NHKスペシャル「無縁社会 -無縁死3万2千人の衝撃」 -壊れる家族・地域・仕事 | すくらむ

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 1月31日放送のNHKスペシャル「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃」は、同Nスペの「ワーキングプア」を手がけたディレクターが担当したということもあってチェックしました。日本社会の病巣をリアルにドキュメントしながら最後に一定の角度から問題を分析するというスタイルと思い込んでいましたので、少々驚かされました。最初から最後まで番組は淡々と「無縁死」の軌跡を追い続け、観る者に日本社会の現実を提示するのみだったからです。しかし、それが逆に印象深い眼差しを持ったものとなりました。以下、淡々と番組をレポートします。(※例によって相当丸めた要旨ですので御了承を。byノックオン)


 お台場に響く、もの悲しいサイレンと水しぶきの音。東京湾岸署の警備艇が身元不明の水死体のもとに向かいます。毎日のように身元不明の水死体が浮かぶ日本の首都・東京。全国の自治体には引き取り手の無い遺骨が多数持ち込まれ、死後の身辺整理や埋葬などを専門に請け負う「特殊清掃業者」やNPOがここ2~3年で急増。「特殊清掃業者」には自治体からの依頼、NPOには将来の無縁死を恐れる多くの人からの生前予約などが増えています。


 全国1,783のすべての自治体を調査した結果、引き取り手がなく、自治体によって火葬・埋葬された人=無縁死した人は、2008年だけで3万2千人にものぼることが分かりました。3万2千人の無縁死のうち、警察でも自治体でも身元が分からなかった身元不明者は1千人にのぼります。この1千人は、「行旅死亡人(こうりょしぼうにん)」と呼ばれ、国が発行する官報には毎日のように「行旅死亡人」の記事が掲載されています。遺体の引き取りを親族に呼びかけるものです。性別、身長、所持品等、亡くなった人の情報はわずか数行です。死因には「飢餓死」「凍死」の文字が目立ちます。家族や会社とのつながりを失い孤立して生きる人たち。いま「無縁社会」とも言える状況に突入しているのです。


 壊れる家族のつながりと地域社会の瓦解


 なぜ無縁死が増えているのでしょうか。昨年3月に掲載された行旅死亡人。自宅の居間で亡くなっていたにも関わらず、無縁死した男性の軌跡をたどってみました。


 遺体発見現場は、東京・大田区の住宅街にあるアパート。氏名不詳の男性の死は1週間以上気づかれず、音を流し続けていたテレビ。明かりが灯ったままの部屋。発見したアパートの住人も「夜亡くなったのか昼亡くなったのか、わからない」。このアパートの住人は地方出身の単身者ばかりで、住人同士のつきあいは皆無。家族もいないため、誰も男性の身元を特定することができませんでした。


 取材をする中で、男性の勤め先は近所の給食センターで、正社員として20年間、定年まで無遅刻無欠勤だったことも、出身地が秋田であることも分かり、取材班は秋田へ。男性の本籍地周辺は、近所の住人によると、「全部都市計画で変わった」。土地は人手に渡り、男性の両親はすでに亡くなっていました。男性は高校を卒業後、地元の木工所に就職。ところが木工所が32歳のときに倒産。地元に親を残し東京に働きに出ていました。近所に住む男性の小中学生時代の同級生が見つかります。小学校の同窓会名簿に、男性は「消息不明」と書かれており、この男性だけでなく、小学校の同窓生90人中19人が消息不明とされていました。男性は両親の死後、故郷とのつながりもなくしていたのです。この10年、衰退が一気に進んだ地方都市。都会へ出たまま、つながりを失い、故郷へ戻れない人たちが急増しているのです。


 男性の遺品に残されていた1枚の通行証。その通行証から男性が亡くなる半年前まで東京で日雇い派遣の仕事をしていたことが分かりました。男性は給食センターを定年退職した後も日雇い派遣で働き続けていました。繁忙期にだけ声がかかる日給1万円の仕事でした。男性は亡くなる直前まで両親の供養料を故郷の寺へ送り続けていました。それなのに、東京の無縁墓地に男性は埋葬され、両親の眠る故郷に戻ることはできませんでした。男性は故郷とのつながりをなくし、東京でもつながりを失ったまま無縁死してしまったのです。


 家族をかえりみず会社中心の人生が壊れる


 取材を進める中で、無縁死は将来拡大していくきざしがあることが分かってきました。いま頼れる家族がいない人たちがNPOの窓口に殺到しているのです。家族の替わりに亡くなった後の諸手続きなどをおこなうNPOがここ数年相次いで設立されています。死後の葬儀や納骨、遺品整理などをするNPOと生前契約を結ぶ人が増えているのです。生活にある程度余裕のある人たちでも1人暮らしに不安を抱えやって来ます。設立から8年になるあるNPOは、年々会員が増え続け、いま4千人近くになっています。最近では、定年退職前の50代で入会を決める人もいます。58歳のときNPOに入会した男性Tさん。Tさんは会社を定年退職した途端、唯一の社会との接点を失いました。リストラや非正規労働の増加、そして団塊世代の大量退職、会社とのつながりを失ったとき、何が起きているのでしょうか。


 NPOに入会したTさんは孤独のうちに死にたくないと老人ホームで暮らしています。50代で熟年離婚、頼れる家族のいない暮らしです。Tさんは高校卒業後、大手都市銀行に就職し、営業の現場で会社中心の42年間の生活、ほとんどが仕事で築いた人間関係でした。


 「本当に息つく暇もないというか、食事もまともにできない感じでした。毎日、帰宅は午前の2時3時でした」と、仕事時代の思い出を振り返るTさん。「三菱の100年です。これ私なんです」と社史に掲載された自分の写真を見せながら、「俺は三菱なんだって感じなんですよね」と語ります。


 毎日、午前2時3時まで仕事をし無理を重ねた結果、40歳のとき糖尿病などで体をこわし、仕事のストレスからうつ病にもなってしまいます。


 「いま考えたら、あんなに仕事しておかしいんじゃないかと思う」、「全部自分にツケが返ってきた。今みたいな形で…」と語るTさん。家庭をまったくかえりみず仕事ばかりした結果、50代で熟年離婚。息子と娘は妻が引き取りました。


 「これは私の宝物ですからね」と言ってTさんが見せてくれたのは、小学校の修学旅行で息子が買ってきたお土産のキーホルダーでした。


 Tさんは仕事をやめるまで自分の家族や人生をかえりみることはありませんでした。「もちろん子どももいてね、孫を抱いて、そういう生活がいちばんの希望だった。退職して初めて親の墓参りにひとりで行ったとき出会ったお年寄り夫婦がね…」(長い沈黙のあと、嗚咽するTさん)「私もああいうふうになりたいと思っていたね…」


 家族より会社を優先して生きてきた人たち、家族とのつながりをなくし、会社とのつながりを失ったとき、無縁化する姿が見えてきました。


 激増する「生涯未婚」


 名古屋市の中心部にあるNPOの合同墓地。ここを生前契約した人がすでに1千人。いまも増え続けています。その中で最近増えているのが「生涯未婚」の人たちです。


 NPOの合同墓地を生前契約しているWさん(79歳、女性)。父親を早くに亡くしたWさんは、看護師の仕事をしながら家族を支え働き続けました。母親の介護と仕事に追われ、結婚する余裕はありませんでした。


 「女だから結婚して子どもを産んで幸せそうな人を見てると、私もという気持ちになります」、「寂しくないといえば嘘になりますし、どちらかと言えば男勝りで我慢強い方だったもんですから。だから、先に涙が出てきちゃいますね、最近はね、考えると…」、「棺桶の中に、ぬいぐるみ入れてもらおうかな」。看護師時代に患者からもらったぬいぐるみは、1年に1回袋を取り替えて大切にしてきたWさん、「心配なのはここにいて死んでても、骨だけになってても、電話がかかってきても自分には分からないし」と語ります。


 「生涯未婚」の派遣労働者の無縁死


 男性の「生涯未婚」は、女性を上回るペースで増えています。その多くは非正規雇用などで安定した収入を得られない人たちです。特殊清掃業者が遺品を片付けるアパートの一室。この部屋で亡くなっていたDさん(享年57歳)は、30代半ばで職を失い、その後派遣会社を転々としていました。収入が安定せず、結婚することはありませんでした。密室のアパートでDさんは、死後1カ月発見されませんでした。孤独のなか、ひとり亡くなっていたDさんは、自治体によって火葬されました。


 家族をつくらず/つくれず、たったひとりで生きていく人たちが急増する時代。推計によると、20年後の2030年には、「生涯未婚」が、女性の4人に1人、男性の3人に1人にのぼります。


 無縁死3万2千人。取材を通して浮かび上がってきたのは、安心して老いることのできない社会、安心して死ぬことさえできない社会でした。無縁社会で、つながりを失った人たちはいまも置き去りにされたままです。(※番組のレポートはここまで。段々疲れてきて、2つほど無縁死のケースを省略していますので御了承ください)


 昨年5月に放送されたNHKスペシャル「“35歳”を救え~あすの日本 未来からの提言」 と、今回の「無縁社会」をつなげて考えると、日本社会の異常さが際立つように思います。「“35歳”を救え」では、正社員35%、非正社員70%の35歳男性が「収入が少なくて結婚できない」状態 に現在追い込まれていて、日本社会の未来が危ういことを指摘していたわけですが、未来どころか、現在の日本がすでに「無縁社会」になってしまっていることを今回告発したのです。12年連続で3万人を超える自殺と、3万2千人の無縁死を生み出す日本社会。自殺と無縁死の増加は、日本社会が「すべり台社会」 になってしまっていること、貧困が深く広がっていることと無関係ではないと思います。反貧困ネットワーク事務局長・湯浅誠さんが貧困状態に陥る背景として指摘する「5重の排除」--①教育課程からの排除、②企業福祉からの排除、③家族福祉からの排除、④公的福祉からの排除、⑤自分自身からの排除 。「無縁死」の問題は、「家族福祉からの排除」に直接的には要因があるでしょうが、それぞれのケースをつぶさに見ると「5重の排除」が密接に絡み合って「無縁死」も増えているのではないでしょうか。そして、「無縁」「孤立」の絶望から、互いにつながる希望へ転換 し、すべり台社会から脱出していくしかないと思います。


※参考 過去エントリー


▼「収入が少なくて結婚できない」正社員35%・非正社員70%(35歳男性)、「収入増えない」69%


▼憲法記念日必読書=湯浅誠著『反貧困~「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)


▼若者の孤立と絶望から互いにつながる希望へ - 重松清が考える、働く人の貧困と孤立のゆくえ