☆野菜や果物の農薬量と男性不妊の関係 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

現代の野菜や果物の生産に農薬は欠かせませんが、農薬は殺虫剤と同じであり、細胞毒性があります。昨年初めマラチオンの冷凍食品混入事件があったことも記憶に新しいと思います。本論文は、野菜や果物の農薬量と男性不妊の関係を初めて明らかにしたものです。

Hum Reprod 2015; 30: 1342(米国)
要約:生活環境と生殖を前方視的に検討するEARTHスタディーが設立され、2007~2012年にリクルートした155名の男性について、18ヶ月にわたる食事調査のもとに、338回の精液サンプルを採取しました。それぞれの食品に含まれる農薬量は、米国農薬データベース(USDAPDP)から算出しました。野菜と果物の総摂取量と精液所見に関連を認めませんでしたが、農薬量の多い野菜と果物を摂取されている方では精液所見が有意に低下していました。農薬量の多少から4群に分けたところ、農薬量最多群では49%精子数が減少し、32%正常形態精子数が減少していました。

解説:1970年代に、農薬工場の従業員の男性に不妊症が多いことが明らかにされ、その原因として農薬のひとつDBCPが関与することが報告されました。最近、少量の農薬の暴露でも抗男性ホルモン作用がみられることが報告され、2件のシステマティックレビューは農薬と精液所見の低下の関連を示唆しました。一般の方の農薬摂取ルートのほとんどは、野菜や果物からであり、農薬量は尿から検出されます。しかし、無農薬の生産品を摂取すると、尿から検出される農薬量は激減します。男性の精液所見は年々悪化していることはよく知られていますが、その一因として農薬量が関与するのではないかと考え、本論文の検討が行なわれました。本論文は、野菜や果物の農薬量が多いと精液所見が低下することを示しています。これは、一般に流通する食品中の農薬量で十分精子に悪影響であることを意味します。ただし、農薬データベースから算出した農薬量に基づいた結果ですので、曖昧な部分もあります。なかなか実施は難しいと思いますが、実際に摂取している食品の農薬量を測定した前方視的検討が望まれます。

動物実験では、農薬に内分泌撹乱作用があることが知られています。たとえば、パラチオン、メチルパラチオンにはエストロゲン作用があります。TCPYは視床下部~下垂体の経路を妨害します。また、エンドスルファン、メタミドホス、ジメトエート、メチルパラチオンには精巣内の精子形成においてアポトーシス作用があることが知られています。キナルホスは精子数を減少させ、有機リン剤、有機塩素剤は酸化ストレス増加により精子機能障害をもたらします。これらの論文は各種農薬が単剤で使用した場合であり、多剤併用の場合の影響は明らかにされていません。

人類の生活は、文明の進歩により豊かなものになりました。日本を含め世界全体での高度成長時代には、人体や環境への影響を考慮することなく、様々な化学物質が使用されていました。その後、人体や環境への悪影響が次第に明らかになるにつれ、環境ホルモン、残留性有機汚染物質、農薬•殺虫剤などの化学物質に次々と規制が設けられ、現在に至っています。今後も、新たな化学物質が使用されては規制されるといった繰り返しになるのではないかと考えます。人体実験はできませんので、ある程度年月が経過しない限り、新しい化学物質の人体へ及ぼす悪影響について明らかになりません。このタイムラグは、永久に無くならないと考えます。私たちの周囲には未だ明らかにされていない危険な物質が沢山あると考えるべきで、日常生活は決して安全ではないという認識が必要だと思います。

下記の記事も参考にしてください。
2014.1.8「☆マラチオンの影響は?」