2年前この町に引っ越ししてきて最初に行った理容院は、
1800円でヘアカットしてくれる店だった。
我ながら良い店を見つけたと思ったが、
散髪して帰宅するなり、ハニーは言った。
「・・・・・」
「オッサンカット」これはいけない。
私は近隣のお洒落な理容院を探した。
しかし軒並み4000円台が相場。
高い。
かつ女の子が来るような店には行きたくない。
だって恥ずかしがり屋だもん。
手ごろな店はないものか。
やがて3000円でヘアカットしてくれる店を見つけた。
しかも男性客メイン。
実際、良い店だった。
ハニーからオッサン呼ばわりされることもなくなったし、
梳き方が非常に上手かったので、散髪する頻度も減った。
さすがに1800円の店ほどではないにしても、
コストパフォーマンスは結構良かった。
その店には半年以上は通ったと思う。
しかし結局行かなくなった。
なぜか。
理容師のおしゃべりに付き合うのが苦痛だったからだ。
サッカーの話、野球の話、ゴルフの話、
ディズニーの話、AKBの話、旅行の話、
バイトへの愚痴、理容師協会への愚痴、
まぁとにかくいろいろな話題を振ってくる。
私は理容師のおしゃべりに付き合うのが嫌なので、
だいたい散髪の時は目を閉じている。
しかし彼は、こちらが目を閉じていてもお構いなしに話しかけてくる。
「はぁ、ワールドカップですね」なんて適当に相槌しようものなら、
「omojiさん、ザックの采配どう思います?
ボクは●●を絶対使うべきだと思うんですよ~」
といった具合にますます勢いづいてしまう。
それでも腕は良かったので半年くらい我慢して通ったが、
やがておしゃべりに乗じて、
「omojiさん、シャンプー何使ってるんです?
ああ~、それはダメなやつですよ。もっと良いものありますよ!」
シャンプーやらコンディショナーやらを売り込んでくるようになってきた。
やわらかく拒絶し続けるのは、とても疲れる事だ。
理容院に行って理容師に気を遣うのに疲れた。
というわけで、また他の店を探すことにした。
次に行った店は、前の店よりもちょっと高かったが、
基本的に男性客向けっぽいたたずまいの店だった。
出てきた理容師はひょろっとしたおとなしそうな青年。
ああ、ここならいいかも・・・
そう思ったのもつかの間、
ハサミを構えるなり満面の笑みをたたえ
「こないだスキー行ってきたんですよ~、ウヘヘ」
その店には二度と行かなかった。
こうなったら引っ越す前に通っていた店に行こうか。
結構な距離があったが、価格とスキルのバランスが良いことは分かっている。
私が目を閉じれば、話しかけてこないのも気に入っていた。
よし、懐かしのあの店に行こう。
久々に馴染みの理容院へ行った。
しかし私は忘れていた。
この店は洗髪の時に顔に乗せる布が臭いのだ。
※参考過去記事→(1) (2) (3)
もっと近所に、もっとマシな理容院はないのか。
そうして見つけたのが今通っている店だ。
ここはヘアカットとシャンプーで2400円。
理容師はちょっとオネエ系の男性。年齢不詳。
おとなしくて物腰の柔らかい性格。
無駄にトークをしかけてくることはない。
腕も良い。
ハニーからオッサンカット呼ばわりされることもない。
唯一の難点は予約ができないこと。
午後の時間帯にふらりと行こうものなら、3時間くらい待たされる。
しかしこれは朝一番に行けば解決できる問題だ。
もう半年近く通っている。
この街に引っ越しして来て2年余り。
ようやく行きつけの理容院が定まってきたのだ。
しかし、最近この理容院に新入りが入ってきた。
年齢は50代くらい。
覇気がなく、目がとろんとしていて、動作もとろとろしている。
そして見事な青ひげ顔。頬からアゴのラインにかけて青々としている。
いかにもその辺にいるくたびれたオッサンという感じ。
コンビニオーナーしてたけど店つぶしちゃいました的な疲れた風貌。
要するにおおよそ理容院の店員としてふさわしくないタイプ。
はじめてその店員を見た時、彼は、もっぱら受付をやっていた。
来店客の受付~呼び出し~精算だけをやっていた。
「あれ、なんか変なオッサンがいるな」と思った。
受付やらせるなら若い女の子の方が華やぐだろうに、と。
次に店に行くと、やはりそのオッサンが受付にいた。
待合スペースに通されて、しばらくすると「omoji様どうぞ~」と呼び出された。
「先にシャンプーいたしますね~」
シャンプー台に座るよう促された。
いつもならここでシャンプー専門のオバサンが出てくる。
しかし今回は違った。
「背もたれ倒しますね~」
え?このオッサンがシャンプーしてくれるの?( ̄□ ̄;)
不安がよぎる。
仰向けに見上げた天井がやけに無機質に感じる。
「もうちょっと上まで来ていただけますか~」
私は体を上方にずらした。
「ああ、行きすぎです~。もっと下に~」
私は体を下方にずらした。
次にオッサンはうやうやしい手つきで
次にオッサンはうやうやしい手つきで
私の膝にタオルケットをかけた。
そして、やはりうやうやしい手つきで
私の顔にタオルを乗せた。
それは目隠しのタオルのはずだが、
ななめにずれていたので、片目で天井を見ることが出来た。
私はそっと目を閉じた。祈るような思い。
勢いよくシャンプー液がかけられる。
無骨な手つきで頭皮をまさぐられる。
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
やがて目の上に乗せられたはずのタオルは鼻までずり落ちる。
両目で天井が見える。すぐに私は目を閉じる。
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
「どこかかゆいところはございますか~」
かゆいところもなにも、このオッサンさっきから同じところばかり洗っているのだ。
「もうちょっと全体的にお願いします・・・」
「かしこまりました~」
洗髪領域が少し広がった。少しだけね。
もう少し耳の後ろとかも洗って欲しいんだけどな。
しかし言っても無駄な気がしたので、黙っていることにした。
「はい、では流しま~す」
シャワーが勢いよく噴き出した。
無骨な手つきで、わしゃわしゃわしゃ。
シャワーのお湯が顔までかかってくる。
鼻までずり落ちているタオルを自分でかけ直すべきか。
片方の手でシャワーを持ち、片方の手で頭を洗う。
なるほど今まで当たり前のように受けてきたサービスだけど、
両方の手でそれぞれ違う事をするって難しいことだよね。
そう思えば、顔にかかるシャワーも、
ミストな気分で受け入れることができる。
ふと気づくと腕にもミストがかかってくる。
勢いよく噴出したシャワーはクジャクの羽のように広がり
辺り一面に降り注いでいるらしい。
もう理容院替えるのめんどくさい。