隠蔽捜査 (新潮文庫)/今野 敏

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☆☆☆☆
「東大以外は大学ではない」という信念を持ち、家庭は顧みず出世第一、将来は天下りの算段をする警察官僚、竜崎伸也。典型的な悪しき官僚を地でいく竜崎伸也であるが、彼には強い信念があった。官僚はかつての貴族のように民(国家)を守るために身を粉にして働くべきであり、何かがあれば最前線でその身を持って戦うべきだと。

以上があらすじというか主人公竜崎伸也のご紹介です。本作にはメインとなるストリーがあるのですが、それが登場してくるのは本編中盤以降となるので、あらすじではどうしてもご紹介できません。その為、主役を務めるキャラクターのご紹介にとどめさせてもらいました。

さて、本作は官僚を主役とした警察小説です。一般的に官僚を主役とすると、必然的に話の傾向が決まりがちなのですが、その意味においては本作は新しいタイプの警察小説と呼べるかもしれません。

主役を務める竜崎伸也は、いわゆる官僚組織に馴染めない熱血タイプでもなければ、天才的な頭脳を駆使して捜査を先導するタイプでもなければ、ただただドロドロの官僚組織を生き抜くタイプでもありません。彼は極めてステレオタイプな官僚的存在であることは確かですが、その分強い使命感を帯びていると言うある意味では理想的な官僚像であるわけです。つまり行動の全てに一貫した筋が通っているのです。

はっきり言って一般には馴染みがたいキャラクターですし、小説内では官僚の仲間内からも変人と呼ばれるほどの竜崎ですので、読んでいて彼の心境に共感できる点は殆どないかと思います。しかしながら読み進めていくうちに彼を突き動かす原理原則が読者にもつかめる様になってくると、彼はこの場面ではこう動くはずだ、という彼の心情や論理体系に納得が出来るようになってきます。つまりシンパシーは感じられないけれど、あいつにはあいつの考え方があって、自分に都合のいいように行動しているわけではない、ということが分かってくるわけです。こうなってくると竜崎伸也は非常に魅力的なキャラクターで、すっかり引き込まれます。
また警察や官僚システムについても非常によく取材がなされていて伊達に警察小説を大量に書いていないな、という印象を受けます。行動を起こす前には必ず根回しがあり、周囲の人間に対する対応の心構えなど非常に生々しいです。その意味では非常にリアリティーを感じる小説でもあります。

私はこれまでに今野敏の小説を3冊ご紹介してきました。そのどれもが衒学的な小説です。それは一発目に読んだ「蓬莱」が衒学的かつそれ以外の部分でも非常に素晴らしい作品だったためです。元々衒学小説が好きな私は、それ以来衒学小説が上手い作家リストに今野便を加え、そういった類の書籍ばかりを読んできました。
そんなわけで本来警察小説や格闘小説が得意なはずなのに警察小説には気を止めずに来てしまったわけです。(「蓬莱」「イコン」も警察小説ではありますが)ところが今作を読んでそれは間違っていたとつくづく感じさせられました。本作は蓬莱以上に気に入ったからです。

やっぱり長いお付き合いになりそうです。今野敏は。

これまでにご紹介した今野敏小説
「蓬莱」
「イコン」
「神々の遺品」
「リオ」

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