国の復興を妨害するネオリベ | ずるずると道・郷・話を愛でる

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房総半島から栃木県北部を中心として、
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ネオリベの通った後には破壊のみが残る。使えるものも使えなくなる。

 

ネオリベとは新自由主義者。 政府による強欲連中の調整をして調和のとれた経済発展、というものが許せない考え方の連中のことである。もちろん、その言葉は、自由という言葉を最大限に部下してさももっともなことを吹聴する。「改革」で一時的な解放感があるにしても、結局は、コネや資産を持っている連中のみに富が集中し、国全体の経済は疲弊していくことになる。ネオリベの台頭が世界の先進国エリアでの経済の低成長と秩序の破壊をもたらしたことが、この40年ぐらいで世界が経験してきたことである。

 

日本は、それに良い意味で乗り遅れてきた。ネオリベの洗礼に合うのが遅かっただけにそれまでの経済成長の残り香が残っているのである。外世界ではすでに破壊されてどうしようもないところから立ちなおそうとしているマイナスからの出発なのである。しかし、日本はかろうじてプラスの状況であり、それ故に、馬鹿な強欲連中の世迷言が信じられる余地があるという、幸か不幸かという状態である。

 

破壊つくされつつあるEUで立ちなおそうという流れの隙間に現れた破壊勢力がマカロンもといマクロンであり、その隙間の流れに逆らった異常値に対して喜ぶのが、日経を筆頭とする、日本の金融強欲寄りのメディアである。

 

そんな日経にいる記者というものは、国というものがどういう流れで国力を増していくのか、という観点でものを考えてはいけないという宗教「ネオリベ派」にでも入っているのだろう。右翼に拒否反応を持ったフランス国民が消去法で選んだ、改革病成り上がりエリートのマクロンに対して、国政選挙でもその勢力を拡大したことを、国力の増進の手法が認められたとする、全く論理的でもない方法でべた褒めする。

 

その究極の帰結は、日本にマクロンのような年の差年上の結婚歴に見え隠れする実体社会から遊離した変態エリートの出現を期待するという。

 

変態エリートではなく、物心ついた時からの岸信介エリート一族の中において、強烈な劣等感とそれの裏返しの権力欲にまみれた外国勢力の走狗の究極形態である安倍晋三がすでにいるというのに、それ以上のものを期待するのは、あまりにも自虐的過ぎる。


 

15,16,17と私の人生暗かった…という藤圭子の歌ではないが、

リブログ先に書かれた 橋本、小泉、安倍、福田、菅、野田、橋下、小池、の並びを見ていると、そんなメロディーにのせたくなってくる。日本の経済暗かった、と。

 

 

メロディーに乗せたいといっても、このはげーーーーー!という言葉に続くミュージカル風の「お前のむすめがひきころされて~」という家族を貶める罵倒も勘弁してほしいところではある。

 

 

経済はあらゆる国力の源泉である。孫正義や経団連企業の経営者連中だけが格差的に豊かになったとしても全体的に豊かにならないとなされないのである。下記の本によれば、そのことが、平和が続けば続くほど、そのことを忘れてしまうことは、一度は世界を制覇したイギリスが、国力を増進させるのではなく「ジェントルマン」と呼ばれる富裕層が投資、それも、外国に対する投資に走り、国内産業を守るどころか関税も引き下げて、新興国の市場として開放してしまったがゆえに長期的な没落に至ったという歴史は、実に雄弁である。

 

お陰で、実体と直接リンクしない金融世界の最大級の市場がロンドンのシティにいまだに残っている。

すでに、労働者階級は、第2次大戦後の成長期を除けば疲弊する一方であった。

 

富国と強兵 富国と強兵
 
Amazon

 

その理由は、自ら生産する技術開発するより、出来上がっているよそのものを使った方が富裕層が手っ取り早く儲けられるから、ということであろう。そんな金もない労働者階級には何のメリットもなく、雇用が少なくなり、将来の生活の不安も増すことから消費は絞られる。内需は冷え込む。富裕層は金持っていても実体経済に流すより金融経済で転がした方が儲かるので、ますます、実体経済の需要は小さくなっていくのだ。当然、技術開発の進展も鈍化する。今ありるパイを横取りするような孫正義のような策士だけがうまく行くような世界となっていく。

 

歴史や伝統の意味を見失って、それをかたくなに守る気持ちや仕組みを破壊して、一時の解放感のみで留飲を下げる勢力を改革勢力という。日本では岩盤規制のドリルとかいうことをいまだにいけしゃあしゃあとのたまう首相もいる。それにぴんと外れた攻撃しかしない野党しかない現状にも幻滅するが、だからといって、批判しないという思考停止はもっと悪いのだ。

 

戦後レジームの自己強化プログラムとしてあらわれた安倍晋三の正体。そこから現在の政治状況と日本国の経済へのインパクトを見直すのである。

 

参考:アベノミクスの目標は「日本人特権の廃止」by [ナスタチウムブログ]

 

マカロン、あるいは、マカロン的なものは、すでに日本にいる。リブログ先のタイトル通り、消え失せろ!というのが正しい評論というものだろう。

安倍政権というのは薄っぺらいイメージ論でかりそめの安心感を与えながら、権力欲名誉欲を満たすためだけに国内市場を狙う破壊的かつ強欲な外国勢力や一部の富裕層のみの利益誘導をし続けてきただけなのである。 

薄っぺらいイメージ論で一時の留飲を下げている季節は過ぎ去ったのである。この20年デフレの誤魔化しやその脱却法をまじめに考えてみる必要があるだろう。