第1504作目・『余命10年』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『余命10年』

(2022年・日本)

〈ジャンル〉ロマンス/ドラマ



~オススメ値~

★★★★☆

・余命10年の彼女が手を伸ばしたもの。

・四季折々の季節の移ろいをリアルに映し出す。

・彼女が夢見た、ありふれた幸せ。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『2011年、高林茉莉は20歳で肺動脈性肺高血圧症とい難病を患い、手術して長い入院治療を受けていた。この難病の治療法は今の医学では解明されておらず、茉莉は医師から余命10年を宣告されていた。2013年、茉莉は退院して友人たちとの再会を果たす。小説家志望だった茉莉のことを気にかけ、友人が出版社の仕事に誘ってくれたが茉莉はとりあえず自分の力で就職活動をしようとしていた。中学の同窓会に招待された茉莉は、そこで同級生だった和人とタケルも上京していることを知る。酔った和人の介抱をしていた茉莉だったが、翌日、和人が人生に失望して自殺を図る。幸い命は取り留めたものの、命を粗末にする和人に茉莉は怒りを抑えきれなかった。和人は退院すると、祭りに謝罪する。もう一度生き直すことを約束した和人はタケルの馴染みの居酒屋で働き始め、次第に茉莉と交際関係に発展していく。それと同時に、茉莉は自分をモデルにした小説を書き始めるのだった。2018年、小説が完成した頃、茉莉は和人からのプロポーズを受けるも、彼女は遂に隠していた自分の病を告白し、翌朝和人に別れを告げるのだった。』


〜君と出会って、この世界が愛おしくなった。〜


《監督》藤井道人

(「新聞記者」「ヤクザと家族 The Family」「最後まで行く」)

《脚本》岡田惠和、渡邉真子

《出演》小松菜奈、坂口健太郎、山田裕貴、奈緒、井口理、三浦透子、MEGUMI、安井順平、黒木華、田中哲司、原日出子、リリー・フランキー、松重豊、ほか





【静心なく 花の散るらむ】

残りの人生を精一杯生きる。
自分の死を受け入れるということが、まだ若すぎる彼女にとってどれほど苦しく、辛い決断だったことか。その上で、残りの人生をしっかり生きようとした彼女の姿はとても強いと思った

「余命10年」と最初に聞いた時、茉莉と同じように、余命宣告を受けてあと10年あるなら長いような短いような…と曖昧な理解だった。
こういう余命宣告ものは大抵、あと1年とか、あと数ヶ月とかで、10年あったら色々できちゃうのではないか、と。

しかし、実際は10年という時間がこのような体感で感じさせるものだという実態が分かっていなかった。
彼女は自分が長くは生きる事ができないと知りながら、毎日毎日健康管理を続け、投薬を続けている
運動することもできないから友達と海へ行っても自由に遊び回ることはできない、旅行にも好き勝手には行けない。友人たちがスノボへ遊びに行っている動画を茉莉はベッドで呼吸器をつけながら眺めることしかできないのだ。
飲み会へ行ってもお酒は飲めず、病気のことがあるから仕事も簡単には見つからなかった
10年あれば色々できるというのは誤解でしかなかったのだ。生きながらえるために様々な制約を守り、様々なことを諦めながら彼女は過ごしてきていた

恋愛もまた同じであった。
余命わずかな間に、新しい恋を見つけてしまったら、また死ぬのが怖くなってしまう
冒頭、茉莉が同じ病室のとある患者から、息子の入学式を目にして死にたくなくなったという話を聞かされたように、新しい幸せを掴む事が茉莉にとってはせっかく受け入れた死を再び拒みたくなるという恐れでもあるのだ。

だから彼女は和人との恋を成就させることも諦めてきた。
幸せは目の前にあるのに、その幸せに手を伸ばすことは許されていないと自らを律して目を背けてきたのである。それがどれほど辛かったことか。どれほど苦しかったことか。
恋愛を諦め、自暴自棄な気持ちになった時、茉莉は塩分管理を無視して暴飲暴食をする。どこかで我に帰ったのか、体が拒絶したのか、次の瞬間にはそれを吐き出すしかなかったのも虚しいシーンであった。
諦め続け、手放し続けていくことが、茉莉にとっての余命10年だったのだ。

そんな茉莉が数少なく、どうしても手を伸ばしたくなったのが、和人との恋と、自身の境遇を重ねた小説の執筆であった。
それだけは人生においてやり残したくなかったのだろう。
ところが、和人との恋はいずれは終わらせなければならなかった恋であった。
二人は良い関係を築き上げ、和人も茉莉との未来を夢見ていた。だが、プロポーズを受けた翌朝、茉莉は和人に自分の真実を話し、その恋に自ら終止符を打つのだ。

困惑して真実を受け入れられない和人に、死ぬまでの準備をさせてほしいとお願いする茉莉。泣き崩れて受け入れる和人を置いて、茉莉は自宅へ帰っていく。
帰宅してすぐ、母親に「死にたくない」と大泣きしたシーンはとても切なかった

本当はそれが本音なのだ。
普段は自分の病気は治らない、病と戦うのを辞めたのではなくて戦えない、と強い言葉で家族の前で気丈に振る舞っている茉莉だが、本当は死ぬことはやはり受け入れ難いことなのだ。
もっと生きて、もっと幸せになりたい。なぜ自分が死ななければならないのか。
娘の苦しい声をすべて受け止めて聞いてくれる両親が涙する姿は、とても悲しかった。彼らだって、できることなら身代わりになってでも良いから、彼女の病を消し去りたいと願っているのだろうから。
松重豊さんが寡黙で、娘のことを大切に想っている父親を好演している。



【10年後にあったかもしれない未来】

和人と茉莉の出会いは、同窓会でのことであった。
長い入院生活から退院した茉莉が久々に同窓会で昔の友達たちと再会した時、和人と出会った。
色々な事があって人生に絶望していた和人は、久しぶりに楽しく過ごしたその翌日、自殺未遂を図る。
和人の自分の命を軽んじる態度に腹が立った茉莉は、和人に怒りをぶつけた。
そのことがきっかけで和人はもう一度人生をやり直すために立ち上がるのだ。

長い時をかけて死を受け入れたつもりでもやはりまだ受け止めきれない茉莉にとって、死を簡単に選択した和人のことは許せなかったことだろう。
しかし同時に今度は、生きることを決意した和人と関わっていくことで、一度は死を受け入れたつもりになっていた茉莉も再び生きることに執着するようになったとも言える。
様々なことを諦めることが自分の人生だと感じていた茉莉にとって、残りの人生を生きる意味を作り出してくれたのは、自分が命を救った和人だったのだろう。

彼を苦しめないように別れを決意したのだろうが、和人との時間は幸せだったことは彼女が執筆した小説からも伝わってくる。
最後の最後まで後悔のない人生を歩むことはできた
和人のことを大切に思っている気持ちを失うことなく、彼女は人生をまっとうしたのだと思う。

藤井監督が描く茉莉の見る世界では、春夏秋冬の季節の移ろいをとても美しく感じさせてくれていた
桜の花びらが散るところから始まり、日本らしい四季折々の自然の姿や行事が描かれる
それらは決して合成などではなく、実際のそれぞれの季節に撮影されたものなのだそうだ。
ほんの一瞬の花火大会や、ほんの一瞬の秋の並木道のシーンもすべて本物で、四季の息吹の中で一年かけて撮影が行われたらしい。
本作ではそれだけ季節の移ろいを大事にしていたということなのだろう。季節が移ろうということは、少しずつ死期が迫るということでもあり、それは同時に、残り少ない季節の変化を全身で浴びて、生きていることに全身で感動を覚えるということなのだ。
まるで消えかかっていた命の灯火を再び輝かせているかのよう。
本作において季節の変化は、登場人物たちと同じぐらい重要な要素として彼女の心情を表現してくれていたと思う。

茉莉の体感を表現するかのように四季があっという間に過ぎ去っていく中で、RADWIMPSの劇伴音楽が流れるのだが、それもまた美しい戦慄で心にじんわりと沁みていくのだった。

もはや死期が近づいた時、茉莉はこれまで撮り溜めていたビデオ録画の記録を一つずつ消去してしまう。自分の人生を整理するかのように、一つずつ最後に見ながら消していく記録。まぶたに焼き付け、記憶に留めようとしているかのよう。
意識が遠のく中で茉莉が見た夢は、彼女がこの先も願っていた未来だった。「もっと生きたい」と願っていた、ありきたりな日常である。
このシーンは本作で最も心を掴まされた。号泣してしまった。
普通に走り回って和人と遊び、行きたかったスカイツリーにも登り、無事に二人は結婚し、子供が産まれて、子供を育てるという、ありきたりだけど幸せな未来。
10年経ったその先も、あったかもしれない未来

もっと生きたいと口にする言葉も胸に刺さったが、そんな彼女が願っていた未来の幸せというものを見せられるとこんなにも胸が苦しくなるとは。
しかも、そのどれもが、決して高望みするわけでもない幸福なのだ。
もしかすると健康な人たちは見逃しているかもしれない幸せなのだ。

健康に人生を歩み、普通にライフステージが変わっていくということが、どれほど愛おしいことであるかを改めて感じさせる、茉莉の夢。
そしてそれは同時に、本作のエンドロール前にも流れていたように、「余命10年」の原作者であり、既に2017年に他界された小坂流加さんが願っていた夢でもあるのだと感じた。
その後の時間を生きる私たちは、そのことを忘れてはならない。


(124分)