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ダース・ヴェイダー
と表記したがる。
ここにもまた、大きな世代のギャップを感じる。
「ヴ」表記は、1995年以前にはすっかり廃(すた)れていて、
古い詩だとか小説で、「秋の日の ヴィヨロンの~」等の記述でしか見かけず、なんとも古くさい印象を与えたものである。
それに「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」に相当する、英語のV音、つまり上の歯で下唇をかんで出す音は日本語には存在しないんだから、わざわざその表記をしたって、あまり意味がないってこともあった。
それでも最初のノべライズ(角川書店・野田昌宏訳)は、たしか
ダース・ヴェーダー
だったはずである。
当時は「エイ」は「エー」と表記するのが、日本語の決まりだった。
同じ頃はやった「スペースインベーダー」も「スペースインベイダー」なんて、誰も書こうとは思わなかった。
アメリカABC系列で、1967年から1968年まで43話が放送された、ロイ・シネス主演のテレビドラマ、The Invadersだって、1967年から1971年にかけて、NET(現テレビ朝日)系で放映された邦題は「インベーダー」だった。
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そのためレイアも「レーア」。
劇場用字幕は文字数制限もあって、
ダース・ベイダー。
岡枝字幕には色々文句はあったが、これは簡潔でキレがあって、一番良かったと思う。
だいたい悪の権化で割り切りの激しいダース・ベイダーなのに、なんで発音のデリケートなニュアンスにこだわるヴェイダーとするのかが、年寄りには理解しかねる。
グリー「バ」ス将軍を、グリー「ヴァ」ス将軍としたがる人たちもだから、95年以降のファンなのだと察しがつく。
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じゃあ、「ヴ革命」につながる何が、1995年にあったのか。
もちろん、エ「ヴァ」ンゲリオンである。
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その流れは、新劇場版の「ヱ」ヴァンゲリ「ヲ」ンになっても健在だ。
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で、ようやく今回の本題、ダース・ベイダーの元ネタの話。
平面デザインの時点では、ジョージ・ルーカスからラルフ・マクォーリーへの具体的な指針は与えられなかった。
特に顔面マスクの造形については、なおさらだった。
なぜなら当初、ルーカスはダース・ベイダーを、ベドウィンの遊牧民みたいなもの、素顔を薄い布かベールで覆っているものと考えていた。
----とかいうけど、結局は『アラビアのロレンス』(1962年)でオマー・シャリフが演じた、ハリシュのシーク・シェリフ・アリ・イブン(右)をイメージしたんだと思う。
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シェリフ(族長)・アリは、最初の登場シーンで、黒ずくめの出で立ち(砂漠では現実にはありえないことだが)なうえに、顔も布で覆って隠していた。
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当然、その線に沿ったデザインもある。
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こうした当初の意向から、マクォーリーの初期のイメージも、明確な形状を持たないぼんやりとした幻影、砂漠の蜃気楼みたいなものだった。
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ところがこの時点でも、硬質な仮面らしきものを装着させている。
実はベイダーに仮面をかぶらせる件は、マクォーリーこそが発案者で、彼は脚本の冒頭でベイダーが宇宙船から宇宙船に乗り移るのを読んで、真空の宇宙空間でそれをやるなら、しっかりとした呼吸マスクが必要だろうと考えた。
試行錯誤のデザインの中には、もっと近未来風で、別方向のデザインもあった。
その最たるものが、これである。
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これはノベライズの表紙になった。
当初映画『SW』は、1976年の12月に公開するはずが、製作が遅れて半年後の公開になった。
だが、ノベライズ(脚本を元にした小説化)だけは当初の予定通りに発行された。
この時点では、ダース・ベイダーの仮面の形状は完全に固まり、本編撮影もとっくに終わっていたが、マクォーリーは映画のビジュアルをぼかす意味でも、あえて実物とは異なる、このメカニカルなベイダーを描いていた。
この方向のベイダーは、アメリカ国内で、ILM(インダストリアル・ライト・アンド・マジック)が余興?で製作している。おそらくライトセーバーの発光テストも兼ねていたのであろう。
グラント・マッキューンの誕生パーティーで、ジョー・ジョンストンが着込んだこのコスチュームは、
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それなりにケレン味がきいていて、デザインの別の可能性を感じさせる。
↓テスト発光の光刃の色は緑白色。マスクは小顔で、ヘルメットの裾野が短い。
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↓ブルースクリーン施設で光学合成のテスト? 背後にデス・スターらしきモジュールも見える。
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マクォーリーのデザイン時点で、もっとも最終版の実物に近いのは、以下のものだと思われる。
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ILMモデル同様にヘルメットの裾野が短いのは、この時点では日本の兜(かぶと)より、ナチのヘルメットが参考になっているからだろう。
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この後、ダース・ベイダーは、イギリスで衣装(服地)担当のジョン・モロと、ジョン・バリー指揮下の立体造形班(マスクやアーマーなどのハードピース担当)の手にゆだねられる。
ジョン・モロはベイダーについて----
*マスクはガスマスクとドクロの合体変形版
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*マントは映画小道具の中世の僧侶部門からの借用
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*スーツと手袋は、オートバイライダー用のものを改造
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----と形容しているが、これはあくまでも基本コンセプトであって、そっくりそのままそうやった、という意味ではなさそうだ。
ヘルメットや全体のスタイルは、日本の甲冑(かっちゅう)が参考にされているのは間違いない。
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C-3POでは平面と立体の2段階、
R2-D2では平面デザインの時点で行われた
ルーカスのインプットやディレクションは、
ダース・ベイダーではこの立体化の時点、本編の撮影地のイギリスで行われた。
左はフランスのコミックアーティスト、ジャン=クロード・メジエールの1971年の作品、L'Empire des 1000 Planètes(1000惑星の帝国)の一コマで、ベイダーのヘルメット外形と酷似している。
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もちろん、それだけでは単なる偶然の一致ということも考えられるが、このキャラが仮面を脱ぐ次のコマは、2005年の『シスの復讐』になって、ようやく引用が実現した。
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メジエール作品からのSWの引用(疑惑)は他にもたくさんあるので、彼のサイトで確認してほしい。
さて、ヘルメット形状についてのインプットとは別に、マスク顔面の造形やコスチュームの鎧(装甲服)には、『変身忍者嵐』(1972年4月7日~1973年2月23日)の敵の首領(であり、原作マンガでは主人公の父!)、血車魔神斎(ちぐるままじんさい)が参考にされている。
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最終造形には、顔面と----
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マントぐらいしか反映されていない(=偶然の一致でかたづけられても仕方ない)魔神斎だが、
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ジョン・モロのコスチュームデザインと照らし合わせると、ベイダーの参考にされたのが間違いないとわかる。
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そもそも魔神斎(右)が中世の西洋甲冑(左)のスタイルを模しているので、それだけではベイダーのデザインに流用された証拠としては弱いだろうが、甲冑へのマントのまとわりつき具合や丈(たけ)の長さ、さらにデザイン画(中)の右下に描きそえられたエンブレムの図案2種が、魔神斎の胸にある血車党の紋章に酷似していることから、造形やデザインの現場には、血車魔神斎の画像があったことは確実である。
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ダース・ベイダーの立体造形を担当したのは、当時エルストリー・スタジオの美術部門に在籍していたブライアン・ミュワ。
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ミュワはオランダに戻ったリズ・ムーアの後任として、C-3POのボディパーツの仕上げや型どりを行い、それに続いてダース・ベイダーの頭部とアーマーの造形と型どりも行った。
ミュワはジョン・モロやジョン・バリーの下でベイダーの頭部造形を担当したため、リズ・ムーアの手元にキュラソ星人の写真資料があったのと同様、
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ジョン・モロの平面デザインより引き続き、
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血車魔神斎の写真を参考にしたのだと推察される。
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ところでジョージ・ルーカスはあるインタビューで、ダース・ベイダーは「人造人間キカイダー」(初放送1972年7月8日~1973年5月5日)の(終盤に登場する敵の)ハカイダーを参考にしたと明言している。
彼は1作目公開当時はいたってのんきに、日本のヒーロー・特撮ものやアニメのキャラクターを下敷きにしたことも認めながら、具体的なキャラクター名を挙げたのは、後にも先にもハカイダーだけである。
ところが、血車魔神斎のベイダーへの激似ぶりに比べれば、ハカイダーは全身黒づくめという以外は、それほどベイダーに似ていない。
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なぜ、大して似ていないハカイダーがわざわざ元ネタとして言及され、そのものズバリ度がうんと高い血車魔神斎の名前が出てこなかったのか?
これはしかし、後年に見られる元ネタぼかしや神話化ではなく、当時のルーカスには、ハカイダーの名前は知るすべがあっても、魔神斎の方はその手段がなかったからだ。
「キカイダー」はハワイでも1973年に日本語版に字幕のみの初放映ながら大ヒットした。つまりアメリカ人にも、キャラクターの名前のわかる英字表記が存在した。
↓東映は海外マーケット開拓に積極的で、フィリピンでは「超電磁マシーンボルテスV」が大ヒットした。このパンフレット表紙に掲載されているのは「キカイダー01」「大鉄人17」「超電磁ロボコンバトラーV」「秘密戦隊ゴレンジャー」。
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一方で(魔神斎の登場する)「変身忍者嵐」は海外マーケットには売れず(というより「ウルトラマンエース」の裏番組で視聴率で惨敗し、海外への売り込みすらなかった)、その英字表記など、ルーカスの知るよしもなかった。
かろうじてハカイダーの影響が(主人公の「父親」であるという設定はともかく、外観上の特徴として)見て取れるのは、1作目のベイダーの目が赤いことぐらいだろうか。
しかし、この赤目はほとんど目立たず、知る人ぞ知る程度だったので、2作目以降は廃止され、黒目に見えるように修正されてしまった。
↓ハカイダー(左)を参考にしていたルーカスにとって、ダース・ベイダーの目は、赤いのが当然だった。(彩度を若干強調)
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と、今日のところは、ここまでじゃ。
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