新たな戦いの始まり。 | 元U-20ホンジュラス代表GKコーチ・山野陽嗣の「世界一危険な国での挑戦」

新たな戦いの始まり。


 皆さん、お久しぶりです。あまりに久しぶり過ぎて、ブログの書き方を忘れそうでした。こんなに長期間ブログを書けなかったのは、2005年にブログを始めて から8年間で初めてかもしれません。

 レアル・ソシエダでの戦いを終えてから、およそ3ヶ月が経過。「1部昇格1年目で準優勝 」&「リーグ最小失点 」というホンジュラスリーグ50年間の歴史に残る快挙を成し遂げたとは言え、それですぐに次のチームが決まるほど甘い世界ではありませんでした。

 待てど待てど一向にオファーは届きません。実は僕はオリンピアとの壮絶な決勝・第2戦の後(5月)に日本に帰国する航空券を、すでに日本に居る時に予約して持っていました。この航空券は一応、日程を変更できる事はできるのですが、あろう事か、6月~10月の間には変更不可…11月~12月にしか変更できません。つまり、5月に日本に帰国せずに航空券の日程を変更した場合、11月~12月までは日本に帰国できないのです。

 どうすべきか本当に迷いました。全くオファーがない、いつオファーがくるのか、それどころか本当にオファーがくるのかすらも分からない状況下で日本帰国の航空券の日程を11月~12月に変更して、もしこのまま何もオファーが届かなかったから、ホンジュラスで半年以上、路頭に迷う事になります。こんな不透明な状況下で航空券の日程を11月~12月に変更するのはあまりに危険でバクチに近いのですが、最後は「まだまだホンジュラスでやり残した事がある。このままでは日本に帰国できない」という自分の中の強い気持ちで、航空券の日程を11月~12月に変更する事を決意…。これにより、もし各チームのプレシーズンが始まる6月下旬までにオファーが届かなければアウト(路頭に迷う)…もはや後戻りはできない状況となりました。

 しかし…。「必ずチャンスはくる」と信じて下した決断(11月~12月まで帰国しない)でしたが、それ以降も何1つオファーは届きません。オファーが届く気配すらない…。刻一刻と時間は流れ、オリンピアとの決勝・第2戦が終了してから、とうとう1ヵ月半が経過…。オフ期間も終わり、6月も下旬に差し掛かってホンジュラスリーグのほとんどのチームがプレシーズンを開始した状況となっても、全く何もオファーが届かない…。もはやここまでくると、オファーが届く可能性は「ほぼ、ない」と言っても過言ではありません。完全に崖っぷちに追い込まれ、ジョーダンとかではなく、本当に「ホンジュラスで路頭に迷う」事を覚悟しました。

 そんな中…。6月30日。1本の電話が僕のもとにかかってきます。

 電話の相手は、今季、クラブの歴史上初めて1部リーグに昇格した「Parrillas One (パリーヤス・オネ)」のチーム関係者でした。


 「GKコーチとしてYojiを必要としている。明日から始まるプレシーズンに合流して、GKコーチを務めて欲しい」

 
 もう無理か…と諦めかけていた時に届いた、これまで一切、接点がなかったチーム、パリーヤス・オネからの突然のオファーでした。

 こうして僕は瀬戸際で路頭に迷う危機を脱し、1部リーグに昇格したばかりのパリーヤス・オネでGKコーチを務める事となりました。これにより「ホンジュラス代表GKコーチになってW杯に出場し、日本代表を倒してベスト16以上に進出する」という人生最大の夢であり目標 への挑戦も首の皮一枚で繋がり、かろうじて継続される事となりました。

 これで一件落着…といきたいところですが、そうはいかないのが「ありえない!がある!」ホンジュラス…。

 ここから本当の「修羅場」が始まる事になろうとは、この時の僕はまだ知る由もありませんでした。


 夜にオファーの電話がかかってきて、次の日からチーム練習に合流しなければならないというドタバタ劇。しかも僕が居た場所からパリーヤス・オネのホームタウン「テラ(Tela )」までは遠く、オファーの後、夜に大急ぎで荷造りを完了させた後、翌日の早朝に出発してバス2つを乗り継ぎ、長距離移動を経てテラに上陸して、何とかチーム練習に合流…。

 1ヵ月半オファーが届かず苦しい日々を過ごしましたが、何もせずボ~と待っていた訳ではありません。3週間はシーズンの心身の疲労を癒す事に専念しましたが、その後はレアル・ソシエダ時代のチームメイトでレッジーナ、フィオレンティーナ、ジェノア、パルマ、トリノ、メッシーナなどイタリアで10年間プレーしたホンジュラス歴代最高のファンタジスタであるフリオ・セサル・デ・レオン が創設したサッカースクールでGKコーチとして働きながら、いつチャンスがきても対応できるように、キックの精度とコーチとしての感覚を維持。おかげでパリーヤス・オネでは、合流初日から自分のリズムでGKたちをイメージ通りに指導でき、シーズン開幕に向けてGKたちの調整は順調に進んでいきました。

 一見、何も問題なく平和に物事が進んでいるように見えますが、順調なピッチ内の調整とは対照的に、ピッチ外は問題だらけで私生活は崩壊していました。

 チームから約束された「1人暮らしができる住居」は一向に準備されず、クラブハウス(とは言っても日本のイメージとはほど遠く、単なるボロい選手たちが住む家」に大量の選手たちと共にブチ込まれたまま放ったらかしにされ、時間は経過…。しかもプレシーズン期間は数え切れないほどの練習生が日替わりでこのクラブハウスに寝泊りし、僕は小さな1人用の部屋(トイレも何もない)で6人の選手たちと雑魚寝…という生活を余儀なくされます。自分の中には「コーチは選手たちと友達になってはいけない。選手たちとは一定の距離を置かなければならない」という哲学があるのですが(だから1人暮らしができる住居をチームに要求した)、距離を置くも何も、隙間がないほど狭い部屋に選手たちと雑魚寝状態で生活しているため、距離の置きようがありません。

 これだけならまだ何とかなったのですが、この「クラブハウス」の恐怖はこんなものではありませんでした。狭い家に大量の選手(30人以上)が生活しながらトイレは1つしかないため、みんなが家の中や敷地内の至る所で好き放題に用を足し、そこかしこが尿だらけになって、クラブハウス全体が耐え難い異臭に包まれます。さらにあらゆるゴミもそのまま家の中や敷地内に放置され、ゴミ屋敷状態…。「1つしかないトイレ」は使用済みのトイレットペーパーで埋め尽くされ、誰も手が付けられない惨状…(このトイレは先日、僕が魂で1人で掃除し、どうにか綺麗になりましたが…。ちなみに日本と違って海外の大半の国が、トイレットペーパーをトイレに流せません。流すとトイレが詰まって故障するからです)。

 これだけでも充分に「修羅場」なのですが、この「クラブハウス」の恐怖はこれに止まりません。大量の蚊やゴキブリが出るのはもちろん、何とこのクラブハウスは猛毒を持つ「サソリ」が頻繁に出没するのです。共に雑魚寝するルームメイトが次々にサソリに刺されていく状況下、恐怖で安心して眠る事もできません。僕は自分のベッドの上にサソリが上がってこないようにするため、「ねずみ返し」ならぬ「サソリ返し」を自前で作って対応(効果は不明)。今のところは何とかサソリに刺される事なく元気に生きる事ができていますが、常にサソリに刺される恐怖をかかえて生活するのは心身を疲弊させます。おかげで一時は原因不明の体調不良に襲われましたが、1ヵ月半に2度しかオフはなく練習のほとんどが2部練というハードスケジュールの中でも1日も練習を休む事なく、今日まで魂でGK練習を行ってきました。

※これが自前で作った「サソリ返し」です。効果は不明ですが、少しでもサソリに刺される可能性を低める必要がありました。

「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -サソリ返し。2013年8月。



 「住居」と共に約束されていた「食費の支給」も、待てど待てどいつまで経っても一向に行われず、チームに合流してからここまでの食費は全て自分で払うはめとなり、「給料」も今週の月曜に払われる予定だったのが水曜に変更になり、水曜になるとまたもスッポカされて支払われず、経済的にも本当に限界に近付き、チームを離れる事も真剣に考えました。

 このような修羅場が、現在まで1ヶ月以上、続いています。ネット環境も最近まで全くなかったため、家族とメールする事もままなりませんでした。


 しかし…。「ピッチ内」では、選手、コーチングスタッフ、全員がプロフェッショナルにサッカーに集中し、徹底して自分たちの仕事を全うしてきました。

 このチームはレアル・ソシエダと共通点が多く、今季クラブの歴史上初の1部リーグ昇格、お金もないため大半は2部リーグの選手たちばかりで外国人選手もゼロ。GKも全員が1部リーグでのプレー経験が皆無に等しく、そんなGKたちを心・技・体、1から全てを鍛えて「1部リーグでも戦えるGK」に1ヶ月半以内でしなければなりませんでした。決して簡単なミッションではありませんでしたが、レアル・ソシエダでの経験がそのまま生き、GKも全員が本当に素晴らしい姿勢でGK練習に臨んでくれ、今は自信をもって「1部リーグでも戦えるGK」と言えるレベルにまで成長してくれました。チームも監督の戦術を徹底して遂行し、プレシーズンで行った練習試合は9勝1分と無敗。最後はCONCACAFチャンピオンズリーグ(アジアのACLに相当)にも出場する強豪ヴィクトリアに完封勝利を含む「3試合連続無失点」という最高の形でプレシーズンを締めくくりました。

※パリーヤス・オネのGKたちです(向かって一番左のGKは退団)。1部リーグでのプレー経験は皆無に等しいですが、全員が素晴らしい才能をもったGKたちです。

「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -Parrillas①



 そして明日…。いよいよ「開幕戦」を迎えます。


 開幕戦の相手は、「ビダ(Vida)」


 レアル・ソシエダ時代は2戦2勝(しかも2戦とも完封勝利) した相手ですが、当然ながらそれは別のチームでの話であり、パリーヤス・オネとして戦う今回は全く関係のない結果。我々はただ、勝利するために全力で戦うのみです。

 実はホームスタジアムの改修工事が開幕前日になっても完了しておらず、何とこの開幕戦のビダ戦から3試合連続「アウェー」で戦わなければならないという、日本では考えられないムチャクチャなリーグ日程になっています。1部リーグの経験が過去に全くないパリーヤス・オネにとって、初の1部リーグでいきなり開幕から3試合連続アウェー戦なんて、キツイにもほどがある…。しかし「ありえない!がある!」のがホンジュラス…。この圧倒的不利な過酷なスケジュールの中で、戦うしかありません。

 写真のように、開幕戦を前日に控えた今も練習用ユニフォームはチームから支給されず、選手たちだけではなく自分や監督まで、過去チームのユニフォームで今日まで1ヶ月以上、練習に臨み、明日の試合の移動着すら未だに支給されてないという、考えられない状況…。選手の中にはレギュラーなのに、登録手続きするのをチームが遅れたために明日の開幕戦には出場できない者も数名います。とにかく全てがズサン。ここまでズサンなチームは、2部リーグでもほとんどありません。


 本当に問題だらけで正に修羅場ですが、選手、コーチングスタッフ、サポーター…全員で力を合わせて、明日の開幕戦に臨みます!!


「日本→中国→アメリカ→イングランド→ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ→オーストリア→南アフリカ→日本→シンガポール→日本…」 -Parrillas②

 
 
◎連絡先メールアドレス: cafehondurasyoji@hotmail.co.jp