第1511作目・『レジェンド&バタフライ』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『レジェンド&バタフライ』

(2023年・日本)

〈ジャンル〉時代劇



~オススメ値~

★★★☆☆

・古沢良太×大友啓史×佐藤直紀で面白くないはずがない。

・本能寺の変をどのようにして描くか。

・時代を共に生きた二人が夢見た世界。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『1549年、織田信長は斎藤道三の女・濃姫と政略的な縁談を結ぶ。婚姻の夜、粗野で礼儀に欠ける信長は濃姫に肩などを揉むよう命じるが、濃姫は毅然と断った。あくまで政略結婚であるがゆえに、信長に尽くすつもりはないと言うのである。口答えをする濃姫を手打ちにしようとする信長だったが、勝ち気な濃姫は武芸にも秀でており、信長は逆に組み伏せられてしまった。険悪な関係が続く中、鷹狩りで競争していた二人は信長が崖から落ちそうになったところを濃姫が救助したことで、次第に仲が近付き始める。濃姫は初めて目にした海を見て、いつか南蛮に渡ってみたいと夢を語るのだった。やがて斎藤道三は討ち死に。濃姫は人質として自害を選ぼうとするが、信長に諭され、「妻」として居残ることとなった。やがて戦で連勝を続ける信長は上京を成し遂げるようになった。だが、敵対する朝倉義景との戦いで多くの犠牲者を出した時、濃姫は待望の赤ん坊を流産して悲しみに暮れていた。そんな濃姫に優しい言葉掛けをすることができなかった信長は、濃姫と和解する間も無く、比叡山延暦寺の焼き討ちという恐ろしい所業を突き進めてしまう。』


〜まだ見ぬ世界へーー。〜


《監督》大友啓史

(「るろうに剣心」「3月のライオン 前編/後編」「億男」)

《脚本》古沢良太

(「ALWAYS 三丁目の夕日」「探偵はBARにいる」「コンフィデンスマンJP」)

《出演》木村拓哉、綾瀬はるか、宮沢氷魚、市川染五郎、斎藤工、北大路欣也、本田博太郎、尾美としのり、池内万作、橋本じゅん、音尾琢磨、伊藤英明、中谷美紀、ほか





【信長と帰蝶の二人の大河ドラマ】

2時間48分に及ぶ、織田信長と帰蝶のドラマだった。
古沢良太脚本だが、ちょっとした大河ドラマ。同じく古沢脚本だった「どうする家康」よりも、真正面から当時を描いた大河ドラマだったかもしれない。

なお、監督は「龍馬伝」や「るろうに剣心」シリーズなどエンタメ的な時代劇を手掛けることも多い大友監督であるし、音楽も個人的に昔から大好きな佐藤直紀
この3人の作り手が揃ってるだけで、私の中では良い作品になることが約束されている気がする。

戦国動乱の世に生き、人の道を捨て、修羅の如く我が道を突き進んで散った織田信長。
そして、そんな信長の正室として彼のことを本気で慕い、心の支えとして奔走した帰蝶こと濃姫。
信長のことを描いた歴史ドラマというよりも、歴史上の信長の波瀾万丈の事件に加えて、不器用な二人の言葉に出せない深い愛が描かれているため、多くの人に共感を得られやすいストーリーとなっていると思った。

木村拓哉はもとより、綾瀬はるかがとても殺陣やアクションが上手く、機敏に、かつ力強く演じていた。
特に浮浪者たちを相手に二人で応戦するシーンは圧巻であった。ゾンビのように群がる浮浪者たちを容赦なく斬り捨てていく二人。
血飛沫が飛び、なかなか刺激的な乱闘シーンである。喧嘩ばかりだった二人の仲を急激に近付ける事件だったのだが、二人とも華麗に立ち回り、敵を寄せ付けないアクションがカッコ良くて何より印象深かった。
この辺りのアクションシーンは「るろうに剣心」の大友監督らしい"見せ方"が発揮されていたと思う。

ほんの少しの出番ではあるが、徳川家康役を演じたのは斎藤工である。
昨年の「どうする家康」でも松本潤が演じていたし、まぁスッキリしたイメージの徳川家康がいても良いじゃないかと思っていたら、がっつり特殊メイクを施したふっくら体型の徳川家康で驚いた。みんなが知ってるイメージ通りの、家康で安心。
目の前で明智が信長からいじめられてもその魂胆を見抜く洞察力を持ち、明らかに政治ができる聡明そうな家康である。そして同時に、皆が引いている中でその後も一人だけ飯を「うまい、うまい」と食べ続ける掴みどころのない部分も見られる
同じ脚本家が同じ人物を描いていても、ストーリーに合わせてこうもイメージを変えることができるのかと思うと、ちょっと驚く
キャラクターが良かったので、もう少しこの家康による飄々としたやり取りの見せ場がほしかった。

本能寺の変はなかなか見応えのある戦闘シーンだった
武装する敵に対して寝巻き姿で応戦し、返り血を浴びながら敵を斬り続ける信長。なんとしてでも帰蝶に会いに帰らねばならないと奮闘する信長の前に、加えて明智の軍勢が門を破ってなだれ込んでくるのだ。
この瞬間、信長は一瞬「勝ち目はない」と冷静に判断した表情をした。しかし、すぐに威勢を取り戻し、鋭い目で彼らの前に立ち塞がる。キムタクのこの絶妙かつ繊細な感情の変化が凄かった
軍勢を前に、敵兵の首を掲げて自分の首は取らせないと叫ぶ信長の鬼の形相が凄まじい威圧感である。
わずかな数の味方の兵たちも、鉄砲から信長をかばい、体当たりで軍勢を押し留めるなどして何とか死守しようとしていたが、信長は次第に焼け落ちる本能寺の奥へと追い詰められていくのである。
史実を知り、こうなることは予想できていても、2時間半を超えて二人のことを見ていると、やはり二人の最期の会話となるシーンは辛い。


【魔王と姫が夢見た土地】

本能寺の変は歴史上謎に満ちたミステリーである。
謎が多いからこそ、ドラマや映画で織田信長の人生を表現する際にはどのような解釈をして、本能寺の変やそこに至るまでの明智光秀との関係をどのように展開するかが、制作者側の一つの手腕となっているだろう。
史実とかけ離れたストーリーではSFになってしまうし、明智光秀を皆の前でいじめて恨みを買ったから討ち取られたとする一般的に広く知られている展開だけではありきたりすぎる。
何度も何度も映像化してきた展開だからこそ、多くの人たちがその作品のオリジナルの視点を期待してしまっているわけだ。

まず一つ目の謎は、明智光秀が謀反を起こした動機である。
本能寺の変に至るまで、二人の間に何があったのか。そもそも明智光秀が謀反を起こしたということにするのか。
本作では、明智光秀が信長に「失望したから」という動機が描かれていた。物語の中盤、延暦寺焼き討ち事件の際も、女子供を手にかけようとする信長に目を輝かせてただ一人賛同したのが明智であった。

彼は信長の"魔王"としての狂気に惹かれていたのだ。
カリスマに憧れていた"ヤバいやつ"だったのだ。
敵や政略のためなら情け容赦なく、徹底的に突き進む信長の気概に惚れ込み、そんな信長だから天下布武を成し遂げるだろうと確信していたのである。

家康の接待の席で明智が準備した食事に難癖をつけ、皆の目の前で彼をなじった時も、明智にそうして威厳を見せつけるように言われたから、信長は心を鬼にしてやったのだった。
ところが、その後、信長は明智に非礼を詫びた。誰でも心にもない言葉を浴びせた時には「すまなかった」と言うではないか。しかし、それは"魔王"である信長にはあってはならない人間味だったのだ。
人間味を帯びた魔王は魔王ではなく、ただの人であるただの人は天下を収めることができない
そう失望した明智が本能寺の変を起こしたというのが本作での解釈である。

次に、信長はどのように亡くなったのか。あるいは、亡くならなかったのか。
焼け落ちた本能寺の跡地から信長の死体と思われる者は見つからなかった。当時の焼死体の判別方法など、そんなものだろう。
明智も信長の首を討ち取ることはできず、信長は自害したとする説が最も有名である。
ところが、本作の信長は本能寺の変で追い詰められた部屋で抜け道を見つけ出し、帰蝶の元へと戻っていく
そして、病に伏せる帰蝶を連れ出し、追っ手から逃れるかのように夢だった南蛮へと渡来するのだ。船の上で南蛮人と踊り明かし、嵐を乗り越え、まだ見ぬ海の向こうへと辿り着くのだ。

……だが、それは結局、信長が今際の際に見た夢であった。彼は本能寺の多くの通説がそうであるように自害をする。
ただ、ここで描かれるような夢があっても良かったのではないだろうか。物語の序盤から帰蝶は海を超えて南蛮に渡りたいという夢を語っていた。
帰蝶は常に政略や人質としての結婚などを強いられ続けていた。
姫であるに関わらず人並み以上に武術を心得、気丈な気概を持ち合わせている。現代的に言えば、自立した女性とも言える。
本当は彼女もその名の通り、蝶のように自由に飛び回りたかったのだ。なんのしがらみもない場所へと飛び立ちたかった。だから、日本の外へと向かうことを夢見ていた。そこは日本のしきたりやしがらみのない、未知の土地だった。

もしも信長が帰蝶を連れて南蛮へと渡ったのであれば、二人はついに何のしがらみも気にせずに自由に、穏やかに暮らしていくことができたことだろう。天下のことなど考えず、ただ自分たちの暮らしのために生き続けることができただろう。
そういう選択肢があれば、どれほど幸せだったことだろう。
本作では本能寺の変の最後で信長の自害という結末のみならず、「あったかもしれない運命」の一つを描いてくれたことで、儚くも二人の夢を感じられるシーンがあった。
出会った当初はあれほど対立していた二人だったのに、命が果てる時まで同じ夢を追っていた
そこに二人の間に通じる愛を感じざるを得ない。


(168分)