むー母列伝 普通の肉 2 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

考えて見れば今日まで、母には助けられるばかりで助けてあげた記憶がない。

レストランへ連れて行ったこともないし旅行もなく、服をプレゼントしたこともない。


1人息子で大企業へ入り今は会社経営、「普通」なら必ずある親孝行が野人にはない。

母は贅沢もせず、渡したヤマハの退職金の一部も全額預金、1円も使わず野人の事業のピンチにすべて差し出した。

生命保険など数十年間の積立も幾つか解約して助けてくれた。


14年前の起業当時、切羽詰まって野人に助けを求めて来た見ず知らずの老夫婦の数百万の借金をその日の内に清算、「何も死ぬことはない」と、数年間生活費を送り続け1千万以上あげちゃった時も母は何も言わなかった。

その時はまだヤマハの退職金があったからだが、「あんたらしいね」と笑っていた。


この日もまた郵便通帳を見せて、「死んだらこれとこのお金が支給されるからしっかり申請するんだよ」と忘れっぽい野人に何度も言って聞かした。

いったい幾つ保険に入っているんだろうな、しかも自分の為ではなく野人の為に・・

何度か聞いたが、まったく覚えていない。


お金だけでなく土地も家も、新車も野人は一度も買ったことがなく、今も借家住まいの母に楽な思いをさせてやれなかったが、母は祖父と祖母を看とりながら野人を育て、土地も店舗も手に入れ朝5時から夜の9時まで食品店を営み大学まで出してくれた。

お金が足りなければその九州の土地を売って乗り切りなさいと今も言うが、あれは子供の頃から見続けた母の苦労の城、それだけは・・やりたくない。


母は野人の為に、野人を助ける為に生き続けているようなものだ。

安上がりに図書館で借りて来る本も、自分の為と言うより大半は知性の乏しい野人の為に読み続けている、片手で持ち上げられるほど軽くなった体で今も


それから母は、感心した子供の頃のエピソードを幾つか話し続けたが、それはまた次回に。


野人をこき下ろしてお説教するばかりではない。

一昨年は身ぶり手ぶり、骨と皮だけの体を使って足の運びや受け身のとり方を教えてくれた。

人類は肉食だと言うことを単純明瞭な理で答えたが、母に気付かされたことは多い。

褒めることも多く、乱暴な野人の優しさを人は理解し難いだろうが、それが「野人の普通」なのだから誤解されようが気にする事はない、母はそう言いたかったのだ。


母は野人を生かし続けることが生き甲斐であり、野人の使命をまっとうさせようとしている。

これまで悩める多くの人の健康問題を解消して来たが、母は健康面でも一度も野人を頼ったことはなく、今回持ち込んだ「はじまり」が、母に押しつけたプレゼントの始まりだな。


話の最後に母は言った。


「私には理解出来ないくらい野蛮で変人だけど」


母にとって、自分でエサ獲って食うのは野蛮人古代人の部類に入るのだ。

「原人の親孝行」のように突いて来た魚を母に食べさせようものなら・・
「可哀想に・・気持ちよく泳いでいるところを息子にブスリと突かれて痛かったろうね・・」

最高の食卓はお通夜になり、刺身は仏壇に変身する。


「お金ないんでしょ、まともなもの食べなさい」と、3万円出したが・・

「腹減ってないから大丈夫」と受け取らなかった。

これではどちらが扶養家族かわからない。

そのお金でもっと美味しい肉を買って食べればよいのだが・・遺言も済ませているし。


帰りに張り合いがなさそうな母の顔を思い出し、受け取れば良かったと少しだけ後悔した。

今度行ったらお小遣いをせびるかな・・


母に老後はなく90過ぎても人間現役、本も稽古ごとも衰えることがない。

お年寄りを大切にしましょうと言うが、大切の仕方は人それぞれ、親孝行も、年寄りとして扱うかも


頼りにされるほど人はそこに生き甲斐を見出し

希望と共に若く 失望と共に朽ち果てる


野人に必要とされなくなった時に母はこの世を去るのだろう。


ありがとう・・母ちゃん


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