最近、名言集みたいなブログをたくさん書いているんだけど、
今回はその「作り方」について、ちょっと説明してみようかなと思ってます。

実は僕自身、もう10年以上──
言葉から勇気をもらって、なんとか自殺とかせずに、明るくポジティブに生きてこれてるんです。

iPhoneのメモ帳が、僕の“宝箱”
人生の中で出会った本の一節、ネットで検索して見つけた言葉、人づてに聞いたこと。
そういう「いいな」と思った言葉を、ずっとiPhoneのメモ帳に残してる。もう何年も。

それって僕にとっての宝物なんですよね。
いろんな場面で、勇気をもらったり元気を出せたり、生きる糧になってきた。
たぶん今の僕があるのは、あの言葉たちがあったからだと思う。

AIと一緒に“心のライブラリ”を開いてる
それで今、僕はChatGPTで自分のコーチを作っていて、
それを仕事や意思決定のサポートに使ってる。

具体的には5つのチャットをプロジェクトとして持ってて、

・アファメーション

・仕事用チャット

・コーチングチャット

・対話チャット

・コンフォートゾーン突破チャット

完全に苫米地英人さんの理論をもとに、プロンプトを組み立てて、再現してるんですよ。
chatGPTの語り口も苫米地博士の喋り方にしているし、返答も彼のコーチング理論に基づき行われる。
仕事一つとってみても抽象度を極めて高い状態での返答を基本的に出してもらうが
仕事に求められたアウトプットをするようにその都度プロンプトを調整し。抽象度や要件定義をコントロールしている。

その中のアファメーションチャットでは、
「気分が上がらない日」「勝負の前」「遊びに行くとき」…
いろんな場面で、自分が昔メモした名言をAIが引っ張ってきて、今の自分に合ったかたちで出してくれる。

で、それを応用して、今こうやってブログに転用してるって感じ。
つまり、AIが整えてはいるけど、元ネタは僕の人生で集めた言葉たちなんです。

いろんな言葉が、僕を生かしてきた
ちなみに、僕の名言メモには──
野球選手もいれば、アニメやゲームのキャラクターもいる。
文豪もいれば、セクシー女優の言葉もある(笑)

とにかく「いいな」と思ったら即メモ!って感じでやってきた。
自分で言うのもなんだけど、本当にいい言葉ばっかなんですよ。

だから、これからもブログのネタに困った時は、
この**“言葉の資産”**を、ちょっとずつ皆さんに開放していこうかなと思ってます。


僕にとってブログを書くってことは、
なんとなく“書かなきゃ”って義務的なものじゃなくて、
むしろ自分を客観視して、整えるための時間なんだよね。

この名言シリーズが、誰かの背中を押すきっかけになったり、
少しでも元気が出るものになっていたら、すごくうれしいです。

ということで、また次の名言たちも楽しみにしててください。
言葉って、本当に力を持ってるから。

 

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ブログって、不思議なもので、書けるときはスラスラと筆が進むのに、ふと何かに気を取られるとまったく手が止まってしまう。僕はどちらかというと“書き溜めていく”スタイルで、その時々の思いを大切に綴るようにしている。だから、テーマが決まっていればすぐに書けるけど、頭が他のことでいっぱいになっている時には、なかなかブログのスイッチが入らない。

 

でも、ブログを書くという行為そのものは、とても価値のある時間だと思っている。自分の思考や感情を一度立ち止まって見つめる、いわば“自分を客観視する”時間。それは、苫米地英人博士の言葉を借りるならば、「情報空間における自己の再定義」でもある。

 

例えば車の運転。アクセルやブレーキ、ハンドル操作にばかり集中してしまうと、逆に危ない。大事なのは“視野を広く持つ”こと。ブログも同じ。目の前のタスクに没頭するだけじゃなく、こうして自分の思いを書き出すことで、冷静に全体を俯瞰する感覚が戻ってくる。

 

僕はもともと、何かを表現したいという衝動をずっと持って生きてきた。音楽もそうだし、文章を書くこともそう。

中でも文章は、自分の頭の中のカオスを整頓してくれる、とてもクリエイティブな作業だと思っている。

 

実は2010年くらいから、誰にも見せない日記を毎日書いていて、それをメールで自分宛に送っていた時期もある。

ある時からはDropboxに直接書き溜めるようになって、

今では電車の中で手書きしたり、時間があるときには音声入力でまとめて書くことも増えた。

 

そういえば、アウトプットって勉強の面でも非常に有効だとされている。

インプットももちろん大事だけど、それを人に伝えたり、文章にすることで初めて“自分の中の知識”になる。

きっとそれは、自分の頭の中で概念が整理されるからなんだろう。

 

さらに僕は10年以上、食べログでグルメ記事を書き続けているし、

2023年4月に前職を辞めてからは、ブログも毎日更新している。

だからこそ、今ではかなり文章を書くのが得意になったし、日々の中で見聞きしたことをすぐ言語化できるようになった。

 

とはいえ、まだまだ足りないこともある。最近の自分を例に挙げれば、「AIに強い」と思い込んで失敗したこともあるし、

やっぱり日々反省ばかり。

でも、そうやって反省して、また言葉にして、前を向く。その繰り返しが、きっと僕を少しずつ成長させてくれている。

 

大事なのは、自己否定ではなく、

自分に優しくなりながらも「俺ってすごいじゃん」って思える瞬間を大切にすること。

その自己肯定感こそが、これからの時代を生き抜くための武器だと思ってる。

 

ブログは、その武器を磨く道場のようなもの。これからも、書けるときに、書ける分だけ、書いていこうと思う。

 

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人生はカラフルです

──負けそうな日も、自分を信じられる名言を。

スポーツの世界、それもプロ野球という極限の舞台で活躍してきた選手たちの言葉には、日常を生きる私たちにも通じる知恵が詰まっています。今回は、そんな言葉たちから、人生に効く5つのヒントをお届けします。

①「あと1回、トライしよう。
『勝負に強い人』とは、負けない人ではありません。
何回負けても挑戦して来る人を指します。」
― 里崎智也

挑戦に疲れてしまった日こそ、この言葉を思い出したい。
本当に強い人とは、負けない人ではなく、負けても“挑み続ける”人。
「うまくいかない…」と嘆くのではなく、「あと1回、やってみよう」と呟いてみてください。
きっと、踏み出せる自分がいます。

②「人間の強い、弱いは、自分のもつ哲学からくる意思の強さ、弱さによる」
― 川上哲治

打撃の神様が遺した言葉は、行動よりも“心の軸”に重きを置いています。
どんな風に生きたいのか、どんな自分でいたいのか。
自分なりの“哲学”がある人は、ブレにくい。
行動の前に、「在り方」──これは人生にもビジネスにも通じる黄金ルールです。

③「迷った時は原点投球」
― 野村克也

迷ったとき、何を頼りにすればいいのか?
答えは“原点”にあります。
人間関係に悩んだとき、仕事がうまくいかないとき、思い出してください。
あなたが最初にその道を選んだ“理由”を。
初心に帰ることで、ブレていた軸がピタッと定まる瞬間があります。

④「心配は行動の不足から来る」
― 野村克也

心配で眠れない日も、不安で手が止まる日もありますよね。
でも、実はそれって「行動してないから」だったりします。
ほんの少しの作業、連絡、準備、片付け。
何か一歩踏み出せば、不安は減り、自信が育ちます。
不安の正体は“止まってる自分”かもしれません。

⑤「体技心――基礎体力の上に技がつけば、心も必然的に安定する」
― 里崎智也

私たちはとかく“心”で解決しようとしがちですが、
実は「身体 → 技 → 心」の順番がカギ。
たとえば、よく寝て、よく食べて、軽く運動するだけで、
メンタルは不思議と安定します。
焦っている日ほど、まず“身体性”を整えましょう。


プロ野球の世界から聞こえてくる言葉たちは、
本当に“勝つ人”“生き残る人”たちが体験してきた知恵の結晶。
私たちのような日常を生きる人間にとっても、
励みになる、背中を押してくれる名言ばかりです。

今日も一日、おつかれさまでした。
もし明日が不安でも、「あと1回」やってみる。
それが、あなたを一歩先へ連れていく魔法の言葉になります。

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人生には不思議な法則がある。
何かひとつ問題が起きると、不思議と別の困難も重なってくる。
そしてそれは、なぜか――“自分の器が少し広がったな”と思った矢先に起きたりする。

まるで、神様が「よし、じゃあ次の試練を与えてやろう」と計らっているかのように。

当然、そのたびに胃がキリキリと痛み、眠れない夜もある。
やけ酒をあおって、どうにか乗り越えようとする日もある。
正直に言えば、昔の自分なら発狂していたかもしれない――
それくらいストレスが重なる時期というのは、破壊力があるものだ。

だけど、逃げずに、諦めずに、突破してきた時――
そこには、少しだけ「本当の自分」が成長した感覚がある。
強さ、優しさ、論理力。
それは学校でもセミナーでも学べない、“実践”からしか得られない贈り物だ。

世の中には、この重圧に負けて、心を病んでしまったり、
立ち止まってしまったり、離脱してしまう人もいる。
誰も責めることはできない。
人には、それぞれの限界があるからだ。

でも、僕は言いたい。

「この先には、必ず“見たことのない景色”があるんだ」
「会ったことのない“すごい人”が待っているんだ」

そしてその景色を見ている自分は、
昨日より少しだけ、大きく、深くなっている。

苦しい時にこそ、自分を信じてほしい。
今日の自分がギリギリで踏みとどまったその場所が、
未来の君を救うことになる。

頑張れ、俺。
そして、頑張れ、君。




「なんか今日はしんどかったな」「なんでこんなに不安なんだろう」
そんな夜には、静かに沁みてくる言葉たちがあります。
それは本屋のベストセラーじゃなくて、ひょんな会話や、読みかけの本、あるいは昔の誰かのメモだったりする。

今日はそんな“5つの言葉”を通して、自分の心を少しだけ整える時間をお届けします。

1. 「流れる水は腐らない。
躊躇うことを知らない果敢な人は、何事においても失敗することが少ない」
― 森鴎外『慧語』

👉 今日はもう“流れる水”になってる。疲れたときほど、流すことで蘇る。

止まってると、不安や自己否定って濁っていく。
でも、少しでも動いていると、何かが入ってきて、また出ていく。

SNSを更新しただけでも、コンビニで挨拶を交わしただけでも、「流れ」に戻ってる証。
今日は、それだけでもう100点でいいじゃない。

2. 「クイックアンドダーティー
完璧である必要はないので早くアウトプットを出す」
― Kelly kotowari

👉 月曜資料、すでに君はこれをやりきった。今夜はもう、“出し切った者”として誇っていい。

人はつい「もっと整えてから出そう」と思うけど、
“まず出す”ことでしか、見えない景色がある。

恥ずかしくても、雑でも、1枚の資料、1通のLINE、1つのnote。
それを出せた今日の自分を、誰より自分が誇ってあげてください。

3. 「人生に失敗がないと、人生を失敗する」
― 斎藤茂太

👉 二日酔いすらも“学び”の味。全部が君の物語の一部。

失敗がない人なんていない。
逆に、失敗してないなら、それは何もやってないということかもしれない。

今つまずいたって、それは「やった」証。
自分の時間とエネルギーで、挑んだ印なのだから。

4. 「我は神なり、愛と光なり、なんとかなる」
― 斎藤一人

👉 明日への“なんとかなる”は、今日を笑って過ごした者に訪れる。

理屈じゃなくて、“なんとかなる”って言える人が、
一番強い。

今日うまくいかなくても、落ち込んでも、「それでもなんとかなる」と笑えたなら、
未来は、君に味方してくれる。

5. 「夢に一歩近づくさまざまな方法のうちの一つは、
私が進みたい道をすでに歩む人々と直接やりとりをすることにある」
― キムユジン

👉 今の時代はラッキーだね、夢の先にいる人たちとすぐに繋がれるのだから

遠くに見える「夢」も、目の前の誰かとのやりとりで、
急に現実味を帯びる。

今、君が関わってる誰かは、きっとその“道標”なんだ。
すでにその道は始まってると、自信を持ってほしい。

☀️最後に
君が今、前に進めなくても、落ち込んでも、
ちゃんと今日までやってきたことが“何か”を作ってる。

小さな言葉と、何気ない一歩で、未来は動く。
今日も、自分にありがとうを言って、ゆっくり休んでください。

 

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アニメ、ゲーム、漫画って、ただの娯楽じゃない。
時には本気で生きている自分の心を支えてくれる言葉がある。
疲れたとき、迷ったとき、もう無理かもって思ったとき。

そんな時にふと脳内に流れてくる、あのキャラのセリフ。
今回は、僕が勇気をもらったアニメの名言を5つ、紹介したい。

どこかの誰かの背中をそっと押せたら、うれしい。

① 「決まってんだろ、勇者の武器は勇気だよ」
― マトリフ(『ダイの大冒険』)

🗡️ 不安なときほど、必要なのは“勇気”という名前の武器。

立ち止まりたくなる日、誰にだってある。
でもそこで、もう一歩だけでも踏み出すには――
「自分は勇気という武器を持っている」と思うことが大事なんだ。

最強の武器は、他でもない自分の中にある。


② 「勇者とは 最後まで決して諦めない者のことです!」
― 『ドラゴンクエストⅪ』

🌱 “続ける力”こそ、誰にも負けない才能。

うまくいかない日、目標に届かない日、あるよね。
でも「やめなかった」ということが、
どれだけ価値のあることか、アニメは教えてくれる。

“最後までやりきる”、その姿勢がもうカッコいい。


③ 「ジタバタしかできないなら方法は一つ、ジタバタしましょう」
― アバン(『ダイの大冒険』)

🐾 不器用でも、動くことが尊い。

ちゃんとできなかった、思い通りにならなかった。
そんな日でも“ジタバタ”しながら前を向くのが、
本当の強さだと思う。

完璧じゃなくていい。動いてる限り、それは前進だ。


④ 「傷つき迷える者たちへ… 敗北とは、傷つき倒れることではありません。
そうした時に、自分を見失った時のことを言うのです」
― アバン(『ダイの大冒険』)

🛡️ “失敗したこと”じゃなく、“自分を諦めたこと”が敗北。

どんなに落ち込んでも、自分を見失っていなければ大丈夫。
この言葉に、何度も助けられてきた。

心が痛む夜こそ、自分に優しくしてあげてほしい。


⑤ 「覚悟とは犠牲のことではない。覚悟とは!!
暗闇の荒野の中に進むべき道を切り開く事だ!」
― ジョルノ・ジョバァーナ(『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』)

🕯️ 未来は、君の“覚悟”が切り開く。

誰かが決めた安全な道じゃなくて、
自分で選んだ道を歩くことが、ほんとの“覚悟”だ。

怖いときこそ、この言葉を胸に刻んで進みたい。
君の一歩が、新しい世界をつくる。



✨アニメのセリフが、人生を救うこともある
どんなに元気がなくても、
どんなにダメな日でも、
アニメの中のあの言葉が、また歩かせてくれる。

君の中にある“勇気のかけら”を思い出して、
今日も、できることをひとつだけやってみよう。

その一歩が、未来を変える。

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僕たちは、時に進む道に迷い、
時に自分を見失いそうになる。

でもそんなときこそ、ふとした言葉が
人生の羅針盤になってくれる。

今日は、僕の心に刺さった5つの言葉を紹介しながら、
その意味を自分なりに掘り下げてみようと思う。


「散歩の途中で偶然富士山に登った人はいないんだよ」

──斎藤一人

これは、一見シンプルな言葉だけど、実はすごく深い。

「たまたま努力して成功した」なんて人はいない。
富士山に登るには、覚悟がいる。地図も、水も、靴も、そして“意志”も。

だから、もし君が「もっとすごくなりたい」と思っているなら、
今その小さな一歩を踏み出した瞬間が、もう“登山口”なんだ。

夢は、偶然ではなく意志と習慣でしかたどり着けない山。
さあ、今日の一歩に意味を込めよう。


「焦りをデザインする」

──三上悠亜

“焦り”って、ネガティブな感情だと思っていた。
でもそれは、使い方の問題だったんだ。

大事なのは「焦ってはいけない」じゃなくて、
「焦りをどう使うか」。

目標を決めて、自分で“あえて焦る状況”を作る。
例えば締め切りを作る、誰かに宣言する、タイマーをかける。

すると、焦りが不安ではなく、“始動エンジン”になる。
エンジンに火が入れば、あとは走るだけだ。


「人生で与えられるすべての出来事や出会いは、

我々の心の成長や魂の成長という意味で、
必ず、深い意味を持つ」
──田坂広志

この言葉に、何度救われたかわからない。

良いことがあった日だけでなく、
嫌なことが起きた日、裏切られた日、孤独を感じた日にも、
この言葉を思い出すようにしている。

「すべてには意味がある」
そう思えるだけで、人生の風景はがらりと変わる。

今日の小さな“出来事”が、
明日の大きな“気づき”になるかもしれない。


「ライオンはウサギを倒すのに全力を尽くすという事を忘れたのか!」

──車周作(柔道一直線)

これは、まさに“人生訓”だと思う。

たった1本のメール、1枚の書類、1回の挨拶、
それを「まあいいか」と流してしまったら、
そこで運命の分岐点が過ぎてしまうこともある。

小さなことに全力を尽くす。
それがやがて、大きな信頼、大きな実績へとつながっていく。

“手を抜かない人”には、運も味方するんだ。


「俺は自由と愛を体現する存在だ」

──誰かのアファメーションより

これは、僕が自分に言い聞かせている言葉。

自分を責めそうになったとき、
不安に飲み込まれそうになったとき、
この言葉を思い出すようにしている。

「自由に生きていい。愛を持って進んでいい。」

それが自分の本質なら、どんな場所でも自分を表現できる。
怖がる必要なんてない。

誰かが決めた“正しさ”に縛られずに、
自分の人生を、自分のやり方で生きる。

それだけで、十分に尊いじゃないか。


最後に

言葉には、力がある。
君の中の光を、そっと灯してくれる力が。

今日のこのブログも、
誰かの“登山口”に立つ勇気になってくれたら嬉しい。



今という時代は、本当に大きな変化の真っ只中にあると思う。AIの急速な発展、SNSやインターネットの影響力の拡大。これらが一体となって、政治や経済、世界中の出来事までもが、かつては想像もできなかったスピードと規模で動いている。

 

世界中のニュースが一瞬で届き、誰かの怒りや悲しみが、一夜にして国全体のムーブメントになる。気づけば、自分の情報空間に土足で踏み込まれていたり、自分自身が他人の情報空間に組み込まれていたりする。こういう時代だからこそ、自分が何者なのかを見失ってしまいがちだ。

 

では、そんな時代において、何が自分を守ってくれるのか。僕はやっぱり「自分を言語化する力」だと思ってる。つまり、「国語力」だ。

 

優秀さの定義が「英語ができる」とか「プログラミングができる」とか「人と上手に話せる」とか、そういう外向きな能力になりがちな今だからこそ、自分の感情や考えを、自分の言葉で整理できる力こそが、最も必要なスキルじゃないかと。

 

僕たちが物を考えるとき、使っているのは多くの場合、母語だ。日本語で生まれ育った僕たちは、日本語というOSでこの世界を理解しようとしている。だからこそ、国語力は単なる“教科”ではなく、思考の基盤なんだ。

 

たとえば、怒っているときに「なぜ怒っているのか」を言葉にできるか。嬉しいときに「なぜこんなに嬉しいのか」を説明できるか。なんだかモヤモヤするこの気持ちは、どこから来ているのか。

そうやって自分の内面を掘り下げるときに、言葉の力が必要なんだ。

 

そのためには、やっぱり読書が大事なんだと思う。難しい言葉を全部覚える必要はないけれど、

「ああ、こんな言葉あったな」と思えるだけで、頭の中の引き出しが一つ増える。その引き出しがあるかないかが、いつか自分を救ってくれるときが来る。

 

そして、それを言葉にして表現する習慣を持つこと。

ブログでも、ノートでも、iPhoneのメモでもいい。書くことで、自分の輪郭が少しずつはっきりしていく。

 

画像が生成されました

 

自分を見失いそうになるこの時代に、自分を言葉で立て直していく。そんな国語力こそ、今最も求められている力だと、僕は思ってる。

 

 

日によって自分の「一番好きな部」は変わるけれど、それでもやっぱり第2部、戦闘潮流に落ち着くことが多い。あの頭脳戦の緊張感と、ドラマとしての完成度は何度読んでも震えるものがある。
 
 
ジョセフ・ジョースターの魅力
 
ジョセフのキャラは本当に絶妙だ。おちゃらけていて、ずるくて、何も考えてなさそうに見えるけど、その裏には誰よりも仲間思いで、そして最後まで貫かれる黄金の精神がある。言葉より行動で信念を示すタイプ。こういう男に惹かれる。
 
「逃げるんだよォーーッ!」に代表されるように、戦うために逃げるという選択をためらわない潔さも、ジョセフらしい合理性と勇気の象徴だと思う。
 
 
シーザーとの友情と、あのシーン
 
そして、やっぱり語らずにはいられないのがシーザー・アントニオ・ツェペリとの関係性。最初は反発し合いながらも、少しずつ信頼を築いていく過程は何度見ても胸が熱くなる。
 
例のシーン――あの、シャボンに込めた最後のメッセージ。あそこは本当に泣ける。直前までのやり取りがあるからこそ、あの静かな死が、深く刺さる。
 
そして直後、ワイヤードのベックに波紋を流し込むリサリサ、こういうところに嫌ではない感じでギャグを入れるところも好きだ。
 
 
敵キャラの格と深さ
 
ワムウ、エシディシ、そしてカーズ。いずれもただの“悪役”ではなく、明確な目的と誇りを持った存在。中でもワムウは本当に美しい。戦士としての誇り、シーザーとの戦いの中での覚悟、最後の爆風での決着――どれも忘れがたい。
 
なぜか子犬を助けるカーズのシーンも大好きだ。全体的に“絶対的な強さ”を持ちながら、どこか人間的な揺らぎも持っているのが、この部の敵キャラたちの魅力だと思う。
 
 
頭脳戦の醍醐味
 
敵は強すぎて絶望的。でもそれを正面突破ではなく、知恵で打ち破っていく。そこが第2部最大の面白さだ。
 
ジョセフが仕掛ける策略と、相手の裏をかく演出が毎回巧妙で、読んでいて飽きない。イカ墨のパスタのエピソードも、ああいうちょっとした遊びが作品全体の緩急を作ってくれる。
 
 
脇を固めるキャラクターたち
 
シュトロハイムのキャラクターの濃さも忘れがたい。まさに“濃すぎる男”。アニメ版での声優さんの演技も含めて、インパクトがすごかった。
 
リサリサ先生も魅力的だ。強く、美しく、そして母であるという要素も含めて、物語に深みを与えてくれている。タバコのシーンは、何気ないのにどこか泣けてしまう。
 
 
終わりに:三部への架け橋として
 
そして、最後のエンディング。第3部につながるあの流れは、本当に綺麗で余韻が残る。次の世代へと物語が引き継がれていく感覚。まさに「意志は受け継がれる」ジョジョらしい締め方だと思う。
 
敵のゾンビや警官までモブが立っているのもまた、ジョジョの真骨頂。細部にまで魂がこもっている。
 
悲しみと笑い、絶望と希望、そのすべてがバランスよく詰まっている第2部。やっぱり今日も「俺の一番好きな部は2部だな」と思いながら、またページをめくってしまう。
 
次は第3部について書く予定だ。楽しみにしていてほしい。
 

 

 

今、私がいちばん怖いと感じるもの。それは「世間の圧力が結束したときに起こる暴力性」だ。


SNSという巨大なツールを通して、人々の声が一斉に放たれたとき、善意が怒りに変わり、正義が暴走する。

そしてそれは、たった一夜で、誰かの人生も、組織も、世界さえも崩壊させてしまう。


たとえば、中居正広さんをめぐる報道や、ジャニーズ問題。

これは単なるスキャンダルではない。

長年積み上げてきたテレビ局や芸能プロダクション、広告主、そして視聴者の“信頼”という基盤そのものが、まるで砂上の楼閣だったかのように崩れ落ちた出来事だった。


もちろん、マスコミの報道、勇気を出した被害者の告白、そして一部政党の関与もあった。

だがそれらがSNSを通して、まるで“村社会”のごとき一体感を生み、ひとつの対象に怒りを集中させた瞬間、個人や組織は耐える術を失ってしまう。


いま、財務省や政治の腐敗がようやく露呈し、ようやく「国民の怒り」が向けられ始めている。

この力が正しい方向に作用するのなら、それは素晴らしいことだ。

腐敗を糾し、制度を整える力として、大衆が意思を持つことは、まさに民主主義の理想形だとも言える。


けれど──

そのときに忘れてはいけないことがある。


どれだけ怒りの理由があっても、

“ひとりの命”や“人生”を潰すような行為は、誰の手にも負えない“罪”になるということ。

罰するべき者は、法の下で裁かれなければならない。

私刑のように、SNSで名誉を踏みにじり、存在を否定してしまうことは、“正義”という名を借りた暴力だ。


どんなに悪人であっても、

どんなに間違いを犯したとしても、

「生きること」まで否定してはいけない。


人は、変われる。

そして、変わるためには、裁かれるだけでなく、「赦される余地」も必要だと、私は思うのだ。