東北・関東大震災が発生してから1年を迎えました | 続きは、CMのあとすぐ!

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この記事は、2011年4月16日に更新の、 きょうで、東北・関東大震災が発生してから1ヶ月を迎えました の続きであり、東北・関東大震災が発生してから1年目を迎えた内容となります。


本日2012年3月11日で、「東北・関東大震災(日本政府、マスコミの表記では東日本大震災)」が発生してから1年目を迎えました。


テレビでは、NHKや在京キー局をはじめ、東北・関東大震災を特集した番組が数日前から流れ、この記事を更新した3月11日には、ほぼまる1日かけて大震災の特集番組が放送されています。


そこで、私のブログでも東北・関東大震災が発生して1年を迎えたテーマで書かせていただくことにしました。


東北・関東大震災については、私のブログでも、大震災が発生してから2日目の3月13日に、今回の東北地方太平洋沖地震について、ブロガーの一人として記事を書かせていただきます の記事から始まり、


2011年3月18日

東北・関東大震災の震災特別番組で見た、メディアやフジテレビの報道のあり方、NHKの頼もしさ


2011年3月22日

東北・関東大震災後の支援と救済に、海外や日本の芸能人や有名人からの義援金が続々!


2011年3月22日

義援金は、単なる善意では終わらず、自分にも返ってくることを知ってから募金や寄付をしよう!


2011年3月30日

東北・関東大震災後、テレビで大量に流れ始めたACジャパンのCM 一般CMは福島第一原発の状態次第


2011年4月3日

東北・関東大震災後から、テレビで大量に流れていたACジャパンのCMを振り返ってみました


2011年4月10日

視聴者からの抗議や苦情を受けて、ACジャパンが震災臨時キャンペーンのCMを緊急制作しました


2011年4月11日

きょうで、東北・関東大震災が発生してから1ヶ月を迎えました


2011年4月16日

ついに福島第一原発がレベル7に! 原発推進のCMに出演の芸能人や有名人も宣伝責任?


2011年4月19日

21年前に原発事故を糾弾していた黒澤映画! 「東京に原発を!」の近未来をリアルに描いた漫画も?


と、東北・関東大震災にテーマを絞った記事や関連記事を含め、数多くの記事を更新したことがありました。


◆1年前と比較して、現時点での東北・関東大震災の死者・行方不明者の数は?


まず、2011年3月18日に更新の、東北・関東大震災の震災特別番組で見た、メディアやフジテレビの報道のあり方、NHKの頼もしさ の記事では、東北・関東大震災の死者・行方不明者は約17000人を超えたと書きました。


あれから1年。


2012年3月10日現在の警視庁のまとめによりますと、東北・関東大震災で死亡が確認された人は、15854人。


行方不明者は3155人となっていましたので、死者・行方不明者を合わせて19009人ということになります。


1年を迎えるまでには、せめて行方不明者が3桁までに減っていることを願ってたんですが、やっぱり現実はかなり厳しいですね……。


それでも、現在でも行方不明者を見つけようと、きょうのニュース番組で、宮城県名取市では、朝から海に入っての行方不明の捜索が行なわれていました。


◆大震災の後、余震が7220回に! 全国では1万回を超えることに


次に、気象庁は2012年3月8日に、東日本大震災の震度1以上の余震が約7220回に達したと発表しました。


これは、昨年3月11日に東北・関東大震災が発生した影響により、北地方の沖合約200kmにある「日本海溝」の東側の海底の太平洋プレート(岩板)内部で、長さ約40kmにわたって断層が動いたことで余震が起きやすくなっているとのこと。


どうりで、ここ1年を見ても、テレビでニュース速報として頻繁に発表された地震速報にもありましたように、日本各地で震度5~震度6クラスの大きな余震が多発していたはずです。


もちろん、私が住んでいる西日本でも余震は何度もありました。


けれど、M5~M6クラスの地震に比べれば、最高でも震度3と、その規模はかなり小さいと言えます。


ちなみに、全国では約3000回の有感地震が起こり、合わせて1万回を超えたということでした。


東北地方では、今後も震度8クラスの余震が起きると予想されているそうですので、西日本に住んでいる私としては、東北地方にお住いの方には、今後十分に警戒していただきたいとしか言えません……。


◆あの事故から1年目を迎えた福島第一原子力発電所


2011年4月16日に更新の、ついに福島第一原発がレベル7に! 原発推進のCMに出演の芸能人や有名人も宣伝責任? にの記事でも書きましたように、東京電力の「福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)」も、あの事故から1年目を迎えました。


あの事故とは、言うまでもなく、大震災後、2011年3月12日に1号機が爆発し、3月14日に3号機が爆発。


3月15日には4号機の爆発が発生したことで、大量の放射性物質が外部に放出されてしまった事故のことです。


これを受けて、東京電力は、事故の収束に向けた工程表を発表。


最初の工程である、第1段階の原子炉の安定的な冷却「ステップ1」については、課題はありつつも、7月19日にほぼ達成したとの見解を示しました。


冷温停止状態の達成「ステップ2」についても、2011年11月16日の原子力災害対策本部で、東京電力福島第一原発の事故収束に向けた終了を確認。


野田佳彦首相による記者会見で「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と事故収束を宣言したということでした。


けれど、たとえ政府がステップ2までの冷温停止状態を宣言しても、現在でもトラブルは相次いでますし、廃炉の具体的手法も見えていません。


このままいけば、廃炉までには最長30年~40という長く険しい道をたどることにもなるということです…。


◆1号機はカバーで覆うことができたものの、2号機・3号機、特に4号機がいちばん心配……


福島第一原発の1号機~4号機のうち、1号機については、カバーで覆うことで放射性物質の放出を低減できているそうです。


しかし、福島第一原発2号機をめぐっては、圧力容器の底に設置されている温度計のうち、 ひとつの温度計で今月に入って温度が急上昇し、一時、測定限界値の400度を超える異常値を示すなど、決して安定した管理体制とは言えないそうです。


3号機も、先ほどの3月14日の爆発は「核爆発」だったという恐ろしい指摘をする専門家もいて、建屋も崩壊し、むき出し状態になっていることで高い放射性物質が出ているので、こちらも心配です。


でも、それ以上に心配なのは4号機です。


なぜなら、以前テレビのワイドショーで、京都大学原子炉実験所助教で、京都大学大学院工学研究科都市環境工学専攻助教でもあり、日本の工学者(原子力工学)である小出裕章氏が、もし今後、大きな余震が発生し、4号機の使用済み核燃料燃料プールが崩壊してしまったらおしまいだという恐ろしいことをおっしゃっていたからです……。


小出氏は、何がおしまいなのかについては言及されていませんでしたが、もしそれが「福島第一原発から半径250キロがおしまい」ということを意味していたとなると、半径250キロ圏内は、東京都を含む関東全域、福島県、宮城県、山形県、新潟県などすべてが入ってしまうので、それらがすべておしまいということに……。

それくらい、4号機は福島第一原発の中でいちばん危機的状況にあると言えるでしょう。


しかも、この前テレビのニュース番組で、初めて4号機の建屋にかなり接近した状態の映像を見ましたが、予想していた以上に4号機の建屋の損傷はひどいものがありましたからね……。


◆震度8クラスの大きな余震発生までに間に合うのか? 4号機の使用済み燃料プールから燃料を取り出す作業は来年末に…


そんないちばん心配な福島第一原発の4号機では、防護服に身を包んだ作業員によって、原子炉建屋上部のがれきや機器を撤去する作業が進んでいます。


意外にも、その作業員の中には女性も含まれているのだそうです。


今後の計画として、東京電力では、6月末までに最上階の5階の床より上にある鉄骨や壁をすべて解体し、8月末までには格納容器のふたなども撤去するとのこと。


また、課題となっている使用済み燃料の取り出しについては、燃料を吊り上げるためのクレーンなどを備えた「燃料取り出し用カバー」を今年の秋ごろから建設すると発表。


燃料を敷地内にある共用プールに移すための設備を整備するそうなんですが、その取り出し作業への着手は来年末を見込んでいるそうです。

う~ん、本格的な作業の着手が来年末とは…。

M8クラスの大きな余震が起きる可能性が高いことを考えると、はたしてそれで間に合うのかどうか、こちらも心配になってきました。


私としては、大きな余震で4号機の核燃料プールが崩壊することで「最悪のシナリオ」にならないことを祈るしかありません……。


◆「震災の 辛さ悲しみ 句に込めて」  自費出版の句集『震災川柳』がテレビのニュース番組で紹介されることに


ところで東北・関東大震災というと、この前見たニュース番組の特集で、東北大学大学院教育学研究科の長谷川啓三教授が中心となって、200ほどの川柳を集めた『震災川柳』という句集が自費出版されたことが報道されていました。


この川柳は、宮城県南三陸町志津川にある旭ヶ丘地区に住む住民が詠んだもので、暗い雰囲気を盛り上げようと、区長の柴田正廣さんの発案で被災直後の昨年4月から始まった小さな川柳の会で、仮設住宅に住む人が増えた昨年7月まで続いたものであるそうです。


滑稽さに乗せて、辛さや悲しみを吐き出すことができる川柳。


周りの人も、その気持ちを共有しやすいということから、川柳の会に集まった被災者の方に配られた『震災川柳』の句集を読んでいる住民の姿は、どの人も笑顔に満ちていました。


東日本大震災後の気持ちを川柳に表した作品として、被災者によって作られた句はおよそ400以上。


その中から、200ほどの川柳をまとめて自費出版されたのが『震災川柳』であるということでした。


ここで、ニュースでも紹介された震災川柳の句を3句ほどご紹介してみましょう。


「大津波 みんな流して バカヤロウ」


『震災川柳』でいちばん最初に掲載されているというこの川柳。


きょうの大震災の特集番組でも何度か流れていた、巨大地震後に発生した大津波で、建物、車、人など、何もかもが流されていた場面を見て、私も「大津波のバカヤロー!」と叫びたい気持ちになりました。


「すっぴんで 出かける日が くるなんて」


いまでこそ、笑って表現できるような川柳。


でも、大震災直後は、ガス、電気、水道のライフラインが止まってしまった地域が多かったので、嫌がおうでもすっぴんをさらしたままで外出せざるを得ない女性もたくさんおられたことでしょうね…。


「それぞれの 日常もどれ ふるさとで」


それぞれの事情で、被災地を離れ、県外に避難した人や、被災地に残り、地元で生活していくことを選んだ人。


いずれにしても、辛い選択だったことには違いなかったはずです。


県外に避難した人にとって、その地が生まれ故郷の次の第2のふるさとになるわけですが、地元に残った人も離れた人も、早くそれぞれの日常を取り戻してほしいと思った川柳でしたね。


なお、『震災川柳』は自費出版で出されたこともあり、川柳の会の参加者や、被災地の一部のお店でも販売されているそうなんですが、ニュースの特集によると、近々全国での市販の予定されているとのことでした。


【追記】

下にご紹介のリンクのように、『震災川柳』が、下にご紹介のリンクのように、2013年8月に、南三陸「震災川柳」を出版する会により、『震災川柳』 というタイトルでついに市販本として発売されたことがわかりました!


【送料無料】震災川柳 [ 南三陸「震災川柳」を出版する会 ]



◆東北地方はもちろん、首都圏だけではなく西日本も例外ではない! 東海・東南海・南海の3連動地震発生の恐れ


東北地方の余震も心配ですが、最近テレビのニュースで「首都直下型地震」についての特集がやたらと多いのが目立ちます。


むろん、東北・関東大震災の震源地からかなり離れた首都圏でも、昨年の3月11日には震度5強の大きな地震が発生したくらいですから、いざという時のために備えておくに越したことはありません。


それは、私が住んでいる西日本も例外ではありません。


なぜなら、これもテレビのニュース番組やワイドショーで何度も特集されていた「東海・東南海・南海の3連動地震」についても、東海地方の余震や首都直下型地震と同じく、いつ発生してもおかしくないと言われているからです。


このため、すでに首都圏の各地域での地震対策に加え、東京都民や関東周辺の住民たちが、来たるべき直下地震に備えて耐震グッズや1週間分の食料を購入していたように、私もなんらかの対策をしておかなければならないかもしれないと思ったのでした。


◆10年後 奇跡の復興 祈るのみ


東北・関東大震災が発生してから1年がたち、ほぼ1日中放送されていた大震災の特別番組を見て私が思ったことを川柳にしてみると次のようになります。


「10年後 奇跡の復興 祈るのみ」


被災地の復興にしても、各都道府県の多くの支援者、被災者の方もおっしゃっていたように、やはり10年を見据えて行なっていかなければならないと思います。


最後に、この項目の川柳にもありましたように、たとえば問題となっているがれきの処理や、福島第一原発の放射能の問題にしても、1年がたつごとに、なんとかさまざまな問題が解決していき、被災地が少しずついい方向へと変わっていくのが目に見えてわかることで、10年後にはぜひ奇跡とも言える復興を遂げていることを、ブロガーの1人として心よりお祈りいたします。



では、もし私のブログが来年も続いていたら、今度は東北・関東大震災が発生してから2年を迎えた記事を書かせていただきますね。