拝啓 おばあさま
全国的に悪天候(らしい)のなか、気持ちよく快晴でございます。青森です。
昼は暑く、夜は寒い。初夏ですなあ、もう7月なのに。
恐山の次は、青森県三沢市にある「寺山修司記念館」に行きました。
何度も授業で聞いた、寺山修司の話。
大学が芸術学科だったから、演劇の歴史、みたいな授業で、寺山修司、唐十郎など、さんざんやった。説明されてもようわからんかったけど、やった。
“演劇”ってひとくくりで言われても、ぜんぜんちゃうやんどういうこっちゃ!?
おばあちゃんが、「桃ちゃん、東京で演劇の勉強しゆうのやろう?」と、テレビで大人計画の作品を見て、「桃ちゃん、こういうのをやりゆうがやねえ」と笑ってた。
ちがう。断じてちがう。
露出も下ネタもかぶりものも、わたしは大学4年間プライベート以外で関わったことがない。大人計画はぜったいにちがう!!いや好きだけども!!
寺山修司は詩人だった。
詩と短歌を、少年のころから発表していた。
本人は、「職業、寺山修司」と言ってはばからなかったようだけど。
彼の詠んだ短歌。
~海を知らぬ少女を前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり~
短歌をまえに、写真を構える。
この歌を、振り向いたうしろには海、太平洋が広がる。
振り返る前に、泣きそうになった。
寺山修司といえば、『身毒丸』のオーディションがまたある。
「おかあさん もういちどぼくをにんしんしてください」
蜷川幸雄さん演出で、武田真治さん、藤原達也さんなどが演じてきた『身毒丸』。
かなりおもしろい。武田真治さんも藤原達也さんも色っぽくて素敵だし、なにより白石加代子さんのド迫力がものすごい。
でもわたしは、蜷川幸雄さん演出のものより、寺山修司さんの演劇実験室・天井桟敷の『身毒丸』のほうが好き。蜷川さんの演出はわかりやすいけれど、あれは、身毒丸が主役の、身毒丸の物語だから。
天井桟敷の『身毒丸』は、蜷川さんの『身毒丸』と違って、身毒丸の出番がものすごく少ない。そして、あたりさわりのない、「少年」を具現化したような少年が、身毒丸だ。天井桟敷が上演した『身毒丸』は、身毒丸を通した、世界の物語なの。
寺山修司は、いつも「母さん母さん、父さん、母さん」と言っているけれど、それが女々しくないのは、甘えたい自分も甘えている自分も隠さないから。隠さない甘え。そこには、“隠す甘え”は存在しない。お母さんを求めて、お母さんに甘えたくとも、そんな自分自身には甘えていないから。自分の弱さを、隠していない。
ショージキ、寺山修司の考え方は、全体的にわけわからん。
というか、同意しがたい。私とぜんぜん違う意見なんだもん。
それでも、頷けなくとも受け入れてしまうのは、そのありようが、好きなのだと思う。共感と愛は比例しない。
「わたしはきみの意見には反対だが、きみがそれを言う権利を全力で守ろう」/ヴォルテール
寺山修司は死んでしまっているけれど、わたしには、
ヴォルテールの言葉のように思える生きた友人が、何人もいることが幸せだ。
だから、わたしはその反対意見を全力で守り、そして反対意見を言わせてもらう。
そういうふうに、人と生きていきたい。
人生がもし、寺山修司の言うようなものならば。
~人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ~
17:00 閉館。
「(僕たち帰りますけど(青森弁)、よかったら明るいうちに(青森弁)、裏の記念碑も見てくださいね(青森弁)」
優しい職員さんのあったかさが、嬉しい。
青森弁、萌え。
誰だっけ? 方言キャバクラあったら通うとか言ったヤツ。
ナイスだぜ。あたし、通うぜ。なんだか癒されるぜ。
むしろ、土佐弁キャバ嬢として働くわ。
源氏名は、乙女姉やんにしといて。
敬具




















