第1485作目・『リップヴァンウィンクルの花嫁』 | 【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

【発掘キネマ】〜オススメ映画でじっくり考察 ☆ネタバレあり☆

いつの時代も名作は色褪せません。
ジャンル、時代いっさい問わず、オススメ映画をピックアップ。
映画で人生を考察してみました。
【注意】
・ネタバレあり
・通番は個人的な指標です。
・解説、感想は個人の見解のため、ご理解下さい。

『リップヴァンウィンクルの花嫁』

(2016年・日本)

〈ジャンル〉ドラマ



~オススメ値~

★★★★☆

・岩井俊二監督、黒木華主演の心を掴むドラマ。

・胡散臭い男、安室を案じた綾野剛がハマっている。

・安室という人間の本質をどう解釈するか。


(オススメ値の基準)

★1つ…一度は見たい

★2つ…良作だと思う

★3つ…ぜひ人にオススメしたい

★4つ…かなりオススメ!

★5つ…人生の一本、殿堂入り

〜オススメ対象外は月毎の「ざっと書き」にて紹介



〈〈以下、ネタバレ注意!!〉〉



《あらすじ》


『中学の臨時教師をする七海はコンビニバイトやネットでの家庭教師などの掛け持ちをして生活費を補っていた。ある日、お見合いサイトで知り合った鉄也と出会い、とんとん拍子で話は進んでいき、愛があるのか分からないまま結婚してしまった。生徒からの嫌がらせもあったことから寿退社して家事と家庭教師を両立することにした七海だったが、七海は付き合いが少なかったため結婚式の参列者が足りず、SNSで知り合った安室という胡散臭い男に結婚式の代理出席を依頼した。多くのバイトが雇われた当日、安室の指揮の元で代理出席は相手方親族にバレずに成立した。新婚生活が始まったある日、徹夜の浮気を疑うきっかけを掴んだ七海の元に、見知らぬ男がやって来る。男は鉄也の浮気相手の恋人だと言う。数日後、男に呼び出された七海は体で償うよう強制され、風呂場に逃げ込んだ七海は安室に助けを求めた。ところが一部始終は盗撮されており、その映像がきっかけで七海は逆に浮気の疑いをかけられ、離婚を突き付けられる。すべては安室が仲介した別れさせ屋の手段だったのだ。全てを失い、路頭に迷っていた七海に何食わぬ顔をした安室は声を掛け、自身が仲介する仕事に誘い込む。


〜「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」〜


《監督》岩井俊二

(「スワロウテイル」「ラストレター」「キリエのうた」)

《脚本》岩井俊二

《出演》黒木華、Cocco、地曳豪、和田聰宏、夏目ナナ、玄理、野間口徹、芹澤興人、中島ひろ子、野田洋次郎、りりィ、原日出子、金田明夫、毬谷友子、綾野剛、ほか





【耐えきれないほどの世界の優しさ】

3時間という長時間に渡る作品だが、最後まで飽きることなく楽しめた。岩井監督らしく、優しく鋭く心を揺さぶってくるストーリーである。

インターネット上で知り合った恋人とあっさり結婚した七海。本当に愛してるのかどうか確信する間も無く結婚の話がとんとん拍子に進んでしまった。
彼女は非常勤講師として勤務している学校で生徒たちからの嫌がらせにあい、寿退社を理由にして学校勤めをやめる。両親は離婚していて、親戚付き合いや結婚式に呼ぶ友人などもいない。非常に内向的で声もか細く、穏やかな性格なのだ。
そのため、彼女が利用したのがSNSで紹介された人材派遣を営む男性、安室。再びインターネットで知り合ったこの安室という人間に、七海の人生は翻弄されていくのである。

リアルな世界での人付き合いはうまくいかず、インターネットで頼りにした人付き合いもうまくいかないという、どうにも窮屈に生きている七海の生き方に、前半はとにかく苦しい展開が続く
旦那が浮気をしていると思ったら逆に罠に嵌められて浮気を疑われ、義母から追い出される七海。自宅を失い、仕事を失い、行く場所もなく自分がどこにいるかも分からなくなって悲嘆するシーンは見ていて胸が苦しくなった。

七海を演じていたのは黒木華である。
改めて彼女の演技力の高さには驚かされる。昨年末まで放送していたドラマ「下剋上球児」では部員たちを厳しく鼓舞する教師を演じていたのに、本作では気弱で物静かな女性を演じている。
どちらの役もすごく自然にハマっていて、どちらも器用に演じるからその雰囲気のギャップに驚かされるのだ。

そんな寝食に困るほど追い詰められている七海に対して、なんのバイトなのかも詳しく知らせずに、
「100万円いらないですか?100万円。」
と淡々と追い詰める安室。非情である。
彼の仕事は人と人を繋ぐなどといったものではなく、ニーズのあるところに適当な人をあてがう仕事に過ぎないのだ。

そもそもこうなったのは七海から旦那の浮気の相談料をせしめといて、一方で「別れさせ屋」として裏からコソコソと一挙両得で働いていた彼のせいだというのに。七海を罠にはめたのは、他でもなく安室の仕業だったのだ。人助けをしているふりをして、両方の依頼者から利益を得ていたのである。
見事、七海は真実を知らないまま安室の思惑通りとなった。人が良すぎるというのも難ありだ。安室の口八丁な売り込みなど怪しさ満点なのに、愛する旦那よりも安室の言葉を信じてしまうのだから人間は不思議である。

ここまでは七海が家庭や仕事という平凡な日常から抜け出すまでのほんの序章の話。ここから七海は安室の不思議なバイトを請け負うようになっていく。
安室の人材派遣のバイトを受けるようになった七海は、ある一人の奔放な女性・真白と出会う。
お互い素性を隠して出会っているという性質上、真白のことは何も知らない七海なのだが、彼女の誰とでも親しくなれる明るい性格に七海は友人として惹かれていく。
ところが、真白もまた誰にも言えない秘密を抱えていた。安室が七海に紹介してくれた屋敷の住み込みメイドという謎の高額バイトも、そもそも真白のとある依頼によるものだったのだ。

本当はまったく違う依頼なのに、依頼者は「友達が欲しい」と望んでいるという嘘をついて七海を真白の死に巻き込もうとする安室。やはり安室は信用ならない。人の命も金になるなら軽いものだと考えているのだろう。
真白と七海の死体を引き取りに来た安室と納棺業者の死者への温もりのない冷めた会話がゾッとさせられる。
結局、真白は七海を生かしたので最悪の事態には至らなかったのだが、そんな裏の事実も知らないままでいる七海が不憫でもあった。

真白はアダルト女優を生業にしながら、彼女は給料として得たお金を奔放に使っていた。
七海はそんなお金の使い方を心配するのだが、真白は自分に向かってくるお店のサービスの優しさや気遣いに対する感謝の気持ちを抱えきれないと打ち明ける。それは自分なんかのために申し訳ないという気持ちが根底にあるからなのだ。
真白にとってお金を使うということは、世界の優しさに対する対価なのである。
お金というものにどんな思いを乗せるかは人によって違うだろうが、優しさや気遣いに対する対価であって、それを払わなければ世の中に溢れる幸福を抱えきれないという感覚は深く考えさせられた。



【お金以上の価値を見出した男】

一方、お金に関して安室は手際が良い。
例えば真白の実家に遺骨と遺産を持って帰った時も、真白と縁を切ったと言い張る実家の母親が墓の手配を進められないことを見越して、墓の手配を代行する分の書類も先に用意しておき、遺族の同意を得てその場で遺産を差っ引く
身近の人間が亡くなったことに関して、遺族の気持ちは一旦脇に置いてただ淡々と後始末を「処理」しているといった感じである。
乗っている車から察するに、それなりにこの仕事で荒稼ぎしているようだ。なんせ真白からの依頼には一千万円支払われている。
彼にとってお金はどんな意味を持つのだろうと感じさせられる。

そんな安室が終盤で感情を剥き出しにするシーンがある。
最後まで娘と分かり合えることがないまま喧嘩別れしてしまった真白の母親。不満や冷たい言葉を吐きながらも、アダルト女優だった娘の恥ずかしさを体感しようと、おもむろに服を脱ぎ出した母の苦しみと涙に触れた安室は、抑えていた感情が溢れ出るように号泣するのだ。
そして、彼女の苦しみと寄り添うように自らも服を脱いで恥ずかしさを体感する

これで一層安室という人間が分からなくなった。
ただ淡々と「処理」している男と思いきや、感情を剥き出しにする新しい側面も表に出す。安室も真白と同じように、人の気持ちがすごくよく分かるのだ。
人の気持ちが分かるから、人の弱みにつけ込むこともできるし、助けを求める人の心の隙間に入り込むこともできる
口八丁なだけでなく、人たらしになれるのだ。

人の心が分かり過ぎるという点では真白も安室も同じ。それをどう扱うかが二人は決定的に違っている。人の気持ちを理解できるということは、安室もまた似たような気持ちを味わったことがあるはずなのだ。まったく作中で語られることはないのだが、安室の人生には自然と重みを感じさせられる。

一方で共感して泣いているにしては大袈裟過ぎるというのも実に絶妙である。
安室は俳優もやっていると言っていたので、どこかに演技なのではないかという可能性が感じられるのだ。
そうだとすると、あのシーンは途端に白けて映る。七海だけは涙さえ流していても決して服は脱がなかった。そんなことをしても真白の気持ちは分からないという安室たちとは一線を画す想いの表れかもしれない。
果たして、安室の真意はどちらなのだろう。どちらでも良いのだろうか。確かなことは、安室は人の心を捉えることが上手いということ。
掴みどころの無い不気味な男。綾野剛の飄々とした演技がすごくハマっていた

ところで、この物語は誰の物語だったのだろう。
物語の登場人物には何らかの変化がないと面白くない。もちろん主人公は七海だ。七海はSNSで結婚相手と出会い、別れ、そしていつしかまた一人で暮らし始めた。誰かと共に歩むことで自分を確立していた七海が、最終的に独り立ちしたとも捉えられる。
でもだからと言って、リアルな対人関係に大きな変化が現れたとも思えないし、真白という大切な存在と出会って失って、また一人になったという単なる"経緯"に過ぎないように見える。環境として大きな変化は感じられない。
では、誰が変わったのか。本作においてもう一人変わったのは、安室ではないかと感じるのだ。

ラストで安室は七海の新居祝いに粗大ゴミの家具を分け与えていた。
以前の安室であれば、粗大ゴミであることを伏せて安く買い取らせていたかもしれない。ランバラルの知り合いなんでサービスしますよ、などとリップサービスを並べながら。ニーズのあるところに適当に人や物をあてがうのが彼の仕事だから。
しかし、終盤の安室はどれでも好きな物を引き取って良いですよと七海に声を掛ける。「粗大ゴミですよね?」と尋ねる七海に、「家具とも言えます。」と答える

価値のないものに価値を見出すのが彼の仕事だったとは言え、そこに値段をつけなくなったのは大きな変化だ。
七海が握手を差し出した時、照れながらもその手を握り返す安室。
それはこれまで人との繋がりに何の価値も見出していなかった安室が、人に対して無償で何かを尽くすということに僅かながら喜びを感じるようになったとも見える。
真白の実家での一件か、真白と最期まで寄り添っていた七海との一件か、何らかのドラマが安室の考え方を少しだけ変えたような気がした。


(180分)