Kura-Kura Pagong

"kura-kura"はインドネシア語で亀のことを言います。
"pagong"はタガログ語(フィルピンの公用語)で、やはり亀のことを言います。


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『くちなしの花』(作詞:水木かおる、作曲:遠藤実、唄:渡哲也)のメロディで

 

キティの鼻をふさいだら 息ができなくてキティは苦しむ

くちなしの猫の鼻をふさげば それは動物虐待だ

くちなしの白い猫 キティのような猫だった

 

キティは口がないけれど どうやってごはんを食べるのだろうか

くちなしの猫はハローキティ 耳がないのはドラえもん

くちなしの白い猫 キティのような猫だった

 

キティは口がないけれど テレバシーを使って話すことができる

くちなしの猫の鼻の下は 鼻から下はすぐアゴだ

くちなしの白い猫 キティのような猫だった

 

 

 

 

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 留萌本線はJR函館本線の深川駅から分岐して日本海に抜け、増毛駅に至る総延長66.8kmの鉄道路線である。

 

 私が初めて留萌本線の列車に乗ったのは1987年3月、国鉄分割民営化を数日後に控えた日だった。当時は日本海沿いに北へ伸びる羽幌線が留萌本線の留萌駅が分岐していたのだが、それが国鉄解体を待たずに廃止になるというので私は深川駅から羽幌線直通の列車に乗ったのだ。

 この季節の北海道の風景は雪一色だ。それに、列車内では同じボックスに座った人と仲良くなっておしゃべりしていたからこの時の車窓は覚えていない。

 

 かつて北海道では数多くの炭鉱が操業し、近代日本の産業を下支えした。炭鉱で採れた石炭を輸送するため、北海道には鉄道が血管のように張り巡らされたが石炭産業が衰えると多くの鉄道が使命を失ない、廃止となった。北海道の日本海沿岸ではニシンを原料として油粕と呼ばれる肥料も生産された。北海道の鉄道はもちろん油粕も運んだががそれも過去の話だ。

 そうして、留萌本線は留萌支庁管内を走る唯一の鉄道となった。

 

 留萌本線の映像が全国のお茶の間に流れたことがあった。1999年に放映されたNHK朝ドラマ『すずらん』がそれだ。ヒロイン・萌は産まれてすぐ炭鉱町の駅の待合室で捨てられ、その駅の駅長の娘として育てられた…。そういうドラマのロケのため、恵比島駅に木造の駅舎が再建され、蒸気機関車が昔の客車を索くロケ列車が運転されたのだ。

 

 ドラマを観ていて、駅のシーンに違和感を覚えた。ヒロインの養父である駅長が列車の機関士と輪っかのようなものを交換する場面だ。

 この輪っかには革製の箱が付いていて、そこに通票とかタブレットとか呼ばれる金属板が入っている。これは列車の通行許可証であり、昔の鉄道では駅員と乗務員がこれを交換することで安全確認を行ない、衝突事故を防いでいた。

 このタブレット交換作業は大抵、列車が行き違うことのできる交換駅で行われた。ところが、映像に映っている駅は線路が一本しかない。ここでタブレット交換を行うことは意味がないのだ。そう、昔の恵比島駅は交換駅だったが合理化により行き違いのための設備が撤去されていて昔の鉄道シーンを再現しきれなくなっていた。

 それに炭鉱町の駅ならば、構内に側線が何本もあって石炭輸送用の貨車が数多く停まっていたはずだがドラマではそれも再現できなかった。

 

 このドラマが放映されたあと、留萌本線では蒸気機関車が客車を索くSLすずらん号が運行されたので乗りに行った。この列車は恵比島駅で30分停車し、乗客が駅前に設けられたドラマのロケ設備を観て回れるようになっていた。このロケ設備は『すずらん』の後もテレビドラマ『氷点』で利用されたとのことである。

 

 SLすずらん号は留萌駅を過ぎて終点の増毛駅まで運行された。この区間は2016年12月4日限りで廃止となる区間だ。私が乗車したのは6月の晴れた日、この地域では最も穏やかな気候のときだった。車窓から眺める日本海が輝いて見えた。私はこの風景でも十分観光した気になれるが、これだけでは鉄道の存続に必要なだけの観光客を呼び込むことは難しい。SLすずらん号は2006年夏を最後に運行を終えた。

 

 増毛の駅前には商店や食堂など木造の建物が古き良き姿で建っていた。日本酒の醸造元としては最北端の酒屋もこの町にある。これらの建物はこの町がニシン漁で栄えていたことの証だ。

 

 SLすずらん号に乗った翌日、上りの定期列車で私は家路についた。平日の昼間の普通列車はガラガラだった。JR北海道は深川駅と留萌駅の間の区間についても廃止する方針を立てて沿線自治体と協議を始めている。この報道を読んで、ついに来るべきものがきたか、と思った。

 

 ドラマのロケが行われた恵比島駅の南側にはドラマのロケセットが建てられている。一方、駅の北側は草ぼうぼうの荒地となっている。恵比島駅からはかつて留萌鉄道という私鉄の炭鉱鉄道が分岐していた。恵比島駅の北側にはその貨物設備や車両基地があったはずだが、それらの遺構はみんな夏草に埋もれていた。

 

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2016年11月27日、「第18回朝鮮文化とふれあうつどい」に行ってきた。このイベントは毎年11月下旬の日曜日に東京都府中市の府中公園で開催されている。この日は雨という予報もあったがイベント終盤まで雨に降られずに楽しい時を過ごすことができた。

 

 

 まずは大人たちによる農楽だ。メンバーが賑やかに鉦太鼓を鳴らしながら会場を一周。

 

 そのあとは立川の朝鮮学校の児童生徒やテコンドー道場のこども拳士による演武があったのだが写真は撮らなかった。子供たちのプライバシー保護のため、子供の家族以外は写真を撮らないよう主催者から呼びかけがあったためだ。

 

 朝鮮学校ではクラブ活動で子供たちが民族芸能の音楽や踊りを稽古しているという。

 

 今回印象的だったのは中等部の女子生徒による伽耶琴(カヤグム)合奏だ。4人のメンバーが見事に楽器の音を響かせ合った。合奏の後のインタビューで司会者が日本の箏(こと)とカヤグムの違いに触れていた。箏を弾くとき演奏者は人工の爪を付けるが、カヤグムの演奏者は「爪」を付けずに弾くそうだ。そのあと私は思った。箏の音色を繊細と言い表すならば、カヤグムの音色は深いと言い表せるではないか、と。

 

 テコンドー道場の子供たちが型や板割を披露した。稽古している子供たちには朝鮮人もいれば日本人もいるようだ。金髪の青年も演武をした。アメリカ人の彼はこの道場の師範のもとで内弟子として稽古し、今は師範を補佐して生徒たちを指導しているという。

 

 

 こどもたちのあとは親爺ロッカー・朴保(パク=ポー)の出番だ。反核の歌も歌えば、朝鮮学校の少女に対する暴力へ抗議する歌も歌った。アイヌ民謡とラテン音楽の混じった歌も唄えば、イタリアのパルチザンの歌も唄う。実に幅広い親爺だ。

 

 さあ、浮世の辛さはしばし忘れて踊ろう。

 

 

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 映画『標的の村』を観てきた。この映画は、沖縄県東村高江での米軍ヘリパッド建設に反対する人々を取材して琉球朝日放送が制作したドキュメンタリーだ。

 

 印象に残っているのはこんな場面だ。

 ヘリパッド建設に反対する住民や支援者と、警察官や作業員とがにらみ合う。その時、住民の側から誰かが唄いだす。

「さー 君は野中のいばらの花か」

工事を強行する側が一瞬たじろぐ。

有名な沖縄民謡『安里屋ユンタ』は、竹富島の娘が主人公だ。本島から赴任した役人に言い寄られた娘が役人から逃げる。映画のナレーションによるとこの歌は権力に抵抗する庶民の歌だという。

 

 高江ヘリパッドが建設されれば、ヘリコプターだけでなくオスプレイも配備されるという。現在も高江では米軍ヘリコプターが兵士の戦闘訓練のため低空飛行している。ベトナム戦争当時、ここで米軍は地元の人に戦地の住民を演じさせて戦闘訓練を行なっていた。「歴史は繰り返す」ではない。歴史は続いている。

ここを将来オスプレイも飛ぶことを現地の人達は不安に思っている。オスプレイが日常的に飛べば騒音や低周波振動に悩まされることになる。それにオスプレイは事故が多く、現場の兵士が「未亡人製造機」と皮肉を言うほどだ。なお、オスプレイは輸送機である。米軍がオスプレイを使って尖閣諸島を中国から守ってくれるという人がいるが、オスプレイが本当に離島防衛に使われるのだろうか?

 

 そのオスプレイが普天間基地に配備されることととなり、高江の人たちも現地へ抗議行動に赴いた。反対派の車が基地のゲートを塞ぐ。警察官が実力でそれを排除しようとする。

「何十年もこんなことやっているのは沖縄だけだよ。」

と叫ぶ女性がいる。米軍に抗議するのは沖縄県民だが、それを排除する沖縄県警の警察官も沖縄県民だ。沖縄といえば、生活のためにやむなく基地を受け入れる人と、基地に反対し続ける人の対立もある。こうして、私たち「本土」の者が無関心でいる中、ウチナンチュ(沖縄人)たちが分断されていることを彼女は嘆いているのだ。

 

 人々が警察官によって排除されていく中、ゲートを塞ぐ車の中から一人の女性が『安里屋ユンタ』を唄いだす。涙目で、叫ぶように。私はこの彼女より強い歌声を知らない。

 

 沖縄の米軍基地反対運動は中国から来た工作員が組織している、という人がいる。しかし、工作員に煽られたり知恵を付けられたりしただけの人たちがここまで権力に抵抗できるのだろうか?

 

 映画上映の後、高江で反対運動に参加してきた人の話があった。

「みなさんも一度高江に行ってみてください。そして高江で見たことを多くの人に広めてください。」

という言葉が重かった。

 

 

 

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 私は中学1年の時アメリカ合衆国へ語学研修旅行へ行った、というか行かされた。年齢の近い子供のいる家庭でホームステイしたのだが、そこの父親がヨコスカへ行ったことがあると言った。親戚のおじさんたちもヨコスカという地名を口にした。父親は確か1942年の生まれだった。日本との戦争中に生まれた彼らはベトナム戦争中に成人し、兵士となって日本の横須賀にある基地からベトナムへ出撃したのだった。

 

**********

 

 中学3年の時、友達にビリー=ジョエルのテープを貸してもらった。あのころ周りの友人たちはいわゆる洋楽を好んで聴いていた。だから自分もかっこいい洋楽を聴きたいと思ったとき知ったのがビリーだった。テープに収録されている歌で、印象に残った歌の一つが『Goodnight Saigon』だった。静かなピアノの前奏が気に入った。ただ、終わりの方のパラパラパラ…という音の意味が分からなかった。この歌がベトナム戦争をアメリカ軍兵士の視点で描いたものであり、効果音は兵員輸送用のヘリコプターの音だと分かったのはだいぶ後のことだ。それでも、"And who was wrong? And who was right?"という叫びは心に残った。

 

**********

 

  最近のことだ。ソウルの少女像に関して『朝日新聞』に投書が載っていた。少女像とは、韓国人元「従軍慰安婦」やその支援者が問題の解決を訴えるためソウルの日本大使館前に設置したものだ。それについて男子大学生はこう主張していた。

「韓国軍によるベトナム人虐殺を抗議する像がベトナムの韓国大使館前に設置されたら韓国人はどう思うのですか?」

と。

 この投書は不愉快なものだった。この問題を国と国との問題に狭めていることも嫌だったし、こんな言葉で気に食わない相手を黙らせようとするのも嫌だった。それに思った、

「確かに韓国はベトナムで加害行為を行なった。しかし、ベトナム戦争で日本は無関係だったとこの青年は思っているのか?」

と。

 

 フランス植民地だったベトナムには第2次世界大戦後、イデオロギーの異なる2つの政府がつくられた。その政府間の戦争にアメリカ合衆国が介入することでベトナム戦争は泥沼化した。戦後、日本と韓国はアメリカと軍事的同盟関係を結んでいた。朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)と分断されていた韓国は軍隊を送った。ベトナム戦争当時の日本では「平和憲法の縛り」が効いていたから自衛隊員がベトナムへ赴くことはなかったが、日本国内にある米軍基地からは米兵達が出撃して行った。その後方支援に日本人や日本企業も相当携わったはずだ。

 

 日本からベトナムへの物資輸送には民間船舶も使用された。日本人の船員も民間の輸送船を動かした。ベトナム沖で北ベトナム軍の砲撃にあい、命を落とした日本人船員もいた。

 戦後年を経てベトナムを訪れるようになった日本人元船員の話をNHKのドキュメンタリーで観たことがある。彼が乗り組んだ船は、米兵の食糧だけでなく枯葉剤も輸送した。自分がベトナムでの加害行為に加わったことを知って、その人はそのことを受け入れることが最初はできなかった。しかし、現在は加害行為と向き合い、枯葉剤の影響で障害を負った人たちの施設を支援しているという。

 

 ベトナム戦争当時は日本でも反戦運動が起きた。その盛り上がりはSEALDsに象徴されるような近年の反戦運動の比ではなかった。一方で、ベトナムでのアメリカでの戦いは共産主義との戦いだと主張する人もいた。ベトナム戦争を支持する人の中にはカネや力を持つ人も少なくなかっただろう。

 

 ベトナム戦争は日本も関係した戦争として記憶に刻むべき戦争なのだ。 

 

 

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 2016年11月14日はスーパームーン、今年で最も月が大きく見える日なんだそうだが東京は雨だった。だから今夜は月を観れなかったが、先週11日に月を観た。仕事が終わり、山手線の電車に揺られながら東の夜空に眼をやったら、東京スカイツリーの上に月が出ていた。十二夜の月だけれども十分に大きな月だった。

 

 月を観ていて、

「"I love you."を『月が綺麗ですね。』と訳した文学者がいたな。」

と思った。その文学者は夏目漱石だっただろうか。

 私は漱石や漱石の同時代の日本人とはものの感じ方が違うだろう。それでも、この訳はいいな、と思う。私はいままで何人かの女性を口説いたが、面と向かって

「愛している。」

などと言ったことはない。それでも、美しいものを好きなひとと眺めて楽しみたい、とはずっと思ってきた。

「月が綺麗ですね。」

いい言葉だ…。

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 2016年11月13日、自宅でフェイスブックを見ていたらとあるFB友が朝鮮大学校学園祭について書いていた。開催中の会場からスマホで投稿したようだ。自転車ならば朝鮮大学校(東京都小平市)まで大して時間は掛からない。早速自転車を漕ぎ出した。

 

 朝大に近づくと警察官の姿を見かけた。正門近くには機動隊の車両…。そういえば、過去に在特会の嫌がらせもあった。警察はそのトラブルを警戒しているのか…。なんで今日まで学園祭の情報に触れられなかったのか、と思ったがそういった現実もあったか。

 

 

 

 まずは構内に入ってプログラムをもらった。

 催しはステージ企画や模擬店などなど、「普通の」学園祭と一緒だ。

 影絵劇の発表もあった。これは隣接する武蔵野美術大学の学生との共同制作だという。

 

 

 

 チマチョゴリファッションショーがあった。女子学生たちが宮廷衣装だとか、ウェディングチョゴリを着て美しく登場!!そういえば、思春期に入った頃、チマチョゴリ姿の女性を綺麗だ、と思ったことがあった。私にとって、それが朝鮮民族に関心を持ったはじめだったことを思い出した。

 

 

 

 

 東京都小平市の大半の住民にとって、朝鮮大学の学生は遠い隣人である。しかし、フィナーレの盛り上がりを眺めていると、青春だな、と理屈なしに思った。

 

 

 学園祭が終わると、手の空いている学生たちが校門のところで私たち来場者に挨拶してくれた。私も「ありがとう!」と言ってキャンパスをあとにした。

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 毎年11月はじめの週末に東京・中野で開催されるチャランケ祭ではアイヌモシリ(北海道)に住むアイヌも出演する。札幌のアイヌアートプロジェクトはこのイベントの常連である。

 この集団が志向しているのはアイヌロックだ。アイヌの間で伝承されてきた芸能にロックやレゲエを取り込んで彼らは音楽をつくっている。

 どこの社会にも保守的な人はいて、アイヌの中にもアイヌロックをよく言わない人もいるが、それぞれ自分がやりたいことを究めていけばいいではないか。シサム(アイヌ語では和人をこう言う。元は隣人という意味)だって、民謡とポップカルチャーを融合させてよさこいソーラン節みたいなことをやっているのだ。

 

 さてさて、このバンドは演奏準備の時間が長い。ロックだけのイベントならば音響機器の調整は客が来る前にやるのだろうが、幅の広いイベントではそうはいかない。11月の夕方ともなるとだいぶ寒くなるのだが、こういうのを眺めるのも楽しみだと思うことにしよう。「今年はディジュリドゥ(オーストラリア先住民の管楽器)は使わないのか?」とか「ボーカルの姐ちゃん色っペぇ。」とか思いながら時間を過ごす。

 

 

  陽がだいぶ落ちてからいよいよ演奏が始まった。時には緩やかに、時には激しく、アイヌ語と日本語の入り混じった歌声が響く。

 

 やがて、他のグループのアイヌが脇で踊りだす。エイサーのウチナンチュも踊りだす。そして広場に集った多くの人達が踊りだす。今日も中野の広場は様々な人たちの心意気で熱くなった。

 

 

 

 

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 2016年11月6日、東京・中野で開催されたチャランケ祭2日目の最初の出し物はいなほ保育園(埼玉県桶川市)の子供たちによるアイヌ舞踊だった。

 

 出番を待つ子供たちを見ていておおっ、と思った。子供たちが自分で衣装の刺繍をやったのだ!

 ときには指に針をチクッとさして、イタイと思ったこともあるだろう。そうやって道具の使い方を覚えていくのだ。人が集中して作業しているときは邪魔をしてはいけない、というルールもみんなで衣装を作っていくうちに覚えていくだろう。先生の説明によると、子供たちは刺繍のデザインから作業を始めるのだという。そうやってできた衣装は子供たちにとってどれだけかっこいいことか。

 

 

  さあ、先生の歌にあわせておどるぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 祭ではいなほ保育園の卒業生らしい年長の子供たちも踊った。この保育園で過ごした子供たちのなかに、アイヌの踊りを楽しいと思った子供がすくなからずいるのだ!

 

 子供たちにアイヌ文化なぞ習わせ何の役に立つのか、と思う人もいるだろう。だが、日本にも世界にもいろいろな人がいること、そういった人たちと仲良くしたいと思うことは決して無駄ではない。

 

 出番の終わった子供たちはエイサーを観たあと帰っていった。

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 2016年11月6日、東京の中野・四季の森公園(JR、東京メトロ・中野駅近く)で開催されたチャランケ祭に行ってきた。

 このまつりは東京在住のアイヌとウチナンチュ(沖縄にアイデンティティを持つ人々)によって毎年11月上旬にこの地域で開催されている。出し物はアイヌ舞踊だとか沖縄のエイサーが中心だが、前日5日は岩手県の神楽、福島県の念仏踊り、朝鮮の農楽も披露されたそうだ。

 

 日本の北と南で楽しい文化が息づいている。それを実感できる実り豊かな一日を過ごした。

 

 

(この項、多分続きます)

 

 

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