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2014-04-14 00:00:00

富士の火ライン

テーマ:宇宙の真実
神国日本の浄化システムについてご紹介してきました。
<神国日本の浄化システム⑥>

6回シリーズで書いてきた内容の要点は、水を利用した邪気の浄化プロセス、神気を含んだ(波動が高い)新鮮な水の供給方法についてです。まだまだ、奥の深い仕組みが隠されているとは思いますが、概要はこの通りです。

この水のラインが日本中に張り巡らされており、地球上の海流と連動して日本の波動を高め、その波動が世界各地にリンクしているのです。
<結界の真実①>

そのような重要な場所には、水神様や龍神様、水分神社、貴船神社等の神社や、寺院が必ずと言っていいほど鎮座・建立され浄化機能を守護しています。

しかし、昔から阿修羅によって結界が張られ来て、その機能が制限され、日本の波動、ひいては世界の波動が低下していたのです。

ところが、ここ2年間で、その結界が解かれ出し、水のラインの浄化機能がだんだん復活し、今本来の姿にもどりつつあります。それによって日本の波動が高くなり、連動して世界中の波動もだんだん上がっているのです。

現在、波動が高くなっている証拠は、誰でも目にすることができます。濃い青から薄い青、白っぽく透き通ってきた空

それと、最近誰もが感じているはずです。日本中に出現しているモヤのような状態。私は高天原状態と呼んでいます。

これはモヤなどではなく、邪気を浄化する過程で発生している高い波動の状態なのです。たぶん、現代科学では解明できないものだと思います。

この状態の事を、昔の人たちはと呼んでいたのだと思います。日本各地に霞がついた地名がたくさんありますが、その場所は浄化システムの中心場所だったのです。そういう山岳地帯に修験道が発展したのです。修験道が日本独特の文化であるのは、浄化システムとリンクしているのです。修験道の縄張りを霞と呼ぶのは、このことから来ているはずです。

東京には霞が関という場所がありますが、あの場所は、古代は東京湾に面した浄化場の一つだったのです。皮肉にも、霞が関は現在では官僚の街となり、極端に波動が低い場所にされています。

これらを知られたくない阿修羅は、PM2.5という新しい概念を作りだし、中国の大気汚染による悪影響とマスコミを通じて流し、何も知らないマスコミもそれに乗せられ、気象予報士なる低レベルな人たちが注意喚起を促しています。情けないことです。
<PM2.5の欺瞞>

ことの本質を知っている人間からみれば、人間は簡単に洗脳されてしまうものだと、背筋が冷たくなります。これは人類洗脳のほんの一例なのです。

さて、その水ラインを陽とすると、陰の対極に位置するのが火のラインです。火とは簡単に言えば、地底のマグマの流れです。

人間の体に例えると、水のラインは水分を取り入れ、その水分が体中を血液・リンパ液となって流れ、最後は尿となって体中の老廃物を排斥している流れです。

一方、火のラインは、人が食物を食べ、それを消化し、栄養分を燃焼させることで体中に栄養分が血液によって配給されるのと似ています。燃焼が火、マグマにあたるのです。

以前、<火のライン復活>という記事を書きました。
<火のライン復活>

三島大社の結界が解け、伊豆半島から伊豆諸島、小笠原諸島と繋がったマグマの流れが活発化しだしました。人間に例えると血のめぐりが良くなったのです。その結果、西ノ島の隣の海底火山が噴火し新島が誕生し、その後、西ノ島とくっついたのです。

火のラインは、地球内部を動脈のように流れ、地球の波動を上げているのです。

この火のラインですが、火のラインの地球の中心は富士山なのです。富士山は太古の昔、30万年以上前は、天教山と呼ばれ、高さ18000メートルを誇る世界最高峰だったようです。まだ太平洋上にムー大陸があった時代です。
<オノゴロ島の真実>

その後、ムー大陸が沈下し、富士山も沈降し、大幅に低くなったのです。これが、オノゴロ島の時代。それが約30万年間続きます。

そして、約5000年前に今の日本列島の姿になり、現在の富士山の高さ、形になったようです。

低くなった富士山ですが、火のラインの中心という性格は変わっていません。火のラインは、富士山から南方面は、伊豆、伊豆諸島、小笠原諸島を経由してハワイにまで繋がっています

さらにハワイから南太平洋の島々、インドネシアを経て、ヒマラヤ造山帯から西は大西洋のアイスランドまで、南西はアフリカ大陸大地溝帯にまでつながっています。火のラインが世界の波動を支えているのです。

富士山を守護していると言えば富士山本宮浅間大社です。全国にたくさんある浅間神社の総社とされています。

しかし、浅間大社以外にも重要な神社があります。

それが、北口本宮冨士浅間神社東口本宮冨士浅間神社。北と東という方角が社名についた神社です。

[北口本宮冨士浅間神社]

北口本宮冨士浅間大社①

素晴らしい波動!

北口本宮冨士浅間大社②

3月中旬。2月の大雪がまだ残っていた。

北口本宮冨士浅間大社③


[東口本宮冨士浅間神社

東口本宮冨士浅間大社①

東口本宮冨士浅間大社②


北と東があるなら、南と西もあるはずですが、南口と西口と名前のついた浅間神社はありません。その代わりに、富士山の南口には須山浅間神社、西口には人穴浅間神社があるのです。

南口の須山浅間神社は、さらに南方にある前述した三島大社と繋がっていて、ハワイ、アイスランドに繋がっているのです。

ということは、北口、東口、西口の三ヵ所の浅間神社も、同様に火のラインの流れの出口になっているはずなのです。
富士山を中心に東西南北四方に火のラインが流れ、世界中に高い波動が供給されているのです。凄いでしょう!


北口や東口は環太平洋造山帯に繋がっているはずですし、西口は九州の九重、阿蘇、雲仙、高千穂、桜島の活火山と繋がっているのです。まさしく神国日本です。

実は、富士山本宮浅間大社はレプリカのようなのもので、真に富士山を守護しているのは、東西南北4つの浅間神社だったのです。

水のラインと火のライン。併せて火水。これから神という言葉が発生したのでしょう。神とは、元来は国造をした大己貴命や少彦名命などの神代の肉体を持った神々を指しているのです。

この二つのラインが神国日本の波動を高くしているのです。

そして、二つのラインの産物が、日本中至る所に湧き出る温泉なのです。温泉に入って気持ちがいいのは、波動が高いからです。温泉を造ったのも神代の神々なのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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2014-04-07 00:00:00

すり替わりの真実(幕末維新)③

テーマ:歴史の真実
前回のつづきです。

<すり替わりの真実(幕末維新)①>
<すり替わりの真実(幕末維新)②>

西郷隆盛は少なくとも4人が存在し、西南戦争終結時に大連に逃げ延びたことが前回まで要旨でした。

今回、その続きを書きます。

大連に逃げ延びた西郷隆盛(川崎尚之助)は、その足で朝鮮半島(李氏朝鮮)に渡ります。

当時の李氏朝鮮は、日本と友好的な国です。元来、朝鮮半島は古代(3000年くらい前)より日本人の末裔が別れて居住し始め、統治していた国なのです。

それに対して、阿修羅は、日本と同じように朝鮮半島も支配しようとしてきたのです。高句麗、新羅、百済、任那に分裂させ、戦争に導いたのも阿修羅です。

第2の仏教公伝(最初は2500年以上前のこと)は、欽明天皇の時代。この時代、仏教は百済から伝わっています。
<ナウマンゾウの真実>

百済からは仏教政治を行うため蘇我氏がやってきました。その前には、仏教伝来の仕掛人欽明天皇が隣の任那から渡ってきています。

それ以前の仲哀天皇、神功皇后も、阿修羅に支配される前の任那の出身です。実は、神功皇后の三韓征伐とは、阿修羅に乗っ取られた朝鮮半島を取り戻すために戦ったものなのです。朝鮮半島の支配目的ではなく、朝鮮半島からの阿修羅駆逐のために戦ったのです。


ただし、神功皇后も蘇我氏も欽明天皇も、その祖先は日本の皇室に繋がるのです。朝鮮半島の王朝は、2000年以上前に日本の皇室から分派したものなのです。

現在の朝鮮半島は、完全に阿修羅に支配され、かつての皇室と関係があった王族は一掃されてしまいました。それら王族の末裔は、現在では差別を受け、奴隷のような扱いを受けているのです。一部は日本にも渡ってきて差別を受けています。

神功皇后の時代以降、日本は、朝鮮半島を阿修羅から救うため援軍を送ってきました。天智天皇の時代の白村江の戦いもそうです。豊臣秀吉の時代の朝鮮出兵も、実は阿修羅と戦っていたのです。

同様に、幕末から明治初期にかけても、阿修羅との間で朝鮮半島を巡る攻防が続いていたのです。

西南戦争に至るきっかけは、西郷隆盛が主張した征韓論と言われています。征韓論と聞くと、日本が朝鮮半島を支配しようとしているように思えますが、これは阿修羅(偽岩倉具視、偽大久保利通、木戸孝允)による改竄なのです。
<WIKI:征韓論>

実は、西郷隆盛(川崎尚之助)が主張していたのは、阿修羅に支配されそうになっている李氏朝鮮を救うため、朝鮮半島に援軍を派遣しようとしていた遣韓論(けんかんろん)なのです。

しかし、当時の明治政府の中枢は、ほとんど阿修羅にすり替わられています。岩倉具視、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文等。遣韓論の西郷の主張は、阿修羅によって征韓論に置き換えられ、西郷は孤立し、明治六年の政変に繋がるのです。
<WIKI:明治6年の政変>

これがきっかけとなって、西郷は阿修羅によって逆賊と見なされ西南戦争に突入したのです。如何に皆さんが習ってきた歴史が、阿修羅によって改竄されたものなのか分かるはずです。歴史書とは勝者による改竄されたものなのです。洗脳されたままではいけませんよ。

西南戦争を逃げ延びた西郷隆盛(川崎尚之助)は、大連経由で李氏朝鮮に入ります。この時に、一緒に連れて行ったのが、大河ドラマ八重の桜の主人公山本八重(後の新島八重)なのです。
<WIKI:新島八重>

山本八重は、明治維新後、同志社大学創業者の新島穣と結婚し、新島八重となります。

しかし、山本八重と新島八重(次の写真)は別人なのです。山本八重は西郷(川崎
尚之助)とともに李氏朝鮮に渡たるため、別人に山本八重にすり替わってもらったのです。その別人の山本八重が、後に新島八重となったのです。

[新島八重](ウィキペディアから引用)

新島八重


李氏朝鮮に渡った西郷と、その妻である山本八重は、阿修羅に侵略されかけていた李氏朝鮮王朝に救世主として入り込みます。

当時の李氏朝鮮は、第26代国王高宋(1863年-1897年)の時代。民間から皇后になった
閔妃(みんび)がクーデターを起こしていました。

閔妃は、元は悪い人間ではなかったのですが、阿修羅(九尾の狐)によってそそのかされ、阿修羅侵略の立役者となってしまっていたのです。高宋も完全に阿修羅に操られていたのです。

朝鮮半島は、完全に阿修羅の手に落ちそうな情勢だったのです。

そこに遣韓論を主張していた
西郷と八重が日本から逃れて朝鮮半島に現れます。そして、天の采配で高宋と
閔妃にすり替わり、李氏朝鮮を阿修羅の手から取り戻そうとします。西郷は持論の遣韓論を、身を持って実現しようとしたのです。1878年から1895年にかけてのことです。
<WIKI:閔妃>
<WIKI:高宋(朝鮮王)>

結局、
閔妃は1895年10月に暗殺されることになりますが、これはすり替わった山本八重ではありません。最初の閔妃だったようです。歴史の闇は深いのです。
<WIKI:乙未事件>

閔妃にすり替わっていた山本八重は、暗殺を逃れ、秘密裡に帰国し、なんと晩年の勝海舟にすり替わるのです。その勝海舟がこの写真。

<晩年の勝海舟>(ウィキペディアから引用)

勝海舟③


若い頃の勝海舟の顔と明らかに異なります。

<明治維新直後の勝海舟>
(ウィキペディアから引用)

勝海舟②


とにかく、我々が習う歴史とは非常識なのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-03-31 00:00:00

すり替わりの真実(幕末維新)②

テーマ:歴史の真実
前回のつづきです。
<すり替わりの真実(幕末維新)①>

明治新政府とは、天皇をトップとした多くの為政者たちが、直前に阿修羅によってすり替えら、乗っ取られたものと言えるのです。

阿修羅達は、自分たちの好き勝手な国にするために、全うな魂を持つ為政者たちを、陥れていったのです。

現代の政治も、すり替わりこそありませんが、政治家の多くは阿修羅にコントロールされています。阿修羅界出身の魂も多いでしょう。政治家を尊敬できないのは、彼らの魂レベルが低いからなのです。

しかし、幕末・明治維新の時代にも、阿修羅によってすり替わられることなく、阿修羅と戦った維新メンバーも数人はいたようなのです。その代表格が西郷隆盛なのです。この肖像画の人物ですね。

[皆さんが良く知る西郷隆盛の肖像画]

西郷隆盛


西郷隆盛については、以前、次のような記事を書きました。
<西郷隆盛の真実①>
<西郷隆盛の真実②>

今回は、この記事に繋がる驚愕の真実をご紹介します。


前回記事で、本物の維新メンバーをご紹介しました。

[本物の維新メンバーが連なっているフルベッキの集合写真]

明治維新

明治維新人物名

フルベッキの写真では、13番の人物が西郷隆盛です。

皆さんがご存知の西郷隆盛(前掲)とは、顔が全く違いますね。

フルベッキの写真が本物だとすると、皆さんが良く知る西郷隆盛の顔は、偽物の阿修羅にすり替えられた人物、ということになるのでしょうか?

いいえ。どちらも本物の西郷隆盛なのです。

「えぇっ!どういう意味?」


実は、歴史上で活躍した西郷隆盛には、複数の人物が存在するのです。信じられないでしょうね。

は、幕末・維新の阿修羅の攻勢に対抗するため、西郷隆盛のすり替えを、複数の人物に命じたのです。

現時点で、私が知っているだけで、本物の西郷隆盛として活躍した人物は4人います。(もっと多い可能性もありますが、主は4人と考えてよさそうです。)

皆さんが良く知る西郷隆盛の肖像画は、そのうち最後の4番目の人物の顔なのです。

また、前掲のフルベッキの写真の西郷隆盛は、3人目の人物のものだと思います。

まず、じっくりウィキペディアの西郷隆盛の経歴を読んでみてください。
<WIKI:西郷隆盛>

西郷隆盛は、1828年生まれ。薩摩の下級藩士の出身です。

その下級藩士が、後に「維新の三傑」とか「維新の十傑」とか呼ばれ、維新メンバーの中でもっと重要かつ有名な人物になります。

歴史上、このように突然に救世主が出てくる場合が何度もあるのですが、このような場合は、単にその本人の力量だけではないのです。天の采配があってのことなのです。

西郷隆盛は、薩摩藩の名君、第十一代藩主、島津斉彬に見いだされます。その斉彬は1858年に亡くなります。(たぶん、これは阿修羅による暗殺です)

斉彬の死にショックを受けた西郷隆盛は、1858年11月入水による自殺を図りますが、命は取り留めたことになっています。この後、薩摩藩は西郷隆盛を奄美大島に潜居させます。

どうも、この時期に、2人目の西郷隆盛が登場し、初代とすり替わったようなのです。

2人目にすり替わった人物とは、一体誰だと思いますか?

驚愕ですよ。

その人物とは、なんと浮世絵師の歌川広重なのです。

(ウィキペディアより転載)

歌川広重


誰一人として信じられないでしょうね。(笑)

<WIKI:歌川広重>

歌川広重と言えば、有名な絵は東海道五十三次。なんと3年前に関係する記事を書いていました。
<東海道五十三次の謎>

実は、歌川広重は単なる浮世絵師ではないのです。今風にかっこよく言えばサイキック。覚醒していた人物なのです。

東海道五十三次を初め、広重が書いた絵には謎があるというよりも、ヒントが隠されているのです。そのヒントとは、阿修羅によって結界が張られ場所を、後世に残すために書いたものなのです。私はそのヒントを参考にしています。

歌川広重は、1858年に亡くなったことになっています。

これは表向きの話で、裏で初代西郷隆盛とすり替わったのです。その時期が1858年末から1859年初頭の奄美大島での出来事だと思われます。

この後、広重がすり替わった西郷隆盛は、全国的に知名度を上げていきます。禁門の変第一次長州征伐第二次長州征伐(1864年~1865年)

しかし、詳細はまだ分かりませんが、2人目西郷隆盛、つまり歌川広重は命を落とすことになります。1865、6年頃のことです。

阿修羅の攻勢を受けている幕末の激動期。このまま西郷隆盛がいなくなったとなっては、正規軍は動揺し、世の中が阿修羅によってどんどんまずい方向に導かれていきます。


そこで、天は、3人目の西郷隆盛を用意し、すり替えたうえで、西郷の死亡を隠します。そうやって登場したのが、前掲のフルベッキの写真の3人目の西郷隆盛です。3人目の前身は現時点では良く分かっていません。

当時は、現在のように情報メディアが発達していませんから、良くも悪くもすり替えが可能だったのです。一般大衆は、為政者の顔をなかなか把握することができない時代ですから。

3人目の後、すぐに4人目にすり替わります。1868年初め頃だと思います。それが、みなさんが良くご存じの西郷隆盛なのです。

この4人目の西郷隆盛とは、実は会津藩士の川崎尚之助なのです。昨年のNHK大河ドラマの「八重の桜」、山本八重の最初の主人ですね。
<WIKI:川崎尚之助>

川崎尚之助は1875年に亡くなったことになっていますが、それは別人でしょう。

この西郷隆盛は、1877年の西南戦争まで阿修羅政権を牽制し、明治の悪政を和らげていったのです。

しかし、1877年、不利になった西南戦争の中で、4人目の西郷隆盛は、影武者を立て大連に逃亡します。影武者は自刃し、西郷隆盛はとうとう死んだことになったのです。

しかし、大連に逃亡した西郷隆盛(川崎尚之助)は、このままでは終わらず、なんとさらに別の人物にすり替わったのです。

ここから先も驚愕のオンパレードです。それは次回に書きます。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

2014-03-24 00:00:00

すり替わりの真実(幕末維新)①

テーマ:歴史の真実
以前の記事で、歴史上の為政者等の偉人が、阿修羅によってすり替えられてきたことを書きました。

神武天皇。
<天皇の真実>

大伴弟麻呂、坂上田村麻呂。
<最澄と空海>

信長、家康。
<三英傑の真実>

これらは、まだまだほんの一例であり、阿修羅によるすり替わりは、歴史上頻繁に行われてきたのです。歴史書に残っている肖像画等は、偽物の場合も多いのです。

ただし、これらは大昔の出来事です。今更、私が真実を書いたところで、皆さんにとっては確固とした証明にはならないでしょう。これを受け入れられるかどうかは、魂の波動が高いかどうかにかかっているのです。分からない人には分かりません。私が常々波動を上げようと言っているのは現代常識という洗脳から逃れるためです。

しかし、近代に入った幕末・明治維新となると、すり替わりに対する感覚も少しは変わってくるはずです。当時のすり替えられる前の本物の写真が残されていたり、地域によっては、真実の伝承が言い伝えで残されていたりします。

これらの真実の情報は、阿修羅によって抹消されようとしてきたのですが、時代が浅いこと、写真等の技術が登場したことによって、大昔と違い完全に抹消されることがなく、残っているものがあるのです。

その情報の際たるものが、幕末オールスターのフルベッッキの写真です。以前も紹介しました。

明治維新

(クリック拡大)

明治維新人物名


<WIKI:フルベッキ群像写真>

この写真は、オランダ人宣教師フルベッキ(他に子供一人)と幕末・維新のオールスター44人が一堂に会して撮影されたものとされています。

名前を見ていただければ、西郷隆盛、岩倉具視、大久保利通、桂小五郎、坂本龍馬、勝海舟など、維新の有名どころの偉人がほとんど写っています。

しかし、じっとその顔を見ると、我々が歴史書等で見る人物の顔と、全く違うのに気付かれるはずです。

従って、このフルベッキの写真は、偽物だとも言われています。

しかし、これがまさしく本物なのです。

ここに写っている44人こそ、真の維新メンバーだったのです。

ウィキペディアによれば、この写真が撮られたのは、明治元年(1867)10月頃、または明治二年(1868年)頃ではないかと推測されています。

しかし、私は、もう少し早い時期ではないかと思っています。

孝明天皇が崩御し、明治天皇が即位したのが1867年1月30日です。

明治天皇と言えばこの人物。

明治天皇


これは偽物の明治天皇です(とは言っても偽物が44年間天皇を全うしてしまったわけですが)。増上慢がすり替わったものです。すり替わった時期は1867年の中頃でしょう。

フルベッキの写真の明治天皇の顔と比べて見てください。全く異なるでしょう。フルベッキの写真が正しいのです。従って、フルベッキの写真が撮影されたのは1867年3月前後一ヵ月くらいの間でしょう。

しかし、本物の明治天皇は、王政復古し、新たな時代に変えようとした矢先に、増上慢によって朝廷ごと乗っ取られ、すり替えられてしまったのです。その結果、明治維新は、孝明天皇が生前描いていたものと大きく異なってしまったのです。

すり替えられたのは、明治天皇だけではありません。

維新の英傑、大久保利通、桂小五郎、坂本龍馬、岩倉具視、大村益次郎、副島種臣、大熊重信など、多くの為政者が1867年後半から1870年頃にかけてすり替えられていったのです。

皆さんが良く知っている写真(ウィキペディアから引用)をフルベッキの写真と比較して見てください。全く別人に変わっています。

・岩倉具視

岩倉具視


・大久保利通

大久保利通


・桂小五郎(木戸孝允)

木戸孝允

・大熊重信

大隈重信


これらは全て偽物の阿修羅がすり替わったものなのです。驚愕でしょう。

さらに言えば、これらの阿修羅とは、コピー肉体を現世に持ち込んだ人物ですから、この肉体、この顔の人たちが、全員、現代に阿修羅界から転生して普通の人のようにすごしているのです。実は、私はブログを始めてからこの人達と会っています。これらの写真を見た瞬間、目を疑いました。

ちなみに、維新の立役者の一人とされている三条実美も阿修羅です。

三条実美


ところで、維新メンバーで最も有名な人物、西郷隆盛は阿修羅のすり替えではありません。この44人のうち、数人は阿修羅のすり替えから逃れています。ただし、フルベッキの写真の西郷隆盛と、皆さんがよくご存じの西郷隆盛の顔は違いますよね。

この背景には驚愕の事実が隠されているのです。それは次回にでもご紹介します。

その西郷隆盛と、同じ薩摩藩出身の盟友であるとされている大久保利通(前掲の写真)。後に大久保は西郷と袂を分かち、西南戦争で地元薩摩を攻撃してしまいます。

現在の鹿児島では大久保利通の評判は悪いです。それは、単に西郷を裏切っただけではないからです。鹿児島のお年寄りたちは、大久保利通が別人にすり替えられたことを親たちに聞かされてきて知っているからなのです。だから、出身地を戦争に巻き込むようなことをしたのです。

現代人は洗脳教育によって、そんなことはつゆも知らないでしょうが。

大久保利通が正しい政治をしていたのであれば、西南戦争で敗れた西郷隆盛こそ逆賊になっているはずなのですが、現実にはそうはなっていません。これこそがすり替わりの証明でもあるのです。

今でも、この世には、たくさんの阿修羅族がいるようです。その数がどれくらいなのかは私は把握していませんが、相当な数に登るのは間違いありません。

現代で、おかしな事件が発生する裏には、ほとんどすべてこの阿修羅族が関わっているのです。

ただ、だからと言って阿修羅族を排除すべきではありません。阿修羅族の魂は、もともとはきちんと六道輪廻していた魂達です。ちょっとした欲望にくらんで、阿修羅界に誘われ、増上慢と契約してしまったのです。

その結果、増上慢を唯一の神として仰がなければ、阿修羅の世界で拷問を受けてしまうのです。私は、結果的にたくさんの阿修羅族と会ってきましたが、彼ら彼女はそんなに悪い人達ではなかったです。

やりたくないないことを、増上慢との契約があるから、仕方なくやらされているのです。可哀想な人達でもあるのです。

しかし、このような状態も近い将来、だんだんと解消して行きます。増上慢との契約に縛られない、阿修羅が跋扈しない世界はもうすぐやってきます。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-03-17 00:00:00

PM2.5の欺瞞

テーマ:増上慢の陰謀
悪夢の東日本大震災から3年が経過しました。被災された地域は、現在でも元の状態には程遠いようですが、復興を目指して前向きに進まれています。地域の波動も次第に上がっているはずです。

震災による福島第一原発の事故。(実際には事故ではなく阿修羅による仕業なのですが)

これによって、原発の危険が指摘されだしました。

国内の原発のある場所を見てください。ほとんどが、地理的に重要な場所に設置されていることが分かります。
<WIKI:日本の原子力発電所>

これらの原発を、戦争で攻撃でもされたら、日本は大変なことになります。原爆被爆国である日本に、このようにたくさんの原発を設置していったのは、増上慢の意図によるものなのです。それは、将来的に、神国日本を支配するための質としてです。

その手始めが東日本大震災だったということなのです。その次は、もんじゅに持って行きたかったのですが、これは失敗しました。原発問題はもう大丈夫です。日本の波動が上がっていますから。

ただ、一方で、最近原発ゼロを推進している輩も現れていますが、こちらも正義の味方という訳ではありません。世論を惑わせるためです。マッチポンプですね。一方で火をつけ、その一方で火を消す。阿修羅の常套手段です。こういうニュースに惑わされないようにしてくださいね。

阿修羅は、日本の波動が上がり、そして国民の波動が上がり、神国日本を支配できなくなることを恐れているのです。いろいろなニュースを流し、世論に怒りや悲しみなどの感情を常に持たせることで、国民の波動が上がり、目覚める(覚醒する)のを抑えているのです。

東海大地震や南海トラフ大地震の予測も全く同じです。かつて起きたこれらの大地震は、阿修羅による巨大な低い波動によって引き起こされてきたのです。(先週の伊予灘沖地震もそうです)

本来、日本は神国なので、波動が高く、巨大な低い波動を与えたからといっても、波動エネルギーは相殺されるので、大地震は起こり得ません。

そこで阿修羅は、神国日本の波動を、長い時間をかけ、各所に結界を張ることで下げてきたのです。そして、大地震を起こしてきたのです。

1995年の阪神大震災、2011年の東日本大震災も全く同様に低い状態の中で阿修羅によって引き起こされたのです。大地震は自然現象ではないのです。かといって陰謀系で言われる気象兵器でもありません。阿修羅による波動の低いエネルギーによるものなのです。

現在、日本の波動は日々上がっています。3年前とは雲泥の差です。東海地震や南海トラフ地震など全く心配ありません。それは、神国日本の浄化システムが復活しつつあることが主要因なのです。


大地震が起こせなくなった阿修羅は、今必死で日本の波動を下げようとしています。日本の波動が上がり、世界の波動も上がっているからです。
<結界の真実①>

ケムトレイルというのは、日本の波動を下げるために、阿修羅の世界からワープしてきた飛行機に似せた物体が、波動の低いエネルギー(邪気)を流しているものなのです。通常の飛行機雲とは全く異なります。

また、喧しい偽装ヘリ。これも阿修羅の世界からワープしてきているのですが、波動の低い音を出して波動を下げようとしているのです。

これらのことは、
波動の低い人には理解できないでしょうが、波動を上げればすぐに邪気を感じることが可能になります。

そして、昨年から阿修羅が煽りだしたのがPM2.5。一年前に記事にしました。
<PM2.5と波動>
<高天原出現>

これは、全くの欺瞞ですからね。マスコミ報道に騙されている人がたくさん見受けられますが、本当に大気汚染と思っているのですか?

これは波動が高い状態なのです。本来の神国日本の高天原状態なのです。

確かに、北京や上海などで生じているのは大気汚染ですが、日本のは違います。見た目が全く違うでしょう。大阪市などでも高天原状態になったのは、大気汚染だと大騒ぎしていましたが、騙されて恥ずかしいですよ。嘘だと思うなら、そういう状態の時に、近くの山にでも登ってみてください。空気は素晴らしいですよ。視界が悪いのは神国日本の幻想的な状態なのです。

(私の自宅から見た脊振山系)

空①

波動の高い幻想的な状況

PM2.5というのは、大気中に浮遊している
2.5μm以上の粒子の濃度が高いことを定義したものです。

実際には、各所の測定結果をごまかしている訳ではないでしょうから、数値は正しいのかもしれませんが、もし、計測値で阿修羅がケムトレイルや偽装ヘリを使って、
2.5μm以上の粒子を撒いているとしたらどうでしょう?

そもそも大気汚染と煽っていますが、光化学スモッグ警報が出ているわけでもないのです。PM2.5の濃度が高いと言っているだけです。

皆さん、思い込みがないですか?これがマスコミを使った洗脳ですよ。多くの国民がこのようにして洗脳されてきたのです。そろそろ気づいてくださいね。

現在は3年前の震災後から始まった、神国日本の波動が元の状態に戻りつつある過程なのです。たぶん、日本の浄化システムが活発に稼働している状態の際に、波動の高い状況、
高天原状態が出現するのです。

今まで、その状態を知らなかった現代人は、中国の大気汚染の影響というマスコミの報道を信じて、大気汚染だと思い込んでいるのです。そして、マスクまでしています。情報操作によって自分の波動を下げているだけなのです。全く問題ありません。それどころか、素晴らしい兆候なのです。

ちなみに、花粉症にかかる方も波動が低いのですよ。自分の波動を上げれば、薬を飲まずに花粉症も治ります。現在市販されている薬は、ほとんどが毒です。花粉症は治っても、体全体の波動を下げます。基本的に薬品は体の中にいれてはいけないのです。

とにかく、高天原状態になった時に、近くの小山などに登って体験してみてください。大気汚染との差が歴然と分かるはずです。そして、現代社会という宇宙の非常識に気づくはずです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-03-10 00:00:00

佛と神

テーマ:宇宙の真実
2013年以降から続けてきた謎解きにより、神代、上代の大まかな歴史の流れは、おおよそ把握できました。今後、各時代のより詳細が分かれば、できるだけご紹介していきたいと思います。

さて、今回は、我々日本人が普通に暮らしているなかで、生活に大きな影響を与えている佛(仏)様神様について、考えてみたいと思います。

佛様と神様については、
あまり深く考えず、なんとなく伝統的風習として従っている、という方がほとんどだと思います。

佛様は仏教で、神様は神道。皆さん、両者の違いは分かりますか?

たぶん、即座にその違いを明確に答えられる方は、数少ないと思います。答えられる方でも、正解を知っている方はまずいないでしょう。そういう私も、つい二年前までは全く分かりませんでした。というよりも、両者の違いを真剣に考えたことすらありませんでした。

現代の多くの日本人が同様だと思われます。何となく、形式的儀式的に仏教徒であり、一方で初詣は神社参りをしている、という方が多いはずです。仏教と神道の違いなど、学校教育では、ほとんど行われないし、家庭でも正確なことを教えられる人はいないので、真実を知る機会さえないのです。

仏教徒が多い日本人は、親類や友人等が亡くなった場合、「成仏して下さい」と願い、「●●さんはあちらの世界に行って、天国に行って仏様になっているはず。」という言い方を良くします。

そして、亡くなった後も、ずっと御祖先様としてお墓参りをします。

しかし、このような行為は、故人を忍びはしているものの、仏様とはどういう存在なのか?、よく分からないまま行っているはずです。

成仏するとは、になることです。佛とは、十界の頂点、輪廻転生の頂点である佛界の存在になることなのです。
<宇宙の仕組み③>

宇宙の仕組V2

(※細かい部分については修正が必要な箇所があります)

佛とは、十界の頂点の世界に置いて、肉体を持たない高次元の存在になることを指しているので、死後の魂のどれもが簡単には到達できない世界なのです。現世で肉体を持った状態で寿命を全うし、徳を積み、与えられた使命を全うし、カルマを解消するように努力し、これらの行動を肉体の死後、宇宙の法則に従って評価され、合格した魂のみ到達できる世界なのです。

肉体の死後の魂は、十界の上から2つの佛界菩薩界に到達できれば、とりあえず転生としては合格ラインを与えられるようです。神界の上に位置する上の六道輪廻の縁覚界、声聞界ですら、まだまだ修行が足りないのです。ましてや下の六道輪廻の魂は言わずもがなです。


次に、もう一方の神の定義について書きます。

日本は八百万の神が宿る国と言われ、あちこちに神社があります。そして、何か大事なことを行ったり、又は自分の身に悪いことが起きたりすると、神頼みとばかりに神社に祈願します。

神様とは、日本人にとっては精神的な最後の拠り所になっています。

しかし、日本人は、神様という言葉を、その意味をよく理解せずに使っています。

十界には、神様が存在する神(天)界という世界が、上から5番目、人間界のすぐ上に存在しています。神界の上には、声聞界、縁覚界、菩薩界、佛界という4つの世界が存在しているのです。神より上の魂の存在はたくさんいるのです。

我々が神様という時は、宇宙のトップであるとイメージしていませんか?

確かに記紀に登場する造化三神などは、創造主です。これは神という名は付いているものの、神代の肉体を持った神界の神々とは異なるのです。まさに佛界の頂点の存在なのです。本来は佛と呼んだ方がいいのかもしれません。

神様の姿は、現代では普通に見かけることは不可能ですが、神代には普通に肉体を持っていて存在していたのです。神中心の文明だったからです。海外に神殿があるのは、神が地上に存在していたからです。これらの神の多くは、上の六道輪廻の一環で、神界の神に転生して来ていたのです。佛界⇒神界、菩薩界⇒神界というふうに。

ただし、下の六道輪廻でも畜生界や人間界から神界に上がって神となった魂もあります。それらは次は上の六道輪廻を目指していたのです。

その神の下に、人間がいて、さらにその下に畜生界の動物がいて、餓鬼界に含まれる植物が存在していたのが神代です。

十界のうち、神界、人間界、畜生界、餓鬼界は、生体(肉体)を持って存在する界で、前世の所業の評価によって、それぞれの世界に転生してきているのです。

この4つの世界に、本来は妄想の世界である阿修羅界、現世とは別世界である地獄界の2つを加えて六道といい、この六つの世界で輪廻転生することを、下の六道輪廻といいます。

神が存在する神界は、下の六道輪廻の最上階に位置しています。下の六道輪廻は、主として地球上で生体を持って存在する場所なのです。

神界の中の神様には、畜生霊の神様から天照大御神や大国主神のような高い神格まで含まれています。神と一言で言っても神格は大きく異なります。天照大御神や大国主神は、当然上の六道輪廻の存在であり、それも神の寿命を全うすると次の転生で、佛界、それもお釈迦様クラスの最高ポストに就任するほどのトップ神格の存在です。

しかし、畜生霊の神の場合は、基本的には下の六道輪廻の存在ですから、まずは上の六道輪廻に行く資格を得る必要があるのです。

神界には、上の六道輪廻(佛界、菩薩界、縁覚界、声聞界、神界、人間界)と下の六道輪廻(
神界、人間界、(阿修羅界)、畜生界、餓鬼界、地獄界)の二種類の神が存在していたのです。人間も同じです。

また、上の六道輪廻の神であっても、その後、佛界に転生する魂と、声聞界に転生する魂では大きな差があるのです。

私たちは神様と言って一緒くたに表現していますが、神格には大きな幅があるということなのです。

現代では、地上には神界は実質的に存在していません。何故、存在できなくなったのか、その詳細な理由はまだ分かっていません。しかし、約3400年前の佐賀大和朝廷終了とともに神代が終了し、そこからは人間界中心の文明に移っています。

これは、神に地球の統治をまかせていたが、結局、増上慢率いる阿修羅に支配されてしまったからです。神の力では阿修羅を駆逐するには難しかったということなのです。

上代以降は、佛界や菩薩界の魂の存在が、神代の神の代わりに人間に転生してきています。しかし、神で勝てなかった阿修羅に、人間で勝てる訳もなく、いいようにやられてきた歴史です。

しかし、単なるやられっぱなしではなかったということです。人間として歴史を学び、魂を磨いてきたのです。そして、これから人間の姿をしたまま、本来の佛の力が発揮されるのです。人間が、生きたままの姿で仏像となっている●●如来や●●菩薩の姿に変わっていくのです。

私は、覚醒するということはかつての神のような神通力を持つこと、と考えていましたが、それは間違っていました。

覚醒するということは、生きながら菩薩界以上の魂の存在となり、神通力を使えるようになる、ということなのです。神よりも上の佛の存在になることなのです。

佛>神なのです

日本人が、ご祖先、仏様を供養しているのは、神以上の存在である佛様を供養しているのです。

神社の神様は、与えられた役割である地域の守護とか、水脈の守護を行っています。決して人間の欲望をかなえるために存在している訳ではないのです。そのような神社もありますが、それは邪神でしょう。

一方でご祖先の供養は、人間誕生以来の我々のご祖先を崇め、現界で存在している我々を守護してもらうためなのです。祖先供養が如何に重要なものなのかが、お分かりいただけると思います。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-03-03 00:00:00

みろくの世

テーマ:未来予測
私は歴史の改竄について、その謎を調べ真実を解き明かしているのですが、何故そんなことをやっているのかが重要なのです。

読者の皆様の中には、「歴史が改竄されていたとして、それが分かったとしても、現実世界は何も変わらないよ」と思われる方も、たくさんいらっしゃるかもしれません。

でも、そうではないのです。

私が阿修羅による歴史の改竄を暴いている理由は、何故、「人間が存在しているのか?」、その根源的な理由を知るためなのです。

その理由を多くの方が知ることにより、意識のつながりが大きく変わり、世の中の波動も一気に変わるのです。その時期は遠い未来のことではなく、少し先の未来なのです。その未来に到来する世界が
みろくの世です。

今回は、私が想像しているみろくの世界についてご紹介します。

みろくの世については、スピ系を初め、いろんな事が言われていますね。2012年マヤカレンダーによる世界終焉騒動や、アセンション騒動もありました。それらは全く的を射ていない、阿修羅による偽情報を元に踊らされたものなのです。

みろくの世の概念は、元々は仏教の弥勒菩薩信仰から来ているのだと思います。仏教で釈迦の次に如来になることが約束されている弥勒菩薩の世界です。
<WIKI:弥勒菩薩>

弥勒菩薩の信仰自体は、日本にも古代から伝わっています。仏教公伝直後の聖徳太子の時代に、弥勒菩薩像が掘られています。
<WIKI:広隆寺>

しかし、みろくの世を信仰から、実際に将来到来する世界であると主張し、一大センセーションを巻き起こしたのは、明治後期から大正にかけて世論に大きな影響を与えた、大本の出口直や出口王仁三郎でしょう。
<WIKI:出口なお>
<WIKI:出口王仁三郎>

二人は、艮の金神(国常立尊)からの神示により、世の中の建て替えが行われることを予言し、政府から弾圧を受けます。結局、これまで神による世の中の建て替えは行われていませんが、現代のスピ系によるみろくの世に繋がっているのは、大本の二大教祖からだと思われます。

大本というと現在では新興宗教の一派に成り下がっていますが、出口直、出口王仁三郎のみろくの世の考え方については、決して間違いではなかったのです。

二人に誤算があったとしたら、それは、
みろくの世が到来する時期を見誤ったことなのだと思います。

みろくの世とは、これから到来するのです。

私が、歴史の真実として、神代、上代を中心に謎を解いているのは、この時代がみろくの世と関係が深いからなのです。

日本列島の原型となるオノゴロ島は少なくとも30万年以上前に存在し、神々の文明がありました。その後、現在の日本列島の形になったのは約5000年前です。

記紀に書かれている、伊弉諾神、伊邪那美神の国産み以降の内容は、この5000年前の日本列島誕生以降のことなのです。これ以降から約3400年前の佐賀大和朝廷崩壊までを
神代と定義します。

神代の初期、
下の六道輪廻、神界(天界)、人間界、阿修羅界、畜生界、餓鬼界が混在した世界を創るために、神々は日本列島を中心に地球再興を行いだしたのです。

それが陰陽五行思想を取り入れたインフラ造りであり、神国日本の浄化システムでもあります。

ある程度、インフラが整備されたのが4000年くらい前のことだと思います。神々が地球を統治し、その下に人間が存在して、動物植物が存在したのだと思います。阿修羅界・地獄界は、あくまで魂のみの想念の世界だったのだと思います。

ただ、これだけでは、みろくの世界になりません。

次のステップに関わるのが、もう一つの地球、
反地球なのです。
<反地球(もう一つの地球)>

何故、反地球の世界が出来たのかは、まだ詳細は分かっていませんが、増上慢・阿修羅との戦いの過程でできたのではないかと推測しています。

つまり、本来は一つの世界であった地球が、二つに分かれざるを得なかった大艱難が生じ、その結果、反地球に文明を造らざるを得なかったのではないかと推測しています。

宇宙の仕組み(基本形)


地球の神々、つまり国津神が存在する場所が
霊国でした。その中心地がおそらく出雲大社がある出雲周辺だったのだと思います。

一方、反地球には
天国があり天津神が存在しています。

基本的には、天津神と国津神には、それぞれ対になる魂が存在しています。つまり、
もう一人の自分国津神の魂に対応する天津神が存在するのです。

例えば、国津神の大己貴命(大国主神)が対になる魂は、天忍穂耳尊(大物主神)です。一つの霊から、大己貴命が荒魂として、天忍穂耳尊が和魂として分裂し、それぞれ国津神、天津神として存在していたのです。漫画のドラゴンボールで、神とピッコロに分裂した状態と類似しています。

ところで、
地球と反地球に、一つの霊の存在である天津神と国津神を分けた理由は何なのでしょうか

それは、前述したように太古の昔、増上慢との戦いの過程で地球が一旦崩壊し、その際に、反地球に神々が避難したことがきっかけだと考えられますが、それ以上の詳細は現時点では分かっておりません。

ただ、言えるのは地球(霊国)と反地球(天国)に、一つの霊の存在である国津神と天津神が分かれて存在していること自体は、創造主の意図に反した異例な状態なのだと思われます。

本来は、国津神と天津神は、元の一つの魂として合体しておくべきなのです。ドラゴンボールでも、最終的に神とピッコロは合体してパワーアップしますよね。鳥山明さんのインスピレーションは凄いのですよ。

神代に、天津神が降臨してきました。記紀では瓊瓊杵尊の天孫降臨のことにしか触れていませんが、実際にはそんなレベルではなく、国津神に対応した、たくさんの天津神が、地球に降臨してきたのです。その証が、天津神を祀る神社なのです。

天忍穂耳尊、天穂日神、天津彦根神、天照国照彦、天若彦神など、主として神名に「天」の付く神を祀る神社です。

神代にこれらの天津神が降臨してきたのは、実は
地球と反地球に分かれている世界を地球の世界に統一させたうえで、それぞれの対となる国津神と、肉体的にも魂的にも合体するつもりだったのです。

そこで、多くの天津神が地球に降臨し、国津神と連携しながら国造を行ったのです。その代表が、国津神の大己貴命(大国主神)と、天津神の天忍穂耳尊(大物主)だということなのです。
<大国主神の真実>
<三輪山と大物主>

これが、
みろくの世の実現を目指したものだったのです。

しかし、増上慢、阿修羅たちの邪魔により、残念ながら
この時代にみろくの世は実現せず、多くの天津神は、一旦反地球へ戻っていったのです。約4000年前くらいの出来事だと推測します。

その後、饒速日尊の佐賀大和朝廷、さらに後に神武天皇の現代に繋がる皇室が誕生しましたが、これまでたくさんの歴史関係の記事でご紹介してきました通り、増上慢、阿修羅によってみろくの世の実現にはほど遠い歴史となってきました。

しかし、今、その
みろくの世の実現が、近い将来に迫っているのです。

こんなことを書いても、現代社会で洗脳されっぱなしの皆さんには信じられないことでしょう。

現在、地球の波動がだんだん上がっていますが、それはみろくの世の実現の土台造りなのです。

2012年問題で、スピ系の間ではアセンションが話題になりましたが、あれは阿修羅がみろくの世を阻み、自分らの都合の良い世界を目指すために流布した情報です。増上慢こそ、みろくの世の到来を恐れているのです。

本当のアセンションとは、地球(霊国)と反地球(天国)が統合し、神代が再度実現し、現在のような阿修羅が跋扈するような世界はなくなり、きちんと努力した者が評価される弱肉強食ではない、矛盾のない世界の到来なのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-03-01 00:00:00

浄化システム

テーマ:ダイジェスト
2014-02-24 00:00:00

三輪山と大物主

テーマ:歴史の真実
神代から上代にかけて、特に日本の歴史は改竄されています。

ほとんどの人間は、そんなことはつゆ知らず、人類は猿から進化したものと洗脳され、現実世界を生きています。そういう人間も、寿命を全うし魂状態に戻った時に、初めて地球の歴史の全てを見せられ、「はっ!」として後悔するそうです。

そして、時間を置き、次の転生の準備のため精霊となって記憶を消され、転生へと輪廻を繰り返すそうです。転生時は一旦記憶を消されるわけですから、欲望うずまく現実世界では洗脳されやすいのです。

現実世界を楽しむこともいいのかもしれませんが、一呼吸してじっくり考えてみてください。あまりにも生活に追われる現実世界が、おかしいことに気づくはずです。そうすることにより、その人なりの未来へのヒントが見えるかもしれません。


今回は、そのような神代から上代にかけての歴史の改竄の一つ、三輪山についてご紹介します。

奈良の大和地区が、古代から重要な場所であったのは間違いありません。その発端は、前回記事にしました橿原での神武天皇誕生によるものだと推測します。ここから第9代開化天皇までの葛城王朝が始まったのです。
<天皇の真実>

橿原地区には、大和三山があります。
<WIKI:大和三山>

大和三山は陽の火ラインの中心地でもあります。この中心の地に、日本での最初の人間中心の文明が造られたのだと思われます。約2700年前のことです。
<陰陽五行思想>

この大和三山から少し離れた場所、奈良県桜井市には神聖な山と言われる三輪山があります。そこの麓には、最古の神社とも言われている大神神社が鎮座しています。主祭神は大物主神
<WIKI:三輪山>

大物主神は、大国主神和魂とか、幸魂・奇魂などとか伝承がありますが、それ以上の詳細は伝わっていません。
<一霊四魂>

実は、この三輪山一帯ですが、実は、神代の都、九州筑紫地区の国造りを模倣したものなのです。

神代最後の朝廷は、前回記事でご紹介した饒速日尊佐賀大和朝廷なのですが、それ以前に日本列島誕生後、神々による国造りが行われていました。それが記紀に書かれている大国主神や少彦名神による国造りです。4000年以上前のことになると推測します。

国産み後の日本列島に、陰陽五行によるインフラ整備の後、現在の筑紫地区(福岡県筑前町から朝倉市辺り)に、最初の都(佐賀大和朝廷以前の都)ができたようなのです。

この筑紫地区は、現在でもかつての邪馬台国があった場所ではないかと推定されていますが、ここがかつて邪馬台国の中心であったのは間違いありません。ただし、邪馬台国は3世紀頃の話です。それよりもはるか二千年以上前に、日本列島の最初の都が造られたのが筑紫地区なのです。
<邪馬台国>

筑紫地区にも三輪という地名があります。旧三輪町。現在は合併して朝倉市になっています。
<WIKI:三輪町>
<三輪地区:Yahoo地図>

三輪という地名の由来については正確なことは分かりませんが、この福岡の三輪周辺には、砥上岳目配山城山という3つの神聖な低山があります。三輪はその中心に位置するのです。おそらく、この3つの神聖な山に囲まれているので三輪という名がついたのではないか、と推測します。
<参考:筑前の山>

この場所です。

三輪

(クリック拡大)


目配山の麓には、最古の神社の一つと言われる大己貴神社があります。

大己貴神社②


ところが、大己貴神社の鳥居には、大神神社(おおみわじんじゃ)と書かれています。

大己貴神社③


大神神社と言えば、前述の奈良県桜井市の大神神社が有名です。

しかし、本当の大神神社はここ筑前が最初なのです。

<桜井市の大神神社>

大神神社①


大神神社②


私は、桜井市の大神神社には最近二度参拝しましたが、拝殿には神気はありませんでした。

それでは、何故、奈良県桜井市に三輪山という名称がつけられ、大神神社が造られたのでしょうか?

前述したような大己貴命等の神が造った筑前の都でしたが、その後、増上慢を中心とした阿修羅に侵略され廃墟となってしまいます。

次に神々は、隣の佐賀大和に都を造ります。これが饒速日尊の時代です。しかし、これも侵略され廃墟になります。

それから数百年後、上代になった際に、天香具山命(後の神武天皇)が、奈良の大和に都を移します。この時に、神代の都、筑紫の三輪を忍び、桜井の山を三輪山と名付け、神聖な山として崇め、その麓に大神神社を祀ったのです。筑紫の三輪の都を模倣して、同じような国、都を造ったのです。

これが、大和の葛城王朝です。

しかし、大和の三輪も神武天皇の時代(約2700年前)に侵略されてしまいます。結局、現代まで阿修羅との抗争は人間中心の文明になっても繰り返されてきたのです。

九州と奈良大和には、邪馬台国論争がありますが、それは当然のことなのです。

邪馬台国は、3世紀に卑弥呼(後の神功皇后)を中心に造られた、神代の都を復活させられた筑紫の国です。その後、4世紀になり、卑弥呼が神功皇后になって全国行脚した際、奈良大和の都を復活させたのです。近畿説の邪馬台国は、この都のことを指しています。

元は、神代の筑紫の三輪を模倣したのが、葛城王朝の大和の三輪。

さらに、その後の筑紫の邪馬台国が三輪に誕生し、それを元に神功皇后が復活させた奈良大和の国は、似ていて当然なのです。後から出来た奈良大和の方が、規模が大きくなっているのです。それは古墳も同じことです。

従って、邪馬台国九州説、近畿説を議論しても全くの無意味なのです。本質的な歴史の真実を知ることが重要なのです。

<筑紫の邪馬台国跡。大己貴神社の周辺>

大己貴神社①


また、桜井市の大神神社の祭神、大物主神ですが、これは大国主神と同じく神の称号です

どの神が大物主神の称号を名乗ったのかというと、天忍穂耳尊です。

冒頭で大物主神は大国主神の和魂とか、幸魂・奇魂であると伝承があることをご紹介しましたが、大国主神の称号を名乗った大己貴命(国津神)のもう一人の自分が、天忍穂耳尊(天津神)なのです。
<反地球(もう一人の自分)>

天忍穂耳尊は、神代の途中で地球に現れ、大己貴命の国造を手伝ったのだと推測します。

その
天忍穂耳尊は、筑紫三輪の城山に祀られています。

<城山>

城山①


城山から見た筑紫平野。波動が高い。

城山②


金毘羅参りで有名な香川の金刀比羅宮の主祭神も大物主神となっていますが、これも天忍穂耳尊と関係が深いのだと思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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※各勉強会とも参加者の方には詳細確認メールを返信しています。届いていない方はご連絡ください。懇親会に参加ご希望の方は、その旨を書いてください。


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2014-02-17 00:00:00

天皇の真実

テーマ:歴史の真実
歴史の真実を調べるうえで、日本の皇室、天皇家の起源に大変興味がありました。海外の国王は、昔、侵略によって勝ち取った一族が王になった例がほとんどですが、天皇家の場合はそうではなさそうです。

初代神武天皇は実在したのだろうか?

実在したとしたら、どのようにして誕生したのだろうか?

私は、これまで神武天皇は存在せず、佐賀大和朝廷
饒速日尊(天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊:あまてるくにてるひこあめのほあかりにぎはやひのみこと)が天皇の祖であり初代天皇であったが、増上慢長脛彦(ながすねひこ)に侵略され神武天皇になった、と書いてきました。
<皇室の祖>
<幻の大和朝廷>

その後、この件について、より正確な内容が分かってきましたので、ご紹介します。

まず、佐賀大和朝廷についてです。

神代、大己貴命や少名彦命などが国造りを行い、神国日本のインフラが完成します。そして、神(神人)と人間が共存する社会が構築されたのですが、増上慢が大暴れし、阿修羅界が乗っ取られます。4000年くらい前のことだと思います。
<アスラと阿修羅>

天が考えていた神、人間、動植物が混在する地球という理想郷は、結局とん挫してしまい混沌とした社会になります。

そこで、天は、地球を統括するトップとして、天津神が三位一体となった
饒速日尊を、宇宙船(天の磐船)で地上に降臨させ、地上を統治させました。これが約3500年前のことなのです。

饒速日尊は、同じく天から降臨してきた天鈿女命(あめのうずめのみこと)を妻とし、現在の佐賀市大和町付近に初の朝廷を開いたのです。これが前述の佐賀大和朝廷であり、饒速日尊が天皇の祖にあたる所以です。

佐賀大和朝廷の痕跡は、佐賀市にあるゴルフ場、大和不動カントリークラブ内にあります。
<大和不動カントリークラブ>

佐賀大和


私は、たまたま、つい最近当地でゴルフをすることになり、かつての朝廷の痕跡があることに気づきました。もちろん、誰もここが佐賀大和朝廷の跡だとは知らないはずです。私以外には分からないことでしょう。

ただ、実際にゴルフ場に入ってみると、至る所に朝廷跡の痕跡が見られます。増上慢は、朝廷跡をゴルフ場にすることで、その歴史を完全に消そうとしたのです。

3500年前に饒速日尊が開いた佐賀大和朝廷ですが、しばらくして増上慢が再登場します。朝廷周辺の国の井戸水に毒を入れ、庶民を次々と殺していったのです。

そして、饒速日尊にトップの地位を譲るよう脅します。国の混乱を収束したい饒速日尊は、まんまとトップの地位を奪われてしまったのです。増上慢は偽天皇となり、金毛九尾の狐の魂が入った女性が偽皇后となってしまった瞬間です。

この後、饒速日尊の息子日子八井命(現在では神武天皇の第一皇子とされている)が登場し、偽天皇増上慢と戦います。しかし、朝廷開設の約100年後に、隕石落下とともに佐賀大和朝廷は滅んでしまったのです。これとともに、肉体を持った神(神人)が中心の文明であった、神代が終了します。約3400年前のことです。

私は、これままで饒速日尊を侵略した偽天皇増上慢のことを神武天皇だと考えてきましたが、ここは間違っていました。神武天皇が正式に誕生するのは、これより600年以上後の時代、現代の通説である紀元前660年頃になるのです。

神代終了後の日本列島は、一転して不毛の地となります。それまで統治していた神がいなくなったからです。天津神・国津神たちは一旦地球を去ってしまったのです。

従って、この頃の日本は、
我々が歴史で学ぶ縄文時代に近い状態、低分化の人間社会なってしまったのです。3400年前から2700年前までのことです。

この時点(3400年前)で、神国日本以外の海外は、人間中心の文明に移行しつつあったため、人間文明では海外の方が先行します。それが、現代我々が歴史で学ぶ四大文明なのです。
<惑星文明と五色人>

再度、日本に神国の兆しが見えだすのが、約2700年前の神武天皇の時代ということになります。天は、神国を復活させるため、人間として最初の天皇を誕生させます

それが、天香山命(あめのかぐやまのみこと)です。
<WIKI:天香山命>

天香山命は神代終了後の約2700年、阿修羅の蛮族に支配され低文明だった日本を統一します。増上慢は、おそらく当時は海外で活躍していたのだと思われます。

そして、人間として最初の天皇になります。これが神武天皇(=天香山命)だったのです。
都は現在の奈良県橿原辺りだと推測します。橿原神宮はこの時代の名残りでしょう。

橿原神宮①

橿原神宮②


ここから(約2700年前)を神中心の文明神代と対比して、上代(じょうだい)と呼ぶのです。

ところが、しばらくして増上慢がまた現れるのです。

当時は、神武天皇が治める都が橿原付近にあり、一方で西国と呼ばれる西の都が、現在の宮崎市付近にあったのです。西国を治めていたのが盧茲草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)。
<WIKI:ウガヤフキアエズ>

都の中心は現在の宮崎神宮辺りです。

宮崎神宮①

宮崎神宮②

宮崎神宮の主祭神は、神武天皇とされ、相殿にその両親神である盧茲草葺不合尊と玉依姫命が祀られています。

神武天皇は、
盧茲草葺不合尊と玉依姫命の息子とされていますが、これは改竄です。神武天皇は、天香山命ですから全く違う系統になるはずです。

何故、このように改竄されたのかを推測すると、
増上慢はまず西国を侵略したからだと思います。この増上慢こそ記紀に登場する蛮族の長、長脛彦(ながすねひこ)だったのです。

長脛彦は、まず
茲草葺不合尊の西国王朝を滅ぼします。

次に、狙いをつけたのが天皇がいる東国、橿原の都だったのです。
西国を侵略した後、東国へ向かいます。そして、神武天皇率いる朝廷軍と戦いつづけたのです。

そして、その顛末は、長脛彦が勝ち、神武王朝が侵略され、長脛彦が神武天皇にすり替わったのです

神武東征
というのは、西国から始まり東国の都まで侵略した長脛彦が、神武天皇とすり替わった過程を正当化するために考え出したものだったのです。

従って、西国の名残りである宮崎神宮の祭神を、
茲草葺不合尊から神武天皇に変えたのです。

歴史は繰り返す。

饒速日尊のすり替えから始まり、神武天皇のすり替え、その後も崇神天皇、継体天皇、明治天皇等、増上慢によってすり替えられていったのです。天皇以外でも坂上田村麻呂、平清盛、源頼朝、足利尊氏、織田信長、徳川家康と続きます。他にもあるはずです。

すり替えられた神武天皇ですが、本来は、神国日本を復活するために天香山命が就位したものだったのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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