(2024年・日本)
〈ジャンル〉青春/コメディ
★★★☆☆
・山下敦弘監督×野木亜紀子脚本の安定感。
・綾野剛の佇まいがカッコ良い。
・少年期に誰しも通る成長の扉。
(オススメ値の基準)
★1つ…一度は見たい
★2つ…良作だと思う
★3つ…ぜひ人にオススメしたい
★4つ…かなりオススメ!
★5つ…人生の一本、殿堂入り
〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介
〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉
《あらすじ》
『中学合唱部部長の岡聡美は変声期に差し掛かり、うまくソプラノが出さずに悩んでいた。コンクールの結果も銅賞でうまく決まらず、岡は部長として責任を感じていた。そんな岡に、祭林組若頭補佐の成田狂児が突然声をかける。カラオケで歌い方を教えてほしいと言うのだ。祭林組では年に一度、組長主催のカラオケ大会を催しており、歌下手王に認定されると組長から直々の刺青を彫られると言う。だが、組長に刺青の腕前はなく、ヤクザとして最大の屈辱でもあったのだ。断って帰ろうとする岡に無理やり懇願する狂児に負けて、一度だけカラオケに付き合う岡。狂児の十八番である「紅」の歌声を聴いた岡は、はっきりとダメ出しを授けた。翌日以降も岡の前に度々現れる狂児と一緒に、二人はカラオケボックスで歌唱トレーニングを始める。やがて合唱部の活動に顔を出さなくなった岡に対して、後輩は理由を問い詰めるも岡は真実を打ち明けられない。そして、狂児のカラオケ大会の日と岡の部員として最後の活動となる合唱祭の日が同日であることを知る。』
〜青春も延長できたらいいのに。〜
《監督》山下敦弘
(「リンダ リンダ リンダ」「味園ユニバース」「1秒先の彼」)
《脚本》野木亜紀子
(「アイアムアヒーロー」「罪の声」「ラストマイル」)
《出演》綾野剛、齋藤潤、芳根京子、橋本じゅん、やべきょうすけ、チャンス大城、八木美樹、坂井真紀、宮崎吐夢、ヒコロヒー、加藤雅也、北村一輝、ほか
【悩めるデコボコな二人】
男同士の相棒モノは二人の特徴が真反対でデコボコ過ぎるほど、バディを組んだ時の魅力が上がる。
生き様、考え方、見た目など、あらゆる要素で一般的には交差しないような二人である方が面白い。
そう言う意味では、本作の二人は最高に真逆な二人であった。
今どき珍しい極道一直線の若頭補佐と、卒業を控える合唱部の男子中学生。裏社会に生きる悪い男と、社会の表面しか知らない純粋な中学生である。
本来交わるはずのない二人が交流するのだから、そこに何か特別なことや面白いことが起こりそうではないか。
原作は漫画なのだそうだが、本作では山下敦弘監督と脚本家の野木亜紀子が実写化に携わっている。実績のある二人なだけに、期待値が自然と高まる。
合唱部部長の岡聡実は祭林組若頭補佐の成田狂児から声をかけられる。
聞けば、狂児が所属する祭林組では年に一度組長の発案でカラオケ大会が行われているそうなのだが、その大会の組長審査で最下位になると、組長から直々にその人が嫌いな者の刺青を入れられると言うのだ。
素人の組長が入れる刺青は激痛で、かつ腕も良くないため彫った絵は不恰好になる。それは誰しも認める罰ゲームに他ならないのだ。
自分の彫る刺青が罰ゲーム扱いされていることに組長がどう思っているのかはさておき、狂児は今年のカラオケ大会で最下位にならないよう、合唱コンクールで銅賞だった合唱部部長の聡実に声を掛け、カラオケの特訓を申し込んだのだ。
面倒ごとには関わりたくない聡実は依頼を断るのだが、狂児は身勝手に話を進め、結局、聡実はカラオケ特訓を始めることになる。
本物のヤクザ男に依頼されて半ば強引に話を進められたら、非力な中学生は断固として断ることはできないだろう。
それでも、聡実の優秀なのは狂児に対して必要以上にビビりまくっていないところだ。狂児が「とりあえず一曲聴いてくれ」と歌い出した十八番の「紅」に対しても、「裏声が気持ち悪い」と臆することなく意見する。
それはある意味、裏社会とか暴力団が何たるやとかをよく分かっていない中学生だからこそ純粋な目で向き合うことができるのかもしれない。
背中全面に描かれている刺青や、小指の切られた後などが見えなければ、狂児は同世代のオジサンたちの中では明確に清潔感のある中年男性である。狂児は聡実の前では喫煙もしない。
そこもまた、人としての好感度を上げる。
だからこそ、狂児が運転する車のダッシュボードで切り取られた小指の残骸を見つけた時には、聡実は一気にヤクザ者の恐ろしさに直面し、逃げ出すように帰ってしまった。
LINE交換し、学校や友人まで特定されてしまっていることを多少後悔しただろうと思う。
それでも、その後も聡実は狂児のことを心配し、彼との交流を続けていた。同時期に、合唱部に参加したくないとある理由を抱えていたから。
強面の見た目やヤクザという肩書きを超えて芽生えた友情を信じることができる聡実の、心の清さを感じることができる。
なんといっても、狂児を演じた綾野剛の佇まいが良い。
スーツにタイピンをつけておしゃれで清潔感があるのだが、真っ黒なスーツがどことなく緊張感も感じさせる。スラッとしたスタイルも人目を惹きつける。
一方の聡実を演じた齋藤潤はオーディションで役を射止めた新人で、初々しさが聡実らしくて良い。その後も話題の連ドラや映画などに主要キャラで出演し、今後に期待ができる若手俳優である。
綾野剛と齋藤潤が並び立って楽しそうに交流する構図は、まるで本物の兄弟のようである。野木亜紀子の書く会話劇もまた、大人っぽい狂児と真面目で振り回される聡実の兄弟らしさを、より一層魅力的にしてくれていた。
【大人になることは不可逆】
本作において聡実は人生の壁にぶち当たっている。
それは「声変わり」という変化であった。
「声変わり」は少年が青年へ変わるためのイニシエーションである。声が変わってしまったら、もう二度と少年時代のソプラノの声に戻ることはできないのだ。そして、聡実は既にもう戻れない状態になってしまっていた。
映画を見ていた部室にあった、巻き戻しができないビデオデッキのように不可逆な成長が、声変わりである。そのせいで、成長期の男子は繊細になる。
聡実は最近、部活動に参加することを避けるようになっており、中学最後の合唱部の大会にも参加に消極的な姿勢を見せていた。
本当は皆と一緒に歌って卒業したいはずだ。
合唱部の部長として、これまで真面目に懸命に奔走してきたからだ。銅賞のまま卒業することに悔いが残っているのは間違いない。
だが、声変わりという思春期特有の成長過程を無理やり遅らせる術もない。真面目に頑張ってきたからこそ、この変化をポジティブに捉えることができずにいるのだ。しかも、そんな悩みを他の部員に悟らせまいとするのが聡実らしい。
そのせいで後輩から誤解を生み、「やる気がなくなった」「サボっている」と聡実は責められる。聡実はそれでも反論したり、感情的になることもない。
理解されないと開き直っているというよりも、ただ「君もいずれ分かる」という同情に近い諦念の気持ちなのかもしれない。
中学男子の合唱部という活動において、声変わりがこれほど深刻な受難になるとは想像すらもしていなかった。
そんな中、聡実は狂児と出会うのだ。聡実にしてみれば、「カラオケ大会で最下位になりたくない」などという悩みは自分の苦しみに比べればあまりにもくだらないと感じていたことだろう。
だからこそ、聡実は狂児や祭林組の面々に対しても冷ややかな態度をとりがちであった。
どこか大人を見下しているところもまた、年頃の中学生らしくて良い。男性なら誰しも経験のある反抗的な言動が、懐かしくてくすぐったく感じるのではないか。
少年の聡実に対して、狂児はどこまでも大人だ。
反抗的な聡実の苛々も広い器で受け止めるし、飲み物もブラックコーヒー。
聡実はカラオケ大会やそれに本気になっている強面のオジサンたちに冷ややかに応じていたが、今まさに少年から大人へと変化しようとしている聡実にとって、狂児の懐の深さは間違いなく大人としてのロールモデルとなっていた。
考えてみれば、聡実の両親はどこか抜けていて張り合いのなさが感じられる。
例えば傘を新しくするシーンだけでもそれは分かる。年頃の彼らにとって、白地に動物柄の傘は目立って恥ずかしい。新しい傘に変えて欲しいとねだる聡実の思いを受けて、父が買い替えて買ってきたのは同じシリーズの絵柄違いなのである。
その時点で、聡実の意向を汲んでいないし、年頃の少年の思いを理解できていない。そのことを強い口調で責めると打たれ弱い父は首を項垂れて落ち込む。まるで被害者であるかのように落ち込まれると、それ以上聡実も自分の主張を続けられなくなる。
張り合いがないと言うのは、ずるい逃げの一手とも取れるのだ。
大人として、聡実と向き合うことなく逃げられるから聡実もそれ以上向き合うことを避けているように見える。
彼がなんだかんだ言いながらも狂児とのカラオケ特訓に付き合い続けているのは、大人として狂児が聡実と向き合って必要としてくれるからだろう。
その姿は、必ず聡実の中で理想の大人像として固められているはずだ。
最後の合唱大会に行っていれば、少年の青春にとってはかけがえのない1ページになったはずだった。
だが聡実が直前で選んだのは結局、組長主催のカラオケ大会だった。直前で狂児の乗った車が何者かに襲撃され、大怪我を負って救急搬送される男の姿を目撃したのである。
狂児の身を案じた聡実は急いでカラオケ大会の会場へ向かった。
確かに直前に事故を目撃してしまえば動揺してカラオケ大会の方へ向かわざるを得ないだろうが、それは聡実が既に少年の世界ではなく、青年の世界を選んだということなのではないだろうか。声変わりを経て、聡実は大人になったのである。
結局、狂児は無事で聡実は彼が生きてくれていたことに安堵して泣き出すのだが、青春を捧げてきた仲間との思い出作りよりも、理想の大人との友情を選んだ聡実の選択は、その後の人生における大きな分岐点となったと感じられる。
それからしばらくして狂児とは連絡がつかなくなった。急に音沙汰が無くなったものの、エンディングで再び登場することからも、狂児は服役など何らかの理由で連絡が付けられない状況になっていたと思われる。
祭林組があった一角も区画整理され、街は新しいものへと生まれ変わっていく。実際、ヤクザという存在が社会から薄れつつあることもまた、古い街並みと共に過ぎ去っていく文化へのノスタルジーを感じた。それもまた、不可逆なのだ。
思春期にモデルとなる大人と出会えることは、その後の人生の道標を固めるようなものだ。
その相手がヤクザ者であることが唯一の不安ではあるが、聡実の持ち前の頭の良さがあれば道を踏み外すうな生き方はしないだろう。
狂児は新しい街に立つビルを見上げて再び聡実を誘い出す。これからも狂児と適度な距離を保ちながら、聡実は親交を深めていくに違いない。
(107分)