ジョージ・オーウェル『一九八四年』 | 文学どうでしょう

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一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)/ジョージ・オーウェル

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ジョージ・オーウェル(高橋和之訳)『一九八四年[新訳版]』(早川epi文庫)を読みました。

村上春樹の『1Q84』が話題になって、その直後に新訳版が出たのを覚えています。手に入りやすく、そして読みやすくなったのはいいことですね。以前旧訳で読んだ時はそれほど印象的な作品ではなかったんですが、今回読み直してみたら、結構面白かったです。

同じくジョージ・オーウェルの『動物農場』の方が、分かりやすくより面白いんですが、また違ったよさが『一九八四年』にはあります。

動物農場』と『一九八四年』は元にしている素材やテーマの重なりがあるのでしょうが、ある部分ではとてもよく似ていて、『一九八四年』では、『動物農場』におけるボクサーといううまなど、支配される側を主軸にもう一度とらえ直したバージョンと考えることも可能だろうと思います。

『一九八四年』では動物ではなく、人間の物語であること、そして恋愛が描かれていること、設定が近未来的なこと、が特徴としてはあります。1984年はぼくらにとっては近未来でもなんでもなく、もはや過去の話ですが、この小説が書かれたのは1948年らしいので、36年後の未来予想図ということになります。

今年は2011年なので、2047年を想像する感じでしょうか。そういえばウォン・カーウァイに『2046』という映画がありましたね。映像はすごく綺麗でしたよ。ストーリーを求めるとあれですが。まあそれはともかく。話を小説の方に戻していきます。

ディストピア〉という言葉をご存知でしょうか。〈ユートピア〉はなんとなく分かりますよね。理想郷のようなものを考えてもらえばいいと思いますが、こうであったらいいなあという理想の未来の世界が〈ユートピア〉です。ところがこの理想の未来が、ちょっと変な世界になってしまっていることがあるんです。

政府によって管理される世界であったり、身分の差がかなりあったり。そこで生きている人が到底幸せとは言えない窮屈な世界。そうした〈ユートピア〉とは真逆の世界のことを、〈ディストピア〉と言うんです。

この〈ディストピア〉はいわば現実の世界と裏返しの関係にあって、SFとは概してそういうものですが、社会主義などの批判になっていたりするわけですね。つまりこんな世界にしてはいけないでしょ、という風刺になっているわけです。『動物農場』がそうであったように、ソヴィエトへの批判の影が見え隠れします。

ディストピア〉小説としてよくあがるのが、ハクスリーの『すばらしい新世界』とレイ・ブラッドベリ『華氏451度』なんですが、『すばらしい新世界』はかなり読みづらかった印象があります。機会があったら読み直してみますね。折角の〈イギリス文学月間〉ですし。『華氏451度』は面白いです。本や芸術が禁止されて、それを燃やす役人が、本の大切さに気づくという、本好きにはたまらないSFなんです。

どこかで紹介した記憶もありますが、またおすすめしちゃお。〈ディストピア〉を描いた傑作アクション映画があります。『リベリオン』というやつです。これ大好きなんです、ぼく。

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世界観的には『華氏451度』に明らかに影響を受けているんですが、その管理社会の中で、巨大な権力に立ち向かう主人公がひたすらかっこいい一本です。ガン=カタといって、銃を手に持ってのバトルにしびれます。でもおすすめする度に、「う~ん、いまいちだった!」と言われます(笑)。いやめげませんよ、ぼくは。懲りずにプッシュしていきます。

もう思いついちゃったので、あと2本映画をおすすめしますね。まずは知る人ぞ知る傑作SF『ガタカ』です。

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人工授精での出産が当たり前になり、普通の妊娠で生まれた人間が差別されている近未来。ぼくらはどちらかと言えば、そちら側の人間なわけで、主人公にとても共感できるわけです。そんな差別間違ってるよ! と思いながら。

主人公は宇宙飛行士になりたくて、エリートの血液と尿を買って、そのエリートになりすますんです。宇宙へ生きたい主人公の夢は叶うのか? これも大好きですねえ。面白いです。また観たくなっちゃったな。

ラストは、これまた有名ですが、『未来世紀ブラジル』です。これは別にそれほど好きな作品でもないんですが、音楽が印象的なのと、雰囲気的には『一九八四年』に一番近いような気がするのであげておきます。

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SF映画を紹介できて、この記事にもはや一片の悔いなし! です。『リベリオン』と『ガタカ』はほんとにぜひ観てみてください。騙されたと思って! 特に『リベリオン』は最高です。いや『ガタカ』も捨てがたい。むむむ・・・。

作品のあらすじ


舞台は近未来。1984年。たぶん1984年だと思われるけれども、よく分からない。数年の誤差はあるかもしれない。それに、情報は全て政府によって管理されていて、政府が黒だと言ったら黒なんです。たとえ白でも黒。1984年と言ったら1984年なんです。なので、大体1984年です。

物語の主人公はウィンストン・スミスという男。39才。右足が少し悪い。自分の部屋に戻るところです。エレベーターの向かいの壁に、巨大な顔の載ったポスターがある。「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」と書かれている。

この〈ビッグ・ブラザー〉というのが、政府の親玉で、この国はこの〈ビッグ・ブラザー〉が統治しています。でも誰も本当の姿を見たことはない。〈ビッグ・ブラザー〉がいつからいるのかもはっきりしたことは分からない。

〈ビッグ・ブラザー〉の党のスローガンは3つ。「戦争は平和なり/自由は隷従なり/無知は力なり」というもの。党に反対することを考えたり、党の考えと合わないことを考えただけでも、〈思考警察〉に取り締まられてしまうんです。

捕まった人は、死亡ではなく、非存在として、存在していたことすら消されてしまう、そんな世界です。いつもどこかと戦争しているんですが、戦争している相手が違っていたりします。あとでウィンストンの仕事内容の時にちょっと触れますが、政府は情報を管理していますから、ずっと同じ国相手に戦争をしていたように情報を操作してしまうんです。

〈ビッグ・ブラザー〉を潰そうとしている陰謀組織があるらしく、〈ブラザー同盟〉と呼ばれています。ところが、この〈ブラザー同盟〉も本当にあるかどうかは分からない。

国民は、テレスクリーンという、双方向型のテレビみたいなもので、常に監視されています。世の中はいくつかの階級に分かれていて、大衆はプロールと呼ばれています。ウィンストンもやはりプロールを一段低く見ていながらも、ちょっと特別な思いを持ったりもしています。プロールにもちょっと注目しながら読んでみてください。

あと政府は言語を統制しようとしています。〈ニュースピーク〉という言語は、単語数がどんどん少なくなっていっているんです。たとえば〈反乱〉という語がなければ、〈反乱〉のことを考えられないだろうと、そういうわけです。とまあそんな世界観です。〈ビッグ・ブラザー〉率いる党がすべてを牛耳っている世界。

ウィンストンは真理省というところに勤める役人で、具体的な仕事内容はなにかというと、過去を書き換える仕事です。ここはSF的に時空をどうこうという話ではなくて、〈ビッグ・ブラザー〉の発言の整合性を合わせる仕事です。

本編にはないですが、分かりやすくたとえるとですね、〈ビッグ・ブラザー〉が「明日は晴れる」と言ったとします。ところが雨が降った場合、〈ビッグ・ブラザー〉の予言は外れたことになってしまいます。〈ビッグ・ブラザー〉は常に正しいはずなので、それはおかしい。

そこで、〈ビッグ・ブラザー〉の「明日は晴れる」の発言が載っている新聞記事を、後から書き換えてしまうわけです。〈ビッグ・ブラザー〉が「明日は雨が降る」と発言したという風にする。ウィンストンはそうした書き換えの記事を書く仕事をしています。

ところがウィンストンは、純粋に党に忠誠を誓っているわけではなく、かといって反乱を起こそうというわけでもないんですが、なんだか変だな、くらいには思っているわけです。むしろ強い好奇心がある。〈ビッグ・ブラザー〉統治以前の昔と今はどこがどう違うのか。自分の知っている過去と、〈ビッグ・ブラザー〉の党が言う過去ですら食い違いがあるわけで。

現在では、チョコレートや砂糖、コーヒーなどの嗜好品は、政府の作るにせもののようなものしかなく、本物はほとんど手に入らない。ウィンストンはこどもの頃にチョコレートを食べた記憶があったりもするんです。そしてそれにまつわる苦い記憶も。そうした疑問や好奇心から、ウィンストンは〈思考警察〉に見つかったらただちに処罰されるような日記を密かに書き始めます。

ある時、黒髪の女に手紙を手渡される。ウィンストンがずっと〈思考警察〉だと思っていた女。ウィンストンが恐る恐る手紙を見てみると、こう書かれていました。「あなたが好きです」

ウィンストンと黒髪の女、ジュリアは密かに愛し合うようになります。〈思考警察〉に見つかったら、すぐさま処罰される危険な逢瀬。いたるところにあるテレスクリーンに見つからないように、人ごみで横に並んで他人のように歩きながら、断続的に話をしたりします。

ジュリアがどういう女性かは、まあ実際に読んでのお楽しみということにしますが、純粋な娘というわけではないのが、ちょっと面白い設定だと思います。

この辺りのウィンストンとジュリアの逢瀬は、戦時下に戒厳令の出ている時に似ている感じです。SF的というよりは、戦争を描いた物語の場面に似ています。

〈ビッグ・ブラザー〉の監視が常にある世界。ウィンストンとジュリアの2人の愛の行方はいかに!?

とまあそんな話です。後半は後半でぐっと物語が動きます。謎の101号室が出てきます。誰もが恐れる101号室とは?

2+2の答えはなんだと思いますか? 4だと思いますか? 違います。2+2の答えは・・・詳しくは本編にて。近未来を舞台にした小説なので、設定を飲み込むまでにやや時間がかかりますが、ジュリアが出てくるところまではがんばって読んでみてください。そこから先はわりとスムーズに読んでいけます。引き込まれます。

活字はわりとぎっしりというか、会話文が少なめなので、読みやすい小説ではないですが、設定がずば抜けて面白いです。ラストもすごく考えさせられます。こんな社会はいやだ、ですよ。興味を持った方はぜひ読んで見てください。

明日は、スティーヴンスンの『宝島』を紹介する予定です。