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2015-03-29 23:59:15

天照大神と素戔嗚尊

テーマ:歴史の真実
これから数十年後には、明治維新後に日本社会・文化が変わった以上の大きな変化が、地球規模で表れていきます。人間中心文明の終焉、本来の地球のあるべき姿に戻ります。

しかし、そうはさせたくない勢力、阿修羅は、憑依を使って世の中を混乱させようとしていきます。

中東、アフリカ、ヨーロッパを中心にISによるテロは、その代表的なものですし、ウクライナ紛争もそうです。フランスでのドイツ機墜落事故ももちろんそうです。

また、国内では、不可解な殺人事件が頻発しています。

これらは、地球を本来のあるべき姿に持っていきたくない阿修羅が、憑依を駆使して必死に行っているのです。魂レベルの高い人は、そんなことに惑わされてはなりません。心眼によって、世の中の大きな動きを見てください。きっと、真実が見えてくると思います。

さて、人間中心の文明が終焉するということは、かつてあった神代、ウガヤフキアエズ朝や、それ以前の日本神話の時代が復活するというこになります。
<ウガヤフキアエズ朝>

ウガヤフキアエズ朝がどのような時代だったかは、誰も詳細なことは分かりませんが、現代の人間よりも霊制的に高く、神通力を使えた人、天人が存在していたのは確かのようです。

ブログを始めた頃、私がアトランティス文明と呼んでいた3400年前以前の文明こそ、ウガヤフキアエズ朝だったのです。

さらに、ウガヤ朝よりも遡ること300万年以上前の時代。この時代が、記紀で表現されている日本神話の時代(神代)であり、この時代は少なくとも、それ以前に3000億年以上続いていたのです。

この時代は、ウガヤ朝よりもさらに霊的に進んだ時代で、高天原地上(霊国)というように分かれて、神々(天人)が存在していたのです。
<大国主の真実>

高天原とは、地球上に存在する訳ではなく、地球とは次元が高い天に存在します。現時点で詳細は分かりません。日本には、高千穂などのように、高天原ではないかと比定される場所が数カ所ありますが、そこは高天原そのものではなく、高天原との出入口、ドラえもんのどこでもドアみたいな場所だったのだと考えられます。現在では、その扉は閉じた状態です。(いずれ開きます)

地上の霊国とは、神代の最初の頃は存在せず、高天原にいる上古代天皇が地上も統治していたのです。上古第21代天皇伊弉諾尊までの時代です。(今から170億年前まで)

霊国が出来たのは、上古第22代天皇天疎日向津比売尊(あまさかるひむいつひめ)の時代です。

そう、記紀で天照大神という名でおなじみの、女神の天皇時代です。

記紀では、この天照大神が皇祖神であるとされていますが、それは改竄された結果です。この天皇以前に21代の上古天皇、さらにその前には7代の天神が存在するのです。その期間は軽く3000億年を超える、とてつもない長い期間なのです。現代の人間では、とても理解できない長い時間なのです。
<天照日大神>

それまでは、高天原において地球を統治していたのですが、天は上古第22代天皇誕生時に、試しに天と地に分けて統治してみようと考えたのです。

伊弉諾尊、伊弉冉尊の間には、
天疎日向津比売尊という長女と、素戔嗚尊という長男が誕生します。

それまでの慣例であれば、長男の素戔嗚尊が天皇となるべきだったのですが、伊弉諾尊は、女神の
天疎日向津比売尊を高天原の天皇に指名します。

当時は、高天原の天皇は太陽を司り、それとは別に太陰、月を司るナンバー2がいました。太陽を司る天皇が長女の
天疎日向津比売尊になったので、月は素戔嗚尊に任せられたのです。

記紀では、天照大神と素戔嗚尊の姉弟の間に、もう一人月読尊が登場しますが、これは阿修羅の改竄です。

月読尊とは、月(太陰)を統治するポストで、素戔嗚尊のことだったのです。

さらに父の伊弉諾尊は、趣向を凝らします。皇位継承の際、それまでの太陽と月以外に、地球専属のポストを用意したのです。そして、これまでの高天原の天皇に代わって、地球地上専属の統治ポストが出来たのです。
そのポストに、長男の月を統治する(月読尊)素戔嗚尊を指名したのです。

従って、素戔嗚尊は、高天原から地上(地球)に降臨し、地上を統治することになったのです。その場所を、高天原と対比させて地上の霊国と呼んだのです。

また、素戔嗚尊が地上に降臨するまでは、地球上で活躍する神々は高天原出身の神、つまり天人だったのですが、素戔嗚尊が地上に降臨して以降、地上出身の神も誕生します。

この神を高天原出身の神(天人)と区別して、国津神と呼んだのです。一方で、
高天原出身の神(天人)は国津神に対して、天津神という呼ばれ方をするようになったのです。

そして、国津神のトップであるポストを大国主大神とし、素戔嗚尊が初代大国主大神に就任したのです。

後に、素戔嗚尊は、国津神の子孫の大己貴命(おおなむちのみこと)を、自分の後継者として、大国主大神に据えたのです。

記紀では、ポストである大国主大神と、神名である大
己貴命、また別の神である大物主命をごちゃまぜにして大国主命と定義しているため、非常に分かりずらくなっていますが、真実はこの通りです。

その後、高天原と地上の霊国に分かれて統治する状態は、数十億年以上続いたようですが、天は天津神と国津神に分けて統治させることには、問題が多いと判断し、これを解消しようとしたのです。

それが、記紀の瓊瓊杵尊の降臨に繋がるのです。日本神話は奥が深いのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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2015-03-23 00:00:15

忠臣蔵の真実⑤

テーマ:歴史の真実
前回の続きです。

忠臣蔵のきっかけとなった元禄赤穂事件の原因は、阿修羅によってその立場を乗っ取られた桂昌院徳川綱吉吉良上野介による、浅野内匠頭の懐柔にあったのです。

それを拒んだ浅野内匠頭は、吉良への刃傷に走り、切腹させられたのです。

そして、大石内蔵助を中心とした赤穂浪士による討入り(忠臣蔵)へと繋がるのです。

ところで、私が若い頃、忠臣蔵のことを初めて知った時、討入りには大変な違和感を感じていました。

「忠臣蔵がそれほ素晴らしいことなのだろうか?」

浅野と吉良の関係は良く知りませんでしたが、吉良を刃傷させた浅野が切腹させられるのは、厳しすぎる処分とはいえ、当然のことではないだろか、というのが私の感想でした。刃傷という罪を犯したのは浅野だからです。

それに対して、藩主を失い、改易されることになった赤穂浪士は、喧嘩両成敗であるべきだと主張して、法を無視して吉良成敗を行ったとされています。

「討入りとは、法を超えた報復でしかないのではないか?」

「とても許されるべき行為ではない」、と私は感じ、赤穂浪士の行為には納得できなかったのです。

ところが、件の「忠臣蔵 松野廊下(上・下)」の本を読んで、目からうろこが落ちました。

要は、忠臣蔵とは、単なる改易された赤穂藩の報復ではなく、阿修羅成敗だったということなのです。

忠臣蔵のファンの方は、阿修羅というキーワードを思い浮かべながら元禄赤穂事件を検証してみてください。ストーリーが全く異なることになりますから。

大石内蔵助は、阿修羅成敗の目的で、吉良に制裁を加えることを計画したのです。本音を言えば、江戸城に居座っている阿修羅の桂昌院と綱吉こそ成敗したかったのでしょうが、さすがにそこまでは無理。

それで、吉良一人にターゲットを絞り、制裁を加えることで、桂昌院、綱吉に「これ以上悪事を働くなよ」と警告したかったのです。

実際に、綱吉は、浅野内匠頭に対し、異例とも言える即日切腹を決めて実行しています。これは、桂昌院、綱吉の皇室転覆計画を知った浅野の口封じのためだったはずです。
<WIKI:浅野の処分>

しかし、忠臣蔵の背後には。驚くべきことがまだまだ隠されていたのです。

赤穂藩浅野家は、浅野内匠頭の祖父浅野長直の代に赤穂藩主となり、長直が入浜式塩田製法を導入し、赤穂の塩として確固たる基盤を造ります。
<WIKI:浅野長直>

二代目浅野長友(浅野内匠頭の父)は、33歳で早世し、長男の長矩(ながのり)が9歳で赤穂藩を継ぐことになります。この長矩が後に浅野内匠頭と呼ばれるようになります。

ところが、浅野長矩は実は、浅野長友の実子ではなく、養子だったのです。これは歴史書などには書かれていません。歴史は改竄されているのです。

それでは、長矩はどこから浅野家の養子としてやってきたのでしょうか?

それは、大石家なのです。なんと
長矩は大石内蔵助(良雄)の弟だったのです。つまり、浅野内匠頭と大石内蔵助は実の兄弟だったのです。
<WIKI:大石良雄>

驚愕でしょう!

もちろん、これも歴史上は消されています。

大石良雄の父は大石義昭、母は池田熊子(くま)。長男が良雄となっていますが、実は弟として長矩がいたのです。

大石家は、良雄の先代良欽(よしたか)の頃から赤穂浅野家に筆頭家老として仕えていました。

その浅野家の二代目長友が早世し、跡継ぎを検討していた浅野家は、筆頭家老の大石家の長矩(名前はこの時に変えられたと推測)を養子にして藩主に抜擢したのです。

大石内蔵助と浅野内匠頭は兄弟なのです。

だからこそ、大石内蔵助は、弟
長矩の敵討ちを内に秘めて、阿修羅打倒のため赤穂浪士による吉良邸討ち入りを実行したのです。

単なる小藩の敵討ちと言ってもいい忠臣蔵が、これほどまでに国民に受け入れられるのは、忠臣蔵の奥には、世の中の矛盾の起因となっている阿修羅打倒の思いが伝わるからではないでしょうか。

歴史の真実とは、奥が深いのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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2015-03-15 23:59:15

忠臣蔵の真実④

テーマ:歴史の真実
3年前になりますが、忠臣蔵に関する記事を書きました。
<忠臣蔵の真実②> 
<忠臣蔵の真実③>

忠臣蔵の発生原因となったのは元禄赤穂事件赤穂藩主浅野内匠頭が江戸城において旗本吉良上野介を刃傷し、その責任を問われて切腹させられ、赤穂藩も改易された事件について、その真相を書いた本をご紹介しました。

<WIKI:元禄赤穂事件>

浅野が吉良を刃傷した理由は、桂昌院(お玉)が、東山天皇を暗殺し、自分の息子徳川幕府第5代将軍徳川綱吉を天皇にしようとした企みを阻止するためだった、ということでした。

桂昌院の手先である吉良に、暗殺の手伝いをすることを要請された浅野が、悩んだ末に拒んだ結果が、吉良の刃傷だったということでした。

当時の記事には書いていませんが、後年の桂昌院と吉は阿修羅の成り済ましだったのです。本来の二人は阿修羅に立場を乗っ取られてしまったのです。従って、前半の二人と後半の二人の行動は全く異なるものになっているはずです。

本来の綱吉は、儒学を中心に文治政治を推進していたのです。御茶ノ水の湯島聖堂を建てたのも綱吉です。

しかし、綱吉の評価は、
生類憐れみの令という天下の悪法によって、歴史上地に落ちます。この悪法を作った綱吉こそ、桂昌院とともに阿修羅が入れ替わった偽者なのです。

阿修羅桂昌院の狙いは、阿修羅による徳川幕府掌握、そしてその次が皇室占拠だったのです。裏で糸を引いていたのは阿修羅(熊襲)トップ増上慢です。

将軍を乗っ取る目標を達成し、次のターゲットが、東山天皇の後釜だったのです。その野望を達成するための第一弾の計画が、元禄14年東山天皇勅使の江戸下向だったという訳です。

この時に、勅使饗応役として浅野内匠頭が指名され、その指南役として吉良上野介が幕府から指名されたのです。

吉良は、桂昌院の息のかかった阿修羅なのですが、最初から阿修羅だった訳ではなく、途中で成り済ましにあって、偽者に立場を奪われたと推測しています。

吉良上野介(義央)は、領地三河国幡豆郡では名君とされていたようです。
<WIKI:吉良義央の評価>

ところが、元禄赤穂事件以降の吉良の評価は散々たるものです。このように
歴史上、評価に落差がある人物は、阿修羅が関わって成り済ましにあっていることが多いのです。吉良は、途中で阿修羅に変えられてしまったのです。

一方の浅野内匠頭。こちらは、赤穂藩浅野氏の三代目、若くして藩主になった人物です。

吉良と浅野の関係は、元禄赤穂事件の17年前に浅野が同様に饗応役に指名された際、一緒に仕事をした仲です。この頃の関係は良好だったようです。

しかし、17年後は全く関係は悪化していました。その理由には、吉良が変質していたこと(本来の吉良という人物でなかったこと)に主要因があるのです。

赤穂藩と言えば、当時は
赤穂の塩で全国に名を轟かせていたようです。それは、赤穂藩初代浅野長直が、赤穂の海岸で入浜式塩田製法を導入することに成功し、全国一の良質の製塩に成功していたからです。赤穂藩は全国の7%の塩を生産していたようです。

吉良の領地三河藩でも製塩は行われていたようですが、赤穂の塩ほど良質でなく、入浜式製塩法を赤穂藩に学ぼうとしていたようです。

この頃に、吉良が阿修羅の成り済ましにあい、おそらく製塩法の導入に関して、赤穂藩との間で問題が発生し、両者の関係は悪化していったのだと思われます。

そして、赤穂の塩を狙っていた吉良は、桂昌院と図って、元禄14年に東山天皇勅使の饗応役に浅野を選び、自身が指南役となることで、浅野を阿修羅に乗っ取られた幕府の言いなりにさせようとしたのです。

罠に嵌った浅野は、
吉良に東山天皇暗殺計画に手を貸すことを強要されたため、我慢できずに突発的に吉良刃傷に至ったのです。

それによって、結果的に桂昌院の企みである東山天皇暗殺は阻止され、皇室は救われたのです。

しかし、その後、
大石内蔵助を中心とした、良邸討ち入りが行われますが、ここに至る過程には、さらに驚愕の真実が隠されていたのです。これについては次回にご紹介します。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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2015-03-09 00:00:15

大村湾の役割

テーマ:浄化システム
宇宙(地球)には、私たちの目に見える現実世界と表裏一体である霊的世界が存在しているのですが、現代人はそのことを記憶から抹消されているのです。

この霊的世界の一部のことを、「あの世」と言ったり、「黄泉の世界」と言ったり、または「霊界」、「幽界」、「佛様の住む極楽浄土」等と言ったりしているのです。

要は霊的世界とは、十界に大きく分かれた世界のことなのです。
<ダイジェスト:宇宙の仕組み>

我々が存在している現実世界地球は、人間界のことであって、宇宙のほんの一部の世界のことなのです。

地球は、この十界と綿密にリンクしていて、特に神国日本には、十界と繋がった場所がたくさん存在するのです。日本は、目に見えない世界である霊的世界の出入口でもあるのです。

従って、寿命を全うした地球上の生物の魂は、次の転生の準備を主として日本で行い、その後、それぞれの転生先である十界のどこかに旅立っていくのです。

この転生準備の仕組みのことを、私は魂の浄化システムと呼んでいます。現代では、浄化システムの全貌を知っている人は誰一人いません。

私自身も、現時点で魂の浄化システムの全貌を知っているわけではなく、3年前から関係がありそうな場所を訪れることによって、新たな発見をし、だんだん繋がってきているのです。それを、順次、段階的にご紹介しているのです。

今回は、大村湾の役割についてご紹介します。


2年前、浄化システムのベースが分かりだした頃、大村湾は浄化システムの稼働に必要な水ラインのポンプ役になっていることをご紹介しました。
<神国日本の仕組み②>

その後、昨年末、隣の諫早湾を訪問した際、大村湾の役割は単なるポンプの役目だけではなかったことが分かりました。

大村湾の入口にある西海橋下の渦潮は、全国各地に無数の水道として繋がっていて、湧水を送り込む役割をしていたのです。
<諫早湾の役割>

有明海で浄化された動物、植物の魂(精霊)は、諫早湾経由(または五島灘経由)で大村湾に入り込み、西海橋下の渦潮に呑みこまれて、
波動の高い水とともに日本全国各地に運ばれていたのです。

そして、今年に入ってさらに凄いことが分かったのです。

次は、私が2年前に作った十界の概念図です。

十界


基本的に宇宙の全体は、この十界の概念図でおおよそ説明できるのです。(修正すべき部分はあります)

十界のうち、人間界、畜生界、餓鬼界が、地球上の見える世界と思っていいでしょう。

地獄界は、見えない地球上の地下の世界にあるはずです。

神(天)界は、現在、地球上には存在しませんが、存在している星もあるはずです。

修羅界は、地球内部のどこかに阿修羅界として存在しているはずです。

聲聞界以上は、宇宙のどこかにあるはずです。

また、概念図左端の幽界は、現在は阿修羅に乗っ取られてしまっていますが、これは四国の地下の空間だと考えられます。

そして、各界に転生する前に、一時的に待機する場所が各界に存在するのですが、この場所が、大村湾の沿岸に当たるのです。特に大村湾南岸から西岸にかけての入り組んだ海岸の海の中です。
<地図:大村湾南岸>

この地域は、多良見、喜々津、長与、時津、琴海といった、霊的な世界をイメージさせる独特の地名になっています。

長与というのは、どこにも書かれていませんが、「長(おさ)」が与えられる魂の場所だと考えられます。長とは統治者になるべき魂ということ。統治者となれる魂が存在する場所ですから、長与沿岸の海の中は、転生前の上の六道輪廻の魂が待機する場所だと思います。

また、時津というのは、「転生前の魂が時を過ごす海岸」という意味だと思います。

多良見、喜々津という地名も、良き魂がたくさん存在している様子を表現した地名だと思われます。

琴海とは、大村湾の古称のようですが、和琴は弦が六本です。この六本の弦が六道とリンクして、琴海と呼ばれていたのでないかと考えています。魂の音色が聞こえるから琴海。

このように、大村湾は、浄化システムのポンプの役目、湧水の供給元、転生前の魂の待機場所という大変重要な役割がある場所だったのです。

長与の琴の尾岳から眺めた大村湾。深い霞が幻想的。

大村湾①


長与の堂崎から眺めた大村湾。素晴らしい陽射し。

大村湾②


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2015-03-02 00:00:15

秀吉の真実

テーマ:歴史の真実
戦国時代に関する前回記事の続きです。
<信長の真実>

織田信長は、1560年代に熊襲の成り済ましにあい、立場を偽物に乗っ取られてしまいます。立場を乗っ取られた信長は、浅井長政にすり替わり、1573年に自害したと見せかけて、さらに豊臣秀吉にすり替わったのです。

今回は、その秀吉について、新たに分かったことをご紹介します。

秀吉の最初の名前は、
木下藤五郎であり、身分の低い足軽から出発しました。

1554年頃から織田信長(本物)に小者として仕え初め、その後、頭角を現し、次第に出世していきます。

1565年には
木下藤吉郎秀吉に改名します。

1568年の観音寺城の戦いの際には、明智光秀、丹羽長秀らと並び、信長軍の主力として功績をあげています。
<WIKI:豊臣秀吉>

織田信長は、1560年代に熊襲によって立場を乗っ取られてしまったと推測しています。

1573年、偽信長によって浅井長政(本物の信長)が滅亡させられると、木下秀吉は偽信長によって、浅井氏の後を受けて北近江の長浜城主に抜擢されます。

そして、盟友である丹羽長秀と柴田勝家から一字ずつもらい
羽柴秀吉と改名します。

実は、この時に、
浅井長政(本物の信長)が、木下秀吉にすり替わったのです。木下秀吉を羽柴秀吉と改名したのがその証拠です。最初の木下秀吉は、信長が熊襲に変わった後も、偽信長の側近にいて間者(スパイ活動)をしていたのです。その木下秀吉にすり替わったのです。

滋賀県長浜市の豊国神社

長浜豊国神社①

長浜豊国神社②

このように、戦国時代など歴史の重要人物が改名する時は、人物のすり替わりや、逆に熊襲による成り済ましで、人物が変わったことが多いのです。明治維新で活躍した主要メンバーも多くがそうです。

(例)西郷吉之助⇒西郷隆盛(天の采配)
   桂小五郎⇒木戸孝允(熊襲の成り済まし)

   <すり替わりの真実(幕末維新⑤)>


その結果、浅井長政は、羽柴秀吉となって引き続き北近江を治めることができたのです。

その後も熊襲の偽信長は、天下を取るために強引な手法で勢力を増していきますが、
信長の家臣とされている丹羽長秀や柴田勝家、木下秀吉は、乗っ取られた本物の信長である浅井長政と通じ合って、暗にストップ・ザ・偽信長を行っていたのです。

また、反信長であった
上杉謙信武田信玄も、お互いが領地の奪い合いのために戦っているように見えて、実は裏で浅井長政(羽柴秀吉)と繋がっており、偽信長包囲網を徐々に敷いていたのです。五次に渡る川中島の戦いは、謙信と信玄の演技だったのです。だから、いつまでも決着がつかないのです。

1573年以降、長浜城主羽柴秀吉が誕生してからは、秀吉が司令塔となって熊襲の偽信長を止め、戦国時代の統一させようと作戦を練りだしたのです。

秀吉は、徐々に力を蓄えて行きます。偽信長と拝謁する際は、顔が割れないように元の木下秀吉が行い、反偽信長勢力に指令を送る際は信長⇒浅井長政⇒羽柴秀吉となった秀吉(本物の信長)が行っていたはずです。昔はメディアがなかったから、すり替わりが可能なのです。それは熊襲の成り済ましも同じことです。

また、秀吉は、人材育成・登用を積極的に行っていきます。長浜の地で
石田三成を登用し、幼少の加藤清正を育成していきます。

そして、とうとう、偽信長打倒の日がやってきます。それが、1582年の
本能寺の変だったのです。
<「本能寺の変」の真実>

秀吉連合は、偽信長を本能寺の茶会で討つ作戦を、表向きは偽信長家臣である明智光秀滝川一益の二人を中心に検討していたのです。

しかし、
熊襲もただでは終わりません。この情報が、当時、偽信長の家臣だった同僚の熊襲徳川家康に漏れてしまったのです。

徳川家康は本能寺の変を自らが天下を取るためのチャンスととらえます。主君である信長が討たれれば、次は自分が天下を取るチャンスだと考えたのです。同じ熊襲の魂を持つ偽信長と偽家康ですが、熊襲に真の仲間はあり得ません。熊襲は自分がトップに立つことが重要なのです。

そこで、明智光秀が本能寺の変によって偽信長暗殺を行う直前に、家康は、家臣を使って偽信長を討ったのです。

そして、
明智光秀に、信長暗殺のすべての罪をなすりつけたのです。

この時、秀吉自身にも悪の手が入り込んでおり、
熊襲による偽秀吉が存在していたのです。

秀吉には、元の本人、天下取りを目指した信長-長政がすり替わった秀吉、そして熊襲が成り済ました秀吉が複雑にからみあっていたのです。

しかし、本能寺の変の後、熊襲の家康を押さえて、
信長-長政がすり替わった本家羽柴秀吉が天下を取ることに成功するのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


2015-02-23 00:00:15

信長の真実

テーマ:歴史の真実
今回は、久しぶりに戦国時代についての謎解きをご紹介します。

戦国時代は、熊襲(阿修羅)との戦いを終了させ、新たな時代の到来、神代への移行を行う、神武天皇誕生以来の最大のチャンスだったのです。

天は、そのチャンスを与えるため、数百年前から用意周到に準備させ、後に戦国武将として活躍することになる数々の人材を生みだしたのです。

しかし、天のシナリオどおりに進まないのが人間の世界人間。世を平定すべき武将たちも、熊襲の憑依を使った欲望をくすぐる攻撃によって、時には仲間割れし、時には熊襲の成り済ましによって立場を奪われるなどして、結局のところ、熊襲の徳川家康に天下を取られてしまったのです。

そして、人間を卒業して神代へ移行する最大級のチャンスは藻屑と消えてしまったのです。

戦国時代後半は、三英傑の時代ですが、この三英傑のそれぞれの事績は一人のものではありません。

例えば織田信長一人を取っても、熊襲の成り済まし(すり替わり)によって立場を奪われたり、逆に天も新たな人物を織田信長にすり替えて、天下統一を目指したのです。信長や秀吉だった人が複数存在するということなのです。


以前、織田信長は、熊襲の成り済ましによって立場を奪われ、偽の信長が天下統一を目指し、逆に立場を奪われた本物の信長は豊臣秀吉にすり替わったことをご紹介しました。
<三英傑の真実>

今回新たに分かったこと次のとおりです。

信長が天下統一の最有力者になったのは、1560年の桶狭間の戦いによって今川義元に勝利してからです。そこから破竹の勢いで勢力を増して行きます。

織田信長①


しかし、この時期以前から、信長は熊襲の包囲網によって狙われ続けていたのです。それは、織田信長が天神様の魂、菅原道真と同じ魂を持った人物として誕生していたからなのです。
<天照日大神>

当然、信長には複数の影武者が存在していました。

不安定な世を統一するために、初期の頃の信長は、本人が各地に足を運び、諸大名と同盟を結ぶなど、友好的な戦術を進めていました。地元尾張を空けることも多かったため、隙を熊襲に狙われかねません。そのために、尾張に影武者を置いていたのです。

ところが、ある時、その影武者が、熊襲の憑依攻撃にそそのかされてしまい、熊襲の人物によって立場を奪われてしまったのです。偽信長の誕生です。1560年代のことだと思います。

もちろん、信長本人も黙っておらず、偽信長に反撃したはずですが、本丸を乗っ取られてしまっては時すでに遅し。三国志にも良く出てくるシチュエーションですね。

結局、本物の信長は、その立場を完全に阿修羅の偽信長に奪われてしまったのです。

以前の記事では、この後、信長が足軽の木下秀吉にすり替わり、後の豊臣秀吉になった、としていましたが、実はその前に驚くべきもう一つのすり替わりがあったのです。


そのすり替わった人物とは、戦国武将浅井長政なのです。
<WIKI:浅井長政>

浅井長政

浅井長政は北近江を治める浅井家の三代目ですが、1560年代に入り、信長と同盟を結びます。

ところが、1570年になると、信長は一方的に同盟を破り、徳川家康とともに浅井長政を攻め始めるのです。

このように信長-長政の関係が一変したのは、立場が奪われた本物の信長が、同盟先の浅井長政の元へ行き、長政にすり替わったからなのです。

織田信長⇒浅井長政 

偽信長は、同盟先だったの浅井長政(本物の信長)を攻めるのは当然のことです。

また、信長の妹とされるお市の方は、後に浅井長政の側室になりますが、これも改竄。
<WIKI:お市の方>

元来、お市の方は信長の妹ではなく正室(=濃姫)であり、その信長が立場を乗っ取られ浅井長政にすり替わったので、信長の妻のお市の方も浅井長政の側室となってすり変わったのです。

本来の浅井長政と、信長がすり替わった長政の二人が存在しますから、お市の方は長政の正室とはならず、側室となった方が都合が良かったのです。

偽信長の包囲網に抵抗した浅井長政でしたが、憑依による成り済ましによって仲間を増やす熊襲軍団の勢力が強くなっていきます。戦局は浅井側にだんだん不利となり、1573年に長浜の小谷城は陥落し、長政は自害したことになっています。

長浜市の浅井家の墓

浅井長政の墓


ところが、長政は自害しておらず、生き延びるのです。そして、以前ご紹介したように、次に豊臣秀吉にすり替わるのです。

織田信長⇒浅井長政⇒豊臣秀吉

皆さんには信じられないでしょう!

滋賀県近江八幡市にある安土城考古博物館に行くと、たくさんの種類の信長の肖像画があります。肖像画の顔はそれぞれ違います。信長一人とっても数人がいたことの証明なのです。
<安土城考古博物館>

戦国時代が、何故、あのような騒乱の時代になったかと言えば、このように信長を初めとして、熊襲(阿修羅)の成り済ましがあったからなのです。熊襲は、次々と有力戦国大名に成り済まし、世の中を騒乱に導いていったのです。

対する天も、すり替わりを使って対抗したのですが、熊襲の成り済ましに追いつかなかったのです。そして、最終的には偽物である徳川家康が天下を取ることになったのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2015-02-15 23:59:15

九州と火のライン

テーマ:浄化システム
以前、富士の火のラインについて書きました。
<富士の火のライン>

水のラインと
火のラインは陰陽対になっていて、水のラインが見えない陰の世界、魂の浄化を行っているのに対し、火のラインは見える陽の世界、陸地や大気などの浄化を行っているのではないかと考えています。

火のラインは、地殻より下のマグマの流れです。地球内部を血流のように流れ、常に地球の波動を一定に維持するよう、日本を中心として世界中を巡っているのだと思います。

その日本の中心は富士山であり、富士山を中心に四方に分かれているのではないかと考えています。富士山が地球の火のラインの中心ということが言えます。

火のラインは、時折、活火山となって噴火します。噴火には2種類あって、地球内部に溜まった邪気の固まりを地上に排出する場合と、逆に噴火によって波動の高い神気を吹きだし、
波動の低い地域を浄化する場合があるようです。

茶褐色の噴煙が前者で、白い水蒸気爆発などの噴煙が後者と考えられます。最近で言えば、阿蘇山の最初の噴火が前者で、御嶽山は後者だと思われます。

ただし、阿蘇山の場合は、途中から神気も吹きだすように変化しています。昨年12月2日からです。阿蘇山を守護している阿蘇神社等の結界が解かれたからです。

神気を吹きだす阿蘇中岳。12月2日撮影。

阿蘇山

阿蘇神社

阿蘇神社


現在、日本の波動、地球の波動が上昇していますから、地球表面と地球内部の波動が同じになるように調整しなければなりません。

それが、最近、日本及び世界で火山活動が活発になっている理由です。2年前の小笠原諸島西之島近海での海底火山噴火がその典型で、現在では新島が西之島を呑み込んでしまいました。今後も同様な火山活動が世界中で起きていくと思います。

火山活動が活発になると、大地震の前兆であるとか、騒ぎ出す人々が必ず出てきますが、全く心配無用です。前述のように波動が上がる過程での火のラインの活発化、火山活動ですから、人類に大きな影響を与えるような事態にはなりません。

ちなみに、日本列島の火のラインは次の図のような感じになると考えています。

日本列島火ライン

(クリック拡大)

火のラインは、富士山を中心に日本全国を東西南北に延びています。

ただし、四国だけは活火山らしきものがなく、主要な火のラインが通っていない可能性があります。この理由は、四国は水ラインの中心である魂の浄化システムの中心機能の役割が大きいためではないか、と考えています。

また、火のラインは、日本から世界に繋がっており、北は千島列島やサハリンへ、南は小笠原諸島から南太平洋の島々へ、西は中国大陸、南西は南西諸島から台湾、フィリピン、インドネシアへ繋がっています。

火のラインの中心は富士山ですが、現在もに噴火している活火山が多いのは九州です。

現在噴火中の阿蘇山、桜島、雲仙岳を中心に、九重岳、霧島山、硫黄島など活火山のオンパレードです。

(雲仙岳)

雲仙岳


しかし、その割には九州では大きな地震は少ないですよね。これこそ、火のラインが波動調整をしている証明にもなるのです。噴火とは単に恐ろしいものではなく、人間の活動しだいで良いものにもなり、悪いものにもなるのです。

阿修羅はそれを知っていて、悪い方向に利用してきたということなのです。

次の地図は、九州の火のラインです。

九州火ライン


中国地方から国東半島でつながった火のラインは、阿蘇付近で西方向と南方向に分かれています。

西方向は、阿蘇山から雲仙岳に繋がっています。実際には三角半島、天草を経由して雲仙から、長崎、五島列島を経由して大陸方面へ流れていると思われます。

また、南は阿蘇山から霧島山、桜島、硫黄島を経由して南方の台湾、フィリピンにインドネシアに繋がっていると思われます。

九州で複数の火山が常に噴火しているのは、ユーラシア大陸、アフリカ大陸を中心として世界中の波動を九州の火山が調整しているからだと考えています。九州が調整弁になっているのです。

日本には九州以外には、常に噴火している火山はほとんどないですよね。

たまに北海道や御嶽山等、他の地域の火山が噴火するのは、九州だけで波動調整が足りなくなった時に臨時調整をしているのだと思います。

噴火は火砕流や火山灰被害などマイナスの側面が強調されやすいですが、それは波動の低い状態での話です。地球が本来の波動の高い状態になっていけば、良い効果ももたらしていきます。今後は、波動調整のための噴火が世界各地で起きていくと思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


2015-02-09 00:00:15

悪人正機説は欺瞞

テーマ:歴史の真実
「何故人間に生まれるのか?」

法華経には、「衆生(しゅうじょう)を救うため人間に生まれる」と書かれています。衆生とは、人間だけでなく魂を持つ生物全てという意味があるようです。

人間とは、地球上の生物が、共存できるよう指導して行く立場なのです。

しかし、現実世界での人間は、それとはほど遠いのが実態です。人間が動物や植物を救うどころか、人間同士が殺戮、傷つけ合いを行っています。ISILの人質殺害などは、本当に同じ人間の行為なのか、と心を痛める人が多いはずです。

人類中心の文明になって約2900年。現実は、本来の人間のあるべき姿とは逆の状態になっていますが、そろそろ本来の人間の姿に戻る時代が到来する気配です。

この2900年間、現在の人間は、何度も六道輪廻してきたはずです。現在の人間は、多くの場合、何度も人間に転生していると思われますが、中には時には動物や植物に生まれ変わった魂もあるでしょう。また、地獄に落ちた魂もあるはずです。

そうやって御魂磨きを行い、魂を成長させて行くことに六道輪廻の目的があるのですが、これまで書いてきましたように、増上慢によって阿修羅界の意義が全く悪い方向に変えられてしまっています。

それによって、人間が衆生を救うどころか、人間自体が魔によって欲をくすぐられ、堕落し、争う存在にされたのです。

また、神国日本の魂の浄化システムについて解明してきましたが、ここに結界を張られて、魂の浄化が十分機能しなくなっていることも、本来の人間としての目的を見失っている大きな原因の一つでもあります。

浄化システムが、本来の機能に戻ってしまえば、だんだん世の中はいい方向に変化していくのです。そのことを、私は「地球上の波動が上がる」と呼んでいるのです。実際に、浄化システムはだんだん本来の機能を取り戻しつつあり、波動は上がっています。

地球の波動が完全な状態になるのはいつなのか?

これについては、はっきり断言できませんが、それほど遠い未来ではないはずです。

完全に浄化された魂のことを直霊(なおい)と呼び、純粋で欲におぼれ悪いことを考えない、生まれたての赤ちゃんの魂のような状態です。本来の魂の状態です。

しかし、一旦、人間として転生すると、いろんな欲望が多い人生の中でもまれることで、直霊にも欲望が生まれるようになります。
これが魂に着くです。

垢が着いていくのは、人間が御魂磨きの実践の場である以上当然のことなのですが、重要なのは人生を全うした際に、魂に着いた垢を落とし、魂自体が反省することなのです。それによって魂レベルが上がり、いずれ菩薩や佛を目指すことが可能になるのです。

六道輪廻に必須であるこの仕組みこそが、神国日本の魂の浄化システムなのです。浄化システムによって、垢を落として精霊になってもらい、次の転生に備えているのです。

ただし、魂の表面を覆った垢は簡単に取れますが、魂の奥底深く、こびり付いた垢の塊りは、魂が吉野川を下って行きながら洗われるだけでは簡単に取れないのです。この魂にこびり付いた垢の塊りを曲霊(まがい)と呼びます。魂の悪の部分のことです。

ちなみに、「まがいもの」とは、曲霊が由来なのです。

曲霊をほっておくと、直霊に完全に覆いかぶさり、悪いことばかり考える魂となってしまいます。私が阿修羅(熊襲)と呼んでいるのは、そいう魂を持った人たちのことです。

元来、神国日本の浄化システムには、この曲霊を取る特別な仕組み(いずれご紹介するつもりです)が備わっていたのですが、人類中心の文明が始まって以来、阿修羅によって機能しないようにされていたのです。

従って、完全に浄化されないまま、直霊に曲霊がついたままの状態で転生を繰り返してきた、というのがこの2900年間の実態なのです。

その結界、前世での行いを反省し、純粋な魂として再度人間に転生したとしても、大人へと成長して行く過程で、人間世界の欲望に触れることにより曲霊がだんだん大きくなり、さらに垢が着きやすくなり、前世と同じ過ちを繰り返すことになっていたのです。この過ちのことをカルマ(業)と呼ぶのです。

何度転生を繰り返しても同じ過ちを繰り返し、カルマを解消できないのは、浄化システムに結界が張られ、不完全な状態となっており、曲霊を完全に取り除くことができなかったからなのです。過去形で書いたのは、現在、曲霊を取る仕組みが復活しつつあるからです。

阿修羅(熊襲)の狙いは、直霊に曲霊を残す、ことにあったのです。人の欲を憑依(魔)によってくすぐり、対立を生ませるのです。その究極が戦争なのです。

親鸞が広めた悪人正機をご存じだと思います。
<WIKI:悪人正機>

「善人」とは、真実の姿が分からず善行を完遂できない身である事に気づくことのできていない「悪人」である。すべての人間は悪人であり、悪人であるから阿弥陀仏に救われる。


私は、この悪人正機説、高校時代に習った時から違和感がありました。悪人の定義がおかしくないですか?

親鸞は、悪人正機説を広めたことになっていますが、これは歴史の改竄です。悪人正機説を広めたのは偽物の親鸞、阿修羅が成り済ました親鸞であり、本物の親鸞亡き後、悪人正機説を教義に組み込んだ浄土真宗として広まっていくのです。
<義経と親鸞> 
<法然と親鸞>

悪人正機説とは、曲霊が取れていない魂を前提とした阿修羅の考え方なのだと思います。

浄化システムが完璧な状態に戻れば、曲霊が取れ、再度転生したところで、分別のある行動ができるようになり、悪の道へ落ちることはなくなっていくのです。そして、いずれは善人だらけになるのです。その時代は、それほど遠くない未来に訪れるということです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


2015-02-01 23:59:15

琵琶湖の役割

テーマ:浄化システム
私が神国日本の浄化システムに気づいたのは2年前です。
<神国日本の浄化システム>

大祓祝詞を読んでいて、祓戸大神の役割が気になって考えていた時に、浄化システムのことが思い浮かんだのです。
<祓戸大神>

祓戸大神の四神のうち、瀬織津比売がいる「佐久那太理の多岐つ速川の瀬」とは、琵琶湖から流れ出す瀬田川の中流部分、西側京都方面に曲がった所です。

瀬田川は京都府に入ると宇治川と名を変え、さらに大阪府に入ると淀川となって大阪湾に注ぎます。

また、祓戸大神には瀬織津比売、速秋津比売に続いて、気吹戸主という神が登場し、「気吹戸から根の国底の国に息吹を放つ」となっていますが、気吹戸とは関ヶ原の北側にそびえる伊吹山のことです。波動の高い風の扉が伊吹山にあるということになります。

素晴らしい波動の伊吹山

伊吹山


世界中から磁気、気流等によって伊吹山周辺に集まって来た、寿命を全うしたばかりの垢まみれの魂は、伊吹山から吹き降ろす風に乗って、琵琶湖面に運ばれるのです。

そして、琵琶湖から瀬田川、宇治川、淀川と流れて行き、大阪湾にたどり着きます。さらに、淡路島に沿って流れ、鳴門渦潮から浄化システムの世界に入って行くのです。


琵琶湖に集められた魂のうち、畜生界や餓鬼界出身の魂は、鳴門渦潮⇒有明海⇒五島灘又は諫早湾⇒大村湾、という浄化システムのルートを流れて行きながら海水の塩分によって魂を覆っていた垢が落とされ精霊となり、西海橋下等の渦潮から吸い込まれ、全世界、全国にとなって、再度動物、植物に転生する準備をするのです。(めでたく人間界に昇格する魂は別ルートに入る)

また、琵琶湖に集められた魂のうち、
人間界出身の魂は、鳴門渦潮⇒四国中心(土佐)⇒吉野川⇒四国の周りの海、と辿り、四国を一周する際に、生前の徳の積み方によって、次の転生先が決められます。地獄界に行くのか、餓鬼界や畜生界に行くのか、再度人間に転生するのか、それとも四聖になるのかです。

四国から先のルートは、それぞれの転生先によって変わります。人間界に再度転生する魂は、四国から九州北部の
玄界灘に送られ、次の転生の準備をするため待機します。餓鬼界、植物界は前述の有明海ルートへ送られます。地獄界、四聖については、追々分かっていくと思います。

このようにして、
世界中のほとんど全ての存在は、寿命を全うすると、その魂は琵琶湖に集められるのです。そこから、次の転生の準備が行われるのです。
<浄化システム>

そういう意味では、琵琶湖は世界中の生物の起点でもあり、
世界の臍というべき場所なのです。

琵琶湖は日本の中心付近に位置していますが、
霊的見地からは世界の中心でもあるのです。

琵琶湖と淡路島は、大きさ形が酷似していますが、琵琶湖と淡路島は
陰(霊的世界)陽(現実世界)対になっている、神国日本の浄化システムの中心機能ということになります。

私が何も知らない5年前、琵琶湖と淡路島に関する次の記事を書きましたが、これは阿修羅によって誘導されたということになります。琵琶湖と淡路島の真実を知ってほしくない阿修羅の意向が働いていて、私にこの記事の元情報を送って来たのです。
<琵琶湖と淡路島の謎>

琵琶湖には竹生島があり、そこには三大弁財天と称される竹生島神社と、西国三十三観音の霊場、宝厳寺が隣り合って鎮座しています。

明治維新の廃仏毀釈で分離され、結界をかけられ、世界中の魂が集まる琵琶湖の能力を貶めて、魂の輪廻に悪影響を与えていました。

しかし、現在、琵琶湖は本来の霊的浄化能力を発揮しつつあります。

竹生島神社の湖面に向かった遥拝所。

竹生島②

長浜付近から望む琵琶湖面

竹生島①

霞で覆われだした湖面

竹生島③


3年前の琵琶湖とは全く異なります。琵琶湖の変化とともに世界の波動も変わりつつあるのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


2015-01-26 00:00:15

天照日大神

テーマ:歴史の真実
神道

古来より、日本人の日常生活に密着した信仰であるのに、誕生した経緯、神の系統、何故信仰するのか等、誰も正確に知りません。これほど謎が深い信仰は世界でも珍しいのではないでしょうか。

昨今、国内の有名神社には、中国人、韓国人の観光客の訪問が大変多いです。福岡の太宰府天満宮などは、初詣を除けば、団体で訪れる外国人観光客の方が、日本人よりも圧倒的に多い状況になっています。また、京都の伏見稲荷神社は、あの異様な数の鳥居から、外国人が訪れたい京都の観光地№1とも云われているそうです。

神道は、以前に増して外国人にも興味深くなってきているのです。

これらは円安の効果もありますが、それ以上に、日本、世界の波動が上がりつつある証拠でもあるのです。

人類は太古日本に存在していた神(上古天皇)から枝分かれして、世界に飛び散りました。その神の流れである天皇がいる日本に、外国人は魂レベルで興味があるのです。今後は、ますます日本を訪れる外国人は増えていくはずです。
<人類誕生の真実>

さて、その神道に、たくさん存在する神の中で、もっとも高尚な神とされ、神社の頂点、伊勢神宮内宮に祀られているのが天照大御神です。

天照大御神については、私も探究してきました。
<天照大御神> 
<天照大御神(続)>
<天照大御神の真実①> 
<天照大御神の真実②>

最初の頃は、記紀をベースにしていたので全く真相に迫れていませんが、その後、だんだん近づいてきたと感じていました。

そして、竹内文書が参考になり、今回、天照大御神の真実について大前進しました。

まず、天照大御神は女神なのか、男神であるのかの議論がありますが、広い意味ではどちらも正解なのです。

しかし、真に正しくは天照大御神は男神です。

私は3年前の記事で、天照大御神は男神であり、有名な日本神話の岩戸隠れのシーンに登場する天照大御神は、男神が女装していたものである、と書きました。

これは、現在になってみると正しくはありませんでした。軌道修正します。

この岩戸隠れの時の天照大御神とされる神は、女神なのです。

どういうことかと言いますと、一般的に天照大御神と思われている女神は、真の天照大御神ではないのです。衝撃ですね。

阿修羅によって改竄されているのです。

岩戸隠れがあったことは事実のようですが、この時、岩戸に隠れた神は天照大御神ではなく、天疎日向津比売神(あまさかるひむいつひめのかみ)という、上古第二十二代天皇のことです。

上古天皇とは、創造神である天神七世の後、太陽系、地球を統治している二十五代の神の天皇のことです。
<天神七世>

歴代二十五代の上古天皇には、古事記の造化三神(創造主)も入っていますし、記紀で国生み・神生みを行った天照大御神の父親神に当たる伊弉諾神も上古第二十一代天皇として並んでいます。

記紀では、天神七代や上古天皇の前半の神を意図的に削除していて、地球誕生は伊弉諾神からであるかのように扱っているのです。

伊弉諾神が行った国生みとは、実際は修理固成のことです。

3000億年を超える地球の歴史の中では、神・人類の間違った行動により、幾度となく地球文明は崩壊しており、その都度、創造主の意図により、文明再誕生が行われているのですが、その再誕生の前に、生物が存在できるような環境に戻す過程が地球の修理固成なのです。

修理
固成は、伊弉諾神だけでなく、他の神(上古天皇)も行っているはずです。記紀では他の神(天皇)の事績を消してしまって、伊弉諾神を唯一の国生みを行った神にしてしまったのです。

それに、
伊弉諾神を含めた神々は、日本だけでなく世界の修理固成も行っているはずなのですが、そのことが意図的に削除されているため、記紀では日本のことしか触れていない日本神話になってしまい、地球の真の歴史が見えなくなってしまったのです。

我々が天照大御神と思ってい
天疎日向津比売神は、伊弉諾神の後を継いだ上古天皇の女神です。実際に弟に素戔嗚尊がいたのは間違いないのですが、それは3000億年を超える地球の歴史のほんの一部、今から百数十億年前の出来事だったのです。

天疎日向津比売神は、真の天照大御神ではなく、天照大御神を継承した神の天皇(上古天皇)なのです。

真の天照大御神とは、天神七世最後の創造神である、
天御光太陽貴王日大御神(あめのみひかりおおひなかきおおみかみ)であり、この神が太陽神であり、太陽そのものなのです。

この太陽神が、肉体を持った姿として現れる時は、男性なのです。

伊勢神宮内宮に祀られる天照大御神とは、天御光太陽貴王日大御神のことであり、実際に神の世界のトップである創造神ということになります。

今後は、上古第二十二代天皇と区別するため、天照大御神とは呼ばず、天照日大神(あまてらすひおおかみ)と呼ぶことにします。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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