森を見て治療を進める | kyupinの日記 気が向けば更新

森を見て治療を進める

「木を見て森を見ず」という言葉があるが、これは1本1本の木に目を奪われて、森全体が見えないことをいう。些細なことにこだわり、本質が見抜けないような状況である。

精神科臨床は、まさに森全体を見て治療を進める医療だと思う。


過去ログで、テトラミドのために肝障害が出現していたが、本人に説明して治療を継続し、やがて寛解、助教授がとても喜んでいた記事をアップしている。

内科から精神科に入った場合、ここが弱点になると感じる。種々の身体的副作用が出てきた場合、向精神薬の治療をそのまま継続するかどうか迷いが出るのである。

例えばある向精神薬を処方し、その薬が患者さんに明らかにフィットしていて、なおかつ何らかの副作用が出ていたとしよう。この時の副作用の評価が精神科医と他科の医師では異なる。

精神科医は大量の抗精神病薬の投与を怖がらない。これは過去ログでも度々出てくる。

ある時、ある女性患者さんに大量のトロペロンを連日筋注して治療を行っていた。彼女は過去ログではまだ触れていないが、いつかアップしたいと思う。うちの病院に転院する前まで、ジプレキサ20㎎と頓服で結構な量のリスパダール液を投与されており、しかも全く幻覚妄想が改善していなかった。10年近くそんな風だったのである。転院時は、表情も硬く顔もむくみ、口ジスキネジアも出ているようなありさまであった。

彼女にとって、リスパダールもジプレキサもともにエフェクティブとは言い難いが、この2剤は急速に減量することが難しい薬物である。しかし、一刻も早く減量したいと思ったので、トロペロンの大量とアキネトンを筋注しながら、2週間でジプレキサとリスパダールを減量・中止することにした。こういう判断をすることは僕は珍しい。

つまり、トロペロンでバランスをとりながら、これら非定型2剤から脱出することにしたのである。

当時、うちの病院の女医さんと、その脱出の様子を観察していた。トロペロンを使い始めて1週間で、かなり良い感触がつかめていた。女医さんに、

これはトロペロンで押しきれそうだ・・

と話した。この脱出はうまくいき、10年来の幻聴が消失した。また彼女をデジカメで撮影すると、そのままお見合い写真になるほどの綺麗な写真になったのである。

個々の向精神薬は効果と副作用がある。もちろん副作用は無視はできないが、最も重要なことは疾患が改善、寛解することである。その点で、細かい副作用などいちいち相手にしておれない。

つまり、100の能書きより良くなることが重要。

また、どんな複雑な処方でも、良くなって働けるようになる方が良い。


過去ログでは、この薬は100%良いと書いているようなものは1つもない。この薬はこういう点で優れているが、このような副作用が出現しうるとか、副作用がなくてもこういうケースには拙いとか、確率は低い薬だが、フィットすると大変に有効であるといった風に記載している。

だから、向精神薬の副作用や大量の薬物療法の欠点のみ記載している書籍は、実際の精神医療を反映していないし、読者に必要以上の向精神薬の恐怖感を植え付ける点で臨床的にも有害である。

つまりこのような書籍は、サイエントロジーの近縁にあると言える。

このエントリの主旨がよくわからない人は、今一度、過去ログを読み返してほしい。

参考
薬剤性肝障害
3人目の女性患者
リスパダール8㎎でも悪いということ
カタストロフィからの回復のコメント欄
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