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だ、そうです。


はてなブックマークはじめました。
こちら。http://b.hatena.ne.jp/fireflysquid/
まだイマイチ使いこなせてませんが…。

ameblo の「ブログ内検索」がまるっきり使えないので、google検索窓を設置してみました。左下のはてブ一覧のすぐ上にあります。設置場所に色々制約があって使いにくいですが、御活用ください。
  
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『LOVE&THANKS』10月号

2009-11-20 00:57:59 テーマ:水からの伝言
 先日久々に東京出張だったので、紀伊国屋本店で買ってきた。忙しくてざっと眺めただけなのだけど、ぶっとんだ記事があったので、簡単にご紹介。

 江本勝自らが執筆している「波動的思考のすすめ」(p.37)という連載の第二回だそうなのだが(毎月買っているわけじゃないので前回がどうだったかは知らない)、それがスゴイ。タイトルは「新型インフルエンザウイルスと放射能の波動的性質の類似点から見えてくること。」知っている単語がならんでいるのに意味がまったくわからない。

 最初に新型インフルエンザに絡めて「ウイルスとは何か」みたいな話が展開される。で、そこの文章。
 つまりウイルスとは生命体であって生命体ではない、半生命体であるということです。ウイルスとは、まるで波動的生命体だと思います。なぜなら、波動とは虚実を結ぶ超微細な振動のことを説明する半導体的現象だからです。
…まあウイルスを半生命体と呼ぶのは良しとしよう。文章表現として。しかし、「まるで波動的生命体」って、そもそも「波動的生命体」ってなんだよ。それもわからず「まるで」と言われてもさっぱりわからん。さらに「波動とは~」の文が完全に理解不能。「虚実」はたぶん波動を複素数で表現したのを見たから、虚数と実数で合わせて虚実、なんだろう。で、江本的には「言霊」がリアルなので、虚実というからには世界の虚実のことに意味が転化しても全く問題ないのだと思われる。そして「半導体的現象」ってなんなんだよ。半導体もわかってないんだろうなあ。せめて高校物理ぐらい勉強してほしいよなあ、波動波動って言うならさ。

 で、その次。「放射能に対する愛・感謝の有効性」。チェルノブイリの事故後、ベラルーシのある村の「聖なる泉」からは放射能(たぶん放射性物質のことだろう)が検出されなかったそうで、それは村人が「ただただ愛し信頼していた」からだとか。
 さらにスゴイのが、1999年の東海村原発事故で、400メートル離れた井戸水を送ってもらい結晶写真を撮ったところ「放射能の波動的影響を受けていると思わざるを得ない状態」だったそうな。まあ要するに結晶ができていない写真なわけだけど。で、
 東海村の井戸水には、免疫波動、免疫波動というのは愛・感謝の波動ですね。それを転写することによって、結晶化することに成功したのです。これは、放射能の波動的毒性を愛・感謝の波動が消したということになります。
と言って、「転写」された井戸水の結晶の写真が示されるのである。いやいや、なんもせんでも結晶はできるって。ちゃんとやってちゃんと写真撮れば(ちなみに井戸水を採取したのがいつかは不明)。

 ちなみに「転写」前の井戸水の結晶(ができていない)写真は液体の水がムラムラとしているような様子の写真なのだが、それとインフルエンザウイルスの拡大写真とを比べて「似ていますね」だって。
 二枚の画像が示すように、ウイルスと放射能は、似た性質を持った半生命体ではないかと私は考えます。ともに肉眼で確認することができず、人々の不安や恐怖を引き起こすという点も似ている点も酷似しています。ならば、放射能に有効であった愛・感謝の波動が、今回のウイルスにも有効であるのではないでしょうか。ペットボトルに」「愛・感謝」と書いたラベルを貼った水を日頃から飲むのもひとつの波動的対処法です。
ムチャクチャだよなあ。いやまあそれはわかっていたことではあるけれど、あらためてムチャクチャだなあ、と。元素の種類は108でそれは煩悩と対応しているとか言う人だから仕方ないけど、放射性物質まで「半生命体」とは…。それにそもそも「有効」じゃないし。
 強引な仮説が次のパラグラフでは前提になって話が展開される、というのは江本のパターンだけど、ここでも全面的に展開されていますね。

 ちなみにこの号には、p.22, 23と見開き2ページ使って、連載の「科学の鍵 第8回 スピリチュアルの扉」と題し、ディーン・ラディンの「実験」の紹介をしている。「ディーン・ラディン博士〈前編〉『水からの伝言』の科学的実証。二重盲検法による氷結結晶写真撮影法の検証実験」だそうな。この件については、既に「Skeptic's Wiki」にて批判が行われている ので興味ある方はそちらをご覧ください。
同じテーマの最新記事

『日経エレクトロニクス』no.1016(2009.11.2)の「特集 イオン健康家電の正体」から

2009-11-16 00:38:12 テーマ:マイナスイオン
一部で話題の(?)『日経エレクトロニクス』を買ってきました。いい値段する雑誌やなあ。それはともかく。
 今回の特集、「イオン健康家電の正体」はなかなか気合が入っている良記事だと思います。各社の状況を過去からの流れも含めて紹介し、それぞれの「イオン」の発生方法についてもまとめてくれています。
 この中で、「イオン」製品のうち、「マイナスイオン・ドライヤー」だけはモニター調査などによる官能評価の結果が、改正された「不当景品類及び不当表示防止法」が求める「根拠」とみなされ、マイナスイオン家電群のなかでは例外的に人気を維持できていると書かれています。そしてそれを受けてか、1ページ丸々使った囲み記事が載せられています。
 その囲み記事では、ナノイードライヤーの評価の高さが、ナノイーによるものなのか、風量や温度などの他の機能によりもたらされたものなのかの切り分けがされていないということが指摘されており、これまでのニセ科学批判で指摘されていたことと合致しています。

 で。
 マイナスイオンといえば(ネット上では)SSFS氏、という高い(?)評価がすっかり固まっていますが。SSFS氏の「ホームグラウンド」であるところのYahoo!掲示板で、恣意的な引用をされていることが雑誌を見たらわかったので、当該掲示板に投稿しておきました 。折角なので、こちらの方にも載せておきます。

「注目点(4)」の引用部分の続き 2009/11/16 0:36 [ No.2829 / 2829 ]

『日経エレクトロニクス』、見てみました。
囲み記事(といっても1ページ丸々使ってますが)で、「マイナスイオン・ドライヤーを高額製品に育てたパナソニック」という記事が p.41 に載っています。「注目点(4)」の後半でssfs2009さんが引用しているものですね。

現物を見てわかったのですが、ssfs2009さんの引用の仕方はなかなか香ばしいものがあります。若干重複しますが、引用されなかった部分も含めて下に紹介します。

▼▼▼ここから引用▼▼▼
(…)そのため、官能評価だけでは実際のユーザーの評価を予測しきれないと判断した。この課題を解決するために、しっとり感と毛髪水分率の変化といったように、官能評価の項目と物性値を組み合わせて調査する手法を編み出した。
 ただし、同社が注目するのはあくまで製品として性能である(原文ママ)。定量的な物性評価をするとはいっても、科学的に厳密な評価は一部で、例えばナノイーと、風量などほかの要因とで、寄与の比較などは行っていない。そのため、ナノケアを使って得られるしっとり感がナノイーによる効果なのか、風量や温度といったほかの機能による効果なのかは、明確ではない。それでも、多くの人がナノケアを使えばしっとり感を得られていることは確認しており、実際にユーザーの満足度を高く保てるという。
▲▲▲▲ここまで▲▲▲▲

ナノイーにしろなんにしろ、メカニズムを議論する際には、ssfs2009さんが引用しなかった「ただし」以下が重要です。ここで言われていることは、まさに「菊池氏」らが言ってきたことではないですか?それとも、この記事の執筆者も「不健全なニセ科学批判者」に含めるのでしょうか。

ちなみに先日投稿したように、官能評価や物性評価についての「技報」については、折角こちらで紹介したのにssfs2009さん(あの時はssfs2007さんだったかな)に、そういうのはもうおなかいっぱいと言われ、それ以来無視されているんですよね。開発者の努力を見ようとしていないのは誰なんだか。

これはメッセージ 2807 ssfs2009 さんに対する返信です
官能評価などについての「技報」に関しては、こちらの投稿 をご覧ください。
…左下の検索窓で、このブログを「SSFS」で検索していただいてもいいんですが。

「事業仕分け」による理科支援員の廃止

2009-11-15 00:01:10 テーマ:科学
 「事業仕分け」で理科支援員等配置事業が廃止、だそうで。
 ちょっと記事が見当たらないので、『河北新報』の記事 から。太字強調は引用者による。
 【科学技術振興機構】理科支援員等配置事業は、子どもの理科離れを改善するため、小学5、6年生の一部授業に、研究者や大学院生などを理科支援員や特別講師として派遣。来年度に5500校分、22億円を要求したが、仕分け人は「すべての子どもに平等に機会が与えられるべきだ」「理科専門の教員を採用できるような抜本的な改革が先だ」などと指摘し「廃止」と判定。
実に正論であるが、当然、「理科専門の教員を採用できるような抜本的な改革」をしてから廃止するのですよね?ね?ね?小学校教師自体に理科離れがすすみ、さらに教師の多忙化が進行する中、理科支援員は貴重な戦力だと思うのだが。理科専科の教員の配置が完了するまでは、むしろ理科支援員を増強して、「すべての子どもに平等に機会が与えられる」ようにするのが政治だと思うのだが、どうするのだろう。
 さらに言えば、教師を抜本的に増員して少人数教育をすすめないといかんだろう。人数が多ければ実験だって大変なので(準備・片付けだけで人数が多ければ莫大な時間をとられる)、教師を増やすのは緊急かつ本質的な課題だと思う。
 科学技術振興機構(JST)自体はいい事業も沢山やっているが無駄なやり方も多いので、そのあたりを整理することは重要だと思うのだけれども、これはちょっとなあ。

 ついでにもう一つ。同じ記事から。
 【競争的資金(若手研究育成)】博士課程修了者らに経済的不安を感じさせず研究に専念させることなどを狙った特別研究員事業(要求170億円)は「雇用対策の色合いが強い」「民間に資金を出してもらえないか」との意見が相次ぎ、予算削減となった。若手研究者養成のための科学技術振興調整費(同125億円)と科学研究費補助金(同330億円)も削減との結論。
無茶苦茶やなあ。雇用対策と全然関係ないじゃん。実況を聞いてたわけじゃないのでどういうやりとりがあったのかわからないけど、どこをどう考えたら雇用対策ということになるんだろう?それに民間に資金を求めるのであれば、民間がやりたいような研究分野にしか金はつかんだろうに。それじゃ政治の役割を放棄したと言われても仕方ないだろう。
 若手向けの科研費を削減するのであれば、基盤的な運営経費を潤沢にして、若手にも行き渡るような方策を考えないと、取り返しのつかないことになるよ。10年20年後には日本の大学は不毛の地となっているんじゃないか。

ベルリンの壁

2009-11-10 00:32:16 テーマ:社会
 今日11月9日で、ベルリンの壁崩壊から20年がたつ。リアルタイムで見ていた私は、「歴史は動くのだなあ」と実感を持ったものだ。もちろん、自然現象のように勝手に歴史が動くわけではないし、外部から超越的な力で歴史を動かしたわけでもなく、ドイツ人民が、様々な条件と相俟って、自ら歴史を動かしたということは常に頭に置いておくべきことだろう。壁を越えようとして成功した/失敗した多くの人たち、政府の監視をかいくぐって組織を作っていた人たち、そういう多くの人たちの努力と、国際・国内情勢のもろもろとがかみ合って、壁の崩壊へとつながったのだと思う。
 主体的な努力や願望だけではどうにもならないことは世の中には数多くある。しかしそれなしには何も変わらない。それを踏まえて、世の中と向き合っていきたいと思う。

 さて、ベルリンの壁崩壊というと思い出すのが、このブログでは何度も取り上げているがTHE NEWSだ。いま見たら wikipedia に項目が立っているので、そちらにもリンクしておこう。彼女たちが初期から唄っている曲に「もっと自由に!」というのがある。歌詞はその時々の情勢に応じて変化していく。以前このブログで取り上げたのは、天安門事件についてのものだった。が、天安門事件の半年後に起きた、このベルリンの壁崩壊も、歌になっているのだ。
 どんな歌詞だったか、CDがいま手元にないので、記憶に頼って少し書き出してみる。
やっちゃえ! もっと自由に!
やっちゃえ! もっと自由に!
やっちゃえ! もっと自由に!
やっちゃえ! もっと自由にやっちゃえちゃえ!

11月9日の国境解放
28年間壊せるとは思ってなかったあの壁に
ハンマーを打ち降ろした

誰かが東の失敗を嗤う
でも 西側にあるのは 自由? それとも物質?
与えられた自由の中で
見えない壁に 気がつかないだけ

ポツダム広場から東を見る
そこに見えるのは 同じ空 同じ大地
国境線なんて どこにも見えない

記憶力の弱い私がここまでスラスラと思い出せるのに我ながらびっくりするのだが(もしかしたら間違ってるかも^^;;)、当時、それぐらい聴きこんでいたということですね。
 歴史は確かに動いた。しかし、翻っていまの我々を見るに、彼女たちが突き付けた問いは、未だに有効なのではないだろうか?

 もしやと思ってYouTubeを探したのだけれども、残念ながらこのバージョンはないようだ。代わりに、天安門事件バージョンのものを貼っておく(楽曲はほぼ同じです)。
 3人でなんでここまで骨太な音が出せるんだろうといつも思う。Motorheadかよ、と(注:全然違います^^)。

能見正比古もろもろ(3)(追記あり)

2009-11-08 00:08:41 テーマ:血液型性格判断
能見正比古『血液型人間学』に書いてあることの続き。3回目。今回がとりあえず最後(でも最初はこれを書くつもりだったんだよね。書きだしたらダラダラと長くなってしまったので前回、前々回に書いたという次第)。

 ここで取りあげるのは彼が血液型性格判断に興味を持った経緯である。能見の姉が古川の教え子であったという話は大村政男などがよく述べているし、wikipediaにもその旨記述がある のだが、こんなところに能見本人による記述があった。「研究ノートから-あとがきにかえて」の中(p.255)。
 私が一つ年長の亡姉幽香里から、血液型と気質の関係を聞かされたのは、中学に入って間もなくだったが、関心を強く持ち始めたのは大学以後である。私は四百人ほどの寮の委員長となり、寮内のよろずもめごとに立ち合って来た。戦時中のことで、寮生名簿には血液型が記入してある。それを見ながら寮生に接しているうちに、気質の違いが、ありありと浮び上がって来る。これはただごとでないと私は坐り直していた。最初にまず具体的な事実に直面したのが幸いしたと思う。
ちなみにこの段落の直前に、「いわば人間科学のフィールドワーク(野外研究)だ」発言がある。
 能見は1925年生まれ。中学入学のころというと、1932か33年1938年あたりだろうか。ちょうど、古川学説が絶頂期から衰退に向う時期と重なる。1933年の法医学会総会で事実上トドメを刺された格好なので、古川や能見の姉は複雑な思いをしていたころだろう。もっとも世間一般ではその後も血液型性格判断は隆盛を保っていたようではあるが。(追記:アホみたいな計算ミスで年代の推測を誤ってました。能見が「聞かされた」のは学術的には既に終わった後ですね。ただ、外務省嘱託医が「外交官にはO型を採用すべし」と言ったのが1937年なので、まだまだ古川説の残滓は世間に蔓延っていた時代だと思われます)。
 プロフィールによると、能見は東大工学部卒、法学部中退となっているので、東大の寮でのことなのだろう(学徒動員はぎりぎりで逃れたか)。

 一方、『現代のエスプリNo.324 血液型と性格』の冒頭の座談会で、大村政男は以下のように述べている。なおここでの登場人物は大村の他は詫摩武俊と溝口元。座談会自体は松井豊と佐藤達哉も出席しており、幅広いトピックについて討論している。
大村 能見正比古さんが学生寮に居たとき学生の世話をしていたんです。血液型と性格とは何か関係があるように思ったんだそうです。ところが詫摩先生は能見正比古さんに直接会われていますね。能見さんは大宅壮一さんの弟子ですね。大宅さんが血液型をやると儲かるぞと言われたので始めたというのですが、そのほうが真実だと思いますね。能見さんの「血液型人間学」はまったく古川さん(引用者注:古川竹二のこと)の受け売りで、そっくりそのまま持ってきて、国語辞典的におもしろおかしく表現しているだけのことなんです。私は「素朴な古川学説にピエロの衣装を着けた」と言っているのですが、それで能見さんは売り出した。能見さんが男女の相性というのを持ち込んだのは実にうまいと思いますね。結婚問題というものに集中させて受けに受けたんです。
詫摩 彼は確か工学部の出身で。
大村 そうです。東大の工学部です。
詫摩 どういう経歴を踏まれた方かよく知らないのですが、評論家の大宅壮一の門下になったのではないか。
大村 大宅壮一という作家は弟子にしてくれというとだれでも弟子にしてしまうから、大宅壮一の弟子はワンサといるそうですね。能見さんもその一人です。筆の運びもうまかったんでしょうか、大いに伸(の)したんです。マスメディアの発達した時代がつごうのいい受け皿になったんですね。
溝口 能見の本から行くと、姉さんから聞いたということになっているんです。姉さんは女高師の出身。恐らくは大宅壮一の線と姉の線の両方なんでしょうけれども、文献的に見て行った場合には、大宅壮一から聞いたというのは能見の本には出て来ない。
大村 私はある年の日大文理学部の公開講座の時に、「血液型性格学」のことを話したら、相当なお歳の女性が出席していて、古川さんが研究していたころのことをよく知っていると言われました。当時古川さんがそういうことをやっていたので、皆が古川さんがそういうならば、そういう結果を出さなければ悪いのではないか、ということになったのだそうです。例えば、ある教授がこう考えているなどというと、学生はみんなそれに同調してしまう、それと同じではないかと思うんです。黙従傾向といえますね。
本当のところがどうなのかは知る由もないが、溝口が言うとおり、能見としては公式には姉から話を聞いて着想を得たということなのだろう。学術的にはともかく、これだけ有名人について調べたり、アンケート調査をしたり、さらには息子に跡を継がせるなどということはそれなりの情熱がなければできないだろうし、それはまた能見本人が金のためではなく本気で信じていたということを伺わせる。大宅壮一が「儲かるぞ」と言ったぐらいでは、とてもここまではできないだろう。もちろん、能見が大宅に話したところ、大宅が「それは儲かるぞ」と励ました、ぐらいのことはあっても不思議ではないとは思うが。
 ちなみに同じ号には「能見説と古川説の比較とその問題点」という論文を大村政男が執筆しており、その中で能見と古川の関係についても述べられているが、ここには大宅壮一については触れられていない。

 今回紹介したのは「血液型と性格」にまつわるエピソードの一つであるわけだが、まあこんな感じで戦前の論争が戦後になって能見の手によって大衆的に復活した、ということである。「血液型と性格」について論じるのであれば、どこか頭の隅にでも置いておくと良いかもしれない。

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