友への誓い  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

 
 
「聴きたいって奴等がいる限り、オレ達もプレイし続ける。それだけのことだ」  
そういうステージに生きる男 、キース・リチャーズも
ツアー本番中に演奏する一曲一曲には
99%、パーフェクトに近いモノを追求しつづけている。
そのギター・チューニングもハンパではない。
本番前のロン・ウッドとの音合わせ(バッド・チューニング )はもちろんのこと、
チャーリー・ワッツのスネアの響き が、どの曲のどこで抜けるか時化るかも、
その日一日、すべてを知り尽くした上で神経を研ぎ澄ませているという。
例えば、前回の来日公演の時、
ミック・ジャガーが曲の出だしを外したまま歌い続けるという
そういうアクシデントにファンは喜んだとしても、
キースは許さない。
長年に渡るステージ活動をこなして来た関係上、
どんなトラブルが起ろうと絶対にサポートしてくれているバンドがいることに
甘んじているミック・ジャガー。
そこに演奏しながら肘鉄を喰らわすキース・リチャーズ。 
 
「チャーリー・ワッツが

あいつにきれいに右フックを決めたことがあるんだ。
84年か85年のことだ。
オレはアムステルダムでミックと飲んでた。
朝の5時ごろ すっかり酔っ払って来た。
酔っ払ったミックってのは見物だぜ。
ヤツが、ぐっすり寝ていたチャーリーに
『やぁ、おれのドラマーじゃないか。起きろよ』
チャーリーは わざわざサヴィル・ロウ のスーツに着替え、髭も剃ってから、
ミックをスモーク・サーモンの大皿の上に殴り倒した。
『おれのドラマーだと!
お前こそ、おれの太鼓に合わせて踊るケチな歌うたい じゃないか』。
チャーリーはヤツなりの云い方で 『もう おしまいだ』って云ったのさ。
オレ以外にミックに友だちがいたとしたなら、
それはチャーリーだったんだ。
そのときミックはオレのお気に入りのジャケットを着てた。
それがもうボロボロだ。
なんでオレはミックに貸したりしたんだろう。」
               by Keith Richards (1989 / PB誌ロングインタヴューより) 
 
 
てな具合で、そこから目覚めたミック・ジャガー。
過去に4枚のソロ・アルバムを発表してる。
   参照 http://musicstore.real.com/music_store/artist?artistid=50015&sort=rd&filter=n
で、今では、今回の new アルバム、『A Bigger Bang 』のレコーディング前に、
「肺癌の疑いがもたれた 」というメンバー、
チャーリー・ワッツという人のことが、どうにも心配になり、
パリの自宅へ キース・リチャーズを電話一本で呼びつけ、
「今後のストーンズ」についてを話し合った結果が、
今回のワールド・ツアー
 
平均年齢 6?歳という四人は、ベースのいない四人組、
(・・・かつての The Doors のようなもんだけど)
楽器は四人が全員、ほとんどマルチ。(43年もやってりゃーな…)
んで、
どんなビッグネームのアーティストも、
自分の担当楽器には、お抱えのPAスタッフの他に、
個人個人に、そのステージでの楽器を管理する人が付いてる。
   
キース・リチャーズの楽器係という肩書に訳されてた、
テッド・ニューマン・ジョーンズという人・・・・・
「ストーンズの周りにいるだけで、自分まで偉くなった錯覚に陥ってしまう。
だけどオレ自身は犠牲者だなんて思っちゃいないぜ」
 
どういうことかっていうと、(…簡単に、俺の解釈になるけど)
自分で勝手に決めつけた周囲の人間との駈け引き。
その小さな枠の お山の大将になっても、
いつかは みんなに見放される時が来る。
ってことだ。
 
アメーバ・ブログで何位にランクアップされようとも、
俺はずっと変わらず、庶民の味方、貧乏人の味方だ。
新橋のガード下にいるオヤジ連中 の味方でもある。
今後、別な処で、何かの間違いで、(ないと思うけど…
カネで手に入れられる ちっぽけな、わずかな、
”見せ掛けの自由”を手にしたとしても、
プロレタリア階級やブルーカラーの連中と一緒に酒を飲む。
(・・・で、今はワイルド・ターキーの8年モノを 独り、ラッパで呑んでる俺)
 
今年の冬、佐渡も例年にない積雪量で、世界中が真っ白になってる。
春が終るまでに起こる雪崩も、山々の中腹で鬼が暴れ出すようなもんだと思う。
明日の災害惨事に見舞われて、誰がどこで死ぬかも判らない。
しかも今は、飛行機も船も止まってることが多くて、
島の外へ出られるチャンスがない。(…出る必要がある人にはな
そんな時、俺の心の支えになってる読者のみなさん…。
(…酔っ払ってるのか? 約束の記事 を早く書け!) 
 
 
 
いや、友達なんてのは、どうだっていい。
何もない自分を何かの本の知識や カネの力でごまかして、
適当に自分に都合のいい付き合いだけを
世間の目を気にしながら演じてる連中ばっかだ…(った。今まではな。)
俺はそんな友達はいらないね。
他人の成功を妬んでるヤツとか、
隣のヤツの財布の中身が気になってしょーもないヤツとか、
いるでしょ、流行りのブログの中にもウヨウヨ。

 
ひとつの会社のひとつの部署の中でも、
他人の責任を被されたことに腹を立ててる人も、
常に誰かを悪者にしていないと一つに纏まれない組織にいる人も、
どこかの誰かの権力の傘を被って ワガママ言い放題の人も、
孤独じゃん、一年中。 
そんな人とは付き合いたくないね。
田舎の町の議員さんや、郵便局とか農協の職員が
公共予算や他人から募ったカネを ちびちびとクスネてみたり、
一患者の何を治せるわけでもない お医者様が、
次の研究発表までに他人の足を引っ張ってみたり、
自分の能力を買い被って自分より弱い立場の部下や下請を苛めてみたり、
まぁ、嘘と真実を混ぜ合わせながら喋る連中ってのは
世の中にゴロゴロしてる…よな。
テレビ見てても そんなのばっかりだ。 
そうじゃない人を探す方が難しいけど、
いるんですよ、これが。
佐渡へ来て、今の職場にも、去年の7月からネット上にも、
何人かね。
俺の残りの”オマケの人生”も、捨てたもんじゃない。
 
だからもし、今後、俺が書いている内容で、
「お前、そんな小さな枠の中で お山の大将になっててどうするよ?」
てなことを感じられるようなことがあったときは
俺に教えてくれ・・・・ください。
「あの日、1月5日の雪の降る日の誓いはどうしたの
てな。
 
俺は、そういう小さく纏まった管理者、
どっかの宗教の教祖様みてぇに、
テキトーなところでテキトーに出来上がってしまった人間にはなりたくない。
やだよ、そういう日本人は。
 
でも俺は、キース・リチャーズでもなければ、
何か素晴らしい事業に取り組んでる事業主でもない。
ミック・ジャガーに成りたいわけでもない。
ただの凡人。
カネもコネもバネも、何もない人間だ。しかも39歳、独身じゃない。
 
かつて、”カツオ爺さん”は、
「人間、何もないなら、何かある人と付き合えばいい。
その方が何かを得ようとするより、よっぽど楽だよ。
人の世は、医者と賢者と富者と付き合えば喰いっぱぐれない。
それでも事務長ね、
『水は法縁の器に従い、人は善悪の友による』って、

そのハンカチにも書いてるように、
人の心ってのは、どうにでも変わってしまうもんなんだよ。
だからそのことは自分自身で気がついて行かないと。
これからは今までなんてもんじゃないよ」
とある車中で、そう云われたことがある。 
 
難しいようだけど、あまり色んなことを意識しない 人には簡単かもな。
 
で、妻には、こんなことも云われたことがある。
「あなた家族を何だと思ってるの?
あなたは単に、
”独身じゃない”っていう
”ブランド”を手に入れたかっただけなんでしょ!」
 
なんだよそれ。
 
「寄らば大樹の陰」って言葉も、今の俺にはほど遠いけど、
無人島の椰子の木 ”ではないぞ。今は。
 
なんだか、書いてる内容に意味が通じる人が少なくなってきたところで、
今日の一曲。
   
             Neighbours     ( from Tatoo You    
 
またかよ
 
…これは、キース・リチャーズとパティ・ハンセンが、一時期、
宿無し生活をしていたことをネタに、ミック・ジャガーが書いた曲。
バックのサキソフォンはソニー・ロリンズ。 (来日してたな スティーヴ・ジョーダン と…。)