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2014-11-24 00:00:00

九州王朝は存在した

テーマ:歴史の真実
神代が終了したのが約3400年前、現代に繋がる人類中心文明(上代、人代)が始まったのは、今から2900年~2800年前頃です。

神代から上代に移り変わる際の詳細は良く分かっておりませんが、その間に地球全体規模の大艱難があり、人間を初めとして生物が全滅したのは間違いないようです。その原因は、全て地球上の天人(神)、人間に問題があったといってもいいようです。もちろん、熊襲(阿修羅)の存在も原因です。

そして、その後、天は、天罰として
地球上から神代をなくし、神々(天人)を一掃して、神通力が一切使えない人間中心文明にしたのです。

その人間中心文明の始まりの時に、後に釈迦と呼ばれるゴータマシッダルータが登場し、その後の歴史に大きな影響を与えたことは間違いなさそうです。

そして、その後、地球の中心であった神国日本には、上代の初代天皇として神武天皇が成立したのです。これが西暦紀元前660年2月11日なのです。今から2674年程前のことです。
<WIKI:神武天皇>

この時から、日本と同様に世界の歴史も人類中心の文明として再スタートをきったのだと思われます。

神武天皇が誕生し王朝の基礎を立上げた場所は九州南部です。熊本の阿蘇南部から宮崎南部にかけての場所だと思われます。

九州は、天孫降臨の神話もあるように神代の頃は中心地でした。神武天皇は九州で生まれ、新しい人間中心の文明開化の場所として九州を選んだのです。

ただし、最初の頃の神武王朝の権力の及ぶ範囲は九州全域にとどまり、本州や四国までは権力が及ばず、統治できていなかったようです。熊襲(阿修羅)も復活していたからです。

そこで、神武天皇は、日本列島統一のため本州へ移動するのです。これが、いわゆる神武東征なのです。

その際に、東国で力を持っていた熊襲(阿修羅)の豪族ナガスネヒコ
と対峙することになるのです。

一度はナガスネヒコに敗れた神武でしたが、二度目は八咫烏に導かれ、ナガスネヒコに勝利し、近畿地方を制圧します。

そして、神国日本の統一を成し遂げ、正式に神武天皇が誕生します。これが紀元前660年2月11日ということになります。

ちなみに八咫烏については、陰謀系では裏天皇に関係していると言われていますが、これは全くのデマです。

ところが、神武王朝は、後年、再度力をつけてきた熊襲に侵略されてしまったようなのです。そして、国内政治は不安定になってしまったようなのです。

第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までは、欠史八代とされていますが、実在していました。

ただし、この八代の時代は葛城王朝と呼ばれるように、現在の奈良盆地南西部に都を置き、近畿地方を中心とした権力の及ぶ範囲が制限された王朝に後退していたのです。これは、熊襲が活発になったことを表しています。

神武天皇が統一した日本が、再度数カ国に分裂していた時代がこの八代なのです。
<WIKI:欠史八代と崇神天皇

実は、この時期に、九州に神武天皇の流れをくむ王朝が、葛城王朝と並立して存在していたようなのです。

神武天皇が東国を制圧し、日本を統一した後、数十年後に
前述したように熊襲に侵略されます。

この時に、神武天皇直系の第2代綏靖天皇系(葛城王朝)とは別に、九州に残った神武天皇の血流である人物が、熊襲に対抗するため九州王朝を立ち上げたのです。
この九州王朝のことを(わ)と呼ぶのです。

葛城王朝と九州王朝は、熊襲によって国内が混乱したために、近畿と九州というように、分かれざるを得なかったのです。

ただし、二つの王朝は、血の流れは神武天皇の流れで同じですから、基本的には協力関係を保っていたのだと思われます。

欠史八代の最後の第9代開化天皇の時代、熊襲が開化天皇を暗殺し、熊襲トップ(増上慢)が崇神天皇に成りすまし、朝廷を乗っ取ります。

それから数十年後、世の中が少し落ち着き、葛城王朝の流れである
第11代垂仁天皇が、国内を安定化させていきます。

そして、次の第12代景行天皇は、実は九州王朝の血流なのです。

景行天皇と息子の日本武尊は、征西して熊襲を倒したことが記紀に記述されていますが、これは九州王朝を侵略するために南九州の隼人に成りすました阿修羅(熊襲)を制圧するためだったのです。
<熊襲の真実>

景行天皇、日本武尊はその後東征も行い、神武天皇以来の国内統一を目指したのです。記紀において景行天皇の欄で九州内の記述が多いのは、九州王朝の出だからなのです。

そして、第15代応神天皇になって、神武以来、再度、国内統一が成就したのです。この時に、現在の日本の元になる大倭やまと、後に大和)国が出来たのです。

大倭の都は奈良に置きますが、九州王朝も大倭の中の小国として存続します。その都が太宰府だったのです。

そして、その後、歴代の天皇は、葛城王朝系と九州王朝系で協議しながら交互に出していたようです。

私が調べた範囲では、第16代仁徳天皇、第21代雄略天皇、第25代武烈天皇は九州王朝の血流です。

九州には仁徳天皇に関係する神社もたくさんありますし、熊本の江田船山古墳から出土した鉄刀に刻まれている「ワカタケル大王」とは雄略天皇のことえであるとされています。
<WIKI:江田船山古墳>

このように、大倭の小国となった九州王朝は、7世紀末頃まで存続することになるのです。九州王朝が完全になくなるのは、壬申の乱がきっかけなのです。歴史の真実は奥が深いのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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2014-11-17 00:00:00

熊襲の真実

テーマ:歴史の真実
前回は、蝦夷について考察しました。

今回は、蝦夷とは地域的には対象的な方向である南九州の熊襲についてご紹介します。

今でもよく覚えているのですが、26年前に、当時大きな波紋を呼んだ大阪商工会議所の会頭の「東北熊襲」発言がありました。この時、初めて「熊襲」という言葉を知りました。
<WIKI:東北熊襲発言>

当時の大阪商工会議所の会頭は、熊襲と蝦夷を勘違いして、熊襲東北発言になったのだと思いますが、いずれにしても、熊襲や蝦夷を文化的に低い民族であると蔑視したことには違いないのです。

熊襲をウィキペディアで調べると次のように記載されています。
<WIKI:熊襲>

熊襲(くまそ)とは、日本の記紀神話に登場する、九州南部に本拠地を構えヤマト王権に抵抗したとされる人々で、また地域名を意味するとされる語である。古事記には熊曾と表記され、日本書紀には熊襲、筑前国風土記では球磨囎唹と表記される。」

熊襲とは、ヤマト王権に抵抗したとされる、九州南部にいた民族のことと定義されています。

「熊襲」という漢字は「熊を襲う」という意味に捉えられますから、あまり良い印象を受けない単語でもあります。

実際には、熊襲は、地域的には熊本県南部の球磨川周辺を中心に存在した民族で、筑前風土記で表記される「球磨
囎唹」が本来の呼び名で、それが「熊襲」に変化したのだと思われます。

歴史とは、勝者の歴史であり、世界的に見ても、その地域、その時代に権力を勝ち得た人々が、勝者として都合の良いように改竄してきたのです。

我々が学校で習う歴史とは、そのような改竄された歴史であるということであると認識した方がいいです。

そうでないと、いろいろな局面で間違った判断をしてしまうのです。それが、現代社会の矛盾にまで繋がっていると言っても過言ではないのです。


世界の歴史、日本の歴史は、勝利者の歴史に改竄されているのですが、その改竄した側の時代時代の権力者のことを、私は阿修羅と呼んでいるのです。

阿修羅といった場合は、人種的な話ではなく、魂的な話です。だからこそ、普通の方は、見た目だけでは、誰が阿修羅なのか判断がつかないのです。

今回のテーマの熊襲についても、歴史的には深く阿修羅が関与し、その歴史を大きく改竄されているのです。

熊襲は、記紀の日本神話にも登場し、2世紀頃の話として第12代景行天皇日本武尊(ヤマトタケル)の説話の中にも登場します。

記紀では、朝廷に抵抗する集団の長として、クマソタケル(熊襲建、川上梟帥)が登場し、日本武尊に征伐されますが、これを持って熊襲が悪役と考えては歴史認識を間違うことになるのです。

私が思うに、熊襲と呼ばれる民族は、本来の蝦夷(えみし、アイヌ民族)と同じように、神代以来、神国日本に居住することを許可されていた人々で、混血したのだと思われます。

古代、海水面が今よりも低い時代、屋久島、種子島は元より、奄美諸島や琉球諸島、台湾まで繋がっている時代があったのだと推測しますが、その時代、南方系の海洋民族(青人)と混血していった日本人が、熊襲と言われる人々の流れではないかと思います。

そういう意味では、熊襲ではなく、隼人と呼ぶべき人々のことです。ウィキペディアでは次のように定義されています。
<WIKI:隼人>


隼人(はやと)とは、古代日本において、薩摩・大隅(現在の鹿児島県)に居住した人々。「はやひと(はやびと)」、「はいと」とも呼ばれ、「隼(はやぶさ)のような人」の形容とも[1]方位の象徴となる四神に関する言葉のなかから、南を示す「鳥隼」の「隼」の字によって名付けられたとも[2](あくまで隼人は大和側の呼称)。風俗習慣を異にして、しばしば大和の政権に反抗した。やがてヤマト王権の支配下に組み込まれ、律令制に基づく官職のひとつとなった。兵部省の被官、隼人司に属した。百官名のひとつとなり、東百官には、隼人助(はやとのすけ)がある。現在は、日本人男性の人名としても用いられる。

薩摩隼人と言えば、勇敢なイメージのある男性といった良いイメージがありますが、熊襲と隼人のウィキペディアの定義を比べてみると、熊襲と隼人は、元は同じものであるということが分かります。

同一民族なのに、ヤマト王権に抵抗した民族が熊襲と呼ばれ、ヤマト王権に抵抗しつつも(敗れて)組み込まれた民族が隼人と呼ばれているのです。

この場合、歴史の勝者がヤマト王権。

実は、ここでいうヤマト王権とは、正当な皇室の流れを指しているわけではないのです。熊襲征伐を行ったとされる景行天皇や日本武尊は、ヤマト王権ではなく、正当な王朝(皇室)の流れなのです。これについての詳細は、追々ご紹介できると考えております。

また、景行天皇と日本武尊は、記紀に書かれているように、王権に従わない熊襲(隼人)と呼ばれる民族を征伐したのではないのです。記紀は阿修羅の都合のいいように改竄されているのです。

記紀に定義されているヤマト王権とは、阿修羅が勝手に作った王朝のことなのです。

景行天皇の朝廷とは別なのです。古代には、万世一系の皇室を模倣した阿修羅偽王朝が並立した時期が存在したのです。

阿修羅の偽王朝が、正当な皇室(朝廷)を侵略しようとし、それに抵抗していた九州南部の民族、本来は薩摩隼人や球磨囎唹と呼ぶべき民族のことを、後に侵略した阿修羅(歴史の勝者)であるヤマト王権側が「熊襲」と呼び換えたのです。

実際には、
「熊襲」とは、正当な王朝側から見た阿修羅の集団のことをそう呼んでいたのです。

阿修羅は、九州南部の薩摩隼人の民衆(豪族)を侵略し、そのトップ(クマソタケル)に成りすましたのです。そして、次のステップとして正当な朝廷(景行天皇など)を侵略しようとしたのです。

そこで、景行天皇の息子である日本武尊が登場し、成りすました阿修羅トップを征伐し、薩摩隼人を朝廷側に取り戻したのが、本来の日本武尊の征西の話なのです。記紀は、阿修羅の都合のいいように改竄されているのです。


景行天皇の後、朝廷を侵略した阿修羅のヤマト王権によって歴史が書き換えられ、薩摩隼人が熊襲とされたのです。

本来は、阿修羅こそ熊襲熊襲=阿修羅の魂です。今後は、私が熊襲と呼ぶ場合は、阿修羅のことだと考えてください。

このように、蝦夷(えみし)や熊襲を例にとれば分かるように、歴史上は正当な集団、民族が歴史を改竄され悪役にされている例が、日本だけではなく世界中にたくさんあると思われます。

そして、それらの人々の祖先は、現代でも阿修羅によって被差別部族や集団とされていることが多いのです。歴史の改竄ほど恐ろしいものはないと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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2014-11-10 00:00:00

蝦夷の真実

テーマ:歴史の真実
北海道については、記紀にはほとんど触れられていません。国生み神話でも、北海道の誕生の様子は出てきません。

何故なのか、私はずっと疑問に思っていました。

そして、出した結論は、北海道は日本列島の前身であるオロゴロ島が沈んだ際も陸地として残ったため、伊弉諾神、伊邪那美神は新たに北海道に対応する陸地を造る必要がなかった、ということでした。
<オノゴロ島の真実>

従って、北海道以外の本州、四国、九州と周辺の島々を誕生させたのだと考えていました。

ところが、つい最近、この裏付けになるような文献を知ることになります。

上記(ウエツフミ)です。
<WIKI:上記>

上記は、西暦1200年前半に源頼朝の落胤ではないかとも言われている豊後守護の大友能直が編纂したものです。

内容は記紀よりも幅広く詳しいです。ただ、国学では上記は偽書として扱われています。

似たような偽書とされている古文書に、竹内文献や富士文書などがあります。

ただ、偽書と判定しているのは記紀をベースにしているからであって、記紀自体にたくさんの箇所の改竄があると判断している私にとっては、これらの偽書は宝の山が埋まっているのです。

その一つ上記には、国生みの箇所に、北海道誕生の様子が書かれているのです。

国生みの前の北海道の様子は、砂地が固まったような場所であり、そこに伊弉諾神、伊邪那美神が息を吹きかけて出来た陸地が、蝦夷(えぞ)になったと書かれているのです。

記紀で蝦夷のことが書かかれていないということは、蝦夷(北海道)に隠しておきたいことがあるからなのでしょう。

蝦夷(えぞ)と言えば、近代では北海道のことを指しますが、それ以前は、東北以北のことを指していたようです。蝦夷は「えみし」とも読みますが、「えみし」は、かつて東北に住んでいた日本人のことを指していました。

平安時代初期、坂上田村麻呂の時代に、蝦夷討伐が行われています。

蝦夷(えみし)は、東北地方に住んでいた、大和民族とは少し異なる風貌の民族を指していたようですが、近代では北海道の原住民族であるアイヌ民族を指すとされています。
<WIKI:蝦夷>

蝦夷(えみし)とアイヌ民族は同じなのでしょうか?

ここに歴史の改竄が隠されているようなのです。

まずは、冒頭に書きました北海道について考察します。

神代に北海道が誕生しました。神代は神々(天人)が頂点に君臨し、その下に人間が存在していました。

神国日本は、天人はもとより、人間の中でも高尚な魂が多く住む場所でした。

ただし、北海道は、その場所がら日本人と北方民族が混血していったようなのです。その末裔がアイヌ民族となり、本州の日本人とは異なる文化を継承しつづけていたのです。

このことを日本の古代の朝廷も理解していて、北海道はアイヌ民族を中心にした、日本の中の独自の小国として扱われていたのだと思います。

本州最北部を陸奥(むつ)と呼びますが、これは本州(日本の朝廷が及ぶ場所)の最北端という意味で、逆に言えば更に奥地にある北海道は特別な地域だとも言っているのです。

しかし、この北海道に住むアイヌ民族に目を付けたのが阿修羅なのです。

現在の世界の国々を見ていただければすぐに分かることですが、各国に住んでいた少数の原住民族は、白人によって侵略され、少数民族となってします。北米、南米、豪州がその典型ですよね。これも阿修羅が行ってきたことです。

同様のことが日本の北海道でも行われたのです。

阿修羅(日本人に転生した魂という意味)は、古代から北海道を侵略し、アイヌ民族はだんだんと居場所が狭められ、消滅していきます。

そして、阿修羅は北海道から東北に南下しだします。

東北に住んでいた普通の日本人を支配下に置いていくのです。その当時の阿修羅トップが悪路王なのです。

そして、悪路王率いる阿修羅軍のことを朝廷は蝦夷(えみし)と呼んだのです。

平安時代初期、朝廷は蝦夷征伐のために、将軍大伴弟麻呂、副将軍坂上田村麻呂を東北に遠征させ、蝦夷討伐を行ったのです。

ところが、歴史の定説とは異なり、
大伴弟麻呂、坂上田村麻呂は悪路王に敗れてしまいます

当時、東北地方で阿修羅の蝦夷に抵抗していた集団がいたのですが、敗れた大伴弟麻呂と坂上田村麻呂はその集団に救われます。

しかし、勝った悪路王は、坂上田村麻呂にすり替わり、京にある朝廷に入り込んでいったので、本物の
大伴弟麻呂と坂上田村麻呂は、京の都には戻れなかったのです。

そこで、救われた東北の集団に属して、侵略された朝廷と戦いだしたのです。これがアテルイモレなのです。アテルイは本物の
大伴弟麻呂であり、モレは本物の坂上田村麻呂なのです。
<最澄と空海>

このように、本来の蝦夷(えぞ)と蝦夷(えみし)は、同じ漢字であっても、その意味することは全く違うのです。

整理すると、北海道の古称が蝦夷(えぞ)であり、日本人の血に近いアイヌ民族が居住していた場所です。

そのアイヌ民族が、阿修羅によって侵略されていき、アイヌ民族は滅んでいきます。

阿修羅はさらに東北に南下し、平安時代初期には東北地方を侵略していきます。

これら阿修羅を蔑視した呼び方が、蝦夷(えみし)なのです。

本来の「えみし」とは東北地方に住んでいる人のことを指すのではなく、侵略した阿修羅のことを指すのです。

従って、「えみし」とは阿修羅の魂を持つ人間のことなのです。「えぞ」と「えみし」は別の意味になるのです。

同様のことが、南九州の熊襲(くまそ)にも言えるのです。これは次回にご紹介したいと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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2014-11-03 00:00:00

四国の秘密その4

テーマ:浄化システム
これまでシリーズでご紹介してきましたように、四国は霊的に大変重要な場所でして、いろいろな仕掛けがされているのです。
<四国の秘密その3>

今回は、その四国の秘密の根本的な役割について、ご紹介します。

世界中の人間が人生を全うし寿命が尽きて魂となると、霊界の一時待機場所(本来は幽界だが、現在は幽界が阿修羅に乗っ取られている)に行くのですが、その場所が四国の地下にある空間と考えていいのです。

これを表した地名が土佐です。地下には人間出身の魂が存在している、という意味です。

これらの魂は、(六道輪廻から外れて阿修羅界に逃げない限りは)生前の人生を振り返れらせられ(ヴィジョンで見せられる)反省し、次の転生準備をさせられます。

転生準備のためには、欲望多き人間生活によって、元来はまっさらだった魂を覆ってしまった分厚い垢(穢れ)を、全て落とす必要があります。この垢を落とす作業のことがで、禊によって、完全に純粋な魂、いわゆる精霊になるのです。

この精霊になる過程が、吉野川下りなのです。そして、その流れる魂の様子を表したのが阿波という地名です。

土佐と阿波、という有名なこの2つの地名だけでも、如何に四国が重要な場所か分かりますね。

このように、四国が霊的に重要な場所であることを具体的に表現したのが、実は空海なのです。

それが、皆さんご存知の四国八十八箇所霊場なのです。いわゆるお遍路ですね。

四国というのは、阿波土佐伊予讃岐の四つの国があるからその名がついているのですが、空海は霊場をこの四つの国で分けて表現しています。
<四国八十八カ所霊場会HP>

阿波(1番から23番)は発心の道場
土佐(24番から39番)は修行の道場
伊予(40番から65番)は菩提の道場
讃岐(66番から88番)は涅槃の道場

①発心とは、仏教用語で、「菩提を得ようとすること(悟り)を決意すること」です。

前世で穢れだらけになった魂から垢を落とし、精霊になることなのです。吉野川下りを行い、徳島湾に出た頃には精霊になり、悟りを目指す修行に出発するのです。

阿波の霊場が最初である理由には、このような裏付けがあるのです。

次の四国の地図をご覧ください。四国の周りを精霊が旅するステップです。

四国の仕組み

(クリック拡大)

次のステップは②土佐の修行です。

修行とは、その名のとおり魂に与えられる試練です。①で徳島湾に出た精霊は徳島湾を四国の海岸線にそって南下し、まずは四国東部の最南端である室戸岬を目指します。

この過程で、徳島南部から高知県東岸のリアス式海岸による波に洗われながら、精霊は修行を積んでいくのです。

そして室戸岬に到達します。

室戸岬の室戸とは、「黄泉の国の入口」という意味です。

直前世の人間生活で、人間としては失格と判定された魂は、室戸岬に精霊となって流れてきますが、この室戸岬を越えて、高知県中央部の海岸まで行くことができないのです。

室戸岬を越えると黒潮に逆らって流れることになるので、それなりの魂のエネルギーが必要なのです。人間生活で徳が積めなかった魂は、乗り越えられるエネルギーを持っていないことになります。

そのような乗り越えられない魂は、室戸岬にある入口から、次の転生(畜生界、餓鬼界、地獄界)に向けて黄泉の国へ向かうのです。

一方、乗り越えられた精霊は、室戸岬を越えて高知県南部のもう一つの土佐を目指すのです。そして、その多くは、そこから再度人間へ転生するです。

これが土佐が修行の道場と言われる由縁なのです。

次のステップは③伊予の菩提です。

菩提とは悟ること。具体的には十界の上から二番目の菩薩界以上の存在になることです。

②の土佐の修行道場で、人間界よりさらに上を目指すエネルギーがある精霊は、高知県西岸最南端の足摺岬を越えるのです。

そこで四聖の下から声聞界縁覚界に転生する魂に選別されます。この2界は菩薩界より下ですからまだ菩提(悟り)には至っていません。菩薩になるのはそう簡単ではないのです。

菩薩になる最大のハードルは、細長く九州に伸びた佐多岬半島です。

宇和島沖から佐多岬半島付け根の宇和海に至り、ここから佐多岬を越えて瀬戸内海の入口伊予灘に入ることは、最大級のハードルに違いありません。

しかし、直前世で菩薩に相応しい徳を積んだ魂の精霊は、このハードルを越えることが可能なのです。

これが、伊予が菩提の道場と言われる由縁なのです。

そして、最後に④讃岐の涅槃の道場です。

涅槃とは、簡単に言えば、煩悩を全て吹き払いになった状態です。従って、涅槃にたどり着く精霊はごく少数でもあるのです。

伊予にたどり着き菩薩界への転生資格を持った精霊も少数なのですが、さらに島々がたくさんある瀬戸内海を通り抜け、讃岐(香川県)の海岸にたどり着くのは至難の業なのです。極々少数の魂だけでしょう。

しかし、涅槃に至ることが全魂の最終目的でもあるのです。

このように、空海は、神代終了後に造られたこの地球上での転生システムを、四国八十八箇所として表現したのです。

しかし、現代では、そんな空海の思いとは裏腹に、基本的なことを知らず、自分の欲望をかなえるため、もしくは興味本位でお遍路を行う人が多すぎるのです。それによって八十八の霊場は邪気まみれになっているのです。これは阿修羅の戦略でもあったのです。

四国八十八箇所が、元のように波動の高い状態になることを期待しています。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-10-27 00:00:00

四国の秘密その3

テーマ:歴史の真実
四国の秘密の続きです。
<四国の秘密その1>
<四国の秘密その2>

今回は、四国を代表する山である石鎚山剣山に関係する秘密です。

石鎚山(標高1982m)と剣山(標高1955m)は、四国で一番、二番に高い山だけではなく、西日本最高峰と二番目に高い山でもあります。

また、二つとも古代から修験道の霊山であり、得に石鎚山は日本七霊山にも入っている信仰の山です。
<WIKI:日本七霊山>

この二峰は、四国の東西にバランス良く分かれており、霊的に重要な場所である四国全体に、何らかの役割を負っていると思わざるを得ないロケーションです。霊山というのは、魂の世界と深い関わりがあるから信仰が存在しているのです。

石鎚山は、登山者には人気の高い山のようですが、その頂上は荒々しい風貌をしています。まさしく厳しい修験道の山であるといった感があります。
<WIKI:石鎚山>

石鎚山周辺には、石鎚山を守護する神社として石鎚神社、寺院としては四国88カ所に属する前神寺と横峰寺が存在します。

[横峰寺]

石鎚神社


石鎚山周辺には8月に行きましたが、霞が深くなっていて幻想的でした。九州レベルです。

波動が高くなったとはいえ、まだまだ関西以東は九州には及ばないのですが、石鎚山周辺は波動が上がっていました。やはり、石鎚山は重要な霊山だったのです。

[石鎚山山麓の黒瀬湖]
素晴らしい霞。

横峰寺②


一方の剣山。

その名とは異なり、山頂はなだらかな山です。

剣山


石鎚山が男性的な山であるとしたら、剣山は女性的な山だと言えるでしょう。

剣山に関しては、3年前に特集の記事を書きました。
<剣山①>
<剣山②>
<剣山③>

改めて思い出すと恥ずかしさを感じますが、当時の私は、目覚める前の何にでも興味ある状態でした。この記事では、宇宙人やら登場していますが、実は阿修羅の生霊でした。それでも、私は真剣に対応していたのです。

阿修羅たちは、私が目覚める前に、阿修羅の都合の良い方向へ誘導したかったのでしょう。

でも、こういう経験を何度もしたので、真実を見極める心眼が鍛えられたということも事実なのです。そういう意味では良い経験だったと思います。

阿修羅は、剣山には契約の箱が埋まっているとか、キリストの墓があるとか、11年周期の光柱が出るとか、いろいろ情報を流していますが、全てウソです。剣山は別の意味で重要なのです。これについては、いずれご紹介していくことにします。

石鎚山と剣山は、対になっているのです。

石鎚山が男性的な陽の山なら、剣山は女性的な陰の山です。

前回記事でゼロ磁場の構築方法についてご紹介しました。
<ゼロ磁場の構築方法>

実は、石鎚山に金が埋まっており、剣山には白金が埋まっていて、その間の吉野川源流付近がゼロ磁場になっているのです。

石鎚山ー剣山

(クリック拡大)

先日、早明浦ダムが結界となっている記事を書きました。
<四国の秘密その1>

四国は人間出身の魂が存在している場所でした。それらの魂は吉野川上流に集められ、吉野川を下って行くうちに禊されていきます。
<四国の秘密その2>

魂たちは吉野川上流にどうやって集められるでしょうか?

その答えが、石鎚山と剣山によるゼロ磁場構築なのです。

前掲の写真をご覧ください。石鎚山と剣山を直線で結んだ線と、吉野川源流付近が交わります

ここゼロ磁場になっていて、直前世が人間だった魂がここに集められ、吉野川を下っているのです。

その少し下流に早明浦ダムが造られ結界が張られ、魂は一気に吉野川を下ることができず、ダム湖に滞留しやすくなったのです。

さらに、石鎚山と剣山を守護する寺社仏閣に結界を張り、ゼロ磁場を弱くし、魂を集めにくくしていたのです。

現在では、この結界はほぼ解消しています。

石鎚山や剣山のように、昔、修験などの信仰が栄えた山には、霊的に重要な仕組みが備わっているのです。

これらを知れば、何故、人間に生まれてくるのか、その答えも分かるはずです。全ては修行のためなのです。金儲け等の欲望に明け暮れた人生では、魂になった時に後悔するのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-10-20 00:00:00

ゼロ磁場の構築方法

テーマ:浄化システム
先々週、先週と10月には珍しく二週連続して、2つの台風が日本列島に上陸しました。

ただ、2つとも台風の規模が大きかった割には災害が小さく、皆さんも安心されたことでしょう。これが波動上昇の結果なのです。

台風の動きが遅かったのは、大陸からの高気圧が日本列島を覆っていたせいなのですが、これこそ波動が高くなったおかげなのです。台風は、少しでも波動の低いところを模索しながら進んでいたのです。

沖縄や南西諸島は、まだまだ波動がそれほど上昇していませんが、それ以外の日本の主要地域では、今後、台風に対する過度の心配は必要ないと思います。地震も同じです。

このように、神国日本の波動が本来の姿に戻りつつあるのは、これまで紹介してきました(魂の)浄化システムが復活しつつあるからです。
<浄化システム>

今回は、この浄化システムがどのように復活しつつあるのかを、もう少し掘り下げてみたいと思います。

浄化システムは、大なり小なり神国日本中にちらばっています。また、地域によって浄化する魂に違いがあります。ご紹介してきた有明海、四国、三陸海岸でも、それぞれ扱う魂が異なっているのです。詳細は分かり次第、追々紹介していきます。

浄化システムが存在する河川、湖沼、海岸、山などには、守護する神社や寺院、寺院跡などが必ずといっていいほど存在します。

神社の場合は、神代(約3400年以上前)の頃、天人(神々)が浄化システムを造ってくれたこと、その仕組みを守護してくれていることに対して感謝する、という目的で祀られています。

その後、上代(人代)になって、天人がいなくなり人間中心の文明に移ると、十界の頂点であるが、天人に変わって見えない世界から地球を統治することになったのです。そのため、(現在の)神社のある場所や、その近辺に、佛を祀る寺院等が建立されていきます。これを神仏習合というのです。
<佛と神>

現代では、神社と寺院は、全く異なる宗教概念で分けられていますが、本来は同じベースの延長戦上にあり、同一の信仰だったといってもいいのです。その痕跡が残されているのが、神社とセットになった神宮寺なのです。

ところが、阿修羅の跋扈により、神社と寺院の関係が破壊されてきたのです。その最大のものが、明治維新時の神仏分離・廃仏毀釈なのです。

「この世に何故人間が存在しているのか?」

現代人は、人智でははかり知れない命題のように思わされていますが、江戸時代以前の日本人の中には、この真実を分かっている人がたくさんいたのです。

しかし、現代人は明治維新以降、文化・教育の破壊により、この根本命題について、すべてを失わされてしまったのです。これが大きな意味での洗脳だと私は主張しているのです。

阿修羅は、まず、地球を統治している佛の影響力を少なくするために寺院、仏教の根底を破壊したのです。その結果が、仏教といえば肉体死後の魂を供養する場所、というふうに教え込まれ、それ以外の通常の生活では関心が薄くなっていったのです。

また、神代の天人を祀る神社については、本来の祭神をすり替えたり、呪われた稲荷神で乗っ取ったりしてきたのです。

その結果、神国日本の魂・邪気の浄化システムは、守護する佛、天人の力がそがれ、その能力を十分に発揮できなくなり、見える世界である地球上に浄化(禊)されないままの魂が増え続け、波動が低くなりだしたのです。
明治以降、日本及び世界の波動が極端に下がりだしたのは、こういう流れがあるのです。

これを、私は結界が張られていると主張しているのです。

しかし、この結界は、ここ3年で日本各地で数百箇所以上解かれました。その結果、波動が上がり、空の色、海の色、湖・池、川の色、世の中の空気が良くなり出したのです。

それでも、まだたくさんの結界が残されています。これらも今後数年で順次解かれていくことになります。

ただし、単に浄化システムがある場所、海や河川を守護している寺社仏閣の結界を解くだけでは、浄化システムは完全なものとはなりません。

浄化システムに密接に関わっている原理が、ゼロ磁場なのです。

日本の各地にはゼロ磁場と呼ばれる、そこに行けば体が軽くなり、気持ちが良くなる場所があります。現代では、それほど多くの数のゼロ磁場は見当たりません。

このゼロ磁場が、浄化システムと密接に関わっているのです。

ゼロ磁場には、磁気の流れによって邪気を含んだ魂を集める効果があるのです。逆に言えば、魂は磁気を使って移動しているのです。
(磁気以外でも、風や海流、川の流れでも移動します)

従って、浄化すべき魂を効率的に浄化システムに導くため、神代の神々(天人)は、神国日本中にゼロ磁場を造っていったのです。

白金(プラチナ)を使って。

私が、最初にこのことに気づいたのは一年半前のことです。大坂城の謎が分かったことからです。
<大坂城の真実> 
<白金台の秘密>

その後、各地を見学し、日本中には、ゼロ磁場を作るために、金と白金が埋められていることが分かったのです。日本全国に。

例えば最大級の浄化システムである有明海。ここには少なくとも三カ所のゼロ磁場が作られていることが分かりました。左側の山が白金、右側の山が金が埋められており、そのライン上にゼロ磁場が出来ています。

有明海

(クリック拡大)

金と白金の量を調整することで、有明海に自由自在にゼロ磁場を作り、邪気を含んだ魂(主として植物)を集めているのです。

同様に、神戸-淡路島ライン。神戸の弓弦羽(ゆづるは)神社と淡路島南端の諭鶴羽(ゆづるは)神社。

同じ読み名で漢字が異なる二つの神社ですが、
弓弦羽神社が金で、諭鶴羽(ゆづるは)神社が白金が埋まっていると思われます。その二つの神社を結んだライン上に洲本温泉があり、ここがゼロ磁場になっています。

淡路島は国産み神話の島。人間も淡路島から最初に誕生したといえるのかも知れません。

淡路神戸ライン

これらはほんの一例であり、日本国内には百を優に超えると思われるゼロ磁場が、神々によって造られ、神国日本の浄化システムとなっていたのです。

全ての結界が解かれた時には、日本だけでなく、世界が、否地球が新世界に変貌するのです。近い将来です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-10-13 00:00:00

三陸海岸の役割

テーマ:浄化システム
8月に東北三陸海岸に行きました。宮古から気仙沼まで海岸線を南下しました。

311震災後の復興状況を見学することが目的でした。3年以上経過しましたが、復興には程遠い状況でした。道路等のインフラは次第に整いつつあるものの、未だにたくさんの仮設住宅も残っており、津波被害の惨劇が如何に酷いものであったのを感じました。早く復興することを願っております。

その震災被害にあった三陸海岸は、日本最長のリアス式海岸です。総延長はなんと600㎞になります。

震災時は、その独特の海岸線が禍し、津波が湾内を進むにつれ高さを増し、巨大な津波となってたくさんの町を流してしまいました。

今回、私は、岩手県の宮古市から宮城県の気仙沼市まで南下したのですが、海岸沿いの町の被害状況は想像を絶するものでした。特に陸前高田市は、低地の建物はほとんど全てと言っていいくらい、全て流されており、跡形もありませんでした。津波の恐ろしさをまざまと感じさせられました。

[陸前高田市]
全ての建物が流されていた。

陸前高田①

工事車両しかない。

陸前高田③

海岸にあった松原のうち、一本の松だけが残されていて、奇跡の一本松として観光名所になっているのが、町の悲しみ、寂しさをさらに増幅させていました。

[奇跡の一本松]
陸前高田②



宮古市では、景勝地浄土ヶ浜にも行ってみました。

三陸海岸に行くことを計画した時、地図を目を凝らしてながら見ていて目に入った場所でした。
この場所も津波の被害にあったようですが、その後整備されていました。
<WIKI:浄土ヶ浜>

まず、その名前が気になります。極楽浄土を連想させるその名には、何か謎が隠されていると思わずにはいられませんでした。

そして、ネット上で見た浄土ヶ浜の写真からは、やはり霊的に関係した光景に見えました。

実際に浄土ヶ浜に行ってみると、この世と思えない波動を感じました。

[浄土ヶ浜]
白い石が敷き詰められたように並んでいて極楽浄土を連想させる。
浄土ヶ浜①

浄土ヶ浜②


内海は穏やかだが、外海は激しい波。この両極端さが、極楽浄土を連想させる。

浄土ヶ浜③


この浄土ヶ浜に来て感じたのは、ここは単なる景勝地ではなく、高尚な魂が訪れている場所なのではないか、ということでした。

そもそも宮古という名称は「古い宮」ですから、神代は神々が集まっていた場所なのだと思います。

その神々の魂が、あの世とこの世を行き来していた場所こそが、浄土ヶ浜なのだと思います。

三陸海岸のリアス式海岸は、浄土ヶ浜がある宮古市付近から、南は金華山がある宮城県石巻市まで繋がっています。
<松島と金華山>

この三陸海岸が、東日本大震災を含め、昔から津波被害を受け続けてきたのは偶然ではないのです。

大地震、津波は、度々阿修羅によって起こされてきたのですが、それは三陸海岸に大変重要な神国日本の秘密が隠されているからなのです。

その秘密とは、魂の浄化です。

前回の記事でご紹介しましたが、基本的に四国で世界中の人間に関係する魂の浄化(禊)を行っています。
<四国の秘密その2>

ところが、ある特定の魂については、三陸海岸でも浄化を行っているのです。

「ある特定」の定義については、追々ご紹介することにしますが、三陸海岸の長いリアス式海岸は、魂が激しい波動の高い波によって洗われることにより、禊が行われるのです。

そして、その中で優秀な魂だけが、極楽浄土の世界に繋がった浄土ヶ浜にたどり着くことができるという訳です。

阿修羅は、地球上の六道輪廻の仕組みを
徹底的に破壊するために、昔から三陸海岸を、地震と大津波で襲ってきたのです。


そして、その究極が、3年半前の東日本大震災だったということになります。

しかし、逆に言えば、それをきっかけに地球の六道輪廻、神国日本の浄化システムが復活することになっていくのです。


これから世界中の波動が本来の姿に戻り、阿修羅のいない世界が来るのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-10-06 00:00:00

四国の秘密その2

テーマ:歴史の真実
前回の続きです。
<四国の秘密その2>

四国の内部には黄泉の国(根の国)があり、地球上で人生の寿命を全うした魂は、一旦、その世界(本来の幽界)に集められます。そこで人生の反省をさせられ、次の転生に向けての準備をしていくようです。

その準備の一環として、魂は再度地上に出てきます。それら魂が集まるところが、四国中心部の早明浦ダム周辺なのです。

早明浦ダム③


そして、集められた魂群は、吉野川を伝って下流へ流れていくのです。

ところが、約50年前、その吉野川上流に早明浦ダムが造られ、それ以来、魂群は一旦早明浦ダムに滞留し、スムースに流れることができなくなっていました。

(早明浦ダムから流れる吉野川)

早明浦ダム⑤


阿修羅は、早明浦ダム湖に滞留している魂に対して、「六道輪廻をはずれて、こっちの世界に来ないか?」と誘惑していたのです。

そして、まんまと阿修羅の悪の誘惑に乗った魂は、吉野川を下ることを止め、六道輪廻から外れた阿修羅界に所属することになるのです。

悪の誘惑に誘われやすい魂とは、例えば生存中に人間界で犯罪を起こした魂等です。

これらの魂は、次の転生では、人間より下位の畜生界以下に転生させられることが予想されています。そこに阿修羅から「阿修羅界に来れば、次の転生は人間として好きな人生を過ごさせてあげるよ」と声をかけられたとしたら、皆さんはどう対応しますか?

欲望に負けそうになりませんか?

この悪の誘惑に、まんまと乗ってしまう魂は結構多いのです。

誘惑に乗り阿修羅界の所属になってしまうと、阿修羅トップ(増上慢)の命令で、人間や動物に憑依したり、さらには阿修羅系の人間として生まれ変わって、人間界で悪事を働くことになります。
<宇宙の仕組み③>

現代の海外情勢で言えば、中東など戦争に明け暮れる人々は阿修羅の典型です。

日本国内でも不可解な事件や金銭に関わる詐欺など、日常茶飯事に起きていますが、それらの首謀者の多くは阿修羅系の人間であることが多いのです。

また、そのように目立った行動をしていなくても、一般社会には阿修羅系の魂の方が普通にたくさん存在しています。それらの人は、普段は普通の人間と変わりない生活をしています。特別に問題を起こすことはありませんが、何らかのスイッチ(阿修羅幹部の命令)が入った時は、人間が変わったように豹変します。二重人格、多重人格と呼ばれるような人は、これに当たると考えていいでしょう。

これが、いわゆる憑依ウォークインの状態なのです。阿修羅界に所属した魂は、このように阿修羅幹部の命令に従わざるを得ないよう、魂にプログラミングされてしまうのです。

これが、私が主張している増上慢との
契約なのです。阿修羅系人間の多くの場合は、人間として生まれてくる前に、魂状態ですでに契約を交わしているのです。
<増上慢との契約>

私は、この4年間、このような阿修羅の支配下にいる、ゆうに数百人を超える人達と会ってきました。彼ら彼女らは、突然人間性が変わったような態度をとることが多いのですが、
最初の頃は何故突然豹変してしまうのか、私には理解不能でした。

阿修羅系人間と会い、いろいろな経験をして学ぶことで、やっと一年くらい前からその契約の謎が少しずつ解けてきました。

そして、ここに来て、その全容が分かってきたのです。現在の地球は、このような阿修羅系人間によって支配されているのです。

しかし、深刻に考える必要はありません。地球上の波動が上がるにつれて、この状態は自然に解決されていくのです。もうすでに改善の方向へ向かっています。


ただし、阿修羅に誘われた魂の全てが、悪の誘いに乗る訳ではありません。阿修羅系の魂は、今日まで徐々に増えてきているものの、多くの魂は悪の誘いを断ち切り、吉野川を下って、次の転生の準備をしているのです。

それでは、「魂群は、何のために吉野川を下っていくのでしょうか?」

これを一言で言うなら、魂の修行浄化のためということになります。

次は吉野川の地図です。
<地図:吉野川流域

吉野川は、四国中央に源流を持ち、東側に流れて高知県と徳島県の県境付近から北上し、急流を流れていきます。

そして徳島県三好市の中央構造線上にさしかかった時に、再度東側へ流れて阿波市を通って徳島湾に注ぎます。

三好市中心部に到達するまでの吉野川の上流は、くねくねした激流の連続です。

この激流を、人生終了直後の魂が流されて行くことで、波動の高い吉野川の水に洗われ、邪気、邪念がはがされていくのです。

人生を全うしたばかりの魂は、全ての魂が、欲望にまみれた人間生活で、何らかの垢が付いています。それらの魂が、霊界に行って反省会を行った後、これまでの邪気、
邪念という垢を落とす作業、が、吉野川下りなのです。

世界中の人間だった魂は、一旦四国の地下に集められ、吉野川を下って、まずは大きな垢を落とす修行をさせられるのです。

吉野川の支流を含めた上流の水の色が、濃い青っぽい緑色をしているのは、垢(邪気、邪念)を持ったままの魂が流れていく様子なのです。

吉野川源流


これらの魂の垢がだんだん取れていき、吉野川中流域に達すると、川の色も随分薄くなり、透明に近くなっていくのです。これは魂から邪気、邪念が取れていった状態なのです。

吉野川中流、下流域はかつての阿波国ですが、阿波とは、たくさんの魂がくねくねした吉野川を流れていく様子を波に例えたものなのです。

そして、徳島湾に到達した魂は、邪気、邪念が取れた、まっさら状態、精霊になるのです。その後、次の転生先が決められるのです。

四国には、とんでもなく凄いシステムが隠されていたのです。これぞ、まさしく神国日本だけの仕組みなのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-09-29 00:00:00

四国の秘密その1

テーマ:浄化システム
8月に四国を訪れました。これまで、香川県、徳島県には3度ほど行ったことがあったのですが、今回は初めて高知県を訪れました。

四国と言えば、まず私が思い浮かぶのは四国八十八カ所、いわゆるお遍路です。

お遍路とは、四国四県にまたがった88カ所の寺院のつながりです。
<WIKI:四国八十八カ所>

空海は、何のためにお遍路を開設したのか、その理由ははっきりしていませんが、四国は霊的に重要な場所であると思われます。

神国日本は世界の雛形なのですが、四国はオーストラリアとリンクしています。
<結界の真実①>

30万年前の神代の世界を描いた出口王仁三郎の霊界物語では、オーストラリアは龍宮の島として描かれています。海底から繋がったオーストラリア大陸内部には、地上とは異なる龍宮城がある世界が存在していたようなのです。当時の日本はオノゴロ島でした。

今から1万年前以内に、オノゴロ島から現在の日本列島に変わったようなのですが、その時に今の形になった四国は、オーストラリア大陸とリンクさせられたのです。従って、四国の地下には別世界が存在するようなのです。

それが、根の国であり、黄泉の国だと、私は思っています。

空海が四国にお遍路を開設したのは、このように四国が霊的に重要な場所だからなのだと思います。

お遍路は、阿波国(徳島県)に23カ所、土佐国(高知県)に16カ所、伊予国(愛媛県)に26カ所、讃岐国(香川県)に23カ所存在しています。
<WIKI:四国八十から八GE>

お遍路

(ウィキペディアより引用)

一部山岳にもありますが、基本的に、四国を海岸沿いに一周するように寺院が配置されています。

ただし、私がより重要だと思っているのは、八十八箇所の寺院がある場所というよりも、四国の中心部辺りなのです。

四国がリンクするオーストラリア大陸の中心部、ヘソにあたる場所には世界最大の単一岩であるエアーズロックがあります。これは偶然ではないはずです。理由は分かりませんが、創造主は、意図的にオーストラリア大陸中心部にエアーズロックを設けたのです。

それでは、四国のヘソに当たる場所には何があるのでしょうか?

答えは「早明浦ダム」です。
<地図:早明浦ダム>

「えぇ!人造物?」と思われるでしょうが、これは阿修羅によって結界を張られた結果なのです。

早明浦ダムが出来たことにより、周辺一帯の農村はダムの底に沈みました。この辺りは、四国の中心地として、古代から信仰が盛んだった場所なのです。現在も早明浦ダム近くには、その面影が残っています。

阿修羅はダムによって、四国の重要なヘソに結界を張ったのです。

(神仏分離・廃仏毀釈の面影を残す若一王子宮)

早明浦ダム①


物凄い神気だった。

早明浦ダム②


そして早明浦ダム湖の中にはポツンと小島として守護神が残されています。

早明浦ダム④


霞が凄い!

早明浦ダム③


何故、四国の中心部が霊的に重要な場所なのでしょうか?

これを解明するためのヒントは土佐という地名です。

現代で土佐といえば、今の高知市周辺一帯のことを指す場合が多いと思います。高知市の西側には土佐市がありますし、高知市内にはかつての土佐国一宮である土佐神社も鎮座しています。

しかし、私が気になる土佐はもう一つの土佐です。前述の早明浦ダムそばにも土佐があるのです。高知県土佐町です。

この土佐町こそ、位置的に四国のヘソに当たる場所なのです。

『土佐』の佐とは人の魂のことを表します。土は文字通り、陸地を指します。

実は、土佐町、早明浦ダムに沈んだ場所周辺は、土中から魂が出現してくる場所だったのです。そこに結界を張ったのが早明浦ダムだったということなのです。

さらに言えば、四国の地下には、広大な根の国・黄泉の国が存在しているということなのです。

人生を全うした人間、動植物の魂は、四国の地下の黄泉の国に一旦集められます。そして、霊界の手続きに沿って、その魂が、土佐のヘソから出てきて、吉野川を下っていくのです。

早明浦ダムから見た吉野川。

早明浦ダム⑤


その吉野川を下って浄化システムに繋がるということなのです。

早明浦ダムは吉野川上流にあります。阿修羅が、魂の流れに制限をかけたのです。

つづきは、次回にご紹介します。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-09-22 00:00:00

雷の真実

テーマ:科学の真実
8月は西日本を中心に豪雨が猛威を振るいました。今月にはいると関東や北海道でも豪雨です。

波動が上昇し、本来の季節に戻り、秋雨前線が本来の時期に活動するようになったところに、阿修羅が陰のエネルギー(邪気)を送り込み、豪雨になるように仕組んだものである、ということは先日ご紹介しました。
<季節が本来の姿に戻る!>

各地で水害の被害が続出しましたが、豪雨の際、水害についで怖いのはですよね。

8月下旬には、私が住む福岡でも物凄い音の雷が鳴り続け、何度も自宅近辺に落ちました。怖いですよね。

ところが、この雷の発生原因は、
現代科学では完全に解明されていないそうなのです。
<WIKI:雷の発生原理>

雨雲の中で電位差が生じ、放電が地上に向けて行われることを雷と呼んでいるのですが、何故電位差が生じるのかが解明されていない、ということのようです。

雷は、昔から「地震、雷、火事、親父」と諺があるように、怖いものの代名詞であり、悪いイメージが強いですが、本来の雷は悪玉ではなく、善玉だったのです。

結論から言えば、現在の雷は偽物、ということになります。

「嘘だろう?」と思われるはずです。

それでは、本物の雷とはどういうものなのでしょうか?

ウィキペディアにヒントが書かれています。

善玉の雷とは
『稲妻』です。

雷のことを稲妻とも言いますが、この言葉は「稲の妻(配偶者)」という意味から来ていると書かれています。

「稲が開花し結実する旧暦(太陰暦)の夏から秋のはじめにかけて雨に伴い雷がよく発生しその落雷によって大気中の窒素が田畑に固着されるため、落雷した稲穂は雷に感光することで実る、という理解が生まれ、雷を稲と関連付けて "稲の「つま(=配偶者)」" と解し、「稲妻」(いなづま)、あるいは「稲光」(いなびかり)などと呼ぶようになったといわれている。」
<WIKI:雷の語源>

つまり、雷が鳴ることで、肥料の三大要素とされている空気中の窒素が水田に供給され、穂が実りやすくなるようなのです。これは昔から知られていることのようです。

火雷神(ほのいかづちのかみ)、大雷神(おおいかづちのかみ)、別雷神(わけいかづちのかみ)など、雷神を祀る神社は全国に見られますが、特に北関東には雷電神社(らいでんじんじゃ)が集中しています。
<WIKI:板倉雷電神社>

雷電神社の総本社とされている群馬県板倉町にある雷電神社

雷電神社②


雷神と聞いて、皆さんには悪玉の印象があるはずです。漫画ワンピースの強敵エネルがそうでしたね。

従って、現在でも雷が多い北関東地域では雷の難を抑えるために雷電神社として祀っているのだと思いがちですが、実はそうではないのです。

前述の稲妻でも分かるように、本来の雷は農業にとってありがたいものだったのです。

窒素の供給だけでなく、雨を降らして田畑を潤おしたり、害虫を防いだりする効果が本来の雷の役目であり、その雷を司っていたのが本来の善玉の雷神なのです。

ところが、この善玉の雷神が封印され、悪玉の邪神が雷神にすり替わってしまったのです。

記紀のイザナギ、イザナミの物語で、次のような場面があります。、

「イザナギは、イザナミに逢いたい気持ちを捨てきれず、黄泉国(よみのくに)まで逢いに行くが、そこで決して覗いてはいけないというイザナミとの約束を破って見てしまったのは、腐敗して蛆にたかられ、八雷神(やくさのいかづちがみ)に囲まれたイザナミの姿であった。その姿を恐れてイザナギは逃げ出してしまう。」

この中に出て来る八雷神というのが、邪神(つまり阿修羅界の存在)なのですが、本来の雷神にすり替わったものなのです。

ギリシャ神話で登場する天空神ゼウスも雷神ですが、これは本来の善玉の雷神を改竄し、悪玉の雷神を天空神としてトップに据えたものなのです。
<オリンポス13神>

本物の雷は、善玉の雷神だけではなく、雷神と対となる風神がいてこそ、発生可能なのです。

雷神と風神と言えば、何といっても俵屋宗達が描いた国宝の襖絵『風神雷神図』が有名です。
<WIKI:俵屋宗達>

風神雷神(宗達)

(ウィキペディアから引用)

左が雷神で、右が風神です。

俵屋宗達が、何故、この襖絵を描いたのか。それには意味があるのです。

雷神と風神の間には、ゼロ磁場が出来るのです。

私は見た経験がありますが、晴れた状態から突然の雨となり雷が生じる過程で、最初に起きるのは風が吹き枯葉が舞いだすことです。

周辺に突然強風が吹き出し、その後、上空を雨雲が覆いだします。
そして、小雨が降りだし、だんだん強くなっていきます。
さらに、空が光り、雷鳴が鳴りだし、雷が発生します。


この雷の発生を司っているのが雷神と風神なのです。

まずは、風神が辺りに風を吹き出し、雨雲を呼びこんで、周辺一帯の地上にマイナスイオンを発生させます。

その上空に雷神がやってきて、雲の上空にはプラスイオンが集まります。

地上のマイナスと上空のプラスの間でゼロ磁場となり、電気が発生し、上空から地上に流れるのです。これが雷です。

風神雷神は、地上での人間の生活をサポートするために、古代から活躍していたのです。決して雷で人を傷つけるものでないのです。

従って、古来の人々は、雷を重要なものと知っており、雷神を雷電神社等で祀っていたのです。また、全国には、風神雷神像を楼門に祀っている寺院がありますが、これはその地域の守り神として崇めているのです。

ところが、阿修羅は、これらの雷神系神社や風神雷神の寺院に結界をはり、風神雷神に本来の活動をさせなくしたのです。

その結界、特に近代以降、雷によって山火事が起きたり、犠牲者が出たりするようになったのです。阿修羅は雷、つまり、風神雷神を悪玉に貶めたのです。

俵屋宗達が風神雷神図を描いた後、尾形光琳が登場し宗達の風神雷神図を模写します。
<WIKI:尾形光琳>

これですね。

風神雷神(光琳)

(ウィキペディアから引用)

宗達の風神雷神図と比較すると全体的に暗いイメージです。特に風神雷神が乗っている雲は黒い雲です。これは、波動が低い邪気の塊の雲をイメージしているのでしょう。

結論は、宗達が描いたものが本来の風神雷神図で、光琳が描いたのは阿修羅系の風神雷神図ということになります。

そもそも、宗達が描いたものを模写した光琳の絵が、重要文化財になることに疑問を覚えませんか?

私は、尾形光琳は素晴らしい画家だと思いますが、おそらく後年に阿修羅にすり替えられ、偽物の尾形光琳が宗達の風神雷神図を模写し、阿修羅系が本物風神雷神であると主張したのでしょう。

歴史の奥は深いのです。

悟りを求めるため仏教の修行者たちは雷に打たれることを望んでいた、という伝承を聞いたことがあります。

現在のような偽物の雷に打たれると、悟りを開くどころか死んでしまうでしょう。

ところが、本物の風神雷神が起こす雷に打たれた時は、気持ちがいいはずです。

世界中の波動が完全に上がれば、本物の雷を見ることが可能になると思っています。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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