脱走。 | 元U-20ホンジュラス代表GKコーチ・山野陽嗣の「世界一危険な国での挑戦」

脱走。



ホンジュラスで最も難しいアウェー戦。第3節。VSデポルテス・サビオ
の続きです。



「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -VSオリンピア。2013年8月24日(日)①


 体重計に乗って、驚きました。何と、「68kg」しかない…。僕のベスト体重は「75kg」前後。選手時代は最高で「78kg」ありました。それが現在は、たったの「68kg」…。体重が70kgを切ったのは、大学生時代の2001年以来、実に「12年ぶり」。横のふっくらしたコーチと比べれば、その痩せこけ具合は歴然としています。

 日本の皆さんから「ちゃんとご飯を食べていますか?」と心配されるのですが、ご飯自体はちゃんとたくさん食べています。しかし例の「不衛生度MAX・プライバシー0(ゼロ)・サソリも出る最強最低クラブハウス 」でのとんでもない共同生活が知らぬ間に僕の心身を疲弊させていったのか…みるみる痩せこけていき、ご覧のような、ヒョロヒョロな身体となってしまいました…。

 ちなみに下は約3ヶ月前…昨季、レアル・ソシエダで準優勝 を成し遂げた時の写真です。まだ頬にしっかりと肉が付いています。もちろん、当時もいろいろ大変な事 はありましたが、チームと、スポンサーであり恩人であるドン・レネ からは「1人暮らしができる部屋」と食費を準備され、日常生活(衣食住)はとても安定していました。今の劣悪な生活環境とは「天と地ほどの差」と言っても過言ではないほど対照的…。レアル・ソシエダ時代と比べて、僕の体重は「約7kg」も減りました…。

「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -Gran Final VS Olimpia en Tegus.5.19⑦


 「例え痩せこけてガイコツ状態になっても、夢を実現する」

 強い気持ちでパリーヤス・オネに合流してからの2ヶ月間を、魂で戦ってきました。一向に準備される気配がないチームから約束された「1人暮らしができる部屋」…「地獄」という言葉でさえ生ぬるいと感じるあの「クラブ・ハウス」での共同生活…。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、サソリの攻撃をすんでの所でかわしてどうにかここまで生き延びてきましたが、状況は好転するどころかむしろ悪化の一途…。そんな中、とうとう僕の堪忍袋の緒が切れる事態が発生しました。

 僕の所有物が、どんどん無くなっていく…。最初は水や石鹸など大した物ではありませんでしたが、ある日、練習から帰ってみると、何と僕の「ベッド」がそのまま無くなっていたのです。これには愕然…。というか、恐怖を感じました。

 実は僕が寝ている部屋は全くもって寝室でも何でもなく、ただの台所横のスペース。よって当然、鍵もなく、いつでも誰でも出入り可能…。しかも、家の玄関の鍵もチーム事情で夜寝る時もかける事はできず、泥棒や強盗でさえもいつでも出入り可能という、治安が最悪なホンジュラス(殺人発生率世界一)において致命的なセキュリティー状態に陥っていました。僕が6人の選手と共に雑魚寝生活を送っていたこの「台所横のスペース」は、次々、選手がクビになって人数が減っていき、他の選手は空いた他の鍵付きの部屋に移動(僕もその鍵付きの部屋に移動したかったが、問答無用で却下された)。僕だけがこの危険な「鍵なし台所横スペース」に放置される事となりました。

 毎日「強盗が入ってきたら命はないな…」と考えると怖くて安心して夜も眠れず、ついには上記したように「練習から帰ってくるとベッドが無くなってる事件」が発生…。僕の不安と恐怖はピークに達し、

 「まだ大切な物は盗まれていないが、このままここに居たらいずれ取り返しがつかない事態が起こる。命がある内に、一刻も早くここを離れなければならない」

 …と、これまでの長年の「修羅場生活」の経験から直感で感じ、この「クラブハウス」を出る事を決断…。

 しかし「出る」と言って簡単に出れるものならこんな所に2ヶ月間も居なかった訳で、ここを出るには大きな障害が存在しました。

 ここパリーヤス・オネのホームタウンである「Tela(テラ) 」は美しいビーチがある観光地で、アパートなどの家賃が高いのです。それを自力で払うのは困難…。よってチームから「1人暮らしができる部屋」を無料で準備してもらう事になっていたのですが、その約束は全く果たされる気配すらなく完全に滞り、よって出るに出れず、2ヶ月間もこの「クラブハウス」での生活を余儀なくされる事となったのです…。

 チームに相談してもこの問題を解決してもらえる可能性は低いと考えた僕は、近所の行きつけの食堂のおばさんに、いかに「クラブハウスが危険で地獄絵図か」を必死で訴え、「俺は自分の大切な物を盗まれたくないし、死にたくもない。この問題が解決されないならチームを辞めてこの場を去る。1日、いや1秒でも早くここを出なくてはならない。一刻を争う緊急事態だ」と魂の叫びを伝えました。


 すると…そこに「救世主」が現れたのです。


 この僕の話を聞いた近所の食堂のおばさんの姉が「こんなに可哀想な事はない。私の家には全く使ってない部屋が2つあるから、その内の1つをYojiが自由に使いなさい。すぐに私の家に引っ越しなさい」と、救いの手を差し伸べてくれたのです!!!!!


 あ、あなたは「女神」ですか…!!!???(涙)

 
 「リアル北斗の拳」の世界に、女神が降臨した瞬間でした。


 こうして僕は、命からがら、ついにあの「クラブハウス」を脱出…。僕はクラブハウスの住人(選手たち)には絶対にどこに引っ越すのかを知られたくなかったので(てか、ベッドを盗んだのは間違いなく選手たちなのです。僕は彼らの事をそういった意味で全く信用していません。だから、どこに引っ越すのかも誰にも教えたくなかったのです。知られると危険なのです)、選手の目につかないよう昼の内に荷物だけは近所の食堂のおばさんの家に移動させ、練習後、夜に誰にも見つからないよう、その荷物と共に姉の家にこっそり移動…。正に、夜逃げ。「脱出」というか、もはや「脱走」です。





 引っ越し先の部屋に着き、僕は感動して涙が出そうになりました。

 目の前に広がる、念願の「1人暮らしができる部屋」…。ここにはプライバシーがある。衛生面もしっかりした綺麗な部屋に、鍵もTVもある。誰にも邪魔される事なく1人でゆっくりできる空間がある。しっかりとしたセキュリティーがある。その全てが、この2ヶ月間、一切なかったもの…。ずっと待ち望んでいたものが、そこにはありました。これでやっと泥棒と強盗とサソリの恐怖に怯える事なく、安心して眠れる…(逆に初日の夜は、あまりの感動と興奮でよく眠れませんでした)。とにかく、僕の「人生の危機」に救いの手を差し伸べてくれた「近所の食堂のおばさんの姉」には感謝の気持ちで一杯…。本当に、ありがとう、ありがとう、ありがとう…。


 「第4節VS最強オリンピア。今季初のホーム戦」の3日前に、突如、実現した「クラブハウスからの脱出(脱走)」…。僕のテラでの生活は、「第2章」へと突入しました。

 
 果たして今後、「失われた体重」は元に戻るのか…?


 そして、「第4節VS最強オリンピア。今季初のホーム戦」の結果は…?


※これが現在、僕が住んでいる「近所の食堂のおばさんの姉」から借りた部屋です。日本では当たり前のように住めるごく普通の部屋ですが、今の僕にとっては正に「夢空間」…こんなに幸せを感じる事はありません。今日も安心して熟睡できます!!ぐぅぐぅ

「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -部屋。2013年9月6日(金)



つづく


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