英国貴族クローリー伯爵家の住むダウントンアビーを舞台にしたドラマの映画二作目。125分の中にいろいろな出来事が目白押しであっという間。観終わってみると、「新たなる時代へ」の副題の意味がなかなか重かった。1928年を舞台に、大英帝国の落日とアメリカの台頭という時代の変わり目を感じる。

雨漏りする居城、改修のための費用稼ぎに映画撮影の舞台にせざるを得ない懐事情が、当時の貴族社会の凋落を物語る。一方で、英国階級社会では下層だったモールズリーやバローは米国流の資本主義・自由社会の恩恵を受ける。それにしても、アイリッシュのトム・ブランソン(現伯爵の三女の旦那)はこんな貴族社会にどっぷりでいいのだろうか・・・?(英国流の猛烈な皮肉?)風雅な有閑階級が、時間と金銭によって計られる時代に移ろっていく様が随所に感じられる。

本作の主役は現伯爵のお母さんのヴァイオレット。ドラマで描かれたロシアの大公との恋バナに続き、本作ではフランスの侯爵との若かりき頃の思い出も登場する(ちなみに、公爵と侯爵で位は違うのに、日本語の発音は同じなので紛らわしいが、西洋の爵位を翻訳する際に中国・周王朝の位階を採用したためである。中国語だと公と侯は発音が違う。)。なお、1920年代はフランスは第三共和政の時代なので侯爵は公的な身分ではかったはずである(自称することは問題ない)。

ダウントンアビーのドラマシリーズは惜しまれながら終わったが、その後、映画でクローリー家のその後が描かれて嬉しい。本作の舞台は1928年だが、続編があるとすると、次は30年代、次は40年代だろうか?日本での本作公開の前にエリザベス女王が崩御。ちょうど約100年前を舞台にした”新時代”の幕開けを観れてよかった。

 

なお、以下は気になって調べたお金のお話。

ヴィクトリア朝時代(1837年から1901年)、医師や公務員の中流家庭で約300ポンドから800ポンドだったところ、貴族は3万ポンドほどの収入だったと言われいてる。社会情勢・経済情勢が異なるので比較はできないが、無理やり比較すると、日本の医師の年収は約1100万、キャリア官僚は1000万(全年齢平均)ぐらいというデータがあるので、これを無理くり基準にすると、貴族の年収は少なくとも最低でも4000万円~1憶円ぐらいはあったと思われる。当然、貴族とはいえども、税制も違えば、爵位や領地によっても異なるので、あくまでボーダーの最低ラインの話である。

 

現在、英国で最も裕福なウェストミンスター公爵の資産は1.5兆円なので、総資産を1%で運用しでも、税引き前で年収150億円にもなる。現英国王は前女王から600億円程度の私的財産を相続したが、これを1%で運用すると年収6億円ほどである。日本にも華族があったが、戦後にGHQに廃止され、莫大な財産税を課されて日本の上流階級は破綻し、総中流社会となった。昨今、階級社会化が進んでいるが、現在の先進国でアッパークラスなのは年に5000万円ぐらい収入がある世帯からだろうか。

 

日本だと、厚生労働省が公開する「2019年 国民生活基礎調査の概況」だと、平均世帯年収は552.3万円だそうだ(中央値437万円)。大雑把にいえば年収500万もあれば中流層だろう(世帯所得700万以上で上位3割)。当然、独身か否か、子供の有無によっても生活水準はかなり異なるが。国税庁による「民間給与実態統計調査」では年収1000万以上の世帯は全体の4.6%だそうだ。なお、野村證券の基準では富裕層は純金融資産保有額が、1億円以上ある世帯を指し、日本では全世帯約2.5%が該当するらしい(金融資産3000万円以上は13.5%)。こう見ると、日本で年収1000万以上又は金融資産1憶以上というのはかなり限定的であり、日本だと欧州貴族的な生活を送れるのは0.1%ぐらいだろうかと想像する。年収700万以上で金融資産3000万円もあれば立派な中上流階級だろう(これでも上位1割程度と大雑把に推定される。なお、ヨーロッパの貴族は経済資本のみで位置付けられるわけではない。)。世帯年収550万円未満は、世帯の中央値を下回る下層である。上はキリがないが、貧乏は下限があるものだ。そして、ピラミッドよろしく、底辺にいくほど幅広で、頂点にいくほどに先細る。

 

★4.2/5.0

マルグレーテ2世女王が4人の孫から王子、王女の称号と「殿下(His/Her Highness)」の敬称を取り消すことを発表した。該当するのは次男のヨアキム王子の4人の子どもたち。最初の妻アレクサンドラ・マンリーとの間に生まれた23歳のニコライ王子と20歳のフェリックス王子、現在の妻であるマリー妃との間に生まれた13歳のヘンリック王子と10歳のアテナ王女である。4人は2023年1月1日からモンペザ伯爵子女と呼ばれ、敬称は「閣下(His/Her Excellency)」になる。王位継承権は今後も与えられ、順位も現在のニコライ王子の7位からアテナ王女の10位まで変わらない。-ELLE

 

英国では、ヘンリー&メーガンさんが、子どもへの称号授与を熱望しているが、一方で、欧州王室では、王室のスリム化が進んでいる。スウェーデン王室でもデンマーク王室に先んじてスウェーデンのカール16世グスタフ国王が、5人の孫を王室から除名。肥大化する王室をスリム化するのが狙いである。原則的に直系以外の子孫については王子・王女の称号を与えないという風潮となっている。

 

ちなみに、現在のデンマーク王室は、グリュックスブルク家であるが、ノルウェー王も同家である。なお、ギリシャ国王も輩出しているが、それはゲオルギオス1世であり、その孫が実は現英国王のチャールズⅢ世である。現在、大騒ぎになっているロシア・ウクライナ戦争であるが、もともとロシアを統治していたのがロマノフ王朝で、最期の皇帝がニコライⅡ世であるが、イギリス国王ジョージ5世は従兄関係にあったりする。そのほかにもスウェーデン・ルクセンブルクの王家・公家などとも縁戚関係にある。

 

ここらへんが現代の日本人には分かりにくいが、ヨーロッパは政略結婚で王族同士が婚姻関係を結び、領地の取り合いをしていたのだ。ギリシャは王制を廃止しているが、血筋の関係でギリシャ王家の血筋の人は、承認されればデンマーク貴族の称号を得ることができるようである。

 

フランスはフランス革命で貴族は断頭台に送られ、その後に王政復古もあったが現在は共和制であり、公的に貴族制は存在しない。ギリシャ・イタリア・ドイツ・ルーマニア・ブルガリアも王室を廃止し、ロシアも革命で皇室が廃絶されている。現在、ヨーロッパはイギリス・スペイン・ベルギー・ルクセンブルク・リヒシュタイン・モナコなどが君主制となっているのみである。ただ各王家の血筋は現在でも続いており、王位継承権などは相続されている。ただビザンチン帝国(東ローマ帝国)の末裔を自称する人もいて、日本でもパーティを開催していたりするが、実際どの程度の信憑性があるのかは謎である。

 

なお、ルクセンブルク・リヒシュタイン・モナコなどはいずれも小国である。デンマークも北欧では影響力があるが、人口580万程度で、千葉県の人口630万よりも小さい。リヒシュタインは約4万人で、日本だと”市”になるに人口5万人必要なので、日本だと”村”の扱いである。とはいえ、リヒシュタインの国家元首ハンス・アダムⅡ世は、7000億円程度を保有する大富豪であるので、人口規模と豊かさはイコールではない。英国王の個人資産が600~700億程度であることを考えると、相当リッチである。日本でいうと、”藩”が残っていれば、かなり豊かな”藩主”の感じだろう(加賀百万石の前田家みたいな感じだろうか)。

 

ちなみに、元王族・元貴族がそのまま没落する場合もあるが(眞子様は小室氏に嫁いだが没落皇族になりそうで不安だ・・・)、上流階級の社交界は現在でも残っているようで(直接は知らないので伝聞(笑))、その血統を求める超富裕層も多い。ギリシャ元国王コンスタンティノスⅡ世の長男パウロスさん(元王太子)に嫁いだのはマリー・シャンタルさんだが、父親はラグジュアリートラベルリテーラーのDFS創業者(空港免税店などを経営)。父親の総資産は3000~4000億円だそうだが世界1513位の大富豪で、結婚式に10憶余りをかけ、持参金は300~400億程度だという。

 

2019年には、ナポレオン・ボナパルトの子孫であるジャン=クリストフ・ナポレオン・ボナパルトと、オーストリア帝国最後の皇帝の曾孫にあたるオリンピア・フォン・ウント・ツー・アルコ=ツィネベルグが結婚して話題を集めた(LINK)。ヨーロッパを席巻したハプスブルク家の現在の当主は、カール・ハプスブルク=ロートリンゲンであるが、資産家のティッセン=ボルネミッサ男爵家のフランツェスカと結婚していた(王家と下級貴族との貴賤結婚に当たる。その後、離婚し再婚)。

 

いまだに共和制のフランス・イタリア・ドイツでも元貴族はそれなりに社会的な地位を占めているようであり、代々の貴族称号を自称する場合も多いようである。ただ実際には称号に見合った資産を維持できているのは一部であろう。免税特権などもないのであれば、称号にそもそも実益はない。ただ称号が象徴する高貴な血統と社会階級はやはりいまでも一定の威光が存在する。特に華族制を廃止した、総中流社会の日本などでは、称号の高貴な響きは興味をさそう。

東京国立近代美術館のゲルハルト・リヒター展に行ってきた。映画「ある画家の数奇な運命」の主人公のモデルにもなった芸術家である。東ドイツで社会主義リアリズムの作品を制作していたが、息苦しさを感じ、より自由な創作のために西ドイツに移住している。東京では初となる美術館での個展となる。行ってみたら大混雑で当日券チケット売り場には長蛇の列。そしてやたらと若者が多い。BTSのRMさんが観に来たらしく、知名度が上がったようだ。ネットで事前予約をおすすめしたい。なお、開催は来月2日までなのであしからず。

 

東京国立近代美術館は何気に初訪問。谷口吉郎設計の建築はモダンな感じだが、日本的モチーフも感じられる。

 

リヒターの作品は一部作品を除いて写真撮影可だったのが嬉しい(動画NG)。

なお、モダンアートは難しいので、音声ガイドの利用をおすすめしたい(別途600円要)。

 

アブストラクト・ペインティング(抽象絵画)。絵具をへらなどで削って創り上げる。

無秩序さ、色彩感がたまらない。

 

カラー・チャート。色見本のようだが、ランダムな配置から織りなされる偶然的な色彩が魅力的である。

なお、固定されているわけではないので、展示するごとに色の配置は変化するそうだ。

 

「8枚のガラス板」。ただガラスの板を並べただけだが、ガラスは周囲のものを反射し、観る者の位置や、作品の置き場所や周囲の環境によって映し出すものを変化させる。しかし、鏡とは異なり、ガラスの向こう側の風景も見せてくれる。”見る”という行為の多義性を示しているように思われる。

※ なお、人物が映っている写真は全て肖像権の関係で細度や明度を落とし、個人が識別できないようにしている。

 

最重要作品の「ビルケナウ」。アウシュビッツ=ビルケナウ収容所で撮影された4枚の写真をモチーフに彼は具象的な作品(フォトペインティング)を制作しようとしたが、途中で放棄され、抽象画が製作された。彼はホロコーストをテーマに作品を何度か作成しようとして断念している。具象的な作品は、ある事象の一面を物質的な造形に落とし込むことで、鑑賞者の解釈を狭めてしまう。しかし、ホロコーストの持つ哲学的・歴史的・政治的・倫理的な問題をある造形に落としむことは不可能である。ホロコーストの作品を制作する上で、そうした理由で抽象化せざるを得なかったのではないかと想像する。

 

4枚の写真の隣に、リヒターの原作が配置され、その正面にその写真を配置し、原作と写真を映し出すかたちでグレーの鏡が配置されている。これはメディアによる度重なる複製を意味し、さらに鏡を覗き込むと、鑑賞者が作品に挟まれるかたちになり、この原作と複製物とのはざまにおかれ、歴史の当事者であるような錯覚にも陥る。さらに悲しいかな、歴史は繰り返すということの暗示にも感じられる。

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「ユースト」。写真をベースに描かれているが、風景画にも見えるが、抽象画にも見える。

鑑賞者の主観の介在によって作品は変容しうるのである。

 

フォトペインティングの代表作「モーターボート (第1ヴァージョン)(CR: 79a)」。

絵画を描く場合、様々な約束事があるが、写真をトレースすることで、その約束事から解放されるというメリットがある。

 

「ストリップ」。細長い切れの意味である。細い色彩が美しい。(ポールスミスを連想したのは私だけではあるまい・・・)
 
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オイルオンフォトのシリーズの一枚。写真の上に油絵具を配置している。

写真というメカニカルに記録する再現的・客観的なものに、抽象的・主観的でモチーフを配置し、対比を際立たせている。

 

いやー、凄い良かった。とりわけアブストラクト・ペインティングが大好きだった。

「ビルケナウ」は一見の価値あり。芸術の持つ様々な文脈において、非常に重い作品だった。

モダンアートはほんと良い脳の刺激になる。

米連邦準備制度理事会(FRB)が21日(現地時間)、0.75%の金利引き上げを決定すると、韓国ウォンは1ドル=1400ウォン台まで値下がりした。歯止めがかからないウォン安ドル高に秋慶鎬(チュ・ギョンホ)副首相兼企画財政部長官は発言の強度を高めた。「模索する」から「措置を取る」に重心を移した。1ドル=1400ウォンを超えてウォン安ドル高が進んでいるため積極的に行動するということだ。-中央日報

 

もともと1ドル=1200ウォンが「マジノ線」と言われていたが、いつの間にか1250ウォン、1300ウォン、1350ウォンがマジノ線と後退し、1400ウォンが心理的防衛ラインと言われたが、それもあっけなく突破されてしまった。日本も円安が進んでいるが、それは大規模な金融緩和を継続して利上げをしていないからである。韓国は利上げをして、さらに外貨準備を切り崩して為替介入を行ってウォン安が止まらないから事態は深刻である。

 

韓国は勝手に日米が通貨スワップを締結してくれ助けてくれると思っているようだが、その神経が分からない。日本への非礼の数々は言うに及ばずだが、アメリカに対しても訪韓したペロシ下院議長との対面を拒否し、さらに尹錫悦大統領は訪米中に「この野郎ども(米国議会)が承認してくれなければ、バイデンは赤っ恥だ」と発言し、それがスクープされている(LINK)。弱腰で親中の岸田は韓国と懇談してしまったが、韓国が勝手に主張していた米韓首脳会談は、バイデン側の意向で不発に終わった。韓国は一方的にアメリカの電気自動車補助金支給から韓国メーカーが除外されたインフレ削減法問題と、米韓通貨スワップが議論されると報じていたが、一方的な願望だったことが明らかになった。韓国側の大統領の暴言もあって、アメリカの対応はさらに冷めたものになるだろう。

 

日韓首脳会談も勝手に韓国が主張していたことだが、弱腰の日本側が折れたのだろう(日本側は懇談と主張しているが、韓国は略式階段としている)。レーダー照射から慰安婦合意破棄、徴用工問題など、数々の韓国側の一方的な問題行動が何一つ解決も謝罪もない中で、岸田が韓国と懇談してしまったことは韓国側を助長しかねない(韓国の行動に問題がないからこそ日本は会談に応じてくれたのだと韓国側は受け取りかねない)。日本が譲歩すれば丸く収まるという甘い考えは失敗だったことは歴史的に明らかだが、ほとほと日本は学習能力がない。

 

好き勝手しても日米が助けてくれるだろうという楽観論は日米が甘やかしてきた結果だと思うが、バイデンでもそこまで甘くないというのが今回の対応で明らかになった。通貨スワップが絶望的なので韓国は単独で為替介入するしかないが、効果は一時的である。利上げをおそらく実施するが、韓国の景気は落ち込むし、世界最大の家計債務はさらに膨れ上がる。不動産価格はさらに頭打ちで下落に転じているが、さらなる利上げは不動産バブルの崩壊の引き金になりかねない。韓国は出生率も世界最低で、日本の少子高齢化は目ではない。

 

ただ日本も金融緩和を維持しているが、円安がこのまま進めばドル換算で、人口8000万人のドイツにGDPで追い抜かれる危惧がある。半世紀にわたり世界第2位の経済大国だったが、10年ほど前に経済力で中国に追い抜かれたが、さらに人口が日本の3分の2のドイツに追い抜かれるとなれば日本人の心理的なショックは大きい。韓国を笑えるほど、日本も楽観視はできない経済環境である。

 

だいたい日本はAO推薦を拡充して入試を楽にするが、一方で大学の進級・卒業要件はそのままで”学ばない学生”を増産し、さらに解雇規制は厳格で、正社員になってしまえばそうそう解雇されないぬるま湯の労働環境を維持している。結果的に働かずに居座る高給のおじさん正社員が幅を利かせて、年功序列の雇用慣行でしわ寄せを受けた若年労働者は低賃金で結婚もままならずに少子化が進んでいる。学術界に目を向ければ、博士取得しても非正規雇用だらけで、高学歴ワーキングプアが増加。優秀な人材は学術界を目指さなくなっている。大学の進級・卒業要件の厳格化、さらに解雇規制の緩和による労働市場の競争化をしないと、学ばない学生、スキル開発をしない労働者だらけになる。ただ日本の将来に明るさを見出すことは難しい。韓国の未来はかなり暗いが、日本も五十歩百歩なのが現実である。

本日は上野で開催している日中友好正常化50周年記念特別デジタル展「故宮の世界」へ行ってきた。北京の「故宮博物院」は、かつては紫禁城と呼ばれ、明・清の両王朝において歴代皇帝の宮殿であった。本展示会では、最先端のデジタル技術を活用した展示になっている。

 

具体的には、清王朝最盛期の紫禁城、三次元データで映し出される工芸品、超大画面シアターに投影された青緑山水の「千里江山図巻」などがデジタルで展示されている。たしかにデジタル化することによって、往年の美しい状態にデジタル上で復元もできるし、絵巻物はストーリー仕立てにすることもできるし、音楽を追加したり、展示の可能性は広がるなと思った。別途料金が必要であるが、「故宮VR 紫禁城・天子の宮殿」も観たが、非常に勉強になった。

 

「紫禁城」の”紫”は高貴な色だからと思っていたが、古代中国の天文学における天球上の区画にあたる北極の周辺の「紫微垣」(天帝が住まう領域)から来ているという(でも、じゃなんで紫微垣っていうのというと、やっぱり紫が高貴な色じゃないの?と思うのだが・・・)。”禁城”は、皇帝以外はむやみに入れないということで、自由な出入りが禁止された城という意味であるそうだ。

 

映画「ラストエンペラー」を観て以来、紫禁城は一度訪れてみたいのだが、コロナのせいでいけないので、今回の展示会で行った気分に浸れた。ただ展示数が若干少なく物足りない。なんとなく日中関係の影響で提供が少なかったのではないかと邪推してしまう。

 

東京国立博物館は帝冠様式が立派である。

 

東洋館は、中国、朝鮮、東南アジアなどの東洋を中心とした美術品を展示しているが、こちらの地下で「故宮VR 紫禁城・天子の宮殿」を上映していた。奈良の正倉院をイメージしたデザインだそう。鑑賞後に東洋館も観たが、広い空間に柱が絶妙に配されてどこか神殿の内部のような印象を受けた。

 

こちらは表慶館。皇太子(後の大正天皇)の成婚を記念して計画された。設計者はコンドルの弟子である片山東熊。明治時代に建てられた美しいネオバロック建築である。

 

これから秋。芸術の秋を堪能したい。