動物は本能で死を避ける。
人もまた本能的に死と言うものを恐れる。
恐れがあるからこそ危険を感知して避けられる。
変死体を見て驚かない人はあまりいない。
まして原型をとどめないほど腐乱していれば恐怖を感じてしまう。
生い立ちなのか環境なのかわからないが、幽霊が出ると聞けば、木刀や手裏剣などで完全武装して真夜中に一人で山中でも出かけていた。
世の中で寒気がするほど怖くて歯が立たなかったのは「山姥」だけだった。
ダイバーをしていた頃、遺体を何体か揚げたが、その内の一人は友人だった。
武道をやっていたが、こんな気持ちの優しい男が世の中にいるのかと思うほど心が透き通った男だった。
会社は違うが共同で港のない浜への物資の「上陸作戦」を決行して成功、帰港中の海難事故だった。
3人が海に投げ出され、二人はすぐに救出されたが命は助からなかった。
彼だけが見つからず、捜索隊はダイバーを招集、8人くらいで海底捜索にあたった。
その中の一人として3日間捜索に加えてもらった。
「彼が沈んでいる場所はここだ」と最初から指摘したが、責任者は「海域状況からそんなことは考えられない」と別の場所を限定。
結局見つからず、許可が下りたのでその場所に潜りすぐに見つけ出した。
彼は28mの海の底に横たわっていた。指揮者に、「何故わかる?」と言われたがそんなことはどうでも良い、説明して理解出来るものでもない。
3m~4mのサメが2匹、遺体についていてこちらへ向かってきた。
サメとの攻防は連載東シナ海流に書くが、サメを追い払い、再度潜って抱きかかえて浮上した。
遺体は生前の面影はなく腐乱して膨張、死蝋化していた。
浮上しながら彼にかけた言葉は「ごくろうさん」の一言だった。船の横に浮上すると腐乱臭が一面に広がり、もどす人もいたが彼を素手で抱きかかえて船に上げた。
彼は新婚三ヶ月で新婦と一緒に暮らしたのはわずか一週間、新婦を一人福岡に残して来ていた。
それから二日間、島に来ていた新婦は泣き続け、その声が耳から離れなかった。
それから何度か遺体に向き合った。
台風で生き埋めになった遺体も三日目に野人が土砂の中から見つけ出し、やはり素手で抱き起こした。
県警の捜査隊は線香をたき、マスクにゴム手袋だがそんなものはしない。
必ず素手で抱き起こし、皮膚が破れ血膿にまみれていても必ずそうする。
皮膚が崩れ落ちそうになれば手で戻してあげた。
そして、「ごくろうさん よしよし」と声をかけるようになっていた。
それは小さい頃の母の影響かもしれない。