『日本国紀』読書ノート(129) | こはにわ歴史堂のブログ

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129】高橋是清は「イギリス」を納得させていない。

 

さて、以下は誤りの指摘ではありません。

念のために申し上げておきますと、

 

「高橋の活躍により、日本はようやく戦う準備が整った。」(P317)

 

と、説明されていますが、「日本の外債は開戦と同時に暴落しており…」(P316)とあるように、高橋が外債の発行の見込みを得たり、「ユダヤ人銀行家ジェイコブ・シフの知遇を得て」外債を引き受けてもらったりしたのは「開戦後」のことです。

 

ところで、「開戦と同時に暴落しており…」というのは実は正確ではありません。暴落は開戦の約一カ月前の14日に起こりました。

マーケットというのは、「見通し」で動くものです。

日露の開戦が近い、と、考えた「売り」市場となりました。

というか… まだ、戦費調達のための「外債」は発行していないので、それは、暴落はしません。

つまり、正確には、「開戦を前に、株式市場は大暴落し、このままでは戦費調達のための外債を発行しても引き受け手がなくなる」と説明したほうがよかったかもしれません。

高橋是清は、この困難な状態の中で、なんとか外債を引き受けさせる努力をしたのです。

 

「同盟国イギリスも『公債引き受けは軍費提供となり、中立違反となる』と考え、手をこまねいていた。」(P316)

「この難事に、日銀副総裁の高橋是清は自らロンドンに出向き…イギリスを納得させた。」(同上)

 

と、説明されていますが、おや?変な話をされるな、と思いました。

外債の引き受けは、ロンドンにいる投資家や銀行家が引き受けることで、イギリス政府は関係無いはずでは? そんな話じゃなかったような、と、思ってあらためて、学生時代に読んだ『高橋是清自伝()(上塚司・中公文庫)を読み直してみました。

 

やはり、話が違っていました。

まず、銀行家たちの外債引き受けをためらわせている理由が書かれています。

日露戦争は白色人種と黄色人種の戦いで、ロシアの帝室とイギリスの王室は縁戚関係にもある、ロシアにはフランスという大銀行を擁する国家の支援がある、軍事的にも不利だ、という思いから日本公債の発行を鈍らせている、ということがわかった、と。

そこで、「このたびの戦争は、日本としては国家存亡のため、自衛上已むを得ずして起こったのであって、日本国民は二千五百年来。上に戴き来った万世一系の皇室を中心とし、老若男女結束して一団となり、最後の一人まで戦わざれば已まぬ覚悟であるというような意味を雑談し」た、と自伝で是清は説明しています。

 

「当時銀行家たちは割合に日本の事情に暗く、常に非常な興味をもって聞いておった。かくして日一日と互いに心を開いて談ずるようになって来た。」

 

と記しています。。

ところがまた、銀行家たちはしぶるようになる… そこで話を聞いてみると、

 

「日英両国は同盟国ではあるが、イギリスは戦争に対しては、今なお局外中立の地位にある。ゆえにこの際軍費を調達することは、局外中立の名義に悖りはせぬかということであった。」

 

つまり、政府は中立なのに、われわれ銀行家が日本の外債を引き受けて咎めはうけぬか、という心配を銀行家たちはしているようなんです。

そこで高橋是清は説明します。

 

「自分にはよく判らぬが、かつてアメリカの南北戦争中に中立国が軍費を調達した事例もあるから、局外中立国が軍費を調達することは差支えないと思うが、君らが心配になるならば、貴君らの信頼せらるる有名なる法官や歴史家について調べて貰うがよかろう。」

 

そしてさらに自伝には、

 

「…その結果、法官や歴史家の意見としては、差支えないということに一致したので、銀行家連も私も安心した次第であった。」

 

と書かれています。

 

高橋是清はイギリス政府を説得したわけではなく、銀行家・投資家を説得していました。この流れの中でユダヤ人投資家のシフにも出会うのです。

日本は日露戦争開戦後、三カ月後にようやく第一次戦時国債を発行できました。

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