第二百七十五話 ナットウ狂騒曲 | ねこバナ。

第二百七十五話 ナットウ狂騒曲

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※ 第五十四話   まさかの猫
  第百六十四話  ネコかタヌキか
  第百九十四話  ヴァニラ・アイスの憂鬱
  第二百三十八話 裁くのは猫だ
  もどうぞ。


※注意 このおはなしは、現今の納豆不足とは何の関係もございません。念のため。

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スーパーの陳列棚を前に、俺は立ち尽くした。

「ああ、もう売り切れだよ」
「困ったもんだねえ」

俺の後ろを、渋い顔でおばはん達が通り過ぎてゆく。
ない。ないのだ。納豆が。
ひとパックもない。
先週の某健康番組で、「納豆はメタボに効く」とかなんとか放送されてからというもの、納豆が店頭から消えてゆき、品薄になっているという話は聞いていた。
しかし、ここまでとは。油断していた俺が馬鹿だった。
自慢じゃないが、俺は納豆にはちょっとウルサいんだ。流行りの小粒になんか見向きもしない。出来ればごろっとした大粒がいい。そして月に一度は、あのワラにくるまれた高級納豆を、どんぶり飯とともにかっ込むのが、俺の数少ない愉しみだ。
ヤバい仕事に追われ、危険と隣り合わせの毎日。それを癒してくれるマイスウィート納豆。
それが。
ひとつもない。

「お、ここにはねえのか。さっき並んでゲットしといて正解だったぜ。へへへ」

こんなことをほざく奴に、軽く殺意まで抱いてしまう。
落ち着け。落ち着くんだ。
俺はコートの襟を立て、中折れ帽を目深に被って、ゆっくりとその場を離れた。
たかが納豆さ。大豆に菌がついただけじゃねえか。バチルス・ナットウがな。
そうさたかが大豆。大豆蛋白とナットウ菌。

絶妙の組み合わせ。
すばらしきマリアージュ。

じゅる。

「うああああああああああなっとおおおおおおお」

思わず俺は。
デパートの中心で、納豆に愛を叫んでいた。

「ちょ、ちょっとどうしたの」
「お母さんあれなーにー」
「しっ、目を合わせちゃだめっ」

いかん。禁断症状だ。
俺は足早にスーパーを駆け抜け、屋外の喫煙スペースへと急いだ。

  *   *   *   *   *

しゅぼっ。

ライターのオイルが妙に切なく香る。
ショートピースの煙さえ、儚く空に消えてゆく。
まるで俺の心のようだぜ。ふっ、すっかりセンチになっちまった。
見上げた空に浮かぶ雲が。
水戸納豆のワラ束に見えた。

オーマイスウィート納豆。

「ちょっと聞いた奥さん」
「なになに奥さん」

どっさり荷物を抱えたおばはんが立ち話をしている。

「ナットウおばさんの話よ」
「何なにそれ」
「あちこちのスーパーやコンビニをまわって、納豆を買い漁ってるって人のことよ」
「えっ、そんな人いるの」

なんだと?
俺の怒りセンサーが、ぴくりと反応した。

「それがすごい買い方でね、値段や産地や製品関係なく、納豆とつけばなんでも買い漁るらしいの」
「すごい執念ね」
「なんでもね、デパートやコンビニの入荷状況を調べて、効率よく回れるようにかなり工夫してるらしいわよ」
「へえ。じゃあ、その人についていけば、納豆買えるかもしれないじゃない」
「それがね、ずいぶんな人でさ。点数制限があるってのに、相当ヒステリックにごり押するっていうじゃない。一緒についていったら、その人と同類だと思われるわよ奥さん」
「あらやだ」
「町内じゃ、その人が買い漁ってるおかげで、町中の納豆がなくなってるっていううわさよ」

右手がわなわなと震えた。
そんな不心得者のために、俺のちいさな愉しみが。

「灰色のコートにシマシマの靴下ですって。案外目立つかっこしてるみたい」
「なんでそんなに納豆が好きなのかしら。まったく...」

おばはん達の話を最後まで聞く余裕は、俺にはなかった。
即座に煙草をもみ消し、俺は動き出した。
不届き者に天誅を、与えるために。

  *   *   *   *   *

午前三時。
朝一番に、コンビニへと商品が入荷される時間。俺は近所のコンビニの影に身を潜め、待った。
トラックがコンビニの駐車場へと入ってゆく。きっとあの中には納豆がいくつか入ってるだろう。
うわさが本当ならば、奴は必ず現れる。必ず。

「きた」

薄暗い道の向こうから、ものすごい早足で歩いてくる一人の女。
灰色のコートに白黒シマシマの靴下。間違いない。
俺は気配を消しながら、その女に続いて、ゆっくりと店内に入った。女は迷う様子もなく、惣菜コーナーの陳列棚の前に向かう。
そうして。

「あ、あのお客さん、今からここに商品並べるんで...」
「なによ、納豆があるんなら早く出しなさいよっ」

女は店員にせっついている。
たまらず店員、箱の中からおずおずと納豆を出す、が、棚に並ぶ前に女がひったくる。

「ちょっとお客さんっ」
「いいから全部出すのよっ」

ついに女は、入荷されるはずだった納豆全部、カゴの中に入れやがった。
有名メーカーから独自ブランドのまで。何て奴だ。

「...お客さん、またですか...」
「なによなんか文句ある?」
「...いえ...」

店員に何も云わせぬ迫力。相当の人物とみた。
しかし俺の怒りはおさまらない。
会計を済ませると、女は満面の笑みで、エコバッグを抱えて店を出た。
俺はすかさず、そいつの後を尾けていったのだ。

  *   *   *   *   *

結局その女は、午前中いっぱいコンビニとスーパーを効率よく回り、合わせて十六個もの納豆をゲットした。両手に納豆を詰めた袋を持ち、奴はほくほく顔で歩いてゆく。
なんて外道だ。ゆるさん。
俺は奴の尾行を続けた。薄暗い小路を進み、どんづまりの小さな家へと入ってゆく。ここが奴のアジトか。
どんな危険が待ち受けているのか。いやそんなことを言ってはいられない。
覚悟を決めろ。外道に天誅を。俺は湧き上がる正義感を必死で押さえながら、そうっとアジトのようすを窺った。

「どっこいしょっと」

玄関にどさりと袋を下ろす。妙に無防備だ。仲間はいなさそうだ。
ようしっ。俺はつかつかと玄関に向かい、

「おいこらっ」

でかい声で呼ばわった。
びくりと背中が動き、女はそうっと振り向いた。

「な、何よあんた」
「何よじゃない! なんだその納豆は」
「は?」
「みんなが納豆足りなくて困ってるときに、そんなに買い占めやがって!」
「あ、あんたに関係ないでしょ」
「納豆のウラミは怖ろしいぞ」

俺は懐から、例の武器を取り出した。

「ひっ」

女はのけぞる。
黒光りした俺の銃には、本物の弾丸なんぞ入っていない。
強烈な臭いの、猫の小便カプセルが入っているのだ。
こんな外道への天誅にはうってつけだ。

「かくごしろっ」

俺が銃を構えた、その時。

「うみゃ~~~うん」

なんだ。

「まおーん」
「ふるにゃ~ん」
「みゅううう」

アジトの奥から、猫が。
たくさんの猫が出てきた。
ぞろぞろ、ぞろぞろ。十匹はいるだろうか。
長毛、ぶち猫、アビシニアン。ああマンクスもいる。

自他共に認める猫好きな俺は、呆然と彼等に、見とれていた。

きゃ。
きゃわいい。

「だっだめえええええ」

女は両手を広げ、猫の前に立ちはだかった。

「なっ」
「この子達に罪はないのっ、この子たちはああ」

そう言うなり、女はおいおいと泣き始めた。

「ちょっ、おいっ、どうしたんだ」
「この納豆は、この納豆は、この子たちのゴハンなのよおおおおお」

なんだって。
俺は絶句した。

「そ、そんなことが」
「何を間違ったのか知らないけど、この子たちの大好物は納豆なのっ。納豆がないと、ドライフードも食べてくれないのよう」

うそだろ。

「にゃーう」
「みゅうう」
「ふるにゃーーーごる」

猫達はわらわらと袋に群がり、中の納豆をすんすん嗅いでいる。

「納豆不足になってから、この子たちったら食が細いのよう」
「えっ」
「このミーちゃんなんか、ほかの子に納豆譲ってあげるもんだから、百グラムもやせちゃったのよう」

と、女はアビシニアンを抱き締めた。
そんなことが。
きゃわいそうに。

「ううっ」
「あたしはどうなってもいい。だから、この、この子たちだけはああああ」

女は必死な目で俺を見る。

「なあーん」
「みゃーあああおう」
「びゃあう」

猫達が鳴く。悲しそうな声で鳴く。
俺は。

俺は。


「おおおお奥さああああああああん」
「わああああああああん」
「わかります、わかりますともう」
「うわあああああああん」
「猫ちゃんたちの、猫ちゃんたちのためでしゅもんね~~~」
「そうなのよう」
「かわいしょーに、かわいしょーに」

俺は女と抱き合って、泣いた。

「なあーん」
「みゃーあああおう」
「びゃあう」

猫達は相変わらず。
納豆の前で、はやくよこせと、鳴いていた。

  *   *   *   *   *

「いいですか奥さん。納豆は冷凍できるんですよ。だからすぐに食べないものは冷凍庫に保管するのが得策です」
「ふむふむ」
「そして、納豆は自作可能です。水に一昼夜つけた大豆を蒸して、熱いうちにこの納豆と混ぜ...」
「なるほど...」
「ほら! これでこのヨーグルト製造器に入れ、40度で24時間放置! そのあと冷蔵庫に入れればよいのです。もちろん冷凍保存も可能です」
「すばらしい! あなたって納豆博士ね」
「いやあそれほどでも。何せ猫ちゃんたちのためですからね」
「これでうちの子たちも元気になるわっ、ありがとう」
「うみゃ~~~うん」
「おーよちよちよちよち、おいちいでしゅか~、よかったでちゅね~」
「ほらミーちゃん、おじちゃんにありがとうしなさい」
「みゃ~うん」
「よかったでしゅね、ぐずっ、よかったでしゅね~~~」

...俺の秘伝、ナットウ自作術を教えて、俺は女の家をあとにした。
すべては猫達のためさ。ふっ、俺もとんだ早とちりを。
しかし、これで買い占めもなくなるだろう。柄にもなく、善行を積んじまったぜ。俺としたことが。
そして。

「あなたのおかげよ。これはほんの御礼。持っていってちょうだい」

俺はコートのポケットから、ワラ束を取り出した。
鼻に近づけ、すんすん、と嗅ぐ。

これは最高級の。

すんすん。

かぐわしい。
オーマイスウィートナットウ。

今夜はこれで、アイラモルトのスコッチを傾けよう。
荒んだ心を、洗い流すのだ。

月夜さえ、今日は大豆に、見えちまう。



おしまい






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