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2015-01-26 00:00:15

天照日大神

テーマ:歴史の真実
神道

古来より、日本人の日常生活に密着した信仰であるのに、誕生した経緯、神の系統、何故信仰するのか等、誰も正確に知りません。これほど謎が深い信仰は世界でも珍しいのではないでしょうか。

昨今、国内の有名神社には、中国人、韓国人の観光客の訪問が大変多いです。福岡の太宰府天満宮などは、初詣を除けば、団体で訪れる外国人観光客の方が、日本人よりも圧倒的に多い状況になっています。また、京都の伏見稲荷神社は、あの異様な数の鳥居から、外国人が訪れたい京都の観光地№1とも云われているそうです。

神道は、以前に増して外国人にも興味深くなってきているのです。

これらは円安の効果もありますが、それ以上に、日本、世界の波動が上がりつつある証拠でもあるのです。

人類は太古日本に存在していた神(上古天皇)から枝分かれして、世界に飛び散りました。その神の流れである天皇がいる日本に、外国人は魂レベルで興味があるのです。今後は、ますます日本を訪れる外国人は増えていくはずです。
<人類誕生の真実>

さて、その神道に、たくさん存在する神の中で、もっとも高尚な神とされ、神社の頂点、伊勢神宮内宮に祀られているのが天照大御神です。

天照大御神については、私も探究してきました。
<天照大御神> 
<天照大御神(続)>
<天照大御神の真実①> 
<天照大御神の真実②>

最初の頃は、記紀をベースにしていたので全く真相に迫れていませんが、その後、だんだん近づいてきたと感じていました。

そして、竹内文書が参考になり、今回、天照大御神の真実について大前進しました。

まず、天照大御神は女神なのか、男神であるのかの議論がありますが、広い意味ではどちらも正解なのです。

しかし、真に正しくは天照大御神は男神です。

私は3年前の記事で、天照大御神は男神であり、有名な日本神話の岩戸隠れのシーンに登場する天照大御神は、男神が女装していたものである、と書きました。

これは、現在になってみると正しくはありませんでした。軌道修正します。

この岩戸隠れの時の天照大御神とされる神は、女神なのです。

どういうことかと言いますと、一般的に天照大御神と思われている女神は、真の天照大御神ではないのです。衝撃ですね。

阿修羅によって改竄されているのです。

岩戸隠れがあったことは事実のようですが、この時、岩戸に隠れた神は天照大御神ではなく、天疎日向津比売神(あまさかるひむいつひめのかみ)という、上古第二十二代天皇のことです。

上古天皇とは、創造神である天神七世の後、太陽系、地球を統治している二十五代の神の天皇のことです。
<天神七世>

歴代二十五代の上古天皇には、古事記の造化三神(創造主)も入っていますし、記紀で国生み・神生みを行った天照大御神の父親神に当たる伊弉諾神も上古第二十一代天皇として並んでいます。

記紀では、天神七代や上古天皇の前半の神を意図的に削除していて、地球誕生は伊弉諾神からであるかのように扱っているのです。

伊弉諾神が行った国生みとは、実際は修理固成のことです。

3000億年を超える地球の歴史の中では、神・人類の間違った行動により、幾度となく地球文明は崩壊しており、その都度、創造主の意図により、文明再誕生が行われているのですが、その再誕生の前に、生物が存在できるような環境に戻す過程が地球の修理固成なのです。

修理
固成は、伊弉諾神だけでなく、他の神(上古天皇)も行っているはずです。記紀では他の神(天皇)の事績を消してしまって、伊弉諾神を唯一の国生みを行った神にしてしまったのです。

それに、
伊弉諾神を含めた神々は、日本だけでなく世界の修理固成も行っているはずなのですが、そのことが意図的に削除されているため、記紀では日本のことしか触れていない日本神話になってしまい、地球の真の歴史が見えなくなってしまったのです。

我々が天照大御神と思ってい
天疎日向津比売神は、伊弉諾神の後を継いだ上古天皇の女神です。実際に弟に素戔嗚尊がいたのは間違いないのですが、それは3000億年を超える地球の歴史のほんの一部、今から百数十億年前の出来事だったのです。

天疎日向津比売神は、真の天照大御神ではなく、天照大御神を継承した神の天皇(上古天皇)なのです。

真の天照大御神とは、天神七世最後の創造神である、
天御光太陽貴王日大御神(あめのみひかりおおひなかきおおみかみ)であり、この神が太陽神であり、太陽そのものなのです。

この太陽神が、肉体を持った姿として現れる時は、男性なのです。

伊勢神宮内宮に祀られる天照大御神とは、天御光太陽貴王日大御神のことであり、実際に神の世界のトップである創造神ということになります。

今後は、上古第二十二代天皇と区別するため、天照大御神とは呼ばず、天照日大神(あまてらすひおおかみ)と呼ぶことにします。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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同じテーマ 「歴史の真実」 の記事
2015-01-19 00:00:15

人類誕生の真実

テーマ:歴史の真実
昨年終盤、竹内文書こそが真実の歴史を書いている書物であると分かり、これまでベールにつつまれていた神代以前の真の歴史が、からまった糸がほどけるように分かってきました。今後、追々ご紹介していきたいと思っています。

今回のテーマは、私がブログを始めて以来の疑問である人類の起源についてです。

進化論については、小さい頃から納得できませんでした。5年前にブログを始めた頃、人類の起源を真剣に探究しだしました。オカルト系やスピ系の本を読み漁り、人類は宇宙人が創造したという説に強い関心を示しました。

しかし、どの本も納得できる根拠が明示できていないのです。

自分なりに調べ、考えているうちにインスピレーションが湧き出します。

「宇宙人というのは天津神のことであり、天津神が人類を創造したのではないか」

そして、一年半前の時点で、次のような考えに達していました。

<人類誕生と文明移動>

はるか昔、神代という先史文明が存在し、天津神が人類を誕生させた。神代は長い、神中心の文明だった。

なんらかの形で地球文明が崩壊し、一旦地球からは神も人類もいなくなった。

そして、約5000年前、天津神のイザナギ、イザナミが現れて地球を再興し、日本列島を修理固成し、その後、人間が再誕生し、神中心の文明から人間中心の文明に移行していき、現代につながっている。


当時の記事では、天津神は月からやって来たと書いていますが、これは軌道修正します。月というよりも次元の異なる宇宙の中心、高天原から天津神はやってきたのです。高天原の詳細は、今後解明して行くと思います。

また、イザナギ、イザナミが修理固成したのは
約5000年前ではなく、約270億年前です。イザナミ、イザナギ以外の時代にも何度となく地球は修理固成されているようです。

人類は、数千年億年を超える、はるか昔、天津神が創造したことには間違いないのですが、これを明確に残している文献を、当時の私は知りませんでしたし、そんな文献が存在している訳がないと思っていました。

竹内文書については、約5年前にその概要に触れた解説本を読んだことはありましたが、当時の私は宇宙が出来たのは130億年前という現代常識を信じていた頃です。

解説本に、天神が数千億年前に地球に降臨、と書かれているのを読んで、当時の私はとてもそのことを信じることができず、それ以上深く読むこともありませんでした。次の本です。

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しかし、この5年間で、歴史の改竄を知り、歴史の真実を紐解いてきたうえで、改めて竹内文書に触れた時、目からうろこが落ちたのです。全てが繋がるのです。

常識、先入観ほど怖いものはありません。それによって、同じ本でも見え方が全く異なるのです。

竹内文書には人類が誕生した時代、経緯が書かれています。

時代はなんと約3000億~2800億年前

天神七代の次に、天津神が地球に降臨して天皇となり、日本において地球を統括する時代、上古二十五代という時代が約3200億年続くのですが、上古第2代造化気万男身光天津日嗣天皇(ツクリノシキヨロズヲミヒカルアマツヒツギテンノウ)の時代に、地球上に人類が誕生するのです。
<天神七代>
<WIKI:竹内文書による歴代天皇>

ということは、この時代以降に、宇宙の法則である十界が誕生したことになります。
<宇宙の仕組み③>

竹内文書の元になった竹内文献という、原書を復元した書物を読みますと、人類誕生の状況が書かれています。

人類誕生前に地球に存在した天津神というのは、肉体を持った存在であり、我々人間と同じような姿をしているのですが、大きな違いは神通力を持つことです。この天津神が宇宙人といってもいい存在なのですが、基本的に現代では地球上に姿を持って現れることはありません。

スピ系の人達がUFOを見た、宇宙人を見たという場合は、ほとんど全て偽物だと思っていいでしょう。本物はそう簡単に現れません。

話を戻します。造化気万男身光天津日嗣天皇が、人類を誕生させる前までは、地球には天津神、国津神(天界、神界の存在)と人間以外の動物(畜生界)、植物(餓鬼界)しか存在しなかったのだと思われます。


ちなみに、佛(佛界)は肉体を持たない十界の頂点の存在です。地球上で肉体を持つのは天(神)界以下の存在なのです。

造化気万男身光天津日嗣天皇は、人類の祖、人間の祖となる五色の肌の色を持つ人間の子16人を、初めて地球に創造したのです。

そして、これら16人の子が、日本の地から全世界に飛び散り、五色人として、各地に人類が増えていったのです。

その16人の祖とは、

磐支那黄美民王
インダウ萬山黒人民王
イントチウラニヤ黒人民王
ヨイロハアダムイブヒ赤人女祖

・・・(途中省略)

アフリアビシアムス赤人民王

などです。詳細は竹内文献に書かれています。

この16人を人類の祖として、人間が増えていったのです。長い年月を経て、混血を繰り返しながら、時には絶滅し、そして再誕生を繰り返しながら、現代まで繋がっているのです。その期間が約3000億年間なのです。

皇室の十六菊花紋章は、この16人の人類の祖が、日本から飛び出して人類文明を広げたことを指しているのです。

ちなみに、
造化気万男身光天津日嗣天皇がユダヤ教、キリスト教に登場する唯一の神ヤハウェに当たります。

旧約聖書には、人間の祖としてアダムとイブが誕生します。

これは、全くの間違いではなく、アダムは五色人のうちの赤人の祖なのです。前述した、
ヨイロハアダムイブヒ赤人女祖というのが、アダムであり、次にイブが生まれたのです。

赤人とは、当初、現在のイラン・イラク・トルコ辺りに誕生したようです。この辺りがヨーロッパと呼ばれていた場所で、ユダヤ教発生の地と重なりますね。

旧約聖書は、赤人の発生過程を書いたもので、ヨーロッパという地名も赤人の祖から来ているのですが、現代では白人の住む場所に遷移してしまったということになります。

私が以前書いた記事ともリンクしてきます。
<アダムとイブ>

また、以前、五惑星文明という記事も書きました。
<惑星文明と五色人>

日本人以外の五色人は、対応する五惑星からやって来たというのが要点なのですが、実際には
造化気万男身光天津日嗣天皇が五色人を誕生させた後、五色人が五行に対応する各惑星に行って、それぞれの惑星に文明を造っていたのだと思います。

ところが、地球が大艱難に遭遇し、一旦、一部の人がノアの方舟伝説のような形で五惑星に避難していたり、または五惑星に住んでいた人たちが地球再興のために戻って来たことが、この記事の前提になると思います。

いずれにしましても、人類誕生は3000億年前という想像もできないような遠い昔なのです。我々の根拠のない現代常識ほど、危険なものはないということです。いずれすべてが分かる時が必ずきます。それほど遠い未来ではありません。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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2015-01-11 23:59:15

諫早湾の役割

テーマ:浄化システム
先日、九州の浄化システムにおける役割についてご紹介しました。
<九州の役割>

九州は何度も書いてきましたとおり、神国日本の中でも特に大変重要な役割があるのですが、今回はその中でも注目すべき場所、諫早湾についてご紹介します。

諫早湾は有明海の一部ですが、国は長年の反対意見を押し切って、干拓事業を始めるために諫早湾を堰き止めました。1997年、諫早湾を完全に仕切るために水門が順に閉じられていくシーンは、皆さんの強烈な記憶に残っているはずです。
<WIKI:諫早湾干拓事業>

次の地形写真が諫早湾です。干拓のための堤防と、それによって色が変わった内海がはっきりわかりますね。

諫早湾
(ウィキペディアより引用)

堤防にある巨大な堰
諫早湾①

内海
諫早湾③


諫早湾が属する有明海は、神国日本の浄化システムの根幹の一つでした。

浄化システムをおさらいします。

*****************

世界中の植物(
餓鬼界)、人間を除く動物(畜生界)出身の魂は、気流、磁場の流れによって琵琶湖に集められる。

琵琶湖に集まったそれらの魂は、
淀川を伝って大阪湾に流れる。これらの魂は、生前のを纏ったままであり、その魂が流れる川は淀んでしまうので、淀川という名がついている。

大阪湾に出たこれら魂は、海流に乗って
淡路島にぶつかり、南下して鳴門海峡に流れ着き、そして鳴門の渦潮に呑まれて、中央構造線下に存在するルートを通って、大分県日田市の山間部に運ばれる。

そして、今度は
筑後川を下って行き、有明海にたどり着き、有明海の海水
塩分)で洗われることで浄化(禊)され、まっさらな精霊となる。

その精霊は有明海から五島灘に運ばれ、長崎県北部の海域から取水された海水に乗って地下水道を通り、全国各地に運ばれる。海水は石灰岩で塩分が取り除かれたうえで、各地の波動の高い親水・湧水となっている。

湧水とともに運ばれた植物、動物の精霊群は、
となって次の転生にそなえる。

この仕組みのポンプ役が
大村湾である。

*****************

以上が、これまで分かった内容でした。

これら一連の浄化システムを守護している寺社仏閣等に、結界が張られてしまっていたので、植物・動物の魂の浄化が十分に行えず、地球から緑が消え、動物は絶滅しかけ、波動が下がり、環境破壊が進み、その結界が地球温暖化に繋がった、と言ってもいいのです。

全て阿修羅のシナリオどおりだったのです。

従って、この浄化システムさえ元通りにすれば、地球の波動は上がり、地球温暖化などの諸問題も自然解決していくのです。もちろん、地球を支配している人間の意識も変わります。

現在は、すでに地球の波動が上昇している段階に入っているのです。

このような浄化システムの根幹であるのが、有明海です。有明海は、日本最大の干潟であり、干満の差が6mもある、世界的にも数少ない湾です。
<WIKI:有明海>

有明海に運ばれてきた魂は、大量にミネラルを含んだ干潟の上で、長時間、塩分を含んだ波に洗われることによって、魂を覆った垢が取れ、精霊になるのです。魂や精霊は、普通の人の目には見えないですが、毎日、数えきれない数の魂が有明海で浄化されているのです。

件の諫早湾の重要性については、ここからです。

次の地図をご覧ください。長崎県周辺のグーグルマップです。

九州浄化システム

(クリック拡大)


有明海で精霊になった魂は、島原半島と天草の間を通って五島灘へ向かう(緑のライン)と考えていましたが、これは補足的なルートであって、本来は別の主ルートが存在していたのです。

そのルートこそ、諫早湾を通るルートだったのです。地図の黄色ラインがその主ルートです。諫早湾から大村湾に抜けるルートです。

諫早湾と大村湾の間には諫早市があり、陸地で隔てられています。その距離は、現在では
10㎞近く離れていますが、諫早湾は古来より干拓が進められてきたところなので、もともとは2㎞に満たない距離だったのです。

その2
㎞に満たない陸続きの地下に、水道ルートがあり、大村湾と諫早湾は繋がっているのです。

大村湾は、湾全体が浄化システムのポンプの役目をしていて、干満の差によって湾内の海水が外海との間を還流しています。その際に大村湾入口の西海橋下に、小さな渦潮がたくさんできます。

この渦潮が出来るときに、諫早湾から大村湾へ地下水道を通って海水が流入しているのです。

この海水の流れによって、有明海で浄化され精霊となった魂は、わざわざ島原半島・天草の海峡を通って五島灘へ出るルートを通る必要はなく、ショートカットして、大村湾へたどり着けるのです。

そして、実は、西海橋下の渦潮に呑みこまれて、全国各地へ運ばれ湧水となるのです。これは、今回、初めて分かったことです。

有明海⇒諫早湾⇒大村湾⇒西海橋渦潮(黄色ライン)、が浄化システムの主ルートだったのです。

西海橋
西海橋①

西海橋下の小さな渦潮
西海橋②


これ以外に、前述の緑ラインがあり、また、小さな渦潮は、大村湾以外にも五島灘周辺に幾つか存在しているので、そこからも呑み込まれて、全国に運ばれているのは間違いありません。

諫早湾、大村湾は浄化システムの中で、精霊を全国に運び、霞を発生させるための胆の部分なのです

阿修羅は、そのことを重々知っているので、長年の近隣住民の反対を押し切って諫早湾を干拓事業と称して閉め切り、浄化システムの根幹に結界を張ったのです。そして、地球の波動はさらに低下していったのです。2011年までの約30年間で。

政治家や官僚は、阿修羅の手の内にあって、結果的に地球の波動を下げる方向に導いていたということになります。

しかし、現在、浄化システムの結界はだんだん解けています。その証左が、全国に頻繁に見られるようになった霞と、クリアになった空なのです。

諫早湾上に現れた巨大龍雲
諫早湾④


いまだにPM2.5と騒いでいる人は、そろそろ目を覚ました方がいいのではないでしょうか。新時代に乗り遅れますよ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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2015-01-05 00:00:00

天神七代

テーマ:宇宙の真実
新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

昨年は、波動がより一層世の中の上がり、その影響が社会変化にも少しずつですが表れてきました。今年は、その動きが本格的に加速して行くと思われます。

さて、今年最初の記事は天神についてです。

天神様と言えば菅原道真を思い浮かべると思います。何故、菅原道真が天神様なのかといいますと、菅原道真の魂は天神様の魂が転生したものだからです。昔の人はそのことを分かっていたのですね。

それでは、その天神様とは如何なる神様なのでしょうか?

実は、この定義がはっきりしていないのです。

古事記では、始源神創造主として、造化三神である天之御中主神高御産巣日神神産巣日神が登場します。

その後、宇摩志阿斯訶備比古遲神天之常立神が続き、神代七代(かみよななよ)の筆頭國之常立神となっています。

日本書記では、古事記の神代七代の筆頭である國之常立神が最初の神として登場します。
<WIKI:神代七代>

天神様は、具体的には、これらのどの神に当たるのでしょうか?

記紀を調べて以来の私の疑問でした。私は、古事記の造化三神が天神様に当たると思っていました。

しかし、これら造化三神は天津神ではあっても、真の天神様ではなかったのです。

そのことは、竹内文書を調べることで判明しました。
<真の歴史書>

神武天皇を初代とする人皇(人間の天皇)百二十五代以前に、ウガヤ朝七十三代(人皇初代神武天皇は第七十三代で重複)の神の天皇というべき天皇の系統がありました。

さらにそれ以前に、日本神話に登場する神々の上古(天津神の天皇)二十五代が存在するのです。初代天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇から山幸彦の別名で有名な第二十五代天津彦火火出見身光天津日嗣天日天皇までです。この期間は何と約3200億年間も続いているのです。気が遠くなります。

しかし、しかし、さらに古い時代に宇宙は誕生したのです。その時代こそが天神様が存在した時代なのです。

それが天神七代(てんじんななよ、てんじんななだい)なのです。天神七代は造化三神以前の神、真の始源神なのです。
<WIKI:竹内文書による歴代天皇>

天神七代の最初の天皇、元無極躰主王大御神(もとふみくらいのみのぬしおおみかみ)とは宇宙の創造主。一番最初の始源神、宇宙そのものです。

その次、第二代中未分主大神尊(なかなしわかれぬしおおかみ)、第三代天地分主尊大神(あめつちわかれぬしおおかみ)の時代に宇宙に陰陽が出来、天地が誕生したようです。

そして第四代天地分大底主大神(あめつちわかれしおおそこぬしおおかみ)の時代に銀河系が誕生し、太陽系、地球も形ができたようです。

次の第五代天一天柱主大神(あめはじめあめはしらのおおかみ)、第六代国万造主大神(くによろずつくりぬしおおかみ)の時代に、長い時間をかけて地球の表面が溶岩状の状態から固型化し、陸地と海に分かれたようです。生物が誕生する環境が整ったのです。

ちなみに、竹内文書には、この六代天皇の終了時点が約3600億年前という途方もない遠い過去とされています。それ以前の時代は不明とされていますから、宇宙誕生は兆年単位以上の昔に遡ると思われます。

我々は、宇宙誕生は130億年前などと教えられますが、実際には想像もできないような遠い昔の出来事なのです。地球誕生でさえもっと遠い昔なのです。人間の科学力では解明できないのです。宇宙観が変わります。

そして、約3600億年前に第七代天御光太陽貴王日大御神(あめのみひかりおおひなかきおおみかみ)という太陽神が誕生し、地球上に生物が創造させられるのです。地球上にはまだ人間は誕生していない時代です。

この大御神こそ、真の天照大御神であり、天照日大神(今後は第七代天皇を天照日大神と呼びます)とも呼ばれる男神なのです。私たちが一般的にアマテラスと呼ぶ女神や素戔嗚尊の時代は、これよりもずっと後、3000億年以上も後の時代なのです。気が遠くなりますね。

また、天照日大神にはが存在し、並列して第七代天皇とされています。その天神は、天御光太陰貴王女大御神(あめみひかりおおいんなかきおうめのおおかみ)であり、この神が最初の月神女神なのです。この時代に月が誕生したことになります。

太陽神、月神という陽と陰の神がそろい、地球上に生物が創造させられたのでしょう。天照日大神は、地球上に降臨し、約360億年間、初期の地球を治めていたのです。

これら七代八柱の神が天神様であり、天神七代と呼ばれるのです。冒頭の菅原道真の魂は、天照日大神の魂が転生したものだったのです。従って、菅原道真を祀る全国にたくさんある天満宮の系統は、実質的には天神七代を祀っていることになるのでしょう。

ところで、造化三神の天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神や神代七代の國之常立神などは、天神七代の次の代から始まる、上古二十五代天皇に属しているのです。
天之御中主神が上古第四代天皇であり、高御産巣日神が第十代天皇、神産巣日神が第十一代天皇、國之常立神が第十四代天皇ということになります。

これらの神が、造化三神、神代七代であるというのは、古事記編纂者の改竄ということになります。

ちなみに、天神七代を祀っている神社はほとんどありませんが、福岡県の大根地神社には、祭神名こそ書かれていませんが、天神七代が祀られています。

大根地神社②

(クリック拡大)

大根地神社①

このように、良く調べていけば、真実は隠されているのです。

真の歴史を知らずして、伊勢神宮を参拝しても意味がないのではないでしょうか。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

2015-01-01 00:00:15

浄化システム

テーマ:ダイジェスト
2015-01-01 00:00:11

ダイジェスト(歴史の真実)

テーマ:ダイジェスト

◇歴史関連記事

<天神七代>

<宇宙の仕組み③> <みろくの世> <佛と神> 
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2014-12-29 00:00:00

九州の役割

テーマ:浄化システム
今年も残り3日となりました。時が過ぎるのは早いですね。

私がブログを初めて5年が経過したことになります。この5年で私の周辺環境は大きく変わりました。驚きの日々です。

また、世の中の波動上昇とともに、世の中の変化にだんだん気づきいてきた人も増えています。

来年は年。その文字のとおり、未来を予期させる年になるはずです。

「何故、今生、人間として生まれて来たのか?」

普段は、多くの人が、現代の経済・社会構造の規制に縛られ、日々生活していくことに必死で、何のために人間に生まれてきたのかなどと考える余裕もなく、人間として生まれた意義に気づかないままのはずです。

来年以降は、波動上昇とともに、だんだん気づいていく人が加速していくのではないかと予想しています。真の歴史を知ることにより、現在・未来の人類の進む道が見えてくるのではないか、と私は考えています。

だからこそ改竄された歴史では、全く未来が見えないのです。真の歴史を知り、本来その人が進むべき道を、自ら探る必要があるのです。

さて、今回は九州に関する浄化システムについてご紹介します。

太古から続く神国日本ですが、国土の形は現代とは大きく異なっていたようです。しかしながら、形は違っていても、現在の九州に当たる部分は、地理的にも、霊的にも、神国日本の中で重要な役割を果たして来たようです。

九州に活火山が多く存在するのがその一例です。火山活動というのは、地球全体の波動調整をする役割があるのです。人間でいうと排便・尿や汗に当たる重要な活動なのです。

最近、全国的に火山活動が活発になっているのは、日本列島の結界がだんだん解放されて、それによって波動が上がりだしたため、地球全体の波動バランスを取ろうとして、マグマの流れによって調整していると考えていいでしょう。

(阿修羅・熊襲に)洗脳されているマスコミは、火山活動の活発化を持って、東海地震や南海トラフ地震などの大地震につながるおそれがある、と煽りますが、笑止千万です。そんなんことは全くありません。

熊襲は、人間の波動が上がってもらっては困るので、マスコミを使って恐怖を煽り、真実を隠そうとしているのです。

神国日本の浄化システムの中で、九州には有明海五島灘という直接、魂の浄化を行っている場所があると書いてきました。
<浄化システム>

その後、より深い仕組みが分かりましたので、ご紹介します。


浄化システムにおいて四国の役割について書いてきました。
<四国の秘密その1>

四国は、人間だった魂が、次の転生を決めるための霊的に重要な場所でした。

四国での修行を終え、次の転生が決まった魂は、どこへ行くのでしょうか?

その次が九州の浄化システムなのです。

私が、神国日本の浄化システムを発見した約2年前、九州では大村湾と有明海が重要で、大村湾はポンプの役目をし、有明海では塩分によって浄化しているとご紹介しました。
<神国日本の仕組み②>
<神国日本の仕組み③>

琵琶湖→淀川→鳴門渦潮→有明海の浄化システムは、全国の浄化システムの基本形なのですが、これは世界中の餓鬼界(植物)畜生界(動物)出身の魂を浄化しているシステムであり、人間出身の魂は四国で浄化されています。

前述の四国で修行を終えた人間出身の魂は、次に行く場所は九州北部にある玄界灘なのです。
<地図:玄界灘>

玄界灘は、玄海灘と漢字を間違われやすいですが、玄海ではなく玄界です。玄界とは黄泉の世界の出入口という意味です。四国で転生が決められた人間出身の魂は、玄界灘に運ばれるのです。

運ばれるルートは少なくとも2つあります。

一つは関門海峡を通って玄界灘に流れ着く海上ルート。

もう一つは、大分県佐賀関半島付近の渦潮から呑み込まれ、大分市付近の地下から北部九州へ行き、遠賀川を経由して玄界灘に運ばれるルートです。
<魂と浄化システム>

ちなみに餓鬼界、畜生界出身の魂は、鳴門の渦潮に呑み込まれた後、地下ルートを通って大分市付近にたどり着き、そこから日田市付近に行って、筑後川を利用して有明海に流れて行き、そこで浄化されるのです。

一方で、玄界灘に運ばれた人間界出身の魂は、ここから再度九州に上陸し、本格的に魂の浄化が行われるのです。ここから先の浄化の仕組みは追々ご紹介していく予定です。

浄化とは、魂についている垢(欲望の固まり)を完全に落とすことです。以前、四国の秘密④で、魂は吉野川を流れて行くうちに垢を落とされ、精霊になると表現していますが、この段階では魂の根本から完全に精霊にはなってはいないようです。

元はまっさらだった魂(直霊:なおい)が、人間として生活をしていくうちに魂の中に悪い部分(黒い部分、曲霊:まがい)が出来てしまいます。

この曲霊は心底に出来たものです。四国を終えて次の転生が決まった段階では、表面の垢は落とせていても、心底に出来てしまった曲霊は落とせていないのです。

従って、その曲霊を落とすためにたくさんの魂が玄界灘に集まってくるのです。

玄界灘沿岸には糸島半島があります。この糸島半島が浄化システムの入口の一つになっているようです。
<地図:糸島半島>

糸島半島に芥屋の大門(けやのおおと)という場所があります。次のような断崖絶壁の岬があります。

芥屋①


波に洗われ、表面に幾つものラインが描かれています。そして、手前側の海岸には黒い石で覆われています。

芥屋②

この黒い石は魂の黒い部分、曲霊を表しているのです。玄界灘沿岸には曲霊を持ったままの無数の魂が漂っているので、海岸が黒くなるのです。

これは、以前ご紹介した宮城県の浄土ヶ浜と対照的ですね。
<三陸海岸の役割>

浄土ヶ浜は、浄化された魂(人間出身の魂ではないと思われる)が漂っている場所なので、白い石の海岸になっているのです。

糸島半島には、二見が浦という伊勢に似たような神聖な夫婦岩もあります。ここが、霊的に重要な場所だということを物語っているのです。

[糸島半島二見が浦]

芥屋③

波動が高くなった夕方の玄界灘

糸島半島

まだ全容を解明した訳ではありませんが、このように九州は浄化システムとして大変重要な場所なのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

2014-12-22 00:00:00

ウガヤフキアエズ朝

テーマ:歴史の真実
前回、竹内文書(たけのうちもんじょ)と上記(うえつふみ)が真の歴史書であり、記紀は大幅に改竄され、神代の歴史の重要な部分を消されてしまっていることをご紹介しました。
<真の歴史書>

今回は、その消された歴史のうち、神武天皇以前に存在した、神と人間の文明が混在した時代である先史文明についてご紹介します。

初代天皇である神武天皇の父はウガヤフキアエズ尊なのですが、この人物以前が記紀では神代になっています。

ウガヤフキアエズ尊は、古事記では天津日高日子波限建鵜草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)、日本書紀では彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)が正式名です。

鹿児島県大隅半島にあるウガヤフキアエズ尊を祀る吾平山上陵(あいらさんりょう)

吾平山上陵① 

伊勢神宮内宮を彷彿させる。素晴らしい波動!
吾平山上陵② 

これがウガヤフキアエズ尊の墓とされている。物凄い神気!
吾平山上陵③ 


ウガヤフキアエズ尊は、記紀では天照大御神、天忍穂耳尊、彦火瓊々杵尊、彦火火出見尊と連なる天皇家の祖先神とされていて、息子の神武天皇が純粋な人間としての最初の天皇となります。

しかし、記紀にはウガヤフキアエズ尊についての事績の詳細は書かれておらず、また、存在した年代についても触れられていないことから、「神武天皇以前に存在した神々は、あくまで神話の世界の話であって、フィクションなんだよ」というような方向に、読み手を誘導しようとする意図が感じさせられます。

記紀では、神々の時代から突然人間の時代に変わっているのです。地球上に神々が存在したなど、誰だって信じられないですよね。私もそうでした。

神代の歴史を改竄した記紀編纂者の狙いは、そこにあったのです。記紀編纂者は、熊襲(阿修羅)のお抱え学者だったのです。その結果、1300年経過した現代人は、その意図にまんまと乗せられ洗脳されてしまい、人類誕生の本質を忘れてしまっているのです。

実は、神武天皇以前には、73代に渡る神代終盤の天皇の時代が存在したのです。これが、なんと294万年に及ぶ、神と人間が混在した先史文明、ウガヤフキアエズ朝(略して「ウガヤ朝」)なのです。

地球の真の歴史には、数千億年に渡る天津神(宇宙を自由に飛び回れる存在)が統治する時代(これは追々ご紹介していきます)があったのですが、その後、天津神が降臨して直接統治することをせず、天津神の子孫が地球を専属で統治するようになったようなのです。これが国津神です。

その始まりが、彦火火出見尊と豊玉姫尊の息子であるウガヤフキアエズ尊からなのです。

その統治形態であるウガヤ朝が73代294万年も継続していたのです。
<WIKI:ウガヤフキアエズ朝>

皆さんにはとても信じられないでしょうね!

何故、このウガヤ朝73代が消されたかといいますと、神武天皇(神倭朝と呼ぶ)誕生直前に、地球は天罰により、神通力を持った神が存在できなくされウガヤ朝は滅んだのですが、それに乗じて熊襲は、天皇に代わって人間を支配するために、歴史を改竄することを思いついたのです。

すべての魂は輪廻転生を繰り返しますが、新たな転生の際、完全に前世の記憶をなくされるという宇宙の法則を逆手に取ったのが熊襲の戦術で、それによって人類は真の歴史を忘れさせられ、洗脳されていったのです。記紀の改竄は、その手法の一つがだったのです。

ウガヤ朝294万年間は、神と人間が混在し、六道輪廻が現代以上に機能していた時代です。

また、私がこれまで書いてきましたように、驚くべき発達した先史文明が存在した時代こそがウガヤ朝でもあるのです。

ウガヤ朝の歴代の天皇は、世界を治める天皇であり、天浮船(あめのうきふね)で万国(世界各国)を巡幸しています。天浮船とは宇宙船のようなもの、現代でUFOと呼ばれるような乗り物だったのです。もちろん、使用するエネルギーは波動エネルギー(フリーエネルギー)だったのです。

このような先史文明が存在したことを現代人に知られてしまうと、将来的に人間が潜在的に持つ真の能力を発揮させてしまう可能性があるため、熊襲は時間をかけて人類を洗脳してきたのです。その結果、現代社会は矛盾だらけになってしまったのです。

「人類は猿から進化した」

進化論。見事な洗脳でした。

根本的な宇宙の法則、歴史の真実を知らずして、平和・平等・自由・愛など、耳障りのいい言葉をいろいろ並べたところで、熊襲の支配構造から抜けられる訳けがありません。本質を知らずして、そいうことを叫ぶ人ほど、強い洗脳に陥っているということの裏返しだと言っていいのです。

木を見て森を見ず

ウガヤ朝について、まず驚くのは、294万年という時代の長さです。

このうちの283万年は、初代のウガヤフキアエズ天皇1代だけの時代です。2代目以降の天皇は2万年、数千年とだんだん短くなっていき、ウガヤ朝第13代天皇から500年以内の在位期間となっています。それでも現代では信じられないくらいの長生きです。

ウガヤ朝の天皇は人間ではなく神の存在ですから、人間感覚の年齢で考えてはいけないのです。もっとも、ウガヤ朝の人間の寿命は、現代よりも長く200歳を超える人もたくさん存在していたようです。

ウガヤ朝最後の天皇である第73代天皇は狭野尊(さのみこと)であり、この天皇は後に、神武天皇となって、人間中心文明である神倭朝初代天皇になっています。神武天皇誕生の背景には地球に大変動があったのだと推測されます。

また、私が3年前から独自に主張してきた先史文明である佐賀大和朝廷とは、まさしくウガヤ朝終盤の時代だったのです。
<幻の大和朝廷>

当時の天皇をニギハヤヒ、皇后をアメノウズメと書いていますが、これは訂正しなければなりません。当時の天皇はニギハヤヒの魂の流れであるウガヤ朝第71代 天照国照日子百日臼杵天日嗣天皇(あまてるくにてるひこももかひうすきあまつひつぎてんのう) で、妃がアメウズメの魂の流れということになります。

皇太子が、神武天皇の息子に改竄されている日子八井命で、後に日子八井命がウガヤ朝第72代彦五瀬天皇になったのです。

竹内文書と上記と出会い、佐賀大和朝廷の存在が文献として証明されたことになります。

いずれにしても、神武天皇以前には華やかな先史文明であるウガヤ朝が存在していたのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


2014-12-15 00:00:00

真の歴史書

テーマ:歴史の真実
日本最古の歴史書「古事記」「日本書記」。一般的には記紀と呼ばれています。

私は、記紀を本格的に調べだして4年になるのですが、古事記と日本書記との間で矛盾する箇所も多く、また、特に日本書記は、各項目について複数の説を「一書曰く」というふうに併記しているため、どれが真実なのかが全く分かりません。記紀を真剣に読めば読むほど、辻褄が合わなくなってしまうのです。

辻褄が合わないということは、どちらか、もしくはどちらとも、編纂時に改竄がなされている可能性があることになります。特に日本書紀の改竄がより酷いような気がしていますが、当ブログでは、その改竄の内容を、私独自に解読してご紹介してきました。

もちろん、私自身が記紀に書かれている時代の歴史を、目の当たりに見て来た訳ではありませんので、全てがピッタリ正しいとは思っておりませんが、記紀を正史としてきた歴史学者とは、比較にならないくらい真の歴史解明にたどりつきつつあるのは間違いないと自信があります。

歴史学者が真の歴史にたどり着けない大きな理由は、神代以降、歴史上では勝者とも言って良い阿修羅・熊襲、つまり霊的に悪事を働いている存在を無視して考えているからです。

何故、人間はここまで争ってきたのか?

その主要因である歴史を動かし、改竄してきた存在を認識しない限り、真相は見えないのです。全体像が見えない状態で個々を掘り下げたところで、辻褄が合わなくなるのは明白です。だから真実にたどり着けないのです。もちろん、真実を解明しようとしてきた人が、阿修羅・熊襲によって邪魔され続けて来たことも間違いありません。

記紀編纂に当たっては、おそらく神代以降の正史を書いてきた古文書が存在していて、それをベースに、勝者(阿修羅・熊襲)に都合の悪い部分を改竄されたのです。

そして、記紀を勅撰の日本最古の歴史書として認定し、それ以前に存在した公的な歴史書は全てこの世から抹消されたのです。これは、古代中国の始皇帝を初めとして、力で帝位を奪ってきた中国の歴代の権力者のやり方と同じです。

しかしながら、正しい歴史を書いていた古文書が、この世に全く存在していないのかといいますと、そんなことはありませんでした。私はつい最近気づきました。

それが、竹内文書(たけのうちもんじょ、「竹内文献」とも呼ばれる)と上記(うえつふみ)です。

記紀以外の歴史書としては、竹内文書、上記以外に、先代旧事本記やホツマツタエや九鬼文書(くかみもんじょ)、カタカムナなどその存在が知られていて、これらは古史古伝と呼ばれています。
<WIKI:古史古伝>

これらの古史古伝については、その存在を私は以前から知っていましたし、それぞれをかじったこともありました。

しかしながら、これまでは、これらの
古史古伝が正しいかどうかの判断ができませんでした。それは、記紀の改竄の全体像を知るのに3年程かかったからです。記紀の改竄の内容を知らないことには、これら古史古伝が正しいかどうかの判断はできなかったのです。

これら古史古伝は記紀と矛盾することが書かれているため現代の歴史学者によって偽書(ぎしょ)と認定されています。

しかし、これら
古史古伝を読んでみると、全ての古史古伝を偽書とするにはあまりにも乱暴だと感じるのです。

最近、再度、これら
古史古伝を読んでみて、特に竹内文書と上記は、とても偽書とは思えませんでした。書かれている内容が記紀より広範囲かつ、精緻な箇所がたくさんあるのです。とくに上記の神代の内容は、記紀の10倍以上、はるかに詳細に書かれているのです。これだけの内容を空想で書くことは不可能だと思われます。

結論から言えば、竹内文書と上記に書かれていることは、ほぼ正しい内容です九鬼文書も一部を除けば正しいと思われます他の
古史古伝については、正しいもの間違ったものが混在しているように感じています。

竹内文書は、第25代武烈天皇(5世紀後半)の時代に、武烈天皇が武内宿禰の孫とされる平群真鳥に編纂させたものです。
<WIKI:竹内文書>

平群真鳥は、当時伝えられていた正しい内容の歴史書をベースに、精緻
古史古伝に書き写し、竹内文書を完成させます

しかし、熊襲はこれを許しません。熊襲系大友金村は平群真鳥を抹殺しようとし、その結果、
平群真鳥は自害したことに歴史上はなっています。

編纂を命じた武烈天皇は
平群真鳥の暗殺を許可したことになっていますが、これは後に改竄されたものでしょう。
<WIKI:平群真鳥>

平群真鳥は自害したとみせかけ、名前を竹内真鳥に変えて生き延び、竹内文書を守ったのです。その後、竹内家では代々、竹内文書を公開せず守り続けたのです。


そして、編纂から1300年以上経過した昭和3年に、竹内家の竹内巨麿が再度竹内文書を世に出したのです。

竹内巨麿は、竹内文書をベースにした皇祖皇太神宮天津教を起こし、歴史の真実を世の中に広めようとします。

しかし、時は熊襲系が政治の中枢を握っていた大正、昭和初期。出口王仁三郎の大本と同様に弾圧されます。真実を広めようとしたら弾圧された時代なのです。この際に、竹内文書の一部は消失したようですが、現存している内容でも十分価値があるものなのです。

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一方の上記(うえつふみ)は、鎌倉時代に編纂されます。源頼朝の落胤とも伝えられる豊後国守護の大友能直が編纂したものです。
<WIKI:上記>

ウィキペディアには、「一般的には史実とみなされていない」となっていますが、これこそ記紀を正史とする側にとっては都合が悪いからです。

上記について書かれた解説本を読むと驚愕です。神代の神々の数、事績など事細かく書かれているのです。このような詳細な内容を創作する方が難しいです。
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竹内文書と上記では、神代の歴史へのアプローチ方法が異なります。

竹内文書では、記紀の造化三神以前に天神8代、神皇3代が存在しており、その時代はなんと数千億年前に遡ります。古事記上で創造主とされている天之御中主神は神皇4代目です。また、記紀の天照大神は神皇22代目となっています。伊弉諾神、伊邪那美神のはるか前から地球、日本は存在していたことになっています。

一方の上記は、登場する最初の神は、記紀とほぼ同じですが、神産み、国産みの詳細が記紀の比ではなく、物凄いボリュームで書かれているのです。ただし、この時代の正確な年代は書かれていません。

竹内文書と上記の2つを合わせて読めば、宇宙誕生から地球誕生、神・人の誕生が見えてきます。

そして、竹内文書と上記が共通する内容が、ウガヤフキアエズ朝についてなのです。

ウガヤフキアエズといえば、記紀では神武天皇の父である
彦波瀲武盧茲草葺不合尊のことを指しますが、竹内文書と上記では、彦波瀲武盧茲草葺不合尊と神武天皇の間に七十三代に渡るウガヤフキアエズ朝が存在しているのです。

私は、天照御神や素戔嗚尊が活躍した時代は、5000年前から1万年前くらいだと考えていて、
彦波瀲武盧茲草葺不合尊は神代末期の3500年くらい前のことだと考えていましたが、これは全くの見当違いだったのです。

神代終了の3400年前以前には、数万年、数十万年に渡る国津神の時代が存在していたのです。天照大神や素戔嗚尊、大国主神の時代はさらにそれよりももっと古い数百万年、数千万年、いや何と数千億年以上前に渡るのです。

地球の歴史は、数千億年続いた天津神が統治する世から、約300万年続いた国津神の世に移り、そして神武天皇以降、現在まで続く2700年の人間の世として、継続性があったのです。

人間を支配したい熊襲は、ウガヤフキアエズ朝が崩壊時に、日本の歴史が一旦途絶えたのをチャンスと見て、歴史を改竄したのです。それは、天津神が活躍していた神代や、ウガヤ
フキアエズ朝の華やかで高度な文化の時代を、フィクションにするためなのです。

ウガヤフキアエズ朝の約300万年に亘る時代を空白にすることで、継続性をなくし、神代をフィクションにすることが目的だったのです。実際にそれは成功し、皆さんは神話は空想だと思わされています。

そして、人間は猿から進化したという進化論によって、神武天皇以降、世界中の人類を洗脳してしまったのです。

地球上から国津神がいなくなり人間のみになった理由はきちんとあるのです。すべて天が決めたことです。

ウガヤフキアエズ朝については、次回にでもご紹介します。

とにかく、我々人類は、完全に歴史認識を洗脳されてしまっています。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
2014-12-08 00:00:00

九州王朝と継体天皇

テーマ:歴史の真実
学問の神様と言えば菅原道真。その菅原道真を祀るのが全国各地に鎮座する天満宮です。その中でも学業祈願で最も人気があるのが福岡県太宰府市に鎮座する太宰天満宮です。

そもそも、何故普通の人である菅原道真が天満宮で祀られているのか?、と言いますと、魂の流れ、つまり菅原道真の前世が天神様だったからなのです。

菅原道真は、当時の京の都から太宰府へ左遷されたようですが、そもそも太宰府は8世紀初頭まで、数百年以上、九州王朝の都として栄えたところです。当時の太宰府は、現代の京都のような位置付けにあったはずです。

菅原道真亡き後は、天神様の魂を祀るため太宰府天満宮が創建され、現代でも北野天満宮と並ぶ天満宮の総本社とされているのです。

今回は、太宰府を都とした九州王朝が、一旦侵略されてしまったケースをご紹介します。

第14代仲哀天皇崩御後、武内宿禰と神功皇后が倭国を平定したことを前回ご紹介しました。
<邪馬台国はなかった!>

そして、西暦370頃、息子の第15代応神天皇が九州王朝と近畿王朝を統一し、大倭国(やまとこく)が成立します。神武天皇以来、人間の天皇としては神武天皇以来の日本列島統一、ということになるようです。

この後、第16代仁徳天皇から第24代仁賢天皇(~498年)までは、熊襲が暴れ続けるものの、何とか大倭国朝廷は国体を維持したものと思われます。

しかし、第25代武烈天皇の時代になって、熊襲による大事件が起きてしまいます。

この時代、天皇家には九州王朝と近畿王朝という二つの血流があり、次の天皇を決める際、両系で調整しながら次の皇位を決めていたようです。天智天皇系と天武天皇系というように、天皇の系列を分けて表現する場合がありますが、これは二つの血流に起因しているのだと思います。

武烈天皇は九州王朝の血流です。

従って、武烈天皇は、九州を中心にして全国を統治していたようなのです。
<WIKI:武烈天皇>

熊襲は、九州中心の武烈天皇に対抗し、まず近畿の都を侵略してしまいます。

そして、次に本丸の九州の都を侵略する戦いを起こすのです。この侵略の戦いの過程で、武烈天皇は実質的に朝廷を奪われてしまったようです。記紀には「武烈天皇は突然崩御した」としか書かれていませんが、これは改竄。熊襲が侵略したことを正当化するために改竄しているのです。

武烈天皇は崩御したのではなく九州の都を追われ、熊襲の首領が継体天皇として勝手に宣言してしまった、というのが真相のようです。

このことを示唆させているのが、武烈天皇の後継者と目されていた倭彦王(やまとひこのおおきみ)についての日本書記の記述です。
<WIKI:倭彦王>

『日本書紀』継体天皇即位前条によると、武烈天皇(第25代)の崩御後に皇位継承者がなく、皇統断絶の危機を迎えた。そこで大伴金村らは、丹波国桑田郡にいた倭彦王を擁立しようとした。しかし、王としてのふさわしさを確かめるために金村らが武装して迎えに行ったところ、倭彦王は恐れをなして逃げ出した。これにより、男大迹王(をほどのおおきみ、第26代継体天皇)が即位することとなったという」

武烈天皇の後継者として、第14代仲哀天皇の五世孫である倭彦王を擁立しようとしたが、本人がおそれをなして逃げたため、越前にいた応神天皇の5世の孫男大迹王(をほどのおほきみ)が後継天皇として擁立され、第26代継体天皇となった、ということになっています。

そもそも、
彦王は恐れをなして逃げ出した」という内容自体に時の混乱を感じさせます。これは、熊襲であり侵略した継体天皇を正当化させるための改竄ではないでしょうか。

私は、男大迹王には継体天皇になった人物とは別の本物がいて、その人物は南九州の隼人のトップとして存在していたと考えています。しかし、九州王朝とともに熊襲に侵略されてしまい、熊襲の首領が男大迹王に成りすましたのだと推測しています

そして、倭彦王を次期天皇に推そうとしていた正統派の朝廷に対抗し、勝手に第26代継体天皇であると宣言したのだと思われます。

そして、現在の大阪府交野市辺りに偽の朝廷を置いたのです。継体天皇については、歴史学者の間でその出自に疑問が投げかけられていますが、正式な天皇としては認められていないと考えた方が辻褄があいそうです。
<WIKI:継体天皇> 
<継体天皇の真実>

日本書記の継体天皇欄には、九州において朝廷に抵抗する筑紫君磐井(ちくしのきみいわい)を討ったことが書かれています。いわゆる磐井の乱(528年)です。
<WIKI:筑紫君磐井>

実は、筑紫君磐井とは武烈天皇のことなのです。武烈天皇は506年に崩御したことになっていますが、前述したとおり崩御ではなく、侵略を受けたのです。507年以降も天皇として戦っていたのです。

勝手に就位を宣言した熊襲の継体天皇が、武烈天皇を完全に討とうとしたのが磐井の乱なのです。筑紫君磐井の生年は不明となってますが、このように歴史上で生死が不明となっている人物の多くは、熊襲(歴史の勝者)にとって都合が悪いので消されているのです。

武烈天皇は20年以上、熊襲と戦い続け、磐井の乱によって敗れてしまったのだと思われます。

一部の歴史学者は、継体天皇が現代の皇室の祖であり、それ以前は異なる血流であるといった意見を主張していますが、これは熊襲を正当化するためのものです。

初代神武天皇、第10代崇神天皇も途中で侵略され、成りすまし天皇になっていますが、継体天皇も同様だったとうことなのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


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