名古屋旅行2日目。


マリオット名古屋のモーニングブュッフェ。きしめん、串カツ、ひつまぶし等の名古屋飯が美味。


最初の訪問は熱田神宮。こちらは神楽殿。ちょうど雅楽が演奏されていた。


熱田神宮本殿。三種の神器の草薙剣が祀られている由緒ある神宮である。


次に訪れたのは名古屋城。目当ては復元された豪奢な本丸御殿。天守閣は耐震性の問題で入れなかった汗。


内部の豪華さは徳川家の栄華を伝える。写真では分からないが、部屋の輝きには思わずため息が出る。


最も豪華な上洛殿。


欄間。見事という他ない。


ランチは名古屋コーチンの親子丼。濃厚。


名古屋城から近くの白壁エリアに。白壁エリアはもともと中級武士の武家屋敷街だったそうだが、いまでは高級住宅街である。写真の赤煉瓦の建物は旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎で現在の名古屋市政資料館。


ホールは見事だ。


名古屋最古のキリスト教教会。カトリック主税金町教会。


旧豊田佐助邸。大正時代の洋館だが、内部は和洋折衷。


文化のみち、二葉館。日本の女優第一号の川上貞奴の居宅だった。


徳川美術館。尾張徳川家が創立したそうだ。国宝を含む素晴らしい所蔵で知られるが、一見の価値あり。なお、尾張徳川家は侯爵に叙せられた徳川御三家筆頭である。直径子孫は存命である。ただ徳川宗家・御三家を見ると、紀州徳川当主は独身、徳川宗家は子供がいないので、血筋の継承の難しさを感じる。


名古屋はあまり観光地としては存在感がない(通称:名古屋飛ばし)と言われるが、個人的には魅力に溢れた都市だと思う。名古屋は経済も強い自己完結した都市ゆえ、観光産業をあてにしてないのだと思われる。ただ客観的に見てみると、名古屋は魅力に溢れた大都市だ。特にコンサートチケットは取りやすいので、音楽など好きな人には東京でチケットの取り合いするより、名古屋に来るのが賢いと思う。

コロナもおさまってきたので名古屋に旅行で来ております。実はショパンコンクール優勝者であるブルース・リュウのピアノコンサートが目当てである。東京公演はチケットが取れなかったので、わざわざ名古屋に来ることにしたのだ。せっかくなので名古屋の名所を巡ることにしたわけである。一日目に訪れたのは犬山城。名古屋駅から電車で30分弱。城下町もなかなか栄えている。国宝の城は、五城しかないがその一つである。他は松本城、姫路城、彦根城、松江城である。犬山城で四城目で、姫路城へ行くとコンプリートなので近く訪れたい。犬山城は実は2004年までは個人の所有だったそうだ。犬山城主だった成瀬家は、戦前は子爵の家柄であった。直系子孫はまだ存命だそうだ。


犬山城の城下町。遠くに犬山城が見える。


城下町の雰囲気が良い。


犬山城隣接の針綱神社。尾張五社の一社。


こちらは犬山城隣接の三光稲荷神社。おみくじ引いたら大吉でした。


三光稲荷神社にあった銭洗いのスペース。


国宝犬山城天守閣。


天守閣からの眺め。ひらけた場所で、軍事戦略上、重要な拠点だったことがうかがえる。


夜ご飯で出かけた栄駅。


札幌とかもそうだけど塔って重要な都市景観。


晩御飯はやはり名古屋名物ひつまぶし。


宿泊したのはマリオット名古屋。夜景が綺麗。

韓国統計庁が22日発表した韓国の2022年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数、暫定値)は0.78となった。前年の0.81からさらに低下した。経済協力開発機構(OECD)加盟国で最下位となった。高い住宅価格や教育費など子育て負担の増加で、結婚や出産をためらう人が多い。韓国政府は少子化対策を拡充してきたが、出生率の反転上昇はみられていない。- 日経新聞

 

韓国の2022年の出生率が発表された。おそらく一国の合計特殊出生率のデータとしては歴代最低の水準である。合計特殊出生率2であれば、ある世代の次の世代は人口が維持されるが、合計特殊出生率1だと次の世代の人口は半減することを意味する。出生率0.78だとすると、これはある世代の次々世代は約15%の規模に縮小するということであるから、恐ろしい水準である。このままだと出生率は0.7人割、0.6人割もありえる。

 

最近は韓国経済のほうが調子が良いと言われていたが、それは単に韓国がここ最近まで人口増加国だったからだ。すでに人口減少に転じているので、韓国の国力は現在がピークである。これからは急速に労働人口も減り、人口オーナス期に突入して経済は停滞するだろう。日本は世界第2位の経済大国だったときの富の蓄えがあるが、韓国は高齢者層は貧困層も多く、経済の転落は早いだろう。すでに半導体などでは中国にシェアを奪われてきており、主要産業も雲行きが怪しい。韓国は1人当りの国民所得が3万ドル・人口5千万人の国を「30-50クラブ」と呼んでいたが(そう呼んでいるのは韓国だけ)、脱落は早々にやってくる。ただ日本も合計特殊出生率は低水準であり、対岸の火事ではない。

 

リーマンショックから経済が回復したと思ったら、コロナにウクライナ侵攻など、国際社会ではやはり10年に一度程度は”ブラックスワン”が登場する。今年から来年にかけてコロナは落ち着くが、その次は台湾有事が2027年前後に現実化するだろう。2023~2026年はつかの間の休息に過ぎないかもしれない。そうした有事のノイズの一方で、着実に人口動態の老化と国力の脆弱化は先進国をボディブローのように襲っている。おそらく数百年後、東アジアはモンゴル・スペイン・ポルトガルのように、かつて栄えていた国として名を遺すのだろう。

本日、ウクライナ出身のピアニストであるアレクサンダー・ガブリリュクのピアノリサイタルへ行ってきた。場所は初台にある東京オペラシティコンサートホールである。このピラミッドのような内部空間はほんと素敵。ホロヴィッツ記念国際ピアノコンクール(キエフ)、浜松国際ピアノコンクール、ルービンシュタイン国際ピアノコンクール(テルアビブ)で優勝を飾っている。中村紘子が「20世紀後半最大の16歳」と絶賛していたこともあり気になっていたので、アレクサンダー・ガブリリュクの演奏は前から聴きたかった。

 

 

(曲目)

・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調「月光」op.27-2
・シューマン:子供の情景 op.15
・リスト:タランテラ S.162-3 / R.10c-3
 

・ショパン:夜想曲 第8番 変ニ長調 op.27-2
・ショパン:ポロネーズ 第3番 イ長調「軍隊」op.40-1
・ブラームス:間奏曲 ロ短調 op.119-1
・ブラームス:間奏曲 嬰ハ短調 op.117-3
・サン=サーンス/リスト:死の舞踏 op.40

 

感想だが、瀟洒な演奏だった。Youtubeで聞くよりも全体的に音が丸みを帯びて柔らかく、温もりと自由な音楽的感性を帯びた演奏。シューマンの「子供の情景」はどこか音遊びしているような自由なロマンティズム。リストの「タランテラ」や「死の舞踏」では彼のヴィルトゥオーゾぶりがいかんなく発揮されている。もう少しシリアスな演奏かと思ったが、陰影より洒脱な雰囲気で、よくコントロールされた音が響く。

 

ただあまりにも演奏が手馴れているせいか、どこか商業的な演奏屋さんという感じがしないでもない。その点でも”モダンな”演奏家なのかもしれない。この後に他の講演に向けて移動があるのかなんなのか知らないが、歩くのも早く何かにせかされているようだった。そそくさと出てきて、アンコール2曲弾いて、ささっと撤収。あの終わり方はないだろう。

 

 

 

韓国のパク・チャヌク監督最新作。カンヌ国際映画祭コンペティション部門では監督賞受賞作。Jung Hoon Hee(鄭薫姫)の「霧」の歌詞にインスピレーションを受けて製作されたそうだ。

 

 

カメラワーク、画面の切り替え、キャストの演技力や楽曲の使い方等は本当に見事で、緻密に描かれており、映画開始直後から期待感が高まった。勝手にエグい真相を秘めたサスペンス的展開を想像していたのだが、”霧”のように真相はよく分からない不思議な感覚になる作品だった。サスペンス的なストーリーの上を流れるミステリアスな大人のラブストーリーである。初見で理解することは至難だが、何度も反芻することで映画の奥深さが分かる映画だと思う。

主人公ヘジュンも、彼の理系の奥さんも一見すると上手くいっている。部屋はよく整理されており、二人はコミュニケーションもちゃんととっているし、夫婦の営みも週一で行うという律儀さである。しかし、近い価値観をもって、同じ言語を持っていても相互に完全に理解しあえるわけではない。一方、主人公は容疑者の中国人の女性ソレに一目惚れしてしまう。ソレは韓国語が下手といい翻訳アプリを使ってコミュニケーションをとろうとする。翻訳アプリは表面的な言葉は翻訳できるが、言葉の真意まで表現してくれないが、ヘジュンとソレは惹かれあっていく。同じ言語を話す同士でも理解は難しく、まして愛情の維持は難しい一方で、言葉は完全に通じずとも愛は燃え上がるのだ。

ソレが劇中で引用する孔子の言葉が映画の良い複線となっていると思う。「知者(賢い人)は水を楽しみ、仁者(情け深い人)は山を楽しむ」という言葉だ。劇中で、ソレはアリバイ工作が見事な水(海)の人間、ヘジュンはそんなソレに慈悲をかけてしまう山の人間である。ソレが海辺で穴を掘るが、堀ったことで砂が山になっている。ソレは穴に入り、やがて満潮になって穴は塞がれる。もちろん、砂山も波で崩れていく。まさに慈悲深いヘジュン刑事が、ソレに崩されて、崩壊していくことを象徴するようである。ソレは砂に埋もれてしまったのか、それとも逃げ去ったのか、真相は分からない。真相は”霧の中”である。ラストでヘジュンは目薬を差すが、目を凝らしても観えないものもあるのだ。

ヘジュンは未解決事件を自分の部屋に貼っている。ソレは「私はあなたの未解決事件になりたい」という。これは永遠にあなたの記憶にとどめてほしいという趣旨と理解できる。しかし、それならなぜソレはストレートにヘジュンに近づかないのか。おそらくソレは、何か過去に負い目があり、それ故に、自分が近づくとヘジュンを傷つけてしまうと思ったのだろう。愛が深いがゆえに、あえて自分自身が未解決事件として彼の記憶にとどまりたかったのではないかと想像する。「私は彼のものにはなれるような女ではないけど、彼の記憶の中で追憶され、恋慕されたい」ということだろう(なんというエロティシズム)。ファムファタール(運命の女性であるが男を滅亡させる)に見せて、実は一途な女性だったのかもしれない。しかし、真相は”霧”の中だ。

目を凝らしても、いくら技術が発達しても、分からぬ真理が世の中にはあるのだ。そんなことを諭されたような気がする作品だった。韓国映画、恐るべし。ただ分かりやすいラストや、エグイ真相などを期待していた人からすると、肩透かしだろう。