体からもベクレルが検出される、というような文章ならば、すんなりと読めるのだが。

それよりもそのあとが、問題である。

放射線の影響は、数値で測るほかないのに、数値を測ること自体がナンセンス」と言い切るのは、完全に非科学的である。

ただ、なんとなく渡辺は、「科学知識に乏しい人たちは一種の「善男善女」として問題にしないでおく」(5ページ)と
「まえがき」で書いていたので、もしかすると、自分自身のことをここで述べていたのかもしれない。

だが私は、渡辺のこうした言説を「問題にしないでおく」わけにはゆかない。

「善男善女」であれば許される、という発想も、同意できない。

「善男善女」であろうと、「普通の人」であろうと、「凡庸」であろうと、「悪」は「悪」として、しっかりと問題化しなければならないのである。

***

さらに「3.11」についても、頭を傾げたくなる記述が目に付く。

「あの大地震で壊れ、停止した原発は一つもありません。地震で壊れなかったということは事実なのです。・・・[福島第一原発が]破壊されたのは地震の結果ではなくて、津波の結果なのです。」(123-124ページ)

この文の前半、「
あの大地震で壊れ、停止した原発は一つもありません。」というのは、今ひとつ要領をえない文章であるが、後半を読めば、「地震」によって「破壊された」原発は、一つもない、ということを言おうとしていることがわかる。

つまり「停止」と「破壊」という言葉がここでは、あいまいに使われている。

「あの大地震で、停止した原発」であれば、福島第一、第二、東海第二、女川において「自動停止」しているので、該当する原発がいくつかあることになるが、「地震で壊れ」と書いている。

これは、逆ではないか。

地震が来た際には自動停止して安全確保につとめているわけであるから、「停止」という言葉は、むしろ、無事に止まった、いう意味で使われるのであって、「地震で壊れて停止」するという文脈を構成するものではないのである。

そして、問題なのは、福島第一においては、「無事」に止まらなかったということであり、さらに言えば、福島第二もかなり危ういところがあったということである。

このあたりの言葉遣いに、原発事故に対する理解の甘さが見られる。



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2015-01-24 21:06:00

(Get Your Kicks On!) Route 6!――いちえふ 第14話、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ作品
(Get Your Kicks On!) Route 6! いちえふ 第14話
竜田一人
週刊モーニング 2015.8号(2015.2.5)
講談社
2015年1月22日発売

ひとこと感想
「6号線」の開通を話題にした今回は、いちおうテーマがはっきりしていた。しかし、最近の傾向として、あまりストーリー性、物語としてのおもしろさに比重がなく、小さなエピソードの集まりのような内容になっている。であれば、何か構成そのものを見直したほうがよいのではないだろうか。4コマ漫画にするとか。

***

気になる注釈がある。

冒頭、作者が仕事を終えて、免震重要棟に戻ってきたところからはじまる。

「お疲れちゃ~ん」というひょうきんな挨拶をしているが、作者はこう書いている。

「今日もシビれる現場でしたなあ~~」(107ページ)

ところが、この台詞に注釈がある。

「どこかはまだ聞かないで下さい」(同)

どうやら、次回以降、この「現場」をめぐる物語が展開されるようだ。

そして、今回は、そのあいだの「つなぎ」として、またまたまたちょっとしたエピソードということのようだ。

いい加減、本編に戻るべきだ、とも言いたくなるが、なにしろ、原発事故現場で働いているため、彼の自由になるものでもなく、諸事情もあるのかもしれず、こうした不満は、言わないでおきたい。

ところで今回は、「6号線」の開通を話題にしている。

これは国道6号線のことで、
東京から仙台へと至っていたが、原発事故で福島県内の一部に規制が入っていたが、2014年9月に、双葉、大熊、富岡の縦のラインが開通したことを指している。

ところが、いきなり2ページめは、最近「1Fで女性の姿を見る機会が増えた」という話題に転ずる。

以前は「ほとんどが海外メディアの記者で年齢も高め」(108ページ)だったのが、2014年9月頃(?)には、「国内メディアも女性を送りこんでくるようになった」し、さらには、「免震棟で事務仕事をする東電の職員にも女性を見かけるようになった」(109ページ)という。

「1F全体の線量低減を物語るとともに、少しずつでも収束作業が進んでいる証でもある」(109ページ)というのは、そのとおりだと思う。

もちろんこうした指摘は、職業差別や女性蔑視をしているわけではないのだろうけれども、「えらい美人っスね」「しかも若くてイイ女もいる」といった台詞や注釈は、少々「はしたない」、と私は思う。

***

しかしかと思えば、次のページをめくると、今度は、2014年12月の常磐自動車道、浪江インターチェンジから南相馬インターチェンジが新規開通した、というエピソードに転ずる。

線量の表示板があり、「0.19mSv/h」と書かれている。

さらに次のページになって、「旧警戒区域」を「最後の開拓地」と呼び、次のように述べている。

「不幸な災害ではあったが、そこを切り拓き、取り戻す事業に携わる全ての人々に俺は開拓者魂を感じるのだ」(111ページ)

北海道出身の私にとっては「開拓者魂」とは、米国の「フロンティアスピリット」ではなく、「内地」で食べられなくなった人たちの、最後の打開策、やむにやまれない選択、といった、とてもネガティブな印象しかないので、こういう説明を読んでも、あまりピンとこない。

同じページの後段、ここからようやく、「国道6号線の通行再開」に話題となる。

***

この国道が使えないと、山中を通るほかなく、いわきから南相馬までは3時間はかかり、さらに、冬には路面凍結や幅の狭い道路のため、運転がとても過酷であった。

この開通によって、半分くらいの時間に短縮され、他県の車もいわき周辺では多く見かけるようになった、と作者は書いている。

さて、今回はどんなエピソードなのだろうと期待していると、作者は住んでいるいわきから6号線で北上し、南相馬に行き、道の駅に立ち寄る。

「しみてん 木の幡」という店で「凍天」という食べ物を食べている。

「凍天とは保存食「凍み餅」にドーナツの衣をつけて油で揚げたもの」(113ページ)という。

しみじみと、「よく三年半で一般者開通できたなぁ」(114ページ)と
、車のなかでは「まつながコーヒー」を飲んでいる。

ほか、さらに細かな話題がいくつか。

・南相馬市小高区

「2年前に見た瓦礫の山や廃車置場がげんざいほぼ片付いていたりして処理作業の進捗も確認出来る」(115ページ)

と、2012年のときの風景と2014年秋の風景を定点観測的に並べている。

また、沿道にある看板の文字の変化を指摘している。

牛と衝突 (2012年)
 ↓
獣と衝突 (2014年)

「獣」というのは、特に、猪が増えているようだ。

・浪江町

「道の両側にゲートやフェンスが目立ち始める」
「主要な交差点には警備員が常に立っている」(116ページ)

・浪江町と双葉町の境

「豪華結婚式場が目印」
「ここに以前は一般車立ち入り禁止の検問があった」
(116ページ)

・帰還困難区域(双葉町)

「自動二輪車 原動機つき自転車 軽車両 歩行者 は通行できません」(117ページ)

という看板がある。

自動車と、普通の「自転車」はOKということなのだろうか。

だがそのあとに「二輪や歩行者だとゲートやフェンスのすり抜けが容易になるので防犯上の意味合いもあると思われる」(117ページ)ので、「自転車」も通ることはできないようである。

さらにこの区間は「車から降りる事も禁止されている」(117ページ)という。

目的が「線量を測る」ということであっても、禁じられているようだ。

***

さて、今回もまた、竜田節が登場する。

「竜田節」とは、私が名づけたものだが、線量にびくつく人や世間に対して、そんなことを気にしているのは愚かしい、ということを、斜に構えて言うこと、である。

本人はおそらく、もう少し、シンプルかつ素朴にそう思っているだけだと思うのだが、絵柄と言葉遣いが、どこかしら、「斜に構えた」感じを醸し出しているのである。

まず、この6号線の開通を快く思っていない人もいる、ということを指摘している。

もちろん私もこうした「懸念」を抱く人に、あまり好意を抱くことはない。

しかし次に竜田は、この区間の通行に対して「窓を閉め切ってほしい」という原子力災害現地対策本部からのお願いに対して、「汚染拡大の心配は杞憂だと思いますよ。あくまでも個人の感想ですが」(118ページ)と、ボソリと書くのは、あまり有意義ではないように思われる。

もちろん、彼らは2年前に4名で車に乗っており、タバコを車内で吸っていれば、それは、窓をあけたほうが、より健康的であったと思うが、放射線防護の見地から言えば、現在の科学的知見では、細心の注意を払うことをベターとしているのだから、こうした「お願い」に対して、個人の感想だけを書いても、何らかのメッセージにはなりにくい。

***

・双葉駅付近

有名なアーチ看板「原子力明るい未来のエネルギー」

・双葉町役場前

看板「原子力郷土の発展豊かな未来」

ちなみに楢葉には「エネルギー福祉都市 自然と科学が創造する豊かな郷土」、大熊では「地球にやさしいエネルギー原子力 人にやさしい大熊町」という標語看板があり、竜田はそれを描いている。

これを「皮肉な光景」と言いながら「でも俺はこれを建てた人達を笑う気にはなれないんだよなぁ」(120ページ)と言うが、それはそうだ。誰も笑う気なんてないだろう。

・双葉町の二つの看板のあいだにある瓦礫の山

2012年に通勤途中に寄り道をしてみたというのだが、「パチンコ大学」という看板が見えるものの、ほとんど崩れかかっていながら、きわどいところで形だけ残っている建物があったが、これが2014年にはそのまま崩れて「瓦礫」となっていたという。

この「瓦礫」をなぜ竜田が「気になっている」のか、私にはわからない。

***

・大熊町

大熊町に入ると、次のような光景が、望遠レンズを使うと見えるという。

「1Fの集中排気筒と林立するクレーン」(122ページ)

ここだけが6号線から1Fがはっきりみえるそうだ。

1Fに入る道の近くにまた、別の看板がある。

「原子力運送」という縦書きの看板。

この看板は「塗装がハゲ気味だがロゴデザインもカッコイイ!」(122ページ)と竜田は賞賛する。

・1Fへ向かって曲がる交差点

道の両側の住宅が、フェンスで固められているのである。犯罪防止だそうだ。

・月の下交差点

「富岡は負けん!」の横断幕。

ここから駅前に入る。2014年末より、駅前も撤去がはじまった。

駅だけでなく、線路は草で覆われて見えなくなり、遮断機や警報機は津波で流されて、今はもうない。

***

・楢葉町

役場前の仮設商店街には、トイレ、食品雑貨店、食堂2軒(武ちゃん食堂、おらほ亭)がある。

・広野火力発電所の排気塔

排気塔がみえる界隈で、竜田は土地の「分譲中」ののぼりを見つける。

「帰還への意志をこんな前面に打ち出してる。不屈の闘志を感じるぜ!」(128ページ)という台詞のあとに、注釈で「いつか住みたいと思っている」とも書かれている。

そして最後のシーンは、「休耕田に咲いた一面のコスモス」(129ページ)であるが、1ページまるまる使っているわりには、コスモスには見えないし、あまり、感動的でもない。

そして、最後のメッセージとして、「楢葉の水田にも今年はコスモスに代わって満面の稲穂が揺れる光景が見られる事を切に願う」(130ページ)で締めくくられている。

***

今回は、こんな感じ。次回以降に、期待したい。


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2015-01-23 22:30:00

エネルギーのもつ意味ーー国家とエネルギーと戦争(渡辺昇一)を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
国家とエネルギーと戦争
渡辺昇一
祥伝社新書
2014年3月

目次
1 石油の時代を見抜いていた秋山真之の眼力
2 太平洋戦争は、なぜ日本が敗れたのか
3 戦後の日本は、エネルギーに見方された [味方?]
4 原子力発電を怖れることの愚かさ
5 激変した、戦後世界のエネルギー事情
6 エネルギーを輸入してはいけない

***

本書は、明治から現在に至るまで、日本という国家にとって「エネルギー」がどのような意味をもってきたのかを、特に「戦争」との関係からふりかえりつつ、福島第一原発事故があったとしても、今後も当面は、原子力を活用してゆかねばならないということを訴えている。

後半は、「核」の言説史を概観しようとする者にとっては、なじみのある内容であるが、前半は、斬新であった。

なぜならば、「石炭」と「産業革命」そして「石油」と「戦争」の話だからである。

言ってみれば、エネルギーからみた近現代史、である。

産業革命は、技術的発見からではなく、「イギリス人が石炭の新しい利用法を発見」(15ページ)したことを出発点ととらえ、そこに蒸気機関などの発明が結びついた、と説明する。

それまでも石炭はあったにもかかわらず、蒸気機関などに使われた、ということが大きな変化を起こした、と説明するのである。

しかし、第一次世界大戦を機に、石炭に代わって、石油が主役となる。

飛行機も戦車も、船も、みな石油で動き、
どんな機械も石油なしには役に立たない、そういう時代が20世紀初頭にはじまった。

一方日本では、石炭は国内の土地から採掘が可能であったが、石油はどうしても海外から得る必要があったが、当時の主要な輸入国であった米国が意図的にとめてしまったために、日本は開戦にふみきった。

石油のない国は、敗北を喫し、戦後も、米国支配が続いた。

1946年1月には原油輸入が禁止される。

「侵略国家」が復活しないように工業成長を抑制するという方針が戦勝国側から打ち出される。

ところが1948年、ベルリン危機がはじまったことによって、この方針が大きく変わる。

戦前は主に、米露、インドネシアが石油の産地であったが、戦後は中東から次々と大きな油田が発見される。

その恩恵を戦後の日本は受けてきた。

しかしこれも長続きせず、オイルショックが1970年代に起こり、さらなる代替エネルギーを考えなければならなくなる。また、環境のことも考えなければならなくないし、買いやすいものであらねばならない。

「結局、この条件を満たすもののは、全部、原子力ということになってしまうのです。」(103ページ)

***

ここまでの私なりの整理は、彼独特のレトリックや「もしも」の与太話を端折っているせいもあり、それほど違和感なく受け入れることができるのではないだろうか。

しかし、このあと、
第4章以降の、原子力に対する記述は、どうであろうか。

本書ではアトムズ・フォー・ピースの話もなく、いきなり、1955年1月に、濃縮ウランを「貸しましょう」(?)と、米国大使が言い出したことを出発点としている。

そして、「それを受けて、同じ年に日本は原子力基本法なるもの」(106ページ)をつくる・・・といった説明を行い、その後に、反対運動の系譜もたどっている。

「一番最初が73年で、田中角栄のときの伊方発電所の反対があります。」(107ページ)

上記の件に加えて、1988年の竹内内閣のときも伊方原発の反対運動。ほか、ここでは、同年の泊原発1号機の運転への道議会の否決が例として挙げられる。

「わりと初期のころから反対運動があったのですが、このころを境に反対運動は退潮に転じます。竹下内閣のときまではありましたけれど、もうソ連解体の時代になると反対運動もなくなります。」(108ページ)

ここまでは、一応事実関係に基づいた内容であるが、このあと、突然、個人的な経験に基づいた話になる。

「原爆についてもいえることですが、核というものについて日本人は一種の思い込みをしていました。」(109ページ)

・放射線というのは健康にたいして関係ない
・原爆投下の死因の大半は放射線由来ではない
・マラーによる放射線照射の実験は修復酵素のないショウジョウバエのオスの精子を使ったために、突然変異が多く起きたにすぎない
・放射性セシウムで死んだ人は一人もいない
・ケロイドは放射線の怪我ではない
・第五福竜丸事件の死因は輸血による急性肝炎
・フクシマの線量は、ヒロシマの1800万分の1
・放射線に汚染された水は太平洋に流せばよい
・人間の体は測れば5000ベクレルくらいは放射線が出ている
・チェルノブイリ事故で言われた甲状腺癌は風土病に近いもの
・東日本大震災で壊れ、停止した原発はひとつもない
・太陽光パネルの下の土地は使えない
・太陽光パネルは掃除などで人が落ちて死ぬので危険

どうでもよいかもしれないが、たとえばこの太陽光パネルへの批判で、渡辺は、こう書く。

「雪下ろしと一緒で、人は必ず落ちるのです。」(126ページ)

だが、これまで、太陽光パネルの掃除をしていて落下して死亡した、という話を、私たちは聞いたことがない。

にもかかわらず渡辺は、自分がとても危険だと「思い込んでいる」ことをもとに、太陽光発電は危険だと主張する。

これをひっくり返せば、フクシマよりもっと深刻な原発事故は「必ず落ちる」から、原発は危険で、使うべきではない、というレトリックとまったく同じではないだろうか。

・地熱発電も温泉がだめになるのでよくない
・メタンハイドレードも実用化に何年かかるか見通しが立っていない
・発電コストは原子力がもっとも安い
・風力発電は適度な風が吹きにくい日本に向いていない

なかでも高速増殖炉については、高く評価している。文章がいまひとつよくないが、こうである。

「いま、高速増殖炉はまだあまり進展していないのですけれど、それまでいかなくても、原子力というのはホルムズ海峡が封鎖されてエネルギーの息の根が止められる心配もないし、ひじょうに安定したものです。CO2も出しません。それから、もし、高速増殖炉の「もんじゅ」が稼動すればあとはもう百年単位千年単位でエネルギーの心配がなくなります。」(129ページ)

・もんじゅには原因不明の故障がときどき起こるが、それは「反日的分子」によるサボタージュの疑いがある

もうひとつ、一体何を言っているだろうと思う箇所がある。

「いま日本が原発に対して消極的になる、よろめくということは、きわめて危険なことで、それはまた日本の一番いい学者、一番トップに行くべき学者たちを失望させることでもあります。」(131ページ)

「日本の一番いい学者」というのは、一体何のことなのだろう。わからない。しかし、もっとわからない文章は、あちこちにある。たとえば、こうである。

「経験ということだけを言うのなら、富士山の噴火とか、もっと恐いものはこの日本に山ほどあります。」(135ページ)

放射線被害は、富士山の噴火と比べてみて、どうして安全と言えるのだろうか。その根拠がわからないのである。

・・・後半は、高田純をはじめとした「放射線右派」の意見とまったく同じ内容とも言え、特に渡辺独自の見解と言えるものが乏しく、しかも、説得力に欠ける。

結果としては、受け売りの原発談義本の亜種ということになるであろう。

残念であった。





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2015-01-22 23:55:00

国家とエネルギーと戦争(渡辺昇一)の「まえがき」を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本のまえがき
国家とエネルギーと戦争
渡辺昇一
祥伝社新書
2014年3月

ひとこと感想
今日は「まえがき」のみを読む。本文については、明日あらためて書こうと思う。ともあれ、「まえがき」は、かなり乱暴な内容であった。

***


渡辺は1930年、山形県鶴岡に生まれている。私には上智大学の英語学の先生という印象しかないが、今や、押しも押されぬ、保守系「論客」の一人であるようだ。

だが、はたして「論客」とは一体何か。

彼の「専門」は英語学ではないか。「専門」以外のことをを論じるのは、「専門家」にとっては、「余芸」なのかといえば、そうではないであろう。

むしろ、ある「専門」を追及した人は「才能」のある人だから、他のトピックについても人が感心するようなことを言える、と世間では思われているようだ。

代表格は、たとえば、内田樹であろう。

多分彼は、何を依頼されても、何でも書ける。渡辺は、おそらく、ある程度、依頼内容に制限があるが、一定数以上の読者をひきつける才能があるのかもしれない。

告白すれば、私は小学生のとき、渡辺昇一の本のファンだった。

とりわけ、講談社新書の「知的生活の方法」などを読み、海外留学への興味や「知的生活」というものに想像を膨らませていた。

「知的生活」とは程遠い暮らしをしていた私には、ただただ、渡辺が、眩しかった。

それから20年くらいしてからだろうか。

彼の政治的立ち位置を知ったのは。残念ながら私はほとんど彼の著作をその後読んでこなかったし、メディアに登場しても、特に何か印象に残ることはなかった。

だが、この本は「エネルギー」「原子力」について言及しているので、久しぶりに読む機会を得ることととなった。

以下は、ノスタルジーなしに、原子力言説として、どういった意味を持つのかを、「まえがき」から探りたい。

***

原発事故から3年ほどたった「ごく最近」に、渡辺は、「水力発電所から生み出される電気の総量が、日本の電力量の何%になるかを知って愕然とした」(3ページ)という。

こうした基礎的なことを知らなかった人が、あえて、次のように言っている。

「原発廃止、脱原発を唱える人は、この現実の数字を見たことがあるのだろうか。」(4ページ)

何か、「問い」の次元が大幅にずれているように思われる。

彼の「知的生活」の「知的」ということを、私はかつて、見誤っていたという不安がもたげる。

「風力とか、太陽光tかいう人は単なる無責任な人であり、もしそれを政治家が言えば国賊的無知か詐術である。」(4-5ページ)

・無責任
・無知
・詐術

渡辺という人は、こうした言葉で相手を罵ることが好きな、「知的」な人物のようだ。

しかも、発電の現状を知らなかったと言っている人が、次のように断言までするのは、驚きである。

「一瞬の、大量の放射能でなければ、放射線はまったく無害どころか、健康にもよく、かつ必要であり、長寿の条件の一つになっている。この医学の知識の普及をはばんでいるのは、さらに悪質な情報操作と言ってよいだろう。」(5ページ)

ホルミシス効果について述べているのであろうけれども、放射線の人体への影響は、今なお、未解明なものとされ、議論がなされている最中のものである。

放射線は、場合によっては人体に良い影響があるかもしれない。しかし、かなりの低線量でも避けるべきだという見解も、否定されたわけではない。

少なくとも現時点では、このように「長寿の条件の一つ」などと、はっきりと言えるようなものではない。

にもかかわらず、この問題を「無知」か、もしくは、「詐術」などと言って片付けること自体が、「無知」であり「詐術」であるように読めてしまう(安富歩の「東大話法」参照)。

しかしそれでも渡辺は、意気込んで、次のように述べる。

「福島の原発事故は私に改めて国家とエネルギーの問題を考えさせた。」(5ページ)

渡辺にとって「原発事故」は、「国家とエネルギー」の問題なのである。

しかし、「国家とエネルギー」の問題とは、何であろうか。

そのことは、おそらく本文で述べられるであろうから、後にゆっくりと検証することにして、このあと、渡辺は、自分と見解を異にする人たちについて、次のように述べている。

「脱原発を唱えた人のうち、科学知識の乏しい人たちは一種の「善男善女」として問題にしないでおく。」(5ページ)


「問題にしないでおく」とは、一体どういうことだろう???

要するに、渡辺のような「知的生活」を送っていないような無知な「善男善女」は、ここでは「問題にしない」と言っているのである。

これは、あまりにも乱暴であろう。

私は、こうした、「無知」であるから「問題にしない」という態度には納得できない。

この本の読者は、実は、そうした人たちではないのか。

冷静に見れば、渡辺がこの文章で暗に言いたいのは、「科学知識」があれば、「脱原発」などと言うわけがない、ということである。

このメッセージは、さらには、読者に対して、あなたは無知ではないのだから、当然、脱原発などという愚かなことを言いだしたりしていませんよね?と、読者の思考を誘導するものである(私はこうしたレトリックを「裸の王様」式、と呼んでいる。愚か者には見えない服を、渡辺は読者に披露しているのである)。

さらにこの文のあと、次の文が続く。

「そうでない人の言論は、明らかに中国、韓国、ロシアなどの動きを無視し、彼らを喜ばせる反日的活動家のごとき効果を出している。」(5ページ)

この文章も、なかなか理解が困難である。

なぜ、そのようなカテゴライズしか、できないのだろうか。

脱原発を言う人のなかで、「無知」ではない人、すなわち「有知」の人は、「善男善女」ではなく「国賊」なのだそうだ。

では「国賊」とは何か。なぜ渡辺はそういう人たちを「国賊」と決めつけ、非難する権利があるのか。そして「国賊」と言うことによって、一体何を問題にしているのか。

意見を異にする人を「罵倒」する際に、その共同体の利益に反することを言っている、という言葉遣いは、きわめて幼稚である。

すなわち、他者の発言を最初から真剣に検討しようという意欲を一切持たず、自分の考えが「正しい」ということだけを言いたいだけなのである。

しかも、中国、韓国、ロシアといった隣国を「喜ばせる」ことが「反日」的であるということの意味が、私にはまったく分からない。

たとえば、米ソ冷戦体制のなかで、米国を支持しソ連を非難する、または、その逆、というのは、政治的立場が、明確に異なったということは、私にでも分かる。

しかし現在、中国が喜ぶことと韓国が喜ぶこと、そしてロシアが喜ぶことは、それぞれ、全く異なるのではないだろうか。

「他者」をすべて「敵対」物とみなし一括りにし、自分と同じ考えだけが「国益に叶い」肯定されるとすれば、まったく「言論」を交わす価値がない。

とはいえ、こうした渡辺の態度については本文をしっかりと読んでから、あらためて検討するとして、続きを読んでみよう。

まえがきには、さらに、「一般に保守派と見られた人たちにも脱原発論者が出た」(5ページ)として、こうも書いている。

「保守派」は「脱原発論」を唱えるはずがない、といったような前提がどこかにあったのであろうか。

「よく考えてみると、この種の保守派の人たちは、いわば東京裁判史観への反発が主である。それはそれで貴重であるが、主として後ろ向きで、将来の国家としての日本の存在の安全については、
あまり考えていないのではなかったか。」(5ページ)

???

これも私にはまったく理解ができない。本文を読んであらためて検討したい。

ただ渡辺の言う「
将来の国家としての日本の存在の安全」という文章の「存在」という言葉が、引っかかる。

「日本の安全」で文意は通ると思うのだが、あえて「存在」を加えることによって、何を言おうとしているのか、この点についても本文を読む際に留意しようと思う。

しかしまた、この文章の「~ではなかったか」というのは、一体どういう表現なのであろう。

「あまり考えていないのではないか」と同じ意味であればよいのだが、それ以上の深いレトリックがあるとすると、私はうまくこのレトリックを理解できていないかもしれない。

あまり考えていないのではなかったか」なんて、言いまわし、普通なのだろうか。

続けて同じレトリックが用いられる。これもよく分からない。

「あるいは国土の神聖さという人もいる。そもそも日本列島は火山脈の上にあることを忘れているのではないか。」(5ページ)

「国土の神聖さ」――何を意味しているのかまったく分からない。これも本文をしっかりと読んで理解したい。

ただ、その次の「火山脈の上にあることを忘れているのではないか」とは何を言っているのであろう。

一読すると、単純に「火山脈の上にある」から、原発事故は常に起こりうるのだから、いちいち、騒ぐな、ということのように思えてしまう。

もちろんこれも、渡辺の真意が分からないので、本文をこれから読んで、何を意図してこんなことを書いているのかを確かめたい。

ああ、本音を言えば、こうした駄文を読むのは苦痛である。

だが、私は、あきらめない。

こうした言説も、しっかりと読んで、その意をつかんでおきたい。


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2015-01-21 22:00:00

占領下の言論弾圧(松浦総三)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
増補決定版 占領下の言論弾圧
松浦総三
原題ジャーナリズム出版会
1974年1月

初版:1969年4月



松浦総三(MATSUURA SOUZOU, 1914-2011)は、ジャーナリスト。改造社に勤務後、フリーとなる。「東京空襲を記録する会」を主宰。

ひとこと感想
当時の時代の空気が非常に生々しく伝わってくる一方で、「言論」がいかに弾圧されたのか、その実際の「証言」としては、史料的確証性のもちにくい内容だった。プランゲ文庫にも足繁く通い検閲の痕跡を追いかけているのに、その良さが十分には伝わってこなかった。

***

これまで、原爆投下に対するGHQ検閲に関する研究をいくつか読んできた。

 封印されたヒロシマ・ナガサキ(高橋博子)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11578469307.html

 禁じられた原爆体験(掘場清子)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11964877796.html

 原爆 表現と検閲(堀場清子)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11209824550.html

 「天皇と接吻」第4章「原爆についての表現」(平野共余子)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11614953433.html

また、原爆投下直後の報道については、以下の二人をとりあげた。

 The Atomic Plague, Wilfred Burchett, London Daily Express, 1945.09.05
 http://nukes.hatenablog.jp/entry/2013/04/20/121541

 ナガサキ昭和20年夏(ジョージ・ウェラー)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11715922026.html

***

1965年頃と1946年頃との「精神的気流」の違いを松浦は次のように説明している。

「昭和40年代の今日、自民党の代議士が"憲法9条を守れ"と叫んだら、世間はかれを狂人とよぶだろう。反対に、革新系文化人がアメリカの原爆投下を肯定したならば、たちまちにしてかれは"アメリカ帝国主義の手先"というレッテルをはりつけられるだろう。・・・ところが24年まえの現実は、保守党はぜんぶ"狂人"であり、革新系文化人はすべて"アメリカ帝国主義の手先き"であった。」(34ページ)

国会答弁。日本共産党の野坂銀が「防衛戦争は認めよ」と質問する。

それに対して吉田茂首相は次のように答えている。

「国家正当防衛権による戦争は正当なりとせらるるようであるが、私はかくの如きことを認むることが、有害であると思うのであります。」(34ページ)

一方で、武谷三男の発言にもふれている(「革命期における思惟の基準」)。

「武谷のいわんとするところは、ヒロシマ・長崎への米国の原爆使用を非難するまえに、日本人は中国などを侵略した残酷な行為を事故批判しなくてはならない、原爆はこういう日本の非人道的な政治機構をうちこわしてくれた、というものであった。」(36ページ)

***

本書では、第三章「原爆、空襲報道への統制」において、原爆投下と検閲の問題を扱っている。

「日本で、原爆報道についてさいしょに報道統制を行ったのは、おかしなことに被害者である日本政府だった。」(167ページ)

松浦はこう書いているが、これは不正確であろう。

「被害者」は「日本政府」ではなく、「日本国民」ならびに当時広島、長崎にいた人たち、である。

「日本政府」は、ポツダム宣言を無視した時点で、言ってみれば「加害者」である。

***

本書では、まず、当時の新聞報道についてふれ、続いて、バーチェットとウェラーによるルポをとりあげ、その後、いくつかの文学作品をとりあげる。

さんげ 正田勝枝
夏の花 原民喜
屍の町 大田洋子
原爆三題 
サムライの末裔 芹沢治良
長崎の鐘 永井隆

サムライの末裔」については、知らなかった。

「原爆を受けた女性が白人の占領軍の兵隊に強姦されて情婦になり、そのご再び黒人兵に犯されて黒い赤ん坊を生むという話であった。この小説は占領下の日本では発行できなかったが、フランスで出版されてベスト・セラーになったという。」(189ページ)

松浦は、長崎の鐘、屍の町、ヒロシマが出版され、ソ連が原爆を所有していることが明らかになった「1949年」を大きな旋回点としている。

「占領軍にとっては、もはや原爆を秘密にすることの意味もなくなった年であった。だから、占領軍としては、一方では原爆のおそろしさを日本人に知らせて威嚇しながら、一方ではアメリカは平和のために原爆を投下したということを宣伝しつつ、原爆にかんする出版を部分的に許可したのであろう。」(190ページ)

だが、それ以上にもっと大きな意味をもっている。

「日本が完全にアメリカの傘のしたに入ることが決定した年」(190ページ)である。

***

少し飛んで、次に、1952年に話題が移る。松浦もスタッフとしてかかわった「原爆特集・この原爆禍 改造 1952.11増刊」のほか、以下のものが挙げられている。

原爆の子、原爆の子にこたえて 長田新
原子雲の下より 峠三吉編
原爆に生きて 山代巴編
広島 アサヒグラフ、岩波写真文庫
広島原爆第一号 海野編
長崎の原爆 北島宗人編

ほか、映画として「原爆の子」「ひろしま」「長崎の鐘」「原子爆弾の効果」が上映された。

***

ほか、松浦は、1945年3月10日の東京大空襲をはじめとする本土空襲について、報道を規制したと指摘している。

残念ながらブログではそこまで守備範囲を伸ばす余裕はないが、少なくとも、原爆と倫理の問題を考える際には、空爆の是非も大いに問われているため、ヒロシマ、ナガサキ、に至るまでに繰り広げられた空爆についても、必ずふれなくてはならない。

***

目次

27年目の証言――決定版への"まえがき"にかえて
序章 敗戦から民主化時代へ
1 占領下言論の検閲と弾圧
2 マッカーサー司令部と外人記者の対立
3 原爆、空襲報道への統制
4 民主的映画人と放送人への弾圧
5 総合雑誌にたいする弾圧と抵抗
6 レッド・パージの演出者と犠牲者
7 朝鮮戦争下のジャーナリズム
8 民主的言論から中間文化時代へ
9 『改造』の崩壊と20年代の終焉





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2015-01-20 22:00:00

機密文書の解禁と歴史修正主義――拒絶された原爆展(ハーウィット)

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
先日読んだハーウィットの「拒絶された原爆展」において、一点、気になることがあったので、もう一度、とりあげる。

それは、米国における、かつての機密文書が解禁されて読めるようになったあと、その内容を知って、これまでの「歴史」の「通念」とは異なる見解がもたらされたとき、それを「歴史修正主義」として非難が起こったことに対してである。

日本の場合、「歴史修正主義」とは、奇妙なことに、左翼が右翼に対して、日本史の教科書の書き換えなどを非難して言う場合に用いられるが、米国の場合逆で、右翼が左翼に対して、原爆投下に対して従来とは異なる見解を提示することが該当する。

しかし、ここで大事なのは、何をよりどころにそうした主張をしているか、であって、はじめから「左翼」だから「右翼」だから、「歴史修正主義」だから、間違っている、ということは、ありえない。

米国の原爆投下への見直しを図ろうとした本書の作者であるハーウィットや学芸員、そして、「一部の歴史学者」は、何を根拠としたのであろうか。

***

本書では、それが、次のように描かれている。

「展示企画が次第に具体化していく中で、私がとりわけ心を奪われたのはトルーマン大統領と陸軍長官に関わる文書であった。これらを読んでいるうちに、歴史家たちの見解という霧のかなたに、真実の断片がちらりと見えてくる思いがしたのだ。」(248ページ)

そのなかでも特に重要と考えられているのが、ルーズベルト大統領へのアインシュタインの書簡(1939年)である。

この書簡の内容はすでによく知られているのでここでは中身にはふれないが、わざわざわ良質なウラン鉱石のあるところとして、ベルギー領コンゴに着目しているところが、やはり興味深い。

また、「ドイツはすでに、同国が接収したチェコスロヴァキアの鉱山から算出するウランの販売を実際に差し止めた」(250ページ)という情報を提出し、ドイツでの原爆開発がそれなりに進捗している裏づけとして述べている。

もう一点、1945年4月25日にトルーマンに宛てた、スティムソン陸軍長官の報告書も、重要な文書として示している。

トルーマンが大統領になったのが4月12日だから、まだ2週間も経っていない。

「わが国の現在の外交政策ときわめて深い関係」(252ページ)のある「高度に機密を要する事柄」について、スティムソンはトルーマンに伝えるためのアポ依頼を4月24日に行い、この「協議に付された覚書」を用意した。

以下、この内容を以下で、まとめておく。

1 「人類史上最も恐ろしい兵器」が4ヶ月以内に完成する

2 開発に英国が協力したが、現在は米国独自のものであり、他国は数年のあいだはつくることはできない

3 他国もいずれつくりだすはずであるが、現状では、科学的知識や技術的製造工程、資源の利用などにおいて可能なのは、米国、英国のみだが、いずれ小国や小集団でも可能となりうる

4 将来は、この兵器を利用して他国を攻撃するような小国も現れる可能性があるが、現時点では数年後に実現しそうなのは、ロシアだけと推測される

次の文章は、そのまま引用する。

「5 技術の進歩に対する道徳的進歩の現状からすると、世界は究極的にこのような兵器によって意のままにされることになるであろう。つまり、近代文明は完全に破壊されてしまいかねないのである。」(254ページ)

6 戦後体制は、この兵器を前提にしなければ非現実的なものとなる。逆に言えば、この兵器を管理することこそ、国内においても、国家間においても、もっとも困難な問題となる。

7 この兵器に他国をどのように関与させるかが、米国の大きな外交課題となる

次の文章も、かなり、考えさせられるので、引用する。

「8 他方、この兵器の適正な使用に関する問題が解決されるならば、世界の平和とわれわれの文明を救う方向へと世界を導く機会を得ることができよう。」(255ページ)

9 省略

以上のようなスティムソンの思惑こそが、まさしく当時の「原爆」やエノラ・ゲイがおかれた「時代の文脈」である、というのが、ハーウィットの考えである。

だが、他方、当時自分が現場で理解されたままの解釈しか歴史的に正しくないと主張するのが、てティベッツやスウィニーらの考えである。

***

なお、ロバート・J・リフトンは、この展示の経緯に対して、米知識人のなかではかなり冷静に発言している。

「ヒロシマの結果としてアメリカに何が起こったのか、すなわち、いまやわれわれは世界に核が存在すること、また、わが国がかつてそれを使用したことのいずれについても証言しなければならないのだ」(グレッグ・ミッチェルとの連名、ニューヨーク・タイムズ、掲載、1994年10月16日)(434ページ)

リフトンについては、以前ブログ記事を書いているので、参照していただきたい。

 Death in Life ヒロシマを生き抜く(R・J・リフトン)、を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11543912722.html

 アメリカの中のヒロシマ・上(リフトン他)、を読む
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11666883584.html

 米国内では、原爆投下に対する倫理的な問いかけは、あったのか
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11670039114.html#main

 「責任」の問い方――誰が原爆投下を決定したのか
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11670919449.html#main

 アメリカはヒロシマとどう向き合ってきたのか――リフトン(4)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11671338872.html

 米国でなぜ原爆展が中止されたのか(1995年を前にして)――リフトン(5)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11677406561.html

 原発投下に対する米国の心の傷~リフトン(最終回)
 http://ameblo.jp/ohjing/entry-11677453344.html

***

また、もう一点、監訳者あとがきに、本書の翻訳の端緒が、科学史研究者の佐々木力によってつくられた、と述べられているのも、興味深かかった。



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2015-01-19 22:18:00

原子炉崩壊の日(B・ジャクソン)、を読む

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
読んだ本
原子炉崩壊の日
バージル・ジャクソン
福島正実訳
朝日新聞社
1976年8月

Epicenter
Basil Jackson
1971

著者は英ウェールズ生まれ、1948年よりカナダに移住、ファイナンシャル・ポスト科学部長。トロント在住。

訳者の福島正実は本書の本文翻訳を仕上げて逝去している。

ひとこと感想
カナダにある原発事故による放射能汚染をテーマにしたSF。TMI〈1979年)やチェルノブイリ(1986年)が起こるかなり前に書かれた。ストーリー自体は陳腐だが、
地震が原因であるという点と、高い線量を浴びた人の病状の変化が、とてもリアル。

***

舞台は、カナダ、トロント郊外にある、フェアフィールド原子力発電所。

主要人物は、原発で働く男と、別居中の妻。

「燃料棒が水槽におりてきません。原子炉ビル(建屋)の中に振動を感じました。かなりの振動です。どうも、シュートのどこかに引っかかったような気がします!」(11ページ)

そう、本作は、地震が引き起こす原発事故なのだ。

「最初の地震が起こったとき、ちょうど燃料交換中だったのです。」(36ページ)

装着されていた燃料棒を取り外し、シュートを通じて移動させようとしたが途中で詰まり、操作をしていたところで燃料棒が露出してしまう。

「遮蔽(シールド?)がやぶけたんだ!燃料棒がむきだしになったんだ!」(76ページ)

空気が汚染されはじめたのを確認して、原子炉内の人たちは、自分たちでそれ以上の対処はせずに、建屋から脱出する。本書がまだ1/3も進んでいないところで、である。

原著名は「エピセンター」すなわち、震央、である。

カナダも、場所によっては地震が多い。

「過去400年間に、カナダ東部で少なくとも1千回の地震が記録されているし、西武でもほぼ同数の地震が起こっています。」(13ページ)

いや、日本では、1年前後で千回となるであろうから、これでは、それほど多いとは言えないが、それでも「多い」と感じるのであれば、むしろ、日本の地震の多さがより際立つというものだ。

「トロント首都圏全域に、広域非常警報が発令されました。トロント郊外20マイル地点にあるフェアフィールド原子炉で重大な事故が発生した結果、放射性物質が大気中に放出され、現在、微弱な東風によって、トロント市方面に移動しつつあります。」(82ページ)

ここで注目されるのは、二点ある。

この原発が、200万人以上が住む都市に隣接しているということ、そして、最初の警報で、風向きを最初から考慮に入れて避難の方向も明示していること、である。

この二点は、福島第一原発事故とは、大きく異なる。

ほか、緊急対策本部のセンターの説明がある。

「この重くるしい鉄筋コンクリートの建物は、核攻撃を受けたばあいとか、平和の災害などのばあいの、避難・救助活動の総指令部だった。ここから、さらに、数マイル東、西、北野各地点にある三つの支部センターとつながっていて、それzそれ同じようなラジオ、電話、データ・コード・コンピューターを備え、オタワの連邦EMO(非常事態処理庁)の本部と連結していた。」(112ページ)

つまり、「非常事態」で第一に想定されているのは、「核戦争」であり、「原発事故」ではないのである。

ほか、読み進めてゆくと、大きな違いがいくつか見られる。

まず、トロント市民の避難には、公共交通網も利用されている。しかし、住民の一部は、避難を拒絶する者もいる。そうした人たちは強制的に連れてゆかれている。線量は、当然、フクシマよりもチェルノブイリよりも高いからだ(ただし線量の数値は本書には登場しない。そうした厳密な記述は避けられている)。

対策を練る人びとの議論は紛糾するが、そのなかでヒロシマについてふれられている。

平和記念博物館の陳列ケースでみた、「等身大の、リアリスティックな女の人形」(146ページ)や「生存者の頭蓋から抜け落ちた頭髪」(147ページ)を思い出しているのである。

しかし一方では、ヒロシマの原爆の第一報では「人間は今後50年間かそれ以上、この廃墟と化した都市とその周辺には住むことができない」(156ページ)という「おそろしく誇張した解説」(同)があったが、その後、「なぜか、この大破壊のものの2,3ヶ月後には、生命が、事実、ふつうの状況とさして変わらない正常さで戻ってきたのだ」(156ページ)。

つまり放射線については、急性の影響についてはフォーカスされているが、晩発性の影響については軽視されているのである。

実際に、急性の死亡者がかなり発生しており、避難所の近くに深夜こっそりと死体を集めている。

「彼らは納屋を臨時の死体置き場として使っていたのだ」(157ページ)

ただし、運よく無風の日が続いたため、あちこちに
放射性物質が拡散はしない。それでも大量の放射線が近隣には広がっている。

「放射能を浴びたという疑いのあるかたは、ただちに、所属する収容センターの医務室までお申し出ください。放射線被曝の症状は、必ず嘔吐、吐き気、下痢などをともないます。また、こうした症状がはっきりしなくとも、くしを使って髪の毛がふつう以上に抜けるばあいにも、医師の診断が必要です」(168ページ)

数日後の新聞には、次のような記事が載る。

「フェアヒールドの事故の犠牲者は、死者、瀕死の重症放射線患者を含み、三万人にのぼるものと推定されている。」(178ページ)

また「社説」には、次のような問題提起がなされている。

「何者が、大都市にこれほど近い郊外の密集地域に、原子力発電所の設置を許すような愚を犯したのか?」

「今日まで、他の原子力発電所の――そして現在建設中のものの――設計の安全性をチェックし、つぎの地震が襲ったとき、はたして安全か否か見届けようとしたものはあるのか?」(179ページ)

また、そのあと、火災が起こり、その影響で放射性物質が大気上空上で拡散して、一時はニューヨークにまで被害が広がるのではないかと懸念されたが、それも解消され、トロントの人たちも、無事に帰還できるようになる。

というよりも、晩発性の放射線障害については、まったく関心を払っていない。

むしろ、政権にばかり目を向ける。

「政府と首相に対する追及の手はさらに厳しかった。反政府的な新聞はこぞって、正常な状態が戻ったら、すぐにも世論を喚起して政府の失態を追及する、と叫びたてていた。」(224ページ)

ともかく政府は、現在計画中の原発工事の中止を決めた。

***

巻末に「作者のノート」がある。

「本書でのべたように大災害(カタストロフィ)が現実の生活で起こるだろうか? 原子力発電所には綿密な安全対策が組みこまれているので、災害がおこる偶然性はほとんどない。もっとも、それほど重大でない事故はすでにいくつかの発電所で起きた。」(297ページ)




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2015-01-18 22:04:00

和解と対立のはざま――放射能とナショナリズム(小菅信子)、を読む その2

テーマ:原発・原爆・放射線・3.11
小菅信子の「放射能とナショナリズム」を読んだ。

本書の結論は、以下の5点だという。

1)この原子力災害が大複合災害の一部であった事実を認知する
2)原子力の神話化を止めてTEPCO 1F事故という経験を科学化する
3)「唯一の被爆国」というナショナル・アイデンティティの自己検証を行う
4)「~のフクシマ」は「~の福島」ではないことを実際に福島で体感する
5)人間が守るべきは人間の尊厳であって、神話の神々やエピソードではない

一方、本書の構成は、以下のようになっている。

はじめに――不信の連鎖を断ち切るために
序章 「唯一の被爆国」で起きた原発事故
第1章 被災地を歩く
第2章 福島とフクシマのあいだ
終章 プロメテウスなどいない
おわりに――旅のなかばで

「結論」と目次構成は、どういう関係になっているのだろうか、確認を行いたい。

まず、「序章」のタイトルが「「唯一の被爆国」で起きた原発事故」であるから、「3)「唯一の被爆国」というナショナル・アイデンティティの自己検証を行う」が、序章で論じられていると考えられる。

(ただし、第一章の後半でも少しこのテーマが語られている)

次に、「第2章 福島とフクシマのあいだ」が、「4)「~のフクシマ」は「~の福島」ではないことを実際に福島で体感する」に対応すると考えられる。

内容の大半は、長崎への原爆投下の際の医療救護活動のなかに、「医療」の「原点」すなわち、目の前の人たちを助けること、たとえ薬も危惧も何もないとしても、をみることに費やされている。

そしてそのあとも、外国人捕虜らの、原爆に「救われた」言説(=語り)の重要性について論じられ、そうした人びとの心性から、原発事故後の極端な逸脱的発言、憎悪表現のもつ問題が理解できるのではないか、と問いかけている。

これが、小菅の言いたいことなのであろう。

ややエピソード的なことであるかもしれないが、ここで、とても重要なことが、述べられている。

外国人捕虜たち(ここでは英国人、とりわけ、ケンブリッジ)にとって、原爆は、「ファイナル・ソリューション」即ち「最終解決」に至ることを阻止した「力」として理解されている、ということである。

ナチがユダヤ人に対して行ったのと同じことを日本軍はしようとしていた、と、一般的に理解されており、その意味において、原爆によって「救われた」と公言する人が多いのだという(このことは、先日ブログに書いた、スウィーニーの本などを読んでも理解されよう → 私はヒロシマ、ナガサキに原爆を投下した(スウィニー)、を読む)。

もちろん、彼らが、原爆による多くの人の命の犠牲を喜んでいるのでは、決してない。

だが、自分たちが絶滅収容所で無数に殺されていったユダヤ人たちと同じ運命をたどったかもしれない、という恐怖心のほうが、強いのである。

それゆえに、彼らにとって「原爆投下」は単純に否定、批判されるものではない、ということになる。

私たちは、こうした「視点」を当然もつべきである。

しかし難しいのは、こうした「視点」がある、ということを問題提起することと、こうした「視点」が「正しく」、これまでの「視点」が「間違い」だ、という結論を導き出すことは、まったく別のことだ、ということである。

小菅は、明らかにこの二つを混同している。

学問が学問であろうとすれば、前者の問題提起で記述をとめることであり、少なくとも前者に比重を置くことであるだろう。


そして、話は戻るが、「終章」の「プロメテウスなどいない」は、「5)人間が守るべきは人間の尊厳であって、神話の神々やエピソードではない」と関連していると考えられる。


このように、3)4)5)の3点については、はっきりとした対応性がある、と言える。


では、1)と2)はどうだろうか。

1)この原子力災害が大複合災害の一部であった事実を認知する
2)原子力の神話化を止めてTEPCO 1F事故という経験を科学化する

普通に考えれば「第1章 被災地を歩く」で展開されていると考えるのが、自然であろう。

第1章で語られているのは、2011年4月中旬にボランティアで被災地に入ったこと、そして、ノーベル平和賞の第一回受賞者であるパーシーとデュナンから、学生時代からの自分の研究テーマである「平和」論について、である。

「極限状況を想定できない・しない平和主義は脆弱である。極限状況のなんたるか想定できない強硬論は私たちをいとも安易に危機へと導き、私たちは破滅への道をそれと気づかず嬉々として歩いていくことになるだろう。」(42ページ)

これが小菅の「平和」論である。

「邪魔にならないように、人道を通した平和構築に軸足を置いた研究者として、被災地にひとりで行こうと思った。」(46ページ)

これが「被災地」と向きあう彼女の理由である。

何か、私は大きな勘違いをしていたようだ。かれは、歴史研究者ではなく、「平和論」(政治学)の研究者だったのだ。

続いて、2011年5月の連休にふたたび「被災地」へ向かう。

ここで、ようやく、本書の「主題」に近づく。

「原発の危険性を説く言説が、意図せずして、間接的に差別を助長してしまうことがあれば最も悲劇的だと思う。」(56ページ)

そいて小菅は、人びとは、恐怖感から、そして、知識の欠如から、こうした「差別」を生み出している、とみなしている。

すなわち、小菅の頭のなかでは、「放射能汚染」の「実態」よりも、「差別」の「現実」のほうが問題である、と訴えているのである。

つまり、「1)この原子力災害が大複合災害の一部であった事実を認知する」というのは、放射能被害のことばかり考えて被災地の人たちのことを見失うな、ということのようである。

「高踏的な理想や理屈を語って自己満足に陥ることなく、受け狙いや迎合に決して走ることなく、権威や先入観に束縛されることなく、あらゆる権勢に追従することなく、あくまでも被災の現在、被害の現実をみつめつつ、この難局を乗り切るための対策を立てていかなくてはならない。」(63ページ)

私はこうした小菅の言い分に異論はない。だが、彼女は、歴史研究者としての自分の「スタンス」をどう考えているのだろうか。

さて、それでは、「科学化」という件はどういうことであろうか。これは、どうやら、石橋湛山に由来するようだ。

「東洋経済」社説(1923年10月1日号)において石橋は、関東大震災のあと「此経験を科学化せよ」と訴えた。

小菅はこの言葉を「低線量の広域放射能汚染に根差した不信の連鎖や差別」(67ページ)に適用させる。

そして、「核時代の平和をめぐる諸問題を、現実にそくして、批判的かつ丹念に考察しなおさなくてはならない時がきたと思う」(67-68ページ)と書いている。

すなわち、「未だ‐それは為されていない」ということになり、小菅は、ここで、「結論」を述べているのではなく、「方針」を述べているのである。

あいだの文章が、よく分からない。

「いま起きていることの複雑さを理解しようと努力するよりも、わかりやすさを好むならば」(67ページ)

「そうした傾向は先入観を強化することにも、単に別の先入観を生産することにもつながりうる」(同)

ここまでは理解できる。だが、次に、こうくる。

「経験の科学化が対峙しなければならないものは、このような思い込みを検証する力の欠如だろう。」(同)

「このような思い込み」とは、わかりやすさを好んだ結果生まれた(または再強化された)「先入観」のことであろう。

こうした先入観を検証する力が必要なのに、それが欠如している。

そうした事態に対して、「経験の科学化」は対峙しなければならない。

「何かを正確に理解し科学化したいと欲するならば、何かを理解するためには認識する・認知するとともに、なんらかの思い込みや空想、妄想、先走り、すでに知っているものへの安易な落とし込みは必要なプロセスでもある。」(同)

この赤字の部分はないほうが、意味がとれる。ただ、上記で言う「必要」なプロセスとは、どういうことだろうか。

不可避だ、ということだろうか。不可欠だということであろうか。私は前者、すなわち「不可避」という意味で理解したのだが、そうすると、次の「ゆえに」とまとめる文章がつながらない。

「何が起きたか・起こっているかを正確に理解するためには検証力が不可欠であり、それなくして経験の客観視はありえず、よって科学化も不可能である。」(同)

元の文章は、今一つ、真意がつかみにくいが、要するに、事象の把握にはさまざなまバイアスがかかることは避けられないので、こうしたバイアスのことも考慮に入れてしっかりと検証しなければならない、ということだろうか。

あまりにもあたりまえすぎることを書いているようにも思えるが、どうなのであろう。

***

最初、書名からくる先入見によって著者が何を言いたいのかうまく理解できなかったが、ここで言う「ナショナリズム」とは、保守・右翼的ではなく、左翼によるものを指していることになる。

根源的に対立するものの和解を目指すはずの著者の思いは、どうも、空回りしている。

一方で、戦中に捕虜になっていた英国人に対する原爆投下に対する「救われた」観を受け入れているにもかかわらず、他方では、放射能への恐怖を率直に述べる人たちには攻撃的に非難するからである。

後者への「赦し」や「和解」が課題であることは明らかである。そして、タイトルはなぜ「ナショナリズム」なのだろうか。

こうした攻撃もまた、「不信の連鎖」を形成してしまうのではないのだろうか。





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2015-01-17 22:10:00

阪神淡路大震災 と 柳 和樹(故人)

テーマ:世界
柳 和樹(YANAGI Kazuki, 1964-2003)は、私の友人だった。

京都府与謝郡生まれ。信州大学経済学部卒、甲南大学大学院人文科学研究科博士課程後期在学中に、阪神淡路大震災時に、灘区にある彼の木造二階建てのアパートを近くの風呂場の煙突が倒壊し直撃、必死の努力で救出されるものの重体により、1月18日の午前3時50分、永眠(享年30)。4月から韓国に留学が決まっていた矢先であった。

専攻は、文化人類学・文化社会学。

主な訳業、論考に、以下のものがある。

レマート・ギラン『ミシェル・フーコー 社会理論と侵犯の営み』瀧本往人、山本学、曽根尚子、柳和樹訳、日本エディタースクール出版部、1991年

「M・サーリンズおけるプラチックとプラクシス」『プラチック理論の招待』山本哲士、瀧本往人、他、三交社、1992年

ハーカー他編『ブルデュー入門』瀧本往人、柳和樹訳、昭和堂、1993年

***

この『ブルデュー入門』が二人の最後の仕事となった。二人にとってこの作業は、もっとも充実した時間だった。

1993年1月、彼が当時住んでいたところで1週間、徹底的に互いの訳文の最終チェック、検討を行ったのだが、見解が異なると、一歩も引かないため、1箇所に数時間を要することもあった。

頑固者である。

でも、良い、頑固者だった。

つまり、理不尽ではなく、少し、ためらいがちではあるが、納得がゆかないと、少しずつ、言葉で説明しようと努力する。

そして、実際に検討の結果、誤りがあれば、素直に認めるし、とにかく、きちんと言葉で理解を行うという姿勢を常に持ち続けていた。

いちおう、大学時代は「後輩」ではあったが、私にとっては「友人」であった。

***

彼の死後、有志によって論文集が編まれている。

指導教官であった山内昶先生は、次のように柳のことを書いている。

「その人なつこい笑顔、いささか早とちりの明るい性格、独特の口調、そして理論問題をつっこんで検討する際の真剣な眼差し等が今でも脳裏に焼きついている。」

また、私の恩師でもある山本哲士先生は、次のように柳のことを書いている。

「柳君で憶い浮かぶのは、その笑顔である。相手を万面で容認するその笑顔は、こちら側をなごませて、思わずわたしなど学生には言ってはいけないことを、随分と彼には安心して行ってしまったように思う。」

さらに、大学生のとき2年先輩にあたる山本学さんは、私と同じように、彼の故郷で行われたお通夜に行っている。彼は、次のように柳のことを書いている。

「それでも今は、ヤナギのあの、「フウッ」という短く声を出すため息のこともまた思いだされて、それはもちろんただの癖ではあるのだけれど、それが何か、瞬間、人と人との関係から身を引くように、ヤナギの心が孤独に閉じるときの音のようにも思われたのだ。」

他の仲間たちも書いているが、申し訳ないが省略させていただいて、最後に、私が書いた文章の一部を引用する。

「そして和樹君との再会。僕が見たのは、安らかな顔で、もう二度と目を覚まさない深い深い眠りについている和樹君だった。口元の傷跡をみなければ、なぜ棺に入っているのかわからないほど、今にんも笑いかけてきそうな、優しい表情をしていた。」


実は私は、自分のことを「私」としか書かない。ただ、この追悼文のときだけ、「僕」と書いた。



20年経った今、ようやく言える。



僕は、柳のことが、好きだったよ。今でも、大好きだよ。


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