第二十四話 猫と暮らす日 その2(26歳 男 会社員) | ねこバナ。

第二十四話 猫と暮らす日 その2(26歳 男 会社員)

※前回連載 猫が来た日(26歳 男 会社員)(その1)(その2)(その3)(その4)

前回(その1)はこちら

「猫?」
「ええ」
「猫飼ってるの? あなたが?」
「まあ、期限付きですけど。預かってくれと頼まれまして」
「へえ...意外と言うか...。にわかに信じ難いわね」
「まぁ、俺もそう思います」
「あはは...そうよねえ。それでここ二、三日はさっさと家に帰ってるわけね」
「ええ。長い時間留守にするとろくなことがないので」
「いたずら、ひどいでしょ」
「そりゃもう...○○○○のソファがひどいことになってます」
「うそっ! それは災難ね...。って、あなた、ちゃんと爪とぎ用意してあげた?」
「爪とぎですか?」
「そうよ。小さいうちにしつけた方がいいわよ。どこでも爪をとぎたがるんだから、仔猫は」
「そういえば、こないだペットグッズの店で売ってたような...」
「一番安い段ボールのやつでいいんだから。今日早速買って帰ってあげたら?」
「それが、明日返すんですよ、猫」
「あら。でも、少しでも被害が少ないほうがいいんじゃない? 家具の安全が数百円で買えるんだから、安いもんよ」
「そうですね。さすがチーフ、詳しいですね」
「こんなの詳しいうちに入らないけどね。まぁ、私も十五年猫と付き合ったからね。一昨年亡くなってからは、未だに飼う気がしないけど」
「そうなんですか」
「なんだか、浮気者!って怒られそうな気がして」
「まるで昔の男みたいですね」
「ふふふ、ほんとにそうね」
「じゃあ、俺この書類をクライアントに届けて、直帰しますね」
「お願いね。ちいさな恋人さんによろしく」
「またぁ。からかわないでください」
「うふふ」

  *   *   *   *   *

チーフの含み笑いを背にして、俺は事務所を出た。
なるほど。二年前チーフが体調を崩していたのは、猫のせいだったのか。いわゆるペットロスというやつだな、と俺は得心した。
社の内外から信頼が篤く、仕事も人間関係も円滑にこなすスーパーウーマンだと思っていたが、そういう可愛いところがあったとは。
猫...猫ねえ。まあ猫に限らずなのだろうが、動物を飼うということがどういうことか、俺も少しずつわかってきたような気がする。
しかし、ようやくわかりかけてきたところで終わり、というのは、何につけてもそうだ。
明日、カナが旅行から帰ってくる。
トラと俺との短い共同生活も、終わる。

  *   *   *   *   *

「ただいまあ」
「うきゃっ」
トラはすたすたと駆け寄ってきた。
「ようしよし、ちょっと待ってろ。すぐメシやるからな」
何をするよりも早く、トラに餌をやる。ここ二日ばかりはこうしないと、トラが足下にまとわりついて邪魔でしょうがない。
カリカリと餌をかじる音が聞こえたら、ようやく着替えが出来る。
そうそう、今日はおみやげがあるんだ。

「そら、お前に爪とぎ買ってきてやったぞ」
段ボールを重ねただけの一番安いやつだが、大抵の猫ならこれで大丈夫だと、ペットグッズ屋の店員が言っていた。
案の定、開けた途端に爪とぎ面でがりがりやりだした。こんな小さい前足に、けっこう鋭い爪がついている。がっつり刺さるとかなり痛いが、要は爪を出されないように、たっぷり遊んでやればいいのだ。
こないだ買ったおもちゃが、えらく役に立った。トラは遊び始めると歯止めがきかない。ほんとうに息を荒げてへたり込むまで遊んでやると、そのあとは案外おとなしくなる。
そのかわり、俺もずっとその遊びに付き合わなければならない。おかげでここ二三日、テレビもろくに見てないし、ネット巡回もしていない。
そんな日々も、今日で終わりだ。

  *   *   *   *   *

「おい、入るか?」
ベッドに入って、俺はそっと布団のはじを持ち上げた。
トラはくんくんと布団の匂いを、そして俺の鼻の匂いを嗅いで、迷わずに俺のわきの下に潜り込んだ。
ふるふると喉を鳴らして、全く無防備に、眠りについている。

そうだ。明日はこいつと別れるんだな。
初めはびっくりして戸惑ったし、絶対にうまくいかないと思っていたが、案外なんとかなるもんだ。
まあ、明日はカナの奴に厭味の一つくらい言っても罰は当たるまい。いきなり押し付けて、自分は旅行だ。いい気なもんだ。おかげでこちとら、猫三昧の生活だ。トラは元気で、俺もまあ悪い気はしていない。
カナの予言どおりだな...。それがいまいち気に食わないが、事実だからな、仕方ないか。
いずれにしても、明日か。明日...。
明日仕事から帰ってきたら、こいつを引き取りにカナが来るのを待っていればいい。そうすれば終わりだ。
この猫だらけな生活...。トラの奴とのドタバタな生活...。

トラはかすかな寝息をたてて熟睡している。
ほんとに、俺を親みたいに思ってるんだろうな。
幸せそうな顔しやがって。俺は、俺は...。

その日、俺は随分長い間、トラの顔を眺めたまま、寝付けずにいた。


(ひとまず)おしまい





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