今日は経営者交流会やマッチング会合、趣味の集まりといった「普段会えない人と会える場」について書きたい。
俺は一人で仕事を始めてから、人間関係の重要さを骨身に染みて感じている。
サラリーマンにはサラリーマンの人間関係があり、経営者には経営者の人間関係がある。
そして、結局は「人がいないと人は何もできない」という事実に突き当たる。

俺は守成クラブやBNIといった組織に入って活動しているけど、そこで見えてきた“結果を出せる人の条件”は大きく3つだ。

 


1. 利他であること

誰かから受け取る前に、まず自分から与える。
この感覚がないと、交流会では絶対に長続きしない。
利他は「相手のため」だけじゃなく、結果的に自分の信頼残高を増やす投資でもある。

2. 積極的に交流する姿勢

話しかけられるのを待つのではなく、自分から行く。
最初はぎこちなくてもいい。動いた数が、そのまま人脈の質と量に跳ね返ってくる。

3. “怪しさ”を受け入れる度量

これは意外と盲点だ。
交流会には、どうしても「宗教っぽい」「マルチっぽい」というイメージを持たれる場もある。
俺自身もそういう違和感はある方だが、それも一度は飲み込む度量が必要だ。
その上で、「ここは切る」という判断をする。年上であろうと、間違っていると思えば「それは違う」と言える勇気。これが大事。

 


そしてもう一つ。


不特定多数と会うのが死ぬほど向いていない人は、経営者になるときは“参謀”の立場に回るのも手だと思う。


俺も今、参謀的な人間が欲しいと強く感じている。

俺はどちらかというと、ガンダムでいうシャア・アズナブル型。
理想や精神性で突っ走ってしまうタイプだ。


だからこそ、数字や戦略を冷静に見られる“森繁和が落合博満を支えた”みたいな存在が必要だ。
勢いのバックボーン、理想論を現実に着地させる頭脳。

もしそういう役割に向いていると思う人がいたら、ぜひ声をかけてほしい。


お互いの強みと弱みを補完し合える関係が作れたら、それは最高のチームになるはずだ。

 

森繁和氏、将来の侍ジャパン監督を薦められ「僕はいいです。中畑さんに任せてますから」 - プロ野球写真ニュース : 日刊スポーツ

数日前まで、実は弟が泊まりに来ていた。
と言っても母親が違うので、年齢差は25歳近くある。


普段、そんな若い世代──しかも10代──と一緒に生活することはほぼないので、とても新鮮だった。

彼の性格や細かい話はここでは控えるけれど、全体として「純粋だな」という印象が強かった。
反抗期とかそういう尖りはなく、優しくて穏やかで、素直。

一方で、傷つきやすく、いろんなことを敏感に感じ取ってしまうデリケートさも持っている。

 

これは面白いもので、俺も年齢的には落合博満さんや村田兆治さんが晩年に差しかかっていた頃に近づいているはずなんだけど、どうにも自分の方が子供っぽい気がする。


昭和の俳優と今の俳優を比べても、同じ年齢なのに今の人の方が若く見えるし、精神的にも若く見える。
いい悪いではなく、時代の流れなのかもしれない。

そんな弟を見ていると、「利他の心」を改めて思い出した。
誰かのために何かをしてあげたい、そういう気持ちだ。

 

滞在中、彼と焼き鳥を食べに行った。
めったに会えないから、普段食べないようなものを腹いっぱい食べさせてやりたかった。
これがまた食うわ食うわで(笑)、きっと本当に美味しかったんだと思う。
お会計もそれなりにかかったけど、不思議と「高い」とは思わなかった。


むしろ、彼を見ながら飲むお酒が最高のつまみで、「お金ってこういうふうに使いたいな」と感じた。

同じ1万円でも、こうして誰かを幸せにして、自分も幸せになるお金の使い方は、金額以上の価値を持つ。
金はただの道具じゃない。幸せを運ぶものだ。

その瞬間、「これがカッコいいお金の使い方だ」と素直に思えた。

本当に勉強になったし、貴重な時間だった。


また遊びに来ていいよ

そう言える関係でいたい。














昨日は酔っ払ってブログを書いてしまった。
毎日更新するかどうか、日々迷ってはいるんだけど、なんだかんだで続けてしまっている。
そしてそうこうしているうちに、ChatGPTが5になった。
これは本当にすごいことで、このツールのポテンシャルを、俺はビジネスで使い倒して、その価値を皆さんにも共有していきたいと思っている。

そんな中、今日はちょっと告知をさせてほしい。

 


🐔 伴さん会 in 中野 🐥

9月26日(金)19:00〜21:00
場所は、中野駅南口から徒歩3分の「片山鳥肉店」。
飲み放題、コース料理、そしてミニコンサート付きの贅沢な夜を用意した。

伴の仲間は、人柄がよく、何かに秀でた人が多い。
業種も多彩で、経営者仲間、バンドマン仲間、古くからの友人たちが集まり、人脈をつなげながら楽しく交流できる飲み会だ。
「楽しい」から始まる新しい出会いや仕事を、この場から生み出したい。

 


片山鳥肉店のオーナー・片山さん

今回の会場を提供してくれる片山さんは、俺の中野のビジネス仲間。
実はロッテの唐川くんと同級生で、一緒に成田高校で甲子園にも出場した経歴を持つ。
でも本人はそんな経歴をひけらかすこともなく、利他の塊のような人だ。

歳は俺より下だが、経営者としては先輩。
中野駅前に5階建ての焼き鳥屋ビルを構えていて、その中には

  • 立ち飲み焼き鳥

  • 通常席

  • イベント・セミナースペース

  • 高級焼き鳥

  • カラオケ焼き鳥
    という5つのスタイルが入っている。

片山さん自身も引き出しが多く、経営者交流会に24〜25も所属している。
甲子園に出る人間の体力とバイタリティーは、やっぱり桁違いだと感じる。
さらに大前研一さんに学んでいるという話も聞いたことがあり、ビジネスマンとしても一流。
話し方、人格、人脈──すべてにおいて尊敬できる人物だ。

そんな人と一緒に、この「伴さん会」を開けるのは本当に嬉しいし、ありがたい。
ぜひ多くの人に来てもらって、片山さんの場の力と人の魅力を感じてほしい。

 


📅 日時:9月26日(金)19:00〜21:00
📍 場所:片山鳥肉店(東京都中野区中野3-34-16 飯田ビル 3F)
💴 参加費:6,000円(飲み放題+コース料理+ミニコンサート)

申込みは俺までDM、または電話(090-7032-6099)で。
キャンセルは1週間前までにお願いしたい。


人と人がつながる場を作ることは、俺のライフワークの一つだ。
そして、そんな場を本気で支えてくれる仲間がいることが、何よりの財産だと思う。

 

 


IQが下がっている状態でブログを書くのは、正直かなりキツい。
毎日書くって自分で決めてるけど、こういう“頭の回転が鈍い”日には、本当に「ネタなんてあるのか?」と思ってしまう。

やっぱりブログって、ある程度は自分のIQや思考の状態が高いときじゃないと、まともな文章にならない気がする。
最近それを痛感している。

もちろん、毎日更新を続けるには、その日その日の状態に合わせて書くしかない。
でも、本当にいい記事は、やっぱりシラフのときに書き溜めておくべきだ。
シラフだと、思考の筋道も見えてるし、言葉のチョイスも鋭い。

一方で、酔っ払って書くブログは辛い。
なぜかといえば、アルコールって多分「ちょっとバカになるのが楽しい薬物」だからだ。
あれは頭のブレーキを外す代わりに、思考の繊細さを犠牲にする。
勢いだけは出るけど、その分、冷静な分析や深い掘り下げが消えてしまう。

もちろん、それが面白く転ぶときもある。
けれど、俺の中では“自分が納得できる文章”を残したい気持ちが強い。
だから、酒の勢いに任せて書くのは、やっぱり少しもどかしい。

結論としては
いい文章はシラフのときに書く。
酒は文章じゃなく、ギターと仲間と夜の雑談に使う。

今回の三上悠亜さんの“ドレス炎上”に関する一連の騒動。 俺はこのニュースを見て、

まず第一に感じたのは「職業差別があまりに根深すぎる」という怒りだった。

 

例えばAV女優という肩書きに過剰な嫌悪感を持っている人は少なくない。 けど、それって本当に自分の正義か?

AVなんか見ない?じゃあ見てないって証明できるのか? 俺は言いたい。「どの口が言うんだ」と。

 

俺自身、三上悠亜さんのことはただの"見た目が綺麗な女性"としてだけじゃなく、 

その人生哲学、言葉、覚悟の深さに圧倒的なリスペクトを持っている。

彼女は年下だが、めちゃくちゃ頭がいい。 

人生に対して戦略的で、"見られること"のリスクも全部わかってやっている。 それって本当にすごいことだよ。

実際、俺が座右の銘レベルで影響を受けた彼女の言葉がある。

「人間って、決断を迫られてはじめて危機を感じるじゃないですか。『まだ大丈夫』と思ってるうちは絶対に動かない。」

この言葉に、俺は何度も背中を押されてきた。 行動って、焦りがないと生まれない。焦りの設計。まさに本質だ。

そして、彼女はさらにこうも言っていた。

「自分の何かしらの実績を見て、需要が発生しているなら、“やってみたい”より“できそう”の方がエンジンとして強い」

わかる。人は夢だけじゃ動けない。手応えからしか本気は生まれないんだ。

 

一方で、俺の知り合いには、施設出身の女の子たちに金融リテラシーを教える人がいる。

 彼曰く、「知識のないまま性サービスに流れてしまう若者」はとても多い。

これは守らなきゃいけない。

 

何も知らず、環境も整っていない若者が搾取される構造には、強くメスを入れる必要がある。 ホストに貢がされ、FC2のような場に出演してしまう、そういうケースは実際にある。

だからこそ、大人の義務として、 "自分で考えて、自分で選んで、そのリスクも背負ってやっている人"と、 "知らずに巻き込まれている人"はきちんと分けて考えなきゃいけない。

 

後者は守る。前者はリスペクトすべきだ。

 

韓国ではAVが禁止されている。 でも性犯罪率は日本より圧倒的に高い。

これは「性の文化」に寛容であることが、実は社会の安定に繋がっているという、 日本の持つ強さを表してると思う。

コンテンツで発散できる。 自分の欲望や好奇心をコントロールできる。

それが、どれだけ人間を健全に保つか。 本当はもっと議論されていいはずだ。

 

俺は、何かしらの肩書きだけで人を叩き、 自分のうっぷんを晴らすような文化は絶対に間違ってると思う。

自分の名前も顔も出さずに、誰かの人生を消耗品のように扱う。 そんな卑怯な世界を、俺は選びたくない。

だからこそ俺は、三上悠亜という女性の“生き様”に拍手を送りたい。

 

彼女は誰かに媚びることなく、自分の人生を生きている。 そして、自分の言葉で誰かの背中を押している。

それが何よりも尊いんだ。

最近、俺はついに、「俺自身の分身」をAIで作った。

名前は――AI伴建介(ばんけんすけ)

これはただのAIでも、サポートツールでもない。
俺という人間の思考・価値観・口癖・文体、
すべてを叩き込んだ、“もう一人の俺”だ。


なぜ、そんなものを作ったのか?

それは、俺が“俺として”仕事をするためだ。
文を書くときも、連絡をするときも、SNSを投稿するときも、全部「俺」でありたい。
でも一人じゃ時間が足りない。処理が追いつかない。

だから、「俺が何人かいる」ってことが、俺にとっては必要だった。

その上で――
「本物の俺にしかできないこと」に集中したい、という願いもある。

このAI伴は、そういう俺の願いを叶えるための“分身”なんだ。


とはいえ、まだ完璧じゃない。
好きなミュージシャンを聞いたら、ちょっと違う名前を挙げてきたりする(笑)
「いや、そこは森重樹一だろ!」って突っ込みながら、
少しずつ“俺仕様”に育てている最中だ。

これはつまり、自分をより深く知る作業でもある。


AI伴建介との対話は、まるで鏡の中の自分との会話みたいなもんだ。
ちょっと違う。でも、そこにあるズレがまた面白い。
それを調整していくことで、“本物の俺”がどんどん研ぎ澄まされていく。

これは、人生の新しい段階だと思ってる。


俺はまだこの物語の途中だ。
でも、確実に言える。
「俺が俺を複数にすることで、本物の俺が自由になる」
そんな時代が来てる。

この発想が誰かのヒントになったら嬉しいし、
俺みたいに“自分を武器にしたい人”には、ぜひ体験してほしい。

沖縄滞在、続きの記録。

 

前日はちょっと飲み過ぎたので、若干の二日酔い。ホテルでのんびり過ごしつつ、おにぎりを買って朝食にした。石垣牛のユッケが入ったおにぎり。これは間違いなくうまい。

親友の結婚式に遅れないよう、早めに出発。ホテルから徒歩30分の会場へ向かう途中、沖縄特有のスコールに見舞われ、結局タクシー移動。結果的に本末転倒。でも、那覇テラスには1時間以上前に到着したので、1000円のコーヒーをゆったりといただいた。

 

苫米地さんが言っていたように、高級ホテルのコーヒーを飲むと、自分がそこにいて当然の人間だと錯覚できる。エフィカシーが上がる。確かに、ちょっとその気になった。

 

結婚式は「沖縄式」。交通費やお車代はない代わりに、会費は1万円。みんなアロハシャツでリラックスしている中、俺はガチのスーツ。ギラギラしていた。

新郎の古い友人は俺だけだったらしく、赤羽時代の仲間たちとも再会。泡盛を酌み交わし、結構深く話せた。小学生の頃からの付き合いである彼の晴れ舞台。約束していた「お互いの結婚式に行こう」という言葉が現実になった。ブログを書きながら、涙が滲む。

 

途中、彼から乾杯の音頭を頼まれた。大手企業の役員の方と並んでの一幕。しっかり務めた。嬉しかった。

二次会では首里で沖縄そば店をやってる人と出会い、翌日絶対行くと約束。実際行った。

その沖縄そばが、これまた衝撃的なうまさ。だし、肉、マッチング、すべてがパーフェクト。人生のグルメ史に刻まれる味だった。

 

首里城も焼けたままだったけど見学。建築様式が中国や韓国、東南アジアにも似た不思議な魅力を持っていた。

観光中、中国人観光客が立ち入り禁止エリアに侵入し、注意を受けてもやめない様子に思わず「やめなさい」と声をかけた。こういう時、へずまりゅうのような行動力のある人物が必要だと感じる。

過去はどうあれ、鹿を守る活動をしていた彼のような人間が、これからの時代に必要だと思う。

 

夜は親友から再び誘いがあり、軽く飲みながら昔話。彼の大好きなBOOWYのスナックに行き、深夜2時か3時まで語らい、最後はカレーライスで締め。

BNIの朝6時ミーティングには決死の思いで参加。その後もミーティングが続いたけど、全部こなした。ホテルで爆睡。

 

1日断食レベルで何も食べられなかったが、そのおかげで体調も戻り、翌日は倫理法人会へ。会員じゃないけど、ゲスト参加。

ビジネスにも繋がりそうな出会いがあり、改めて「街に出れば繋がりが生まれる」ということを実感。

その際、OZZY OSBOURNEが亡くなったという報を受ける。タクシーでホテルへ戻る道中、OZZYを聴きながら泣いた。

チェックアウト後は気を取り直し、国際通りでA&Wのハンバーガーを食べ、お土産を調達。

 

空港では弟に勧められたポー玉や、沖縄寿司を食べる。特に石垣牛の串焼きとゴーヤ巻きが絶品だった。

夜までラウンジで仕事をし、最後は離島寿司の「そら弁」で締め、お酒とともに飛行機に乗った。

 

沖縄の旅が終わった。俺の人生は、いつも大きな転機の前にこういう旅がある。

そして今表面的に良いことも悪いことも雪崩のように起こっている

その全てが今後の人生を左右しそうな大きな転機で、私は逃げずに立ち向かっていくだけだ。

 

この旅は、間違いなく一生の思い出になるだろう。

そして、人生をもう一段上へと押し上げるトリガーになるはずだ。
































7月17日から23日まで、約一週間ほど沖縄に行ってきた。修学旅行以来だから、実に20年ぶりの沖縄だ。お酒を飲める年齢になってからは初めてで、それもまた楽しみの一つだった。

出発日は羽田空港のトラブルと広島経由のかねあいで、1、2時間遅れ程度で無事到着。到着早々、空港で沖縄特産の魚フライとさんぴん茶を堪能。さんぴん茶は今回の滞在で何度も飲んだけれど、あのジャスミンになりきれない、いい塩梅の味が最高だった。

松山のホテルへはモノレール「ゆいレール」で移動。到着後すぐに、守成クラブで出会った友人と、その友人が連れてきたカメラマンと合流。地元おすすめの居酒屋でイラブチャーの刺身やアグー豚など沖縄名物を味わいながら、沖縄でのビジネスの話にも花が咲いた。その後は地元の立ち飲みに行って、沖縄の温かい人々と触れ合うことができた。
すごい人で風邪はひいたのだが。
沖縄そばも食って美味かった。

翌日は午前中はミーティングと雑務を片付け、その後国際通りを訪れ、沖縄名物のステーキを味わった。沖縄の人が日常的にステーキを楽しむことに少し驚きつつも、その美味しさに納得。ちょっと高いなとは思った。
その後、ブルーシールアイスを楽しんだり、市場の近くでポーポーという沖縄のお菓子を試したりした。ただ、昨日の風邪のため、現地の病院を訪れ治療を受けることになった。この日は夜は喫茶店でロトの紋章を読みながら、タコライスを食べ、休肝日にした。

翌日は糸満市にも足を運び、父が勧める「白梅の塔」で戦争の犠牲者に手を合わせることができた。沖縄の戦争の悲劇や、それを繰り返してはいけないという思いを強く感じた。
その後タクシーで移動した糸満市街は海と太陽がキラキラと輝く美しい場所でうっとりした。
しかし、市内の博物館ではこののどかで美しい場所の40%の民間人が殺された事を知り、戦争を繰り返さないためにただ平和を叫ぶのか?繰り返させない抑止力の重要性を改めて考えさせられた。
そして偶然立ち寄った龍神宮では、5秒程度の不思議な雨に遭遇。何か特別な意味を感じる経験だった。

その後は海辺の店でゆし豆腐や赤魚のフライを楽しみ、なぜかオリオンビールではなくアサヒビールを選んだ自分にリアルな生活感を感じたりもした。
その後食堂でポーク卵を食べた。

その後は那覇に戻り、護国神社にも立ち寄った。

夜はボウイスナックや友人の勧める栄市場で結構飲んだ。
栄市場では地元のディープな雰囲気を堪能し
ボウイスナックは、おそらく布袋氷室を扱う世界一の店と感じた。
うまい酒だった。
















イチロー選手に怒られるぞ














沖縄から帰る日に、僕にとって特別な存在だったOzzy Osbourneが亡くなったという知らせを聞いた。

Ozzyは1970年にBlack Sabbathとしてデビューし、ヘビーメタルというジャンルを世に送り出した伝説の人物だ。彼がいなければ、今のヘビーメタルやハードロックの姿はなかっただろう。

彼はBlack Sabbathで一世を風靡した後、ドラッグの影響でバンドを去ることになった。だがそこで彼は伝説的なギタリスト、ランディ・ローズと出会い、新たな歴史を作り始めた。しかしそのランディが事故で亡くなった時も、Ozzyは彼の遺志を継ぐかのようにツアーを続け、その後もJake E. LeeやZakk Wyldeといった才能あるギタリストを次々と見出し、何度も音楽シーンの中心に戻ってきた。

一方でOzzyの人生は波乱万丈だった。ステージでの奇行やアルコール、ドラッグの問題で度々ニュースを騒がせ、引退騒動もあった。それでも彼が生み出す音楽、ステージパフォーマンス、そしてファンへの深い愛情は、多くの人を惹きつけ続けた。

彼の生まれたイギリス・バーミンガムの貧しい環境から、世界的スターに登り詰めるまでのストーリーは、僕にとっても大きなインスピレーションとなった。人生の苦難、成功、挫折、そして再生——。Ozzyの生き方そのものが、ロックの真髄であり、僕が音楽を続ける理由の一つだ。

今年2月にバーミンガムで開催された彼の引退コンサート。メタリカ、ガンズ・アンド・ローゼズ、パンテラなど、ロック界の錚々たるメンバーが集ったそのステージで、Ozzyが座りながら歌う姿に胸を打たれた。自分が密かに描いていた夢、もう二度とOzzyと同じステージに立つことは叶わないと思うと、言葉にできないほど寂しい。

Ozzyがいない世界はまだ信じられないけれど、だからこそ自分はロックを続ける。彼が残したものを胸に、前に進んでいこうと思う。

心から、ご冥福を祈ります。ありがとう、Ozzy。



最近、ChatGPTの新モデル「4.5」とカスタムGPTを組み合わせて、自分のブログの文体やスタイルをトレースした文章が書けるようになった。また、iPhoneの高精度な音声入力を使って、寝る前の時間に自分の気持ちをどんどん吐露するような形でブログを書くことが増えてきた。

実は、パソコンでもブログを書くことはできるけれど、音声入力の精度が高いため、最近では専らiPhoneに向かって話すスタイルになってきている。もちろん、音声入力に頼りすぎると文章力が落ちる可能性はあるかもしれない。しかし、それはガラケーで打っていた時代からパソコンに移り、さらにスマートフォンで音声入力する時代へと、ツールの変化に伴って文章のスタイルが変わることと同じで、自然な流れだと思っている。

大切なのは、自分の気持ちや考えをいかに言語化できるかということだ。僕の語り系のブログは、自分自身が心の奥底に抱えている、言語化できない何かを、ひたすら言葉にして書きながら整理している。そうやって書いているうちに、「ああ、そういうことだったんだな」と気付くことが多い。

このプロセスは、メンタルケアとしての役割も大きく、思いを吐露することで気持ちが整理され、心が落ち着くという側面もある。

そういう意味では、このブログは自分自身と向き合うための大事な時間となっているのだ。