『養生訓』 人生六十歳から(巻一19) | 春月の『ちょこっと健康術』

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「人生も五十歳にならないと、血気はまだ不安定である。知恵はまだ出ないし、古今の知識にもうとく、社会の変化にも慣れていない。言葉にも誤りが多く、行いに後悔することも多い。人生の道理も楽しみもまだ知りはしない。

 五十歳にならずに死ぬことを夭(若死に)と言う。これは不幸短命と言うしかない。長生きをすれば、楽しみが多く益も多い。日々これまで知らなかったことを知り、月々それまでできなかったことができるようになる。だからこそ、学問が進歩することも、知識が明達になることも、長生きしなければ得ることができないのである。

 それゆえに養生の術を行い、いかようにしても天寿を保ち、五十歳を超えて、なるべくもっと長生きをして、六十歳以上の寿の域に達するべきである。昔の人は長生きの術があると言ったものだ。

 また、「人の命は我にあり、天にあらず。」とも言われたから、長生きの術を実践する志を強く持てば、長生きを保つことは、人の力によってどうにでもできるはずである。それを疑ってはいけない。ただ、気を荒くして、思うままに欲をかいて忍耐せず、慎みも持たない人は、長生きすることができない。」


益軒先生に言わせると、どうやら人間五十歳まではまだまだ若僧のようですよ。学者さんならでは見解だとは思いますが。学問の世界は深くて、やればやるほどドツボにはまって、時間が足りなくなるものでしょうからね。


「人の命は我にあり、天にあらず。」とは老子の言葉でしたね。「命の長短は養生次第」 の冒頭に出てきました。長命も短命も養生の心がけ次第ということ。益軒先生は、このように何度も何度も、表現を変えては、同じことを繰り返されていますね。そして、たとえ病いがあっても、養生次第ということもおっしゃっています。


『養生訓』の原文はこちらでどうぞ→学校法人中村学園 『貝原益軒:養生訓ディジタル版』


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