昭和プロレスその10~第二回NWAタッグリーグ戦 | ジジイが来たりて愚痴を吹く

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人生還暦を超えていよいよロスタイムに入りました。
いろいろ過去をふりかえりながら未来を描きたい
#MIOつくし #FC草津26期生

日本プロレスにおいて

ワールドリーグ戦は日本テレビ&馬場で確固

たる仕組みが出来ており、それを不満に思う

NETテレビはインター選手権に対するUN

選手権のように秋の祭典として

タッグリーグ大会の開催にこぎつける。

 

第一回大会が思惑通り猪木星野組で優勝する

も、馬場ヒライ組、大木山本組、吉村小鹿組

と面白くもなんともない組み合わせで全く

盛り上がらなかった。

しかも決勝戦の放送は日本テレビ。このあたり

裏の攻防はどうだったんでしょうね?

星野勘太郎が一番輝いた日です。しかし

試合では血まみれにされたのにお顔はスッキリなのは何故?

それとどこがNWAやねん!?

 

そのため翌年1971年の

第二回大会は馬場吉村組、猪木坂口組と

絶対本命を2チーム作る。

東京体育館で行われた優勝戦。

前日に吉村が2本続けてフォールを奪われ

馬場組は1点差で決勝進出ならず。

そのため猪木坂口組が舞台を飾る。

このあたり会社の方針に動くべく、しかし

馬場を踏み台にするわけにもいかず

自ら負け役を受け入れるマッチメイカー吉村の

面目躍如、素晴らしい!

相手はキラーコワルスキー、バディオースチン

と往年のファンを喜ばすチーム。

しかし黄金コンビの敵ではなく

結果はストレート勝ちで猪木坂口組が優勝。

テレビ放送では優勝した猪木坂口と

翌日挙式の倍賞美津子がインタビュー

挙式は当時のおカネで1億円也。

仲人は日本テレビ放送のスポンサー

三菱電機の大久保会長。

マイナーなスポーツのイメージを打破すべく

日本プロレス、日本テレビ、三菱電機挙げての

バックアップでド派手な結婚式となった。

馬場も参列(当然か)して祝福モード。

何もかも順風満帆に見えていたのだが。

いい絵ですよねー

まさか1か月後にあんなことになるとは

 

猪木のその後において表に裏に倍賞美津子の

サポートのお陰で進んだ出来事は多く

本当にいいカップルの誕生でした。