☆女性ホルモン剤は太る? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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「女性ホルモン剤は太るのでしょうか?」「不妊治療をして10kg太りました」とてもよくある質問やお話です。確かに女性ホルモンは女性の身体つきを女性らしく、丸みを帯びた状態にします。妊娠中が最もそれが顕著に現れます。しかし実際は、女性ホルモンが低下する更年期以降の女性ほど太りやすいことが医学的に示されています。これは真逆のお話です。また、典型的な女性ホルモン製剤である低用量ピルおよび昔のピルの副作用に記載されている体重増加の頻度は1%未満および0.1~5%未満 (ナトリウムや体液の貯留による浮腫のため)となっています。 女性ホルモン剤は太るのか太らないのか、どちらが正しいのでしょうか。

Mol Cell Endocrinol 2013; 377: 147(ドイツ)
要約;エストロゲン受容体(ER)を選択的に刺激することにより、女性ホルモンの脂質代謝における作用を検討しました。メスのWisterラットの卵巣を摘出し、高脂肪食を与え、エストラジオール(E2)、ERαアゴニスト、ERβアゴニスト、ゲニステインを10週間投与しました。脂肪細胞では、E2、ERαアゴニスト、ERβアゴニスト投与により、脂質および脂肪生成の遺伝子が減少しました。肝臓と筋肉では、E2、ERαアゴニスト、ERβアゴニスト、ゲニステイン投与により、脂質と中性脂肪の生成が有意に抑制されました。また、無処置の場合(エストロゲン低値)、インスリン感受性が障害されていました。

Cancer Prev Res 2012; 5: 847(米国)
要約:BRCA1/2遺伝子変異の女性では、将来の乳癌や卵巣癌のリスクを減少させるために、乳房と卵巣の切除を行いますので、近年若年女性での卵巣摘出がしばしば行われるようになりました。両側卵巣摘出後の女性では、心血管疾患による死亡率が増加することが知られています。米国のNHANES IIIスタディーでは、1988~1994年に40歳以上の女性5076名を登録し、前方視的な検討を行っています。今回は、2006年の段階での調査を行ったところ、BMI増加、卵巣摘出、死亡率増加に有意な相関を認めました。特に、40歳未満で卵巣摘出を行った女性では、そうでない女性と比べ、死亡率が2.23倍心血管疾患罹患率が2.77倍となりました。卵巣摘出後に太らないような体重管理が重要と考えます。

解説:質問を受けてからかなり長い間、論文を調べていましたが、女性ホルモンで太るという論文はひとつもありませんでした。むしろ逆に女性ホルモンがないと太るという証拠ばかりが得られました。しかし、実際に女性ホルモン剤で太る方は大勢いらっしゃいます。これは何故でしょう。妊娠中には大量の女性ホルモンに曝されます。その量はエストラジオールで非妊娠時の150~200倍、プロゲステロンで20~30倍です。このホルモンレベルですと、妊娠中の女性は妊娠特有の体つきになります。私の解釈としては、そもそも妊娠しにくい女性は、女性ホルモンが不十分で、その環境に身体が慣れているけれども、妊娠治療をすると女性ホルモンが普段より少し多くなるだけですが、ナトリウムや体液の貯留がより強く起きやすいのではないか、と考えています。実際に、ホルモン治療をしただけで妊娠される方も多く、そのような場合は単にホルモンが不足していただけなのだと思います。

2012.11.8「☆妊娠中の栄養と出生児の健康:Barker仮説、DOHaD」でご紹介したBarker仮説は、「妊娠中の低栄養状態が生後の生活習慣病の発症に関係するという概念」です。子宮内での栄養状態が悪いと、胎児は少ない栄養をより効率よく取り込もうとするように身体のプログラムが調整されます。そのため太りやすい体質(省エネルギー、脂肪蓄積体質)となり、成人期には高血圧、肥満、糖尿病、高脂血症などのメタボリックシンドロームになり易く、その最終結果として虚血性心疾患が発症するという仮説です。私は、これと同様に不妊症の女性は女性ホルモンに対する感受性が少し高くなっているのではないかと推察しています。しかし、妊娠治療中の女性ホルモンのレベルは、妊娠中の女性の1/10~1/30程度ですので、それほど多い訳ではありません。
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女性ホルモンについては、以下の記事を参考にしてください。
2013.5.27「☆女性ホルモン剤を使うのは心配ですか?」
2013.5.21「☆☆ピル(OC)のメリット」

また、ゲニステインについては、以下の記事を参考にしてください。
2013.2.13「☆女性ホルモンのサプリは本当に健康によいか:日本編」
2013.2.7「☆女性ホルモンのサプリは本当に健康によいか:米国編」