世代的に「青銅聖闘士」がわかる方は、ある程度お年が近いのかなと思います。
今年のテーマは「ガンガンいこうぜ」で、スローガンは「燃えろ俺の小宇宙」なのですが、
ネタ的にはアラサーがニヤリと笑いそうな感じです。
Twitterでもアラサー呉服業仲間がいらっしゃいまして、最近仲良くさせていただいてます。
僕も彼も、「着物の仕事で飯を食っている」わけですが、共通する危機感やふだん着物の
重要性やそれへの期待感などにも、共有できることが沢山あります。
そんな折、都心では博多織メーカーさんのアンテナショップが企図した、生産と販売そして
ユーザーさんの考えを繋ぐ試みが開催間近となっています。
しかし中心部でのそういった機会を捉えて参加することも、なかなか地方住まいには難しく、
多忙な時期であるために、事実僕は足を運ぶことが出来ません。
ここしばらくのブログ記事でもおわかりかとは思いますが、自分の立場では生産現場が今
一番の頼みであり、将来を見据えても欠くべからざる最重要現場です。
実際にお客様と接した上での意見や提案が、流通過程から製造現場にうまく伝わらない
ことなど、自分が着物屋に就職した後でも数多くありました。伝わるとしても時間を要します。
需要と供給のマッチングのことを、小売・流通・製造が皆で意識高く取り組まなければ、
この現状を好転させていくことはあり得ないのではないかと考えています。
先の三者がすべて「ユーザー」を兼ねていれば、着物はもっと面白くなると思うのですが、
これがなかなかそうはいきません。
自分も使わない物を、使う方の身になって扱うことって出来るのでしょうか。
これは「着物を着ない呉服屋さん」全般に言えます。
呉服屋さんが洋服を着ていることのデメリットは、以前にも書いていますが「着物が実際に
着られていること、着ることが出来るものだということを第三者に見てもらうことが出来ない」
点にあります。
そういう観点だと、関連業種でも余程のことが無い限り「出来ない」はずは無いと思います。
荷物を運ぶ時や階段の上り下りがあるから出来ない、というのはもう論外として良いでしょう。
いま卒業シーズンを控え、多くの人が新たに呉服業界に飛び込んでいこうとする時期です。
売上げと着物が好きだという気持ちのマッチングに悩む方もあるでしょう。
業界の商習慣や体質に悩む方もあるでしょう。
呉服だけとは言えませんが、「仕事の内容」を調べた上で一定の覚悟は必要となるでしょう。
着物を一層好きになる、業界に入ることで着物の良さを感じることがあっても、せめて着物を
嫌いにはならないで欲しいと、願わずにいられません。
もうなかなか引くことも難しくなりつつあるアラサーの僕ら、呉服業界の中では(少なくとも
うちの店は)地方の、ちっこい家族経営の店です。ついでに言えば老舗ですらありません。
(あくまでもうちは。呉服業界では1世紀くらいザラに続いている店はありますから)
呉服小売業界の売上高の大半は、全国チェーン店など少数の企業が占めています。
それらの企業や、ほんの一握りの専門店や百貨店に比べれば、経営規模からいっても
僕らはほんの小さな存在でしかありません。
実力的には、黄金聖闘士と青銅聖闘士、或いはセイントと一般ピープルほどの差があります。
が、セイントの本質は、まとっている鎧(聖衣:クロス)の位や質ではなく、その個人の身体に
内奥に宿されている第七感(小宇宙:コスモ)の爆発力の違いによるものだとされています。
ま、これはあくまでも例えでしかないわけですが、虚仮の一念と言いますか、小粒な山椒と
言いますか、やりようは出てくると思うのです。
中央から全体を変えていく方法と周辺から発信する方法と、やりようは様々ですが、僕は
後者でありまたそうありたいと思っています。
いつまで経っても着物ブームとやらが実感されることは無く、実感として10年あまりの
開きを中央との間に感じています。
しかしながら、着物は衣服。どこででも人の存在している場所で着られるべきもののはず。
「ここは都会とは違うから」は、単なる言い訳に過ぎないのではないでしょうか。
もちろん条件的不利が無いわけではありません。
少ない人口を多くの呉服店で分け合っている現状。
所得が決して高くなく、家計のやり繰りに自然と序列がつき、預金残高は少ない。
ついでに宮崎は城下町や門前町というような着物文化のバックボーンにすら乏しい。
(事実県庁所在地で城が無いところって、そんなにありますか?)
それはそれとして、現状を認識し、モアベターを模索することは出来るはず。
文化が無ければ創り、育てていけばいい。
呉服屋さんって、元々そんな性質を秘めているのではなかったでしょうか。
売ることに執念を燃やす一方で、のんきな業種と思われ、良い時には妬まれ、
悪い時には蔑まれる。そんなポジションって一体どうなんでしょう。
物心ついたころから「坊ちゃん」「若旦那」扱い。
それも決して丁寧にされているわけではなく、半ばあなどる気持ちの垣間見える表現でした。
そんなこともあり、若旦那という言葉は一種のトラウマでもあり、厳に使用をお断りしています。
ガラじゃないんですよ、全く。
ちょっと逸れましたが、地方発信を、まずは同世代で模索できないかと考えているわけです。
このままでは新鮮な情報を手に入れることも出来ず、各個店レベルでの活動しか出来ず、
文化醸成どころかジリ貧のまま売りたいものも無くなってしまいかねません。
生産者の方に迫っている現実は、多くの売り手が感じている状況よりも深刻です。
それには、「儲かっている」こと以前の問題もあります。
使い手で売り手、使い手で運び手、作り手で売り手、そんな世界を生み出すこと、
少なくとも最初の一つがクリア出来ている人間で交流したい。
行動に至ることを前提としつつも、まずはそれ自体をもって世に声を届けたいのです。
ありとあらゆるジャンルで地方発が叫ばれ、うまくいっている例もあれば、そうでないことも
ありますし、仲間内での周知に過ぎずとも満足してしまうことだってあります。
そこからまず一歩を踏み出したく。
幸い平成生まれや21世紀生まれの着物ユーザーも次々と現れています。
ネットショップなどを駆使し、今から業界に入るニューフェイスもいることでしょう。
彼らは、多分、僕らには想像もつかないやり方で続いてくると思いますが、それでも!
「いま着物の仕事で飯を食っている」
現在進行形の僕らが何もしないのか?
着物業界の元気の無さは誰もがつぶやくことではありますし、生産現場の待った無しの
状況は、毎日背中にぞくぞくと迫ってくるような危機感を感じずにいられません。
別に大袈裟なデモンストレーションをする、とかではないのですが、
業界の先達が成すことに対して、対岸の火事のような生き方は出来ない。
というわけで青銅組なりに、小宇宙を燃やしてやろうと思っています。
まだ、自分を含めせいぜい2、3人くらいしか知らないんですけどね。
やると言ったらやる
「着物の人が増えますように。」
木綿着物!染織こだまS
児玉健作