ボディ・マッピングだけでいいの? | 音楽家のためのアレクサンダー・テクニークレッスン〜フルート奏者嶋村順子

音楽家のためのアレクサンダー・テクニークレッスン〜フルート奏者嶋村順子

♪アレクサンダー・テクニークを演奏に生かすレッスン♪
~ココロを自由に、カラダも自由に、自分らしく生き、演奏する~
アレクサンダー・テクニーク教師&フルート奏者の嶋村順子です。
演奏者の心理的・身体的問題を解決する方法を探求しています。

少し前のことですが、
大学時代の先輩とコンサートの本番会場で久しぶりにお会いしました。
プログラムに書かれている私のプロフィールに
「アレクサンダー・テクニーク」とあるのを見て、声をかけて下さいました。
先輩も最近になってアレクサンダー・テクニーク(AT)のレッスンを受け始めているのだそうです。
色んな気づきがあるレッスンが楽しくて仕方がない、ということです。

控室でいろいろお話ししたのですが、その中でこんなことをおっしゃいました。

「演奏家にとっては、アレクサンダー・テクニークよりボディ・マッピングの方が役に立つという意見もあるみたい。」
実は私も同業者の方数人から同じことを言われたことがあるのです。
「直接身体の使い方の改善に役に立つボディ・マッピングだけでいいんじゃないの?」
というご意見です。
その理由は「アレクサンダー・テクニークってなんだかめんどくさいしわかりにくい。」
「アレクサンダーってあまり言葉で説明してくれないでしょ。」というものでした。

私はATを学び始めてからこれまで「アレクサンダー・テクニークって深いなぁ」
と思ったことはありますが
「わかりにくい」と思ったことはあまりありません。
私が知るAT教師は言葉をとても重視していますし、
教師養成コースの授業でも生徒さんに伝える言葉の選択は大切だと学んでいます。
私はきっと良い先生たちに恵まれたのだと思います。
ATにもいろんな教え方があるようです。

もちろんボディ・マッピングは本当に役に立つ情報です。
目からうろこの知識がじゃんじゃんあって、
これまで身体に注目しながら楽器演奏の技術を磨いてきたつもりだった私も
新しく知ることがたくさんあります。
私自身どんどん自分の演奏に役立てて改善しています。

では、アレクサンダー・テクニークはいらないのか?
答えはもちろん「あった方が良い」です。
理由があります。


まずひとつめは、
とにかく頭が押し下げられている状態では身体全体が動きにくい、
という単純な理由です。

ボディ・マッピングで得た良い情報を実際にやってみたくても、
頭と首を固めていたらあまり意味がなくなってしまいます。
自分のやり方を変えたいと思っても、あまり変えられないと思います。
さらに、変えたい部分に注目することで、他の部分の注意がぼやけたり、
全身のバランスが偏ったり、となることもあります。
自分全体を大きく意識の中に入れた状態で、頭と首を楽にして、
そして変えたい部分にアプローチする、この手順が最も効果があるのです。

それから、ボディ・マッピングでより良い新しいやり方を知って、
それを実際に自分の演奏に使っていく際に、実は大きな大きな壁があるのです。
「違和感」です。

つまり
「これまでと違うやり方はなんだか間違っているような感じがする」という自分の感覚が、
新しいやり方を取り入れるのに壁となります。


ATの原理は、頭と脊椎の関係を大切にすることで、
間接的に問題を解決するというものです。
違和感を持った時に、直接身体のある部分に働きかけて「やろうやろう」とするのではなく
「頭が自由で、身体全体がついていって、このやり方でやってみる」
という間接的な手順を踏むことで、壁を乗り越えることが出来ます。


頭と首が楽になって初めて、新しい動き方を選択できる可能性が生まれると思います。

これは実際に私自身が経験してきたことなので自信を持って言えますが、
何年も何十年もかけて修練してきた技術を変えることは、
日常生活での動きをちょこっと変えることよりもはるかに困難なのです。
より良くするために選んだ新しいやり方でも、全うすることがどれだけ大変か、
身に染みて実感しています。
でも、私は新しい吹き方を取り入れることが出来ました。
そのよりどころとなるのがATの原理なのです。

ATなくしてボディ・マッピングを自分に取り入れることは難しいのです。
「違和感を乗り越えるためにはATが必要」

これが2つめの理由。



「でも、実際にボディ・マッピングだけを学んで取り入れた結果、演奏はよくなった」
という方もいらっしゃるでしょう。
そこで心配なのが「本当に取り入れることができたのだろうか?」ということです。

もちろん、ある程度の改善はあると思います。
でも長年の習慣は私たちからそんなに簡単には離れてくれません。
気づかないうちに元の使い方に戻って、痛みが出たり、
やりにくさが変わらなかったりすることはよくあります。
気づかずそのままやり続けても、自分ではわからないのです。

ここにもしATの原理を一緒に使っていたならば、
頭と脊椎の関係、自分全体の状態がATによって改善されています。
プライマリー・コントロールが邪魔されていない状態、
身体を最も効率的に使える状態を作ることが出来るわけです。

自分がどこまで改善しているのかは自分の「感覚」だけが頼りです。
「こんな感じ」というやつです。
かつて新しいやり方を導入しようとした時の「違和感」も「感覚=間違った感じ」でした。
「自分でできている」というのも「感覚=正しい感じ」です。
さあ、本当にそれって確かなものなのでしょうか。

でも、ATによって自分の状態をより良くすることができていれば、
「違和感」「できている感」を判断するための感覚の基準も、
ATを使っていない時より良くなっているはずです。

あてにならなかったはずの「感覚」を少しは信頼できる「感覚」にすることができるのです。

ATのおかげで、ボディ・マッピングを自分が取り入れることに成功しているかどうかの判断が
これまで以上にできるようになります。

3つめの理由は
「自分がどうやっているか知る感覚をより信頼できるものにできる」からです。

もし感覚についてあまり実感できなかったとしても大丈夫、
少なくとも「プライマリー・コントロールを邪魔しないよう意図する」
という改善への手段を確実に持っていることで、
ボディ・マッピングをより生かすことができます。



そして4つめは思考と身体の関係にあります。

仮にうまくボディ・マッピングだけを使って改善できていたとします。
しかしもし極度の緊張やアクシデントが起こった、など、
いつもとあまりに違う状況で演奏することになった時も、
改善された状態を使い続けることが出来るでしょうか。
私だったら不安感のせいで思考が変化し、
やはり過去に長い年数やっていたやり方(古い習慣)に頼って
そのピンチを乗り越えようとしてしまったでしょう。

これを「刺激と反応」における「習慣的な反応」と呼びます。

「どうしよう困ったぞ」という強い刺激に対して、
人は習慣的ななじみ深いやり方をする、という反応が出やすいのです。
長い時間をかけて身に着けた「学習」の効果でもありますが、
それが最善かどうかは分かりません。

でも、今の私はATを知っているので、
そこで「ATの原理を意図する」という思考の手順から始めます。

刺激に対するいつも通りの反応が登場しない中で、より良い選択肢を探すのです。

今は普段通りの状況ではないけれど、演奏するために自分がやることは何だろう。
ブレスをして音を生み出し、ただ演奏する。
そう考えて自分をニュートラルな状態に戻すためにATの手順で取り組みます。
そのおかげでボディ・マッピングから学んだより良い身体の使い方を
「本当に」使い続けることが出来るのです。

ボディ・マッピングを活用するためにも、アレクサンダー・テクニークは必要だ
といういくつかの理由でした。

ボディ・マッピングだけでいいという方にも、
私が出会ったような、
アレクサンダー・テクニークを分かりやすく、使いやすく、
実践的に教えている先生に出会っていただきたいな、と心から思います。