浜松町 治田歯科歯科医院のブログ

東京港区の浜松町駅徒歩0分の治田歯科医院の院長ブログ。歯科医師だけが知っている最新のインプラント情報、審美歯科情報、ホワイトニング情報についていち早くお届けします。

■ご挨拶■
$インプラント・審美歯科・ホワイトニングの治田歯科医院情報センター治田歯科医院は、東京都港区浜松町駅前で25年の実績のある歯科医院です。
最新設備と明るいスタッフで丁寧・親切に対応いたします。
一般歯科をはじめ、歯周病治療、審美歯科、ホワイトニング、インプラント等お気軽にご相談下さい。
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治田歯科医院
東京都港区浜松町2-5-4 秀和浜松駅前ビル2階
Tel.03-3436-0521
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  こんにちは治田歯科医院の治田です。今回も前回に続いて歯の知覚過敏について書きます。

  前回までに知覚過敏の原因、予防法、治療法について書いてきました。


 歯の知覚過敏は特に処置をしなくても、いつの間にか知覚過敏がなくなるということもあります。普段の生活の中で、象牙質の細い管の象牙細菅の中に結晶などが沈着して刺激が伝わらなくなることもあります。また神経(歯髄)の状態が変化することで、反応がおさまるということもあるのです。


 ただし、自分で勝手に歯がしみるのは「知覚過敏」だと決め付けてしまうと、後になって問題が大きくなることがあります。

 それは歯がしみたりするのは、知覚過敏のときだけではないからです。


 自分では見えなくても、歯と歯の間や、詰めてある材料の下で虫歯が神経(歯髄)の近くまで進行していて歯がしみることもあります。


 また、歯に目に見えない程度のヒビ(亀裂)が入っているようなときにも、知覚過敏と同じようなしみる症状になります。

  それらの場合には、それぞれに適切な処置が必要になりますから、早めに歯科医院を受診して、きちんと調べてもらって適切な対応をとってもらうべきでしょう。


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 こんにちは治田歯科医院の治田です。今回も前回に続いて歯の知覚過敏について書きます。


 前回は知覚過敏の治療法のうち、象牙質にある細い管である、象牙細管の中を封鎖する方法について書きました。今回は象牙細菅の表面を覆う治療法について書きます。


 表面を覆うには、歯に接着しやすい材料を使って表面に膜を形成して、象牙細管の入り口付近を封鎖する方法があります(下の左の図)。


 歯の表面が溶けたりしていて凹みがあれば、その凹みを埋めるようにして、知覚過敏の敏感な部分の表面を全体的に覆う方法があります(下の左の図)。


 このほかにも、過敏になっている神経(歯髄)に作用して痛みを感じにくくするという歯磨き材もあります。しかし残念ながら、それだけで確実に知覚過敏症を改善するという方法はありません。したがって、いくつかの方法を段階を経て組み合わせて、症状を改善してゆくことことになります。


 こうした処置を行っても効果がなく、ひどく痛いとか、しみたあとにしばらく痛みが残るというような場合には、歯の中の神経(歯髄)に大きな変化が生じていることが考えられます。そのようなときには、単なる知覚過敏ではなく、知覚過敏の刺激によって歯髄に炎症が起こることもあり、歯髄を除去するという治療が必要になることもあります。




                           (その5に続く)

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 こんにちは治田歯科医院の治田です。今回も前回に続いて歯の知覚過敏について書きます。

 歯の知覚過敏の自分でできる予防法は、きちんと歯ブラシをかけるということで、むし歯と歯周病の予防と同じです。

 歯の根元の歯垢(プラーク)を除去すれば、歯周病によって歯肉が下がって歯の根っこが露出することもありません。

 また、知覚過敏があってしみるからといって歯ブラシをあてなくなると、歯垢がついたままになりやすくなります。そうすると歯垢中の細菌が作る酸のせいで歯が溶けて虫歯になり、知覚過敏がひどくなるということもあります。歯の知覚過敏においても歯垢が歯に付着していることはよいことではありません。

 治療法としては、 象牙質の露出している部分で、神経にまで刺激が伝わらないようにすれば、知覚過敏をなくしたり改善することができます。

 象牙質にある細い管を封鎖すればよいのですから、管の中を封鎖する方法と、管の入り口を覆う方法とがあります。

 管の中を封鎖するには、フッ化物などを表面から塗布して管の中に結晶を形成して封鎖することができます(下の図)。同じような作用を持つ歯磨き材を使用することで、症状が改善されることもあります。

                          (その4に続く)

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 こんにちは治田歯科医院の治田です。今回も前回に続いて歯の知覚過敏について書きます。

 
 歯の表面は歯茎より上の3分の1がエナメル質、歯茎より下の3分の2がセメント質という面構造になっています。歯がしみたり、痛みを感じるのは、エナメル質、セメント質の下の象牙質という内部の部分が露出している場合なのです。


 象牙質にはたくさんの細い管状の構造物である象牙細管があり、その管を通して外部からの刺激が歯の内部の神経(歯髄)に伝わります(下の図)。


 歯の神経は、温度、圧力などを区別することができなく、加えられた刺激は全て痛みとして感じることになりますので、冷たい水も、甘い食べ物も、歯ブラシの毛先の接触の刺激も、全て痛みとなります。


 知覚過敏は次のような原因で起こります。まず、不適切な強い力の歯磨き方法によって、歯の根元の象牙質が露出する場合です。また、歯周病の治療の過程で、一時的に歯の根元が露出する場合にも知覚過敏が起こることもあります。さらに、歯の根元付近のエナメル質が虫歯で溶けてしまい、象牙質が露出して知覚過敏が起きることもあります。また、歯を漂白して白くするホワイトニング治療でも知覚過敏が起こることがありますが、この場合にはホワイトニングの処置が終われば知覚過敏もなくなります。


                               (その3に続く)

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 こんにちは。治田歯科医院の治田です。今回は歯の知覚過敏について書きます。


 むし歯などのはっきりとした病気や変化がなくても、歯が痛いということがあります。特に、冷たい水がしみる、甘いお菓子を食べたら歯がジーンと痛む、風が当たるとしみる、歯ブラシで磨いたらビリッときた、というようなことがあります。


 しかしその歯を見ても、穴が開いているわけでもないし、黒くなっているわけでもないし、普段はなんともないと言う状況が、いわゆる知覚過敏という状態です。


 知覚過敏は、噛む力の負担過剰や歯周病によって、歯の根元付近の歯肉が下がって、歯の根元が露出しているような歯にみられることが多いのですが(下の写真)、歯の根元付近や根っこが露出しているからといって、その歯が全て知覚過敏の状態になるわけではありません。

 
 数日の間は水にしみやすかった歯が、気づいたらしみなくなっていたという一時的なこともあり、知覚過敏がどうしておこるのか、現時点でははっきりとした原因は明らかではありませんが、発生の理由としては、歯の中の神経が何らかの原因で痛みを感じやすくなっているというのが知覚過敏です。

                                  (その2に続く)

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  こんにちは。治田歯科医院の治田です。今回は最近注目されている口腔リハビリについて書きます。


 人間の生活において、よく噛んで物を食べる事は、栄養吸収だけでなく、生活全体の改善につながる重要なファクターです。その食べる力を回復する「口腔(こうくう)リハビリ」が、最近注目されています。

 
 東京都東大和市の老人ホーム「気まま館東大和」で暮らす板谷ちゑ子さん(96)は、5年前に言葉を失い、まっすぐ座ることも出来なくなってしまい、寝たきりになる危機にあったそうです。


 原因は、合わない入れ歯で、入れ歯がすぐに外れてしまい、固形物が食べられなくなったことによるものです。流動食で栄養を取るようになると、車いすにもたれかかり、焦点の合わない目で一日中を過ごすようになったようです。
 
 
 会話も難しくなってしまったので、訪問診療医と連携して口腔リハビリを行っている歯科医師が診察して、入れ歯を調整し、衰えた筋肉でも入れ歯を操れるように、口を動かしてもらいながら型を取って、新しい入れ歯を作製したそうです。

 
 さらに、この歯科医師が施設の職員達に、首元や顔面をもみほぐし、専用ブラシで頬の内側や舌をきれいにしながら、刺激する方法を指導したそうです。この方法によって、口の中を唾液で潤し、飲み込みに必要な筋肉を鍛えたそうです。 

 これを毎食後続けたところ、6週間後には固形物が食べられるようになり、3ヶ月後にはおしゃべりも復活したそうです。そして今では冗談のやりとりもできるほどに回復し、表情も生き生きしてきたそうです。

 
 施設長の方も、「もう元気を取り戻せないと諦めていたのに、これほど変わるとは」と喜んでいるとのことです。現在もこの施設では、認知症の人を含めたすべての利用者に口腔リハビリを実施しているそうです。下の写真は、口腔リハビリ用のユニットです。



 このように回復力のある人が放置され、そのまま物が食べられずに、全身を衰えさせてしまうのは、人為的に作った寝たきり状態なのです。


 固形物が食べられなくなって寝たきりになってしまうようにならないうちに、介護施設でも歯科医師が積極的にかかわり、介護者が無理なく続けられる口腔リハビリを指導することは、介護医療にとってとても重要なことなのです。

 
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 こんにちは。治田歯科医院の治田です。今回も、歯が無くなってしまった時に入れる、入れ歯の歴史について書きます。

 前回は、入れ歯の歴史において、現代と変わらない吸着する原理で作られていた、日本の優秀な入れ歯を作っていた「入れ歯師」について書きました。


 今回はその入れ歯が江戸時代にどのように作られていたかを書きます。


 江戸時代の入れ歯は、現代の入れ歯と形は似ていても、材料、道具は全く違います。材料は「黄楊(つげ)」が多く使われていました。黄楊は、材質が強く割れにくく、また彫刻しやすく肌触りも良かったのが理由のようです。


 女性用に黒柿の木を使い、鉄漿(おはぐろ)をつけているように前歯を黒くしたものもありました。

 前歯には、蝋石・動物の骨・象牙・人間の抜けた歯などを使っていました。


 作り方ですが、顎の型採りは、蜜蝋や松脂、白蝋、ごま油などを混ぜたものを使って蝋型を作り、荒削りの入れ歯に合わせながら仕上げていったようです。


 土台の木は、まず輪切りにしたものを24時間煮てから水中に保存したものに彫刻したそうです。細かい調整は食紅や墨を用いて、当たった所を少しずつ削り、精巧に仕上げていったそうです。

 歯は、黄楊などの土台に動かないようにはめ込みました。部分床義歯のように、自分の歯が残っている場合は、前歯の横に穴を開け、三味線の糸で結んで固定したりもしていたそうです。
どうやって前歯に穴を開けたのかは分からないのですが、錐(きり)のようなものを使ったのではないかと思われますが、今の段階ではどういうやり方をしたのかが分かりません。


 他にも、金属のバネを残っている歯にかける方法をとった部分床義歯もあったようです。入れ歯の裏側に金箔を貼り、金の殺菌作用で臭い匂いがしないように工夫したものまであったそうです。江戸時代の職人さんの発想力と技術力の高さには、本当に驚かされてしまいます。

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 こんにちは。治田歯科医院の治田です。今回も、歯が無くなってしまった時に入れる、入れ歯の歴史について書きます。

 
 前回は、入れ歯の歴史において、西洋の入れ歯より技術的に300年も進んでいた日本の入れ歯を作っていた当時の「入れ歯師」について書きました。今回もその続きです。


 「入れ歯師」は、入れ歯作り専門でした。


 歯を抜いたり虫歯などの治療を行う者のことは「口中医」や「歯医者」と呼ばれ、「入れ歯師」とは区別されていました。「入れ歯師」は香具師(てきや・やし)の組織に属していました。


 当時の歯医者さんである「口中医」は、一般医学を修得して、口腔疾患や咽喉疾患が中心で、抜歯も行っていましたが、義歯を作ることはありませんでした。


 「入れ歯師」が「口中医」と全く違うところは、医学的専門教育を全く受けていなかった点です。「入れ歯師」は親方に弟子入りをし、修行をしていたのです。これは、仏師などの流れが影響していたのかもしれません。


 ですから、彼らの技術は、修行で身に付けた知識と経験によるもので、秘伝ともいえるものだったのです。


 室町末期から江戸初期に台頭してきた「入れ歯師」は、江戸中期頃には、広く全国で営業するようになり、「口中医」にかかれない庶民に親しまれた大衆的な存在になっていたそうです。下は当時の「へたな入れ歯師」の絵です。

                         ( その9に続く)
   
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 こんにちは。治田歯科医院の治田です。今回も、歯が無くなってしまった時に入れる、入れ歯の歴史について書きます。


 前回は、入れ歯の歴史において、アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンのスプリングで維持する入れ歯について書きました。


  また、欧米で吸着する入れ歯の原理が分かったのは、1800年フィラデルフィアの歯科医師ジェームス・ガーデッドの偶然による発見によるもので、それから吸着する原理が理解されてヨーロッパに伝わったのは、そのおよそ35年後のことで、日本から遅れること約300年だったことも書きました。


 それではその日本の優れた吸着する入れ歯はどのように作られていたのでしょうか。


 日本の吸着により維持する木床義歯は最初、木の仏像を彫る職人の仏師や能蔓師、根付師などが彫ったといわれています。


 仏像や根付の職人さん達の手によるものと聞けば、あの精巧な作りも頷けます。当初は手慰み程度だったようですが、徐々に仏像彫刻の注文が少なくなり、逆に入れ歯を作ることが生活の糧となってしまったのではないかといわれています。そうして「入れ歯師」と呼ばれる専門職になっていきました。下の絵は当時の「入れ歯師」の看板です。

                      (その8に続く)
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 こんにちは。治田歯科医院の治田です。今回も、歯が無くなってしまった時に入れる、入れ歯の歴史について書きます。

 
 前回は、入れ歯の歴史において、アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンのスプリングで維持する入れ歯について書きました。


 ジョージワシントンの入れ歯もそうでしたが、日本の入れ歯が吸着力で維持させていたのに対し、17~18世紀の欧米では、入れ歯をバネの力で維持させるスプリング式入れ歯の時代でした。


 欧米で吸着する入れ歯の原理が分かったのは、1800年フィラデルフィアの歯科医師ジェームス・ガーデッドの発見によるものでした。ワシントンの没後1年の出来事です。


 彼は、女性患者の象牙の彫刻をしたスプリング式の上の入れ歯が、スプリングを付けないでも安定していることを、たまたま発見したのです。


 しかし、当時のアメリカにおいても、なかなかこの事実が信用されず、この大気圧で吸い付く原理が理解されてヨーロッパに伝わったのは、それからおよそ35年後のことでした。日本から遅れること約300年もたってからです。


 もっと早くにこの「偶然」が起こっていれば、あんな緊張した表情の1ドル紙幣の肖像がずっと残らなかったのにと、天国でワシントンが思ったかもしれないですね。


                       (その7に続く)
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