『フローラの不思議な本』(七) | なかのたいとうの『童話的私生活』

『フローラの不思議な本』(七)


 

第七章 ここちよくて気持ちよくて
 

つぎの日も、たかしは本を開いていました。



 
三月二十一日 口の悪さは遺伝です
 
おれにはどうしてもわからないことが三つある。

ひとつめは、どうしておれが生まれてきたかだ。

いや、まてよ? ちょっとちがうか?

どうやっておれが生まれてきたのかだ。

ちがうなあ……。

どうしたら、おれがおれであるように生まれてくるのか、か?

ああ、わからん。

まあいいや、そんな感じのこと。


そしてもうひとつは、うん、これはひとつめと関係あるかもな。

おれはその昔、赤んぼだったらしい。

となりのサブんとこのシローみたいに。

でも今はこどもだ。

いったい、おれはいつから、こどもなんだ?

それに父ちゃんに言わせると、おれはそのうち、おとなになるらしい。

そのうちっていつだよ。

ああ、はやくおとなになりてえ。

こどもなんてこりごりだ。

ほんと、めんどくせえよ。

なあ、そう思うだろ?


おっと、いけねえ、三つめをわすれるところだった。

三つめは、なんで空は青いのか、だ。

ほんとは空の色だけでなくて、雲の色も、川の色も、田んぼの色も、山の色だって、トマトの色だって、ナスビの色だって、みんなみんな不思議なんだけど、三つをこえるとかっこわるいから空だけにした。


それでおれは、この三つめの疑問を、ばあちゃんにぶつけてみた。


「なんで空は青いってか?

 バカたれが、そったらこと聞くやつがおるかい。

 昔から空は青って、きまっとるだろが」


「でもよ、ばあちゃん。

 夕焼け空は赤いぞ」


おれがそう言っても、ばあちゃんは答えない。

とぼけたふりして、だまっちまった。

むむむむむ、ずるいぞ、ばあちゃん。


しかたないので、じいちゃんにも聞いてみた。


「たしかに、空は青いのう。

 ぼんず、じゃがのう、なんで青いかって、そったらこと聞いてどうするん?

 空が青かろうが、赤かろうが、黒かろうが、そうたいしたちがいはなかろう?

 そうじゃろ?

 きのうの空と今日の空が、ちっとくらいちがうからといって、

 いったいわしらのくらしの、なにがかわるって言うのかのう。

 見てみろや、ぼんず。

 雲はええのう。

 わしらも雲みてえに、かあるくなれたらええのう……」


これには、まいった。

じいちゃんがなにを言っているのか、おれには、さっぱりわからない。

うまいこと、はぐらかされているようにも思えるし、なんかじいちゃんが人生の達人っぽいことを言っているようにも思える。

こんどは、おれがだまっちまった。

 
 

こうなったら、とことん聞いてやる。


てなわけで、よし、つぎは母ちゃんだと気合いをいれたのはいいんだけど、


「空? 青い? バカなこと聞いてんじゃないよ。

 自分で、しらべりゃいいだろが。

 勉強なさい!

 宿題は? すんだの?

 この前、とつぜん学校の先生がくるからなにごとかと思ったら、

 たのむから息子さんに勉強させてくれって。

 まったく、どこの息子さんだい?

 母ちゃん、もう、顔から火がでそうだった。

 聞こえなかったの!?

 ベンキョウナサイ!!」


母ちゃん、そこでバンと、テーブルをはたたいて「はやく」ときたもんだ。

母ちゃんに聞こうと思った、おれがバカだった。

口答えなんてしたら、めんどうなことになる。

ひとまずここは、にこにこハイハイ作戦でトンズラしちまおう。


さあて、あと知ってそうなのは父ちゃんだけなんだけど、父ちゃんのやつ、また酔っぱらっておれにクダまいてきやがった。

くせえ、くせえ、息が酒くせえ。


「こぞう……ヒック、おめえもバカならおれもバカ。

 おれが天才なら……ヒック、おめえだって天才だ!

 バカヤロウ、クタバッチマエ」


「くせえ息、ふきかけんなよ、父ちゃん。

 なあ? なあ、父ちゃん? 父ちゃんたらよ、聞いてくれよ。

 なんで空は青いんだ?」


「クソヤロウが、ずいぶん、ごりっぱなこと、聞くじゃねえか……ヒック。

 おい、ハナクソ。

 オメエは、どうして空は青いかって、聞きやがる。

 だがよ……ウ、ヒック。

 そもそも、そもそも、そもそもお、空って、なんだ?

 答えろや。

 オイ、空ってなんらあ……」


ヤバい、ヤバい。

そろそろヤバくなってきたので、おれは父ちゃんのところからも逃げだしてきた。

けど父ちゃんの言うことも、もっともだと思った。

おれは空の色ばかり気にしていた。

青いとか、赤いとか、黒いとか。

よく考えてみると、うわっつらじゃねえか。


空ってなんなんだろう。

それがわかれば、色の疑問もとけるにちがいない。

ああ、だれかおれに空のことをおしえてくれ。


ああ、そうだ。

これを読んでるやつ。

おめえだよ、おめえ。

気をつけろ、あいつはおれより口が悪いぞ……

 

 



もしやと思ってたかしは顔をあげました。

だまって、うしろをふりむきます。


「てへへ、バレたか」


フローラでした。

気まずいところを見られた人がよくするように、ぽりぽりと手で頭をかきながら、舌をぺろっとだしていました。

でもフローラには、わるびれたようすは、まったくないようでした。

なにかを聞きたげなたかしをしりめに、フローラはすぐに横をむいてしまいます。

そして窓の外に目をやると、わあーっと、声をかがやかせました。


「ねえ、たかし、見て! 夕焼け!」


けっきょく、たかしがなにかを聞く前から、話しはあらぬ方向へとそれてしまったのです。

たかしは自分がなにを聞くつもりだったのかさえ、わすれてしまいました。


でも夕焼けは本当です。

外を見ようと思って、たかしが顔を窓につけると、西の空が一面、赤とも、むらさきともつかない、そんな不思議な色をしているのが見えたのです。


「あけなさいよ」


たかしは言われるままに窓をあけます。

すると日がおちたあとの、ひんやりとした風がサーッと部屋の中にはいってきました。

そしてフローラの長い髪をふわっと、はためくように、うしろへとなびかせます。

ところがそのなびいた髪が鼻がムズムズして思わずクシュンと、くしゃみをしてしまうくらい、たかしの顔にまとわりついてきたのです。


クシュン。クシュン。

またです。


「くしゃみなんか、してんじゃないわよ」


そうは言っても、たかしのくしゃみはとまりません。

くしゃみをしているたかしのほうをフローラは見ようとさえしませんでした。

自分の髪の毛がくしゃみの原因だなんて思ってもいないはずです。

フローラは窓の外の夕焼け空にすっかり夢中になっていました。


「ねえ、たかし、あの空のむこうには、なにがあるんだろうね?

 どうして夕焼け空って、こうも赤いんだろう」


そう、

たとえそこに、いらついて、しょうしょうムッとするような出来事があったのだとしても、たかしはそのまま、とくになにごともなく、フローラといっしょになって窓から身をのりだして、西の空いっぱいの夕焼け空をながめていたのです。

時間がたつのがずいぶんと、はやく感じられます。

まだ寝る時間でもないのに、ふわわわわあと、たかしは大あくびをしていました。


「ねえ、たかし?

 あの子……」


(どの子?)


「やだ、あの子よ。

 さっき、あんた、読んでたでしょ?

 あの子ったらね、もう、うるさいの。

 ほっとくと三分もたたないうちから、

 なぜなぜ、どうして、いいからおしえろってはじまってね、

 勉強なんてしないで、

 本棚の本を左はしからじゅんじゅんに読んでいくような子だったんだけど、

 ほら、あたし、なんでも知ってるじゃない?」


(なんでも?)


「ちょっと、なによ!

 あたしは、なんでも、知ってるの!!」


とつぜんフローラは、たかしがびっくりして、とびあがるような大きな声をあげました。

心の中では思いがけず本音がでてしまうものです。

言わなくてもいい、いいえ、思わなくてもいいことを心の中で思って、てきとうに、あいづちをうっていると、あっというまにケンカになってしまいそうでした。

たかしは用心するとともに、そうしたフローラとのつきあいにくさを感じていました。

 

 

そのあともフローラの長い長い思い出話しはつづきます。


例の男の子、なぜなぜこぞうがトマトとナスビは好きで、キュウリとレタスはきらいという話しから、フローラが男の子に読書感想文を書かせるために、どれほど多くの骨を折ったかだとか、

根気よく、根気よく、じつに根気よく説明して、空のしくみと色のしくみはなんとか理解させることができたのだけれど、そのほかのふたつの疑問、

つまり、お母さんのお腹からオギャアと生まれた男の子が、いったいどうして世界に一人しかいない、その男の子として生まれてくることになったのか、そしてそうした男の子が成長して、おとなになるのは、いったいいつからなのかといった疑問は、なんでも知ってると言いはるフローラにとっても、まったくわからず、完全にお手あげだったという話しまで、

もう本当に長い長い、長い話しでした。

しかもフローラの話しは、あっちからこっちへと、すぐにとびます。

たかしは、いつはてることないフローラの話しにさんざんひきずりまわされて、どんどん、どんどん、つかれていって、もうなにも考えられないくらいに、すっかりへとへとになってしまったのです。


それにひきかえフローラは、たかしに話せば話すほど、元気に、そして力づよくなっていきました。

やっと話しを聞いてくれそうな人があらわれたという、よろこびにみちあふれていたのです。

ほおをほんのり赤くそめ、目をらんらんとかがやかせ、さらに話しを長く、長く、どこまでも、どこまでも、ひきのばしていくのでした。


「……でね、

 その子が引っ越したときのどさくさにまぎれてブチッと糸が切れるみたいに、

 とつぜん、おわかれになっちゃったってわけ。

 ねえ、ちょっと、たかし、聞いてるの?」


(聞いてる……)


たかしは、そう答えるのも、やっとでした。


どうやら話しは終わったようです。


「ふう、話した。

 話した、話した、ああ、話した。

 どんなけぶりだろう。

 さすがのあたしも、なんだか、つかれちゃったなあ。

 あっ、そうだっ……」


なんということでしょう。

このごにおよんで、まだ話しのつづきがあるなんて。


たかしは思わず手で顔をぬぐっていました。

 

 

「それでね、その子、そのあとお天気博士になったんだって」


(お天気博士? 気象学者のこと?

 もしかしたら気象予報士じゃないの?)


「あんた、男のくせに、そんなこまかいこと気にしてんじゃないわよ。

 なんだっていいでしょ!

 そんな感じのやつよ」


(でも、どうしておわかれしたのに、そんなこと知ってるんだろう)


「この前、ごあいさつにきたのよ」


(ごあいさつ?

 いつ? どこで?)


「わすれた」


(わすれたって、おかしいよね。

 この前、いちどおぼえたことは、ぜったいわすれないって言ってたような気がするけど……)


「わすれたのっ!

 だって、夢見てるみたいだったんだもん、しかたないでしょ!

 でも夢じゃないのよ。

 その子ねえ、もう、すっかり、おじいさんになっちゃってて、

 そのせつはたいへんお世話になりました、

 天国に行く前にちょっとよらせていただきましたって、

 あたしのところに、ごあいさつにきたのよ。

 ちょっと、聞いてるの?」


(それって、もしかして……)


「そうよ、ゆうれいになってやってきたの」


(あわわわわ)


たかしは、おそろしくなってました。

この話しが本当だとすると、フローラのまわりには、いつなんどき、ゆうれいがでても、おかしくはないではありませんか。


(うそだ……、うそだ……、うそだ……)


たかしは自分でも気づかないうちに、そう心の中でくりかえしていました。


もちろんフローラには、たかしの心の声が聞こえていますから、


「うそじゃないのっ!

 ちょっと、たかし、うそじゃないってば!」


けれどもフローラの長い長い長い話しにつかれはてた、たかしは、もう、聞きません。


(ユウレイ……イナイ……アリエナイ……)


「ちょっと、待ちなさい!」


(ユウレイ……コナイ……キットコナイ……)


(ゼッタイ……イナイノ……アタリマエ……)


それは、なんだかまるで、お坊さんのとなえる念仏のようでした。


これにはフローラも、がまんがならなかったようです。


「うるせえんだよっ!!

 オタンコナスのブタヤロウ!!

 よわむし、けむしの、しゃくとりむし!!

 あんたなんか、くたばっちまえ!!

 あたしが死んだら、化けてでてやる……」


そう言いながらフローラは、バタン、ドスンと大きな音をたてて自分から本をとじて消えてしまったのです。


それはもう、夜もずいぶんとふけたころのお話しです。


それにしても、たかしは本当に、ゆうれいはいないって思っているのでしょうか。

 

 






 

 


 
☆☆☆*:.。.ほかにもお話しはたくさんあります.。.:*☆☆☆