第1493作目・『オールド』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『オールド』

(2021年・アメリカ)

〈ジャンル〉ホラー/ミステリー



~オススメ値~

★★★☆☆

・「シックス・センス」の監督が描く新しいホラー。

・「老い」が及ぼす恐怖と、「老い」がもたらす恩恵。

・ラストに明かされる驚愕の真実。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『ガイとプリスカは息子トレントと娘マドックスを連れてリゾートホテルへ訪れた。それは二人にとって離婚前の最後の家族旅行のつもりだった。一家は翌朝、ホテルのマネージャーの勧めでプライベートビーチへと案内される。特殊な鉱石を含んだ岩壁に囲まれたそのビーチでは、一家の他にも3組の招待客が訪れていた。それでも他に誰もいない静かなビーチでひと時のくつろぎを得る招待客たち。だが、浜辺に女性の遺体が打ち上がったことで事態は一変する。ホテルへ戻ろうとするも、岩壁から先へ進むことができず封じ込められた一同。さらには高齢の女性が急激に体調を悪化させ、そのまま息を引き取ってしまう。招待客の中には医師もいたのに、異常な体調の変化になす術もない。極め付けは、トレントやマドックスら子供たちが急成長して容姿が変わってしまった。始めのうちは何らかのウイルス感染を疑う一同だったが、身体にできた傷の異常回復や、プリスカの体内の良性腫瘍が一瞬で悪性腫瘍に変化するなどの体験を経て、このビーチでは時間の進むスピードが早いことに気付く。計算上、24時間で50年の時が経過するようだ。ビーチからのあらゆる脱出は失敗に終わる中、遂に夜が訪れ、ガイとプリスカは人生の終焉を迎える。』


〜そのビーチでは、一生が一日で終わる。〜


《監督》M・ナイト・シャマラン

(「シックス・センス」「サイン」「アフター・アース」)

《脚本》M・ナイト・シャマラン

《出演》ガエル・ガルシア・ベルナル、ヴィッキー・クリープス、ルーファス・シーウェル、アレックス・ウルフ、トーマシン・マッケンジー、ほか






【すべては一瞬の出来事】

ホテルの支配人から誘われ、とあるプライベートビーチに入り込んだ3組の宿泊客たち。
しかしそのビーチは、特殊な鉱物の影響によって細胞に与える時間の流れが異常に早い恐怖のビーチだったのだ。
ここでのんびり過ごす時間は、身体に数年分の影響を与えてしまう。一日過ごせば、およそ50年超の経過である。
子供達はあっという間に成長し、中年だった大人たちはみるみる老化し、そして老婆はすぐに亡くなってしまうのだ。
なんとも恐ろしいビーチである。

個人的な話だが、私も一度でいいから、リゾートビーチで何連泊もしてみたいという、いつ叶うとも分からない願望がある。
長期の旅行に出かけても、ついつい観光を挟んでしまったり、観光のために違う場所に宿泊先を移してしまったり、何か計画を入れ込んでしまったり。これまでの旅行はそんな旅ばかりだった。
日がな一日、寝食だけを繰り返して積んでた本を読んだり、ボーッと砂浜でくつろいだりする大人ののんびり旅に憧れる。
ところが、このビーチではそんなことをしていたらあっという間に死んでしまうというのだ。

傷が一瞬で癒え、子供たちがちょっと目を離した隙に中高生ぐらいになった現象に直面した彼らは、事態の異常さに気付いた。
特殊な鉱石があるという情報を事前に与えられていたとは言え、原因を鉱石の影響に繋げて考えることができたのは医師や研究者など優秀な人間が揃っていたからだろうか。
脱出を試みて元来た道を戻るのだが、頭に妙な圧力を受けて気絶してしまうのだ。それはまるで深海から急浮上するような圧力である。
陸路もダメ、海路もダメ。迷っているうちに次々と人が年を取り、それぞれ死んでいってしまう。

子供がちょっと目を離した隙に赤ん坊を妊娠していたり、良性だったプリスカの腫瘍がほんの数分でメロン大の悪性腫瘍に変わったり、その摘出手術をしても傷が一瞬で閉じるから身体は無事で済んだり、死体が数時間で白骨となったり
歳をとるという現象は、ただヨボヨボに老化するというだけではないという変化が次々と訪れる
本作には打ち寄せる波のように落ち着ける時間がない。次から次へとそういった前代未聞のパニックに見舞われ続け、あっという間に映画が終わってしまった感覚だった。
この100分程度の時間もまた、体感ではほんの15分程度だったかもしれない。

歳を重ねるということの捉え方には真反対の二つの側面があるのだと思う。
例えば美容に気を使っているクリスタルは、老いて自分の顔や身体がみるみる変化していくことに耐え難い屈辱と恐怖を抱えていた
健康的に生きる多くの人が、大抵やはり老いることは醜くなること、怖いことと捉えるのではないだろうか。私も怖いし、年を取るほどに皮膚や髪色が変化するのを見るのはやはり不安である。
怖いからこそ、こういったスリラー映画ができるのだから。

皺が増え、みすぼらしくなっていく自分の身体を人に見せたくないクリスタルは、顔を隠し、人目に付かないように洞穴で時を過ごすようになる。
登場時からカルシウムに気を遣っていたクリスタルが、骨折しまくって骨を変形させて死んでしまったのはあまりにも残酷かつ皮肉的だったが、彼女が老いることを恐れているのは至極ありふれた「老い」への一つの捉え方だと思うのだ。
不思議に思うかもしれないが、人によっては「死ぬ」ことよりも「老いる」ことそのものを本作の恐怖ポイントとして捉える人もいるのかもしれない

若い生命の輝かしい時は、このビーチでは一瞬で過ぎ去ってしまう



【ビーチを観察する者たち】

歳を重ねることのもう一方の捉え方が、歳を重ねることで若い頃に執着していた種々の問題が解決することもあるということだ。
死期を前に、物事を穏やかで良い方向に終結させようとする成熟さが現れてくるのだろう。
精神的な成熟は経験によって培われると思うので、ほんの6歳程度のカーラもトレントも急激に身体が大きくなったら戸惑い、そしてパニックになって身動き取れずに泣きじゃくるだけなのではないかと感じるのだが、本作では不思議と精神面もある程度成長するらしい。脳の変化の影響だろうか。新生児が時の変化に耐えきれずにすぐに死んでしまったように、脳が急激に変化したら何らかの異常が発生するような気もするのだが。

その点、本作の設定は都合が良い。トレントはやがて11歳だった姉マドックスを導くように、頼れる青年になっていく。たった一日で。
たった一日でカーラとの間に子供ができ、その子供を失い、カーラも失い、人生で体験する大きな出来事を怒涛のように味わって円熟したのかもしれない。

そんな中、ガイとプリスカは離婚寸前でこの旅行に来ていた。
ところが、異常事態に結束力を高めた二人は年老いて死にゆく夜、妻が浮気をしたことも、それによって歪みあっていたことも、穏やかに許し合えるようになっていくのだ。二人の最後の会話は、老夫婦が最後に交わす会話そのもの。
人生のトラブルを整理し、あれほど執着していた怒りや恨みは消え失せ、愛する人と寄り添って死を迎える準備を整えてしまっていたのである。
ビーチで迎えた人生の終焉で、ガイとプリスカは一方が寄り添って亡くなり、もう一方も程なくして数秒で息を引き取る。
夫婦が共に同じタイミングで亡くなるというのは、ある意味では幸福な終焉なのかもしれない。

歳を重ねるということは、「老い」への恐怖だけではないということもここで気付かされる。
皺を重ねた分だけ、人間は心にゆとりを持つことができる。執着心が減る。残された時間を愛おしく思える
通常の時間の流れの中でなら、年齢というものを前向きに捉えて、そういう変化を感じられる人もいるのだ。

両親の死を迎え、ついにビーチに取り残されたトレントとマドックスも、もはや脱出は諦めて、残りの15時間程度を余韻で味わおうとしていた。
そんな中、トレントはビーチに来る前に知り合って友達になったホテルマネージャーの親戚の少年、イドリブから託されていた暗号を思い出す。
そこに書かれていたのは、マネージャーの親戚だったからこそ知り得たイドリブだけが知る脱出の鍵を握る唯一の突破口であった。

サンゴ礁だけが鉱石の影響を受けていないのだ。
サンゴ礁は人間の救い。リゾートビーチの開発で美しいサンゴ礁が失われているとよく聞くが、より一層サンゴ礁の保存が大切に感じられる
トレントとマドックスは海底に眠るサンゴ礁の道を潜り抜け、無事にビーチの外の海へと脱出に成功するのだった。
そして、浜辺に落ちていたかつての行方不明者の手帳を証拠に、このビーチに招待される前に知り合っていた警察の観光客に自分たちが罠に嵌められた事、行方不明者たちが閉じ込められていた事を告発し、前代未聞の事件が明るみに出るのだった。

このビーチに誘われた招待客の共通点は、何かしらの病や精神病を患っていた人々であった。
ビーチを案内したホテルを運営するのは巨大な製薬会社。彼らの目的は、本来長期スパンでかかるはずの医薬品や特効薬の治験を、このビーチでたった一日で終わらせるということだったのだ。ビーチに被験者たちを閉じ込め、遠くから病の変化を観察し続けていたのである。
……狂ってやがる!!
いくら世界中の難病に苦しむ患者たちが救われるとはいえ、驚愕の治験……いや、非人道的な凶悪人体実験である。

ウェルカムドリンクに開発中の特効薬を混ぜて治験を開始するというのも、なかなか考え込まれた罠だ。
新薬のてんかん薬が10数年分の効果を発していたと言って、拍手喝采の研究室。
なるほど、これまでてんかんで苦しんでいたパトリシアがこのビーチに来て数年分時間が経過してから発作が止まらず亡くなったのは、薬によって抑え込んでいたからなのか。

サイコパスが集まってるのか、このラボは。
ならせめて全員が最後まで穏やかに死を迎えららるように、治験薬が入った一日分の個別ドリンクでも用意しておいてやれば良いのに。いや、用意されててもこんな場所へ閉じ込められるのは勘弁願いたいが。
穏やかに過ごすはずのリゾートホテルの意味深なウェルカムドリンクも、意味深な特別プランへの案内も、受けづらくなってしまったではないか。
日常に潜む危険な落とし穴と奇妙な世界に通じる扉
本作はまさに、ハリウッド版『世にも奇妙な物語』であったと思う。

この治験に関わっていた研究者ならびに観察者たちすべてが殺人に関与した極悪人たちである。
結局、何より一番怖いのは、自然が生み出した超常現象が起こるこのビーチなのではなくて、そういう危険を知ってて人を陥れて観察することに何の痛みや罪の意識も感じていない人間たちの方なのである。

そして同時に、時間の流れはいつの時代も不変であるという事実に改めて感謝の気持ちを抱いた。
別の星に移住したら、もっと早く時間が進むとか、もっと時間が遅くなるとか変化は生まれるのかもしれない。
でも私たちは生まれた時から変わらず、地球における同じ時間の流れを感じ続けている
1秒ずつ時を刻むことの大切さを感じ、年相応の体験を経て、前向きに「老い」て生きたいと願う。


(108分)