なんとか無事に高市総理が誕生したことに安堵している。
詳しいことは何回かにわけて本ブログで書いていきたいと思うが、取り急ぎ感じるのはよく仕事をするなというところと
表情に緊張感が溢れているということだ。
さっそくミサイルで祝砲をあげてくれたどこかのバカがいるのもあり、忙しそうにしていたが、
就任初日から休んでる間も無く仕事をするというスタンスである。
閣僚の人事にも本気度を感じる。
注目は片山大臣と小野田大臣で
前者は財務省に切り込める数少ないエッジナイフのような人物で期待している。
小野田大臣は仕事が多いが、特に外国人に厳しい姿勢を打ち出すことに期待している。
天皇陛下の前に銀色のドレスで現れた姿はモデルか!?と思ったが、
国際社会から見られるという意味では、美しいに越したことはない。
日本においては女性の社会的立場という意味でも、グローバリズムからの脱却という意味でも歴史的な一ページになるだろう。
期待しています。
実は日本というか、世界という抽象度で見たときに
日本の秩序や技術、和の文化が世界の中心に躍り出ない限り、この世界は崩壊すると思っているので
頑張って👍
最近ね、ビールがあんまり好きじゃなくなってきた。
乾杯の一杯から、ウーロンハイとか別の飲み物を選ぶことが増えた。
面白いもので、いろんな人と話してると「わかる、それ」って言われる。
どうやらビールって、自分の体調を測るひとつの指標みたいな存在なんだと気づいた。
体調がいい時ほど、ビールが美味しい。
逆にちょっと疲れてたり、暴飲暴食が続いたり、なんとなくストレスが溜まってる時は、
不思議とビールを欲しくなくなる。
味が重たく感じたり、飲みたくないなと思ったり。
この前、そんな時期に友達の飲食店で「ビール飲もうぜ」って言われて、札幌のビールを出してもらった。
正直、飲む前は乗り気じゃなかったんだけど、ひと口飲んだ瞬間に「あ、美味い」って思った。
体の調子が整ってる時って、ちゃんとビールが美味しい。
あれはもう、健康のパラメーターそのものだなと思った。
面白いのは、この話をすると“酒を長く飲んできた人”ほど共感してくれる。
「わかるよ、それ」って。
二日酔いの翌日、暴飲暴食が続いた時期、あるいは心の底にずっと流れてるようなストレスのある時期。
そういう時って決まってビールが重たく感じる。
だから、いつでも「美味しくビールが飲める状態」を保っておく。
それが健康管理のひとつでもあるのかなと思ってる。
もちろん、俺自身も体調が悪かったわけじゃない。
ただ、最近ちょっとしたきっかけで「今のうちに気をつけよう」と思って節制した。
その結果、体の調子もよくなってきて、気持ちも軽い。
とはいえ、やっぱり今でも「ビールはいっぱいでいいや」って感じだ。
日本のビールは美味しい時は本当に美味しいんだけど、時々どろっとしてるように感じることがある。
プレミアムモルツなんかも、“今これだ”ってタイミングがたまにあるけど、
基本的には重たくて苦い。
その点、韓国のビールやアメリカのビールはすっきりしてて軽く、そちらの方が個人的には好きだ。
でも最終的に、自分の中で“いつでも美味しく飲める”のは焼酎だ。
ウイスキーは日によって合う合わないがあるし、ハイボールは外で飲むのが一番いい。
結局、乙類の焼酎。これが俺にとっての安定だな。
会社を始めて、気づけばもう一年半以上が経った。
特に今年に入ってからの一月、二月あたりからは本当に人との交流、営業、つながり——それに命をかけてきた。
うまくいかなかったらやばい、という切迫感の中で、ひたすら営業を繰り返してきた。
もちろん口ではよく「命をかけている」なんて言葉を使うけれど、実際のところ、健康よりも成果を優先してきた。
飛び込んで行って、時には深く付き合い、夜通し語ることも少なくなかった。
そうした日々を最優先にしてきたのだ。
とはいえ人間である。
身体は正直で、さすがに最近は健康も意識しようと決めた。
健康診断を受けてみたところ、致命的なものではなかったが、数値が少しばかり警告を発していた。
会社員時代から「健康優良」とは言えないタイプだった。
節制を心がけた時期もあったが、やはり無理をしていたのだと思う。
数値も語る勲章というやつである。これに関しては、お疲れ様、本当に頑張ったなと言いたい。
ストレスを飲み込み、ポジティブに変換しようとするたびに、見えないダメージを体に与えていたのだろう。
とはいえ勢いを止めるつもりはない。
ただ少しだけ節制をし、体をいたわる期間に入ろうと思っている。
精神的には今でも若いつもりだし、若く見られる方でもある。
だが、年齢とともに確実に衰える部分があるのも事実だ。
体をマネジメントすることは、仕事以前に人間としての責務だと感じている。
節制も、結局は自分を長く走らせるための戦略なのだ。
もちろん遊ぶときは遊ぶ。
とことんやるときはとことんやる。
ただ、その切り替えをより上手くしなくてはいけない。
おそらく、私と同年代の仲間たちも、同じように責任ある立場で走っているだろう。
攻めの姿勢を見せる者もいれば、静かに戦っている者もいる。
今このタイミングで、健康や生き方を振り返り、問答を重ねている人も多いのではないだろうか。





















































