柴胡加竜骨牡蛎湯 | kyupinの日記 気が向けば更新

柴胡加竜骨牡蛎湯

先日、ある男性患者さんに、ツムラ12柴胡加竜骨牡蛎湯を処方してしまっていた。

この言い方も変だが 次回再診した時、なぜ、ツムラ12を処方したのかどうしても思い出せない。仕方なく外来婦長に尋ねた。

婦長さん、なぜ、ツムラ12を出したかわかりますか?(←アホ)

酷い話。自分がなぜ出したか思い出せないのに、婦長がわかるわけがないじゃん。しかもカルテにもなぜ処方するのかが書かれていない。婦長さんは、

○○さんが、すごく良くなったと言っておられたのでびっくりしました。

くらいのコメントだった。なぜ処方したのかは謎だが、結果オーライだったのである。

最近はこういう記憶障害が目立ってきているのだが、いったい、この人は大丈夫なのでしょうか?

最近は、病棟でも何かを処方しようとする際、以前にその人に処方したことがあるかとか、いかなる反応だったかがすぐに思い出せない。過去のカルテを持ってこないとわからないのである。

これは僕の他科の友人も同じようなことを言っていたので(3歩歩くと既に忘れている状態)、少しだけホッとする。しかし、やはり酷いといえば酷いし時間のロスもある。もちろん患者さんにもマイナスである。

どうしても思い出せないので、逆にツムラ12から考えてみた。この薬の性質とか適応などを考えていると、なぜ処方したのか思い出すかもしれないと思ったから。

このツムラ12柴胡加竜骨牡蛎湯は少し変わった漢方薬ではある。

効果・効能
比較的体力があり、心悸亢進、不眠、いらだち等の精神症状のあるものの次の諸症 高血圧症、動脈硬化症、慢性腎臓病、神経衰弱症、神経性心悸亢進症、てんかん、ヒステリー、小児夜啼症、陰萎。

漢方は今でこそレセプトでチェックされるが、昔、「小柴胡湯」全盛の頃は、一部の漢方以外はあまりうるさく言われなかった。小柴胡湯を処方し「肝障害」ないし「肝炎」の病名をうっかり付け忘れる以外、レセプトでチェックされることはないほどである。その理由は、チェックするドクターが漢方薬をよく知らなかったのもあるような気がする。西洋医は漢方を比較的処方する人と、ほとんど処方しない人に分かれる。

かつて、ツムラ9小柴胡湯は一時代を築いた。その後、間質性肺炎の副作用が知られるようになり、急激に処方件数が減っていくことになる。実は小柴胡湯による間質性肺炎は癌が合併しているとか、重い肝硬変があるなど、全身状態が極めて悪い状況でしか、ほぼ出現しない副作用であった。出現する確率も極めて低いのである。しかし、間質性肺炎はあまりにも大物なので処方が自粛されたのである。

ツムラ12は体力のある人、つまり実証向きの漢方である。それで謎が氷解した。その患者さんは実証なので、その症状に漢方を使うならツムラ12くらいでしょうなぁ・・と思って処方したようなのである。きっと。

柴胡加竜骨牡蛎湯はその名前を見てもわかる通り、竜骨と牡蛎がポイントである。竜骨は従来はマンモスの化石などであったが、現在は大型哺乳類の骨が使われているらしい。例えば、牛とかゾウの骨である。

牡蛎は字が似ているので、たぶん海にいる貝の牡蠣(カキ)であろう。イライラした時はカルシウムを摂れと言われるが(特に牛乳を飲めとか)、カルシウムには鎮静作用があることから来る。

柴胡加竜骨牡蛎湯のイライラ感への効果はカルシウムの効果の部分が大きい。(竜骨と牡蛎の両生薬とも主成分は炭酸カルシウム)。また、成分の半夏にも鎮静作用があるし、桂皮と生姜は理気剤(気を巡らせる生薬)なのでそれらの効果も関係していると思われる。漢方薬は基本的に多剤少量の組み合わせの妙になっている。

同じような症状で、実証でない人、虚証かそれに近い人は類似薬のツムラ26桂枝加竜骨牡蛎湯が良い。ツムラ26は中間~虚証の人向けで、ツムラ54抑肝散より更に虚の人である。(元気がなくイライラしている人)

抑肝散は認知症の治療では飛躍的に伸びている漢方薬だと思う。これは過去ログにも度々出てきているので興味のある人は検索してほしい。抑肝散は元々、中間証~虚証向けの漢方で、イライラする、怒りっぽい人に処方される。一般の、

認知症=抑肝散を処方する

というマニュアルは東洋の神秘が損なわれていると思う。実証とか虚証などという概念が語られていないからである。だいたい論文的にも抑肝散を処方するにあたり、「実証の人は避けた」という記載はホント見たことがない。

実は、僕もこの系統の漢方は、そこまで証を考慮せず処方することも多い。使ってみて合わないなら止めるスタンスで、服用する前から証が合わないから処方しないと言うのは、ちょっと抵抗がある。まずはトライしてないから。

現在、漢方薬で最も処方されているのは、ツムラ100大建中湯である。この薬は特に外科および内科でよく使われるが、日々15g服用しないといけないので、薬嫌い、散剤嫌いの人たちには処方し辛い。(毎回2包ずつ1日3回服用する)

ツムラ100は外科では術後イレウスの治療や防止のため処方されている。大建中湯には腸管運動亢進作用(セロトニンを介した作用・消化管ホルモンのモチリンを介した作用・バニロイド受容体への作用による)と腸管血流改善作用(主にCGRPやアドレノメデュリンによる血管拡張作用による)が確認されており、それらの作用により術後イレウスに効果を示す。また、西洋薬にはなかなか適切な薬がないというのある。ツムラ100は、漢方の中では基礎・臨床ともエビデンスが豊富で、全ての大学病院に採用されているなどのバックボーンも影響している。

現在日本でよく使われている順。

1位 ツムラ100大建中湯
2位 ツムラ41補中益気湯 (代表的補剤、過去ログ参照)
3位 ツムラ114柴苓湯  (感染性の胃腸炎 肝機能障害)


参考
附子
リフレックスの便秘についての考察
エゾウコギ
サフラン
尋常性乾癬と麦門冬湯