ウィリアム・ゴールディング『蝿の王』 | 文学どうでしょう

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蠅の王 (新潮文庫)/ウィリアム・ゴールディング

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ウィリアム・ゴールディング(平井正穂訳)『蝿の王』(新潮文庫)を読みました。

最高の小説の1つかもしれません。この『蝿の王』の話です。震えるような衝撃がいまだ去りません。心の中の鐘をぐわんと叩かれたような、そしてその音が体じゅうに鳴り響き続けているような、そんな感覚があります。

ぼくがこのブログで星や点数をつけたりしないのには、理由があるんです。点数をつける場合には、100点の小説というのが自分の中になければならないのでは、と思っているからです。理想の形としての100点の小説があって、そこから足りない部分を減点していくというやり方です。

フィギュアスケートや世界体操なんかの採点と同じで、難度で大体の点数があって、ミスをすると減点という感じです。点数をつけるということは、多くがこうした減点方式だろうと思います。

ところが、そうした評価に絶対必要な、理想の形としての100点の小説を想定するのが難しいんです。これはすごく難しい。どんな小説が100点かということは、どのように生きた人生が100点かを決めるのと同じくらい難しいのではないでしょうか。

それぞれ違っていてよくて、きっと正解はないんだろうと思います。だからぼくは点数をつけないんです。その小説のいいところを探していきたいと思っているので。

そんな中で、1つの到達点がこの『蝿の王』なのではないかとも思うんです。もしかしたら、ぼくが100点をつけるかもしれない小説。

すごく面白い小説ですが、ぼくが好きなタイプの小説ではないです。明るく楽しくハッピーな話ではなく、残酷でグロテスクでおぞましい話。それでも物語に夢中にならざるをえないですし、減点しようにも減点すべき部分が見当たらない。

登場人物の造形、物語の展開、描かれるいくつかの抽象的なイメージ、ラストに至るまで、すべて完璧な構造を持っています。ある意味において理想の小説です。興味を持った方はぜひ読んでみてください。決して楽しい話ではないんですが、ずば抜けて面白い小説です。ほんとです。おすすめです。

どういう話かを簡単に言いますね。ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』をイメージしてみてください。なんとなく分かりますよね、こどもたちだけが無人島に取り残されてしまう。そんな中でもみんなで力をあわせて困難に立ち向かっていく。その姿は美しく、読者に冒険のわくわくと勇気を与えてくれる。

基本的なコンセプトはそれと同じです。でもちょっとだけ違うんです。いわばブラック版『十五少年漂流記』。こどもたちが島に取り残される。みんなで力をあわせてやっていこうとする。そうしてリーダーを決めて、みんなでルールを作る。ところがルールは守られない。やがて仲間の中で、格差が生まれてしまいます。自然といじめられるこどもが出てしまう。

楽しいだけの生活ではなくて、社会の縮図のようなものができてしまうわけです。なぜなんだろう? とぼくは不思議に思います。肩書きや経歴は関係なく、生身の人間だけがそこにいるのに、平等で平和なグループにならない。でもきっとそれはそういうものなのでしょうし、ある意味ですごくリアルです。

グループは分裂し、やがて激しい争いを生みます。あらすじの紹介で多少触れますが、島には獣がいるらしいんです。その獣に捧げようということで、豚の頭を棒にさしておいておく。そこに蝿がたかる。これが蝿の王です。なんともグロテスクなイメージですよね。獣や蝿の王は、やがてはより抽象的なイメージになっていきます。

そうしたこどもたちの中で生まれる軋轢から、人間の残酷で愚かな本性をあぶり出した傑作小説なんです。どうでしょう、少しは興味を持ってもらえたでしょうか。そんなの読みたくないよ! という方もいらっしゃるかもですが(笑)。

あらすじ紹介の前にいくつかリンク的な作品をあげておきます。

まず、マンガですが、楳図かずおの『漂流教室』というのが結構コンセプトとして似ています。学校が荒れた土地に行ってしまって、こどもたちだけ取り残されるんですね。そして、誰がリーダーになるかで揉めるなどします。こちらもかなり面白いです。おすすめですよ。

漂流教室 全巻セット (小学館文庫)/楳図 かずお

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つづいては映画です。『es』というドイツの作品。これも面白いです。

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公募された人々が集まって、囚人役と看守役に分かれるんです。そうした心理実験なんですね。本当の囚人でも看守でもないのに、段々と本当の力関係が生じていき、囚人役の人間は看守役の人間に虐げられていくという物語です。

人間の心理の闇と暴走を描いた傑作映画です。そうした心理の変化が、『蝿の王』と似た部分があります。

最後に小説です。高見広春『バトル・ロワイアル』です。

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『バトル・ロワイアル』は島に連れていかれた中学生が様々な武器を手に殺しあうという話なので、あまりおすすめもしづらいんですが、誰がどのように生き残るかというアイディアが面白いですし、ぼくは結構好きな小説です。

『蝿の王』は『バトル・ロワイアル』ほど露骨な殺し合いという感じではないですが、島の雰囲気とか、追い詰められた人間の心境とか、重なって来る部分があると思います。

以上3作、興味がある方はぜひ観たり読んだりしてみてください。逆に言えば、上の3作が好きな方は、ぜひ『蝿の王』を読んでみてください。きっと楽しめるはずです。

作品のあらすじ


ほとんど子供しか出てきませんが、覚えておくべきなのは3人です。ラーフ、ピギー、ジャック。あと余裕があれば双子が出てきますので、双子も覚えておくとよいです。

子供たちが乗っていた飛行機がなんらかのアクシデントで、ある島に落ちてしまったらしいんです。

金髪の少年が、メガネをかけた太った少年と出会うところから物語は始まります。金髪の少年がラーフで、メガネをかけた太った少年がピギー。ピギーは本当はピギーではないんです。学校でつけられていたあだ名では呼ばないでくれと言うんです。その呼んでほしくないあだ名がピギー。つまり「豚ちゃん」という意味です。

するとラーフは、ピギーのことをピギーと呼んでからかいます。それ以来ピギーはピギーになってしまう。やがてラーフとピギーはほら貝を見つけます。

ほら貝をふいて、島にいる子供たちを集めます。小さい子供から大きな子供まで。みんなのリーダーを決めようということになり、ラーフが選ばれます。ラーフはいわゆるリーダーっぽい感じではないんですが、落ち着いた態度と、ほら貝を持っていることから特別な存在に見えたんです。

リーダーっぽい感じなのは、ジャックという少年。ジャックは合唱隊のリーダー的立場なので、合唱隊を率いて狩猟隊を作ります。

子供たちはそれぞれの役割で分かれます。船が通った時に分かるように、のろしをあげておく係。雨が降っても寝れるように家を作る係。そして食料を手に入れる係。

火をつけるのにも一苦労です。ピギーのメガネを使って火をつけます。ここからぐっと面白くなってきますよ。島には豚がいるんです。でもみなさん、想像してみてください。目の前に豚がいて、たとえばその豚が身動き出来ない状態だったとしても、その豚を殺して、調理できますか?

ぼくらはそういった残酷なところを見ないように、気がつかないようにして日々生活しているような気がします。肉を食べるということは、本質的には命をいただくということなんですが、あまり気にも止めない。

狩猟隊も当然戸惑います。殺せない。ましてや野生の豚ですから、とらえるのも一苦労です。でもお腹は空く。殺したくない。でも食べなければ自分たちが死んでしまう。大きな逡巡があったと思います。ここで狩猟隊、特に狩猟隊のリーダーであるジャックは一線を越えるわけです。

ある時、船が通ります。ラーフとピギーが山頂を見ると、のろしがあがっていない。ジャックたちに会うと、豚を捕まえたといってはしゃいでいる。豚を捕まえるのに人手がいるというので、のろしをあげる係の人間も使ってしまったんですね。

この島から助かる唯一の方法は、のろしをあげ続けることなんですが、狩猟隊は豚を殺すことに夢中になってしまい、それに気がつかないんです。

やがてラーフとジャックは対立状態になります。他の子供がどちらにつくかは、本編のお楽しみということで。

ある小さな子供が、獣を見たというんです。その子供は姿を消してしまう。それ以来、みんなの心に獣への恐怖が生まれます。

狩猟隊は顔に模様を描いて、蛮族のような格好で島を駆け巡りはじめます。対立が生まれてしまった子供たちは島でどのように暮らしていくのか? 獣はどんな恐ろしい生き物なのか? 子供たちは無事にイギリスに帰ることができるのか!?

とまあそんなお話です。ラーフとジャックがリーダーの座をめぐって争う重要な人物なんですが、この物語では、ピギーがなにより重要なんです。太っていて、メガネがなければほとんどなにも見えないピギー。なぜかみんなに小馬鹿にされ、からかわれるピギー。ラーフにさえいじめられます。

ところがピギーは常に物事をしっかりと考え、ちゃんと意見を言っているんです。周りの人間は耳を貸しませんけども。このラーフ、ジャック、ピギーの人間関係は本当に上手に設定されていると思います。それぞれのキャラクターが生きています。

獣への捧げものといって、豚の頭を棒にさします。そこに蝿がたかる。この蝿の王にまつわる話もすごく印象的なんですが、そこはぜひ本編を読んでみてください。

こどもたちの無人島での生活を描いた小説です。明るく楽しい生活ではなく、どんどん醜くて愚かな人間の本性が現れてくるグロテスクな作品です。もし自分がこの島にいたら? と考えるとぞっとして鳥肌が立ちます。

描かれる人間関係、特に誰がリーダーになるかという争い、組織の維持の困難さ、正しいと思うことを実現する難しさが描かれています。そうした部分は、読者の現実生活とも重なる部分があると思います。そこに獣や蝿の王など、抽象的なイメージが重なっていきます。さらに痛ましい事件がいくつか起こり、読者を驚愕させます。

ある意味において、非常にショッキングな小説です。それだけにすごく面白い小説です。ほとんど完璧といってよい小説だろうと思います。少しでも興味を持った方は、ぜひ読んでみてくださいね。かなりおすすめの1冊です。