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“生きる”ということをテーマとした俺のブログ。
人が この自然界における人の世で これからの時代を どう生きるべきか? 
俺は今日まで常に、そういうことを主体に書いてきた。
そして明日からも続けてゆく。
   
十年ほど前、ドリアン助川さん というミュージッシャンが、やはり、
“生きる”ということをテーマにラジオ番組をやっていた。
別番組のテレビ深夜放送では、“金髪先生”と名乗り、本も出版していた。
それなりに素晴らしい活動で、その母体となったとされるラジオ番組も、
“リスナーのお便り”を中心に構成され、
その内容に涙した人も多い・と思う。知ってる人なら…
 
  『食べる―七通の手紙 』 ドリアン助川 (著) Ariadne document (アリアドネ企画) 
 
  
同じ時期に、同じ出版社から、俺の妻が本を出版していたので 
そういうラジオ番組の放送にも興味があった。
   
 
  
さて、
1980年代、エチオピアの難民救済をはじめ、
そうした現状を支援する“チャリティ”ってもんが頻繁に世間に持ち囃された。
欧米のロック・アーティストを中心とした世界の音楽業界も、
人種差別撤廃運動や悩める労働者支援など、“チャリティ”というモノには
LIVE AIDファーム・エイドSUN CITY の反アパルトヘイト …と、
       http://ameblo.jp/badlife/entry-10018034712.html
様々な救済・支援活動があった。
それに相反して、人類の愚かな部分というべきか、
使途不明に集められたカネの行方が暴露された幾つかの募金活動には
“人間の良心への問いかけ”を踏み躙るほどの悪行も少なくなった。
また、オーストラリアやニューカレドニア近辺などの
核実験や核廃棄物による放射能汚染の被害にしても、
忘れてしまってる人が多いというより、現実にあったことさえ知らない人もいる。
もっとも、今回の人類の20世紀後半に繰り広げられた
地球上の各地、核物質による海、山、河川の汚染、
オゾン層の破壊、温暖化、大気の汚れ など。
その進行に拍車をかける戦争や紛争、内戦、ゲリラ活動、テロ活動…
そこに絡まる世界各国の経済の追究。
今まだ とどまることを知らない。
その上、この人類の世界三大宗教の歪み。
それに伴う思想の枝分かれ、食い違い。
各先進国の現代社会における教育のユガミ、ヒズミ。
   
自分と周囲の何百人かの存在(だけ)が大切なような普段の生活圏から
ちょっとだけ首を伸ばして周りを見据えるだけでも、
隠蔽され、誤魔化され、錯覚させられているような事実は
知らないことの方が多い。
まず この俺にしても。
   
そのひとつに、有限な石油資源が 今のこの人類において
あと何年分あるのか? 
今の無謀な使い方で、あと何年もつのか?
という疑問もある。
紛争や侵略戦争を利用して限られた資源を牛耳ろうとしてる連中もいる
裏で大きく、世界の株の値動きを操作してる存在もいたり、
もはや、現実も漫画の世界も、そう大差ない。 
   
それを、世間のニートな連中は知ったこっちゃない。
ウォーム・ビズもクレジットローンの踏み倒しも、どうでもいい。
世界的に何か大きな災害が生じてもロイズの珈琲店の鐘は
本人達には聞こえない。
聞いているのは ただ聞き流してるノイズ、フヌケた流行歌
着メロの最新ダウンロード。その、トロンの先端機種…。
精密なICチップは様々な場所へ、便利に都合よく組み込まれている。
超高性能。
人の命より優先な、げぇむあにめ
アジアの、見た目に先進諸国の十代、二十代の若者のうち、
お勉強熱心な若者の多くが、
好きな時に好きな物を食べ、自由に着飾り、ニセた個性を競い合う。
経済大国を支える柱は、今や、”お小遣い”の入った孫のサイフだ。
   
その親の世代にしても、現状の21世紀型オイル・ショックは
殺人遂行系青少年犯罪の増加と さほど変わりない他人事だ。
たとえば、この国の都心部で、
今朝方 電車に飛び込んで自殺した自分本位な中高年の男性の方。
その連中が戦敗した…その連中の胸に抱かれた、
ある種の”孤独感”に比べれば、
石油資源の限界なんて、へったくれもない。 
高値のガソリン使って勝手な死に様を演じる者までいる。
自分の自由を主張するかのように。
お見事ですね。 誰がそんな人間に育てたの?
   
で、その上の世代。戦争体験者。
ボケも痴呆も認知不能も(今の俺にとっては)聞いて呆れる。
何の展望を持って何を築きあげ、誰をどこへ導いてきたのか? 
どんなに素晴らしい教育者も科学者も宗教家も、どんな高額納税者も
自分の寿命とは関係なく、文明の中の便利さ・都合の良さに頼りすぎれば、
生き凌ぎながら やがてはボケる。
しかも、その大半が、不平不満を吐き垂らしながらな。
   
この世に人間としてオギャーと産み落とされる以前から
肉体と心(魂)は常に同時進行でありながら、
今の年寄り連中のほとんどは、いつからその進行を妨げたのか?
何を投げやりにして、その日その時を生き凌いだのか?
あ~あ、もういいや
やめた、やめた
その長い長いはずの人生の中で、
必ずその時があったはずの痴呆症、認知症、ボケ老人の面々。
そんな無様な、不恰好な、投げやりな決断をしてしまったのは
いつだ? 
どこで?
どんな時?
必ずあったはずだ。必ず。
 
   
そんなこともボケてしまえば見当もつかない。
夢も見ない。(…魘される夢も見ないほどにまで肉体の健康もない)
将来に何の展望もない。
自分の身体を最後まで自分の力で運び動かすことさえ
無責任にも他力本願だ。
そういう高齢者が増え続け、巣窟してゆく発展過剰国の我が国。
現実の世界にバリアーフリー環境を整えるほど
彷徨う魂の行き場にはバリアーだらけ。
生きていても死んでからも満たされない心。
情けねぇぜ。
長生きしておきながら。しかも、あの過酷な戦争体験時代を生き抜いていながら。
   
   
実際、妻の母親が、現在、そういう状態()でいる。
自分が自分で管理すべき肉体が不自由なために
自分の身の回りのことを
第三者である家族が賄ってくれて当然のような顔やセリフも吐く。
皇族のお姫様か女王様ならまだしも
誰がそんな何の魅力もない人間の介護や看護をするというのか?
進歩、発展、成長、前進、改善しようとは心がけない。
頼むぜ、人生まだおわってないぜ。
 
  
努力なんて する必要ない。
昨日まで一生懸命に働いたように 「同じにやれ」とも云わない。
ただ、人間として生きることを もう少しマジメにやってほしい。
後を向いて前に歩くのはよそうぜ。
周りにも迷惑な以上に、自分に対して迷惑じゃねーのか?
女であろうと男であろうと年齢が幾つであろうと関係ない。
人間は棺桶に詰め込まれて火葬場で焼かれる寸前まで、
炎の中から手を振って
バイバイ、またね
と云えるほど元気であるべきだ。
少なくとも俺は…俺 そう思うし、俺はそうしたい。
俺に介護は必要ないし、
墓場や仏壇に入りそこねて その辺を彷徨う“見分解の魂 ”にはなりたくない。  
   
・・・・と、そんなことを云ってられるのも今のうちだけか。果たして…。
   
   
俺の実の母親は、
俺が高校の入学式を終え、登校第一日目のある晴れた日の朝、
発狂して、それから三日三晩、大声で歌を歌っていた。
真夏の炎天下、JR沿線の小便臭い線路の脇で、
何も呑まず喰わず、一日中、そこへずっと立ち尽くしていたこともある。 
ただじっと一点を見つめたまま。
雨の日に、全裸で24時間、一匹のシャム猫を抱きかかえて、
住宅街を歩き回っていたこともあった。
家の中にいる時は、潰れた笛を噴き鳴らしながら一日中、
狭い範囲をグルグルと右回りして踊っていた。
ある日、布団を剥がして寝床を見ると、
そこは何か、ケモノの巣のように思えた。
   
どこからどう見ても、それは人間ではなかった。
顔も目つきも。側にいる雰囲気そのものも。
そういうことを17年間、毎日やってた。厭きもせず。
   
世の中の神経内科や、その類いの診療所に限らず、
ヘンな拝み屋や様々な宗教法人と、
人間、色々な処を回りに回っても
行き着く先は精神病院だ。
   
「躁」というのは、肉体も心も涸れて乾いた状態。虚【キョ】してる。
この極めてドライな状態は燃えやすいし、
常に険しく、殺伐とした精神状態。目つきも態度も。
痩せすぎの人は苛々してる時が要注意だ。かなり危険な場合もある。
反対に、
「鬱」というのは、肉体に必要以上に水分・不純物が目詰まりしていて、実【ジツ】
満たされない心も重く暗い。
重圧な肉体の重みが身体の中の心を支配するかのように、ダルイ。
   
「虚」と「実」、「燥」と「湿」、「寒と「熱」、「陰」と「陽」。
いわゆる陰陽八綱【いんようはっこう】というモノのたとえの中で、
その関係は、肉体的にも精神的にも両者、同時にある。常に。
そして、そういう紙一重な部分は肉体と心のバランスが崩れると
誰にでも生じてくる。
俺の母親の場合は、その二つが常に混合して
一日のうち、泣いたり怒ったり笑ったり驚いたり、憂うということも、
数分間のうちに いっぺんにやっていた。何日も。
心臓も肝臓も肺も腎臓も脾臓も、五臓の成せる業がメチャクチャになってる状態。
これは、全体を司る肉体の「線」に異常がある。
   
   
精神病院という処は、自分の意思で入院できれば、
自分の意思で決め、担当医と相談の上、
好きな時にいつでも自分で退院できる。
いくらかカネに余裕ある独り暮らしの老人が、
自炊が面倒で、精神病を装い入院している…というケースもある。
悪いことをすれば牢獄の中で喰わせてもらえる
都会の片隅に潜む何人かの物乞いの発想に似てる。
ただ違うのは、自由に遣えるカネがあるかないか…。
(余談:人間、生きている限り、物乞いの世界にも階級と縄張がある)
で、そういう本人は毎日がラクで楽しいのか、
病院の中でも人気者だ。
自由で我儘な元気な お爺さん、威張ってる元気な お婆さん。
ただ、根性がしたたかな、狡賢い生き方に徹している。
…孤独や死、老化や病、差別などの恐怖を乗り越えてしまっているのか?
年齢的にも…。
   
先日、92歳で亡くなられたローザ・パークスさん。
バスの席を断固として譲らず、「公民権運動の母」となった。
「不当な人種差別を許さない!」
その行動は、マーティン・ルーサー・キングを奮い立たせた。
(日本の赤組の人達に また喜ばれそうだけど…この話にあんたらは関係ない)
で、そういう立派な、強い生き方をして老衰でこの世を去ったお婆さんもいる。
この地球上には。  
 
   
 
       Sister Rosa ”                  
 
                    The Neville Brothers 
   
   
あのぉ、・・・・マジメに読むと、かなりキツイ内容かも知れないけど。
俺の書いてるモノは。
そんなに真剣に読まないでも いいんですよ。
あんまり読み流して、俺以上にパラノイアすることもないと思うけど、
頑張る必要なんてないの。ちっとも。もう。
60年前に戦争は終ってるし、
あの時は、騙されて頑張ってただけでしょ。
今も頑張ろうとしてる人は、まだ騙され続けてるのとおんなじだ。
大本営に。
完全に負けて終わりにした限りは
引き摺ってもしょうがない。
過去に生きるより現在に生きてくれ。
現実には大変なことが起こってるぞ。
テレビ見てても判るでしょ。毎日、毎日。
「もう聞きたくない、見たくない」
って、ことばっかりだ。
ドラマじゃないんですよ。ニュース報道は。
いくら涙を流したって、嘆いても、何も先へは進まないの。
一人一人が無責任な生き方を変えない限りは。
どうすりゃいいって? 
自分に気づけばいいだけ。
   
まぁ、孫の代の俺の話が通じるような お年寄りは
もういないかも知れないけどね。
   
   
で、精神病院(病棟)の話しのつづき。   
俺の母親は、自分の意思ではなく、家族の意思で入院した。
自分では出られない。牢獄みてぇなもんだ。
何も悪いことなんてしてないのに…ほんとうはな。
ただ、俺を含めて家族以外の人に
アカの他人に これ以上の迷惑をかけてはマズイ
ということで入院させる。強制的に。
精神病院の看護士なんてスゴイのがいるぞ。
暴れる患者を取り押さえる力は、まるでプロレスラーだ。
女なのに。
しかも、一向に落ち着きを見せず
言う事を利かないもんなら、猿轡に皮ベルト。
鉄格子の小部屋に引き摺りこんでベッドへ縛り付ける。
誰も、そんなことしてくれと頼んでもいないのに。
   
   
アフリカやインドから連れてきた象。
サーカスや動物園で飼いならすためには
子供のゾウの時点で調教しなければならない。
脚に鉄箍【テツタガ】を嵌めて、
その頑丈な鎖の先に重石の鉄球を付ける。
そして狭い檻の中へ入れる。
子供のゾウは急に引き離されたお母さんに会いたいのか
檻の中をグルグル回る。
グルグル、グルグル、何周も。
疲れて眠くなるまで。
で、そういう苦しみを何週間か味合わされて
像は悟る。
ボクは もう、ここからは出られないんだ…」と。
それからそれを完全に悟り切るまで、
また何日もグルグル、グルグル。
時々、ご褒美の餌を食べながら、
ぐるぐる、ぐるぐる檻の中を回る。
病気にもならないように、時々は外へ開放することはあっても
調子に乗らないうちに、スグに檻の中へ連れ戻して、
脚に鉄のワッカを嵌めて、重りの鉄の玉をガラゴロ引き摺りながら
グルグル、グルグル…。
   
ある日、
もういいでしょう」ということで、誰が? 肛門様じゃねぇーよ
そのゾウを檻の外へ出す。
そして、脚輪も重りも外してあげる。…ヨカッタ
自由になったゾウは、当然、どんどん、どんどん歩く。
どこまでも歩く。
どんどんどんどん、原っぱを歩く。
果物も食べるし、お母さん像に会えるかも知れない。
子象も いろいろ嬉しい。
ところが、
そのゾウの脚に、今度は鉄のワッカ(鉄箍)だけを嵌める。
重石はない。もう必要ない
すると、次の瞬間、ゾウは、
狭い檻の中にいた時と同じように、
その場所をグルグル、グルグルと回り出す。
もう檻の中にはいないのに、
ぐるぐる、ぐるぐる。
その檻の中にいた時の枠の範囲以内だけの場所を
ただ只管に、ぐるぐる、ぐるぐると回り続ける。
もはや、ゾウの心の中に、
自由に広がる 目の前に開けた視野はない。  
   
   
世界中すべての精神病院が
これと同じようなことをやってるとは云わないけど
それに近いような見事な治療を施してる場所も
かつては今よりあった。
   
で、精神安定剤【せいしんあんていざい】という薬を
俺の母親は今でも呑んでる。
毎日欠かさず。
アトピー性皮膚炎のステロイド剤と同じように
強弱の段階があるから、
強いモノでは、本人が出したくもない涎を
ダラダラといつまでも垂らしながら
話す言葉も完全に呂律が回らないほど
頭の中を強制的にトリップさせてしまう。
   
自律神経失調症の人も、慢性疲労症の人も、
「精神分裂症です」と言われた人も、
本人は、絶対に、その薬を飲みたくて呑んでいるわけではない。
飲まずにはいられない状態にさせられている。
これに間違いはない。絶対に。 …さぁ、反論はコメント欄で勝負
   
で、精神安定剤という薬を飲み続けると、
人間、どうなっちまうのか?
泣くことも笑うことも怒ることもマトモに表情には表せない…
…というより、ほとんど完全に、そういう自然体には相反する状態をつくる。
薬は飲まずにはいられない。
家族も、本人に、その薬を飲み続けてもらわなければ困る。
人間を、
泣くことも笑うことも怒ることも考えることもできない廃人にしてしまう。
それが精神安定剤。
俺の母親も呑んでる。毎日な。
   
で、やはり、入院中の母親の処へ
ある日、俺は見舞い(?)へ行った。
俺の顔をみるなり、「タバコが吸いたい」という。
一緒に喫煙場所へ行った。
精神病院では喫煙も完全に管理されている所もあり、
その病院の場合は、
どんなへヴィ・スモーカーの人でも、日に3本の配給と決められている。
だから「煙草が吸いたい」という ほとんどの人が、
与えられたワカバという安いタバコ
我慢して根元までは吸わずにパジャマのポケットやベッドの下へ
吸殻を隠し持っている人もいた。 
      
俺も煙草は吸う。
で、母親と一緒に煙草を吸ってると、
俺が吸殻容れへ捨てた途端に、
他の患者が、その吸殻にそそくさとタカってくる。3~4人。 
奪い合うようなことはしなかったけど
(…どうやら そこにも “見えない階級”があったようなので)、
まるで、獣の屍骸にたかる禿鷹のように見えた。そん時は。
人間の欲望や欲求(ニコチン中毒も含め)が、
完全に隔離されて制限されてしまうと
たとえ自分がどんな立場であろうとも、
本人の過去における色々の悔しさや辛さと絡み合い、
当然、憎しみや怒りが込み上げてくる・こともある。
   
これは老人ホームや介護施設でも同じかも知れない。
決して、暴力をふるうことや暴動、暴れ出すことが
最期の手段”というわけではない。
介護する側も、される側も、もっとお互いに歩み寄るためには
日常の会話や笑顔、挨拶を大切にする以前に
自分が何なのか
ということを自分なりに客観的に捉え、
それを自分なりの云い方で相手に伝える。
こういう切り出し、スタート地点、オープンさがない限りは
介護師も、リハビリのトレーナーも、
全国の施術治療現場、治療院の開業者も、
決して、これ以上前に進めるものではない・と思う。
なんでもいい。
「俺はこうだったんだよ、それで今こうしているんだよ…」
そういう話し掛けをできる機会を自分でつくるべきだぜ。
「あのクソじじい気にいらネェ
陰でそんなことを思っているようでは勤まんねぇーだろ。そんな仕事は。
    
俺は、
チャリティ、ボランティア、環境保全、無料奉仕、サービス残業…
そういった活動も運動も、それそのものの言葉さえも大嫌いな人間だ。
老人介護なんて、今の日本にマトモに取り組んでる人は
ほんの一握りしかいないと思ってる。
時間から時間まで居ればイイカネになる」 
   
http://ameblo.jp/trackback-business/entry-10006753833.html
   
それは仕事ではない。 (と思う)
どんな職場においても。
結局は、誰かが誰かを悪者に仕立てることで小さくまとまるような
つまらねぇ、極めて発展性のない集団になっちまう。
そういう職場って、全国にいっぱいあるよな。
これも、ある意味では “檻の外に出された象”かも知れないな。 
   
   
で、俺の母親のことについて。
結局、何が原因で「精神分裂症」というアホな病名を付けられたのか?
そりゃ、お医者さんも立派にお勉強されて
無理に呑ませる薬の種類の見極め(…たいしてないけど)、
その成分の濃度や強弱のタイミングも
俺に任せれば右に出る者はいない
と、自負しておられ なさる お方 様 先生殿…、ズが高いっ! ははぁ~ぁ)
もいるかも知れない。
たとえどんなに、カウンセリングのお勉強をされていても、
結局はクスリだ。精神安定剤。
基本的にコレがないとやっていけない。
 
呑まされる側に必要なクスリではなく、呑ませる側に必要なクスリ。 
「統計学と対症療法のマニュアル」という狭い檻の範囲で。 
な。 
      
お陰さまで、今は俺の母親も、軽いヤツを毎日 胃に押し込めてる。義務として。
以前は嫌がって、飲むのをサボっていたこともあったけど、
もうそんなことも考えられなくなった。
それでも、かつてのように近所を徘徊して周囲に迷惑をかけたりはしなくなった分、
クスリで抑える」って やり方にも便利なところはある・と思う。
でも、心の病の原因が取り除かれたわけじゃない。決して。
   
まず第一に、要は、肉体と心のバランスの崩れだ。
しかも、女性における精神的な不具合…精神障害ってのには、
本人の子宮の位置と、生理のリズムと期間が大きく関わってくる。
俺の母親の場合は、二人の子供を産む時に、
本来はお産には絶対に不必要な医療行為、
“会陰切開”【えいんせっかい】というのをされている。2回とも。
これに問題がある。
詳細は別のページで読んでもらわないと、
ここから先がまた長くなっちまうので、簡単に済ませるけど、
“カツオ爺さん”から教えてもらった「人間の創られ方の事実」だ。
否定したい人や認められない人は勝手にそうしてくれ。
   
http://ameblo.jp/badlife/entry-10003312895.html  ほか。
   
“会陰”っていう場所は、男女共に陰部と肛門の間にある
特殊な硬い筋肉のことを指す。
で、そこは、上にある中身…大腸、小腸、膀胱、(女性は子宮や卵巣も)。
そういう大切な内臓をバランスよく支えて固定するために必要な
大事な筋肉なんだ。
医学の解剖学では、こんなことは教えてない。だから連中には解らない。
お産の時、「この人には医療行為を施した」とする、保険を適応させるためだけ理由で
無闇にその部分を ジャキっと鋭利なハサミみてぇな道具で切って、
最近は縫い合わせることも少なく、ホッチキスのようなもんでバチバチ止めるだけ。
上手な人もいるみてぇだから何日かすれば、見た目には治る。
でも、そこは非常に硬い特殊な筋肉で、
一度 切断された細胞はなかなか元に戻らない。
人によっては時間がかかるし、
いつまでも皮膚の裏側あたりがグチュグチュした違和感がある人もいれば、
鈍痛感がある人もいて様々だ。人間みんな一緒ではない。
お産婆さんは、子供のお産に立ち会った時に、その会陰の部分を
マッサージするか何かして、無理にでも裂けないように心がけてくれる。
たとえちょっとくらい裂けても対処方法を知ってる(と思う)。
   
で、産婦人科というか病院で子供を産む時に、斬られた人
これはもう、いま全国に大勢いる。俺の母親だけじゃない。
要するに、斬られた…字が違わねーか?その部分の
筋肉の血液の循環が悪くなると、
身体の色々な所に、これまた様々な不具合が生じてくる。
その一つに、極端な内臓下垂。極端な子宮下垂がある。
女性の子宮ってのは基本的には お腹の筋肉。つまり腹筋で支えられてるわけ
なんだけど、もともと「人類の子孫を繁栄して、人間の持つ愛の存在を継承する」
という役割、義務を果たすための特殊な臓器なので、
他の臓器とは、ちょっと(…かなり)構造が違う。
人間の女性の子宮は、後と前から伸びる四本の靱帯で吊られている。
そして子宮口のスグ下(膣の中)子宮を支えるための特別な筋肉もある。
そして会陰部分の筋肉。
おおまかに云って、この4点の筋肉と臓器の位置。
その関連のバランスが狂ってしまうと、生理前後は特に、
精神的に支障を来たしてくることになる。
自分の子宮が本来あるべき正常な位置ってのは
臍から指3本下の辺りに、子宮の中心が位置しているのが正常な位置。
…スケルトンでもないし、見えないから判らねぇよな。
そんなこと考えた女の人なんてのも、まずいないとおもうし。
でも、そうなってるわけ。
それが生理の時は子宮壁が充血して普段より比重が重くなるから
生理前後の子宮はやや下へさがる。
まったくの余談:世の中には、このことを知ってるAV男優もいて、
その人の仕事・・・見事だ。かつて、“
芸能ブローカー ”の現場より。
…そのうち紹介するよ。但し、ニヤニヤしてる男のために書くわけじゃない

   
で、生理中に下がった子宮も、生理が終ればまた再び自分の位置に戻る。
本来ならな。
この、本来なら戻るべきはずの正常な位置に、
戻らないで下垂したままの子宮を下腹部に抱えて毎日を過ごしてる人がいる。
いっぱいいる。
それは、小学生3~4年生なんていう早い時期に生理が初まった人ほど
自分の正常な位置に子宮がない。
中には膣の外へ飛び出るほど下垂してる人もいる。
まず、お産の後遺症とは別に、お産の経験がない女性も
下腹部から下半身の筋肉が全体的に歪んで弛んでる人。
俗にいう「下半身デヴ」だ。
ごめんね。
「ヤバイ、だいえっと しなきゃ…」という問題ではない。 
そういう人は間違いなく、100%、子宮下垂【しきゅうかすい】の典型。 
(…ちゃんと自分で治す方法もあるんだよ。本来の状態に…)
で、女性の子宮ってのは、自分の正常な位置から髪の毛一本でもズレてると、
精神的にも正常を保てなくなってくる。
   
俺の母親の場合は極端に異常だった・らしい。
子宮を吊ってる四本の筋肉(靱帯)が、ヨーヨーのゴムのようになってた。
腹筋もブヨブヨ。
そんなの生理の時は、もうタイヘンかもな。
あっちこっちに子宮が移動しまくって、平常心なんて保てるわけもない。
俺が小さい時からおかしかったよ。
よく寝込んでたし、やさしい顔なんて一年のうちに何日もなかったかも知れない。
子育て終って、「自分の人生に何が残ってたか?」
なんて目が覚めた日には、借金と朝から晩まで仕事に追われる毎日。
あとは何もない。女としての楽しみも。核家族4人で、独りだけ女だったし…。
発狂しても当然だったかもな。
今はもう、生理もあがってしまった年齢なので、
いくらかは落ち着いてる。でもクスリ(精神安定剤)は止められない。
死ぬまで一生、呑み続けるのか? 
まぁ、こっから先、どうするか。
あとは俺の両親。夫婦間の問題だ。もう俺が立ち入ることでもない。
   
かつては俺も自分の父親に向って、
SEX してやれよっ 
と、
何度も怒鳴りつけたことがあった。面と向って。
そんな息子、いねぇーよな。ふつー。 
俺以外には。
    
   
意味がよく通じない人は、俺の妻が書いた、たった一冊。
それでも読んでみてくれ。
ぜんぶ判るように詳しく書いてある。
カネがない人は図書館で探してくれ。
だいたい置いてある・と思う。
なければ、リクエストすればいい。正直に。
「今の私にどうしても必要なんです」ってな。
まぁ、俺が書いた『BAD LIFE 』よりは よっぽどマシな内容だ。
タメになる。
けど、売れても印税はうちには入らない。
残念。
今の私には二冊目なんて書けない 」って云ってる。
そりゃそうだ。
旦那がコレじゃぁな…。
   
   

      
    
山郷 美由紀  
    すてきなあなたは「子宮」がつくる    
    初版『幸福(しあわせ)をつくる子宮』の第三版
   
   
で、こういうこと は、
精神病院の医者も理学療法士も
神経内科、精神障害の診療所、●●ハウスとか、
どっかその辺の治療院の先生も、
精神分析医の学者もカウンセラーも、
一般的な産婦人科の先生も、
なんの宗教の立派な教祖様であろうとも、
の脇にあるんぼの問題 先生()も、
絶対に判らない。
 
世の中の学校の教科書や  
何か資格を得るためのマニュアルには  
絶対に載ってない。
でも現実にある事実だ。
   
高齢化社会と少子化問題に悩む発展過剰国に埋もれてるけどな。   
   
   
   

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