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このブログネタが今日までだったので、本日2度目の『養生訓』です。益軒先生も寿命について、書いていらっしゃいますので、ご紹介しますね。江戸時代の人々の長生きとはどのくらいだったのか、これでわかりますよ。
「人の寿命は百歳を最長とする。上寿は百歳、中寿は八十歳、下寿は六十歳である。六十歳以上は長生きである。世間の人々を見ると、六十歳以上の命を保つ人は少なく、五十歳に届かず短命である人が多い。「人生七十古来まれなり。」と言われているのは、うそではない。長命な人は少ない。
五十歳になっていれば、不夭(ふよう)といって、若死にとは言わない。人の命とは、なぜこのように短いものなのだろうか。これはすべて、養生の術がないからである。短命なのは、生まれつき短いのではなく、十人のうち九人は自らの不養生によって健康を害しているのである。だから、人はみな養生の術を心得るべきである。」
益軒先生は85歳まで生きていた方ですから、江戸時代の平均寿命を考えると、かなりのご長寿でしたね。60歳以上で長生きだったんですから。50歳過ぎてれば若死にじゃないなんて、今の時代では考えにくいですね。でも、第二次世界大戦までは、江戸時代と変わらなかったんですよね。戦後の栄養のよさと医学の進歩はすごいです。
私は、自分の中ではすでに余命に入っていて、なにしろ不夭ですし、生きているというより生かされている感じなので、もういくつでもいいです。明日っていわれるとちょっと困りますけど。処分しておきたいものもありますからね(笑)。1年後以降ならOKです。あ、でも保険会社に預けてある個人年金はせめて受け取って使いたいから、やっぱり後15年くらいは欲しいかな(笑)。
『養生訓』の原文はこちらでどうぞ→学校法人中村学園 『貝原益軒:養生訓ディジタル版』
花の終わった後の桜みたいですけど、これはこれで花なんですね。
だって、花の終わった桜は↓こうですもの。