(負けたことなんて)そんなもん死ぬぐらいありますよ。
一番ひどい時は、ありましたよ。佐世保ね。九州の佐世保に行った時。僕はソロになって間がない時。
その日に限ってシチュエーションがバッチリよ。雨がザンザン降るし、蓋開けて見たらキャパがいくらぐらいかな。1500人くらいかな、それくらい入るところに(客が)200人くらい。
しかも、それが、俺、楽屋で一番悔しかったことはね、「これはまずい」ってことで、ウチのスタッフがタダ券を配りに、雨の中ね、町ん中、駆けずり回った。それを俺は聴いたわけね。
聴いたときね、もう悔しくて、悔しくて、僕はステージの上に上がったとき言いましたよ。
「いらっしゃい」200人ちょろちょろって来たお客さんに俺ははっきり言った。
「俺、今悔しいんだ。こんなに才能がある俺が、佐世保へ来て、こんなに侮辱されたことはない。だから今日来てる200人のお客さんは、あんたたち、幸せだ」
俺、はっきり言った。
「何故か言おうか。矢沢の、こんな素晴らしい矢沢を見れたな。これは俺のプライドだ」って言ったわけ。
「だから俺はどこまで歌えるか分からないけど、素晴らしい歌を歌うからさ、最後まで楽しんでいってください」って帰ったの。
そん時にスタッフに「リメンバー・パールハーバー」ってアメリカには言葉があるよね。
俺、自分の中で勝手に、韻を踏むのが大好きな男ですから、「リメンバー・佐世保」。決めるぞ。
2年後かな、落とし前つけましたよ。超満(員)だ。ばっくり。
ただ、全部一貫してそうして来たってことだけですか。
簡単なことよ、偉くも何にもない。ただ、負けず嫌いだってことだけかね。
それと、いじける暇がなかったってことと、ほいでそれともう一つは、さっき一貫して言ってきてる事ですけど、僕はやっぱり自分を愛してるの、自分が幸せになりたいと思ってるの。
そんだけのことです。
矢沢永吉 若い広場 1980年 リメンバー・佐世保