アキスカルの言う薬物性躁転は本当に双極性障害なのか? | kyupinの日記 気が向けば更新

アキスカルの言う薬物性躁転は本当に双極性障害なのか?

彼女は出産以後、育児が思うようにできず、次第にうつ状態になり、家事も十分にできなくなった。夫は頑張れと言うが、頑張れないと言う。

主訴は「何も気力がわかない」であった。うつ状態のためあまり動けないが、入院はできないと言う。(家族も同じ希望)。不眠はない。食欲が全然ない。

初診時は、ルジオミール50mgとメイラックスを1mgだけ処方し、1週間ごとに来るように伝えた。彼女は、出産以後うつになったと言うが、既に子供は3歳を超えており、細かく聞くと、非常に育てにくい子供だったようである。誰にも相談できず悩んでいた。

1週間目に再診したところ、食欲は少し出たと言う。薬は眠いが、耐えられないほどではない。少し快方に向かっているようには見える。抗うつ剤を飲み始めて、眠いが、夜はかえって眠れないことがあるという。レンドルミンを追加し、ルジオミールは75mgまで増量。

ルジオミール 75mg
メイラックス  1mg
レンドルミン 0.25mg


2週間目
落ち込み意欲がわかないという。「いつも無気力です」と話す。1日20本はタバコを吸う。以前は食事が摂れなかったが、今は食べていると言う。表情は明るくなっている。ルジオミールを50mgに減量し、リフレックスを加える。

ルジオミール 50mg
リフレックス 15mg
メイラックス  1mg
レンドルミン 0.25mg


3週目
リフレックスを飲むと、夜は良く眠れるが、排尿が悪化する。「主人と言い争いになると辛いです」と話す。ルジオミールを100mgまで増量し、リフレックスを中止。

時々、亜昏迷模様になるようで、よくわからないうちにどこかに出かけていく。うつ状態ではあるが、過活動の部分もあり、行動の予想がつかない印象。躁鬱混合状態のようにも見える。ラミクタールを12.5mg追加する。

ルジオミール 100mg
ラミクタール 12.5mg
メイラックス  1mg
レンドルミン 0.25mg


4週間後
外来では、少し見た範囲ではあまり変わっていないようである。しかし、時々突然、公園に行ったりするという。家に帰ってくると、首や足に怪我をしている。本人によると、「死のうと思った」という。この病状は危険だが、入院に本人、家族とも同意しないので、この程度では、こちらからは入院させられない。(近い将来、精神保健指定医1名の判断で医療保護入院が可能になる。彼女のような患者の場合、非常に助かる。)

鎮静的な薬を入れたいが、うつも酷いので奇妙な処方にならざるを得ない。このような人は入院治療するのが普通だしリスクも少なくなる。

鎮静的な薬を使うといっても間に合わない感じなので、安全を期するなら、このタイミングで入院させ、ECTを実施すべきである。

デパケンR 400mg
アモキサン 50mg
リボトリール 1mg
ルジオミール 50mg
ラミクタール 12.5mg
メイラックス  1mg
レンドルミン 0.25mg


5週目
昨日、飲酒し道に倒れており、雨でずぶぬれになっているところを保護されている。救急病院ではいくらか低体温がみられたが、命はかかわるほどではなかった。

本人によると、「昨日は体が動いていたが、一昨日は全然動けなかった」と言う。少しイライラしているようで、声が今日は大きい。入院を勧めるが、「絶対入院しない」と言い張る。その日は仕方なく帰宅させたが、同日に再び警察に保護されて来院。今度は入院となる。(やっと家族が同意し初診後5週目に入院)

入院後は何をするか予想がつかないため保護室に隔離し、気分安定化薬で治療を行う。焦燥感が目立ち、早期の鎮静を期待してセレネース液も併用。

入院時の処方
リーマス 600mg
デパケンR 600mg
セロクエル 100mg
ロヒプノール 2mg
レンドルミン 0.25mg
セレネース液 1ml


セレネース液1mlはセレネース2mgに相当する。

夕方、保護室の強化ガラスに何度か頭を叩きつけたため、トロペロン1アンプル、アキネトン1アンプル筋注している。トロペロン1アンプルは4mgである。(注1

トロペロンを筋注後は、少し落ち着き内服薬を服用している。

入院翌日
全く病識が欠如し、なぜ入院になったかもわかっていないが、一応、服薬指導する。額にガラスにぶつけた跡が残っており赤くなっている。

入院2日目
夫と娘さんの面会があった。入院時より落ち着きがあるが、面会するなり、夫と娘をビンタしたらしい。

それでもなお、表情は改善しており、経過は順調のように思われる。薬物治療の感触が良い。隔離は解除して様子をみる。(隔離期間は2日)

入院3日目
今は急速に落ち着いている。食事は摂っているが、全く味もなく美味しくない。元々小食という。入院後、デパケンR、リーマス、セレネース液、セロクエルなど急速に増量したが、全く副作用がない。

入院6日目
「(入院中なので)今は子供がいないので、眠たいときに眠れるのが良い。」という。「前は右足が酷く重かったが、今は軽いです。」(重要)

セレネースは苦いと言うため、あと数日で中止すると伝えた。(セレネース液は実は味があまりない。)

入院9日目のカルテの記事から。
入院当時から、予想しがたいほどの急速な回復。この患者はうつ状態で発症しているが、一時、複雑な非定型病像を呈したため、「うつ状態」は突破してしまった。今後は、気分安定化薬をメインにし、抗うつ剤は使わないほうが良いように見える。リーマス主体でありチラージンSを追加しておく。

入院16日目
今の処方をほとんど変更せず、急速に良くなっている。病棟での様子もなんら問題ない。あと4日後に退院させることにした。

入院20日目(本日退院)
実質的に、入院3日目~5日目くらいに非定型病像を脱出し、寛解に至っている。この経過は珍しいが、病型及び経過的に、ほぼ治癒している可能性も高いと思われた。

退院時処方
リーマス 600mg
デパケンR 600mg
セロクエル 100mg
ロヒプノール 2mg
レンドルミン 0.25mg
チラージンS 25μ


退院9日目
なぜか生理が来ないと言う。体が妙にポカポカして、体温が上がっている感じ。少し薬を減らしてみるように指導。夜は眠っている。タバコは全然吸っていない。入院したときのことを全然覚えていない。

リーマス 600mg
デパケンR 600mg
セロクエル 50mg
ロヒプノール 2mg
レンドルミン 0.25mg
チラージンS 25μ


退院23日目
少しうつっぽいらしい。
あまり変わらないと言えばそうですね。時々ボーっとする、などと言う。

退院23日目だが、経過はかなり良い。顔色もよく、月経が来たので喜んでいる。

退院35日目
育児で忙しい。夫も手伝ってくれる。スカッとはしていないが、ボチボチですね、という言い方。顔つきが穏やかになっている。今の処方はしばらく続けることにした。

退院42日目
かなり溌剌としてきた。本人に聴くと「元気ですよ。うつもなくなった」と言う。本人によると、若い頃は今の感じだったようである。「自分はおとなしい方と思います。今はカーッとならない。」

退院49日目
もう一度、入院当時のことを尋ねてみるが、入院時も含め、入院になる前後のことは全く憶えていない。

退院2ヶ月目頃
家事は何でもやっている。体力は回復している。「子供にひらがなとカタカナを教えています」という。

櫛をかけると頭髪がバンバン抜けると言うため、デパケンRを減量する。次回に中止。(参考

リーマス 600mg
デパケンR 200mg
セロクエル 50mg
ロヒプノール 2mg
レンドルミン 0.25mg
チラージンS 25μ


退院3ヶ月目頃
もう眠剤は必要ないという。育児、家事はなんでもこなせる。

眠剤は既に自分で中止している。今回はリーマス、セロクエル、チラージンSのみとする。特に副作用はないらしい。今後、セロクエルを最後まで残し、リーマスを中止する方針とする。

リーマス 600mg
デパケンR 200mg
セロクエル 50mg


4ヶ月目頃。
彼女は今のような病状だが、きっちり決められた日に来院する。

本人は入院する前はずっと体が重かったと言う。ところが、今はその重さがない。50kgだった体重は今は47kgですと言う。

5ヶ月目
時々食欲がなくなる時期があるらしい。最近は怒りっぽいのがない。やる気はそこまでないが、苦痛もない。「ずっと平均線です」と笑う。ぱっと見た範囲では、健康な人と区別がつかない。

6ヵ月目
今はあれこれ考えないようになりましたね。でも集中力がないかも?と言う。家事には困っていない。

7ヶ月目
薬を漸減するため、リチウムの血中濃度を測定する。(結果は治療域に入らず)

リーマス600>400mgへ(他、変更なし)

今後、200mgずつ減量し中止。

8ヶ月目
薬を減らしているが、その感覚がまるでないと言う。一般に、リーマスは適切な血中濃度に達しないから必要ないとは言えないが、この人には必要ないように見える。いつも外来には子供を連れてきている。これでセロクエル単剤になった。

セロクエル 50mg

9ヶ月目
変わりがなく、昼間の眠さもない。本人によると、薬を減らしても全く調子の差がないらしい。体重はリーマスを中止後、かえって2kgだけ増えたという。

「今後はセロクエルを1錠~2錠適当に飲んだり飲まなかったりで良いでしょう」というはっきりしない指示をした。正直、この病態・経過だと、止めても病状は変わらないと思われる。

本人に、「基本的にセロクエルはあまり効かない薬だし、いずれ中止できる」と説明する。本人はあまり喜ばないかと思ったが、意外に喜ぶ。(よく伝わらないかと思うが、そういう診察中の雰囲気だった。)

1年目
本人は、最初は真面目に飲んでいたが、次第に飲んだり飲まなかったりになり、最後には週に1~2回服薬になった。ここ1ヶ月くらい服薬していない上、調子もさっぱり変わらないらしいので、治療終了とした。

注1
精神病院内の自殺が起こりうる場所として、隔離室内は意外にリスクが高い。その理由だが、隔離室に収容した時点で、それ以上の拘束はほとんどなされない上、24時間、誰かがそこにおり監視しているわけではないからである(参考)。普通、患者さんは隔離室内をうろうろしていたり、ドアのほうにやってきて叫んだりしている。ある調査では、精神病院内のリスクの高い自殺場所の順位として、

1、トイレ
2、病室
3、隔離室


を挙げている。隔離室は十分に要注意な場所なのである。トイレはフックが危ないが、精神病院内の特に一般病棟内では、そのためフックを取り外していることも多い。しかし、ドアノブだって危ないわけで、十分にリスクが高いのである。隔離室では、シーツやタオルを繋げるとか、ラジオを持ち込んでいる場合は、その電源のコードなどもリスクがある。(隔離中でも病状が回復傾向になると電気製品を許可することもある。その理由だが、隔離室はテレビもなく退屈な場所だから)

考察
彼女の臨床経過は興味深く、示唆するものが多い。その1つは、当初長くうつ状態で推移し、何らかの精神科治療を開始後、ラジカルな状態に移行したこと。

それは彼女の場合、非定型病像だった。非定型病像は極めて短期間で改善し、ほぼ健康な状態に脱出している。

病状の経過で、抗うつ剤の役割が良くも悪くも大きかったこと。その不安定な状態は、気分安定化薬を主体に治療し早期に改善している。退院時点でほぼ寛解状態。

アキスカルが薬物による躁転を双極性障害に含めている(少なくともそういう風に見える)のは根本的に間違っているのがわかる。(重要)


その理由は、薬物による躁転モドキは、完治することも多いからである。

つまり、本物の双極性障害の人は生涯服薬の必要があるが、薬物による躁転ないし著しい賦活は、生涯にわたり服薬の必要があるとは言えない。

この2つには経過や予後、服薬の必要性に大きな相違があるのである。

なお、今から考えるに、彼女の臨床経過は、主治医による壮大な自作自演である。良く見ると、結果的にそうなっている。

もちろん、これは故意にそうやったわけではない。(少なくとも、小さなものでも躁状態を認めないと、躁うつ病とは診断できない。)

余談だが、アキスカル自身が双極性障害であるという。元気良く、勢いにまかせて双極性障害を分類しまくった結果がアレである。双極性障害が過剰診断になるはずである。

アキスカルの双極スペクトラムの分類は、誤解を与えかねないものになっている。DSMは薬剤性の躁転を双極性障害から除外しているので、まだ冷静であるし、精神科医らしい感性だと思う。

もし次のDSMの双極性障害の分類で、薬物性躁転が除外されなかったとしたら、それはクラシックな精神科医の死亡を意味すると思われる。

参考
躁うつ病は減っているのか?