アメブロのテーマに“霊”ってあったから、今日はその話をしてみようと思う。
霊ってね、ほんとに不思議。
僕自身、おそらく人生の中で2回か3回くらいは“見た”ことがある。

 

1つは、子どもの頃。
学校からの帰り道に、前々から近所にいた犬がいたんだ。
でもその犬、数日前にいなくなって、あとで「もう死んじゃったらしい」って聞いてた。
それなのに、いつもの角を曲がったところに、その犬が立ってた。
ただ、なんか変だった。足がなかったような、上半身だけ見えたような…。
その光景があまりに自然で、怖いというより「あれ?なんで?」って感じだったのを覚えてる。

 

もう一つは、タイのバンコクで小学生のとき。
夜中に目を覚ましたら、勉強机に知らないおじいさんが座ってた。
姿勢を正してこっちを見てた。
驚いて一瞬で布団に潜り込んだんだけど、朝になったらもう誰もいない。
でも、たしかに見た。あのときの静けさとか、空気の重さとか、今でも覚えてる。

 

三つ目は、義理の父が亡くなった日の朝。
その連絡を受ける1時間前くらいに、どこからかうめき声が聞こえたんだ。
誰かが苦しんでるような、低い声。
妻の様子を見に行ったけど、ぐっすり寝ていて。
その瞬間、なんとも言えない“気配”を感じた。
あれはきっと、最後のサインだったんだと思う。

 

こういう話をすると「気のせいじゃない?」とか「夢見てたんじゃない?」って言われるけど、
自分の中では“確かにあった”という感覚がある。

金縛りも何度か経験してるし、
知らない誰かに追われる夢を何度も繰り返し見たこともある。


ああいうのって、たぶん脳の仕組みとか科学的な説明もできるんだろうけど、
一方で“説明できない何か”も確かにある気がする。

僕はね、霊とか上位存在みたいなものは本当に存在すると思ってる。


しかも、これから生成AIや科学の進歩によって、
その「目に見えない世界」が段々と“データとして”説明できるようになる気がするんだ。

 

仕事柄、占い師やスピリチュアル系の人に会う機会も多い。
本物の人って、ほんとに不思議な感覚を持ってる。
目の奥の光というか、周波数が違うというか。
彼らと話してると、「見えない世界って、やっぱりあるんだな」と自然に思う。

 

別に信じる信じないは自由だけど、
この世には“まだ科学が追いついていない領域”が確かにある。
それを霊って呼ぶのか、エネルギーって呼ぶのかは人それぞれだけど、
僕はどこかで「霊もまた一つの生命エネルギーなんじゃないか」と思ってる。

今日は正直、書くことが思いつかない。
いや、毎日何か書こうとするのって、けっこう大変なんだよね。
ネタが降ってくるような日もあれば、
本当に何も浮かばない日もある。
今まさに、そういう感じ。
 
でも、書くことがない日こそ、
こうやって“とりあえず書き始める”のが大事なんだろうなと思っている。
泳ぐように、止まらずに書く。
どこに辿り着くか分からないけど、
書きながら考える、そんな時間。
 
で、ふと思ったんだけど、
最近ちょっと小泉防衛大臣がすごいなって思っている。
発言がね、思いのほかしっかりしていて、
メディアに誘導されそうになっても、
うまくかわしてる感じがある。
なんというか、メディアをシャットアウトするのが上手い。
 
武器輸出の話とか、自衛隊の待遇改善とか、
今まで誰も踏み込めなかったことを普通に言っているのがすごい。
本気で仕事をしてるなって感じる。
むしろ「今までの小泉進次郎って何だったんだ?」って思うくらい。
たぶん、今のポジションが彼に合っているんだろうな。
ここにきて“覚醒した”というか、
ちゃんと仕事をする政治家になったように見える。
 
――で、こういう話を書いても、
まだちょっと書き足りない感じがするんだよね(笑)
 
最近はというと、毎日のように人と会っている。
営業もあるし、打ち合わせもあるし、
気づけば日が暮れてる。
あとは納品仕事もいくつか同時進行でやっていて、
それもそろそろまとめておきたいなと思ってる。
 
外に出せる範囲のものは、
近々ブログに“実績”として書こうかなと思ってる。
ただ、まだクライアントさんに確認中だから、
公開できるかどうかはちょっと様子見。
 
まあ、今日はそんな感じ。
特別なことがなくても、
こうして書くこと自体が大事なんだと思う。
日記って、出来事をまとめるんじゃなくて、
「今、自分がどんな状態か」を記録するものなんだよ
 

 

 

今日は、自分のオリジナル曲(MP3)をInstagramのリール動画で使うにはどうすればいいか、わかりやすくまとめておきます。
これは、アーティストやクリエイターにとってかなり重要なテーマ。自分の音楽を広めたい人は必読です。


✅ 方法①:正式に「音源」として登録する(おすすめ)

これは、自分の曲をInstagramのミュージックライブラリに登録する方法。
リール作成時に「音楽を追加」から選べるようになります。
つまり、他の人もあなたの曲をBGMとして使えるようになるということ。

手順
1. TuneCore / DistroKid / SoundOn / LANDRなどの音楽配信サービスを利用。
2. 配信時に「Instagram & Facebook」を配信先として選択。
3. 登録後、数日〜1週間でInstagramのライブラリ検索に反映。

「Kelly Kotowari」で検索すれば、自分の曲が出てくる──そんな状態になります。

メリット
自分の音楽が正式に登録される
他のユーザーもBGMとして使える
再生回数に応じて収益も発生する

補足

TuneCoreなら1曲1,551円で配信可能。
SpotifyやApple Musicにも同時配信できるので、ブランディング的にも効果が高いです。


✅ 方法②:動画に直接MP3を入れて投稿する(即席タイプ)

こちらは、音源登録をせずに動画編集で曲を使う方法です。

手順
1. CapCutやVNなどの動画編集アプリで
 自分のMP3をBGMとして挿入し、リール用動画を制作。
2. 完成した動画をスマホに保存。
3. Instagramで「リール投稿」→「動画を選択」でアップ。

メリットと注意点
即日投稿できる
権利的な問題もなし(自作曲なら)
ただしライブラリには登録されないため、他の人は使えない


💡 ベスト戦略:両方やる!

伴建介流おすすめはこの組み合わせ。

🔸方法①で正式登録しておく
🔸方法②でリール用に動画を作って投稿

こうすれば、自分のリールで曲を広めながら、他の人も使えるようになります。
ブランド構築にもつながるし、リール経由でSpotifyやYouTubeへの導線も作れる。


🚀 まとめ
広く聴かせたいなら方法①(配信登録)
すぐ投稿したいなら方法②(編集してアップ)
両方組み合わせれば最強。

あなたの音楽がリールで流れ、人の心に残る瞬間を作りましょう。
「音楽を広める」はもう特別なことではなく、今すぐできる時代です。

財布を変えるタイミング

 

 

実は最近お財布をかえた

前のものは古くなっていたし、きれいなお財布を持っておくと人生の運気に良いという話も気になっていた。

 

昔はブランド品を質屋とかで買う風にしていたのだが、いったいどのようなお財布を持つと良いのだろうかをしっかりと考え、

今回は常に売り切れごめんの皇居のお財布、しかもその中でも手に入りにくいと言われる

金色の長財布にしてみた。

 

 

 

 

前回のお財布から長財布ということは心がけていて、まずはお金が曲がらないこと

これはもちろんお金には精神性や流れがあるので曲げたり粗末にしてはいけないという気持ちもあるし

人にお金を渡すときに綺麗なお札を渡せるので人に対する印象やリスペクトを演出することもできる。

 

さらにはお守りをお財布に入れるようにもしているので長財布というわけだ

余談ではあるがお守りは身につけるとよく、

そういう意味ではブレスレットのような形でつけてもいるし、お財布に入れて持ち歩くようにしている。

 

天皇陛下のお財布にしたのは、聞く話によると私の一族は古い時代に天皇陛下に深く関わったことがあり

その自覚や誇りを持って生活したい

また天皇陛下の菊の紋こそブランドだとも思った。

 

色合いはお金なので金である。

 

意外と人間は刷り込みの生き物なのでこういうものを持っておくとお金に対する意識が変化したり、

RASが変化してお金や仕事に対する意識が変わることがあると思う。

 

 

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自由を感じる瞬間

 

 

 会社員の頃は有休を取って朝から飲みに行ったり

あとは数日間の旅行に出る時だったな。


あとは金曜日の夜、飲み屋に繰り出す時の高揚感は半端じゃなかった

この感覚は勤め人に戻らない限りはもう体感できないかもしれないくらいだ。


思えば昔は居酒屋に行くことがディズニーランドに行くかのように感じられ

朝から飲みに行くなんてことを考えると夜も眠れないほどだった。


それと比べると今はどうだろうか。

自由だなとは思う。

しかし自由な反面、世の中に対して剥き出しの状態になっているため、

人間関係、仕事、いろんなことに追われている。


その中でポジティブでいられるのか、ネガティブになるのか

何かに飲まれてしまうのか、否か。


自由を感じられるかはそれ次第というところだ。


一方で楽しみというのが若い頃に比べて感じづらくなってきた。

これは職種ではなく年齢の問題か

それか生きていく指針の粒度がまだ低いためか

 

 

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「ブルーカラー」という言葉。
なんとなく昔から、差別的な響きを持って扱われてきた時期が長かった。
でも最近、いろんな経営者や現場の人たちに会う中で、
自分の中の偏見みたいなものが崩れていくのを感じている。

 

僕自身、これまでかなり“ホワイトカラー寄り”の世界で生きてきた。
前職もそうだし、音楽制作も基本はパソコンの前。
だから、どこかで「現場仕事=自分とは違う世界」と思っていたところがあったんだと思う。

 

でも実際に、いわゆる“ブルーカラーの経営者”や職人さん、工務店の方、整骨院の先生、
そういう方々に会ってみると、本当に尊敬しかない。
現場で体を動かして、人の体温を感じて、人と関わって、
その瞬間にしかない空気を作り出す。
あれは、AIでは絶対に置き換えられない仕事だなと思う。

 

そもそも「ブルーカラー」「ホワイトカラー」っていう言葉の語源も面白くて、
白い襟=ワイシャツを着てデスクワークする人がホワイトカラー、
青い襟=作業服を着て現場で働く人がブルーカラー。
たったそれだけの違いなんだけど、
気づけばその違いに“上下”の意識が生まれてしまった時代があった。

 

でも、生成AIの発展で、むしろこの構造が逆転してきている。
AIが得意なのは論理的思考、情報処理、計算。
つまり、ホワイトカラー的な仕事をどんどん自動化していく。
一方で、現場で手を動かして、人と関わって、空気を読むような仕事。
これはAIにはできない。

 

だから今、僕の中で“ブルーカラー”という言葉の響きが
まるで“希望”のように聞こえる。

 

音楽の世界だって同じだ。
僕はパソコンの前で音を作るけれど、
ライブハウスでお客さんの顔を見ながらギターを弾いて、
汗をかいて、声を出して、
あの現場でしか生まれない何かを共有する。
それってもう完全にブルーカラーの仕事なんだよね。

 

音楽って、本来そういう“体験”を売る仕事だと思う。
音そのものよりも、そこに流れている空気や温度、
人と人が集まってできるコミュニティそのもの。
だから僕は最近、自分の中で「音楽はブルーカラーだ」と思っている。

 

AIが進化して、ホワイトカラーの領域がどんどん機械化される中で、
人間にしかできない仕事、人間であることが価値になる仕事。
それがブルーカラーなんじゃないかな。

 

そしてその価値を守るために、
僕たち“ホワイトカラー出身者”も、
もう一度“現場”に戻る必要があるのかもしれない。

 

自分の体を動かして、人の熱を感じて、
リアルな場で関わる。
そうやって初めて、AIの時代にも“人間らしさ”を保てるんだと思う。

もうね、最近本当に思うんだよ。
あまりにも長い時間、YouTubeみたいなものに触れてきたなって。

僕なんか、もう少なくとも10年以上はYouTubeと付き合ってる。
前の仕事の時から、YouTubeを聞きながら作業するのが当たり前で、
最初は誰かの講演とか、知識を体系化した動画とか、いわゆる“学び”系を聞いてた。
そこからまとめ動画が出てきて、それを聞いては本で掘り下げてみたり、
実際に行動に移して変わったことも多かった。
そういう意味では、YouTubeは本当にいい時代の恩恵だったと思う。

でもね、同時に確実に“集中力”を奪ってきた。
これはたぶん僕だけじゃない。
もう全人類レベルで落ちてると思う。

動画って、基本的に「次を見せる」構造になってる。
サムネイル、タイトル、関連動画、そしてショート。
全部が“次”を見せるための仕掛けでできてる。
つまり、人の興味を引っ張って、再生させて、広告を見せて、
お金を生み出すための構造。
要するに、集中を奪う設計になってるんだよね。

で、これって怖いのが、自覚がなくても中毒になるってこと。
僕なんかも気づけば、飯を食べるときも風呂上がりも、
ついYouTubeを流してる。
妻もそう。寝る前にYouTubeの音声を流してるし、
この前泊まりに来た年の差の離れた弟なんかも完全に「聞きながら何かする」世代。
これはもう時代全体の症状なんだと思う。

だから最近は、なるべく作業の時はYouTubeを切るようにしてる。
代わりに流すのはモーツァルトとか、
“ソルフェジオ周波数”のような集中力を高める音楽。
要するに、人間の脳を静かに整える音。
効果音的なサウンドスケープを流す方が、
圧倒的に頭が冴える。

でもさ、じゃあ「YouTubeをやめろ」なんて言っても無理なんだよね。
今はもう世界中の企業やクリエイターが、
“人の時間”と“興味”を奪い合う時代。
情報の戦国時代みたいなもので、
これは抗えない。

だからこそ、大事なのは“自分の時間を自分で守る”こと。
何を見るか、何を聞くか、どう使うかを意識的に選ぶこと。
そうしないと、本当に“自分がどこにいるか”わからなくなる。

最近思うのは、
食事ひとつとっても「本当に今、味わってるのか?」ってこと。
誰かが「これ美味しい」って言ったから美味しいと思ってないか?
YouTubeで誰かが語った感想を、自分の感想だと勘違いしてないか?
と思う。

だからこそ今、僕が大事にしたいのは
「お前はどう思う?」という問い。
動画でも映画でも音楽でも、
まず自分の中で一回感じてみる。
その時間を奪われないように生きる。

奪われる集中力の中で、
どうやって自分の軸を取り戻すか。
それが、今この時代を生き抜く上で
一番大事な力なんじゃないかなって思ってる。

この前、「マルコポーロ性格診断」というものを受けてみた。
知り合いの会社がやっているのでやったが、結果があまりにも自分らしくて笑ってしまった。
 
結果は“エクスプレッシブ・ドライバー型”。
要するに、感情豊かで自己主張が強く、行動が早くて熱いタイプらしい。
なんだそれ、まんまじゃないか。
 
でも、読んでいくうちに妙に納得してしまった。
音楽にしても経営にしても、僕がずっと大事にしてきたのは、
「理屈じゃなく熱で動かすこと」だからだ。
どんな仕事も、結局は“人の心”を動かすことに尽きる。
 
診断結果では「感情で人を惹きつけるタイプ」「カリスマ創造者型」なんて書かれていて、
それを読んでいる自分がちょっと照れるような、でも否定できないような、
そんな不思議な気分になった。
 
一方で“注意点”の欄もかなり的確で、
「行動が速い分、細部が粗くなる」
「自意識が強く、孤独を感じやすい」
「自由を愛し、管理を嫌う」
……全部刺さる。
ああ、僕の“課題”ってやっぱりそこなんだなって。
 
行動すること、突き進むこと、
それは僕にとって呼吸と同じようなもので、
止めようとしても止まらない。
でも、そのスピードの中で見落としてきた細部、
任せることの大切さ、
信頼で動くチームという発想。
それを改めて意識させられた。
 
結果の中で、特に心に残ったのが
「自由を守るためには構文を整えること」という言葉。
要するに、自由であるためにこそ、秩序を整えなきゃいけない。
これはすごく腑に落ちた。
自由って無秩序じゃない。
自分の構造をきちんと作っておくことで、初めて飛べる。
 
結局、マルコポーロ診断って性格テストというより、
「今の自分を鏡で見る時間」だった。
やっぱり僕は、行動と情熱で生きるタイプだし、
その分、見落としがちな“整理と信頼”を、これからのテーマにしていきたいと思う。
kazz roxxaneさんの応援で汐留まで行ってきました。
 
汐留でのライブは長丁場。出番の合間に外へ出たり入ったりしながら、軽く食事でも…と思っていたところ、なんと目の前にあの「文蔵」が!
正直、あのあたりは飲食店が少なく、どこで時間を潰そうかと悩んでいたので、見つけた瞬間にちょっと嬉しくなってしまいました。
 
文蔵といえば、前職時代に勤務していたビルの中にも入っていたお店。
激安というわけではないのですが、確かな美味しさと心地よさ、そしてちょっとした高級感を兼ね備えた、まさに“ちょうどいい居酒屋”なんです。
当時はよく同僚と軽い飲み会をしたり、一人でちょっと一杯やって帰ったり。
まさに日常の中の“癒しの場所”のような存在でした。
 
そんな懐かしさを感じながら、久々の文蔵で頼んだのは、ひざ軟骨の唐揚げと塩ぼんじり。
糖質制限を始めたばかりということもあり、あえてこのシンプルな組み合わせに。
そしてチューハイを一杯。
「これが糖質制限の食事なら、一生続けられるかもしれない」──そんな気分になる完璧なラインナップでした。
 
ひざ軟骨の唐揚げは、まさに理想の味。
パリパリと香ばしく揚がっていて、噛むたびに滋味深い旨みがじわっと広がります。
米を合わせたくなる衝動を抑えながらも、チューハイとの相性が抜群すぎて感動。
軟骨の食感、衣の香ばしさ、ほんのり効いた塩味。
全部が軽やかで、まるで“おつまみ界の小粋なジャズ”とでも言いたくなる完成度です。
 
そして塩ぼんじり。
これがまた驚くほど美味しかった。
しっかりと火が入りながらも、脂が程よく落ちていて、くどさがまったくない。
炭火で焼いたような香ばしさがあり、表面はパリッと、中はふっくら。
一口ごとに「これこれ、こういうのが食べたかった」と心の中で頷いてしまう味でした。
脂の旨みを残しつつ、雑味が一切ない。ぼんじりとしては満点と言っていい仕上がりです。
 
昼下がりの汐留。
ライブ前の少し落ち着いた時間に、懐かしい味とともに過ごすひととき。
昔の仲間との飲み会の記憶がふと蘇り、なんだか胸がじんわりしました。
 
文蔵というお店は、派手さはないけれど、確実に“人の心に残る味”を出す。
この日改めてそのことを実感しました。
静かにチューハイを傾けながら、「ここに戻ってこれてよかったな」と思える、そんなありがたい時間でした。
 
まさに、土曜の昼下がりのご褒美。
懐かしさと安らぎをくれた文蔵は、この日も変わらず、私にとって“聖母マリアのような店”でした。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すこし糖質制限なんかをやろうと検討している。

 

実は最近知り合いから買ったお米がうまくて、どうしても食べがちになってしまった。

 

食事制限をしようと思っても、どうしてもここから年末にかけて会席も増えるというもの

それであれば会席に出つつも、今僕は体を整えるために糖質制限をしているのですといえばいいし

お酒もビールや日本酒、ワインを飲まないことなど楽勝である。

もちろん100点を狙うと厳しいのはわかっていて、日本酒の会が本日控えていたりと、いきなり厳しいのもあるのだ。

 

しかし80点になるからやらないとかって言うのはだめだ。

 

80点でいいじゃないかと思う、間違いなく前進なのだし、そういったちょっとしたことを本人や他人が足を引っ張ってできなかったというのは勿体無いことだ。

 

ちょうど11月も迎えてるので1ヶ月ほど糖質制限をしてみようかと思う。

 

経過やどんな感じかはたまにレポートしていこうと思う。

 

糖質制限は意志でなんとかできる側面も多いので宣言していくことで効果が高まるのではと期待している。

 

 

 

昨日の芝浦でのタワマン牡蠣大会。

この後の体重が😭