オルダス・ハックスリー『すばらしい新世界』 | 文学どうでしょう

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すばらしい新世界 (講談社文庫 は 20-1)/ハックスリー

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オルダス・ハックスリー(松村達雄訳)『すばらしい新世界』(講談社文庫)を読みました。

これはもうあれなんですよ、内容云々の前にですね、タイトルが覚えづらいです! ぼくだけかも知れませんけど・・・。「すばらしい新世界」なのか、「素晴らしい新世界」なのか、はたまた「すばらしき新世界」なのか、ごっちゃになります。「新世界より」だったかなあとか混乱したり。

というか、あれですよね、作者のハックスリーの時点でまだ統一がないですよね。岩波文庫などでは、ハクスリーと表記されたり。肝心の『恋愛対位法』も今はもう手に入りづらいし・・・。すみません単なる愚痴です。図書館で予約する時にすごく探しづらかったんですよ。苦労しました。

タイトルの原題はかっこいいです。「BRAVE NEW WORLD」。シェイクスピアの『あらし』から取られていたと思います。覚えづらいとか苦情を言いながらも、いいタイトルだと思います。「すばらしい新世界」が単に素晴らしい世界を意味しているわけではなく、皮肉な意味合いを持って響いてくるのが面白いです。

そんなこんなで読んでみました『すばらしい新世界』。わりと最近、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を読んだ辺りから、〈ディストピア〉小説というのを少し意識して読んでいるんです。

ディストピア〉というのは、〈ユートピア〉(理想郷)の反対で、こんな未来はいやだ! という世界を描いたものです。多くは全体主義(個人を犠牲にしてでも全体を重視する主義。多くは独裁政権)の管理社会の否定が描かれます。つまり、ソ連などのアンチテーゼなり、風刺なりになっているわけですね。

『すばらしい新世界』は、小説や映画の中でよく出てきますし、未来を予測した書みたいな言い方がされることもあります。どういう未来世界かというとですね、子供はすべて壜から生まれてくるんです。人工子宮から。子供を作るのに生殖が必要ないとすると、性行為がそれほど大きな意味合いを持たなくなってきます。

『すばらしい新世界』の中では、子供の頃から、性遊戯が自然に行われます。性的関係がすごくフランクに行われているんです。避妊薬帯(マルサス・ベルト)があるから、妊娠しないので、すごく自由なんです。女性は子供を産まないから、母親という概念はなく、家族という概念もない。

仕事はどういう風に割り振られているかというと、産まれた時点で階級が分かれているんです。アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、エプシロンなどの階級に分かれています。それぞれ階級ごとに違う色の服を着ています。

これはもうひどい話なんですが、階級ごとにあえて細工をして、頭がよく働かないようにしてしまうんです。たとえば、エプシロンに産まれると決まった子供には、肉体労働を延々やってもなんの疑問も抱かないような知能にしてしまう。それから、ボカノフスキー法といって、まあクローンをイメージしてもらうとよいですが、わざと双子のようなものをたくさん作るんです。

同じ顔の人々が、何の疑問もなく辛い仕事をするわけです。

睡眠時教育法(ヒプノペーディア)というのが発達していて、それぞれの階級にあわせて、音声で考えを吹き込みます。ベータならベータに産まれてきてよかったなあと思わせるわけです。

怒ったり、悲しんだりなど、ちょっと気分が悪くなった時には、ソーマという薬を飲みます。副作用のないお酒をイメージしてもらえばいいですが、飲むとハッピーになれる。そうすることで、嫉妬も争いもない世の中なんです。まさにすばらしい新世界!

触感映画(フィーリ)といって、実際に体感できる映画を観に行ったり、障碍ゴルフをやったりして楽しく暮らしています。そんな世界のお話。

設定がちょっと分かりづらいですか? 大丈夫でしょうか。もし難しいようだったら、とりあえずは、子供はすべて壜から人工的に産まれること、階級があることさえ覚えてもらえれば大丈夫です。嫉妬や悩み、争いがない世界です。性的にすごくフリーな世の中。

段々と内容に入っていきますね。まずはキャラクターの紹介から。

すばらしい世界をすばらしい世界の住人が見ても、なんの疑問もないわけですよね。そこで、ある2人の人物が主要なキャラクターとなってきます。バーナード・マルクスと、野蛮人(サヴェジ)のジョン。この2人が新世界を独特の見方、あるいは我々読者に近い見方で見ることによって、新世界の本当の姿が浮かび上がってきます。こんな世界で本当にいいのかと。

もう1人重要な人物をあげるとするなら、ヒロインとも言うべきレーニナです。ふっくらした身体をしているレーニナ。性的にフリーな世の中なので、誰とでも性的関係を持っているレーニナ。野蛮人(サヴェジ)のジョンに恋をするけれど・・・という展開になります。

バーナード・マルクスは、階級的にはアルファなんですが、赤ん坊の頃にガンマと間違えられたらしく、血液代用液にアルコールを混入させられてしまったらしいんです。つまり、階級的には高いのに、身長など見た目が周りの人々と違うんですね。

階級が下の人々に命令する時も一々自分がアルファであることを誇示しなければならないし、女の子にもモテない。そういうコンプレックスがあるキャラクターです。

野蛮人(サヴェジ)のジョンは、これまた特異なキャラクターで、蛮人保存地区で産まれ育った人物です。つまり、普通の出産で産まれてきた男。ジョンの母親は、階級が高い女性だったんですが、たまたま蛮人保存地区に行った時に、はぐれてしまい、しかもなぜか妊娠してしまっていたんです。つまり、ジョンの父親も、階級の高い人間なんです。

そんなわけで、ぼくら読者に近い価値観を持ったジョンが、すばらしい新世界を見ることによって、様々なことが浮かび上がってくるという仕組みです。

バーナード、ジョン、それからレーニナに注目して読んでいけば大丈夫です。

作品のあらすじ


冒頭は、施設を案内しながら、所長が見習い生たちに、いかにして人工的に子供が作られるかというのを詳しく教えていくところから始まります。ここは読者への世界観の説明にもなっているので、ふむふむと読んでいけば大丈夫です。

途中でムスタファ・モンドという世界の10人の総統の1人が出てくるところからがちょっと厄介で、話の筋が一部断片的になります。つまり見習い生への説明と、もう1つ違うところの場面が交互に描かれるわけです。

見習い生への説明はそのまま読めば大丈夫ですが、もう1つの場面では、レーニナ・クラウンとバーナード・マルクスが出て来ています。2人を繋ぐような形でヘンリー・フォスターというキャラクターも登場しています。フォスターとレーニナは付き合っているんですが、バーナードもレーニナと付き合いたいと思っています。

バーナードが、レーニナを蛮人保存地区に行ってみようと誘うんです。この辺りからぐっと読みやすくなってきます。蛮人保存地区とは、つまり普通に結婚して、出産してという風に、ぼくらの社会と同じようなやり方で暮らしているところです。バーナードとレーニナは、そこでジョンと出会い、ジョンを新世界に連れて来ます。

ジョンは野蛮人(サヴェジ)と呼ばれてみんなの注目を集め、ジョンと一緒にいるバーナードもそれだけで人気があがります。一方、ジョンとレーニナはお互い惹かれあいますが、ジョンはレーニナのように性的にフリーな考えではないわけですから、簡単に手は出さないわけです。レーニナにとっては、それが不思議で仕方ない。ジョンとレーニナがどうなるのかにも注目です。

物語のクライマックスでは、世界の10人の総統の1人であるムスタファ・モンドとジョンの議論になります。エプシロンという階級をあえて作っていることが不思議なんですね。クローンのように同じ人物を、しかも頭がうまく働かないようにして作っているわけで。ジョンはこう問いかけます。

「ぼくにはふしぎでならぬのですが」と野蛮人は言った、「なぜあなたはあんなものをお造らせになるんでしょうかーーあの壜の中からどんなものだって好きなように生み出せるというのに。なぜあの人間製造の仕事の際にすべての者をアルファ・ダブル・プラスになさないのでしょう?」(257ページ)


総統は何と答えたと思いますか? 気になる方はぜひ本編を読んでみてください。ただ、この答えを聞いた時にぼくはこう思いました。これは未来のことを書いた書ではないんだと。たしかにクローンや、人工授精など、近未来を予想したという予言的側面もあるかもしれません。

しかしそれ以上に、これは社会の構造を描いた小説だと思うんです。このジョンと総統の議論によって浮かび上がってくる社会の構造というのは、近未来のものではなく、この小説が書かれた当時も、そして現在もあり続ける社会の構造です。

その矛盾をぼくらは崩せない。直接的な操作ではないにせよ、今なお無数のエプシロンが生み出され続けているとも言える、現在の世の中の仕組み。そこに気がついた時に思わずぞっとしました。みなさんはどうお感じになるでしょうか。

物語のラストも何が描かれているのか、少し読みづらいところがありますが、名前などに注目しつつ、じっくり読めば分かると思います。すごく盛り上がります。『蠅の王』なみに。ある種の恐ろしさがあります。

ジョンがずっとシェイクスピアの台詞を喋るのも印象的です。文化のないところに一番文化的なものがあるという皮肉。新世界にシェイクスピアはないんです。全部、触感映画(フィーリ)にとってかわられています。新世界と蛮人保存地区との比較で見えてくるものとは一体なんでしょうか。

若干の読みづらさはあるんですが、世界観が抜群に面白い1冊です。「すばらしい新世界」は本当に素晴らしいのか? 生殖の意味合いから離れ、性的にすごくフリー。悩み事はすべてソーマという薬でハッピーに解決できます。嫉妬も怒りも苦しみもない世界。すごくいいですよね。

じゃあ一体なにが問題なのか? バーナードと一緒に、あるいはジョンと一緒にみなさんも色々考えてみてください。

おすすめの関連作品


リンクに映画を2本。

以前も紹介しましたが、人工授精の世の中、階級社会を描いた傑作SFと言えば、『ガタカ』をおいて他にありません。普通に産まれた主人公が、エリートの血や尿を買って、そのエリートになりすまし、宇宙飛行士になろうとする物語です。面白いですよ。

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環境の違う男女のラブストーリーと言えば、ディズニーアニメの『ターザン』でしょう。

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ぼくは『ターザン』がすごく好きで、たぶんターザンが言語を覚えようとするところが好きなんだろうと思います。あと、どう考えてもハッピーエンドにならない話ですよね、ジャングル育ちのターザンと都会育ちの女性のラブストーリーなわけで。結局は離ればなれになる運命。それが、ああこういうラストなのかあと唸らされる感じがすごくいいです。

興味を持った作品は、ぜひ観てみてくださいね。