Kura-Kura Pagong

"kura-kura"はインドネシア語で亀のことを言います。
"pagong"はタガログ語(フィルピンの公用語)で、やはり亀のことを言います。

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(お題に一言ボケて byアメーバ大喜利)


関東大震災の時起きた朝鮮人虐殺を私たちは忘れてはならない。




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 私が東京の小学校に通っていたときのことだ。9月1日は始業式の日なのだが、2学期最初の登校日であるこの日に避難訓練が行われたことがあった。校庭に集まった私たち児童に校長は、昔この日に大地震があったこと、地震にともなって起きた火災でたくさんの人が亡くなったことを話したのだった。

 

 1923年(大正12年)9月1日11時58分に起きた関東大震災に私に父方の祖母も被災した。

「四千万の同胞は皆様を見捨てません。」

と支援物資の袋には書かれていたという。当時祖母は学校に通っていた。卒業すれば裁縫の教師の免許が取れたそうなのだが、家計が傾いてそれはかなわなくなったという。敗戦後貧乏した時に

「あの時免状をとっていれば良かった。」

と祖母がぼやいていたのを父は記憶している。

 

 話は遠くへ飛ぶ。

 釧路アイヌの民謡で地震を取り扱った歌がある。私は最初この歌を音声だけで聴いたのだが、人間の歌声よりもドカッ、ドカッという音が強く聴こえるような歌である。地震を鎮める祈りの場で、歌い手たちは長い杖で大地を突いてリズムを取りながら

「今度暴れたらお前の骨を折るぞ。」

と歌うのだ。

 昔、和人(日本の民族的多数派)は地中のナマズが暴れると地震が起こる、と思ってきた。アイヌもまた、地中には大きな魚がいて、それが暴れると地震になる、と思っていた。そして、地中の魚に訴えるのがこの歌だ。

 アイヌは狩猟の民であるとともに交易の民でもあった。クマなどの毛皮と交換していろいろと生活物資を得ている間に、和人とアイヌの間で似たものを伝承するようになったのかもしれない。

 

 

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 現在小学校では5年生から英語が必修になっている。それが近い将来は3年生から必修となるらしい。だが、そういうことをやったから日本人が英語を自由に操れるようになる、とは思えない。これは英語の早期教育を受けた私の実感だ。

 

 私は幼稚園に入園するとともに、幼稚園の放課後園内で開かれた英語教室を受講した。いや、受講させられた。もちろん、幼稚園児に英語の文法を覚えさせるわけではない。英語教室でやったのは歌や踊りや物語である。そういったものでいくつか英単語を覚えることはできた。だがそれ止まりである。

 その教室の仲間の大半は小学校3年くらいまでに教室をやめた。だが私は中学を卒業するまで続けさせられた。幼稚園のときはお遊戯の延長としてこなせたものも、小学校3年、4年となっていくと恥ずかしくてやってられなくなる。高校生になってもこのカリキュラムを楽しむ人もいたが、私が通っていた教室ではつまらない、という空気が支配的だった。そのうちに私は教室内でいじめられるようになった。それでも通わされた。

 私にとって英語との出会いは嫌なものだった。高校の英語の先生は、文化としての英語を教えるという人だったので、その人の授業は意欲をもって取り組めた。だが、高校での英語の授業が大学入試に役立つものしか教えない、というものだったら私は英語を勉強しなくなったかもしれない。

 

 中学から英語を学び始めたという人でも、私より英語の出来る人は身の回りに何人もいる。

 

 ところで、学校で新しく英語の授業を始めるとすれば、他の授業の時間が削られることになる。そのために、日本語・国語の授業がおろそかになってはならない。

 技術者、研究者が書いた文書を仕事で読む機会が多いのだが、残念な思いをすることが多い。研究の成果を正確に他人へ伝えるには、わかってもらえるような文章を書かなければならないわけだが、その文章の書き方を習得していない人が多いのだ。

「日本語はいつもしゃべっているから勉強する必要はない。」

と言った人もいたが、それは違う。こちらの考えていることを正確に伝えるにはそれなりの語彙も必要だし、文章の中で主語と述語をどこに置くかということにも注意を払わなければならない。それができなければ、折角の研究成果を売り込むことができないのだ。

 

 言葉をおろそかにしてはならない。英語の早期教育よりも前に、自分たちの母語を子供たちにはしっかり学ばせるべきだ。

 

 

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 先日、リオデジャネイロオリンピック閉会式のことを本ブログで書いたが、こんな日本プレゼンテーションでも良かったのではないだろうか、というものを考えてみた。

 

 2016年リオデジャネイロオリンピック閉会式、開催都市のパフォーマンスはまもなく終わるが、リオの人たちによる情熱的なサンバはまだまだ続く、と思いきやサンバが突如終わりアリーナは静寂に包まれる。ここからが日本の出番だ。

 

 笙(しょう)や篳篥(ひちりき)が静かに鳴り、蘭陵王が登場だ。覆面をした美青年が厳かに舞う。

 

 

 

 舞楽の一差し(ひとさし)が終わるとアリーナの照明が落ち、会場は暗闇となる。スクリーンに夏祭りの花火が映る。花火とテンポを合わせて和太鼓が力強く鳴り響く。再び照明がつく。今度は江戸下町の祭り囃子だ!色とりどりの法被を着た老若男女がアリーナに散らばって舞を舞う。

 

 

 世界の皆さん、あなた方の知らない日本がここにあります。様々な個性を持つ人たちが皆さんをお待ちしています。そんなメッセージが伝わればこのパフォーマンスは成功だ!

 

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 2016年8月21日、リオデジャネイロオリンピックの閉会式で安倍晋三首相がマリオに扮して登場した。マリオとは人気コンピューターゲーム「スーパーマリオブラザーズ」の主人公であるあのマリオだ。

 

 安倍首相とゲームで、あの話を思い出した。1991年、父親である安倍晋太郎氏が亡くなったときの話だ。癌を患った父親の最期が近づいていたとき晋三氏は病院の家族控え室でゲームに没頭していたという。このことを元外交官の佐藤優が問題にしている。「父親が亡くなりそうなときにひどい。」ということではない。

 当時の晋三氏は子供ではなかった。代議士であり、元外務大臣である晋太郎氏の秘書を当時の彼は勤めていた。そしてその2年後、彼は父の地盤を継いで総選挙に立候補し、代議士となったのだ。そういう彼はあの時、国際情勢を勉強しているべきだった、と佐藤は述べている。

 

 閉会式でマリオ首相は土管から登場した。地球の裏側からワープしてきた、というストーリーの演出である。

 こうして彼がおどけている時、地球の裏側では何が起きているのだ!?沖縄の高江では米軍のヘリパッドの工事が強行されようとしている。この場所に人権という言葉はない。あるのは国家の論理だけだ。

 

 「地球の裏側」という言葉でチャイナシンドロームという言葉を思い出した。チャイナシンドロームとは、原子力発電所で核燃料が過熱して起きる炉心溶融のことを指す言葉だ。1966年、アメリカ合衆国の原子力発電所で炉心溶融が起きた際、溶けた核燃料が大地を突き破って地球の裏側の中国まで到達する、というブラックジョークを誰かが言って、そこからそんな言葉が生まれたのだ。首相はIOC総会でのオリンピック招致演説の際、「(福島第一原子力発電所の)汚染水はコントロールされている。」と主張したが、そんな彼が地球の向こう側へワープしたらこれはブラジリアンシンドロームではないか、と寒いことを考えてしまった。

 

 今回の安倍首相のパフォーマンスを面白かった、という人もいるだろう。だが、そういう庶民的なパフォーマンスには注意が必要だ。かつてヒトラーだって、スターリンだって庶民受けするパフォーマンスをやってきたのだから。

 

 

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 2016年8月20日、出掛け先のロビーのテレビでオリンピック中継をやっていたので観た。そうしたら、陸上競技の男子400mリレー決勝をやっていた。400mリレーとは、4人の走者が100mずつ走ってバトンを繋ぎ、所要時間を競うものだ。その決勝に日本代表と中国代表が進出したのだ。

 陸上の短距離走は瞬発力が勝負を大きく左右する。日本人の大半が属するモンゴロイド(黄色人種)はネグロイド(黒色人種)やコーカソイド(白色人種)に比べて生まれつき瞬発力が低く、短距離走の分野では不利だと言われてきた。だが、個人の特性に合わせた訓練方法が発達したおかげで、モンゴロイドの選手からも世界の大舞台で勝負できる者が現れたのである!(#)、($)

 

 さて、各チーム第一走者が位置について、号砲が鳴った。歓声の中、鍛え抜いた男たちが走り出す。ところが、レースの映像を観ていて私はいささか困惑した。どの走者が日本代表なのかがわからないのだ。赤系のユニホームを着たモンゴロイドの男が2人走っている。どっちが日本でどっちが中国なのだ?ここで考えた。中国代表は五星紅旗をイメージして紅いユニホームを着ている。五星紅旗の紅は朱色がかった紅だ。一方、日本の赤は日の丸の赤と、桜の色との中間のようなピンクがかった赤である。

 そこまでわかったところで第4走者の番だ。桜色ぽい赤の日本がUSAと競り合っている。そしてゴールイン!ウサイン=ボルトを擁するジャマイカ代表にはかなわなかったが2着、銀メダルである。

 

 レースが終わってまた考えた。結局日本人も中国人(%)も大体はモンゴロイドだ。似たような格好をしていればぱっと見たとき区別がつかない。そんな我々が反日だ嫌中だ、といがみ合っていても遠くの人たちには理解されないだろう。

 

 まずは、4人の男たちが力を合わせて銀メダルを獲った。よかったよかった。

 

 

# なお、今回メダルを獲得した4人の一人にケンブリッジ飛鳥がいる。彼は父親がジャマイカ人、母親が日本人で、肌や頭髪はネグロイドの特徴を有している。だから厳密に言えば今回の日本代表はモンゴロイドだけのチームではなく、多人種チームである。

$ かつては、ネグロイドは筋肉が重いので水泳には向いていない、と言われてきた。それでも近年はネグロイドの競泳選手も国際大会で成果を挙げているようだ。

% 中国人でも少数民族の一つ、ウイグル族に属する人たちはコーカソイドに近い。彫りの深い顔をした彼らはトルコ人と同じルーツを持ち、イスラム教を信じる。彼らを「中華民族」に同化させ、力で押さえつけるのはやはり無理がある。

 

 

 

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 アイドルグループ・SMAPが今年限りでの解散を発表した。そしていま、彼らの持ち歌である『世界で一つだけの花』がヒットチャートで順位を上げているという。

 

 

 私はヒット曲というものに関心がない。『世界に~』が街中に流れ出した時、私はこの歌の歌詞に注意を払うことなく聞き流していた。しかし、伊藤悟という音楽評論家がネットで書いていた記事を読んで私はこの歌の意味を知ることになった。

 

 同性愛者である伊藤は、同性愛者に対する世間の偏見をなくすための活動もしている。その彼にとって、『世界に~』は違う者同士が認め合う社会の実現を訴えるメッセージだったのだ。

 

 私にとって印象に残る『世界に~』の歌唱は5人のイケメンのそれではなく、子供たちの歌唱だ。

 ある文化交流イベントで、朝鮮学校初級部の子供たちがこの歌を合唱していたのだ。

 

  それなのに僕ら人間は
  どうしてこうも比べたがる?
  一人一人違うのにその中で
  一番になりたがる?

 

  拉致だ、ミサイルだ、とマスメディアが報道するごとに、朝鮮学校の子供たちが暴力にさらされる。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の為政者が悪いからと いって、なんで子供たちの人格までが否定されるのか?在日コリアンに対する差別は無くならない。むしろ年を追って陰湿化している。そんななか、まずは自分 はひとりの人間なのだ、尊重されるべき人なのだ、と自分に自信を持たせようと、民族学校の先生は子供たちにこの歌を歌わせたのだ。

 

 違いを認め合うことは難しい。世界のあちこちで、民族が違うから、宗教が違うから、と人々は殺し合っている。けれどもこんなことは絶対に止めなければならない。

 

 『世界に一つだけの花』をヒット曲として消費するだけではもったいなさすぎる。

 

 

 

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 ある医療関係者から聞いた話である。

 

 大病院には食堂がある。スタッフや患者の家族が食事するための場所だ。ところが、病院の患者もたまに食堂を利用することがある。

 

 その大病院の食堂でも、一人の高齢女性患者がよく食堂を利用していた。病院食が口に合わない、蕎麦が好き、というそのおばあさんはよく食堂で蕎麦を食べて、厨房の調理師と知り合いになった。

 

 ある日のことだ、その日の昼もそのおばあさんはやってきた。そして調理師に

「いつもありがとうね。」

と言って何も注文せずに戻っていった。

 

 夕方になって、その調理師は一人の看護師と雑談をした。その看護師はおばあさんの病室の担当だった。調理師がおばあさんのことを話題にすると、

「○○さんは亡くなりました。」

と看護師は言った。おばあさんはその日の午前に亡くなっていた。調理師がおばあさんと食堂で会った時、彼女の身体は霊安室に安置されていたという。

 

 病院食は入院患者の病状に合わせて出されるものであり、治療の一環である。だから医師や看護師は入院患者が病院食以外のものを口にすることを原則として認めない。だが、時には患者や家族に悔いが残らないようにするため、原則とは違う対応をすることもある。医師や看護師は、末期癌だったおばあさんが蕎麦を食べることを黙認していた。

 

 それにしてもおばあさんからこんな形で感謝されるとは、食堂の調理師も随分と名誉なことではないか。

 

 

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 2002年日韓サッカーワールドカップの頃のことだ。あの頃メディアは韓国人サポーターの行儀悪さを盛んに報道していた。インターネットの掲示板では多くの人が喜んでそれに反応した。ある掲示板でこんな書き込みがあった。

「日本はアメリカに2度も原爆を落とされたのに今はアメリカと仲良くやっている。なのになぜ韓国人は昔のことを今も恨んでいるの?」

 

 確かに、人を許すことは美徳だ。だが、人を許した者は、それと同じことを他人に求めるものだろうか。

 

 2度も原爆を落とされた日本は連合国に降伏した。その後のアメリカ合衆国の占領政策の結果、日本は経済も外交もアメリカに大きく依存するようになった。

「アメリカにはかなわない。」

私たち多くの日本人はそう思っているのではないか?

 

 あの戦争の時、中国に出征した人と話をしたことがある。その人の部隊は、一人の仲間を殺された報復として現場近くの集落に人々を皆殺しにしたことがあるという。権力者にとって戦争の目的がなんであれ、現場の兵士にとって戦争は殺すか殺されるか、それがすべてなのだ。その人は言った。

「アメリカだって原爆を落としたのに、なぜ日本ばかりが悪く言われるんだ?」

 

 日本人はアメリカを許してはいないのだ。昔のことを言ってもしょうがないから、考えないことにしているだけなのだ。自分はアメリカ人より劣っているから、他に劣っている者を見下して美徳を押し付けたいのだ。かつて日本が支配していた国、支配しようとしていた国は美徳を押し付ける相手にふさわしい、というわけだ。

 

 日本人はまだアメリカ人を許していない。すべての国、すべての民族は対等だと受け止めるようになった時、私たち日本人はアメリカ人を許せるのではないか?私たち日本人が美徳を持つのはそれから後のことである。

 

 

 

 

 

 

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 メディアでは天皇の生前退位を取り上げている。天皇が生前に退位したいと周囲に漏らした、という。彼のビデオレターもメディアで公開された。あの人も82歳。孫の成長を楽しみにのんびり暮らしていいはずの歳だ。

 

 生前退位の話は昭和天皇の時にもあったはずだ。1987年秋、86歳の彼が十二指腸癌(当時は十二指腸潰瘍と公表)の手術を受けたころ、私は高校生だった。あのころ学校の日本史の先生が

「皇室典範を改正すれば天皇は生前退位できるようになるんですけど、今の人には間に合わないのでしょうね。」

という雑談をしたことがあった。

 

 先生は普段の授業中は受験の役に立つ話しかしなかったが、休み時間に個人的に質問したら「昭和天皇に戦争責任はある」、「天皇制は廃止するべき」という話をしたことがあった。それでも、昭和天皇を一人の人間、一人のお年寄りと観る眼もその先生は持っていた。

 

 昭和天皇が手術を受ける少し前の頃から、当時皇太子だった現天皇は彼の公務を代行するようになっていた。あれから30年近くが過ぎている。

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